〜Turn F〜


episode-09
〜負け犬の咆吼編〜


◆    ◆    ◆





 現在、衛宮邸の居間はカオスの様相を呈していた。
 混沌、まさしく混沌である。どのくらい混沌かと言えば、豚が空飛びゃ焦るナリ、犬が喋ればはてなナリ――そのくらい混沌である。ナリ。
「では、凛様&イリ坊は雑種とセイバーを迎えに行ったのか」
「■■■■■ーーーーッ!」
 道場の片づけを終え、さぁ夕飯にして貰おうかと凛に声をかけたら途端に全力でぶん殴られたオリグーであったが、バーサーカーの献身的な介護のおかげもあってかようやく復活を果たしていた。そこまで酷い目に遭わされても凛を様付けで呼んでいるあたり救いようがない。
 そうして居間に来てみると、そこには焼きたての臭気抜群な干物を皿に取り分けながら、何やら深い悲しみと絶望の底にいるらしいライダーを慰める桜がいた。
 膝を抱えてサメザメと泣くライダーは思わず頭を撫で撫でしたくなるほどに可愛らしかったが、近付こうとした瞬間影の中から蟲がゾワッと湧いて出たので退避。
 夕餉の準備をする桜、サメザメと泣き続けるライダー(まだ黒キュア状態)、イリヤに置いてきぼりを食わされたのが余程悲しかったのか吼えるバーサーカー。心底珍しい組み合わせだとオリグーは思った。故にカオスである。
「……む」
 そう言えば、と。顎に手をあて考える。
 普段はまるでこの世の底辺であるかのような扱いばかり受けて苦渋をお腹一杯に呑まされ続けているオリグーだが、今この場には、彼を虐待して悦に浸っているあくま共もいなければ、求愛に応えないばかりか鋭い突きとか突きとか突きとかばかり入れて体罰を与えてくるセイバーもいない。

 桜=根暗。あくまの素質はあれど未熟。特技は泣き寝入り。
 ライダー=わりと大人しい。ドジッ子。今は心神喪失状態。
 バーサーカー=取り敢えずマブダチと呼んでいい関係。

「天下だ! ようやく我の、この英雄王の天下が来た!!」
「オリグーさん、卓袱台に飛び乗らないでください」
 卓袱台の上から並べたばかりの干物を退避させつつ、哀れむような瞳でオリグーを窘める桜。しかし今のオリグーにはそんな見下げ果てた視線など何するものぞ。これはチャンスである。久方ぶりに巡ってきた勝機である。
 最古の英雄王でありながら便利な物置、エロアイテム供給者くらいにしか思われずに不当な扱いに甘んじてきた彼がようやく手にした一発逆転のこの機会、逃すつもりは毛頭無い。
「バー作!」
「■■■■■ーーーーーッ!!!」
「サクラン!」
「……その呼び方はやめてください」
「ホセ子!」
「……お願いですから……私にかまわないで……う、うぅ……」
 卓袱台の上で両手を腰にあて、高らかにメンツの名を叫ぶオリグー。
 わざわざ黄金の鎧で武装し、マントを翻してバカ殿気分満喫である。
「よいかボンクラ共! 今この場に揃いし我々は、普段からあかいあくまだのしろいぶるまぁだのあおい満腹王だのに不当な扱いを受け続けてきた! 言うなれば迫害されし者達だ!」
「……悔しいけど正論です。オリグーさんのくせに正しいことを言ってます」
「■■■■■ーーーー!」
 顔を顰めながらも納得する桜とバーサーカー。ライダーはまだ隅っこで膝を抱えている。心の傷は癒えないらしい。
「だが、いつまでもこのままで良いのか!? そんなわけはない! サクランよ!」
「だからその呼び方はやめてと……」
「シェーリァッピャッ! 貴様、いつまでも乳がでかいだけの根暗な逆ギレ大量虐殺娘だと思われ、それでよいのか!? この貧乳が群雄割拠する中、貴重な巨乳キャラとしてもっと、こう、明るい世界を胸を振って歩いてみたいと思わぬのか!?」
 胸を振って歩いていたら痴女だ。
 ――が。
「……う、その通りです」
 しかしてその台詞は桜の脳髄に100メガショックを喰らわせたらしい。
「……わたしだって、わたしだっていつまでも『桜はイラネ』とか言われてるのは我慢がなりません! だって……だってわたし、オッパイ大きいんですよ!? なのになんでこんな不当な扱い受けなきゃいけないんですか!」
 それは、間桐桜の魂のシャウトだった。
 実の姉にはミルクタンクワームと罵倒され、妹のような少女にはタレパイパイと小馬鹿にされる日々。頼みの綱の男共は、貧乳と幼女、白い靴下やら黒いニーソやらにハァハァしてばかり。商店街もライダーとキャスターのファンクラブはあるのに自分のはない。毎日毎日影の中で干物を焼いては犯罪者予備軍共に偽りの笑顔をベッタリと貼り付けて提供する日々……
 巨乳である。
 自分で言うのも何だが、地球の重力に縛られることもなくロケットのように突き出た形良い見事なまでの美巨乳である。断じて垂れてなどいない。弓道部の基礎トレも、常に胸を意識して鍛え込んでいる。
 コレで挟んだが最後、衛宮邸に出入りするロクデナシ共の愚息などものの数秒で昇天させられる自信もある。慎二は三秒だった。きっとランサーなら二秒の壁すら破れるだろう。
 なのに……なのに何故いつもいつも不当な扱いを――そりゃ確かにたった一つの命を捨てて生まれ変わった新造人間なこの身体は各所から蟲々コロコロドンブリコだったりするが、そんなもの、単なるお茶目ではないか。
 そうだとも。
 世の中には蟲が湧くどころか吸血鬼だったりメイドだったりカレーだったり変な耳とか生えたりロボットだったり、兎角人外な設定など溢れかえっている。
 だったら……

「涙腺から蟲が湧き出るのも獣耳としっぽが生えるのも大して違いはないじゃないですかぁああッ!」

「……いや、それは大分違うと思うぞ」
「……■■■■■ーーー」
「……サクラ、それはいくらなんでも無理がありすぎです……」
 間桐桜、リタイア。
 ライダーの言う通り、いくらなんでも無理がありすぎました。





◆    ◆    ◆






「……むぅ、サクランの犠牲を無駄にせぬためにも、遺された我々は自らの、こう、あれだ……えぇと……アイ、アイ……アーイアンダスタンダリーズンリーズンオブムービンミートゥーティアーズティアーズ……」
「……アイデンティティーですか?」
「そう、それだ。いや、我もその程度の単語知っていたのだか、何しろ引き出しが多すぎてだな、パッと出てこなかったのだ。で、話の続きだが……」
 まるで廃人の如く、呆けたように虚空を見つめる桜の横で、遺された三人は立場向上のための談義を続けることにした。
「……いえ、私は関係ありません。私は……私は身の程知らずにも可愛いと呼ばれたくて、その夢に破れたただの負け犬です」
 ライダーもリタイア宣言。黒いフリルが悲しげに揺れている。
 同時刻、マンションに帰宅した葛木は同じようにサメザメと泣き続ける愛妻を無表情なりに必死に慰めていたが、彼女達の悲しみは思いの外深いらしかった。
「で、こう、目指すべきはアイデンティティーの確立というか、要するに現在の我々を不当な立場へと追いやっているのは不的確なイメージだ。どうも遺憾ながら雑種共は我を単なる駄目なエロキャラだと考えているフシがある」
 残念ながら、フシではなく全くその通りである。
 無限のエロアイテムを駆使する英雄王、上辺だけでも仲良くしておけば最新AVが見放題だ。利用しない奴は敢えて言おうバカであると。
「バー作よ、貴様もそう思わぬか? 貴様とて連中から見れば単なるでかいオッサン程度にしか思われておらぬのだぞ。本当は『僕の考えた超人』で何度か本編採用もされている大英雄だというのに」
 事実である。キン肉マンビッグボディチームの超人を投稿したのは、実は全員がバーサーカーのマスターなのだ。正確には、マスター達の名を借りてバーサーカーが投稿していたのである。
 ペンチマン、レオパルドン、ゴーレムマン、キャノンボーラー……マンモスマンに一蹴され、王位争奪戦参加チーム中間違いなく実力最下位と馬鹿にされ続けてきたが、しかし本物のソルジャーチームよりは強かったはずだとバーサーカーは自分を慰め続けてきた。実際は微妙だが。
 とは言え天下のキン肉マンにアイデアが採用されたというのは事実だ。それこそがバーサーカーの英雄としての誇りでもある。
「■■■■■ーーーーーーッ!!!」
 バーサーカーが吼えた。
 滾る情熱が、迸る愛が原稿用紙へとペンを走らせていく。
 力強さと繊細さを共に内包したそれはまさしく神の御技。神話が為すペン先の冴えが描き出すのは筋骨隆々としたマッスル。
「■■■■■ーーーーーーーーーッッ!!!!」
「むぅ、流石に上手い」
 下書き無しの一発勝負でここまで描けるというのは奇跡というくらいにミラクル。全く見事な出来映えのパワー型超人デザインであった。
「……しかし、上手いのだが何処からどう見ても噛ませ犬型超人だのう」
「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
 痛いとこを突かれて泣きじゃくる狂戦士。
 いつの時代もパワー馬鹿は天晴れに噛ませ犬である。バーサーカーの胸に数々の記憶が去来し、弾けた。
 最強だー最強だーとか言われても、しかし結局は引き立て役なのだ。
 彼の者は常に噛ませ。
 物語中盤で勝利に酔う。
 しかし終盤に勝利はなく、その身体はきっと筋肉で出来ていた。
 バーサーカー、リタイア。
 大胸筋をピクピクと震わせつつ、彼は泣いた。





◆    ◆    ◆






「……ふ、ふふ。結局最後に残ったのは我だけか。まぁ仕方あるまい。サクランよ、バー作よ、仇はとってやるから安心して眠れぃ」
 くさやの香りに包まれて、シクシクと泣き続ける二人の友を見やりつつ、オリグーは卓袱台の上で高らかに勝利を誓った。我が世の春が来たとでも言いたげに。
 さて。
 然るに重要であるところはまずこのオリグーという呼び名を撤回させることである。
 そもそも彼はラスボスだ。
 最古の英雄王、ギルガメッシュ。
 あらゆる宝具の原形を有する魔弾の射手。全ての英霊達の天敵にして、物語後半に突如として登場する謎の弓兵。ファーストインプレッションではほとんどの人がアインツベルン城で死んだと思われていたアーチャーが記憶を取り戻した、もしくは正体を現したものだと思ったに違いない。
「……だが、やはりこの極東の島国で召喚されるには我の知名度そのものに問題があったのもまた事実……」
 黄金の国ジパング。
 このヤーパンでギルガメッシュと言われれば、一定以上の年齢であればやはりオイルレスリングとかイジリー岡田とか飯島愛とかが頭に浮かんでしまう。おそらくドルアーガの塔なんかも似たような年代だろう。
 もう少し年齢が下がると今度は源氏シリーズとかビッグブリッジとか、まぁ兎も角ギルガメッシュサーガなんてものはこの国ではまったくもって知名度が低い。本来の認知度であればそれこそ真の英雄王が召喚されていたかも知れないが、今のオリグーの中で英雄王ギルガメッシュが占める割合なんぞ実際のところ一割にも満たないのだ。
 ギルガメッシュという単語に惹かれて集束現界したその魂のほとんどはエロ葉書投稿職人とか裏ビデオ屋を経営してたチンピラの怨念や残滓の集合体であるのだから、情けないのも仕方ないのである。召喚された地域によって受ける影響なのだから仕方ないとは言え、これではあんまりだ。
「うむ、そうだ! 悪いのはこの日本社会だ!」
「そんな台詞では何も解決しませんよ、オリグー」
「……むぅ、拗ねるのかツッコむのかハッキリせんか、ライダー」
 膝を抱えて顔の下半分を埋めながら、ジト目でツッコむライダーのことは取り敢えず置いておいて、オリグーはギルガメッシュサーガ冬木市浸透キャンペーンについて真面目に考えてみることにした。
 いきなり日本は無理なので、まずは冬木市からというよく言えば堅実な、実際のところかなり気弱というかせこい計画である。
「やはり黒塗りのワゴンでメガホン片手に町内の皆様に正しい歴史を聞かせ回るという作戦が一番であろうか?」
「何処の政治結社ですか貴方は」
「では幼稚園バスをジャックして幼子に無理矢理ギルガメッシュサーガ関係の書物を読ませまくるなど……」
「今度捕まれば長くなりますよ?」
「商店街で自伝を売る」
「売れません絶対」
 にべもないライダーの冷淡なツッコミにオリグーは口をへの字にして精一杯の抗議の視線を向けた。そしたら魔眼で返された。
「ぐわ! ギブギブ! 固まる! 石になるってば! ちょ、ホセ子姉さんッ」
「私をその名で呼ぶなと……」
「ごめごめんごめんなさい!」
 無理。こいつに日本中の意識改革なんて絶対無理。
 ようやく魔眼から解放されたオリグーは、腕組みしながら再び長考状態に陥った。一見考え無しのようでその実どうでもいいことや姑息なことはすぐさま思いつくのだから困ったものである。
 しかし今回ばかりは彼お得意の猿知恵もなかなか浮かんでは来ないらしい。
「……オリグー、何もそう悲観するものでもないではありませんか」
「……ライダー、だが知名度というかイメージというものはやはり重要で――」
「そんなことはどうだっていいんですよ!」
 突如、すっくとライダーが立ち上がった。黒いフリルがフーリフリ。
「先程までの貴方やサクラ、バー作達のやりとりを見ていて、私も目が覚めました」
「ぐわ! 目が覚めたのはわかったから魔眼はやめれ!」
「いいえ、やめません! よいですか、オリグー。人は皆、今あるもので日々を戦い抜いていくしかないのです!」
 下半身が石と化したオリグーをキッと睨みながら、ライダーは言葉を続ける。
「弓山や槍チン、先生、それに言峰陳腐をご覧なさい! 彼らは実に生き生きと日々を謳歌しているではありませんか!」
 そのせいで捕まったりして大変なわけですが。
「私も、メディアも、己のイメージというものに拘りすぎました。そう、そうです。自分がやりたくてこんな格好をしているのだから、何を恥じる必要がありましょう」
「……いや、流石にその黒キュアコスは我もどうかと思うが」
「黙らっしゃい」
「……ハイ」
 首まで石化してしまったオリグーにはもはや意見など出来ない。
「ですからオリグー、貴方も変態だって構いやしないのです」
「え、マジ?」
「マジです」
 冗談じゃありません。
「サクラは蟲々コロコロであることを誇るべきだし、バー作も噛ませ筋肉ダルマであることをもっと誇るべきです。そしてオリグー、貴方も自分がイジリー岡田以上の変態芸人であることを誇ればいいのです」
 ライダーさん、貴女は今とても不用意なことを言ってしまいました。
 途端、衛宮邸の居間を吹き抜ける妖気。
「……そう、そうですよね」
 ゆらり、と。桜がまるで不死鳥のように立ち上がる。
「……■■■■■ーーーーー……」
 十二の神の試練にも打ち勝った不死身の肉体も、また不屈であった。
「……そうか、我らはそんなくだらないことで……く、くくく……」
 首まで石化していた肉体にヒビが入り、徐々に元の姿を取り戻していく。



「私は蟲。根暗な蟲で巨乳……そんな私でもいいのね!?」
「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッッ!!!!!」
「我はエロ野郎の下ネタ芸人、しかしそれを嘆く必要など無い!!」










 大喜びで浮かれはしゃぐ三人。拍手するライダー。
 居間の入り口では、いつの間に帰宅したものか。士郎とセイバー、凛、イリヤ、そしてアーチャーが茫然と突っ立ってその光景を見つめていた。とても汚いものを見るかのような眼差しで。
「……んなわけないやン」
 凛のその疲れ果てたツッコミは、果たして誰の耳に入ることもなく、衛宮邸の夜はふけていくのであった。






〜to be Continued〜






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