灼熱の太陽が肌を焦がす。 蒼い空と青い海が織りなす世界はかくも美しく視界を覆う。 何処までも果てしなく、途切れることのないブルー。
焼けた砂をビーチサンダルで踏みしめながら、桜はゆっくりと息を吸い、吐いた。冬木と繋がっているはずの空、大気のはずなのに、全てが新鮮で……あまりにも、悲しいくらい美しい。
サンダルをゆっくりと脱ぎ、波打ち際に素足を晒す。
攫われていくこの砂と同じように、自分の身体もこの波が連れ去ってくれたなら、あの青い水底からただ安らかに遙かな蒼穹を見上げたまま生きていけるのではないかと、そんな幻視に心を委ねる。
「……あ」 その時、何かが足に触れた。 可愛らしい、桜色の貝殻。
自分の名前と同じ色のはずのそれを静かに拾い上げ、胸に優しく抱いて想いを馳せる。 「桜色のアナタは、この青い世界で何を見てきたのかしらね」
きっと、ただ美しく、可憐に、そうあったのだろう。毒蟲の巣で汚濁にまみれ、名の持つ色をとうの昔に失ってしまった自分とは違って。
自嘲気味な笑みを浮かべ、桜は貝殻をそっと海中へと戻した。 あの桜色は、自分とは違う。こんなに汚れてしまった自分が持っていていい色ではない。
サンダルに足を通し、桜はゆっくりと後ろを振り向いた。 そこに広がっているのが自分の世界。
蒼と青、そして桜の色とはかけ離れた現実が心と体を包み込む。 色も、音も、温度も、全てが――
「おーい、何をしとるのだサクラン、さっさとこっちに来て荷物出すの手伝わんか」
「■■■■ーーーーーーーーッ!!」 「ふぉっふぉっふぉ。ありゃ、桜、弁当は何処じゃったかのぅ?」
「サクラ殿、海へ入る前に準備運動をしなければ危険ですぞ」
「ほら、何してるんだよお前はまったくトロいんだから!」
「こんな現実イヤーーーーーーーーーーッ!!!!」
砂浜に突っ伏し、目からコロコロとダンゴ蟲を零しながら桜は泣いた。
なんでだ、なんでこの素晴らしい夏の日をこんな変態軍団に囲まれて過ごさなければならないのだ。
もう一度、メンツを見る。
オリグー。
バー作。
臓硯お爺ちゃん。
アサ真。
ワカメ。
……なにこれ?
「どう考えてもおかしいじゃないですか! どうして……どうしてこのメンツの中にわたしが組み込まれてるんですか!?」
ピンクのビキニのたわわなバストをたゆんたゆん揺らしながら、桜絶叫。その揺れっぷりたるや流石は士郎がオッパイ戦争のパートナーに選んだ程である。近年のスパロボに出演してもなんら見劣りしない実にグッドでナイスな乳揺れだ。
「どうしても何も……サクランよ、もう一度メンツをよく見てみろ」
オッパイに視線釘付け、鼻の下を普段の五倍くらいに伸ばしながら、オリグーは改めて自分達を視線で一巡して見せた。
オリグー。
バー作。
臓硯お爺ちゃん。
アサ真
ワカメ。
三枝先輩。
薪寺先輩。
氷室先輩。
……あれ?
「そう言えば、来る途中も車の中でずっと疑問に思ってたんですけど、他のメンツがあんまりにもあんまりなので忘れてました。どうして三人娘先輩がいるんですか?」
「まるで三人娘が固有名詞のように言うな!」
褐色の肌とのコントラストが眩しい白いワンピースの水着に身を包んで絶叫するのは薪寺楓。前回のオッパイ戦争編で誰も名前を挙げなかった不遇の女性であるが、しかし陸上部で鍛えられた肉体はこれでなかなか、胸はあまり無くとも、全体的に引き締まっていて特に腹筋の強まり具合なんかが非常に良い。バーサーカーも思わず前屈みである。どうやらロリマスターに仕えている彼ではあったが実はボーイッシュなタイプが好みらしい。
「■■■■■ーーーーーーー!」
「うおっ!? ガラにもなく照れるなバー作! むぅ……普段からパンツ一丁で暮らしとるくせに水着の何がどう恥ずかしいのだ?」
ちなみにオリグーは金色のビキニパンツ、バーサーカーは赤いビキニパンツである。なんつーか、趣味最悪。特に前者。
そんな二人はさておいて。
「ああ、いえ、すいません薪寺先輩。あまりのことに気が動転してました。じゃあ改めて……どうして先輩達三人がこのメンツに混ざってるんですか?」
自分が混ざってるのも不本意極まりないが、それ以上に不思議なのはやはりこの三人がいることである。例えば楓は凛と仲が良くたまに連れだって買い物に出かけたりもしているが、桜とは別段仲がいいわけでもない。由紀香や鐘もそれは同様で、姉や士郎、綾子を介しての付き合いはあっても三人娘と桜単品では大して交流などというものはなかったのだ。
「……まさか、そこのナンパワカメに騙されて――」
「誰がナンパワカメだ! 義兄を新種の妖怪みたいに言うなよ!」
慎二のクレームはしかし右の耳から左の耳へと抜けていく。
「いや、安心してくれ、間桐。確かに夏という季節は人を開放的な気分にさせるが、だからと言ってそこの夏の魔化魍にみすみす騙される我々でもない」
そう答えたのはダイナマイトと言うよりもビッグバンと形容した方が早そうな身体をこれまた黒いビキニという決戦兵器で包んだ氷室鐘である。自らの肉体に相当な自信を持っていた桜だったが、制服の上からではそれとわからなかった鐘のこの最終兵器ボディには思わず息を呑んだ。というか、負けました。
「あのね、実はわたし達、遠坂さんに誘われて来たの」
「姉さんにですか?」
「うん」
ポヤヤーンと柔らかく答えたのは、水色にハイビスカスの柄が可愛いワンピース水着に身を包んだ癒し系、三枝由紀香。なんだか彼女の笑顔を見ているだけでオリグー達のせいでささくれ立った心が癒し満たされていく気がする。これが噂の三枝パワーというやつだろうか。
しかし……桜はこの時点で姉の思惑を八割方見破っていた。
――あのアマァ……わたし達を売りやがった――
事の起こりは、数日前に遡る。
「我は海水浴に行きたい」
「■■■■■ーーーーーーーっ」
「……何を言ってんのよ藪から棒に」
猛暑の中、『人口密度が上がると温度も上がるから』と冷房器具が備わった全ての部屋から追い出されたオリグーとバーサーカーは、もはや完全に自室と化した客間でガンガンにエアコン効かせながらスイカバー片手に魔術書を読んでいる凛にそう陳情した。
「ってか暑いからドア開けたままにしないで」
「わかった。閉める」
「暑くなるから部屋に入ってこないでよ」
「それじゃ会話が出来んではないか!!」
「する気ないもの」
あまりにも酷い。
「あの、お願いしますから少しだけでもお話を聞いてはいただけませんでしょうか?」
しかし斯様な仕打ちにあってなお即座に下手に出ることの出来る親友をバーサーカーは心底偉大だと思った。並の男ならプライドその他が邪魔をしてこんな事出来るはずがない。けれどこのオリグーという男はそれを出来るのだ。流石は最古の英雄王、あまりにも偉大な漢である。でも、こうはなりたくない。絶対。
「ったく、仕方ないわねぇ。で、海水浴? 行けばいいじゃない勝手に」
「女の子が一緒じゃない海水浴なんて一体どれだけ意味があるのだ!?」
「ちょっと叫ばないでよ暑いから」
とりつく島もない。
「頼む! 我は女の子と海辺でパシャパシャ水をかけあったりして遊びたいのだ! 夢のような80’sを味わいたいのだ! だから一緒に海水浴に行ってくれ! この通りだ!!」
人類史上、ここまで情けない土下座が果たしてあっただろうか? いや、ない。
床に額を擦りつけながら、オリグーは心から頼んだ。いくら凛でも鬼ではない、心持つ人間である。ならば誠意を尽くせば通じないはずがない。オリグーは凛の人としての心に賭けたのだ。
「イヤよ」
即答。
「お前は本当に人間かっ!?」
血の涙を流しながら詰め寄ろうとするオリグーのテンプルに、イリヤ仕込みのハイキックが炸裂する。
「うわらばっ!?」
「もう、両手塞がってるんだからやめてよね。蹴り技はあんまり得意じゃないのよ」
相手の頭のカタチを変えておきながらよくもまぁ言ったものだ。
「……う、うぅ……どうしても一緒に海水浴に行ってはくれぬのか?」
「ええ」
「行ってくれるなら水着代から食費宿代その他必要経費に+αで金を出すぞ?」
「で、いつ行くの?」
「変わり身早いなおい!?」
女は魔物だ。バーサーカーはつくづくそう思った。
「では男衆には我から声をかけておくので女性陣のことは頼んだぞ」
財布から取りだしたお札を手渡しつつ、オリグーが念を押す。
「わかってるわよ。……そうね、少なくとも四人は女の子を用意しておくわ」
受け取ったお札を自分の財布にしまい込み、さらにもう一度手が差し出された。
「……なんだ?」
「四人分」
こうなっては逆らっても無駄だし、そもそもオリグーには逆らう気もない。
黙って四人分の金を支払うと、オリグーはニコニコしながら部屋を出た。本人がこれでいいのなら、口出しするのも無粋というものだろう。バーサーカーも何も言わずに後に続く。
かくして、事態は現在に至る。
「それで、だ。サクラン」
「……なんですか、オリグーさん?」
「凛様達はまだ来ぬのか? 現地で合流しようと言っておったのだが……」
姉の名を出しつつも心中ではおそらくセイバーの水着姿に想いを馳せているに違いないオリグーのあまりにも純粋な瞳に、桜の頬を涙がつたった。
姉は来ない。勿論、セイバーもイリヤも来ない。何故なら――桜は姉が新都の屋内プールのチケットを購入していたのを知っているからだ。
あの姉が突然海に行かないかと言い出したのも不思議なら、プールなどもっと珍しいとその時はそんな程度にしか考えていなかったが、今となっては全てが読めた。
「許すまじきは遠坂凛! これが、これが姉が実の妹に対し行う仕打ちですか!」
「? 何を怒っておるのだサクラン? ああ、早くみんな来ないかのぅ」
金色ビキニがウキウキワクワク腰を振る。
畜生! 畜生! いくらなんでもこんな仕打ちはあんまりだ! 変態集団を自分と三人娘に押しつけて今頃は優雅に屋内プールだなどと……
「おーい、桜! 何してるんだよ! 弁当何処にしまったか僕はわからないんだ、このままじゃお爺様が腹空かして干涸らびて死んじゃうぞ!」
「あ、はーい。今行きまーす」
それでも甲斐甲斐しく家族の世話を焼くのだから桜も筋金入りでいじましい。
桜がワカメに呼び出されて去った後、その場には三人娘と、オリグー&バー作のモーストデンジャラスコンビが残された。
「……あ、あの」
「うむ、なんだ由紀香タン」
馴れ馴れしいどころかタンづけときた。
金色ビキニの変態外人に舐めるような目つきで全身を視姦され、由紀香は傍目で可哀想なくらい怯えていた。
このオリグーと呼ばれる変態とは過去に何度か面識があるが、その度にこうして視姦されるのだからもうたまったものじゃない。
「……う、うう……うぇぇえええええ〜〜〜〜ん」
ついに耐えきれなくなったのか、由紀香はその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。
「むぅ……何故突然……もしかしてお腹でも痛いのか? それともあの日か?」
こいつマジ最悪である。
「うぇええん、薪ちゃん、薪ちゃ〜ん」
「あ〜。よしよし。怖かったな由紀っち」
「■■■■■〜〜〜〜……」
楓に抱きとめられ頭を撫でられながら、由紀香はなおも泣きやもうとはしない。バーサーカーも心配そうに少女を見守っている。
そんな状況で、一人敢然とこの目の前の変態に立ち向かった者がいた。
「……貴様ッ」
親友を泣かせた極悪な変態に、鐘の鋭い視線が突き刺さった。
「……むぅ」
英雄王の腰が、思わず退ける。
氷室という名字が表す通りの、氷のように冷たく、そして鋭い視線だった。だがその根底には、親友を脅えさせ泣かせた者に対する烈火の如き怒りが赤く滾っている。それは氷と呼ぶにはあまりにも熱い感情だった。
「私の親友を泣かせた罪……その身で償ってもらうぞ」
オリグーは完全に戦意を喪失していた。
と言うより、睨まれた瞬間から心臓が早鐘のように鳴っていた。なんだろう、頬が熱い、胸が苦しい。ドキドキする。ときめきがメモリアル、背中越しにセンチメンタルがグラフィティだ。
これは、この感覚は――
「う、うぉおおおああああああ……何と言うことだ、我にはセイバーがいるというのにこの胸の高鳴り……」
「……なんだ? 何を言っている?」
いきなり身悶え始めたオリグーに、鐘が不信気に首を傾げる。
オリグーはもう一度鐘のことをよく見てみた。
眼鏡の奥に見えるつり上がった目。黒いビキニに包まれた見事なナイスバディ。そんなインテリお姉様風の女性が、敵意剥き出しで自分を睥睨している。
ああ、そうだ。この視線はアレだ、セイバーが自分を見る時のアレと同種のものだ。ならば胸がときめかないはずがない。しかもツリ目、眼鏡、さらにはセイバーにはどう望んでもありえない乳尻太股ときたもんだ。
……ん? これってもしかしてアレじゃね? こう、甘酸っぱくてハートフルな……例えばずっと妹のように思ってきた幼馴染みがある朝突然違って見えたとか、そんな感じの。
そこまで考えてから、オリグーは腕を組み、俯いて、大きく息を吸い、吐いた。
一方、突然大人しくなってしまったオリグーに対し、鐘はどうやら反省したのかと甘いことを考えつつも、しかし心には何とも言えない不吉な予感が蟠っていた。何故だろう、凄く嫌な予感がする。例えるならホラー映画で脇役女性がシャワーを浴びているシーンで感じるかのような、あんな感覚だ。つまり――
――次の瞬間、絶対によくないことが起こる。
その時、不意にオリグーが顔を上げた。
鐘は心の中に芝刈り機を用意して、その来るべき瞬間に備えた。これでどんなゾンビや殺人鬼が襲い掛かってきてもバラバラのミンチだ、怖れるものなど何も無い。
ようやく泣きやんだ由紀香と楓も、いつの間にか事態が自分達を置き去りに退っ引きならない状況へと突き進んでしまっていることに気がついていた。バーサーカーも同様である。オリグーとの付き合いは短いようで長いが、彼のこんな真剣な顔は見たことがない。あまりに真剣すぎて、気を抜いたら思わず吹き出してしまいそうだ。プッ!
そんな周囲の思惑などなんのその、オリグーはズイッと一歩前に進み出ると、いつもの尊大かつ矮小な雰囲気が嘘のような真摯な態度で、そう言った。
「結婚してください」
季節外れのアホウドリが、何処かで鳴いているような気がした。
|