◆    ◆    ◆



 

 

 

              Zizou / stay Buddha

 

 

――――身体は石で出来ている

血潮は念仏、心は悟り

幾たびの恩返しを超えて民話

ただの一度の御利益もなく

ただの一度も参拝されない

彼の者は常にひとり、山門の脇で風雨に酔う

故に、その存在に意味はなく

その身体は、きっと石で出来ていた。

 

 

 

 

 

/the origin

 

 きっかけは、いつものように藤ねえの奇行。

 何処で見つけて何を思ったのかまったく理解できないが、とにかく衛宮家に住み着く虎は、ある日苔むした地蔵を拾ってきた。

「藤ねえ、そんなことすると罰が当たるぞ」

「えー。そんなことないよぅ。だって草むらの中で放置されてたんだよ?」

「いや、普通地蔵って放置されるだろ。あ、いや、祠とかはあるのかな?」

 よく分からないままに、しかし俺は土蔵の隅に鎮座するその地蔵が気になって仕方なかった。

 

“お地蔵様には優しくしておくこと。きっと恩返ししてくれるからね”

 

 いや、確かにお地蔵様は恩返しするのが相場だけど、この場合どうだろう。

 なんか強制拉致って感じなんだが、親父よ。

 

“それはそれで”

 

 いいのか。つか何故返事が返ってくる。

 色々と疑問を残したまま、とりあえず地蔵は土蔵の守り神となった。

 俺は日々身体を清めた手ぬぐいで吹き、朝夕にはちゃんとご飯と水をお供えする毎日が続く。

 

 

 

 そうして、彼は現れた。

 

 

 

 ランサーに追われ土蔵に駆け込んだ俺に、その青年は凛とした声で問うて来た。

 

「問おう。そなたが我が主か」

 

 硬い月光に照らされたのは、陣羽織を羽織り小脇に地蔵を抱えたワケノワカラナイ雅な男。

 

「契約は為された。私はご恩に拠りそなたを守る地蔵となろう」

 

 いらねぇから帰れ。

 

 

 

 

 

/Zizo-Press

 

 風が吹く。夜空の雲が途切れ、月光の切れ端が彼を映し出した。

 長い、ただひたすらに長い日本刀を私の首筋に添える、青い陣羽織のサーヴァント。

「いまの術は見事だったぞ、魔術師」

 切れ長の視線は、真っ直ぐな殺意で私を見つめている。

 視界の端には、上空から飛来した地蔵の直撃を喰らいアスファルトごと地面に埋まった赤い弓兵。飛び出た足がぴくぴく痙攣しているあたりを見ると、洒落にならないダメージを負ったらしい。

 まったく、なんて役立たず、な――――

 

 

 

 

 

 /White Out

 

「この場所なら衆人の目を逃れられると申したな、ライダーのサーヴァント」

 ビルの屋上。

 焦げたコンクリートの大地に佇み、背に地蔵を背負ったアサシンはそう呟く。

 その姿は慢心創痍。陣羽織は煤と血に汚れ、物干し竿は半ばほどで折れている。額には幾つもの汗が浮かび、口端からは一筋の血が流れていた。

 

けれど、なぜか背中の地蔵には汚れ一つない。

 

 今にも倒れこみそうな雰囲気で、しかしアサシンは上空より飛翔する天馬を真っ向から迎え撃った。

「同感だ。ここならば、俗世を巻き込む怖れがない――――!」

 そうしてアサシンはそれを抱える。片手を後ろに廻し、背負っていた地蔵を脇に抱える。

 突然の奇行に誰もが我が目を疑った。しかし、アサシンの瞳は、剣士の極みを得た英霊の瞳は、己の勝利を信じ疑わない。

 その口から、彼の宝具が流れるように謳われた。

 

「地蔵ミサイル――――!」

 

 しゅごごごごごごー、という音と共に白煙をなぜか噴出しながら射出される地蔵。

 俺は確かに見た。世界に満ちる無色の魔力が自分から地蔵に集い、その周囲を護る盾となりその敵を討ち滅ぼす矛となる様を。

 青い魔力に覆われた地蔵は、その名に恥じぬ迫力でもってライダーの駆る天馬の疾走を迎え撃つ!

 

 

 

 

 

 /Repeated Myth

 

 彼のサーヴァントの必殺技、地蔵ミサイルを撃とうとしたアサシンを視界の端に認め、俺は思わず叫んでいた。

 

「使うなアサシン――――!」

 

 左手に焼けるような痛みが走る。令呪が消えたのだろう。

「く――――! ええい、聞き分けなされ主殿……!」

 うるさい。そんなのは知らない。

 俺は知っている。いまのお前にはその地蔵を使えない。

 

 

 

――――現実で叶わない相手ならば、幻想の中で勝て。

    自身が勝てなのならば、勝てるモノを幻想しろ。

 

 

 

「か――――」

 アサシンが膝を突く。ほら見ろ、お前だってもうぼろぼろじゃないか。

 いまのお前は地蔵を打ち出すだけで必死なんだ。そんな状況で、その地蔵は使える筈もない。

 だから、代わりに。

 俺が、他の地蔵を用意してやる――――

 

 

「あ、あああああああ―――――!!」

 

 叫ぶ。身体を魔力が駆け巡る。

 魔力回路が軋みを悲鳴を歓喜を叫び、そして俺は悟る。

 

 この身が、ただそれだけに特化した魔力回路だということを。

 

 

「――――投影、開始」

 

 

 がちり、と撃鉄が上がる感覚。

 

 貧弱な魔力回路に許容量をはるかに超えた魔力が流れ込む。

 

 

 

創造の希望を鑑定し、

基本となる宗派を想定し、

構成された石塊を複製し、

制作に及ぶ技術を模倣し、

成長に至る経験に共感し、

蓄積された御利益を再現し、

あらゆる物語を読破し尽くし――――

 

 

ここに幻想を結び、地蔵と化す――――!

 

 

 

 

 

 

/ Last night

 

 黒い泥に身体を包まれた瞬間、意識が灼熱した。

 

「――――あ、」

 

 まずい。ダメだ、これはダメだ。

 次々と送り込まれる責句に脳がパンクする。

 五感で感じる責苦は意識をずたずたに切り裂いていく。

 神父が言っていたこの泥の、七人のサーヴァントが殺しあってまで求めた聖杯のその正体、“この世全ての地蔵”。あまりにも歪んだ、地獄の責苦を延々と繰り返す地蔵の悪夢。

「あぐ、あ――――」

 地蔵。地蔵地蔵地蔵地蔵。地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵地蔵。

 終わることのない地蔵。

 だから俺はここで終わる。万の地蔵に、億の地蔵に埋め尽くされ、厚みをゼロにされ命を尽くすだろう。

 

 

 けれど。

 まだ、やることが残っている。

 

 

 地蔵に犯される思考は、それでも活動を停止しない。地蔵に埋め尽くされた意識はそれでもなお速度を増し、火花を散らし軋みをあげて、そのカタチを羅刹めいた速度で作り上げていく。

 

「――――投影、開始」

 

 その呪文を口にすれば。

 それは、あらゆる行程を省略して完成していた。

 

 

 

 

 

 そうして、エアの世界切断を前にして、アサシンの宝具が展開された。

「な――――に?」

 ギルガメッシュの声がかすかに届く。

 地蔵ミサイルすら超越する破壊力の乖離剣、エアの前に放たれたものは、間違いなくアサシンの背負っていた地蔵だった。

 

 ――――否。

 

 地蔵が増えていた。アサシンが背負った地蔵はそのままに、何処から取り出されたというのか、もう一体の地蔵がアサシンの脇に抱えられていた。

 如何なる御利益か、微笑を浮かべる地蔵はアサシンの手によってエアの断層に放られ――――その柔和な顔つきによって、エアの光を尽く無効化する。

 

 それは遮断。

 

 六道世界最強の守り。

 

 俗世の穢れを寄せ付けぬ、絶対にして唯一の一。

 

 

 

 故に、其の名を“全て遠き地蔵郷”

 剣に生き道を極めた男が辿り着くとされた、既に失われた理想郷――――

 

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅ! そのような小細工で――――」

「――――」

 駆ける青い陣羽織。

 満身創痍の侍は、背負っていた地蔵を抱きなおしながら距離を詰める。

 

「“地蔵――――”」

 

「おのれおのれおのれおのれおのれアサシン――――!!」

 英雄王の絶叫。

 アサシンはそれを涼やかな笑みで流し、

 

「“ミサイル――――!!”」

 

 渾身の一声でもって、地蔵を解き放った。

 

 

 

 それを手にした瞬間、闇は全て払われた。

 衛宮士郎を冒そうとしていた邪念の地蔵の尽くが、微塵の欠片も残さず霧散した。

「な――――に?」

 神父の驚く声。しかし驚きには値しない。

 地蔵は土地を鎮め霊を祭るもの。

 アサシンの追い求めた地蔵郷が、こんな歪んだ地蔵に遅れをとるはずがない――――!

 

「言峰綺礼――――!」

 

 最後に敵の名を叫び、俺はこの戦いに決着をつけるべく駆け出した――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――体は石で出来ている。

 

 血潮は念仏、心は悟り。

 幾たびの恩返しを越えて民話。

 ただの一度の御利益もなく、

 ただの一度も参拝されない。

 彼のものは常に一人、門の脇で風雨に酔う。

 

 故に、その存在に意味はなく。

 その体は、きっと石で出来ていた。

 

 

 

民話活劇ビジュアルじゃないノベルっぽいなにか

Zizou / stay buddha

 

 

 

 絶好評妄想中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






嘘。