〜Turn F〜


episode-13
〜言峰家の晩餐編〜


◆    ◆    ◆





 微動だに出来なかった。
 普段は阿呆な事ばかりしていても、しかし英雄。歴戦の英雄である。
 だと言うのに、動けない。指一本、動かすことが出来ない程に肉体は過度の緊張に支配されていた。
 ランサーは四人用のボックス席で自分の正面に座しているオリグーと、隣に姿勢良く腰掛けているアンリの顔を交互に見やった。やはり彼らも戸惑っている。穢れきった変態王と純真無垢な幼子、対照的であっても人を疑うことを知らないという点ではよく似た二人だが、それにしてもこのような事態において何の疑いもなく動くなど、斯様な命知らずの愚を犯す程馬鹿ではない。
「ふむ。どうしたのだ、三人とも?」
 言峰は笑みを浮かべていた。
 全くいつ見ても反吐が出る笑みだ。田舎の公園で十年間一度もさらったりせずに放置されていたボットン便所の中身とコールタールとをよく混ぜて、そこに新宿駅に一晩放置されていた酔っぱらいのゲロをデコレーションしたかのような笑みだと思う。心中でそう唾棄しつつ、ランサーはこの破戒神父の真意を探ろうとあらゆる感覚を研ぎ澄ました。
 読めない。
 まったく読めない。
 この男が何を考えているのかだけは、百戦錬磨のランサーの超感覚ですら毛程にも読みとることが出来ない。
 だが、おかしいのだ。ありうべからざる事態なのだ。
 そう、この男が……

「そら、何も遠慮することはないぞ。好きなものを食べるといい」

 この男が、自分達居候全員を引き連れて町でも評判の回転寿司に来ることも異常なら、さらに「ふむ。たまには私が奢ってやろう」などと言い出すなどと、ありえない。あっていいはずがない。
「……あ、じゃあわたし――」
「待つんだアンリッ!!」
 寿司屋の兄ちゃんに注文しようとしたアンリを、ランサーは咄嗟に制していた。
「や、槍チンさん?」
「あ……す、すまねぇ。驚かす気はなかったんだ」
 ただでさえ目立っているのに、店中から注がれる視線の雨と言うより雹が痛い。さらに先程から店員側からはずっと「頼まねーなら帰れよお前ら」的な無言のプレッシャーがかけられ続けている。半分霊体であるサーヴァントに過度の精神重圧は危険だ。このままでは実体を保てなくなってしまう。寿司も食えぬまま。
「槍チン。貴様が私を疑うのは勝手だが、何もアンリが注文するのを邪魔することはないだろう」
 ひどく癪だが言峰の言う通りだ。
「……仕方がない、槍チン。ここは一つ言峰を信じてみようではないか」
 オリグーが諦めたかのようにこの場を収めようとする。これまたひどく癪だ。なんでこの町でも一位二位を争う変態主従にクランの猛犬と呼ばれた自分が注意されたり宥められたりせねばならないのだ。
 だが、ここで怒るのも筋違いだし、何より大人げない。アンリの保護者と言うか兄貴分として、ここは音便に、出来るだけ常識的な対応を心がけなければ。
「……チッ。しゃあねぇ。今回ばかりはアンリに免じて信じてやるよ」
「……我は?」
 無視。
 喚くオリグーを完全にシカトし、ランサーは静かに壁にかけられた品書きを見た。
 そうだ。せっかく久しぶりに外食に来ているのだし、妙な拘りを見せるだけ損ではないか。せっかく奢りだと言っているのだ、後は食べてから考えることにしよう。





◆    ◆    ◆





「おっしゃ、兄ちゃん、ヒラメ一皿だ!」
「我は大トロだ」
「白身のいいとこを貰おう」
「あの、その……すいません、イカをお願いします」

 回転寿司というと回っている皿を取って食べるものだという印象が強い、というかそれが当たり前のはずなのだが、昨今は少々事情が異なる。
 そもそも、『寿司は高い』――この誰もが持っているイメージに革命をもたらしたのが回転寿司の登場である。今から四十年以上も昔、高級料理と考えられ、一般庶民はなかなか手が出せなかった寿司を誰でも手軽に食べられるようにしようと考案されたのがこの回転寿司で、『どれでも100円』『美味い、安い、早い』などが売り文句であった。ネタによって皿の色が異なるようになったのはもう少し後のことで、最初は本当に安ネタばかりの100円寿司オンリーだったのである。

「……んぐ。美味ぇ。次、コハダくれコハダー!」
「大トロをくれ」
「そうだな……白身の、少し脂がのったやつでも」
「えっと、あ、あの……タ、タコをお願いします……」

 しかし、元は庶民の味方であったはずの回転寿司も次第に高級化が進むこととなる。日本全体が経済的に潤うに連れ、高いネタをふんだんに使い、一皿の値段が通常の寿司屋に勝るとも劣らない店がしかし誰しもに認められ乱立。
 回転寿司は『もはや貧乏人の味方ではない』とばかりに発展と成長を遂げ続けた。
 ……だが……

「おい兄ちゃんサヨリー」
「大トロだ」
「光り物を頼もうか」
「は、ぅう……すいません、カッパ巻きを……」

 バブルは崩壊した。
 人々は再び慎ましい生活こそを第一に考えるようになった。
 無論、高級志向の回転寿司などがそうそう生き延びられるはずもない。あらゆる店が充実したネタの種類、サービス等は出来うる限りそのままに、値段のみの原点回帰を目指し奔走した。
 如何にいいネタを安く仕入れ、他店に劣らぬ充実したサービスを心懸けるか。
 それはまさに戦争だった。
 生き残りをかけた戦争は、やがて回転寿司に変化をもたらすこととなる。

「赤貝くれや」
「では……大トロにしようか」
「ふむ……貝を適当に握って貰うとしよう」
「……え、と……あの、シメサバを……ください」

 回さないのだ。
 最近の回転寿司は、ほとんど言い訳程度にしか寿司を回さないのである。
 当たり前と言えば当たり前の話だ。誰が食べるかもわからないものをアテもなく握り回すよりも、注文を受けてから握った方が遙かに効率はいいのだから。
 だから四人とも、果たして何十分、もしかしたら何時間回り続けているのかもわからないネタには全く手を出そうとはしない。一度、その辺を全く理解していなかったアンリが手を伸ばそうとしたが、他の三人全員に止められた。
 普通の寿司屋と比べて遙かに安いが、ネタの質もサービスもそれ程劣っているわけではない……それが現在の優良回転寿司店の実体なのである。





◆    ◆    ◆





「……君、一つ聞きたいのだが」
 各自6〜7皿くらい食べた頃だろうか。不意に言峰が店員のお兄さんに声をかけた。見たところ学生のバイト店員のようだ。
「は、はい……なんでしょうか?」
「私の注文がまだ一皿たりとも来ていないんだが、どうかしたのかね?」
 各員わかってて敢えて口にしなかった事を、ついに言峰本人が……よりにもよって店内でもっとも気の弱そうなバイトの青年を捕まえて、いつもの調子で……ああ、それはなんという、哀れ――
「いえ、それは、その……」
 どもるバイトくん。
 それはそうだろう。言峰の持つ雰囲気というのは常人では抗いがたい一種の魔術めいた……と言うよりヤクザとインチキ宗教屋を足して詐欺師で割ったかのようなミラクルカクテル、それどころかくそみそテクニックだ。このままでは、可哀想にあの青年は心に深い傷を負ってしまうだろう。そこで何とか助けようと腰を浮かしかけたアンリを、ランサーが割り箸で制した。
「や、槍チンさん……!」
「よせ、アンリ……可哀想だが、手遅れだ……」
「でも、でも……!」
 アンリは力無く項垂れ、自分達のテーブルを見た。
 ランサー、オリグー、アンリの目の前には、それぞれ食べ終わった皿が積まれているのに対し、何故か言峰だけはまだ何も食していない。
 理由は――明白であった。
「その、申し訳ありませんがお客様、具体的にネタの名前を挙げて注文していただけませんと……白身のいいところと言われましても……ひっ!?」
 本職のヤクザの方がきっとまだマシだろう。この不良神父の超眼力は銀河番長レベルである。ただの学生の抵抗力では言峰のダイスが三連続でファンブルでも出さない限りアボーン確定だ。
「ふむ、そうか。では、君はいやしくも寿司屋の店員でありながら自らお薦めのネタを選び客の期待要望に応えることも出来ないと、そう言うのだな?」
 ……『そらそーだ。バイトに無茶言うなよ』……誰もが心の中でそうツッコんだ。
 そんな通ぶった注文をしたいのならお前回転寿司になんか来るなよバーカって話である。どうせ自分は食べ物にも造詣が深いということを無垢なアンリに見せつけて悦に浸りたかったのだろうが、普通の寿司屋でそれをやるといくらなんでも金が足りないから回転寿司にしたってところだろう。言峰綺礼――安い、実に安い男であった。
「よもや寿司のイロハもわからぬ小僧がカウンターに立っているとはな。ガッカリさせてくれる」
 ちなみにこの店では機械が握っているので、カウンターに立つのに寿司のイロハもクソもない。
「やれやれ。お前達、帰るぞ。店主、おあいそだ」
 さらに言うなら勘定を意味するこの『おあいそ』という言葉は、『何の御愛想もありませんで』というあくまで店側が客に対し使う府庁であり、客が使うのはおかしい。
 今の言峰に相応しい言葉は……そう、まさに裸の王様であった。
 そして、席を立とうとするキング神父(ヌーディスト)。
「……あ」
 それを見て、先程頼んだ玉子焼きが届いたばかりのアンリがとても悲しそうな顔をした。それでも黙って主人に続こうとする姿はあまりにも健気。
「……アンリ……」
 この少女は、いつだってそうなのだ。
 今日も今日もでこの従うに値しないマスターに一人気を遣い、ランサーが見た限り彼女は最も安い105円の皿以外は頼んでいない。
 何処までもマスターに忠実な少女は、サーヴァントの鑑。しかし、しかしだ。
「大丈夫だ、アンリ」
「……槍チンさん?」
 槍兵の手に、魔力が籠もる。
 サーヴァントであっても、まだほんの幼き少女。ここでその少女の小さな望みも叶えてやれずして、何が英雄か。何がアイルランドの光の皇子か。
「安心して、卵焼きを食べな。いや、卵焼きだけじゃねぇ。好きなネタを……105円以上の皿だって何だって……」
 ランサーは、果たしてこの破戒神父を殺すことになったとしても少女に必ず卵焼きを食べさせてやろうと覚悟を決め、静かにゲイボルクを現界させた。
「お前は、食べて……いいんだ……ッ!!」
 狙うは、奴の心臓。
 一撃で、決める。
「ふっ。これだから回転寿司などというものは……どうしたアンリ、オリグー、槍チン。もう帰るぞ――ッ!?」
「――刺し穿つ――!」
 突然の真名解放に、驚愕に染まる言峰綺礼。己に向け放たれた紅い軌跡を見つめる瞳は大きく見開かれ、その口が、令呪が、あらゆる行動がしかし致命的に間に合わない必殺のタイミング。
 ――だが。

「――むぁふぇいやりふぃん」

 ウンコ神父の心臓、その寸前で止められた紅い魔槍。
 槍の穂先を凝視する言峰。
 悲鳴すらあげられず息を呑むアンリ。
 寿司の皿で目を覆うバイトの兄ちゃん。
 全てを止めたのは、シャリを口一杯に頬張った……オリグーだった。
「オリグー……なんで止めた?」
「ふぉふぇふぁふぁふぁ……」
「飲み込んでから話せドアホゥ」
「ふぉう。……むぐ。ング、ゴクン。……あー、槍チン。取り敢えずお茶をくれ」
「……ほらよ」
 ゲイボルクを収め、ランサーは渋々オリグーにお茶を渡してやった。偉そうにふんぞり返って一服するオリグー。寿司屋のボックス席で王様座りをする奴と同席というのも恥ずかしいことこの上ない。
「で、オリグー。何で止めたんだ? 返答次第によっちゃいくらテメェでも……」
「落ち着け槍チン。此処がどこだかよく考えるがいい。見ろ、周囲のお客がみな怯えているではないか」





 ――時は止まる――




























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 ――そして、時は動き出す――





「オ、オリグー……お前わさびにでもあたったのか!? あまりなことに挿絵ならぬ挿AA(※あくまでイメージ映像)を挿入しちまったじゃねぇか!!」
「ゲェーーーーッ!? オリグーがまともなことを言っているので思わず私としたことがゆで漫画の如くゲェーーーーとか言ってしまったぁッ!」
 ランサーも言峰も驚愕。アンリに至っては感極まって嬉し涙を流している。
「わ、わたし、信じてました! オリグーさんは、本当はいい人なんだって……!」
「ぬぉ! 触るなアンリ!! た、たた、竜田揚げッ!!? ヒィッ!!」
 思わず身を乗り出したアンリを必死に後退って避けるオリグー。油恐怖症はいまだに克服出来ていないらしい。怯えきった顔は冷や汗と涙、鼻水にまみれてグショグショだ。二人とも涙を流していることに変わりはないのに何故こんなにも違うのだろう。
「と、兎も角、他の客の迷惑になるから二人とも大人しく寿司を食わんか! そうそういつもいつも警察の厄介になるわけにもいかんだろうが」
 そう告げたオリグーの脳裏を、セイバーの笑顔がよぎる。
 騎士王は、愛剣の切っ先をオリグーへと突き付けると、

『今度また警察の厄介になるようなことになれば、ちょん切りますよ?』

 ニコリ、と。なんとも愛らしく微笑んだ。
 あの時のことを思い出しただけで、顔がニヤケると同時に股間の辺りに寒気を感じてガタガタ震え出してしまう。
「……へっ。しゃーねぇな」
「……そうだな。オリグーにまでそう言われては、己の非を認めるしかあるまい」
 ランサーも言峰も着席し、アンリはそれを見て心から嬉しそうに微笑む。バイトの兄ちゃんの目尻にも涙が浮かんでいた。
「うむ。それに槍チンよ。言峰を殺してしまっては奢って貰えなくなってしまうからな」
「はは。そりゃそうだ」
「もぅ、オリグーさんったら。えへへ」
「ははは、こいつめ」
 オリグーの軽口に、笑い合う言峰ファミリー。
 それは何処にでもある家族の情景のようで、四人は心から今日このひとときを楽しんだ。
「ふはははは。どれ、では次の皿を頼むとするか。我は……そうだな、大トロだ」
「はっはっはっは……はっ……は……おい、ちょっと待てオリグー」
 ふと、言峰は何か大切なことに気が付いたかのように、次の皿を頼もうとしているオリグーを凄い形相で睨み、止めた。
「なんだ、言峰。何かオススメのネタでもあったのか?」
 先程までの和やかな雰囲気が一変。神父の纏う空気がまるで氷雪が吹き荒んでいるかのようなものに変わる。
 暗く、冷たい炎を灯した目で、言峰綺礼はオリグーを睨み据えた。
「……オススメのネタもクソもない。貴様、今まで自分が注文したネタをよーーーっくと思い出してみろ」
 言われて首を傾げる変態王。目の前には他の二人の前に重なっている皿とは大分色の違う皿が積まれていた。黒に金縁のその皿は見た目からして如何にも高そうな色である。
 暫く考え込んでいたかと思うと、オリグーは舌鼓を打ちながら……
「……うむ。ここの大トロは脂がのっていて実に美味いな。油は大嫌いだが脂となれば話は別だ。冷凍とは言えこの味なら充分に満足出来――」
「貴様大トロしか頼んどらんではないか! いくら人の奢りだからと言ってもう少し遠慮せんかこのアホタレが!!」
 ――ちなみに大トロはウニやアワビと並んで一皿525円(税込み)。
 なお、ランサーの前に積まれている皿は105円から210円ばかり、アンリに至っては前述の通り105円の皿以外には無い。
「何だ、そんなことか」
「そんなことか……だと?」
 途端、オリグーの全身が黄金の甲冑に覆われ、荘厳なオーラが店内を満たしていく。その尊大で野太い笑み、まさしく大英雄。普段の変態じみたエロチンピラではない、最古の英雄王に相応しい態度で、オリグーは言い放った。
「フッ……我は王の中の王なので、大トロしか食わん」
「ダッシャ!!」
 言峰の延髄切りが誇り高き英雄王の後頭部に炸裂。
「へげらブホッ!! シャ、シャリが鼻から飛び出したではないか! 寿司屋でいきなり延髄切りをぶちかます神父がいるか! 冗談は四角いジャングルの中だけにしろ!」
「黙れこのキングオイルレスリング。謝るがいい、天地万物あらゆる存在に『いや、ホント生まれてきてマジすいません』と謝って土下座するがいい!」
 こんなに怒った言峰を見たのは三日ぶりだ。アンリは、まるで自分が白い靴下を履いた時のように猛り狂う言峰を止めようと右往左往した。ふと気がつけばランサーは「もうオレは知らん」とばかりに遙か遠くのカウンターに座って一人でのんびり食事を再開している。流石に速度重視の槍兵、逃げ足の早さは間違いなくサーヴァント中No.1だ。
「あ、う、あぁ……、二人とも、お店の人や他のお客さんにご迷惑ですから……あの、もうやめ……あ」
 その瞬間、アンリの見ている前で、言峰の鮮やかなフックがオリグーの顎を見事に捉えきっていた。
 決着。崩れ落ちる英雄王。取り皿の醤油に鼻っ柱を突っ込み、そのまま微動だにしなくなる。鼻息で泡立つ醤油がシュール。それが今のオリグーが生きている唯一の証だった。生きてるって素晴らしい。醤油臭いけど。
「やれやれ。オリグー如きがこの私に勝てるはずなかろうに」
 じゃあなんで契約してるんだよアンタ。
「まったく……たまにいいことを言ったかと思えばコレか。一人で……ひーふー……既に四千円も食っているではないか! こ、このド変態め……久方ぶりにネットオークションに出品していた聖水(無論ただの水道水)が売れたから奢ってやろうかと思えば調子に乗りおって……」
 アンリは泣いた。
 自分の主人は本当にどうしようもなく最低なのだと、今さらながらに実感し、ただひたすらに泣いた。
「さぁて。では今度こそ普通にネタの名前で頼むとするか。バイトくん、注文を……」
 と、その時だった。
「暴漢が暴れているというのはこちらですか!?」



「……え?」



 入り口の自動ドアが開いたかと思うと、お巡りさん登場。
 俊敏迅速、アッと言う間に言峰を取り囲む。
「お前だな、悪質な暴漢というのは?」
「お嬢ちゃん、もう怖くないからね。ああ、ああ、もう泣かないで、大丈夫だからね。く、なんて奴だ! こんなに可愛い子を……さては誘拐だな!?」
「あれ? 近藤さん、この男、もしかしてオークション詐欺で逮捕状出てる言峰綺礼じゃないですかね?」
「……む。……あっ、本当だ! 貴様には昨日付けで逮捕状が出ているぞ!」
「は、放せぃ! 無実だ! 父と子と精霊の御名において私は無実だ! アンリ、お前からも説明してくれ!」
「あ、アンリ! こんな所にいたのか!? いやぁ、お巡りさん、ありがとうございます。この娘は僕の妹で、少し前から姿が見えなくて探してたんですよ」
 すかさずアンリを手元に引き寄せるランサー。いつの間にやら前髪をおろして伊達眼鏡をかけ、変装もバッチリだ。
「あ、この槍チン、貴様! なに虚偽を……う、嘘だ、そこの男が言っていることは虚構だ! その娘は私のサーヴァントで……」
「サーヴァント……奴隷!? 貴様、いたいけな子供をさらってその上奴隷だなんて……この凶悪な変態め!」
「こっちの鎧男も共犯だな。ん……こいつ、前にも捕まえた覚えがあるぞ?」
「ぎゃわー! なんで我まで……無実じゃ、無実じゃよー!!」
 突然のことに茫然としてしまったアンリの見守る先、言峰とオリグーは屈強なお巡りさん達に引きずられてパトカーに押し込まれていった。
「え、あ、あの……え、えーーーーー!?」
 我に返ってあたふたするアンリの頭をくしゃっと撫でると、ランサーはバイトの兄ちゃんに向かって、
「そんなわけで、すまねぇんだがこの娘とオレの分の勘定、頼まぁ」
 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。










「むぅ、このままでは終わらんぞ! アイシャルリターン!」
「後生だ、見逃してくれ! このままでは我はセイバーにちょん切られてしまう!」
「……お前ら、長くなりそうだな?」

 パトカーは走る。
 サイレンを鳴らして。
 パトカーは走る。
 赤色灯を揺らして。
 言峰は叫ぶ。
 オリグーも叫ぶ。
 だが、その声は、ただ、夜の闇へと吸い込まれていくばかりだった。
 消えゆくその光を、アンリはいつまでも、いつまでも見つめていた。





Kyrie, ignis divine, eleison.
(主よ、聖なる炎よ、憐れみ給え)
O quam sancta, quam serena,
(おお、この聖女は、なんと静けく)
quam benigna, quam amoena.
(なんと慈悲深く、なんと情け厚いことか)
O castitatis lilium.
(さながら清廉無垢なる白百合の如く)





〜to be Continued〜






◆    ◆    ◆





オマケ
登場人物紹介と用語辞典

言峰綺礼
 ……捕まっちゃった。
オリグー
 ……また、捕まっちゃった。
lilium  白百合のこと。異常に出来の良かったアニメ版エルフェンリートのOPテーマから一部引用。アンリは清廉潔白、まさに白百合の如き幼女です。
 たとえその身が煮えたぎった油という罪にまみれようとも、彼女は慈悲深き聖女なのです。
ゲェーーーー!?  ゆでたまごの漫画においてやたらと多用される、驚愕を表す声。肉マニアならピンと来るはず。
 他にも「ウギャーーーーー!」とか「おわーーーー!」など、よく見かけるようで実はそれほど見かけない叫び声がゆで漫画ではデフォで使われる。
 ウォーズマンがマンモスマンにやられた際の「ウギャーーーーキン肉マーーーン!!」などが有名ですね。
Turn F
episode-12
「根源より愛を込めて編」
 事情により12話は永久欠番です。
 12話は、冬木市に現れた謎の英霊、『被爆サーヴァント スペル英霊』とセイバー達が戦う話だったのですが、被爆者保護団体からクレームがついたので永久欠番扱いなることと相成りました。
 その後も性犯罪者のオリグーの部屋から12話が収録されたビデオが発見されたりとろくなイメージを抱かせないため、復活の可能性は限りなく低いです。あしからず。


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