〜Turn F〜


episode-22
〜明けない夜編〜


◆    ◆    ◆






「やぁ、それにしてもセイバーちゃんの食べっぷりはいつ見ても気持ちがいいねぇ」
 出前で取ったラーメンを汁まで完食し、御馳走様ですと手を合わせたセイバーをニコニコと眺めながら、小暮さんはそう言って自分も残りの汁を啜った。
「うちの娘なんか、ダイエットとか言ってあんまり食べないからね。それでいて、サプリメントとか、ああいう錠剤ばかり買ってくるんだから」
 年頃の子は難しいねぇ、と続け、立ち上がり丼を片付けようとする。
「あ、片付けくらいは私が」
「いいよいいよ」
 近くまで来たから立ち寄ってみただけなのに、昼食をご馳走になった挙げ句に後片づけまでさせてしまっては流石に申し訳ないのだが、それでもセイバーの世話を焼く小暮さんはどこか楽しそうだ。
「それにね、実は丁度セイバーちゃんに話があったんだ」
「……もしかして、またうちの者が何か?」
 何かも何も、何もしていない方が珍しい連中である。連中が何もやらかさないと言うのは逆に危険だ。何処ぞで野垂れ死んでしまってる可能性すらある。
 不安そうに尋ねるセイバーに対し、片付けついでにお茶を煎れて戻ってきた小暮さんは、椅子に腰掛けると湯飲みと茶菓子をどうぞと差し出してきた。
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
 そう言って、茶を一啜り。
 セイバーもさて何なのだろうと茶菓子を摘む。今日の茶菓子は栗羊羹だった。
 しかし栗の甘味が口内に広がると同時に、嫌な予感も脳内に広がっていく。
「実はね、最近、深山町を……その、う〜ん……下着丸出しで徘徊している女の子がいるらしくて――」
「ゴホッ! ゲフガフッ!」
 予感的中。
 むせた。
「だ、大丈夫かい?」
「……だ、だいじょーぶです。つ、続けてください」
 呼吸を整えつつ、平静さを装う。
「ただの変質者ってワケでも無さそうだし、目撃した人達もセイバーちゃんとこの関係者じゃないかぁってね。ほら、いつもみんな鎧とか着て、その、コスプレと言うんだったか……しているだろう?」
 コスプレではないのですが、と反論しようとして、やめた。鎧はまだしも、例えばサヴァキュアはコス以外の何者でもない。もしかするとブルマで行動しているイリヤやアンリもコスプレだと思われているのだろうか。前者はいいとして、後者は不憫すぎて本人にはとてもではないが告げられない。
 しかしそれよりもショックなのは、下着丸出しで歩いている変質者もどきと自分達が大多数の冬木の住人の中で即イコールで結ばれる現状だった。誇りとかもうズタボロ。なんだかうどんで首を吊りたい気分です。
「個人の趣味なのかも知れないけど、度が過ぎると公序良俗に反すると言うか、下着丸出しに見えるってのはちょっと、ねぇ? ああ、おかわりいるかい?」
「……はい、すいませんお願いします」
 空になった湯飲みを差し出す。凄く申し訳ない気分で一杯だけれど、何しろ喉がカラカラだ。家族からはスペースチタニウムと称された胃がキリキリ痛む。
「そう言うことだから、もし知り合いなら、ちょっと注意しておいて貰えるかい?」
 おかわりの湯飲みを手渡されつつ、セイバーには『わかりました』と言って頭を下げる以外にはどうすることも出来なかった。





◆    ◆    ◆






「……と言うことがあったんですよ」
 グツグツと煮え立つ鍋の湯気を見つめながら、セイバーは溜息混じりに今日の昼間起こった出来事を説明した。
「なるほど。それは大変ですね……あ、その白菜煮えてますよキャスター」
 曇った眼鏡の奥、獲物を狙う猛禽もかくやと言ったライダーの魔眼は如何なる具の状態であろうとも瞬時に見抜く力が備わっている。
「そうね。このままでは私達の楽しみにも弊害が……ってちょっとセイバー、貴女椎茸ばかり取りすぎよ? 私まだ一つも食べてないんだけれど」
 白菜と一緒に椎茸を取ろうとしたまさにその瞬間、キャスターが楽しみに取っておいた椎茸二つは疾風のようなセイバーの箸にかっさらわれていた。
「すいません。どうもこの、寄せ鍋の椎茸は大好きで……」
「そう言う問題ではないの。もっとバランスよくお食べなさいな」
 セイバーは放っておくと半煮えだろうと何だろうとお構いなしに取っていこうとするので危険極まりない。特に鶏肉や、今日の具材には含まれていないが豚肉などが入っているとなんともワーニングである。ライダーという有能な鍋奉行がいなければ、いつか寄生虫にやられてアヴァロンへ召されてしまうかも知れない。今だって腹の中に何匹か飼っているんじゃないかと噂されているのに。
「そうですよセイバー。ああ、そこのお豆腐、もう少しです」
 さて。ここはキャスター・葛木宅であるが、今日は愛する夫が宿直で不在なため、キャスターはサヴァキュア反省会と称しライダーとセイバーを招いて女三人でこうして寄せ鍋を楽しんでいた。たまに反省会をしないと展開がマンネリになるとは彼女の弁である。もっとも反省したところで斬新な展開が迎えられるとも限らないのだが。
「それにしても困ったものね。ええと、その……カレン、さん?」
「はい。カレン・ド・スカートハクトシヌルンデスと本人は名乗っていました」
「……凄まじい名前ですね」
 真名ホセ子・メンドゥーサが言えた義理ではない。
「名前は兎も角、実力は相当なものです。何しろ弓山と槍チンが瞬殺されたくらいですから」
「どうせあの変態二人組のことだから、パンツに目が眩んだのでしょう?」
 まったくその通りだ。だがそれを差し引いてもサーヴァント二人を操って見せた手際は流石と言わざるをえない。伊達にパンツ丸出しではないのだ。
 セイバーは白滝を咀嚼しながらさてどうしたものかと思い悩んでいた。どうもカレンの主な復讐対象は自分と士郎らしいのだが、カレンの父親の死と自分はぶっちゃけ無関係なのである。
 大体がほとんどの戦闘において自分はブルマをはかせられ、ポンポン両手にチアガール紛いの事を(令呪まで用いて)やらされていただけだ。切嗣ときたら『その応援だけで充分だよ』とか台詞だけ格好いいことぬかして、あとは卑劣極まりない手段を用いマスター達を撃破していったのである。本当、今さらながらなんのために召還されたのかわかんない。
「……兎も角、私達が気持ちよくサヴァキュアを続けるにはカレン・ド・スカートハクトシヌルンデスを一刻も早く捕まえて、スカートをはかせるしかないわね」
「そうですね。あ、鶏肉が煮えましたよ」
「……サヴァキュアはどうでもいいんですが、これ以上周囲に犯罪者を増やすのは、ちょっと――」
「はいセイバー。鶏肉よ?」
 言い終わらぬ内にキャスターが笑顔でセイバーの器に鶏肉を突っ込んできた。ライダーも無言でイカとエビを放り込んでくる。どうやらサヴァキュアから解放する気はこれっぽっちも無いらしいポポ。
「そのカレンという少女は一体何処に潜伏しているのでしょう? セイバー、心当たりはないのですか?」
「それが、とんと。襲撃を受けてからかれこれ三日ほど経ちますが、何の動きも情報もありません。おかしな事があったと言えば……」
「……言えば?」
「丁度カレンに襲われた翌日くらいから、槍チンとオリグーが遊びに来なくなったくらいでしょうか?」
 それは来なくなったのではなく、来ることが出来なくなっただけである。だが彼女達は教会に舞い降りた恐るべき自由の翼のことをまだ知らない。
「それにしてもこの長ネギは美味しいですね」
「ああ、それね。アサシンがアパートの庭を借りて作ってるのを貰ったの」
「ほぉ。流石は先生だ」
 さらに、アサシンのアパートの隣室にカレンが越してきたなどとは知る由もない。
「先日の夜回りのせいでシロウが風邪気味なので、明日にでも先生に頼んで長ネギを貰ってくるとしましょう」
 そう言って長ネギを頬張るセイバーに、ライダーはよくそんな事を知っているものだと感心しながら、それと同時に長年の疑問だったことを薬に詳しいキャスターに尋ねてみることにした。
「ネギ湿布ですか。実際のところ、アレは効くのでしょうか?」
「そうねぇ。ネギには抗菌殺菌作用のある硫化アリルという成分が含まれていて、人間の体温程度でも分解されて染み出してくるはずだからちゃんと効用はあるんじゃないかしら?」
 なるほど、と納得し、ライダーも長ネギを口へ運ぶ。すると、今度はセイバーが不思議そうな顔で、
「ネギ湿布とは何ですか?」
 と訊いてきた。
「……」
「……」
「? 二人とも、どうかしましたか?」
 二人は泣いた。士郎のことを想って、泣いた。
 今度、お赤飯を炊いて衛宮邸に差し入れてあげよう。柳洞寺で暮らしていた頃、赤飯の作り方を教わっておいて本当に良かったとキャスターは思った。
「大人の階段のーぼる〜」
「君はまだ〜シンデレラーさ〜」
 泣きながら合唱を始めた二人を、セイバーは首を捻りながらずっと見ていた。



 そうこうしているうちに夜も大分更けてきた。
 カレンの居場所は不明、ちょっかいをかけてくる様子も今のところは無し。となると、やがて食と一緒に酒も進み、自然カレンの話題はナリを潜め始め、気がつけば色々なことを語り合っていた。互いの近況報告、愚痴の言い合い、最近体重が気になること、臓硯お爺ちゃんが徘徊していて保護されたこと、慎二の頭髪のこと、富野監督がまた毛を生やし始めたッポイこと、毛と言えばアレの製品版はどのくらい髪型の種類があるのかということ、オンラインはネカマだらけなのにどうして期待してしまうのだろうということ、攻略対象キャラはどんなキャラなんだろうということ、今さらながらよしきくりんの名前はどこで区切るべきなのかということ、菅原祥子は今は何をしているのだろうということ、三年に進学して明るくなった八重さんがこっちの名前を呼ぶ時だけ暗く沈むのがEVSの最大の欠点だということ、ファンドとかあったなぁということ、自分達がヒロインだったら主人公の声が小野坂昌也はつよしみたいでちょっと嫌だなぁということ、でもヴァッシュだと思えば萌えないか? ということ、何でこんな話をしてるんだろうねということ、そして――
「……シロウはーーーーーぶっちゃけネチッこい!」
 勢いよく立ち上がったセイバーは、悠然と部屋を見渡しつつそう言い放った。
「おー! そうらのね? あのボーヤ、ネチッこかったろね?」
「きょーみ深い! 非常にきょーみ深いでぇすよセイバー!」
 キャスターもライダーも、やんややんやと大騒ぎである。その歓声に両腕を振って応えつつ、さらにセイバーの告白は続く。
「私が眠い、眠いと言っているにも関わらずれすよ? こっちから誘った時はバイトで疲れてるとか、つごーのいいことばかり言って! 独りよがりなのでふ!」
「若い! わっきゃいわれぇアンタ達ぃ! あっはははははは!」
「なるほろぉ。シローは独りよがりなのれふか。しゃくらに教えにゃくては」
 セイバーは止まらない。
「あと、シロウは、シロウはせっかちなのれふ! あれはもう、なんでしゅか! 早漏れす! 別に早いワケじゃにゃいけれど、そう、彼はー精神的に! 言うにゃれば精神的早漏にゃのでふ!」
 士郎が聞いたら死ぬ。死ななくても摩耗する。弓化一直線間違いなし。
「精神的早漏! 精神的早漏らのね!?」
「精神的早漏れすか! しゃくらに早速知らせにゃければ!」
 ケラケラと笑いながら早漏早漏連呼する女三人。他の言葉はろれつが上手く回っていないのに早漏の発音だけは一点の淀みも無い。
 ――と、その時である。
「……今、玄関から物音がしましぇんでしたか?」
 急激に真面目くさった顔をして、セイバーが廊下の方を睨んだ。
「むー、確かに聞こえたよーな……あっ! 宗一郎しゃまが帰ってきたのかしら?」
「宿直なのれすからそれはないれしょう。ドロボーかもしれましぇんね。怒られる前に白状しておきまふ。玄関の鍵を閉めわしゅれました。うっかりれす」
「リャイダーは相変わらずドジすぎまふ! もっと、しゃんとなしゃい、しゃんと!」
 真面目くさった顔崩壊。泥沼です。
 じゃあ来たのは誰だ? 来たのは誰だ? ケロニアか? と騒ぐ三人の酔っぱらい。しかし低下した思考能力でまともな答えを弾き出せるはずもない。出口のない無限回廊をBEYOND THE TIMEした挙げ句に、まるでアクシズのように落ちてくる目蓋をカッと見開いたセイバーが導き出した回答は、
「きっとシロウれす! うわしゃをすれば影と言いまふから」
 何一つ根拠のない、わけのわからないものだった。
「なるほろ! ボーヤが来たろね!」
 だが納得いったらしい。
「シロー! むしろ早漏!」
 ライダーに至っては士郎を殺そうとしているようにしか思えない。
 廊下から足音が聞こえてくる。どうやら何者であろうとも侵入者がいることは確実なようだ。もっとも、三人の中ではそれは既に士郎であると確定していた。
 ドアノブが回る。
 侵入者は疲れた足取りに反してよっぽど気が急いているのか、勢いよくドアを開けると倒れ込むように入室し――
「すまん、キャスター、暫く匿ってくれ――」
「ようこしょ早漏!」
「いらっはい早漏!」
「早漏は病気じゃありましぇん!」
 ――た途端、早漏三連撃を喰らい、言峰綺礼はワケもわからぬまま言語に絶する敗北感に襲われガックリと膝を突いた。





◆    ◆    ◆






「……いやぁ、その、すいませんでした陳腐」
「オホホ……その、ねぇ?」
「ええ、てっきりシロウが来たのだとばっかり」
 酔いを醒まし、全然すまなそうじゃ無さ気に謝る三人。一方、綺礼は部屋の隅で膝を抱えてブツブツと呟いている。何やら世界に復讐するために『コンビニのゴミ箱に家庭ゴミを捨ててやる』とか『駅前駐輪場に停めてある自転車の空気を抜いてやる』とか人間としての器が知れる発言ばかりを繰り返している。
「まぁいいじゃないの。本当なら貴方のような愚劣極まりない怪人キムチ男を私と宗一郎様のラブハニスウィーテストルームに入れてなどたまるものかとかなり本気で思っているのにこうして入れてあげたのだから、むしろ感謝して貰いたいわ」
 あの結婚式での恨みは一生かかっても忘れられるものではありません。
「私達も幾分酔っていましたから、どうか許して欲しい」
「ですね。それにしてもカレンの話をしていたはずが、どうしてあのようなことになってしまったのか……」
 眼鏡の位置を直しながらはてさてと首を傾げるライダーの発言に、綺礼の肩がピクリと動いた。
「……カレンが、どうかしたのか?」
 今度はセイバーが驚く番だ。
「陳腐、カレンを知っているのですか?」
 意外な接点である。
 これでもしかしたらカレンの居場所がわかるかも知れない。居場所さえわかれば後はふんじばってスカートをはかせるだけだ。
 だが、綺礼の次の発言はそんなことが全てどうでもよくなるくらいショッキングなものだった。

「知っているも何も……そもそも何故お前達が私の娘の名を知っているのだ?」





「……え゛?」





 セイバーとライダー、キャスターの目はこれ以上ないくらい見開かれている。
「ど、どうした?」
「……どうしたもこうしたもありません! 陳腐……貴方という人は!」
 怒号とともにセイバーの周囲を突風が覆い、即座に武装した彼女の剣先が綺礼の首元へと向けられる。キャスターもライダーもそれぞれローブとボディコンに着替えて臨戦態勢完了だ。
「外道外道とは思っていたけれど……」
「よもや、自分の娘をパンツ丸出しで歩かせるなどとは!」
 女三人怒り心頭である。
 しかし綺礼は何を言われているのかサッパリわからない。
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て! 私が何時娘をパンツ丸出しで歩かせ――」
「問答無用!」
「ヒィッ!」
 電光石火のエクスカリバーによって前髪が何本かハラリと宙を舞う。
「ちょ、私の話を――」
「お黙りなさい!」
「のわぁっ!」
 頬を掠めるキャスターのガンドに身震いしつつもすんでの所で身を捻る。
「だから――」
「ライダーパンチ! パンチ! パンチ! キック!」
「ヤッ! ンッ! マーッ! ニッ!」
 畳み掛けるようなライダーの攻撃もオサレなポーズで華麗に回避。
 取り敢えず事情を説明しようにも避け続けなければ死んでしまう。綺礼は頭の中で柿のタネが弾けるようなイメージを浮かべるとともに全神経を集中、回避に専念した。このまま避け続けてさえいれば本当の貴方と本当の私が出会える場所まできっと行けるはず。運命に背いて涙を散らしてそれでも会いたいWe will reach to nowhere land.Take me to the nowhere land〜



 煌めく剣閃、飛び交う魔弾、怪力パンチに冷や汗を流しつつ、見事にそれらを避けきった綺礼の話を三人がようやく聞く気になったのは、開戦から三十分ほども経ってからのことだった。





◆    ◆    ◆






「そもそも私の妻子は冬木から遠く離れた場所に住んでいる。娘が私を訪ねてくることはまずありえないはずだ。……そう、ありえんのだ……う、うぅ、グスッ」
 釈明のはずが自分で触れちゃいけない部分に触れてしまったらしく、綺礼はオロローンと鬱陶しく泣き始めた。こんなに泣き顔が似合わない奴も珍しい。
「では、カレン・ド・スカートハクトシヌルンデスと貴方は無関係なのですね?」
「グズッ……なんだその低能極まる名前は? 私の可愛い一人娘の名は言峰可憐だ。……今は妻の旧姓に戻っているから可憐・オルテンシアだが。うぅ……」
 さらに滂沱。よっぽど娘さんを愛しているらしい。
「なるほど。コトミネカレン、いえカレン・オルテンシアですか。陳腐がつけたにしては至極まともな名前ですね」
 凄く感心したように言う。
「……セイバー、貴様、私を何だと思っているのだ?」
「いえ。正直、陳腐がつける名前ですから『言峰ビューティフルライフ』とか『言峰キューティーハニー』のような名前を想像していました」
 答えるセイバーの目には一点の曇りも無い。嘘偽りのない、純白の心底からそう思っていたと告げているのである。
「私も『言峰スーパーフェニックス』とか」
「ええ、『言峰絶対壊滅無敵殲滅子』のような名前を想像していました」
 キャスターもライダーも容赦がない。
 綺礼は泣いた。干涸らびてしまいそうなくらい泣いた。
「では陳腐とスカートをはいていない方のカレンは無関係と言うことで。……そう言えば、匿ってくれと言っていましたが誰かからか逃げているのですか?」
 やっと話がそこに辿り着いた。綺礼はホッとしたのかようやく涙を拭き、いつもの嫌みったらしい表情へと顔面を瞬時にトランスフォームさせる。
「うむ。実はだな――」
「借金取りかしら? それともヤクザ?」
「不良学生かも知れません。オヤジ狩りとか」
「黙っとれ。くそぅ、また涙が滲んできたではないか」
 今日だけで七生分の涙を流し尽くした気分です。
 再び気を取り直して。
「実は、背中に堕天の十枚翼を有し、左手はシェルブリッドとライダーマンアームの合いの子、両脚含め全身には九番目のサイボーグばりの加速装置を内蔵した恐るべき鉄人に追われているのだ」
 どんな妖怪だ。
「なっ! それは、もしや新たなる敵ですか!?」
 しかし純真無垢なセイバーは鬼気迫る綺礼の説明を信じてしまっていた。もう長いこと食って寝て遊ぶだけの生活を満喫しているが、それでもその身はサーヴァント、偉大なる英霊アーサー王にして衛宮士郎の剣……のはずなのである。決してただのニートではないのだ。今こそ自由という名の足枷を外す時が来た。
「ふむ、流石はセイバー、最高のサーヴァントは伊達ではないな。黒星だらけで実は最弱なんじゃねーのあの猪武者プッ! などと陰口をたたいたことは謝ろう」
「はい。その悪鬼がシロウに害為す者ならば、この聖剣で真っ二つに斬り伏せてご覧に入れましょう。あと、その後で陳腐、貴方をナマスです」
 その陰口だけは許せないらしい。
「ゲェーーーーッ! もっと心を広く持ちたまえ最高のサーヴァントよ!」
 答えはNOです。思いっきりNOです。
 騎士王の怒りはさておき。セイバーに縋り付いて『許してチョンマゲ』などとぶっこいている綺礼の肩を、キャスターがチョイチョイとつついた。
「それで、陳腐」
「何かね?」
 キャスターの隣では、ライダーも眉間に皺を寄せて何事か考えている。
「その、さっき貴方が言っていた堕天の十枚翼を有した鉄人だけれど」
「うむ」
 まったく怖ろしい。あの翼がひとたび羽ばたけば一軍が壊滅する。
「左手は、シェルブリッドとライダーマンアームの合いの子なのでしたね?」
「その通りだ」
 マシンガンアームで撃たれた時はマジで死を覚悟したものだ。
「で、島村ジョー並の加速装置だったかしら?」
「そうそう」
 何処に逃げてもすぐ追い付いてくるあの速度はおよそ人間ではない。
「その鉄人なのですが……」
「ん?」
 ライダーが口籠もる。キャスターは目頭を押さえていた。セイバーは力強い表情のままガクガクと全身を震わせている。
 なんだろう。とても寒い。急激に部屋の温度が下がっていることを感じ、ようやく綺礼は嫌な予感がして振り向いた。
「……」

 そこには、アルカイックスマイルを浮かべて、一人の女性が、立っていた。

「……やは、ばぜっと」
 ニコリ、とバゼットが微笑む。その眼前に固く握り込まれた左拳を掲げて。
 もはや言葉は要らなかった。
 目を、閉じる。
 星が流れた。
 セイバー達は、人間は怒りによって英霊の力を容易く凌駕出来ることを改めて実感した。どんなに耳を塞いでも聞こえてくる凄惨な音に、三人はただ一方的な虐殺行為が終わるのを脅えて待つしかなかった。










「それでは、このボンクラがご迷惑をおかけしました」
 カクン、と糸の切れた操り人形のように綺礼の頭が下がる。と言うより、あれは本当に言峰綺礼なんだろうか? ルービックキューブ張り手を喰らったキン肉マンだと言われた方がよっぽど納得がいく顔に変形してしまっている。
「今日はもう遅いですし、いずれ改めてご挨拶に窺いますので」
 バゼットの礼儀正しさが、いっそ怖ろしい。
 可哀想なくらい震えながら『お、お構いなく?』と返すキャスターが不憫でならなかったが、しかしセイバーもライダーもキャスターの背後から顔以外を出す気にはどうしてもなれなかった。無様でもいいです。恐怖を知ってるから人は強くなれるとです。
「失礼しました」
 去りゆくバゼットの背中を、三人は呆然と見送った。
 扉が閉まる。
 それでも、三人は暫しの間その場から一歩も動くことは出来なかった。
 何処かで野良犬の鳴き声が聞こえる。
 夜明けは、まだまだ遠かった。






〜to be Continued〜






◆    ◆    ◆





オマケ
言峰綺礼の華麗なる半生

 冬木市の言峰教会の跡継ぎとして生まれるが、生まれつき自分の中に信仰心というものが皆無なことに疑問を持っていた。自分はもっとロックでハードでデンジャラスでデストロ〜イな人生を歩むべきだと勘違いした末に父親と喧嘩して家を出たのが15の夜。流れ流れて東京、新宿は歌舞伎町に流れ着き、ホストクラブ「ロミオ」でホストに就く。目指すは伝説の夜王だったが、口先だけで誠実さの欠片もない言峰にそんなビッグな真似が出来るはずもなく、気がつけば宝くじを買うのが趣味な背景キャラに成り下がっていた。無論、初登場時以降は毎回コピー。
 そして数年後、言峰は運命の出会いを果たす。
 妻、クリスティーナ・オルテンシアとの出会いである。
 クリスはイタリア出身でフラメンコダンサー志望の女性であった。彼女の父方の実家はスペインの有名な闘牛士の家系であり、闘牛士を継ぐために幼い頃から血と泥と牛にまみれて育ったのだがある時そんな人生に嫌気がさしてフラメンコの世界に飛び込んだのだという。しかし厳格な彼女の父がそれを許すはずもなく、彼女は送り込まれてくる刺客(主に牛)と戦い逃れて日本へ辿り着いたとのことだった。最初のうちは駅前や街頭でフラメンコを踊って日銭を稼いでいたクリスだったが、やがて食うに困りソープ嬢へと身を窶していたのである。言峰との交際は、出勤前の彼に彼女から声をかけたのが馴れ初め。出会いの言葉は「シャチョサンシャチョサン、ニマンエーン」
 互いの境遇に何故か共感してしまった二人は神田川が見える四畳半のアパートでキャベツにマヨネーズを塗って食べるような同棲生活を経て結婚、一人娘の可憐を授かるも、言峰は「私はやがて夜王になるのだ」とかワケわかんねぇことばかり言ってろくな収入はなく、たまに金が入れば全て宝くじを買ってくる始末。いっそ殺してやろうかとクリスが本気で考えた回数は38回。しかし娘のことを思えばそれも出来ず、ついに離婚。多額の慰謝料と養育費の支払いを命じられた言峰は仕方なく父親に土下座して借金、さらに実家の教会を継ぐことになった。第四次聖杯戦争への参加理由は「娘の養育費が欲しかった」まさにこれである。
 クリスはその後、言峰が支払った慰謝料を元手に東京の下北沢にイタリア料理店を開いたのだが、これがなかなか評判がよく、店は順調。言峰はクリスに黙って何度か娘に会いに行っていたが、それがバレて今では娘の半径1km以内に近づいてはいけないと法的措置をとられてしまっている。可憐は別に父を嫌っているわけではないが、じゃあ好きかと言われればそんなこともない。あと、こっちの可憐はスカートはいてる。でも性格は父に似てしまったのか少しアレである。
 こうして妻子に去られた言峰は捨て鉢になり、元から駄目だった人間性にさらに拍車をかけ、それでも甲斐甲斐しく世話を焼くアンリや自分よりさらに駄目なオリグーという新しい家族のおかげもあって日々を(困ったことに)健やかに過ごしている。
 一時期ホスト時代の経験を生かしてナンパに勤しんだが、引っ掛かったのはバゼット一人。「一人陥とす度に右腕に星形の撃墜数入れ墨を彫ろう」とか息巻いていたのだが、おかげで星はいまだに一つのみの体たらく。しかもそのバゼットが手に負えない最強兵器だったのが運の尽きであった。
 権謀術数を駆使してバゼットを遠ざけるも、彼女は言峰の何がいいのかブーメランのように毎回必ず戻ってくる。

 そして今日も、言峰はバゼットから逃げ回っている。


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