〜Turn F〜


episode-04
〜男達の挽歌編〜


◆    ◆    ◆





「すまん、少し遅くなった」
 深山町にある商店街の商店街のやや奥まった場所、とある居酒屋。赤くて黒い弓兵がのれんをくぐると、目当ての男達は目の前のカウンター席に座って既に酒宴を始めていた。
「おぅ、もう始めてっぞー」
「すまんな。先に始めていた」
 手前に座ってとっくり片手に早くも赤い顔をしているのは、蒼い槍兵。
「槍チン、貴様いつから始めていたんだ?」
 みんなからは“槍チン”という愛称で呼ばれている盗撮マニアだ。
「私が来た時には既にこうだった。おそらく、開店直後からだろう」
 その隣で杯を傾けているのは、背広姿のまるで幽鬼のような男。
「ふむ。で、旦那はいつから?」
 通称“旦那”。職業は高校教師。つい先日結婚したばかりの新婚さんだ。
「私は学校が終わってからすぐに。六時過ぎ頃だ」
「オレァそうだなぁ。開店前に店の前にいたらオヤジが開けてくれた」
 なんて傍迷惑な男だろう。しかし、これをやってくれる店は大概は良店であることが多い。オヤジさんの人柄も良く、酒も料理も滅法美味い。
 商店街の一角、居酒屋『月厨』。店名に他意は無い。けして無い。
「先生はまだ来てないのか?」
「おぅ、まだ来てねぇなぁ。大方また逆ナンでもされてんじゃねぇか?」
 現役教師を差し置いて“先生”と言う愛称で呼ばれている人物は、どうやらまだ来ていないらしい。時間だけでなく大概のことに几帳面な男なのだが、たまにはこういう事もあるだろう。
「そうか。それじゃ、私も始めるとするか。オヤジ、月弓を熱燗で」
 この店は店名に月がつくので縁起を担いだのか、名前に月の一文字が入った酒を多く取りそろえている。月桂冠や嵯峨の月などがその最たる物だ。で、弓兵はそこでさらに弓の文字が入った月弓を愛飲しているわけだ。本来は別に弓兵でも何でもないのに、おかしなところに拘るものである。
 と、そこで再び店の引き戸が開き、のれんをくぐって知った顔が入ってきた。
「私が一番最後とは、我ながら珍しいこともあったものだな」
「おぅ、先生、遅かったじゃねぇか」
 背中に五尺余の大太刀と、古めかしい地蔵を背負った侍。友人知人をはじめ、縁故の者は皆彼のことを先生と呼ぶ。
「オヤジ、私には越乃雪月花を熱燗で頼む」
「これで全員揃ったな」
「では、始めるとするか」
 今宵此処に集った強者達。
 クラス・ランサー、クー・フーリン。通称“槍チン”。
 キャスターのマスターにして夫、葛木宗一郎。通称“旦那”。
 クラス・アーチャー、エミヤ。通称“亜茶原弓山”。
 クラス・アサシン、佐々木小次郎改重装型。通称“アサシン先生”。
 アーチャーとアサシンの分の熱燗がカウンターに乗ると同時に、ランサーが声高に宣言する。



「えぇ、それではー不詳わたくし槍チンが音頭をとらせていただくぜー! うんじゃま、第何回か忘れたけどよ、本日の“全日本白い靴下愛護協会冬木市深山町支部定例会”を始めたいと思いまーすっとくらぁ!」



 ……今回も、やっぱり駄目だった。





◆    ◆    ◆





「槍チン、そのつくね串は私のだ。勝手に喰うな」
「堅いこと言うなよ弓山よぉ。代わりに、ほれ、オレの刺身やるよ」
「旦那、細君の調子はどうだ? 慣れぬ家事で七転八倒だと聞いたが」
「問題はない。あのくらいなら、まだ、な」
 全日本白い靴下愛護協会冬木市深山町支部定例会。周に一度、水曜の夕方から居酒屋月厨にて始められるこの酒宴。それは先月葛木が結婚してからも変わらず続いている。ちなみに、士郎も会員だが未成年なので(と言うより彼が参加すると言うと面倒な連中が多数オマケで付いてくるため)不参加。協会のスポンサーである臓硯お爺ちゃんは医者から酒を止められている。
「そうだよなぁ。旦那、マジに結婚しちまったんだものなぁ」
 ランサーが、ポツリとらしくなく呟きながら、再びアーチャーのつくね串を口に運ぶ。
 ランサーの刺身盛り合わせから中トロばかりを五切れほど奪いモキュモキュと咀嚼しながら、アーチャーも感慨深げに頷いた。



 葛木とキャスター、マスターとサーヴァントの結婚という前代未聞の珍事は、駄目人間ばかりだが人の良い友人知人達に見守られ、実に騒がしく執り行われた。
 式は、式場がよりにもよって言峰教会になってしまうために反対意見が多数出たが、新婦であるキャスター(現在は葛木メディア)の希望もあって教会式で行われた。
 新婦側の友人席には、なんかワケわかんねー鎧とか着てたりやたらデカかったり目隠ししてたりする変人が集い、かたや新郎側の友人席には坊主頭に袈裟を纏った一団が読経しながら陣取るという、果たしてこれを幸福のチャペルと呼んでいいものかどうかものすごーく判断に困る式ではあったが、それでもウェディングドレス姿のキャスターは幸せそうであった。本当はちょっとこめかみがピクピクしてたけど。
『お前達の今後が幸せかどうかなど私には一切関係がないので知ったことではないのだが、新郎、葛木宗一郎はこの女狐めを一生愛すことを誓うか? 本当に誓ってしまっていいのか? その選択が誤っていないという自信はあるか?』
『お黙りなさいこの不良神父!!』
 キャスター怒髪天。当たり前である。
『誓えと言うのならば、誓おう』
 葛木の発言も相当酷いものだが、それでも嬉しそうなキャスターに思わず涙が流れそうになる参列者。
『そうか。では新婦、メディア・キャスター・フォン・女狐』
『なに勝手に人の真名を改悪してるのよ!?』
『怒鳴るな。せっかくのケコーン式だ。怒ると美しい顔が台無しだぞ?』
『クッ……この脳味噌豆板醤、いつか見てらっしゃい……!』
 ニヤニヤと式を執り行う言峰。式場のあちこちから『だから教会はやめておけと言ったのに……』という溜息混じりの小声が聞こえてくる。
 人の不幸は蜜の味を地で体現している人格破綻神父・言峰綺礼は、ウェディング・デストロイヤーとして全国の結婚式場から出禁を喰らっているほどのウンコ神父である。今回のこれは、目先の結婚に浮かれるあまりそんな重大なことを調べなかったキャスターの失策であった。
『では誓いの口吻を。さぁ、自分達の独り善がりな幸せを参列した愚か者達に見せつけてやると良い。お前達はソレが幸せであると必死に思い込もうとしているだけで、自分にとって真に幸せなこととは何かに気付こうともしない。迷える子羊よ、汝らの頭上に神の福音と悪魔の哄笑が高らかに響かんことを私は切に願っている。父と子と精霊と煮えたぎった油の御名において、アーメン』
『最後のは御名じゃないでしょうがぁッッ!!』
 ついにブチキレたキャスターの高速詠唱により解き放たれた、無数の火球が言峰に襲いかかる。が、ヒラリヒラリとそれをかわす怪人言峰。
 教会半壊。逃げまどう人々と英霊と坊主。阿鼻叫喚の地獄絵図。
 こうして、ウェディング・デストロイヤー言峰の名にまた新たな伝説が刻まれたのである。



「……酷い結婚式だったな」
「……ああ」
「……あれぞ、この世の地獄よ」
 ランサー、アーチャー、アサシン。それぞれが人類の規格外、超一流の戦士であるが、流石にあの結婚式では死ぬかと思った。バーサーカーとオリグーを咄嗟に盾にしなければ、流れガンドにあたって十年は寝たきりになっていただろう。火球と氷塊、稲妻と呪いが縦横無尽に飛び交ったあれはまさしく神々の黄昏の具現であった。
「妻が、迷惑をかけたな」
 ボソリ、と、感慨無く葛木がわびる。
 それなりに強固な障壁を張られていたはずの教会は半壊。参列者の半数が何らかの傷を負い、正気に戻ったキャスターは泣き崩れた。
 全くの無傷だった言峰は何故か誇らしげにピースサインなんて出していたところを全員に捕縛されフクロにされたが、そのくらいでまいる男ではない。この悲劇が二度と繰り返されることのないよう、全員が切に祈った。
「なに、悪いのはあの辛子味噌神父さ」
「旦那が気に病むことでは無かろう」
 ランサーは最後のつくね串を銜えながら、アサシンは傍らに置かれた地蔵の頭を撫でながらそう言って葛木を労った。
「細君も悪気があってやったことではない。彼女は長い間、愛や幸せというものと無縁に生きてきた。それがようやく幸せを掴もうとした時にアレでは、怒るのが道理というもの。それは、彼女のサーヴァントである私もよくわかっている」
 アサシンはキャスターによって呼び出されたサーヴァントである。だが、サーヴァントとこの時代を繋ぐためには依り代が必要となるため、キャスターは彼を柳洞寺の山門に縛り付けようとして――
『……クチュンッ』
 ――失敗した。
 なにせ冬の寒空。うっかり可愛いクシャミに邪魔をされ、山門の脇で朽ち果てかけていた一体の古めかしい地蔵を依り代にして呼び出してしまったのである。
 故に彼は英霊でもなければ暗殺者でも佐々木小次郎でもない。
 長刀物干し竿と古びた地蔵で武装した、真名・佐々木小次郎改重装型。地蔵から半径30メートル以上は放れられないため、常に地蔵を背負う男、それがアサシンであった。
「彼女の怒りの激しさは、愛深き故のもの。旦那、それだけは努々忘れぬでいてやってくれ」
 そう言って、侍は一献飲み干した。
「先生は良いことを言うなぁ」
 目を潤ませながら、アーチャーの鶏軟骨唐揚げを摘むランサー。
「ああ、流石は先生だ」
 アーチャーもしきりに頷いている。
「私よりも、教師に向いているかもしれんな」
 普段は青白い葛木の顔も赤い。
「ふふ、よせよせ。照れるではないか」
 そう言って地蔵の頭にのの字を書くアサシン。彼は意外と照れ屋なのだ。
「よっし! んじゃ、旦那とキャスターの幸せを祈って!」
「飲もう。うむ。飲もう」
 浴びるように、飲む。
 時間はまだ八時過ぎ。宴は始まったばかりだ。





◆    ◆    ◆





「……ところでよぉ旦那ぁ」
「何だ、槍チン?」
 時間は十一時過ぎ。休むことなく飲み続けた結果、四人の精神は既に違う場所へと旅立ちつつあった。しかし、それでも目が死んでいないところは流石は名のある英雄や英雄とも渡り合える人間である。
「旦那は、いったいいつ何処でキャスターと知り合ったんだぁ? 旦那、魔術師じゃねぇしさ。前から不思議だったんだよなぁ」
「そうでゴザルな。私も前から疑問に思っていたのでゴザルよ」
「オレも聞きてぇ」
 ちなみに、アーチャーは酔うと素の口調に、アサシンは酔うとゴザル口調になってしまう。前者は兎も角、後者がどうしてなのかは本人ですら知らない。
 傾けていた杯の中身を干し、葛木は昔を懐かしむような目で虚空を見つめると、訥々と語り始めた。
「……そうだな。あれは聖杯戦争とやらが始まってからすぐのことだったらしい。当事の私は無論聖杯などと言うものがこの町にあるとは露とも知らなかった」
 葛木宗一郎は、全日本白い靴下愛護協会の若手幹部の中でも随一の切れ者であった。『0902下関事変』『関東ルーズソックス撲滅争乱』『黒靴下血の粛清の日』など、多くの事件やテロ、クーデターに関わり、敵対する組織からは『ホワイトソックスデビル』と呼ばれ、怖れられた男だった。
 敵組織から送り込まれてくる刺客達との死闘の日々。白き靴下を血で染め上げるわけにはいかぬと、常に不殺を貫いてきた葛木だったが、ある日一人の刺客を殺めてしまう。
『血の色で靴下を汚した私には、もはや幹部の資格は無い』
 そう言って、葛木はこの冬木市深山町の小さな支部へと流れ着いた。
 柳洞寺の世話になりながらおくる、禁欲的な日々。靴下の純白を汚してしまった罪を償うため、葛木は僧達に混ざり厳しい修行の日々を送っていた。
 そんな、ある日のこと。
「……あの日は雨だった。夜になっても降り止まぬ雨の中、私は妙な胸騒ぎがして、散歩に出た。その時、あいつに出会った」
 降りしきる雨の中、女は雨ではなく血に濡れていた。
 虚ろな眼。震える肩。何かよんどころの無い事情があったに違いない。
「本来なら、即座に警察にでも連絡するべき事態であったのだろうが、私には出来なかった」
 葛木の目は、女に釘付けとなっていた。
 女は確かに美しかった。だが、理由はそれだけではない。



「素肌の上にローブだけを纏ったあいつは……真っ白な、本当に真っ白な靴下を履いていたのだ……」



 その全身が血に汚れていても、彼女の靴下は純白の輝きを放っていた。
 葛木はその輝きを失ってはならないと思った。感情の希薄な、いや、既に朽ちかけていた葛木に、彼女の靴下は生命を取り戻させたのだ。
 女は抱いてくれと言った。
 葛木は彼女を抱いた。無論、靴下は脱がせずに。
 阿修羅のように激しく、菩薩のように優しく彼女の肢体と靴下を貪った。
 こうして、葛木宗一郎はキャスターのマスターとなったのだ。



「……旦那は、良いマスターだな」
 ランサーの頬を、一筋の雫が伝う。彼の前のマスターも、白い靴下の似合うイイ女だった。……よりにもよって言峰に惚れてた以外は。
 笑顔の言峰にお願いされてあっさりと令呪を受け渡してしまった彼女のことを、別に恨んではいない。白い靴下の似合う女を恨むなんて、ランサーの英雄としての誇りが許さない。
 だが……裸足にサンダル履きの言峰に滅茶苦茶理不尽な命令をされるたびに、彼女の靴下が頭をよぎるのだ。
「……槍チン」
 振り向けば、アーチャーが無言でとっくりを差し出していた。
 杯を差し出し、その酒を頂く。
「槍チン、元気出すでゴザルよ。白い靴下を、男が涙で濡らすのは格好悪いでゴザル」
「飲もう、槍チン」
「……そう、だな。飲もう!」





 泪には幾つもの思い出がある。心にも幾つかの傷もある。
 だが、それでも靴下は白い。酒は美味い。
 男達は飲み明かした。
 ほろり酒、そんな夜も、たまにゃあなぁ、いいさ。





〜to be Continued〜






◆    ◆    ◆





オマケ
登場人物紹介と用語辞典

ランサー  通称槍チン。真名はクー・フーリン。生前の愛称はフーミンだったらしい。
 アサシン以上に隠密行動に優れており、その技能を生かして盗撮に明け暮れているが、これは綺礼からの命令と自分の趣味が半々といったところ。デジカメと携帯はそのために綺礼が買ってくれた。
 以前のマスターであるバゼット女史が恋しいが、今もマスターが綺礼であること以外はそれなりに満足している。
 あの蒼い全身タイツみたいな鎧の下にちゃんと白い靴下を履いているマメな男。
アサシン  みんなからは先生と呼ばれる、求道者チックな侍。真名は佐々木小次郎改重装型。契約の依り代である地蔵を背負っているがために重装型と呼ばれる。本名は山田野太郎兵衛というらしいが、頑なに言いたがらないため誰も知らない。
 生前は白い足袋を、現在は白い靴下を愛でる風流なお人。でも、酔うとゴザル口調になる。
 背負った地蔵は呪いのために重量が洒落にならない程重いが、その分外した時は敏捷性が驚異的に向上する。
 必殺技は燕返しと地蔵ミサイル。
葛木宗一郎  旦那。学校では現代社会と倫理と靴下学を教えている。全日本白い靴下愛護協会冬木市深山町支部の支部長。
 感情が希薄と言うよりも、物事に興味を抱けない質の人。唯一愛するのは白い靴下だけだったのだけれど、その感情すらも過去の事件のために朽ちかけていたところをキャスターに救われる。
 得意技は、靴下の先に鉄球を詰めてまるで手の延長であるかのように振り回す『死神の白き御足』と呼ばれる殺人術。セイバーはこれで後頭部を殴られたのである。そりゃ痛い。
居酒屋月厨  深山町の商店街にある居酒屋。コペンハーゲンのようなお店と違って古き良き日本の居酒屋テイストなお店。
 店主であるオヤジさんは非常に無口で、ほとんど喋らない。しかし、時折口を開くと重々しいこの世の真理ともとれるお言葉が聞けるらしい。
全日本白い靴下愛護協会  歴史の影に常に存在してきた闇の組織。日本中、あらゆる所に構成員が潜んでいると言われる。白い靴下が危機に陥ると何処からともなく現れ、これを救う白き正義の人達。
 会長が指令を与えるのは一部の上位幹部のみで、その正体を知る者は誰もいない。
 なお、世界にはLOWS(League Of World white Socks)と呼ばれる連盟があるが、日本はそれに加盟していない。



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