────あってはならないことが、起こった。
Fateルートの最終決戦の時。俺とセイバーは柳洞寺に来ていた。これが最後の別れになると分かっていて、何かいえば、それが二人の別れになってしまうから。だから、何も言えず向かった。
だが、これはいったいどういうことだ。
柳洞寺は、黒い塊に包まれているわけでもない。静かで、いつもどおりの平穏そのものだった。
「本当にここだよな?」
「…おかしい、確かにここだと思ったのですが──。」
セイバーも頭をかしげる。と、門の前で声がした。
「よく来た、セイバー。」
その声に振り向くと、そこには侍が一人立っていた。
さながら風と一体になったかのように存在し、片手に揺らめく美しい名も無き名刀が月光に反射してその存在を誇示している、キャスターのアサシンだ。
「!!…あなたは!?」
「アサシン!!」
「さよう、我がクラスはアサシン、真名、佐々木小次郎──」
かっと、目を見開き言葉を続ける。
「改重装型!」
「「なにぃ───────────────────────!!」」
セイバーも同じく叫ぶ。だが、次の瞬間には俺は佐々木小次郎を理解した。よく見れば小次郎は肩から古めかしい地蔵を背負っていたのだ。
「って、なんで地蔵を背負ってるんだよ!」
「うむ。我がマスターに媚を売ったところ、こちらに変えてくれてな。寄り代として、この地蔵に柳洞寺の霊脈が入ってくるという寸法だ。少々重いが、まあ自在に動けるようになったのはいいことだ。」
「ちょっとまってください。それでは言峰とギルガメッシュは…」
「うむ。こちらが山門までしか動けないと思って油断した阿呆どもか、斬って捨てた。」
「「え?」」
小次郎が指を指した場所に、ぼろ雑巾にしか見えない二つの塊があった。
「これが、…言峰とギルガメッシュ…」
「うむ、どちらも他の英霊に比べれば歯ごたえがなかった。」
ぼろ雑巾をよく見たら、なんか鈍器で殴られたようなような感じだ。あ、なんか動いた。あれは……ギルガメッシュだ。
「雑多…たす…け…………ふぐう!」
俺に命乞いしたギルガメッシュを無視して、無言でしばき倒すセイバー。再びぼろ雑巾になるギルガメッシュ。
何事もなかったことにして、小次郎に向かって話をきくセイバー。
「ということは、聖杯はまだ起動されていないのですね。」
「その通りだ。セイバー。」
「じゃあ、イリヤはどこだ?」
「うむ、ここにいる。」
俺の問いに、小次郎が紐を引っ張ると身体を縛られたイリアが現れる。だが、心ここにあらずといった感じだ。
「イリヤ!」
「………。」
焦点が合っていない。
「うむ。どうやら聖杯として機能しだしたようだ。」
「イリヤを返してくれ。」
俺が問う。小次郎は答えた。
「よかろう。」
「そ、そうか」
「だが、私は闘うことを取れば何も残らない。」
「な、に?」
一転、風向きが変わった。
「私と戦い倒せば、お前達にそれぞれに褒美を出そう。」
「なんだと?」
「悪い話ではあるまい。私は闘える。勝てば救われる。簡単なことだ」
たしかに話し合いではらちは明かない。ならば闘うしかないだろう。
「シロウ、ここは私が闘います、離れておいてください。」
「ああ、だけど気をつけてくれ。」
「ええ、あの物干し竿は脅威です。」
「違う、俺が注意しろといったのは地蔵のことだ。」
「は?」
セイバーが不信がる。だが、俺は、ものの構造を瞬間的に把握できる。だから、アレを理解した。何かの呪いがかかっているがどう見てもただの地蔵だ。
だが、あれは信じたくないが──────────────剣だった。
「あれの攻撃を気をつけろ!たぶん、あれを使ってギルガメッシュ達を倒したんだ。」
「!!──分かりました。シロウを信じます。」
「ふっ。安心しろセイバー。私は地蔵を使わん。」
「なっ!」
「私の唯一の願い。この剣は月を切れるのか、亡霊である私が英霊を越えることができるのか──その答えをこの決着でつけたいのだ。」
自らの剣に誇りをもち、自らの技量のみで勝負しようとする侍。ただ剣しかなく、ただ闘うことしかしらない漢、佐々木小次郎。地蔵を地面におき、
「いざ──────勝負!」
「く!」
佐々木小次郎が爆ぜた。いや、視力が追いついていなかったのだ。音速をも超える速さでセイバーの間合いまで移動していたのだ。
だが、未来予知に酷似した直感でとっさに剣をはじくセイバー。
セイバーが力押しで、小次郎をはじいていったん距離をおく。セイバーのあせりの色が浮かんでいた。
「その脚力。前のときより数段速いですね。」
「左様。地蔵を担いでから足腰を鍛えに鍛え抜いたこの足は、極地に達した。もはや、風と一心となる、では次は連続でいくぞ?」
小次郎の第二撃目が開始された。小次郎の剣技はどれもが必殺、どれもが致命傷の斬撃である。セイバーは風となった小次郎の猛攻を、何とかしのぐ。だが数十回の斬り合いの末に、徐々にセイバーは追い詰められる。しかし小次郎は深追いしない。小次郎はあえて、己と英霊の剣技を心行くまで楽しんいるようにも見えた。これが己にとって最後の剣の勝負であると感じて。そうして、99回目の斬り合いのあと、小次郎は自ら距離を置いた。
「ふむ、存分に切りあえた。──ならば、次は極限まで上り詰めた必殺の一撃、この燕返し改──ためさせてもらおう!」
「くっ────!」
セイバーも構えなおす。だが、やばい。衛宮士郎の本能が訴えかける。あれを食らったら終わりだと、訴えかける。俺はセイバーの元へ走り出す。小次郎の第三撃が始まった。またしても爆風を巻き起こし、肉眼で捉えきれない速さでセイバーへ一刀を浴びせさせる。
いや、一刀ではない、上、左右。三方向から同時に剣がある。多重次元屈折現象。人でありながら、その身一つで完成させた必殺の剣技。
だが、燕返し改の本領はここからであった。
「な!」
セイバーが驚愕の声を上げた。俺自身もまさかそれが可能とは思っていなかった。なんと、小次郎自身も三人になり、合計九本の剣が上下左右、前後の方向からセイバーに向かってきたのだ。
もとより、回避することなど不可能。それを超えた必殺の必殺剣は、ここにきて魔剣の域まで凌駕していた。
だが、こんなことぐらい分かっていた。このままではセイバーは必ず負ける。ならば俺は、セイバーの前でもてる力の全てを込めるだけだ。瞬間、小次郎の必殺剣が来る前にセイバーの前に飛び出せた。セイバーも予知していたのか、俺に道を譲る。
トレース オン
「 投影 、 開始。」
もとより、自分は剣だ。自分の半身を出すことなど動作もないこと。ならば、これは必然。
ア ヴ ァ ロ ン
「もっとも遠き理想卿!」
小次郎の放った必殺剣が鞘にはじかれる。どんなものであろうと防いでみせる。
「な、に!?」
「いまだ、セイバー!」
こんどは小次郎が驚く。ここに来て完成した必殺の魔剣が、まさか鞘一本ではじかれるとは思ってみなかったのだろう。だが、その瞬間が小次郎にとって命取りだった。セイバーが俺と位置を変えて一撃を解き放つ。
飛ぶことを休んだ鳥に、逃げ道はない。セイバーの渾身の一撃を与える隙を作ったのだ。
エ ス ク
「約束された────」
「くっ」
小次郎は後ろに飛びのく、しかし────間に合うはずがない!
カリバー
「勝利の剣!」
光が小次郎を捕らえ、その瞬間、空に膨大な光が飛んでいった。地面は焼けただれ、そして、そこには───────────小次郎がいた。
「生きてる!?」
「うむ。二人の連携見事であった。」
「……………だが、私一人では貴方に負けていた。」
セイバーは顔を伏せる。一対一の戦いならば小次郎が勝っていた。それを苦笑する小次郎。
「セイバーとやら。それは私にもいえること。人質を取り、戦いを強いた時点でそちらに比はない。」
そう返答する小次郎は満足気に苦笑して───。だが、無傷ではいられなかったらしい。小次郎は脇腹を抑えながらも優雅に立っていた。
「ふっ、私の燕返しがまさか英霊でもないものに破られるとは、な。」
ごふっ、と口から血を吐く小次郎。もはや、戦いは終わった。一人の剣士は満足な答えを見つけたのかもしれない。
「佐々木小次郎…。」
決着がついたのならば闘う理由がない。俺達が近づこうとして、急に声がした。
「セット」
悪寒がした。同時に指をはじく音が聞こえた。
視界が、剣に染まる。それは佐々木小次郎で、体中が剣に刺されていた。血が驚くほど豪快に出ていた。
「ぐっ───────。」
この攻撃は───奴だ。声の下方向へ振り向く。
「くっギルガメッシュか!」
ギルガメッシュの眼は憎悪に満ちていた。次にこの俺を目標にしたらしかった。
「その通りだ雑種。あの時、命をとらなかったことを後悔して死ね!」
なんでさ?一撃を入れたのはセイバーだろ、なんて突っ込んでいる余裕はない。
だがギルガメッシュが剣を発射する直前、ギルガメッシュの胴体が真っ二つに切り裂かれていた。
「がはぁ!」
「この技は………………燕返し!」
いつの間にか、ギルガメッシュの後ろに回っていた小次郎が放った必殺の一撃。致命的な傷を負いながら、この場の誰よりも早く動き、瞬時に最強の英霊を切り捨てた者。佐々木小次郎。
「切って捨てるほどでもなかったと思ったのだがな……気が変わった、無粋にもほどが在るぞ王よ。」
「くっ、英霊でもない男に…」
最後のセリフをはいて、ギルガメッシュは地に伏した。
「…小次郎、貴方は。」
「ふ、胸に小さい地蔵をはさんでおかねば致命傷であった。」
そういって懐から地蔵を取り出す小次郎。いいのか、それで。ああ、──いいのか。どこまでも己の信念を貫き通す侍だった。それがこの漢の道なのだろう。
しかし、イリヤが聖杯と機能して、上空に黒い塊が出てくる。
「こ、これが聖杯─────。」
「あれは破壊しないといけない。」
「そのようだな。あれは美しくもない。」
セイバーは苦い思い出それを見つめ、俺の答えに同意する小次郎。
「ゆえに見せよう。我が一生で一度の究極奥義。──────むん!」
「な、なにをするつもりですか、小次郎…」
魔術を使うときのような構えをして、一気に言い放つ。
「地蔵ミサイル!」
「「なにぃ──────────────!」」
セイバーと声が重なる。ゴゴゴと爆風を出しながら飛んでいく地蔵。それをただ見守るセイバーと俺。なんか嘘っぽい。だが、目の前の現実を否定してはだめだ。これは…事実だ。
空中で先回している地蔵に小次郎が命令する。
「地蔵返し!」
その言葉に反応した地蔵がいっせいに黒い塊へ向かっていった。
我が目を疑った。一つだった地蔵が、黒い塊に衝突する寸前、上下前後左右、360度あやゆる方向に同時に出現した。そう、これこそが小次郎が最後の最後で生み出した究極の秘剣、多重屈折地蔵現象。
地蔵が黒い塊を貫き、砕く。そのあと光が走り、何も見えなくなった。
しばらくして光が消えた。佐々木小次郎はどんな風に空を見上げていたのだろう、後ろ向きで表情が見えない。だが小次郎の顔は穏やかだったのではないか。
「さて、これで本当にここにいる理由がなくなってしまった。」
「…小次郎。」
俺は、何かを言いたかったが、その背中が、「言葉は要らぬ。」と語っていた。
地蔵はどこか飛んでいってしまったらしく、姿形はなかった。
ゆっくりと、佐々木小次郎改重装型は消えていく。
まるで、自分は全て納得したかのように───。
最後は横から出番をかっ去られた気がしないでもないが。それで聖杯戦争は終わりだとわかった。
……太陽が昇ってくる。
そうして、俺はセイバーを─────────────セイバーがいなかった。
突然居なくなったセイバーを探して、寺の周りをかけずり回り探したが、どこにもいなかった。
セイバーとの最後に話もできず、消えてしまったのか。せめて、最後に話をしたかった……。
エピローグ。
イリヤをおんぶしながら家に帰ってくると、もう朝になりだしていた。今日で聖杯戦争の肩がついた。遠坂はまだ眠ってるらしく、仕方ないのでイリヤをベットに運んだ。
後片付けは、もう少しつづくだろうけど、最後に家のいろんな場所を見てまわることにした。
セイバーとの生活した場所をセイバーを忘れないために。
蔵へ行き、あたりを見回す。ここで初めてセイバーと出会った。
俺の隣の部屋を見る。ここでセイバーが寝ていた。
居間を見回す。ここで、セイバーがこくこくと御飯をおいしそうに食べていた。
最後に道場へ行き、そして────目の前には座禅をしているセイバーがいた。
「セ、セイバー?」
「シロウ、おはようございます。」
「な、──────なんで?」
消えたはずのセイバーがそこにいた。律儀に真面目な顔でこう答える。
「はい。佐々木小次郎との戦いを覚えていますか?」
「ああ。それがセイバーとなにか関係があるのか。」
「あります。そのために少し長くなりますが説明をしますね。」
「ああ。」
「あのとき、佐々木小次郎は柳洞寺の地蔵を寄り代にして現世にとどまっていました。」
適度に相づちを打ちながら素直に聞く。
「なぜ小次郎が柳洞寺の霊脈の説明をしたのか。わたしはその時気がついたのです。小次郎は勝負の後、勝ったら褒美をやると言っていました。つまり地蔵こそが褒美だったのです。」
「…私は、貴方の生き様をもっと見たい。貴方の剣と盾になりたい、そう思ったら、私も地蔵を寄り代しようと、黒点を破壊した地蔵を追いかけました。そして、契約を済ませて現世にとどまることができたのです。」
「じゃあ、なんでもっと早くに…。」
「…それが、寄り代に成功したことはしたのですが、地蔵が重過ぎて………まさか、魔力がほとんど使えなくなるとは計算してなくて、それにあんなに遠くに、学園まで飛ぶとは私でも…」
悲しそうにうつむくセイバー。
「そ、そうか…。ならしかたないよな。」
きっ、と表情を変えてセイバーが訴える。
「いろいろと制約があったりするのですが、シロウに分かって欲しい。」
「地蔵から30メートルまでしか移動できなくなってしまったことや、柳洞寺の霊脈があるといっても、戦闘モードになると消費が多くなるので極力さけねばなりません。」
「宝具は言うまでもありませんし、普通に生活をしていても定期的に、その、シロウの魔力提供を受けなければなりませんが…。」
「それでも、私はシロウのそばにいたいのです。だめですか?シロウ…」
話を要約すると、何もできなくなったけど一緒に居たいというセイバー。
そんな答えなんてわかりきってる。
だから顔を赤くするセイバーを言葉よりさきに思わず抱きしめてしまった。
「ちょ、なにをするのです、シロウ────!」
逃げようとするセイバーを離れないようにもっと強く抱きしめる。だから、これだけ言おう。
「セイバー、お帰り。」
ぴた、と動きを止めて、すこしゆっくり背中に手を合わせてくれるセイバー。
「ただいま、シロウ。」
英霊のような、あんな力がなくてもいい。王として闘わなくていい。だた、セイバーがいてさえくれればそれで良かった。俺が愛したのはアルトリアという少女だから────。
だから少しはアサシンに感謝しよう。今、俺の隣にある地蔵のことは考えないことにして──。
今日はあったかくて凄くいい天気─────きゅるるるるるるる〜〜〜
「シロウ、お腹がすきました。朝ごはんの準備をお願いします。」
────なんでさ?
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