それは、まったく何気ない一言から始まった。
「……なぁ、もう聖杯戦争なんてやめてオッパイ戦争にでもしないか?」
女性陣が全員連れだって買い物に行ってしまい、暇を持て余した男連中が衛宮邸に集まってダラダラ過ごしていたある日のこと。士郎は、何とはなしにそう呟いていた。寝っ転がり、プレイボーイのグラビアページを読みつつ、実に自然に。
買ったばかりのガンプラを素組していたオリグーとバーサーカーが顔を上げていた。
縁側で将棋を指していたランサーとアサシンが目を見開いて、動きを止めていた。
お昼のみのもんたを見ながらあーでもないこーでもないと語り合っていた綺礼とアーチャーが言葉を失していた。
士郎の言葉は続く。
「聖杯を奪い合って戦うなんて不毛だしさ。それならいっそオッパイのオッパイによるオッパイのための闘争にでも置き換えた方がよっぽど有益だと思うんだ」
視線はグラビアへ落としたまま、しかし本気の目だった。
男が、ある一つの重大な決意、覚悟を決めた時に見せる輝きが灯っていた。
「……だが、衛宮士郎よ」
綺礼が立ち上がり、寝っ転がったままの士郎を見下ろしながら口を開く。
「仮に聖杯戦争をオッパイ戦争に置き換えたとして、何をどう競い合うのだ?」
それは、その場にいる全員の疑問だった。だから誰も何も口を挟まない。ただ、黙って士郎の答えを待っている。
「決まってるじゃないか。カタチとか、大きさとか、揉み心地とか、味とか……その、なんだ。色々だよ、色々」
パタリ、とプレイボーイが閉じられる。
自分を見下ろす神父の視線を真っ向から受け止め、士郎は立ち上がった。
「七人のマスターが、七人のサーヴァントの十四のオッパイで競い合う……ゾクゾクしないか?」
ゴクリ、と。息を呑んだのは果たして誰だったのか、それとも全員か。
「……ヘッ、おもしれぇ」
そう言って立ち上がったのはアイルランドの光の皇子。その手が、優しく、まるで何かを包み込むかのような形を見せたかと思うと、ニギニギワキワキと淫猥極まりない動きを見せる。
「で、この場には丁度七人いるわけだけどよ……どうするんだ? オレ達がマスターって事でいいとして……サーヴァントは――」
「俺のサーヴァントは桜だ」
士郎、即答。
「きったね! きたねーぞ小僧! テメェにはセイバーがいるじゃねぇか!」
「シャラップ槍チン! ……これは戦争だ。オッパイを賭けた、聖戦だぞ?」
士郎の目は今まで誰も見たことがない程マジだった。と言うより、据わっている。
かくして一組のマスター&サーヴァントが決まった。
乳師マスター:衛宮士郎
オッパイ奴隷サーヴァント:間桐桜
「……チッ。それじゃ俺は……」
「私は綾子でいかせてもらおう」
ランサーを遮りそう言い放ったのは、敏捷性で彼をも上回る男、アサシン。
「美綴かッ! 先生……本気、なんだな?」
涼しげな笑みをたたえ、ユラリと立ち上がるアサシンを睨み据える士郎の頬を、気持ちの悪い汗が伝う。侍の風雅な出で立ちからは、しかし必勝の気配が色濃く溢れ出していた。
「やるからには、勝利を目指すは道理であろう? 乳房は何も大きさのみに非ず。綾子が私に剣術を習っていることは知っていよう。あの娘は……強いぞ?」
それまで握り込まれていたアサシンの掌がゆっくりと開かれ、あるカタチをその中に作り出す。熟達の乳師である士郎には、それが瞬時に友人美綴綾子のバストであることが見て取れた。おそらくは、右乳だろう。綾子の乳房は右の方がやや小振りだ。しかしそれは余人が見てわかる程の差ではない。四六時中オッパイのことばかり考えている乳師だからこそわかる、まっこと微細な、しかし大きな差なのだ。
確かに、サイズこそ劣るが綾子の乳は胸囲驚異だ。その鍛え込まれた美乳はプレイバリューで桜に劣りこそすれ美しさと揉み心地では勝っているのではないかとも思う。とっさに桜と契約を(勝手に)結んでしまったが、士郎はもしかすると大きさに目が眩み早まってしまったのではないかと己が浅はかさを悔いていた。流石は剣技のみで宝具とも渡り合った剣客、侮れない。
乳師マスター:先生
オッパイ奴隷サーヴァント:美綴綾子
「じゃあ今度こそ俺だ! 俺は……サエグサちゃんでいかせてもらうぜ」
「ぬぅ!?」
ランサーの言葉に、各員動揺が走る。
まさか、そこで三枝由紀香の名前が出るとは誰も予想だにしていなかったのだ。
「……驚いてるみてぇだな」
「ああ……槍チン、正直、驚いたぞ」
そう言いつつも、アーチャーはランサーの口元に浮かんだ笑みに気付いていた。この男は、勝利を確信している。特別美しいとも大きいとも言えない、あくまで普通の乳……いわゆる普乳の持ち主である由紀香を選びながら、彼は自分の勝利をまったく疑っていない。
「へへ。ま、確かにお前らが驚くのも無理はねぇよ。あの嬢ちゃんには特別なものなんて何もねぇ。平均的な女子高生の乳だ。……だが、よ」
まるで、獲物を狙う猛禽の目。
しかし一瞬の後にはランサーの目から獰猛な光は消え失せ、安らいだ、温かみのある色へと変わっていた。
「お前ら……何も感じねぇのか? 嬢ちゃんの……あのポヤンッとした、柔らかそうな乳に、よ……」
その一言に、士郎は背筋が凍り付いた。
「い、癒し系か……ッ!」
戦慄が走る。
癒し系オッパイ……見る者の心を和ませ、ただ触れているだけで心を落ち着かせる、その膨らみは優しさで出来ていると言っても過言ではない温かな乳房。
思わぬ伏兵の登場に、士郎とアサシンは苦戦を予感し、まだパートナーを決めていない四人はこのオッパイ戦争がいかに厳しくまた激しいものであるかを実感していた。
乳師マスター:槍チン
オッパイ奴隷サーヴァント:三枝由紀香
「■■■■■ーーーーーー!」
「なんと、マジか、バー作!?」
バーサーカーのあげた一声に驚いたのは、オリグーだった。親友の、まさかのチョイス。パートナー選別の時点で早くも激化するオッパイ戦争を、果たしてそのような甘さで勝ち抜けるのか……それとも、勝算があるのか。
「……貴様、本当にイリ坊でよいのか?」
愚直なるバーサーカーが選んだのは、彼の主である少女、いやさ幼女と言ってもおかしくはない、ペタンコと言うより乳房と呼ぶのも気が引ける双板の持ち主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンであった。
だが……こればかりはミスチョイスだ。いくらなんでも、勝ち目が無さ過ぎる。
確かに貧乳にもいいところはあるのだろう。だが、イリヤのそれは貧にすら達していないのだ。過酷なるオッパイ戦争に挑むには、彼女の胸部はあまりにも未成熟すぎる。
「……■■■■■……」
「バー作……本気、なのだな」
それでも、バーサーカーは本気だった。
肥沃なる大地に、蕎麦すら育たぬだろう痩せた土地で挑もうと、なお彼は神の血をひく大英雄。狂い猛きヘラクレスなのだ。
それに、イリヤには未来が――将来性がある。秘められたポテンシャルは未知数、油断がならない。
「……ヘッ。また、強敵だな」
ランサーの言葉は、そのまま全員の胸の内を代弁していた。
乳師マスター:バー作
オッパイ奴隷サーヴァント:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
「……で、そろそろ我の番かと思うのだが」
「お前はセイバーでいいだろ?」
「はぶわっ!」
全員から同時にそうツッコまれ、オリグーは爆死した。
「な、何故だ! 何故こんな時だけそんな……」
「お前、セイバー一筋じゃん? 違うの?」
勝ち誇る士郎を前に、オリグーは言葉に詰まった。
こいつは、セイバーの乳を知り尽くしている。知り尽くした上で、こんな時だけ自分に押しつけようとしているのだ。そもそも士郎だとて本妻はセイバーであるのに、何故こうも安心してオリグーと組ませる気になったのか……答えは明白だ。
セイバーと組んだオリグーに、万に一つも勝ち目など無いからである。
士郎は勝つことでセイバーを守る道を選んだも同然なのだ。この戦いは、自分の本命を選んで勝ち抜ける程甘くはない。想いだけで大切な何かを守れるような、そんな戦いではないのだ。
バーサーカーはほんの僅かな勝機をイリヤに見出した。だが……オリグーはセイバーの貧しさ爆発な双乳を思い出し、泣き出したくなった。
……駄目だ。勝てる要素が何一つ見つからねぇ。
「ぎゃわー! あんまりだ、あんまりじゃよー!」
「うっせぇオリグー! いいか、セイバーに変な真似すんなよ? あくまでただのパートナーだからなコノヤロウ」
それでも釘を刺しておくことを忘れない士郎の残虐度はジャンクマン級だ。
オリグーは泣いた。
泣きながら、微かに頷いたのだった。
乳師マスター:オリグー
オッパイ奴隷サーヴァント:セイバー
「……で、残ったのは私と」
「私なわけだが」
奇妙な雰囲気だった。
感じる違和感の原因はわかっている。
このメンツの中で、おそらくは誰よりも勝利に意地汚いはずの綺礼とアーチャーが最後まで沈黙を守り続けていた――その事実の不気味さ。
誰もがそれを注視し、そして今、ついに二人は重々しく動き出したのだ。
身に纏うオーラには、今にも大声で『オッパイが大好きです!!』とシャウトしそうな危うさが終始漂っている。こいつらは、本物だ。たった二つのオッパイのために親友や親ですら殺しかねない、真の乳師のみが持つ強大なパイオーラ。
アーチャーの腕の中には、いつの間にか柔らかそうなシリコンの塊が出現していた。幻想によって織りなされた双丘が放つ、圧倒的なリアリティ。あまりにも見事な出来映え――士郎は未来の自分の技術に恐怖すら抱いた。
あれは――乳だ。
迸るのは、凄まじい魔力の奔流。アーチャーという男の全ての魔力が注ぎ込まれているかのような……その乳のモデルを、おそらく士郎は知っている。
知っていて……しかしこうしてアーチャーが彼の秘奥でもって現出させるまで、まさかこれほどまでの乳であったとは気付かなかった。衛宮士郎程の乳師が、ついぞ謀られていたのだ。
着痩せだとか、イメージだとか、そんな些末な問題ではない。
「……クソッタレ!」
士郎の拳が、床を思い切り殴りつけた。
この勝負――この先最終的に勝ち残れるかどうかは兎も角、少なくとも乳の見立てでは自分は負けた。完敗だ。
不甲斐なさのあまり血が滲む程唇を噛み締める士郎を、アーチャーは冷めた目で見つめていた。こんなものか、こんな程度なのか、とでも言いたげに。
「わかったようだな、赤毛猿。このオパーイが、誰のオパーイか」
モミュンモミュンと手の中のシリコンを気持ちよさそうに弄びながら、アーチャーが若かりし自分自身に問う。
士郎は、そんな弓兵から目を逸らし、吐き捨てるように、
「……氷室、だ」
「……フッ」
「それは、氷室鐘のオパーイだ!!」
答えを、口にした。
「……ク、クク。思ったよりは、マシな目利きをしているようだな。そうとも、このオパーイは凛のクラスメートである氷室鐘のオパーイだ」
アーチャーの指が、氷室の乳を模したシリコンを自在に揉みしだく。
何たることだろう。確かに『うーん、氷室も結構ええ乳しとるなぁ』とは前々から感じてはいたが、見抜けなかった。その、真実の姿を。
大きさ、カタチ、そして……バランス――桁違いだ。
数限りない、無限のオッパイの中にあって、これ程の逸品が身近に隠れていたとは……灯台もと暗しどころの話ではない。
「甘すぎるのだ、シロウ。貴様は、全てが甘い」
突き放すような、だがこれは自分の言葉だ。
自分が、自分に言い放った辛言なのだ。
「いいか、シロウ……視野を広く持て。オパーイだけでなく、全てを見ろ。今回の場合は――さしあたって眼鏡だ」
士郎の膝がガクリ、と折れる。
「……ちく、しょう……」
アーチャーの手が、高らかにシリコンごと掲げられる。モミモミ。
「畜生ーーーーーーーーーーッ!!」
士郎の悲痛な叫びは、慟哭となって天を揺らした。プルン。
乳師マスター:弓山
オッパイ奴隷サーヴァント:氷室鐘
「さて。最後は私のようだな」
最後の最後、どん尻に控えし男、破戒神父言峰綺礼。
おそらくは、アーチャー以上に危険な男だ。この男のオッパイに対する熱意は尋常ではない。オッパイのためなら世界すら笑って滅ぼすだろう。
以前、泰山に麻婆丼を食べに行った時、綺礼はボソリと呟いたことがある。
『……マーボーとオッパイって、似てると思わんか?』
その場にいたランサーとオリグーは、流石に凍り付いて何も言うことが出来なかった。麻婆丼のあまりの辛さにパニックを起こしていたアンリが聞いていなくて心底良かったと今でも思う。彼女が聞いたらトラウマものだ。
マーボーとオッパイ。
共通点一ヶ所も無し。
似てるとか似てないとか以前の問題だというのに、まったく言峰綺礼という男は油断が出来ない。怖ろしすぎる。
その後、綺礼は何故かウットリしながら麻婆丼をかっこんでいたが、どうしてそんな目をしていたかは誰も知らないし知りたくもなかった。
そんな事もあってか、誰もがこの男の発言に神経を尖らせていた。
現在、誰も名前を挙げていない人物を順に思い浮かべてみる。
普通に考えれば、最後に残されし実力者、ライダー……彼女の名前を挙げるはずである。そもそも、いまだ彼女の名前が挙がっていないことの方が不思議であったのだ。全員が全員お互いを警戒し、最強の札であることがわかりきっているライダーを、しかし彼女ではなく相手が彼女であっても勝てるかも知れない可能性に賭けた結果が現状であった。
ライダーのオッパイは、全てを動かす。
それ故の、諸刃の剣……いやさ諸肌の乳なのだ。
しかし綺礼は全員の思惑を嘲笑うかのように、
「……フッ。そう心配するな。誰もライダーの名を挙げるつもりはない」
自分が選ぼうとしているのが、ライダーではないことを告げた。
となると……
「ちなみに、キャスターでもないぞ」
「なっ!?」
そこでキャスターすら即座に否定するとは……一体どんなカードを隠しているのだ、この奸智に長けたる恐怖の乳師は。
全員が、ゴクリ、と息を飲む。
一体、誰を指名するつもりなのだ。誰を……誰を……
「まさか、遠坂を――!?」
「はっはっは。んなワケあるか」
まさかにありえないだろうと思いつつも、沈黙と駆け引きに耐えきれなくなった若い士郎の絶叫を、綺礼の老獪さが鼻で笑い飛ばす。
「凛の乳で何が出来るというのだ、衛宮士郎。かくも高潔なるオッパイ戦争にあのような広野……地平線でも拝みたいのか? 馬鹿め、我らが目指すべきは遥か高き頂ではないか。サハラ砂漠に用はない、私が求めるのは――」
「――求めるのは、何なのかしらね、綺礼?」
時間と空間が歪んだと感じたのは何も凛が第二魔法に到達したからだとかそんな理由からではあるまい。キシュア・ゼルレッチとは異なる、これは魔法ではない人間の精神が引き起こした揺らめく次元の陽炎だ。
その感情は、怒り。
あまりにも激しい、烈火の如き、怒り。
綺礼は、振り向けなかった。
振り向くまでもなかったからではない。動けなかったのだ。歴戦の、言峰綺礼ともあろう者が、あまりにも圧倒的な憤怒の激情の前に指一本として動かすことが出来なかったのだ。
「……あんた達、人様が留守の間に一体何をしていたのかしら?」
士郎が、アサシンが、ランサーが、怯えていた。
アーチャーが、バーサーカーが、オリグーが、死を覚悟していた。
もはや、これまで――
「……オッパイ、バンザーーーーーッぶげラギャばブわッ!!?」
空高く舞い上がる自分の肉体に、もはや何も感じられない。
ただ、綺礼の目はその一点を見据えていた。
全力で振り抜かれたゴッドハンド。その付け根で、まったく揺れることのない貧しき二つのなだらかな丘陵を。それがあまりにも可笑しくて、綺礼は笑った。笑いながら、彼の精神も肉体も宙に溶け消えていった。
綺礼が一体誰のオッパイを選ぼうとしていたのか、今となっては、その答えを知る者は誰もいない。ただ、風だけが――彼の答えを、知っている。
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