〜Turn F〜


episode-06
〜淑女達の悲泣編〜


◆    ◆    ◆





 深山町商店街の近くにある住宅街。そこに立つ新築マンションの四階端の一室で、二人の美女が対面していた。
「……ごめんなさい」
 クラス・キャスター、真名は葛木メディア。マスターである葛木宗一郎と念願のゴールインを果たしたばかりの若奥様だが、その表情は暗い。ローブを目深に被ってた頃よりもなお暗い。漂う悲壮感も当社比3.5倍程、セリフで表現するなら、まさに『正直、スマンかった』という言葉が当てはまるだろう。
「……謝らないでください。余計、惨めになります」
 その正面に座っているのは、クラス・ライダー、真名はホセ子・メンドゥーサ。長身がコンプレックスの眼鏡ドジッ子なのだが、キャスターよりもさらにどんよりした空気を纏っている。例えるなら、せっかく当たった宝くじを熾烈な争奪戦の果てに焚き火の中に落としてしまったギャグマンガの主人公のような雰囲気だ。
 真昼の公園でブランコに乗りながら今にも首を括りたくて仕方がないリストラ父さんのような表情とは裏腹に、二人は、こう、なんと言うか……至極ごっちゃりとした格好をしていた。
 キャスターの成熟した新妻の肢体を覆うのは、白レースに白いフリフリ、白一色で統一されたミニスカートのワンピース……いわゆる“白ロリ”と呼ばれるファッションである。
 一方、ライダーはキャスター以上のスタイルを、黒レースに黒いフリフリ、黒一色で統一されたミニスカートのワンピース……いわゆる“黒ロリ”と呼ばれるファッションで包んでいた。ゴスロリとは微妙に違うらしいが、よくわかんない。
「……謝罪よりも、問題は別にあります」
「……そうね」
 着ているものがなまじハデな分、二人の身体から立ち上る負のオーラはよりいっそう不気味だ。ライダーも伊達に初登場の際にクラスをアサシンと間違えられてばかりのキャラではない。その陰鬱さには定評がある。
「……で、あと何時間くらいかかりそうなのですか?」
「……2〜3時間くらい?」
「……激しく疑問系なのですね」
「……ごめんなさい」
 二人がどうしてこのような危機的状況に陥っているのか……その理由は、数時間ほど前に遡る。





◆    ◆    ◆





「ライダー、貴女、男性から『可愛い』って言われたこと、ある?」
 水曜の午後。キャスターと葛木の新居に訪れていたライダーは、ふとこのような質問をキャスターから受けた。
「いいえ、ありませんが」
 現在のライダーの格好は、社長秘書か女弁護士と見まごうばかりのタイトでシックで眼鏡な濃紺のスーツ姿である。可愛いと言うよりは、多分みんな格好良いと答えるだろう。
 一方、キャスターの方は、長い髪を結い上げ水色のハウスドレスを着ているのだが、やはり可愛い、と言った感じではない。何処からどう見ても新妻、実際若奥様だから当然なのだがやはりそう見える。
「私もね、言われたことがないのよ」
 その顔に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
 この場にいる二人は、いわゆる“大人の女性”だ。自分達に与えられた“役割”がそうであることを、彼女達は重々承知している。セイバーや凛、イリヤは可愛いが、しかし彼女達だけでは世界は成り立たない、自分達のような立ち位置の者がバランスを取っているからこそこの厳しい業界で生き長らえることが可能なのだと、そんなことは誰よりも理解していた。
 だが、それでも。
「女として生まれたからには、一度くらい、『可愛いよ』って、言って貰いたい……可笑しいかしら? 私みたいな魔女が、こんな事を言うなんて」
 テーブルの上には、ロリータファッション系の雑誌数十冊がこんもりと堆く積まれていた。敢えてオランダ語で言うならフルヘッヘンド積まれていた。
 それらのページを捲りながら溜息を漏らすキャスターの姿に、ライダーもまた深く、とても深く頷いてみせた。
「そう、ですね。私も女です。その気持ちはよくわかります、メディア」
 ライダー、身長174cm、スタイルはモデル並。とてもではないが、可愛いという形容詞を用いられるタイプではない。彼女のドジッ子としての姿を知る者達は内心『可愛いなぁ』『うほおおおおドジッ子じゃああッッ』『ライダーたんハァハァ可愛いのぅ』とか思ってたりもするのだが、それを口に出すと色んな人にボコボコにされてしまうので誰も口に出そうとはしない。実はバーサーカーだけはいつも正直に口に出しているのだが、誰も理解出来ないのならそれは言ってないのと同義だ。
「……着て、みては……如何ですか?」
 ポツリ、と。ライダーはそう漏らした。
 キャスターの目は、驚愕に見開かれている。
「……ホセ子?」
「いえ、その名で呼ぶのは勘弁してください。まぁそれは兎も角、着てみては如何です?」
「でも、私なんかがこんなフリフリな格好をしても……その、痛い女か変なおばさんにしか見えないんじゃ……」
 俯き、モジモジとそう答えるキャスターの手を、ライダーはそっと握った。
「メディア、何事もものは試しです。……それに、その……正直、私も……ちょっとだけ着てみたい……」
 最後の方は消え去りそうな声で、ライダーもモジモジと俯いた。
 二人は暫しの間お互いの手を握り合ってモジモジしていた。
「……そ、そそ、それじゃ……」
「……は、はい」
「……着て……みましょうか……」
「……そう、です……ね」
 顔は真っ赤、口元を微妙に引きつらせながら、二人は席を立った。
 深呼吸。吸って吸って吐いて吐いて。
 心臓は早鐘のように鳴り響いている。
 キャスターの手がゆっくりと印を組み、その形の良い唇から魔力を帯びた言葉が紡ぎ出される。高速詠唱。ライダーもそれに合わせ、チカラある言葉を唱えた。



        デュアル・オーロラ・ウェーブ
「「――白黒つけるぜ――!!」」



 途端、二人の身体を眩いばかりの光が包み込んだ。
 この世界を構築するありとあらゆる色が室内に溢れ、荒れ狂う。
 やがて、それら美しきオーロラは全て白と黒とを基調としたものへと還元していき、ライダーとキャスターの成熟した肢体を覆っていく。



「サーヴァントで――!」
 クルリッ、とライダー一回転。フリルがフリフリ。
「キュアキュア――!」
 キャスターの手が、前へと突き出される。レースがフワフワ。
「「二人は――――」」
 ビシィッ、とポーズが決まり……
「「サヴァキュア!!!」」



「闇の力のシモベ達よ!」
 根源の使者、サヴァホワイト(キャスター)。
「さっさとおウチに帰りなさい!」
 根源の使者、サヴァブラック(ライダー)。
 ノリノリ。
 二人は今や最高潮だった。ネガティブなんてブッ飛ぶぅ。
「ブラックサンダー!」
 ライダーさん、それはブラッドフォート・アンドロメダです。
「ホワイトサンダー!」
 キャスターさん、室内でマジ雷はやばいです。
「サヴァキュアの美しき魂が――」
「邪悪な心を打ち砕く――!」
「「サヴァキュア・ノーブルスクリューッ!!」」
 なんて爽やかで清々しい笑顔なのだろう。
 反英雄と蔑まれ、己の出自を呪った二人は、もういない。
 今、この部屋にいるのは、根源の使者、サヴァブラックとサヴァホワイト。邪悪な力を打ち砕くために聖杯が使わした、可愛らしい正義の使者だ。
 それは果たして何という満足感であったのか。何という充足感であったのか。
 クルクルフワフワ二人は部屋の中を舞い踊った。



 ポチッ。



 その時、サヴァブラックの長い髪がテーブルの上のテレビのリモコンにあたり、落ちたリモコンが軽い音を立てた。



『えー、ニュースをお伝えします』



 人は誰しも、集中しすぎると周りが見えなくなることがある。この時の二人が、まさにそれだった。と言うよりも、周りどころか自分を見失っていた。
 テレビからは、無機質なニュースキャスターの声が聞こえてくる。
 沈黙。
 根源の使者達は固まっていた。魔眼が発動したわけでもないのに、まるで石のように固まっていた。
 キャスターは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 ライダーは切腹寸前の侍のような顔をしていた。
 一体どのくらいの間そうしていただろうか。ヘロヘロと力無く動き出したキャスターがテレビのスイッチを切り、二人はストンッとソファーに腰を下ろした。





◆    ◆    ◆





 そして、現在。
 ほんのお遊びとは言え、神代の魔術師、キャスターの魔術による変身である。解除されるには数時間ただジッと待つしかない。この術の特性はもはや呪いに近いと言えるだろう。
「……」
「……」
 二人とも、言葉もない。
 ただ、茫然と虚空を見つめたり、項垂れたりするしかなかった。葛木が駄目人間の集いで留守にしていたのがせめてもの救いである。愛する夫にこのような姿を見られたが最後、キャスターは冬木市全てを巻き添えに自爆するだろう。
 数時間。あとほんの数時間耐えればなんとかなるのだ。そうすれば、全てを忘れていつも通りの二人に戻ればいい。みんなのお姉さん役として、再び大人の女に戻る、それだけの話だ。
 それだけの、話だったのに――



 ピンポーンピンポーン。



 玄関のチャイムが鳴った。
 ドクン、と、心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃が二人に走る。
 宅急便? 新聞屋? 友人? まさか葛木が帰宅?
 もしも最後のそれであった場合、冬木市は滅ぶ。その他だった場合は、単にやり過ごせばいいだけだ。居留守を決め込めば事は済む。
 ……はずだった。なのに……
『あれー、留守ですかー?』
(タイガーーーーーーーー!!!!!!?)
(なんでフジムラ先生が此処にーーーーーーー!!!!!?)
 その声は、二人もよく知る人物のもの――まさしく藤村大河のものであった。
『むぅ、困ったなぁ。葛木先生の授業の答案用紙を間違えて持って来ちゃったから届けに来たのに……留守なのかな』
(なんでこういう時にそういうことしくさりやがるんですか貴女は!!)
『郵便受けに入れておくのもあれだろうし……』
(入れてって、入れてってくださいィィ!!)
『……うーん。おや?』
 ガチャリ。
『鍵が開いてるよぉ。灯りもついてるし、いるみたいだね』
(ライダー、貴女来た時鍵しめなかったんですか!?)
(……申し訳ありません。うっかりしてました)
 普段衛宮邸という純日本家屋に入り浸っているライダーは、ついうっかり鍵をしめるという行為を失念してしまっていた。ドジッ子のスキルが発動しました。ワーニンワーニンエスオーエス。
『あれ? ライダーさんの靴だ。遊びに来てるのかな?』
(ぎゃああああああああああああ!!!!)
 ライダー、逃走不可能。
(隠れ、隠れましょうライダー!)
(何処に!!?)
(クローゼットとか食器棚とかお鍋の中とか……!!)
 キャスターお姉さん大混乱中。御自分が魔術師であることなどもはや頭の片隅にもございません。
『リビングの方から物音がするし、やっぱり居るみたいだね』
(はぅわぁーーーーッッ!!!)
 根源の使者達は最大の危機を迎えていた。
 サヴァッキュア♪ サヴァッキュア♪





◆    ◆    ◆





「お邪魔しまーす。ごめんなさいねー葛木先生の答案用紙間違えて持って来ちゃったから届けに来まし……たぁー……あ?」
 大河は硬直した。
 何やらゴチャゴチャと散らかった部屋の中。
 そこに居たのは、顔の前で必死に両手を交差させて、俗に言うバリアポーズを取っている黒ロリフリフリライダーと、一体どうしてなのかお鍋を頭にかぶってガクガクと震えている白ロリフワフワキャスター。
「……え、と。そのぉ……」



        ラ  イ  ダ  ー  ・  カ  ー  ニ  バ  ル
「――英霊のみなさんのおかげです――!!」



「わきゃッ!!?」
 いち早く復活したライダーが呪文を唱え、部屋中で爆竹が破裂したかのような小爆発が連発する。
      ラ イ ダ ー ・ フ ェ ス テ ィ バ ル
「――日本一のコスプレ師――!!」
「ぶはッ! え、煙幕!!?」
 続けて白煙が室内を覆い、大河の視界を封じた。
「うわぁ、な、何なのよこれぇ!?」
 突然のことに混乱した虎が暴れ回っている隙に、ライダーはキャスターの手を引いて脱出を試みようとする。
「キャスター、逃げましょう!」
 だが、ライダーのその申し出にキャスターはゆっくりと首を横に振った。
「キャスター?」
「ライダー……如何に貴女でも、今の魔力量で私を連れて逃げ切るのは難しいでしょう? ……ここは私が引き受けます。どうか、貴女だけでも……」
「キャスター……メディア!」
「行って、お願いだから逃げてホセ子! そして、『可愛いよ』と、その一言を愛する人に言ってもらう、そんなくだらないことに憧れ続けていた馬鹿な女がいたことを、どうか忘れないでちょうだい……」
「その名で呼ばないでください。……く、メディア……」
 虎があまりに暴れ回るものだから、煙幕もいい加減に晴れだしてきている。このままでは二人とも破滅だ。
 ライダーはキャスターの目を見た。
 澄んだ目だった。一点の曇りもない、澄み切った瞳だった。
「……う、うぁああああああああああああああッッ!!!!!」
 ライダーは吼えた。吼えながら、駆けた。
 窓ガラスをブチ割り、そのまま既に陽の沈んだ宵闇の空間へと飛び込んでいく。
        ベルレ・サイクロン
「――仮面の愛機――!!」
 宝具の真名が叫ばれ、時空の歪みの中から瞬時に現界するモンスターマシーン。二百馬力のジェットエンジンが唸りをあげて、夜のとばりを引き裂いていく。
 ライダーは疾った。悲しみを勇気に、涙を優しさに変えて、彼女は闇の中へと消えていった……



「……ライダー、どうか、逃げ切ってね……」
 その姿を、キャスターはいつまでも見送っていた。
「……ケホッ。もぉ、何だって言うのさー……」










「……ライダー、どうしたのその格好? しかもちょっと焦げ臭いし」
「いえ、あのサクラ……これには色々とワケが……」
「あ、でもライダー、そういう服も似合うと思うよ? 可愛いし」
「……う、うぅ……」
「ちょ、ライダーどうしたの!? 泣かないで、泣かないでライダー!」
「……うぅうううぁあああぁぁ……」



 合掌。





〜to be Continued〜






◆    ◆    ◆





オマケ
登場人物紹介と用語辞典

葛木メディア  キャスター。色々やって戸籍も入手、家事に七転八倒しながら健気に新妻しています。耳は密かにエルフ耳。
 可愛いものに目が無く、現代日本に召喚されてからはロリータファッションを一目見ただけで撃墜された。本当は自分で着てみたくて仕方ないのだが、大人の女としての自覚が邪魔をして着れない悲劇の女性。ライダーとは似たような悩みを分かち合う親友。
 時折、セイバーをお菓子で釣って着せ替えして憂さを晴らしている姿が新都で目撃されている。
 根源の使者、サヴァホワイト。
英霊のみなさんの
おかげです
 ライダー・カーニバル。
 主に戦闘員を一度に仕留めるために使用される魔術。爆竹が破裂したり、不可思議な力で相手の体が勝手に空中で回転したりする。
 火薬量が多いと戦闘員の中の人達も大変だ。
日本一のコスプレ師  ライダー・フェスティバル。
 カーニバルとセットで使われる魔術。効果の違いは正直よくわからない。面倒な時なんかは「カーニバルあ〜んどフェスティバル!」と一つの術になる時もしばしば。
仮面の愛機  ベルレ・サイクロン。
 大河の祖父、雷牙が趣味で運営している藤村レーシングクラブが完成させた驚異のモンスターマシンをライダーが譲り受け、宝具化したもの。二百馬力、最高速度は四百キロ。
 その破壊力たるやあらゆる宝具の中でもトップクラスである。
 後に新サイクロン号へと改修され、七百馬力、五百キロにまで達した。


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