「ふむ。絶好の散歩日和よな」
背中に地蔵を背負い、アサシンは抜けるような青空を見上げ、僅かに滲んだ額の汗を拭った。秋も最中だというのに今日は暑くなりそうだ。肩に食い込む地蔵の重みがいっそ清々しい。
「あら、先生おはようございます。お出かけですか?」
「これは管理人殿、わざわざご丁寧な挨拶痛み入る。なに、今日はこのような晴天故な、ちと町内をぶらつこうかと」
「あら、そうですか」
アサシンが言葉を交わしている相手――『PIYO・PIYO』という文字がプリントされたエプロンを身につけ、竹箒を片手に玄関付近を掃除しているご婦人は、彼が住まうこのアパート『コーポ・○バトロス』の管理人さんである。早くに旦那を亡くしたらしい、何処か影のある女性であったが、このように人当たりはよい。あまり辛気くさい雰囲気を好まないアサシンにとっては、この健気にも美しい寡婦は好ましい相手であった。
「あ、でしたら先生、一つお願いしたいことがあるんですけど」
頭を下げ、さて町へとくり出そうかと足を踏み出したその時、彼女はなにやら閃いたとばかりに、しかし少々申し訳なさそうな笑顔でそう言ってきた。
アサシンはたまに夕飯のおかずなどを世話になっている手前、彼女に何ごとか頼まれた場合などは極力引き受けるようにしている。例えばそれはアパートの廊下の電球を交換するのであったり、庭に生えている木の枝切りであったり、単純な力仕事であったりする。
「そうすまなそうな顔をせずとも、私如きに出来ることであれば引き受けよう」
今回は出がけに頼まれたのだから、誰それへの言付けか何かであろう。大して面倒でもないし、さして目的もないのだから丁度いい。そう考えて、アサシンはあっさりと了承した。
「そうですか、いつもありがとうございます。先生にはお世話になってばかりで……」
「はは。それはこちらの台詞よ。それで、一体何を?」
「実は今日から先生の隣のお部屋に新しい方が越してきたのですけれど、その方に町を案内してあげて欲しいんです。私は今日は町内会の寄り合いがあるのでどうしようかと思って」
なるほど。
この町はそう複雑というわけでもないが、住宅地の路地などはわりと入り組んでいたりもするのでわかりにくい場所もある。土地勘のない者では何かと不便だろう。困っている相手は助ける、それが背に地蔵を負う者としての努めでもある。
「わかった。それで、その御仁は?」
「はい。今はお部屋の方を片付けてらして……あ、出てきました」
朝も早くに誰も住んでいないはずの隣室から物音が聞こえてきたのは引っ越しをしていたためか。一人納得し、管理人と同様、出入り口付近へと視線を向ける。
――向けて、固まった。
「先生、こちらはカレンさん。外国からいらしたらしくて……あ、でも日本語は堪能でしたよね?」
「はい、一通りは話せます。……はじめまして。カレン・ド・スカートハクトシヌルンデスです」
少女の挨拶に、しかしアサシンは普段の彼らしくなくなかなか言葉を返すことが出来なかった。どうしようもなく、様々な疑問が頭を埋め尽くしたためである。
訊きたいことはいくらでもある。いくらでもあるが――
取り敢えず、一つだけ。
「……その、カレン殿と申したか」
「ええ」
「……何故、スカートをはくと死ぬるのだ?」
アサシンは、これ以上なく真剣にそう訊ねた。
背中の地蔵の重みが、倍になったかのようだった。
「そこが八百屋で、その向かい側にあるのが肉屋だ」
マウント深山商店街を歩く、二つの影。
「新都が近い分、こっちにはデパートや大型のスーパーは無いのね」
一人は地蔵を背負ったサーヴァント、アサシン。
「おっ、先生! 今日は秋刀魚が安いよ! どーだい、今なら一匹――」
馴染みの魚屋店主がギョッとして言葉を失う。
「あらセンセッ、今日はジャガイモ安いわよ? 買ってかな――」
八百屋のおばちゃんが目を見開いて静止する。
「先生は人気者なのね。そう呼ばれているのも納得いくわ」
感心した、と微笑む少女に、商店街の人間の視線は釘付けであった。いかなる時でも平常心、心に凪を持つ男をモットーとするアサシンも、こう衆目の矢面に立たされては気が気でない。これでは初めて商店街を訪れた時のようだ。あの頃は背中に地蔵を背負った謎の侍が現れたと騒がれたが、彼の人となりを知るにつれて騒ぐ人間は次第に減り、数日も経てば誰も彼もが彼を先生と称し、親しみ敬うようになっていた。
(今回もそうなってくれればありがたいのだが……)
難しい顔をして、隣を歩く少女の……その……下半身を見る。
「……はぁ」
「どうかしました?」
アサシンらしくない溜息に、カレンが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「……いや、何でもない」
まさか『お前のパンツ姿を見て溜息を吐いたのだ』とは言えるわけもない。アーチャーやランサーと同じ病気を患っているアサシンだが、基本的に彼は侍なのである。年がら年中痛々しい発言と行動を繰り返しているわけではない。
カレンはスカートもズボンもはいていない。
今日のパンツは白。正面真ん中で可愛らしいネコちゃんがデフォルメされた魚の骨らしきものを銜え『ニャ〜ン♪』と嬉しそうに鳴いている。
――……何故、スカートをはくと死ぬるのだ?
アサシンの質問に、少女はやや表情を険しくして身構えた。
スカートやズボンの類をはくと魔力が暴走して爆死する、スカートハクトシヌルンデス家の最大の弱点を初対面で言い当てられたのだ、それも特に復讐対象でないとは言えサーヴァントにである。構えるなと言う方が無理だ。
カレンは交戦を覚悟し魔力を練り上げたが、次の瞬間、アサシンは竹箒で頭を小突かれていた。
『先生、女の子にそんなこと言っちゃいけません! めっ、ですよ?』
管理人さんに窘められて、アサシンが渋々と頭を垂れる。
だって、訊かずにはいられなかったのだ。
なにしろ年頃の女性がスカートはかずにパンツ丸出しで目の前に立っているのである。しかも恥じらいに頬を染めることもなく、堂々と、それこそ『さぁ見ろ』と言わんがばかりに。訊くなってそりゃ無理だ。
『管理人さん、私のことなら結構ですから……』
改めてアサシンには戦意の欠片もないことを確認し、カレンも構えを解く。
単なる偶然だろう。スカートハクトシヌルンデス家がひた隠しにしている弱点を、魔術師でもない目の前の侍が一目で見抜けるわけがない。
アサシンは仕方ないので考えることを放棄した。
この身は一振りの剣である。剣はパンツに惑わされたりしない。あらゆる衣服を切り刻みながらもパンツだけは切らないのが正しい剣の在り方である。ネギ君の風花武装解除とは違うのである。そう思うだろぅ? アンタもッ!!
自分は剣で、少女はパンツ丸出し。
ただ、それだけのことだ。大したことではない。凄く大したことだけど大したことなんかじゃない。
『……失礼した。では、行こうか。町を案内しよう』
こうして、剣とパンツは並んで歩き出した。
「……あそこが本屋だ」
時折チラチラとパンツにいってしまいそうになる目を、アサシンは必死に逸らしながら歩いた。あれはただの布だ。自分だって褌を身につけている。そもそもこうして歩いている中、すれ違い仰天している全ての人々もパンツははいているはずなのだ。ありふれているのだ。この世界なんてパンツに満ちあふれている。むしろ世界はパンツだ。世界パンツ論を学会で発表すればノーベルパンツ賞も夢じゃない。夢じゃないパンツだ。夢のようなパンツだ。パンツなんて夢だ。パンツ・オブ・ドリーム。
「……そうか。秋の日が見せた泡沫の夢か」
「何か言いました?」
――久方の 光のどけき 秋の日に しづ心なく パンツ丸出し――
「……うむ、いい句だ」
「クダ?」
「いや、なんでもない。先を急ごう」
アサシンは、ニコリと笑った。
まったく心の空くような、実に気持ちの良い笑顔であった。
「あそこがセイバーと衛宮がよく行くクレープ屋だ」
アサシンが指さす先には件のコクコクハムハムなクレープ屋が営業していた。
暫く商店街を案内すると、カレンは『セイバーや衛宮士郎がよく立ち寄る店はありますか?』と尋ねてきた。これは何かあるなと思いつつも、この商店街は衛宮ファミリーの庭も同然なので偽情報を話してもおそらくはすぐにバレてしまう。そこで思いついたのがクレープ屋だった。かつての代金不足事件以来、士郎もセイバーも店には顔を出せずにいるらしい。まぁそりゃそうだろう。
「なるほど、クレープね。セイバーは食い意地が張っているらしいし……フ、フフ」
隣でパンツが震え――カレンが笑っているニャー。思わずパンツを見つめながら、アサシンは不適な笑みを浮かべるカレンをさぁどうしたものかと思案した。
士郎は雑魚だから兎も角、セイバーなら襲われたところで不覚をとることもないだろう。カレンが何をもって彼らに敵意を抱いているのかは知らないが、自分は彼女のパンツ――じゃなくて隣人である。事を荒立てては管理人さんにも迷惑がかかってしまう。最近はそれでなくともストレスが溜まっているように見えるのに。
「ありがとう、先生。参考になったわ。お礼に……そうね、クレープでも……」
そう言ってクレープ屋へと歩いていくカレンのお尻を追いかける。
町内でも評判で、特に女子学生に人気のクレープ屋は土曜日と言うこともあってか何人か女の子達、そしてカップルが並んでいた。その後ろに、地蔵を背負った侍とパンツ丸出しの少女というあまりにも不可解なカップルが加わると、今の今まで楽しそうに笑い、語り合っていた声がピタリと止む。少女達の中には美形の侍に憧れていた者も数名いたため、驚愕も一入である。まさかあのアサシン先生が……こんな露出プレイが趣味だったとは。
無言のまま、列から離れていく者。
前だけを見つめ、無心にクレープを買い求めようとする者。
泣き出す者。
反応は人それぞれだったが、たった今クレープを買い終わったカップルは、少しばかり事情が異なっていた。
「クレープなどと言う洒落た食べ物は、その……あまり馴染みがないもので」
「そうなんですか? ここのクレープは美味しくて、わたしも蒔ちゃんも大好きなんです。あ、アサ真さん、ほっぺたにクリームが……」
「やや、かたじけな――」
髑髏面の頬部分に触れた由紀香の指先が、凍り付いたかのように固まる。
表情など読みとれるはずのないアサ真の顔は、哀れなくらい動じていた。
「ほぉ、これは邪魔してしまったな。いやはや……」
「ちちち違うのだ先生殿! ユキカ殿とはついさっきそこでばったり出会しただけであって決して午前十時に待ち合わせをしてデートしてたわけでは!!」
じゃあなんでスーツなんか着て正装してるのかこのハゲは。
「そ、そ、そ、そうなんです。わたし達、別にデートしてたわけじゃなくて……その、あぅぅ……蒔ちゃんにバレたらどうしよぅ……」
由紀香もいつもの幼げで可愛らしい彼女の印象とは随分と趣の異なったタイトなオークブラウンのワンピース姿である。髪も結い上げてあって、薄く施された化粧が大人っぽさを控えめに演出している。決して派手ではない、由紀香らしさを失っていないにもかかわらず今日の彼女は『ぽやんとした女の子』ではなく『恋する一人の女性』に見える、そんな出で立ちであった。
だが、言いたい。
敢えて言いたい。
二人とも、マウント深山商店街でショッピングデートをする格好じゃねぇ。
「……頼む、先生殿。このことは、弓山殿や槍チン殿、特に言峰神父にはどうか、どうかご内密に……」
アサ真が必死に頭を下げる。
確かにアーチャーやランサーは、カップルを見たらまるで小学生男子グループがふと同じクラスの女子と遊んでいるやはり同じクラスの男子×1を見つけた時と同様の反応を示す。
言峰に至っては『カップルを見たら親の仇と思え』を信条としているダニ野郎なので、アサ真と由紀香のような純朴なカップルは事実漏洩から三十分後には再起不能に追いやられてしまいかねない。
今にも泣き出しそうな由紀香を見る限り、楓にバレるのもまぁ前三者よりは遙かにマシだろうが彼女の世界にとっては同様に一大事なのだろう。冬木の黒豹もなかなかに侮れない難物のようだ。
こう真剣に頭を下げられると、何ともむず痒くていけない。
「安心しろ、アサ真、由紀香殿。誰にも言わぬよ」
アサシンはそう言って二人の肩を叩いた。これがもし由紀香の相手がオリグーとか言うなら即座に地蔵で殴り殺しているところだが、アサ真は超がつくほどのお人好しだ。健やかな二人の関係にチャチャを入れてはライダーの突撃を喰らってこっちが殺されてしまいかねない。人の恋路を邪魔する奴は、というやつだ。
「すまぬ、先生殿! 恩に着る! 我々も、先生殿が……その……年若い女性と昼間から露出プレイにいそしんでいたなどとは決して口外せぬ故――」
「違う! 断じて違う!」
今度はアサシンが必死に否定する番だった。
まぁ、確かに周りから見たらこれはまったく露出プレイもいいところである。せっかく築き上げた評判、最悪だろうなぁ。よく見れば由紀香もさっきまでとは違う意味で顔を青ざめさせている。侍の胸に去来するのは凄い罪悪感だ。
「……くっ! 詳しい事情は公園で話そう。カレン、クレープは残念だが後だ」
「あっ」
後ろ髪引かれる思い全開でクレープ屋を見つめているカレンを引きずり、アサシンは足早に公園へ向かい歩き出した。
公園に辿り着くや否やアサシンはカレンに少し離れていてくれるよう頼むと、三人と地蔵で円陣を組み、手早くしかし明確に事情を語り聞かせた。
最初は半信半疑だった二人も、これまでに知り得たアサシンの人となりを信じることにしたらしい。酒が入っているならまだしも普段のアサシンなら理由もなく少女をパンツ丸出しで連れ回したりはしないはずである。
「そうですか。新しい住人に町を案内して……いや、早とちりして申し訳ない」
「す、すいません。わたしもてっきり、その……先生さんが新しい趣味に目覚めちゃったのかと思って……」
公園隅のベンチに腰掛けてこちらが話し終わるのを待っているカレンを三人が見やる。ちなみにアサ真の目は由紀香の手によってさりげなく塞がれていた。
「……だが何故カレン殿はパンツ丸出しなのでしょう?」
「それがわからぬのだ。何やら『スカートをはくと死ぬるのです』などと物騒なことを初対面で告げられたが、アサ真、そう言った呪いを聞いたことはないか?」
髑髏面が首を捻る。
「いや、とんと」
呪いにはそれなりに詳しいアサ真だったが、スカートやズボンをはいたら死んでしまうなどと言う滅茶苦茶な呪いは古今東西聞いた覚えがない。
「あの……カレンさんの国のファッションなんじゃないでしょうか?」
由紀香が控えめに進言する。なるほど、国の違いは文化の違いだ。ここに集った三人がまったく知らない文化体系が何処かの国には存在しており、そこではスカートやズボンをはかない国民達がパンツ丸出しで平和な日々を謳歌しているのかも知れない。……ってありえねー。国どころか星が違いかねない文化格差だ。ヤック・デカルチャ。
「本人に改めて訊くのも憚られるし……ぬぅ」
あの時はあまりの衝撃に訊かずにはいられなかったが、冷静に考えてみればパンツ丸出しの女性に対し『何故スカートをはいていないのか』などと訊ねる侍というのは異様な光景だ。
まいった。お手上げである。
「さっきから何を話しているの?」
クレープを食えず終いで少しばかり苛ついているカレンが、痺れを切らしたのかツカツカと歩み寄ってきた。改めて見ても、その、アレである。アサ真の目の部分を抑えながら、由紀香の顔は真っ赤だ。
「先生、出来ればもう少し町を案内して欲しいのですけど……」
そう言われては頷くしかない。
アサシンは地蔵を背負い直すと、アサシンと由紀香に別れを告げようとした。
が、その時である。
「あ、あの!」
アサ真の目を相変わらず塞いだままの由紀香が、顔をこれ以上ないくらい真っ赤にして立ち去ろうとしていたカレンを呼び止めた。
「はい?」
特に表情を変えることもなく、カレンがチラと振り向く。
由紀香は戸惑いながら、口を開こうとしては閉じ、言葉を発そうとしては濁すのを繰り返し、やがてどうしようもなく俯いてしまった。それを見て、カレンはやや怪訝そうな顔をしたが、何事もなかったかのように再び立ち去ろうとする。
その背中に、由紀香は裂帛を叩き付けた。
三枝由紀香。周囲からは大人しい気弱な少女だと捉えられているが、面倒見が良く、芯の強い娘。その彼女が、気力を振り絞って、叫んでいた。
「ど、どうして……どうしてパ、パ、パ……パン! パンツを! 丸出しなんで……す……かぁ? ……あ、あ、うぅ……はうぅ〜……」
徐々に小さくなり、呟きへと変わっていく言葉。
「い、いかん、熱暴走だ! ユキカ殿、しっかり!」
おそらくは由紀香の人生においてここまで覚悟を決めて言を発したのは初めてだったのだろう。凄まじい気迫と、また恥じらいであった。アサ真に抱きかかえられた彼女は目を回してしまっている。
アサシンもアサ真も、目から鱗が落ちる想いであった。
由紀香が。あの由紀香が、真っ昼間の公園で『何故パンツ丸出しなのか?』と声を大にして訊ねたのである。
なんて勇気だろう。まったく、仮にも英雄の霊として喚び出されたはずの男二人がどうしても訊けなかったことを、この気弱な少女は全身全霊で訊ねたのだ。
「ユキカ殿! ユキカ殿!」
アサ真が由紀香の肩を揺すり、優しく頬を叩く。どうやら完全に気を失っているようだ。無理もない。彼女は、それだけのことをした。してくれたのだから。
ならば自分はどうするべきか。
――決まっている。なぁ、地蔵よ――!
アサシンの、正確には地蔵の周囲が揺らいでいた。
「先生殿、まさか、これは!?」
英霊佐々木小次郎改重装型。彼は魔術を使えない。彼は宝具すら持っていない。彼は佐々木小次郎などではない。
だが、それでも辿り着いた境地こそは真実。紛れもない、真贋を問うことすら馬鹿馬鹿しいまでの本物の境地。
「多重地蔵屈折現象!」
三つに増えた地蔵と、そしてアサシンが四方からカレンを取り囲む。
もはやどうあっても逃げられぬ、究極の包囲網。これはまさに仏の檻だ。
三体の地蔵と一人のアサシン。アサシンを打ち破ろうとも三方からの地蔵ミサイルを防ぐ手立てはなく、またこの地蔵を破壊するには天地を乖離させるだけの力があってもまだ足りない。
もはや諦めたのか、俯いたままのカレンに対し、アサシンは限界を超えた声量で、それを炸裂させた。
「何故、パンツ丸出しな
のだ!? カレン!!」
地蔵によって反響、増幅された大音量の質問がこの場にいる者達の鼓膜を震わせる。いや、今この場にいる者だけではない。その言葉は雷鳴となって深山町全土を駆けめぐった。
荒れ狂う暴風のように、木々を震わせ大量の紅葉を宙に舞わせながらながら隅々まで響き渡った。
「……さぁ、返答を求む」
全力を振るい、疲れ果てたアサシンがそれでも踏みとどまってカレンへと返答を促す。自分に出来ることはこれで全てだ。出し尽くした。限界すら超えて、アサシンは訊ねたのだ。悔いは無い。自分は、侍としてやるべき事をやり遂げた。
アサ真は、仮面の下で涙を流していた。
――見ましたか、ユキカ殿。聞きましたか、ユキカ殿。貴女の無念は、先生殿がしっかと果たしてくれましたぞ――
アサシンと由紀香を抱きかかえたアサ真、そして地蔵が見つめる中、カレンは依然として俯いたままだった。果たして彼女は何を考えているのか。
だが、通じたはずだ。
全てを懸けた想いは、生きた国も時代も違えど、死者と生者の間柄であろうとも必ず通じるはずだ。だからこその自分達はサーヴァントであり、マスターと繋がることで今この時代に現界しているのだから。それどころかアサシンは地蔵とさえ心を通じたのである。カレンに伝わらなかったはずがない。
やがて、カレンの面が上がる。
侍と暗殺者は、その様を笑顔で見つめ――
「そ、そ、そんな大声でパ、パ、パ、パンツとか言うなーーーッ! バカァーーーッ! うわぁーーーーーん!!」
由紀香よりもなお顔を朱く染め、カレンは進路妨害していた地蔵を蹴倒すと暴れ牛鳥もかくやと言った速度で爆走していった。
骨を銜えたネコちゃんは、相も変わらず嬉しそうだった。
「……う、う〜ん……あれ? わたし……キャッ! アサ真さん!?」
「おお、気がつかれましたかユキカ殿。何処かおかしなところは?」
「は、はい。なんだか耳がジンジンしますけど、特には。あの、カレンさんは?」
由紀香の問いに、二人とも首を横に振るばかりだ。
何が起こったのだろう。半身を起こし、公園を見回す。
しかし由紀香の目に映ったのは、倒れた地蔵と、いまだ激しく揺れ、舞い落ちる紅葉だけであった。
なお、その後、帰ったアサシンは泣きやまないカレンを優しく抱きしめた管理人さんにしこたま怒られ、アパートの玄関に正座させられたまま二時間も説教を喰らったのだという……
|