〜Turn F〜
episode-05
〜衛宮邸の夕刻編〜
「バーサーカー、オリグー、もうすぐご飯だから片付けて居間に……くさッ!」 道場では、オリグーとバーサーカーが仲良くサフ吹きと塗装をしていた。ボディのブルー部分をグラデーションに気を遣いながらエアブラシ吹いているバーサーカーの眼には一点の曇りもない。まさしく職人の眼だ。 「む。イリ坊、我は今サフ吹きの真っ最中なのだ。邪魔せぬでもらおう」 「■■■■■ーーーーーッ!!」 「もぉっ邪魔せぬでもらおうじゃないわよバカ! 窓くらい開けてからやりなさいよこのバカ!」 イリヤキック炸裂。しかし腐っても英霊、この程度の攻撃力ではオリグーは悦ぶだけなので逆効果だ。 「イリ坊、シャツの裾をブルマに入れないと可愛いおへそが丸見えダラベアッ!?」 イリヤジャブからイリヤリバーブローへの流れるような連続攻撃。最後は防御の下がった顔面へイリヤコークスクリューが炸裂し、英雄王の鼻がグシャリという嫌な音とともに叩き折られる。そのまま、顔面から嫌な角度でオリグーは崩れ落ちた。 「美幼女へのセクハラは死罪よ、死罪。わかったらさっさと片付けて居間に来なさいスカポンタン!」 塗装の真っ最中だったグフと、腰に手を当てて怒り心頭のイリヤ、顔面から止め処なく血を流しながら痙攣するオリグーを交互に見やり、バーサーカーは無念そうに散らかっていた道具を片付け始めた。エアブラシやスプレー缶をはじめ、あらゆる道具がパンツの中へと吸い込まれていく様はシュールと言うより気味が悪い。 モゾモゾと復活を果たしたオリグーも、ゲート・オブ・バビロンの中に道具をしまい始めた。ここまでくるともう宝具でも何でもねぇ。 「で、今日の夕飯は何なのだ?」 「さぁ?」 「イリ坊よ、我はそろそろくさやの干物には飽いたのだが……」 「そんなこと言ったってアレ食べなくちゃあなた達現界してられないんだから仕方ないじゃない。セイバーは何も言わずに食べてるわよ?」 くさやの干物。日本全土の食物事情を見渡しても、間違いなく王座に君臨するのではないかと思われるキング・オブ・発酵食品。ある者はこれを焼く時の臭いは『肥溜めを火で炙ったような臭いだ』とまで形容したが、あながち嘘ではない。 主にムロアジやトビウオなどを“くさや汁”と呼ばれる塩汁につけて干すのだが、このくさや汁、古いものでは江戸時代の昔から延々継ぎ足されてきた様々な微生物の温床なのである。 『古い物には霊が宿る』とはよく言ったものだが、それは物に接してきた人や動物の思念が次第にその物にチカラを与えるためだ。このくさや汁も、干物制作者達の様々な情念と、干物にされた魚達の魂や霊子が霊格の高い塩を媒介に溜まり続け、伊豆諸島には今や遠坂の宝石数百個分の魔力を蓄積しているくさや汁まで存在している。その魔力内包量、くさやの干物一つでセイバーが約三日は現界出来る量に相当するのだから侮れない。 馬鹿みたいだが、本当の話なのだ。 ちなみに、鼻が曲がりそうなほど臭いとは言え、慣れると病み付きになる味でもある。事実、セイバーは病み付きになった。 「しかしだ、我は単独現界が可能なのだから別にくさやの干物に頼らずとも平気なのだぞ?」 「なんであなたのためだけに別のおかず用意しなくちゃいけないのよ?」 もっともな話だ。 「オリグー、自分がこの家では一番身分が低いんだって事ちゃんとわかってる?」 まったく酷いちみっ子である。容赦が無さ過ぎる。 「むぅ、納得出来る」 だが納得出来てしまったらしい。 擦り込まれてしまった底辺意識はそう簡単には拭い去れないものなのだ。 「■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」 後ろでは、あまりのことにバーサーカーが泣いていた。 「バー作よ、貴様、我のために泣いてくれるのか?」 「■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」 「……貴様、良い奴だなぁ」 オリグーの目尻にも、涙が輝く。 「■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」 狂戦士は泣いていた。 バーサーカーはでかいのでセイバーの三倍、つまりくさやの干物を三尾は食べなければ身がもたない。 それが、どうしようもなく悲しかったのであった。
「呼んできたよー。片付け終わったらすぐ来るって」 「お疲れさま」 サンデーを読み終わった凛は、今度はテレビを見ていた。 「あれ、サクラは?」 「干物が臭いから、影の中で焼かせてるわ」 ひでぇ。 「まだタイガもライダーも帰ってないの?」 「士郎もセイバーもまだよ」 イリヤも床に座ってテレビを見始める。マガジンの続きは特にいいらしい。 「……静かねぇ」 「……そだね」 テレビの音だけが流れる、実に平穏なひととき。 凛もイリヤも、それを満喫していた。 みんながあつまってワイワイガヤガヤと騒ぐのも楽しいが、たまにはこんな日があってもいい。 火花散り、血を流し、魂を削り合い、油にまみれたあの聖杯戦争が嘘のようだ。 「あの時は命の奪り合いを演じたわたし達が、今はこうして一緒に夕飯になるのを待ってるだなんて、ね」 「んー、でも、いいんじゃない? わたしは、今の生活好きだよ?」 そう言うイリヤの屈託のない笑顔につられ、凛も極上の笑みを返す。 「そうね、わたしも好きだわ」 聖杯になど頼らなくても、こんなちっぽけな幸せくらい簡単にかなう。 ――どうか、この幸福がいつまでも続きますように―― 二人の少女は、心からそう願わずにはいられなかった。 ……と、その時。 「あれ、リン、電話みたいよ?」 電話のベルが鳴り響いた。現在不在の誰かからかも知れない。 「そうね。わたしが出るわ」 腰を上げ、受話器を取る凛。 「……はい、もしもし、衛宮ですけど。はぁ。え? 警察署? はぁ。……んなッ!? セイバーと衛宮くんが……? ……はぁ、わかりました。すぐ迎えに行きます。はい、すいませんいつもご面倒を……はい」 電話口でペコペコと頭を下げ、凛は受話器を置いた。心なしか、部屋の空気が澱んでいる。 「……士郎とセイバー、捕まったって」 そう言った凛は、振り向こうともしない。ただ、肩を震わせていた。 「……リン、今の生活、好き?」 「……やっぱ嫌いだわ」 幸せはまだ遠い何処かにある。だからこそ、人は聖杯なんてものを望むのだ。 ――どうか、わたし達に本当の幸福を―― 二人の少女は、心からそう願わずにはいられなかった。 「……で、どっちが迎えに行く?」 「……あんた、士郎の姉でしょ?」 さらば、ひとときの安らぎよ。 |
〜to be Continued〜 |
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間桐桜(その2) | 間桐桜は改造ヒロインである。 その全身には、臓硯お爺ちゃんの手によりおもしろおかしい改造が施されているのである。 涙腺の限界を超えると涙の代わりにダンゴ蟲がこぼれるのもそんな改造の結果である。 他にも全身に24の秘密があるのである。 それらがどんな秘密かは、秘密なので、秘密なのである。 |
くさやの干物 &くさや汁 |
100年単位で継ぎ足され続けてきた“万能の汁”とも呼ばれるステキな塩汁につけて作られる干物。くさや汁は、微生物の温床でありながら食品衛生上問題のある菌は逆に生息し辛いという奇跡の保存液である。 教会や時計塔はその製造方法を知ろうと躍起になっているが、国外流出は依然として免れ続けているらしい。 塩分控え目、カルシウムとタンパク質が豊富な他、リン、鉄、ナトリュウム、カリュウムビタミンや高濃度魔力を多量に含んだ英霊にも優しい健康食です。 鼻が曲がりそうなほど臭い。セイバーの好物。 |