その日、間桐邸の台所ではアーチャーがお手製の特大ケーキを前にクリスマスソングを口ずさみながら最後の仕上げとばかりにデコレートをしていた。
「ジングルベールジングルベール鈴が鳴るー今日は楽しいクリスマスキャロルが聞こえる頃まで出逢う前に戻ってもっと自由でいよう〜フリーダム! 米はフリーダム! 米はジャスティス! Yaaaaaaaaaaaaaッッ!!」
「……いや、弓山よ、それ大分違うじゃろ」
様子を見に来た臓硯のツッコミなど意にも介さずアーチャーは歌い続けている。
今日はみんなでクリスマスパーティー@間桐邸版。衛宮邸版とは異なり当然ながら間桐邸版は女性の参加率がゼロだ。桜は朝もはよから衛宮邸、挙げ句今年はアサ真もいないので臓硯お爺ちゃん的には寂しいやら心細いやら。
「恋人はサンコーン〜オースマン・サーンコーン〜ギニア〜かーらやーってきたー」
アーチャーは歌が上手い。かなり上手い。大概の曲は歌いこなせる。しかしチョイスが最悪だった。だがこれ以上ツッコミを入れるのは無粋というものだろう。臓硯は仕方なく余り物のデコレート用チョコを摘むと台所を後にした。
「やれやれ。今年も寂しいクリスマスじゃのぅ」
まだ桜が士郎にゾッコンLOVEになる前、慎二と桜と自分の三人で家庭用のクリスマスツリーを囲みささやかなパーティーを行っていた頃を思い出す。あの頃は二人とも深夜枕元に白靴下を吊しておくと、それと交換にプレゼントを置いていく臓硯を本物のサンタクロースだと信じてくれていたものだ。
なのにいつの頃からだろう。二人がサンタなんて信じなくなったのは。
「慎二や、飾り付けは終わったかの?」
「ああ、終わったよ」
リビングではサンタの格好をした慎二が部屋中を飾り付け終わっていた。やたらと靴下ばかりが垂れ下がっているのはご愛敬である。ちなみに臓硯も今日ばかりは和装ではなくタキシードでビシッと着飾っている。男しかいないのに。
「ぬしゃ相変わらずセンス無いのぅ。もっと、こう、エレガントに飾り付けられんのか」
「白靴下ばっか入ったダンボール手渡しておいてエレガントもクソもないじゃないか! 僕は僕なりに精一杯やったんだ!」
慎二は間違ってない。むしろ彼にしてはよくやった方だろう。臓硯が本当に不満なのは飾り付けなどではないのである。
「せっかく今年も桜用にミニスカサンタコスを用意しちょったのに……ライダーの分も。また無駄になってしもうたのぅ」
それが不満で仕方がないのだ。冬の最中に風邪をひけと言わんがばかりの極悪なミニスカを桜とライダーにはかせ、二人のお酌でドンペリを浴びる程呑みたいという老い先短い年寄りの野望はまたも砕け散ってしまった。流せるものなら血の涙を流したくてたまらないが、蟲によって構成された身ではそれもかなわぬ。
窓の外を見ると、大雪である。西日本と日本海側はまったく大変だ。
「そう言えばお爺ちゃん、槍チンの奴がまだ来ないんだけど」
今年のクリスマスパーティーin間桐邸の参加者は臓硯に慎二、アーチャー、まだ来ていないランサーの四人である。いつもならこちら側のメンツに加わっているアサシンは今回はアパートの住人達と温泉旅行に行くと言って欠席。住人達の都合が合わずに延び延びになっていた新入りの歓迎会を兼ねているらしいが、今頃は温泉に浸かってのんびり地蔵でも磨いている頃だろう。
「はて、なんじゃろうな。あのお祭り男がパーティーに遅れてくるなど珍無類じゃが」
二人が知る限りランサーというのは修学旅行の前日に眠れず午前四時には集合場所に来てそのまま待機してしまうような男である。それが約束の時間の三十分前になっても現れないというのはおかしい。いや、別にまだ時間じゃないのだから決しておかしくはないのだがおかしいのだ。
と、その時インターホンが鳴った。
「噂をすれば槍チンじゃろう。慎二」
「はいはい。今行くよ」
慌ただしく駆けていく慎二の足音を聞いて、臓硯は相変わらず水っぽい足音だとしみじみと思った。濡れワカメで床を叩いているかのようだ。
臓硯がそんなことを考えていると……
「――ああ、遅かったじゃないか槍チウワァアアアアアアアアアッ!?」
「な、何事じゃ!?」
屋敷中に今度はワカメを裂くかのようなけたたましい悲鳴が響き渡った。
「何かあったのか!?」
台所からは顔中クリームまみれにしたアーチャーが飛び出してくる。これが若い女性だったならお爺ちゃん心棒玉乱――しんぼうたまらん――ところだがガングロ白髪が顔射なんぞと言うのは胸糞悪すぎて慎二の悲鳴なんて投げ出してトイレに駆け込みたくなったのをかろうじて堪える。
「弓山、おぬしマジキモーイ」
だから取り敢えず文句だけ言っておいた。
それが不服だったのかアーチャーは口の周りについたクリームをペロリと舐めた。御丁寧に、気恥ずかしさを演出しつつ苦そうに、コクンと喉を鳴らして。
テラキモかった。
「槍チン!?」
二人が玄関についた時、そこには血まみれのランサーが扉にもたれかかりもはや息も絶え絶えだった。
「こ、これは……誰が槍チンを……」
「犯人はヤス!」
違います。
取り敢えず今にも死にそうだったランサーの傷口には、臓硯が再生蟲を埋め込み事なきをえる。こちとらバラバラ死体だろうと復活させるとんでも再生力である。ウネウネと蠢いたかと思うとたちまち傷が癒えていく。
「……ふぅ、助かったぜ、爺さん」
「しかし一体誰にやられたんだ?」
ランサーの傷はまったく酷いものだった。全身の骨が粉々に砕かれ、右側頭部に至っては陥没して脳漿がピュルピュルと漏れ出ていたくらいである。
「ああ、実はバゼットにやられた」
全員納得した。
なるほど。疑問を挟む余地もない。
「じゃあパーティーを始めようかの」
「そうだな」
「ちょ、待てよ! 理由くらい訊けよテメェら!?」
訊くまでもない事をこれから楽しいパーティーだというのにわざわざ訊くような奴がいるだろうか? いや、いない。
「どうせまた盗撮か痴漢行為でも働いたんじゃろう?」
「そうだな。あの破壊兵器にお前が手を出してやられるなどいつものことだ」
臓硯とアーチャーが薄情と言うよりも、これが当たり前の反応であろう。慎二は慎二で訊いたものかどうか悩み続けている。
「いや、違うんだって。訊いてくれよなぁ」
涙ながらに訴えるアイルランドの光の皇子。情けないにも程がある。
このまま素知らぬ顔でパーティーを開始してしまったもよいのだがランサーに泣き通されると鬱陶しくて仕方がないため、臓硯とアーチャーは顔を見合わせると『仕方ねぇなぁ』と彼の話を聞くことにしたのであった。
それは早朝のことであった。
「メリークリスマス、バゼット!」
「ああ、槍チン。メリークリスマス」
起きがけのバゼットに挨拶をし、軽いフットワークで一気に間合いを詰める。この時点で既に戦いは始まっていると言っていい。
気取られぬよう瞬間的に今朝のバゼットの状態を観察開始。起床直後の彼女は隙が多いが、油断すれば『目つきがイヤらしい』などと言われて即座に鉄拳が飛んでくるため要注意だ。
……結果、体調は残念ながら万全。快調そのもののようだ。
「貴方にしては珍しく早いですね。何かあったのですか?」
「いや、その、だな」
改めて、となると少々照れ臭い。が、男は度胸だ。クー・フーリンは男の子。
ランサーは後ろ手に隠していた包みをズイッと差し出した。
「……あ〜、なんだ。クリスマスだしな。プレゼントだ」
青い包装紙に、銀のリボン。
ランサーからの贈り物のくせに見た目凄く誠実そうだ。
「あ……ありがとうございます」
一応、クー・フーリンはバゼットにとっては憧れの大英雄である。いつもは盗撮にセクハラとろくでもないことばかりしでかすため突っ慳貪な態度をとらざるをえないのが、こうストレートに好意を顕わにされると根っこの部分では少女チックな鉄の女バゼット、頬はリンゴ飴のように真っ赤に染まり、プレゼントを受け取る手もソワソワとやたら忙しない。
「開けてもいいですか?」
「お、おう! 開けてくれ」
まるで高校生カップルのようなやりとりの果て、バゼットの手が包装紙を丁寧に開いていく。そうして中から出てきたのは……
「これは……新品のYシャツとネクタイですね」
常日頃からスーツ姿でビシッと決めているバゼットへのプレゼントとしては悪くないチョイスである。真新しい白いYシャツとワインレッドのネクタイを広げ、少女のように満面の笑みを浮かべるバゼット。
しかし、包みの中身はそれだけではなかった。
「……おや?」
カサリ、と包みの最奥から最後のプレゼントが滑り落ちる。
それは……なんだか今さら語るべくもない気がするけれど、当たり前のように真っ白い靴下であった。バゼットでなくとも、この先まず間違いなく的中するであろう嫌な予感がこの時点でビンビンである。
そうして――ランサーは懐から新品のデジカメを取り出しつつ照れ臭そうに頬を掻きながら……告げた。
「バゼット。オレのために、裸Yシャツにネクタイ、そして靴下だけ履いて被写体になってくべぼぶらげびるばばぶぶびびびぼぼばばぐぐぎゃらばびはエァクレクレカカポポリウォォ〜アンマァエアウエァ〜クハッ! キャハ! ケヘァ! カハァーーーーーッ!!」
「と、まぁそんなワケで命からがらここまで逃げてきたんだ」
からがらもクソも常人なら三十回くらい死んでそうだ。その手にはしっかりとプレゼントであるところのYシャツとネクタイ、そして靴下が握られている。あれだけ血塗れだったというのにこれらには染み一つ汚れがないのは流石と言ったところか。
「まったく、向こうは空だって飛べるからな。オマケに核エンジンだから無限に動けると来てやがる。逃げ切るのには一苦労だったぜ」
核エンジンは流石に嘘です。
「そうか。だがな、槍チン」
「あん?」
アーチャーが眉間に皺を寄せながらランサーの後ろを指差す。
「おぬし、ぜんっぜん逃げ切れとらんぞ」
そこには、扉を開けたまま硬直している慎二と、一見凪いだ海のように安らいだ表情でバゼットが佇んでいた。ランサーの死を予感させるには、充分すぎるだけの濃密なオーラを纏って。
「……覚悟は出来ましたか、槍チン?」
バゼットが発した腹の底から冷え冷えとする声に、慎二の両眼から我知らず涙が零れる。
この時、突如慎二の脳裏に今日までの思い出がめくるめいていた。
生命存続の危機に際した時、人間は本能的にそれを回避する方法を記憶の中から探し出そうとする。それが死ぬ間際に見る記憶の走馬燈の真相である。とかなんとか。
バゼットの暴虐を止められる者は、この屋敷には一名も存在しない。
「邪魔です」
「シグルイッ!?」
慎二は星になった。
「ク、クソッ! テメェどうしてもオレが贈ったこれを着る気はねぇのか!?」
「当たり前です。クリスマスに裸Yシャツでネクタイ靴下のみ装備しろと言われて実行するバカがどこの世界にいるものですか。そんなのが見たければ友の会へ行きなさい、友の会へ」
もっとも過ぎる。友の会なら見放題だ。だよね?
「どうする臓硯老? 槍チンでは万が億に一も勝ち目はないぞ?」
「うむぅ、玄関マット新品じゃから血で汚したくないんじゃがのぅ」
距離を取りつつヒソヒソと話し合う。
ランサーの勝ち目はゼロ。間違いなく血の雨降らし、慎二星に続いて聖夜の空にまた新しい星が一つ増えることになるのは必定だ。『巻き添えを喰う前に一刻も早くこの場を離れたい』というのが正直なところである。
だが、しかし――
「……のぅ、弓山」
「なんです?」
「槍チンは……漢、じゃな」
呟いた臓硯に、フッとアーチャーは笑い返す。
なんて馬鹿馬鹿しい、ナンセンス。ここでバゼットに喧嘩を売るなどありえない。むざむざ命を捨てる行為が、それでも尊いものに思えた。例えようもなく美しく感じられて、だから、二人はランサーの両脇に並んだ。
「弓山……爺さん……テメェら……」
それ以上の言葉は必要ない。互いを認め合った漢が三人、今為すべきは言葉を交わし合うことではなく、目の前に迫る鉄人を打ち倒し裸Yシャツネクタイ靴下姿にさせてそれを肴に聖夜を祝うことだ。
バゼットの背に、自由を象徴する十枚翼がはためく。
漢達は駆けた。
自分達を全うするために。各々の夢と野望のために。
例え、その先に待つのが完全死という名の絶対運命だったとしても……
ドサリ、と。
重たげな音がほぼ同時に、三つ。
間桐邸の玄関に死屍累々と横たわる漢だった者三人。
「愚かな。むざむざ死ぬために挑んでくるなど」
くだらない時間を過ごしてしまったとばかりにバゼットは溜息を吐いた。せっかくのクリスマスを馬鹿の相手で潰してしまったなぞと年頃の女としてはつくづく頭の痛くなる大問題だ。
「……はぁ。帰ろう」
今頃、教会ではアンリがケーキを用意して待ってくれているはずである。綺礼に関しても出掛けに当て身を一撃喰らわせてきたので、計算ではケーキに包丁を入れる頃に丁度目が覚めるはずである。
そしてバゼットが背を向けた、まさにその時だった。
――ユラリ、と。
「バカなっ!?」
バゼットは信じられないものを見た。
放てば一撃必殺の“全て覆す自由の翼”を受けて立ち上がった者など、人間に幻獣、妖魔、さらには英霊を含めいまだかつて一人もいなかったというのに――
「……貴方達は、不死身ですか?」
アーチャー、臓硯、そして……ランサー。
三人は立っていた。その顔には誇らしく笑みすらたたえ、満身創痍の身体をまさに不屈の精神力でとしか形容のしようがない、執念の復活だった。
「クッ、クク……不死身などではないさ」
「そう……じゃよ。ワシらは、ヌシに比べれば矮小で、ひ弱な存在に過ぎぬ……」
「ああ、そうだ。……だが……だが、よ」
二人の友に挟まれたランサーの手に、朱い魔槍が現れる。
狙うは一撃。ただ、ただ一撃のみ。
ゲイボルクから凄まじい量の魔力が放出される。命中すれば無敵不敗のバゼットと言えどもただで済むわけがない。
「……それでも、よ。決して譲れねぇもんがあるんだよ……男の子にはなぁ!」
ランサーは吼えた。
誇りを懸けて。友の想い、全てを乗せて。
「ならば来なさい槍チン! 私も、全力で迎え撃ちましょう!!」
再び自由の十枚翼が広がり、ランサー渾身の闘志を掻き消すかのような裂帛の気合いが吹き荒れる。
「く、なんて気じゃ!? 五倍以上のエネルギーゲインがありよる!」
「まさか……これが、バゼット・フラガ・マクレミッツの全力だというのか?」
臓硯もアーチャーも蒼白となる。
ランサーは強い。地力ならばこの町に巣くうサーヴァント連中の中でも一、二位を争うといってもよい。だがそんなランサーの全力をもってしても、バゼットはあまりにも遠い。遠すぎるのだ。
「……弓山よ」
「臓硯老」
だからといって諦められるか?
答えは否。
ランサーの咆吼は、即ち二人の咆吼でもある。
譲れないのだ。今、この時だけは。
「持っていけ。ワシの魔力、これで空っけつじゃ」
臓硯の皺まみれの手がアーチャーの肩へ添えられ、五百年を生きた大魔術師の魔力が英霊たる漢の身に注ぎ込まれていく。
バトンは受け取った。あとは、これを最終走者に手渡すだけだ。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッ!!」
全魔力を解放。
弓兵の手の中に形作られていく朱色のそれは、ランサーの手にあるものと寸分違わぬ呪いの魔槍。それが贋作だなどと誰が信じられるだろうか。何処から見てもまごうこと無き伝説の……刺し穿つ死棘の槍――ゲイ・ボルク――が……
「受け取れ、槍チンッ!」
「おうっ!!」
今、アーチャーの手からランサーへと手渡された。
「二刀流……いえ、二槍流ですか」
魔槍を両手に携えたランサーの姿を、バゼットは畏敬の目で見つめた。
なんて荘厳な姿なのだろう。伝説を超えた伝説が、今、自分に向け全てをかなぐり捨てて挑もうとしている。……戦いの理由はまぁさておき、その事実はバゼットを感動に打ち震えさせた。
ならば――
「全力で、迎え撃ちます」
フラガストライク、フラガラック、さらに左手の義手。
構える。
勝てるか? ……否。勝って終わらせる。
向かい合う二人の呼吸が、徐々に静まっていく。
これから始まるのは古今未曾有の死闘、そのはずであるというのに、あまりにも穏やかな、穏やかすぎる空気だった。
そして――動く。
「ぜやぁあああああっ!」
先に動いたのはランサーだった。猛烈なスピードで外へ駆け抜け、塀の上へと飛び乗る。バゼットもそれを追い、二人は間桐邸の庭で再び対峙した。しかし対峙は一瞬。もはや黙って向き合うだけの理由など無い。望むは一刻も早い決着。
「行くぜぇバゼット! ゲイ・ボルク二槍流!!」
二本の魔槍を構え、ランサーが跳ぶ。
「100万パワー+100万パワーで200万パワーっ!!」
その跳躍は飛翔。今、ランサーは完全に空を飛んでいる。
「いつもの二倍のジャンプが加わって200万×2の400万パワーっ!!」
大空高く舞い上がったランサーは、前方へ二本の槍を突き出す体勢で全身を猛回転させた。まるで小型の竜巻だ。竜巻が、バゼット目掛けて特攻をかける。
「そしていつもの3倍の回転をくわえれば――400万×3の――バゼット、テメェを上回る1200万パワーだ!!」
今、ランサーは光の矢と化していた。
「臓硯老、見えますか……」
力尽きた臓硯の身体を抱き上げ、アーチャーは二人の激突を見守っていた。
「我々の想いを乗せた槍チンが……今、一条の光となって……」
老人の顔は、安らかだった。やるべき事をやり遂げた漢の顔で、静かに瞼を閉じた臓硯に誓う。
必ずいい写真を撮る、と。
「うぉらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!」
閃光のように。
閃光のように。
ランサーという名の矢が、バゼットへと突き進む。命の輝きを纏って。裸Yシャツにネクタイ、白靴下のみのバゼット。眉を八の字に、拗ねたような表情で恥じらいに頬を染める彼女を写真に収めるために。
漢は――閃光となった。
「……槍チン」
間桐邸の庭は巨大なクレーターと化していた。
その中心に、ランサーが立ち尽くしている。
結論から言えば、ランサーは敗北した。
因果を逆転させる魔槍と、先んじる一撃に加え全てを覆す翼の激突は、双方の魔力が打ち消し合ってどちらも無効化された。残すは互いの持てる力と力、純粋な真っ向勝負のみ。
そうして、閃光と化したランサーがバゼットを貫くかと思われた瞬間、彼女の人間を……それどころか英霊をも超越した反射神経は十枚翼のうち右翼の五枚を犠牲にしたものの見事回避してのけたのである。
それからは語るまでもない。
真実、渾身だったのだ。あれ程の渾身を回避されたのではランサーにもはや打つ手は何一つ残されてはいなかった。
思い切り振り抜かれたバゼットの左拳が槍兵の顔面を二度、三度と撃ち抜き、トドメとばかりに左翼から放たれた光弾によって間桐邸の庭にはクレーターが穿たれ、ランサーはそこに叩き付けられたのだった。
「あれだけのダメージで……まだ立ち上がるとは……」
信じられない。これが聖夜の奇蹟というならサンタの存在すら信じられよう。
ランサーの手にはもはやゲイ・ボルクはない。その代わり、Yシャツとネクタイ、そして靴下が握られ、差し出されている。なんという執念だろう。
だがそこまでの執念だからこそ――
「……トドメを、刺させてもらう!」
もう一度、左拳を振りかぶる。
正真正銘終わらせるために、バゼットは地を蹴り――
「……ッ!」
直撃の寸前、拳をおさめた。
何が起こったのかとアーチャーが訝しげに見やり、言葉を失う。
「……そんな……立ったまま……」
ランサーは立ったまま意識を失っていた。
最期まで、最期までバゼットの裸Yシャツネクタイ+白靴下姿を夢見て。
「槍チン……いえ、クー・フーリン。見事でした」
バゼットが踵を返す。
「槍チィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!」
クリスマスの空高く、アーチャーの絶叫が響き渡り……
戦いは、終決した。
「うわっ、なんですかこれ!?」
帰宅した桜とライダーを待っていたのは庭に生じた謎のクレーター。安らかに横たわる臓硯と、膝を突いて慟哭するアーチャー、そして立ったまま燃え尽きているランサーの姿だった。
「義兄さんとお爺様が寂しがってるだろうと思って早めに帰ってきてみれば……」
「一体、何があったのでしょう」
ライダーも困惑顔である。
その時、空を星が一つ流れた。
――あれは、きっと慎二だ――
アーチャーはそう確信していた。
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