「えー、それでは夕飯も食べ終わったことですし、少々遅くなりましたが本日の衛宮家反省会を催したいと思います」
居間に設置された長机。そこに座した一同は、司会である凛の開会の言葉に取り敢えず拍手だけしておいた。家主である士郎も何ら申しだてすることなく拍手している。異常とは日常化した時点で異常ではなくなるのである。
魔術師とサーヴァントが複数共生するこの“怪奇! 衛宮邸”では、毎晩住民達による反省会……と言うより自己申告会が催されていた。普段は夕食後、大河が帰宅してから大体十一時半には行われるのが通例なのだが、今日はイベントが盛りだくさんだったせいで既に一時を回ってしまっている。
参加メンバーは士郎、セイバー、凛、アーチャー、イリヤ、バーサーカー、桜、ライダー、オリグー。オリグー?
「オリグー! テメェ今日こそは帰れって言っただろうが!」
名ばかり家主のエルボーが一閃、オリグーの顎を打ち抜く。
「グホッ! ひ、酷いぞ雑種! 家族に対してその振る舞い、恥を知れ恥を!」
「うるせぇ! 他人様を雑種呼ばわりする奴が白々しく家族とか言うな! 『クラナドは家族って意味です』とかしたり顔で言うな!」
正論だった。
「ぎゃわー! 雑種が、雑種がマジだゲぶラッ!?」
何がそんなに悲しいのか、士郎は泣きながらオリグーを殴った。涙の数だけ(主にパンチの威力が)強くなれるよ。
「あー士郎、静粛に静粛に。オリグーを殴るのは閉会してからになさい」
一頻り暴力的制裁が為されて後、ようやく凛から制止の声がかかる。血にまみれた己が両拳を肩を震わせつつ見やり、士郎は泣いた。セイバーにそっと抱かれながら、何がそんなに悲しいのか噎び泣いていた。
「さ、何はともあれ、各自本日の報告よ。まずイリヤから」
「はいはーい」
ちみっ子が元気よく立ち上がり、無意味にクルリと一回転してから人差し指を画面の向こうの大きなお友達へと突き出す。先端恐怖症の人間を殺す気があるとしか思えない見事な指しッぷりだった。
「今日はいつも通りオリグーにセクハラされたくらいで、特に何もなかったよ」
誰もが無反応。だって日常である。異常なことではない。
そもそもオリグーとは、その場に突っ立ち息を吸って吐くだけでもセクハラと言えてしまう男だ。そんな存在概念自体がセクシャルハラスメントな奴にどうこう言ったところで存在否定にしかならず、その程度なら常に誰かしらが口にしている。よってからにこのイリヤの発言はいつも通りの平穏無事な一日だったと言う意味なのだ。しかし酷い文面だ。
「はいオッケ。次、バー作」
「■■■■■ーーーーーー!」
「何言ってるかわかんないからはい次、桜」
じゃあ最初から声かけんなよ。バーサーカーはそう言ってやりたくてたまらなかったが、しかし寡黙であることを信条とする彼は敢えて何も言わなかった。
「今日も姉さんにコケに――」
「はい次、ライダー」
「あんまりです姉さん!!」
士郎に続き、桜号泣。涙無しには進まないなんて厄介な反省会である。ゴロゴロ転がりながらコロコロダンゴ蟲を産み出す様が鬱陶しい。
「あー、ったく。仕方ないわねぇ。聞いてあげるからさっさと述べなさい」
まるで蟲を見るかのような目で実妹を見下す遠坂家当主。いくら実際に蟲娘だからといってこれはあんまりである。その場にいるほぼ全員がせっせと閻魔帳に本日の恨み言を書き連ねている桜へと同情した。
「うう、もういいです。もう残りページが無いので明日新しい閻魔帳を買ってきます」
ちなみに、桜の閻魔帳は既にその巻数がこち亀より多い。三日に一冊程度の早さで新刊が出るペースである。驚異的だ。彼女がもしも魔太郎だったなら流石の凛といえど何度死んでいるかわかったものではない。
「なによ手間かけるんじゃないわよ乳蟲。次、今度こそオッパイボディコン」
第六法研究の見通しがまったくたたないせいもあるのだろうが、すげー投げ遣りな司会っぷりだった。特にバストランク上位者にはかける情けも持ちあわせていないらしい。これじゃただの嫌な奴だ。
アーチャーはその事を注意しようとして、しかしやめた。
「……何故なら、彼の視線の先には哀れな程に広大な平地が果てしなく広がっていたからだ」
「うっさいわよこのアホンダラ!!」
む、すまんな。声に出てしまっていたようだ。
「台詞と地の文が入れ替わってるってのよ! ブッ飛ばすわよ!?」
クックック。
「ムキーッ! あ、こら逃げるなぁっ!」
心に無限のフィギアが立つ丘を持つ男は、胸に何も無いなだらかな平地を持つ少女を散々からかった挙げ句、反撃が及ぶ前にその姿を消した。ランサーやアサシンすら凌駕する迅速な反応だった。
「く、覚えてらっしゃい……家に帰ったら奴のコレクションを全部粉々にしてやる」
「……ごめんなさい。私が悪うございましたマイ・マスター」
さらに迅速に戻ってきた。しかも即行土下座。鈴木土下座衛門か貴様は。
「ふっ。その潔さに免じて限定フィギア三つ破壊で許してあげるわ」
「鬼か君はぁっ!」
泣き喚き凛に掴みかかろうとするアーチャーを、バーサーカーとオリグーが両脇から抑え付ける。アーチャーは『後生だ、放せー!』と叫び続けていたが、二人は哀しそうに彼を捕らえて放さなかった。これ以上逆らったなら三つどころでは済まなくなることを、二人ともよく知っていたから……
こうして、恐怖の反省会は進んでいった。
「私の今日一日は……絶望に彩られていました」
ポツリ、とライダーはそう漏らした。
キャスターの呪いじみた魔術もようやく解け、今の彼女はいつものイマイチ似合っていないボディコンスタイルで正座していた。さらに眼鏡もかけずに陰鬱とブレーカー・ゴルゴーン着装状態だ。果てしなく暗い。
暴君凛と言えど、この雰囲気はいかんともしがたかった。理由は……きっと帰宅時に自分も目撃したあのコスプレにあるのだろうが……正直何と言っていいかわからない。
だってプリキュアである。
あの、ライダーが。
ドジッ娘属性持ちとは言え、黙ってれば大人の女としての色香ムンムンのライダーが、よりにもよってキュア・ブラック。チョコパフェとかイケメンとかマジに夢中になれる年頃だなんて……ありえない。ぶっちゃけありえない。パパヤパヤ。
全員、沈黙。
誰一人俯いた顔を上げようともしない。だってやってらんないじゃん。
「そう、ですね……それが、当たり前の反応ですよ、ね」
さめざめと、啜り泣く音のみが居間に響く。
滅茶苦茶気まずかった。
だが、そこで一人だけ、席を立った者がいた。
「ま、待ってください! ライダーが、ライダーが何か罪でも犯したって言うんですか皆さん!? 彼女は……彼女はただプリキュアになりたかっただけなのに!」
拳を振るい、懸命に自らのサーヴァントの擁護をする桜。……でも、別にライダーもキャスターもプリキュアになりたかったワケじゃないメポ。
「……そうね、罪じゃないわね。けれどね、桜……」
姉の目が、哀しげに妹とそのサーヴァントを見やった。
「罪として成立していなければ何だって許される、そんなワケはないのよ。そう、例えば……」
その瞳に、怜悧な輝きが灯る。それはまるで氷で出来た剃刀のようだ。
「例えば、原因不明、謎の大量変死事件とか、ね」
何やら凄く含みのある言葉だった。
桜は泣いた。泣きながら、前転して逃げていった。それを追って、ライダーも廊下の闇へと消えていく。
その後、二人がどうなったのかは、翌日の朝まで誰も知らない。
「さて、脱落者が出ちゃったのは悲しいけど、コレって戦争なのよね」
違います。ただの反省会だったはずです。
「まぁ仕方ないわ。引き続き、本日の最大の問題へと移行します。あ、ちなみにわたしは今日はなーんも無かったから」
堂々と“なーんも無い”胸をはるその白々しさには全員頭が下がる思いだったが、言及しても得することなどそれこそ何もない。アーチャーとしても、これ以上大切なコレクションを減らされるわけにはいかないらしく、沈黙を守っている。
「ふむ。いいわ。それじゃ……士郎、セイバー」
セイバーの肩が、ビクリ、と震える。
これまで、彼女は不祥事らしい不祥事を起こしたことは一度もない。せいぜいが家事を手伝って失敗するくらいで、その他の連中の被害から顧みればその程度、無きに等しい。そんな騎士王様の、まったくこれはどうしようもない大失態だった。
「二人とも、なにか言い逃れとかあるかしら?」
……無い。したいけど、無い。
本音では全てをアーチャーの責任にしたくてたまらない士郎だったが、本日二度目の逮捕劇に関しては言い訳のしようがない。全ては懐の具合も確かめずに萌えに走った自分が悪かった。
だが……だが、しかしである。
あのクレープをコクコクハムハムと心底嬉しそうに頬張るセイバーを見て、クレープを買い与えずにいられるはずがあろうか? いや、ない。
あれは男として……否、人間として正しい行動だったはずだ。
例え人々に認められずとも、非難され、石持て追われようとも……
――衛宮士郎は、最後まで己が信じた正義を貫いた――
「そうだ! 俺は悪くない!!」
「うっさい士郎」
ガンド炸裂。顔面陥没。
少年は、己が正義に殉じ、逝った。
愚か者の最期など常に決まり切っている。凛は、崩れ落ちた士郎など知ったことかとその視線をセイバーへ向けた。
元から小さい彼女の身体が、さらに小さくなったかのように感じられる。
固く握りしめた拳に込められた、重すぎる自責の念。
「申し開きなど、ありはしません。全ては私の不徳のいたすところです」
彼女は、王だった。
罪を犯し、それに苛まれようとも、しかし誇り高く清廉な王だった。
伝説の英雄が放つオーラに、さしもの凛も気圧される。普段は卑屈に、もしくは居直って屁理屈ばかり述べる連中を相手にしてきたせいか、逆にこういう真っ直ぐな態度をとられるとどうしていいかわからない。
「……リン、許してあげようよ」
横合いから、イリヤがそっとそう口にした。
確かにセイバーが悪いかと言われれば、一概にそうとは言い切れない。彼女は士郎に勧められるままにクレープをコクコクしながらハムハムしただけで、言うなれば巻き込まれただけという見方もある。
「……そう、ね。セイバーも充分に反省しているようだし、初犯だし、ここは寛大な心でもって……」
そこまで言って、ハッとしたように凛はもう一度セイバーを見た。
罪の重さに打ち震え、絶望を宿したその瞳は、何処か行き場を無くした子犬を連想させた。凄く可愛い。このまま持ち帰りたい。ああ、なんで自分のサーヴァントはあんな変態で、ヘタレの士郎如きが彼女のマスターなのだろう?
納得いかねー。すんげー不条理。許すべからざるはこの現状なり。
「か、寛大な心でもってセイバーは今後わたしのサーヴァントに……」
「な、何言ってんだどさくさ紛れに!?」
士郎復活。セイバーを奪われるとあっては死んでなどいられない。彼女を、彼女のコクコクハムハムを渡すわけには――――いかない!
「うっさいわね! アンタなんかにセイバーは猫に小判、豚に真珠、マリポーサにマッスルリベンジャーよ! 勿体ないったらありゃしないからわたしがセイバーを引き取るって言ってるの! アンタには代わりにウチの変態と、オマケにオリグーでもなんでも持ってっていいわよ」
「心の底からいらねーよ! なんだその売れないガンプラにさらに売れない残りモンのプラモをセット販売したかのような組み合わせは!?」
さながら武者ドムと秀吉バルキリーを抱き合わせで売りつけられるかのような強引なやり口に、士郎は激怒した。主に地方のプラモ屋で多く見られるこのセット方式販売は実に悪質だ。正義の味方としては斯様な不正、看過など出来ようはずがない。秀吉バルキリーなんざいらねっつの。なんだ真空路守って。
「ふ、二人とも、落ち着いてください」
二人を止めようと、オロオロしながらセイバーが仲裁に入る。
他のメンツは完全に他人事のように傍観していた。
「で、イリ坊、貴様はどっちが勝つ方に賭ける? 我は凛様が勝つ方にウルトラマンメンコ十枚だ。ジャンボメンコだぞ」
「じゃあ、わたしはシロウが勝つ方にベントカード十枚」
「■■■■■ーーーーーー!」
「バーサーカーもシロウだって。お宝キン消し五個で」
「ふむ……弓山、貴様はどうする?」
「一応、マスターだしな。凛に真月譚月姫のトレカ二十枚でどうだ?」
全員が即座に首を横に振った。
「では、スプリングDXフィギアの琥珀さん(割烹着ver.)を……」
「いらない在庫処分してどうするのよ……」
このままではその内邪神モッコスのフィギアとか言い出しそうな気配だったので、各員無言で頷き合うとアーチャーは除外して再び士郎VS凛を見守ることにした。
死闘、実に三十分。
いつもなら楽に論破出来るはずの士郎が、しかし手強い。
「……じゃあ、どうしてもセイバーは譲らないって言うのね?」
「当たり前だ。セイバーは物じゃないんだぞ? くれと言われてやれるか」
士郎のくせにカッコいいことを言っている。全員が、まるで別人を見るかのような目で士郎を見ていた。しかもあの凛が、士郎に完全に圧倒されている。
バーサーカーが、オリグーが、さらにはアーチャーまでもが賭けのことなどすっかり忘れていつの間にか士郎を応援していた。常日頃から遠坂凛の影に怯える日々をおくる彼らにとって、今の士郎はまさにヒーロー、正義の味方だった。
頑張れ、頑張れ士郎。負けるな、衛宮士郎!
「う、それは……そうだけど……」
一度劣勢に回ってしまうと天才肌の人間は弱い。特に今回に限っては士郎の方が正論だ。のび太に思わぬ逆襲をされたジャイアンのように、凛は困り果てていた。懸命に勝利を模索するも、何一つ良案が浮かばない。
一方、セイバーは今までになく必死な士郎の姿に目を輝かせていた。駄目だ駄目だとおもっていたが、それでもやはり自分のマスターだ。今の衛宮士郎は本当に素敵だと思う。
「遠坂……セイバーも、弓山も、オリグーだって物じゃないんだ。サーヴァントだからって、そこまでマスターの自由にしていいわけがないだろ?」
それが、トドメだった。
「……ごめん。わたしが、悪かったわ」
凛、敗北。
途端、居間中から拍手喝采が鳴り響く。
「やった、やったぞ雑種! 貴様はこれで真の正義の味方だ!」
「よくやった、衛宮士郎。お前は、今こそ私を超えたぞ……ッ!」
「■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーッ!!!」
三人は、照れる士郎とセイバーを囲んで喜びを分かち合った。衛宮邸の反省会でかつてここまで清々しい決着があっただろうか? この希望に満ちたエンディングを、全員が胸にしっかりと刻み込んだ。
「……リン、元気出しなよ」
イリヤに励まされ、凛も顔を上げた。
そうだ、何もこれで全てが終わったわけではない。今日の敗北を明日の勝利へと繋げる事こそが重要なのだ。
でも、今日だけは――
「……負けたわ。正義の味方ってやつに、ね」
士郎達を見やり、凛はそう言って静かに瞑目した。
「でも、シロウって今日は二回もタイーホされたんでしょ? 一回目はどうして捕まっちゃったの?」
イリヤが不思議そうに訊ねると、凛は「ああ、それはね」とあっさり問いに答えた。
「確か、聞いた話だと往来で1/1ライダーフィギアのスカートを捲り上げてパンツを見ていただかなんだかで……」
「ふーん。シロウはセイバーよりもライダー(のパンツ)の方が好きなんだ」
その瞬間、空気が凍り付いた。
「……そう言えば、そうでしたね……」
「……セ、セイバー……さん?」
「その辺の話を、もう少し詳しく聞きたいと思っていたのです」
アーチャー、撤退完了。
逃げようとするバーサーカーのパンツに、オリグーも必死に飛び込む。
セイバーの小さな身体が、ユラリと陽炎のような闘気を纏って立ち上がった。それは瞬時にフルアーマーへと変わる。
士郎は、静かに目を閉じた。
その時、天空を一つの星が流れて……消えた。
A battle has been fought, and is now over. (続いてきた戦いは、今終わった)
Please your sword upon the ground,
and rest in the temporal peace. (剣を地に伏せよう、つかの間の安らぎに身をゆだねよう)
After dozing in the warmth of a dream, a new
day will begin.
(夢の暖かさにまどろんだ後、きっと新しい一日が始まる)
The days keep passing by... (日々が過ぎていく……) And we still chase the
same star we once
saw. (そして僕たちはいつか見たあの星を追いかけている)
〜Turn F〜
第一部 ある日の情景
完
長い間、応援アリガトウございました。
終わりませんけど。
第二部をお楽しみください。 |
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