その日、衛宮邸は奇妙な空気に包まれていた。
場所は道場。
衛宮邸の居間はそれなりに広いが、何せ集まった人数が人数だ。収容は不可能であるため会場は必然的に道場とならざるをえなかったのだ。
綺礼がいた。オリグー、ランサー、アンリ、さらにバゼットと鐘を連れ、顰めっ面で板張りの床にドッカと胡座を組んでいる。
凛がいた。アーチャーと二人、腕を組んでどうしたものかと口をへの字にして瞑目している。
イリヤがいた。バーサーカーと共に苦笑いを浮かべ、ただ目の前に浮かぶソレを見つめている。その顔に浮かんでいるのは果たして疲れか呆れか。
士郎とセイバーが忙しなく道場と台所を往復して全員にお茶を配る。
事態が呑み込めずにいる由紀香に、アサ真は事の経緯を説明していた。
そんな光景を憮然と見つめているのはカレン。その横で黙しているのは、アサシン。地蔵も静かに佇んでいる。
全員で円陣を組み、その中心にはこれまた奇妙な――いや、奇怪な光景が展開されていた。円の中程に立って集まったメンツを見回すキャスターも実に形容しがたい表情をしている。正直、疲れているのだ。あまりの事態に。
「えー、それでは静粛に。皆さん、静粛にお願いします」
キャスターと向かい合うようにして立っていたライダーが、そう言って三回柏手を打った。途端、全員が会話を辞めてキャスターとライダー――そして彼女達のすぐ側に浮いている物体へ注目する。
「本日、皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。既にご存じかとは思いますが、“PS2”問題で窮地に陥っている私のマスター達、間桐家の御三方を救うために協力していただきたいのです」
ライダーの言葉を肯定するかのように、宙に浮いた三つの物体が激しく動いていた。三つの物体とは即ち、“オッパイ”と“ワカメ”と“チンコ”だ。オッパイはどうなっているのか服の胸部分もセットなためいいのだが、チンコはモザイク無しでチンコが浮いているので非常に対応に困る。
……いや、正確にはチンコの形をした蟲のようなナニか、いわゆるチンコ蟲なのだが、全員のイメージによってかろうじて現世にとどまっている現状、蟲としての部分は限りなくオミットされ、もはやまごう事なきただのチンコとして宙に浮いていた。だから、肯定の意を示して動くとソレはチンコがブンブンブラブラ、マンモスマンが今にもノーズフェンシングでレオパルドンもイチコロにしか見えない。特に女性陣が、困った。由紀香やカレンは今にも卒倒しそうな勢いだ。
「ゾウケン様、あまり動かないでください。セクハラどころか精神的ブラクラ、と言うより浮かぶレイプです」
ライダーに注意されシオシオと萎えてしまったこの淫猥極まるフライングチンコは、言うまでもなくPS2によって存在を抹消されかけていた臓硯であった。
桜と同様、縁故の者が協力して必死に臓硯をイメージした結果がチンコというのはもはや超弩級に老人虐待だ。
「シンジもユラユラしすぎです」
そしてワカメは以下略。
「……それにしても、怖ろしい。私も一歩間違えばこうなっていたかと思うと」
オッパイのみになってしまった主、チンコになってしまったその祖父、ワカメになってしまったワカメを見つめて、ライダーは頭を抱えた。
「ですがサクラ、ゾウケン様、安心してください。お二人をこのままの姿にしてはおきません」
ワカメがサメザメと揺れていたが断固無視だ。
と、決意表明をしたライダーはキャスターに目配せすると一歩後退した。代わりにキャスターが全員を見回し、咳払いをしてから説明を開始する。
「……いいかしら? PS2に関して記載された魔導書には、こうも記されているわ。“オトナノジジョウダシシカタナインディス。コンシューマーダシヒョウゲンノゲンカイハアルンディスヨ”――ああ、この一文を読み上げただけで怖気が走るわ……怖ろしい、私は怖ろしい……」
士郎は、自分の服の袖をギュッと掴んでいるセイバーを見た。よく見れば凛やライダーもキャスターと同様に顔色が悪い。カレンに至っては相変わらずスカートを履いていない丸出しのパンツを押さえてガタガタ震えていた。
一方でイリヤや鐘、由紀香、バゼットは今の魔導書の一文にはなんら恐怖を感じてはいないらしい。そこにPS2の真相が隠されているのではないかと、士郎の直感はそう告げていたがいかんせんキャスターでさえ理解しきれない超古代の魔導書と来てはペーペーもいいとこの士郎に意味を解するなんて出来るはずもない。
「そ、それでどうして私まで呼ばれたんですか!? う、伝染ったら……PS2が伝染ったらどうしてくれるんです! 説明を願います!」
見た目に哀れなくらい狼狽えながらカレンは叫んだ。
確かに、PS2の真相は不明だがカレンはヤバい。何がヤバいかって常から丸出しのパンツがヤバいとほぼ全員の直感がそう告げていた。
……が。
「大丈夫、安心していいわ。貴女がPS2に見舞われることはほぼ無いでしょうから」
キャスターはそれだけは確信しているとでも言いたげに宣った。
「な、何故ですか?」
「いえ、FDは移植なんてされないでしょうから」
「すまん、キャスターが何を言っているのかサッパリわかんねぇ……」
わかってはいけないのかも知れない。
「それでキャスター。我々はサクラ達を現世にとどめるためにどうすればいいのですか? またイメージ作戦ですか?」
セイバーからの問いに、キャスターはフッと軽く笑うと、視線を由紀香とアサ真へ向けた。
「前回、私は大きな間違いを犯したわ。無理矢理にサクラさんの事をみんなに思い出させようとしたせいでイメージがもっとも強固な部分のみで固まってしまった」
乳がその通りだと言いたげにたゆんたゆんと揺れる。扇情的な動きだが流石に胸だけでは士郎達もパッションが今二つか三つほど燃え上がらない。
「わかったでしょう、ボーヤ達。胸だけが彼女の魅力じゃないの。もっとマトウサクラという存在そのものへの想いを募らせて。もし誰か一人でもそれが出来たなら、アサ真のようにPS2を無効化することも出来るはずよ」
「は? 私ですか?」
アサ真が驚いたように自分を指差す。
「そうか! 間桐家が全員こんな事態に陥ってるのにアサ真だけ無事だったのが不思議だったけど……」
「ええ。そこの彼女さんのおかげね」
皆の視線が集中し、由紀香は恥ずかしそうに俯いた。その隣ではアサ真が照れ臭そうに髑髏面をポリポリと掻いている。微笑ましいのに何故か納得のいかない絵ヅラだった。
しかし、愛の力の偉大さに誰もが感動するわけではない。
「……ちょっと待て」
綺礼が凄まじい形相で立ち上がっていた。こう、何と言おうか。あまりにも激しい怒りが、そして哀しみが綯い交ぜになった蒼白き炎。地を焼き払い、天を薙ぎ穿つ煉獄の業火を纏って綺礼の瞳がアサ真を射抜く。
「貴様ァッ! このドクロハゲ! 私が知らぬうちによもや女子高生とラブラブになっていようなどと天も神も私も許さんし私も神も天も許さん!」
最悪のタイミングで最悪の野郎にバレた。
「ゲエェッ! し、しまった! ユキカ殿、逃げますぞ!」
「え!? は、はい!」
カップルを見たら親の仇と思えを信条とするウンコ神父の法衣から、無数の黒鍵がまるでレーザー光線のように次々と放たれる。その数は綺礼の憎念を具現させたかの如く無限を思わせた。
「むぉっ!? う、動けん!」
由紀香を抱きかかえ離脱しようと試みたアサ真の影は黒鍵によって道場の床に完璧に縫いつけられていた。と言うより黒鍵が刺さりすぎて影に隙間がない。
「憎悪の空より来たりて――正しき嫉妬を胸にカップル引き裂く剣を執る――ッ! 我は穢れし刃、言峰綺礼!」
綺礼咆吼。
「オリグーに続いて貴様! 貴様もか! この妖怪手長の分際でジョシコーセーをモグモグパックンチョって何様のつもりだ! ハゲ! ハゲ! ハゲッ! 私はフサフサなのに近所の女子高生は近付いただけで逃げるんだぞ! 手長なら手長らしく足長とつきあえ!」
あまりの烈しさに誰もが動けない。二人がつき合っていることを綺礼と同様に知らされていなかったランサーやアーチャーですら、烈火どころか輝皇帝の如き剣幕を前にしてはただ呆然と成り行きを見守るのみだ。
「さぁ神に祈るのだハゲチャビン。神の慈悲は寛大なので貴様のその度し難い罪も五十六億七千万年後くらいには許されているかもしれんぞ……」
ユラリ、と綺礼の身体がまるで猫科の猛獣のように不気味に前方へと傾いでいた。手にした黒鍵はさながら牙か爪か。蹂躙のための獰猛極まりない濃密な殺意に流石のアサ真も息を呑む。
「ふむ。安心するがいいハゲ。貴様の大切な女子高生は私がこのニーソを履かせて大事に大事に愛でてやろう」
綺礼の右手には黒いニーソが握られ、艶やかな光沢を放っていた。
「ついでに、このブルマもな」
左手にはいつの間にか紺のブルマが握られている。
「や、やめろ、やめてくれぇっ!」
必死に叫ぶアサ真の腕の中で、由紀香はあまりの恐怖に怯えきっていた。弱々しく震える彼女を強く強く抱き締めてやりたいのに、影を縫い止められたアサ真にはそれすら出来ない。髑髏面は歯がゆさに歪むこともなく、しかしその心情は痛いほど周囲に伝わっていた。
士郎が、アーチャーが、ランサーが、アサシンが、流石に看過しかねる綺礼のこのクソッタレな暴挙を止めようとそれぞれ武器を取る。だが一分の隙も無い。今の綺礼はまさしくミスターパーフェクトウンコ神父。日本語に訳せば完璧糞神父さんだ。
男性陣だけでなく、当たり前だがセイバー、凛、ライダー達女性陣も各々武器を取り呪文を詠唱し、完璧糞神父さんを取り押さえ――と言うより殲滅しようとタイミングを見計らっていた。だが全身から多大な妖気を放つ綺礼はバゼットでさえ迂闊に手を出せない状態にあった。単純計算でいつもの綺礼の八倍は強そうだ。
ジリジリと綺礼がアサ真&由紀香に近付いていく。このままでは由紀香はブルマを履かされた上にニーソ着用を免れない。
士郎達は、いつも穏やかな笑みを絶やさない由紀香が綺礼によって無理矢理にブルマとニーソを履かされる光景を想像した。……ちょっとゾクッときた。
さて。
一触即発のこの光景を、オッパイとチンコとワカメは果たしてどうしたものかと見守っていた。
おかしい。
そもそも今回のコレは自分達を助けるためにみんな集まってくれたのではなかったか。なのになんでこんな聖杯戦争の時より物騒剣呑な事になってるのか。
「うむ、サクランよ。どうした?」
「■■■■■ーーーーー?」
空中で“ゆやよんゆやよん”と揺れるオッパイもとい桜。色々と伝えたいのだが、流石にオッパイ運動で伝えるのは幾らなんでも無理――
「ほう。確かに、それは不満であろうなぁ。助けに来たはずの我達がこうして言峰のアホタレと戦ってなどいては」
「■■■■■ーーーーーー!」
――あれ? 通じてるッポイ。
桜はさらに“ふよんたゆんふにょ”っとしてみた。
「ん? ああ、どうして言いたいことがわかるのか、だと?」
やはり通じているようだ。
“よんよよん、たゆんふよよよよん?”
※訳:オリグーさん、わたしの言ってることわかるんですか?
「何をバカな。そんなの決まっているではないか。我は王だぞ? 乳の揺れ方を見れば言いたいことくらいわかるわ」
伊達にAVばかり見ているわけではないし、喋れない相手との会話はバーサーカーで慣れっこだ。乳揺れ一つで万の言葉を理解する、それがオリグーの真の力。凄いのか情けないのかで言えば間違いなく後者である。
「■■■■■ーーーーーー!」
バーサーカーも胸筋をピクピクさせながら頷いた。こっちは普段から■とボディランゲージで会話しているので桜のオッパイランゲージも理解可能らしい。
“ふるんふるん。たわわわわんプルンよんよよよん!?”
※訳:オリグーさんから皆さんに言ってください。このままじゃわたしもお祖父様も今の姿のまま一生を送る羽目になりかねないんですよ!?
「そうは言う、もとい揺れるがなぁ。今は言峰を止めないと由紀香タンが危ないぞ」
このままでは間違いなく椿の花がボトリと落ちる。
「ああ。間桐には悪いが、今は由紀香を救わねば」
今の今までオリグーの隣で何やらゴソゴソしていた鐘が不意に口を開いた。その手にはドリル状の奇っ怪な武器が握られている。
「ってそれ我のエアじゃん!?」
乖離剣エア。エログッズしか持っていないようでオリグーもコレで一応ちゃんとした宝具だって持っているのだ。限りなく使用頻度が低いだけで。
「すまないが宝物蔵を勝手に漁らせて貰ったぞ。……あと、Hな本やDVDは後で全部焼却するからそのつもりでいるように」
「ぎゃわーーーーー!? ちょ、まっ、勝手にってどうなってるの我の宝具!? その使い手を選ばないっぷりに我もビックリ!」
「みすみす親友を変態の毒牙にかけるわけにはいかん。えーと、このミラクルドリルの取扱説明書はこれか?」
鐘はエアの鍔の部分にある隙間から一枚の紙切れを取り出すと、折り畳まれたソレを手早く広げて読み始めた。
「フムフム。相手に向かって、こう、突き出し、手元のスイッチを押しながら『エヌマ・エリシュ』と叫べばいいんだな。……えーと、単三電池四本別売り……か。オリグー氏、バー作氏、電池を持っていないか?」
二人とも残念だが持っていなかった。
が、
“ぽよよよよん。ぽよん、プルルンプルンぽんよよよ……”
※訳:あ、わたし持ってます。テレビのリモコンの電池が切れそうだったので、交換しようと思って……
と、桜のオッパイは一旦胸を退くと、勢いよく前方へ突き出した。すると胸の谷間から単三電池が宙へと飛び出していく。
「ありがとう、間桐。しかし良い隠し場所だ。私も今度挑戦してみようか……」
絶対にやめるべきだとは思うが見てみたい気もするのでオリグーもバーサーカーも何も言わない。
“よよん、よんゆゆよん。たゆんぽよんプルルン”
※訳:あ、いいですね。氷室先輩ならきっと出来ますよ
「うん。何を言っているのかはわからないが、ありがとう」
オリグーとバーサーカーは桜の意思を読めるのでいいが、何もわからない第三者の目にはドリルの柄に電池をセットしながら宙に浮かぶオッパイに感謝する眼鏡の少女という奇妙奇天烈摩訶不思議な事態としか映らない。よって傍から眺めていたカレンは頭の中を疑問符でイッパイにしていた。
「それじゃ少々由紀香を救ってくる」
「うむ。頑張ってくれ。我も一生懸命応援してい――」
「さぁ行こうか」
ズルズルとオリグーが戦場へと引っ張られていく。その姿を見送りながら、桜は寂しげに揺れて震えた。
相手がオリグーであるという点はまったく一切羨ましいはずもないのだが、恋人と仲睦まじいという意味では実に羨ましい。胸でしか認識されていない自分とは大違いだ。と言うより鐘だって巨乳キャラのはずなのに、不公平にも程がある。
眼鏡か。眼鏡の差か。
“ゆやよよよ〜〜〜〜〜〜ん、たわわわわ〜〜〜〜〜〜〜ん”
※訳:うぇ〜〜〜〜〜ん、いくらなんでもあんまりじゃないですか〜〜〜〜〜
桜は泣いた。
泣いたが、オッパイからダンゴ蟲が零れることはなかった。涙の代わりに母乳が溢れ出るようなこともなかった。
ただ、オッパイがフルフルと、寂しそうに震えていた。
その様子を、静かに見つめている者がいた。カレンだった。
桜の目ではなく胸の先で、綺礼・ザ・グレートとマスター・サーヴァント・+α連合軍の死闘は佳境を迎えようとしていた。だがそんなことはどうでもいい。
“ふにょ〜”
※訳:はぁ
溜息ならぬ溜乳をついて、オッパイが虚空を滑る。
このまま、自分は胸だけの状態で生きていかなければならないのだろうか。あまりにもあんまりだ。姉よりも遥か大きく育ってしまった罰なのだとしても、重すぎる。そりゃ確かに胸は重いし肩も凝るけど、うん。
「悩んでいるようですね」
“たゆん?”
※訳:アナタは?
声をかけられ、プルンと振り向いてみるとそこにはカレンが立っていた。
……しかし考えてみれば桜は今まで彼女と面識がなかったのに、どうしてこの場に呼ばれているのだろう。おそらくは適当に、知っている連絡先へとやっためたらに招集をかけたのだろうが。
「カレン・ド・スカートハクトシヌルンデスです。はじめまして、サクラさん」
格好はアレでも礼儀正しい。
それにしても……桜は揺れながら改めてカレンの全身を見回してみた。つくづく、エッチな格好だ。パンツは丸出しだし、上もやたらパッツンパッツンだし、しかも胸の先端、突起がモロわかりでこれもしかしてノーブラじゃないんだろうか?
胸もサイズ自体は桜と比べれば落ちるが、ツンと張り出したその形には負けているかも知れない。
「わかるわ。私も、いつも格好が……そ、その、え、え、えっちだとか、言われたりするから」
努めて冷静に振る舞っているようでありながらエッチと口に出すだけでも耐え難いほど恥ずかしいらしい。おかしな娘だと桜は思った。でも、なんとなく好感が持てる。自分とどことなく似たニオイを感じる。
そしてそのニオイは、マヨネーズのニオイと似ていた。
それから、二人はお互いのことを語り合った。
語り合ったと言っても今の桜は乳を揺らすことでしか意思表示が出来ないため、オリグーやバーサーカーのような変態スキルを持ち得ていないカレンにはほとんど理解することは出来なかったが、それでも、伝わることはあった。
オッパイのこと。
パンツのこと。
蟲のこと。
乳首のこと。
将来の夢。
初恋の高揚感。
スカートを履くと死ぬ。
仕事の愚痴。
役割への不満。
最近見たドラマの感想。
桜ロマンチックアクション。
お気に入りのブラの話。
まるで修学旅行の夜のように話は弾み、いつしか二人の間には不思議なシンパシー、共感を超えた何かが芽生えつつあった。
「……サクラさん」
“……ぽよん”
※訳:……カレンさん
オッパイとパンツ丸出しが見つめ? 合う。
背後からは悲鳴と怒号が響き、閃光が迸り爆音が木霊している。
誰かの宝具だろうか。道場の屋根が吹っ飛び、青空が覗く。
陽光が煌めいていた。
煌めく陽光の下、桜とカレンはしっかと握手していた。
「サクラさん、私にも、お手伝いさせてください」
“たゆわん。……たゆゆゆよよんぽんよよぷるん。ふるふるるん!”
※訳:カレンさん。……わたし、諦めません。頑張ってみます!
とは言え握手と言えども今の桜には手が無い。だから――
ムニュッ
――カレンの白く細い指は、桜の乳房を握り締めていた。指の間からはみ出した乳肉が、桜が意思表示するたびに僅かに波打つ。
「頑張りましょう!」
“たゆよよよ〜ん、プルでかっ!”
※訳:ええ、必ず元の姿に戻って見せます!
本来なら固く握りしめた手をブンブンと振るっているのだろうが、結果としてそれはムニュムニュとしかならない。カレンの手の中で、桜の柔らかな豊乳は変幻自在に形を変えていた。
「フフ。新タッグ結成ね」
戦闘には加わらず、桜の様子を窺っていたキャスターはそう言ってお茶を啜り、羊羹を一切れ口へと運んだ。やはり漉し餡はいい。粒餡はどうもあの小豆のツブツブとした食感が好きになれない。
……羊羹はさておき。
別にキャスターも何も考えず無作為に人を呼んだわけではない。魂胆があってのことだ。まさか大多数の者が綺礼と戦闘状態に陥るとは予想外だったが、桜と縁深い者浅い者を問わず絡ませ、その中でもカレンのようにかつての桜を知らない人間の方がむしろ乳尻太股に囚われることなく間桐桜という少女本質に近付けるのではないかという読みはひとまず当たったようだ。
「サクラさん、貴女にはこれからも多くの試練が待ち受けていることでしょう。けれど、それを乗り越えた先に必ず掴み取れる何かがある。私は、そう信じているわ」
桜ガンバレガンバレ桜。
心中でエールを送り、キャスターはもう一切れ羊羹を口にした。
「この羊羹美味しいわね。何処で買ったのかボーヤに聞いて、帰りに宗一郎様へ買って帰ろっと♪」
温かいお茶と美味しい羊羹でホッと息を吐きながら、キャスターは今も仕事中の愛する夫へ想いを馳せた。
人垣の向こうから綺礼の悲鳴が聞こえてくる。どうやらついに力尽きボコボコにされているらしい。いい気味だ。
綺礼がリンチされている様子と、カレンが桜の胸を揉みしだいている様子。
さながら地獄と天国のような二つの光景を眺めながら、キャスターは無言で湯飲みを傾けるのだった。
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