〜Turn F〜


episode-14
〜男の戰い・聖夜編〜


◆    ◆    ◆






「えー。メリーハッピークリスマス。きよしこの夜皆様いかがお過ごしでしょうか。……ってまぁいかがもクソもこうして集まってるわけだけどよ」
 ネオンのピアスが弾けたSnowy night。
 オニキスみたいに輝く深山町マウント深山商店街。
 しんしんと降り積もる雪が儚くも美しい今宵は12月25日のクリスマスナイト。
 恋人達は愛を語らい、家族が和気靄々と食卓を囲む、世界中の人々に幸福が舞い降りる、祝福された夜。
 ……だというのに、祝福されない者達もいた。
「メリークリスマス、槍チン」
「うむ、めりぃくりぃすますだ、槍チン」
「……」
 いつものように音頭をとるのは蒼い槍兵、ランサー。彼の言葉に拍手を鳴らすのは、赤き弓兵アーチャーと、清流の侍アサシンの二人だった。一方、この場に集った四名のうち最後の一人は、先ほどから項垂れたまま何一つ喋ろうともしない。ただ、その肩だけが不自然に震えていた。
「しっかし驚いたなぁ。クリスマスってのはこうも騒ぐのか……帰りにアンリの奴にプレゼントの一つも買っていってやらないとなぁ」
「そうだな、私も驚いたものよ。よもや異国の祭でこうも盛り上がる時代が来ようとは……」
 ランサーとアサシンにしてみればクリスマスなど初の経験である。目に入るもの全てが物珍しく、ここ暫くは町を歩くだけで大騒ぎであった。
「今日という日を、世界中が祝っている。人々を守る存在として、こんなに喜ばしい日もない」
 そう言ったアーチャーの遠い目は、果たして何処を見つめているものか。三人はそれぞれの過去を思い出しつつ、愉しげに、しかし寂しげに笑い合った。
 真白き化粧をほどこされた町に、世と人々の安寧を祈りながら……





〜to be Continued〜






「……って終わるなよ!!」
「わーお」
 今の今まで俯いて肩を震わせていた最後の一人が、もうこれ以上は耐えきれないとばかりに勢いよく頭をあげ、狭い店中に響き渡らせるには充分すぎてお釣りがくるほどの声量で絶叫した。
「なんなんだよお前らは! クリスマスの夜にいきなり人を拉致したかと思えば勝手にモノローグッポイ幕の降ろし方して! ああ、もうほんとなんなんだ!?」
 勢いよく頭を掻きむしりながら喚き立てる少年を、三人の英雄達はやれやれ仕方がないなといった風に見やって鼻で笑った。
「慎二、このめでたい日に何を苛ついているんだ?」
「そうだぞ。ツーかおら、指見てみろよ指。抜け毛がひでーなぁおい」
「海草を食べるとよいそうだぞ。特にワカメやヒジキを」
「うるっさいよ! シャラップ! 僕が聞いてるのはそんな事じゃないだろ!?」
 ワカメ頭の怒髪天。逆立ち波打つ慎二の頭髪@猛烈ピンチに、三人は全く遠慮せず笑った。なんとも心の空く笑いだった。つられて店内にいた全ての人々が笑った。店員達も笑っていた。なんて幸せな日だろう。心弾むよクリスマス。
「笑うなよ! そんなにおかしいかよ!」
「――嗚呼……とてもおもしろいぞ――」
「顔と台詞だけ本編風にシリアス装ってなにほざいてるんだ!? クソ、クソ、クソ!」
 喚き散らす慎二を、その場にいる者全員が可哀想な人を見る目で見やった。
「何だよその目は!? 大体僕のことを可哀想だとか哀れんでる余裕あるのか!? 今日はクリスマスだぞ、クリスマス! なのになんでよりにもよって僕達は吉野家にいなくちゃいけないんだよ!?」
 町を彩る色とりどりのイルミネーションに、しかしそこだけは一年を通して何一つ変わらないオレンジの光。年中無休で、早い、美味い、安いの三拍子が揃ったまさしく庶民の庶民による庶民のためのTHE牛丼屋。
「なんでって……」
 アーチャーが呆れたように眉をひそめた。『コイツ、一体何を言っているんだ?』とでも言いたげな顔だ。
「牛丼が食いたかったからだよなぁ?」
「ふむ。その通り」
 当たり前だろうとばかりにランサーもアサシンも答えた。
「牛丼なんていつだって食えるじゃないか! お前ら本当に牛丼が食いたかったのか!? 単に僕に嫌がらせしたかっただけじゃないのか!? 問いたい。問いつめたい。小一時間問いつめたいよ!」
 血管がブチ切れるんじゃないかと心配せずにはいられない勢いで捲し立てる慎二の絶叫は、しかし何の意味も為さない。
 それどころか三人は神妙な面もちで顔を見合わせたかと思うと、
「……馬鹿か貴様は?」
「……おめぇ、ンットーにバカだな」
「……ふっ。莫迦め」
 とてつもなく深い憐憫を込めた声で三者三様そう言い放った。
「仮にも我々は英霊としてこの地に召還されたほどの者達だぞ? それが何故お前のような何の取り柄もないスネ夫くん如きに嫌がらせするためだけにクリスマスの夜を吉野家オフみたいな過ごし方しなければならんのだ。冗談も程々にしておかないと人間時代の恨みを今この場で晴らすぞ」
「弓山の言うとおりだぜ、自信過剰もいい加減にしとけよ坊主。オレたちゃテメェ如きのために集まるほど暇じゃねぇんだ。そら、さっきから外で爆発音とか機銃掃射の音が聞こえんだろ? 言峰のバカがまたカップル狩りに精を出してるからさっさと止めなくちゃヤベェんだ。アンリも家でパーティーの用意して待ってるしよ」
「左様、私とて数多のご婦人方の誘いを蹴って今日この場にこうして居るのだ。間桐慎二よ、それは貴様のためなどではけして非ず。おぬしは自らをどうにも大層な人物だと勘違いしているフシがあるが、折角の聖夜というやつなのだ。これを機に己という存在を今一度じっくり見つめ直してみてはどうだ?」
 慎二は思った。英霊になるは、人を怒らせる才能が傑出していなければいけないのではなかろうか。こいつらはどうしてこう他人様の神経を逆撫でするのがとってもとってもお上手なのだろう。その英雄豪傑としての類い希なる素晴らしい諸能力をもっと世のため人のために役立てればいいはずって言うかそれこそ英霊としての本懐ではないのか。まったく本当に何のために喚び出されてきたのだろう聖杯を狙って争うわけでもなければ暇さえあるとこうやって連んでろくでもないことばかりしでかしてはこの町の秩序を片っ端から崩壊させて良識ある人々の頭を悩ませるのだからたまったものではないいつもいつも事ある毎にご近所からの苦情も学校からの苦情も町内会からの苦情も自分に集中するのだそしてその度に平謝りよしてくれやめてくれ僕は本当は聖杯なんて要らない魔術師じゃなくてもいいただ僕という人間をしっかりと見てくれる人々に囲まれ平穏無事に暮らしたかっただけなんだその時隣にいてくれるのが桜だったらいいのになぁとか薄ボンヤリと考えていたのがそんなに罪か悪徳かいやそれは確かに桜は黙ってれば多少地味ではあれど純日本的な美人だし感情がたかぶりさえしなければ性格もまともだと言えなくもない何より胸がでかいオッパイ大きいビババストFカップ好きは自分に素直思った事を隠せないでも理想と現実だいぶ違うから夢から覚めなさいって放っておいてくれよ僕はそれでも夢を見ていたかったんだ桜のタワワチチに抱かれていつまでも覚めない夢を見ていたかったんだよそれがたとえ闇の夢だったとしてもああそうさ夢さ理想さ高望みが過ぎたかも知れないうちに養子としてもらわれてこなければそもそも二人の性格上縁が発生していたかどうかも怪しいそれでもいいじゃないか僕は桜のことが好きさ痺れるほど好きさ悔しいほど恐れるものは何もない好きさ忘れられないよ畜生それなのになんでだどうして衛宮なんだそりゃ衛宮はいい奴さしょっちゅうAV貸してくれたし金が入るとわりと気前よく奢ってくれるし愚痴を言えばなんだかんだと黙って聞いてくれるし相談すれば親身になって対応してくれる僕はいつも憎まれ口ばかり叩いていたけど本当に心から衛宮のことは親友だと思ってたんだそれなのに今目の前で僕を養豚場の豚を見るような目で見つめているこの白髪頭はコイツが本当に衛宮の成れの果てだって言うのかなぁ衛宮答えてくれよ衛宮僕か僕が悪かったのか僕がお前に借りたAVにうっかりとなりのトトロを上書き録画してしまったのが悪かったのかでもあのAVは絶対インチキだよ現役アイドルの裏流出モノ特選編集士郎スペシャルって明らかに別人ばっかりだったじゃないかそれとも本気で信じてたのかああそうだよな衛宮は純粋だものなそんな衛宮だからこそ僕は親友だと思っていたのだし桜も遠坂も一成もそんなお前だから愛したんだああ僕はそれがとても悔しくて悔しくて桜のオッパイが衛宮のものになってしまうのかと思うととてもじゃないけど我慢できなかったんだ心も股間もああクソ悔しいなぁ桜のオッパイが衛宮のものだなんて考えただけでも悔しくて悔しくてはち切れそうだよ心もズボンもああ桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜桜
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「じゃあ何のために僕を拉致したんだよ!」
 危うくトリップしかけた精神を、慎二は自分こそがこの場に残された最後の良心なのだという圧倒的な自負と、義妹への秘めたる想いによって堪えた。
(桜のオッパイが……助けてくれた……)
 ポケットの中、桜の写真@胸強調ポーズが密かにしまわれた学生手帳を握りしめ、目の前の英雄達に挑む。そうだ、今さら見つめ直す自分などいない。間桐慎二は今までもこれからも、間桐慎二を貫き通す。
 英雄じゃない、魔術師じゃない、ちっぽけな人間だ。それでも、譲れないものがこの胸には、在る。
(……だから、見ていてくれ、桜……ッ!)





◆    ◆    ◆






 一方その頃、桜は衛宮邸でのクリスマス士郎争奪野球拳大会にて実の姉たる凛と死闘を繰り広げていた。
「ジャンケンポンッ! あいこでしょっ!」
「くはぁっ! ジャンケンでいちいち胸揺らすんじゃないわよ鬱陶しい!」
 桜……クリスマス専用勝負下着と、靴下かたっぽだけ。
 凛……既にショーツのみ。やばい。もうすんげぇやばい。
「揺れるもの無き貧しき民に、負けるわけにはいかないんです!」
「よくぞ言ったこの乳蟲がぁ!」
 ちなみに士郎は目隠しされた挙げ句雁字搦めの簀巻き状態で転がされていた。
「ほわぁ! ジャンケン十三奥義がその八! 超高速破壊拳!」
「なんの! ならばこちらは喰らいなさい、ママの味!」
 慎二の想いも覚悟も知らず、衛宮邸の夜は更けていく……





◆    ◆    ◆






「大体牛丼が食いたいとか言っておきながら、まずアサシン!」
「……なんだ?」
「それ豚キムチ丼じゃないか!」
 アサシンが先程から美味しそうに食っていたのは、当店限定メニュー、豚キムチ丼であった。豚肉の濃厚な旨味とキムチの辛みとが合わさり滅法美味く、しかも安いので人気のメニューだ。
「いいじゃねぇか。先生は豚キムチ丼が好きなんだからよ」
 そう言うランサーが食べているのはカレー丼である。
「好きだからとかじゃなくてさっき牛丼が食べたいから吉野家に来たって言ってたくせに畜生ホントにムカつく奴らだなぁ!」
「まぁ落ち着け慎二。食事くらいゆっくり食え。禿げるぞ?」
「お前もお前だアーチャー! 普通に牛丼食ってるように見せかけて……なんでわざわざ牛皿とライスを別々に頼んで挙げ句にライスに牛皿をかけるんだよ!? 最初から普通に牛丼頼めばいいじゃないか! 店員さん可哀想だろ!?」
「……フッ」
「タマネギと牛肉箸でつまみながらニヒルに笑うなよ! なんだよ、なんなんだよもう!」
 慎二は、自分の毛髪がまるで一本一本ハラリハラリと抜け落ちていくかのような錯覚に抗いながら、それでも戦った。戦い続けた。
 負けるわけにはいかない。自分が負けたら、この深山町は、冬木市は、目の前でほくそ笑んでいる悪霊達の思うがままだ。
 守るのだ、町を。そこに暮らす人々を。心優しき友人達を。愛しい、義妹を。
「くそ! すいません、ツユダク一つ!」
「……うわ、ツユダクかよ」
「……今時ツユダク頼むとはなぁ」
「……通ぶって言ってみたかっただけだろ?」
「黙れぇぇぇえええええええええッッ!!!」
 涙目で振るわれる拳を丼片手にヤンマーニを口ずさみつつ器用に避けながら、アーチャーも、ランサーも、アサシンも、慎二を嘲笑い続けた。
 慎二は戦った。力尽きるまで。
 この日、間桐慎二は間違いなくセイギノミカタだった。





◆    ◆    ◆






「……追い出されたじゃないか。僕、ツユダクまだ食べてなかったんだぞ?」
「はは。男が細けぇこと気にするなよ」
 大騒ぎの挙げ句に吉野家を追い出された四人は、クリスマスの喧噪の中を軽く言い争いを続けながらのんびりと歩いていた。
「小事にとらわれず、大局を見据えてこそよ。もっとも、私には出来なんだがな」
 小雪舞う空へと、侍の呟きが吸い込まれ消えていく。
 普段から今のようにしていれば英雄としての面目も立派に躍如出来るだろうに、どうしてそれをしないのか。だがそれでも彼らは堂々と、気持ちよく日々を生きていた。生者である自分が思わず羨んでしまうほどに。
「……なぁ」
「あん?」
「結局、本当はどうして僕を連れだしたんだ?」
 ジングルベルがそこかしこから聞こえてくる。
「……ま、最初に言い出したのはな、弓山だ」
「……アーチャーが?」
 弓兵は、一人さっさと前方を歩いていってしまっている。せっかちなのか何なのか。文句を言おうものならまず間違いなく『お前の足が短いからだ』だのと鼻で笑いながら言ってくることだろう。
「どうせ嬢ちゃん達はみんな小僧のとこでクリスマスパーティーだろ? オレ達も旦那の新婚クリスマスを邪魔するわけにもいかねぇし。で、どうせお前はサクラ嬢ちゃんにフラレて一人で寂しそうにしてるだろうからって言ってよ」
 図星だった。
 と言うより、去年までは桜もクリスマスの夜までには帰宅して間桐邸でささやかなクリスマスパーティーが催されていたのだ。だから普段学園の女子をとっかえひっかえ遊んでいるように見えても、慎二はクリスマスに誰かと約束するような真似はしたことがなかった。
 なのに、今年はもうにべもない。
 臓硯はとうにそんな事わかっていたとばかりに朝からアサ真と歌舞伎を観に行ってくるだとか言い残して出かけてしまった。予定がないのは自分だけ、と言うわけだ。まさか当日の夕方になって誰かを誘うわけにもいかない。
 そんな時だった。この三人に拉致されたのは。
「弓山のことだ。あれでも色々と考えてのことであろうよ。察してやれ。友達……の未来の姿なのだろう?」
 それを聞いて、慎二はただ頷くことしかできなかった。
 そうだ。あの赤い背中は、間違いなく衛宮士郎のものなのだ。士郎に果たしてこの先どんな未来が待ちかまえ、ああなってしまうのかはわからない。それでも、人の本質はそう簡単に変わってしまうものではない。
 白い雪が降る。色とりどりの光が、街を埋め尽くす。
 それでも、彼の背中、その一ヶ所だけはどこまでもただ赤く、慎二は足早に彼の後を追うのだった。










「……さて、今夜だが」
「うむ。問題ない。そもそも彼女達は現在白い靴下しか所有していないからな。間違いなく枕元には白い靴下がぶら下がってるはずだ」
「よーっしゃ! で、寝静まってるところを白い靴下履かせて、オレのこのデジカメにそのあられもない寝姿をおさめる、と……」
「ふっ……我々にも何かしらくりすますの贈り物がなければな。……で、間桐慎二よ、お前はどうする? この計画……」
「……僕は、桜の義兄だぞ? 何を、バカな……」
「じゃあパジャマDE靴下な写真いらねぇのか?」
「ごめんなさい凄く欲しいです」
「……やっぱり、慎二はそうでなくちゃな」
「……アーチャー……いや、エミヤ……」
「……よし」
「……ほんじゃ」
「……行くぞ」
「……ああ!」



 ……その後、彼らがどうなったかは神のみぞ知る。






〜to be Continued〜






◆    ◆    ◆





オマケ
登場人物紹介と用語辞典

間桐慎二
その2
 セイギノミカタ。
 桜相手に純愛中。好きな子には意地悪しちゃいたいお年頃。でも最近は桜の方がどんなに軽く見積もっても十四倍くらいうわてなので嫌味なんて通用しない。
 そもそも嫌味も嫌がらせも常識の範疇なので非常識な連中に通用するはずがありませんでしたとさ。
 筋金入りのオッパイ星人。
 徐々に白靴下に精神を汚染されつつある。
 自分が死ぬ場所は桜の胸の中と勝手に決めている。
アーチャー
その2
 何故、彼が慎二に優しいのかは理由がある。
 彼が英霊に至った過去、衛宮士郎であった頃、慎二は桜にフラレまくり、みんなから虐められまくったことが原因で五回も自殺未遂をした挙げ句に精神が破綻して、黄色い救急車に運ばれてしまったのだ。
 痩せこけ、ベッドでエミヤが作った桜のフィギアを溺愛する変わり果てた慎二の姿に、彼はいつかこの罪を贖おうと心に誓っていたわけである。ちなみに桜の猛烈なアタックについつい流されちゃったのが慎二最初の自殺未遂の原因でしたとさ。
超高速破壊拳  ジャンケン十三奥義の一つ。
 超高速破壊拳はマジ強え、超強えチョキの百億倍強え。
ママの味  ジャンケン十三奥義の一つ。
 ママの味に敵も思わずホロリ。きっと彼は言うでしょう、「負けたよ、ママン」


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