『全て遠き地蔵教』
朧月の下、対峙する二つの影。 既に丑の刻はとうに過ぎており、万物が眠りについたかのような静寂が支配する。 さぁ、と。 一迅の風がその静寂を切り裂き、限りなく深い闇の森を駆けた。 男の束髪が大きく、しかし、どこまでも優雅になびく。
「……二刀か。それも一興、因果とはなかなかに粋な真似をする」
束髪の男───アサシンは、楽しげにそう呟いて目を細めた。 地蔵を片手にぶら下げたその姿は、どこまでも自然体。 風に揺れる柳か、はたまた水面に舞う銀杏か。 しかし、柳の下には蛇が潜み、水中には竜が顎を開いている。 その一見無防備な佇まいを侮ろうものなら、飛ばされた首で己の胴を眺めることになるだろう。 どうやって地蔵で首を飛ばすのかは謎だが。
「あまり期待はするな。貴様が知る剣豪には遠く及ばんぞ」
もう一方の男、弓兵の名を冠するサーヴァントは、赤い外套を夜風に任せ、左右両の手に握られた夫婦剣を構えた。
「さて───知っていたのか知らぬのか、今はそれさえもうつつの幻よ」 「……私は新免とは違ってせっかちでな。走らなくていいところでも走りたくなる」
赤い迅雷。 その動きはさながら彗星の如く。 アーチャーは瞬きの間に距離を詰め、手にした双刀を振るう。
───まずは落雷の如き唐竹割り、ほぼ同時に迸るは、天地も裂けよとばかりに水平に薙ぐ裂帛の一閃。 爆ぜる剣と石。
「む───」
一旦呻いて距離を取るアーチャー。 だが、その顔に驚愕の色はない。 アーチャーはあくまでも冷静に、消えつつある一本の剣を眺めた。 それは二本一組の夫婦剣、しかし、唐竹割りに落とした稲妻は、その瞬間に世界から消えていた。
───なんという石頭。
地蔵なのだから石頭は当たり前だが、胴を薙いだはずのもう一本も地蔵が手にした石の錫杖に阻まれ、幻想は形を失いつつある。
「ほう、狼狽も見せぬか───だが驚くまでもないことだったな。数多の年月を風雨に堪え忍んできた地蔵だ。その程度の剣では傷ひとつつけられぬのも道理」
地蔵を持った侍は、くく、と口端をつり上げる。 しかし、次は我が番だとでも言わんばかりに間合いを詰めようとした足が止まった。 アーチャーの手にはさきに砕いたものと寸分違わぬ夫婦剣が握られていたからだ。
「───なるほど、妖しの類であったか。しかし、その剣では我が地蔵を防ぐこと能うまい」
確かにアサシンの言うとおりだった。 干将・莫耶は比類なき名剣ではあるが、概念武装としては三流。 他の剣を投影するにしても、付け焼き刃の剣技ではこの地蔵とまともに打ち合うこともできない。
「それ───」
考える間もなく振るわれた地蔵を双剣を交差させて防ぐ。 二本の剣はたった一合で失われた。
「……その程度か、これでは削がれるべき興もない」
地蔵を構えもせず、悠然と佇むアサシン。
───どうする、どうすれば勝てる?
あの地蔵を防ぐ術はあるのか? ……我が最大の護りを以てすれば、防ぐことはできるだろう。
───だが、盾では勝てぬ。
民話の中に生き、幾年にも渡って語り継がれてきた地蔵。 道を行く旅人は、例外なくその笑みに癒され、握り飯に込めて供えられた願いは、幻想となって計り知れぬ魔力を持つに至った。 それは、個としてではなく、群としての在り方。 アサシンの持つ地蔵だけではなく、地蔵という存在自体が生み出すノウブル・ファンタズム。 ここが日本である限り、地蔵発祥の地である限り、あの地蔵に勝る剣は存在しない。
───ならば、創れ。
勝てないのならば勝てるモノを創ればいい。 アーチャーの結論はそれだ。 緻密な分析により彼我の戦力を測り、髪の毛一本ほどの僅かな勝機を手繰り寄せ、それを実行に移す。 それこそが彼の真価であり、最大の力を発揮できる瞬間なのだ。 アーチャーは、過去───いや、今となっては過去なのか未来なのか定かではない経験の中で、己より強大な敵を、勝てる道理もない敵を、数えきれぬほどその剣の下に切り伏せてきた。
「幾たびの戦場を越えて不敗───」
その一節は、今ここに───顕現する!
「───投影、開始」
「なんと───!」
アサシンの目が驚愕に見開かれた。 それはおそらく、彼にとって生涯で初めての経験だったろう。 何ものにも動じず、常に心根は水面の如く。 地蔵を極めた悟りの境地にあって、それはなお驚愕に値するものであった。 振り下ろした必殺の地蔵が止まっている。 そしてそれを受けるのは───
「───地蔵かっ!?」 「……人々の幸福を祈り、人々の生活を癒す。それは、かつての私の在り方と同じ───私の中にまだそのようなモノが生きていたとはな」
にやりと唇を歪めるアーチャー。
石と石、仏と仏。 撃つ地蔵、そして受ける地蔵。 地蔵と地蔵が空を舞い、坊主と坊主が火花を散らす。 その様はまさに極楽浄土。 もしこの場に他者がいたのなら、そのありがたさに拝まずにはいられない───
「くっ───!」
ここに至り、アサシンは初めて己の不利を悟った。 アサシンの地蔵は一体。 このまま地蔵同士を打ち合わせていては、地蔵は欠けていくばかり。 欠けた地蔵はそれに比例して御利益を失っていく。 しかし、目の前の弓兵は、その名にそぐわぬ妖術使い。 あろうことか、この弓兵は、地蔵が欠けても作り直すことが容易なのだ。 いくら地蔵の扱いに優っていようとも、必殺の一撃を叩き込むことができねば、意味がない。
───ならば、その必殺の一撃を叩き込むまで。
「侮ったわけではないが」
アサシンは音もなく後退し、アーチャーとの距離を取った。 一見追撃の好機ではあったが、アーチャーは踏み止まる。 完璧に地蔵を防いでいたとはいえ、アーチャーも既に限界に近い状態だった。 なにしろ地蔵は重い。 休みなく降り続けていれば、いかにサーヴァントと言えどその振りは鈍る。 それに、手持ちの地蔵ももはや限界、所詮付け焼き刃の投影である以上、このまま突き進んでも次の一撃に耐えきれる保証はなかった。 しかし、アーチャーにとってもこれは好機。 数十合に渡る撃ち合いで、地蔵の何たるかをある程度つかむことができた。 次の投影では、少なくとも今アサシンが手にしている地蔵以上の地蔵を創り出す自信があった。
「これでは削がれるべき興もないな」
アーチャーは、自らの勝利を確信したかのように余裕の笑みを浮かべた。 実際は紙一重のところで殺るか殺られるかなのだが、少しでも動揺を誘えれば天秤は大きくこちらに傾く。 しかし、そのような挑発に乗るアサシンではなかった。 無言で腰を落とし、アーチャーに対し背を向ける。 限界まで引いた地蔵の頭は右目の横に添えた。 一見刺突かと見える独特の構え。 しかし地蔵に刺突などあり得ない。多分。
「お主は、悟りの境地を見せるに値するようだ」
アーチャーの背に悪寒が走る。 これは、今までの地蔵とは明らかに違う。 ───そうだ、奴は何と名乗った。 アサシンのサーヴァントにして、その真名は巌流佐々木小次郎。 それならば、その地蔵は───
「───地蔵ミサイル」
正面から、右から、左から、襲いくる三体の地蔵。
───迂闊、あまりにも有名すぎるその悟りは、地蔵ミサイルと呼ばれるもの。
「くっ───!」
それは、残像などという生易しいものではない。 地蔵は間違いなく三体存在しているのだ。 そして、その全てが必殺の地蔵。
───多重地蔵屈折現象。
燕を撃つという一念でくる日もくる日も地蔵を投げ続け、その御利益を我がものにした悟りの境地。 それは既に人の限界を越えた、魔法と同等の神秘。
───かわせぬ。
かわすことは不可能。 右にも、左にも、待ち受けるのは地蔵の頭。 ならば───防ぐしかない!
「───ロー・アイアス!」
展開される七枚の花弁。 目を潰さんばかりに光り輝くそれは、アーチャーの唯一にして最大の護り。 一か八かの賭け、だが賭けに乗らねば待つのは死のみ。 この一流の概念武装とも言える地蔵に、熾天使をも凌ぐ七枚の翼はどこまで保つのか───
一の地蔵が飛び込み、二枚の翼と共に砕け散る。 二の地蔵は三枚の翼を道連れにして力を失う。
───残るは二枚。
三の地蔵の突進力に耐えられず、一枚があっけなく散った。 地蔵は、最後の一枚に頭をめり込ませながら、渾身の力でその足から火を吹く。
───ここまでか。
ぱりん、と。 硝子が砕けるような音がして、最後の翼も粉と消えた。 地蔵の頭は、無防備なアーチャーの腹にめり込み、十数メートルもの距離を吹き飛ばす。 単純に打撃としてなら、英霊として名を馳せるサーヴァントを仕留めるには至らないだろう。 だが、これは地蔵であり、概念武装としての格は最高級。 ここが仏教国である以上、その力は聖典に優るとも劣らない。 だからこそ霊体としての性質が強いサーヴァントには、その一撃が致命傷となる。
「……よくぞ、我が地蔵ミサイルをそこまで耐えた。弓兵よ、真名は知らぬがその顔、忘れぬぞ」
夜闇に歌うように響くその声は、アサシンのもの。 アサシンは、夜風に身を晒したまましばし黙祷の後、いつの間にか傍らに戻っていた地蔵を背に負った。
───だがアサシンは知るまい。
アーチャーが身に纏う真紅の衣。 聖骸布と呼ばれる神器で編まれたその外套が、どれだけの加護をもたらすかということを。 それは、あろうことか伝説の上人、日蓮や親鸞の袈裟にも匹敵する───
「……体は石で出来ている……」
その風に紛れて消え入りそうな音は、確かにアサシンの耳に届いた。
「……血潮は念仏 心は悟り……」
アサシンの足が止まり、その身体は向きを変える。
「幾たびの恩返しを越えて民話」
魔力の込められたその声に、口端をつり上げる。
「ただの一度の御利益もなく、ただの一度も参拝されない」
背から地蔵を下ろし、歌に聞き入るかのように目を細める。
───彼のものは常に一人 門の脇で風雨に酔う───
───ならば、その存在に意味はなく───
地を炎が走り、辺りを照らす。 山門が、森の木々が、ゆらゆらと揺らめく。 それはうつつの夢か幻か。
───そして世界が、生まれる。
「―――My wholelife was“unlimited JIZOU works”」
───それは、一面の炎の丘───
巨大な歯車。 鳴り響く鎚音。 紅蓮の炎は全てを溶かす灼熱の渦。 今、人の世は人に在らざる者の世界によって塗り潰された。 それは、数多の魔術師が手を伸ばし、力及ばず奈落に沈んだ禁呪。 何故ならそれは、己を見つめ、理解し、確固たる意志の下に形成する己だけの心象世界。 それを有する資格は、魔術師に求めるべきものではないのだから。
───固有結界───
究極の一とされ、世界の理さえもねじ曲げる大魔術。 現の世界に己を投影し、世界さえも組み敷く至高の幻想。
そしてそこに───
───にょきにょきと───
そう、にょきにょきと、数えることも烏滸がましいほど夥しい数の地蔵が生えていた。 笑い地蔵、泣き地蔵、笠をかぶった地蔵、後光をまとった地蔵。 ひとつとして同じ地蔵はない。
「これは───」
アサシンが魅入られたように呟いた。 それも当然、アサシン───佐々木小次郎は、生涯を地蔵と共に生きた身。 ただひたすらに地蔵を振るい、飛ばし、その身は既に一体の地蔵。 これほど名のある地蔵を並べられては、例えその全てが贋作であろうとも、知らず感嘆も漏らすというもの。
「妖術の次は幻術か……さてさて、それでは弓兵の名が泣くというもの……」
ゆらり、と。 華でも愛でるように周りの地蔵を見回し、アサシンはそう呟いた。 そのアサシンの目が一点で止まる。
───無数の地蔵のその中に、たったひとつ地蔵以外のモノがあった。
俯いた姿勢で地蔵の如く立ちつくし、悟りを開いた上人のように無色透明のその気配は、アサシンに戦慄を憶えさせるに十分であった。 その佇まいは、間違いなくひとつのものを限界まで極めた達人のそれだ。 それを目にする者がアサシンでなければ、合掌の欲望に抗うこと敵うまい。 念仏すら唱えていたかも知れない。 今のアーチャーは、それほどの仏性を備えていた。 そして、その目がゆっくりと開く。
「……これが、俺の世界……正義の味方などという偽善を目指した愚か者の幻想……」
自らに言い聞かせるように呟くその重い声は、不甲斐ない己に対する怒りの言葉なのか。
「……人々の幸せを、その笑顔を願いながら、何もできずに立ちつくし、例え誰かを救い、誰かを助けても、それは目に見えぬ御利益でしかない……」
アーチャーは顔を上げ、悲しげな瞳で傍らの地蔵に手を伸ばす。
「……故に、それは何もなすことができぬ正義……故に、望んでもつかめぬ理想───故に、それは地蔵であり、俺自身!」
しかし、アサシンを見つめるその瞳は、無機物を見るものだった。 今の彼にとっては、その恐るべき地蔵使いも、ただ目の前に立ちはだかる壁でしかない。 単に叩き壊して進むべき壁以上の存在ではない───
「行くぞ、地蔵使い、地蔵の貯蔵は充分か?」
地蔵を振り上げるアーチャー。 地蔵を構え直すアサシン。 背を向けたその独特の構えは、紛うことなき地蔵ミサイル。 今、アサシンの身に走る戦慄は恐怖ではない。 得難い強敵を得た喜びに、地蔵を交わすことのできる友に出会った喜びに、その身をうち震わせて───
「参る」
友との戦いにこれ以上言葉は要らぬ。 互いに地蔵使いであるならば、あとは地蔵で語るのみ。
「───地蔵ミサイル」
一の地蔵が正面から、二の地蔵が右から、三の地蔵が左から、それぞれ火炎を吹きつつ同時にアーチャーに迫る。 アサシンが手にするはその真名と同じく無名の地蔵。 贋作とはいえ、いずれも名だたる地蔵揃いのアーチャーに対抗できるのは、人の身に刻んだ神の業のみ。
「───させん!」
アーチャーはその三体の地蔵全てに地蔵を叩き込み、相殺させる。 そして間髪入れずに、新たな地蔵を手にして迫る。
「ならば───」
アサシンは再び背を向けて地蔵を構える。
「───地蔵ミサイル」
更に三体、地蔵が生まれた。
───しかし、これでは足りぬ。
それは既に神をも越える、鬼神の業にして、修羅の道。 しかし、地蔵に捧げたこの身、最大の敵を前にして、朽ち果てるとも悔いなし!
「ぬおおっ───!」
裂帛の気合い。 それはもはや、常に優美さを失わず、涼やかな立ち居振る舞いを崩さなかったアサシン───佐々木小次郎とは別人であった。 束ねた髪はいつの間にか解け、修羅の形相は鬼神の怒り。 その身全てを地蔵と変えて、地蔵に生き、地蔵に死す。 後のことなど知らぬ、今はただ、渾身の地蔵で目の前の敵を叩き潰すのみ。
───四の地蔵、五の地蔵、六の地蔵───
「くっ───」
無限の地蔵を持つ赤い弓兵は、打ち落とし、薙ぎ払い、弾き返す。
「おのれ───おのれおのれおのれっ!」
修羅をも越えて、鬼神をも越えて、アサシンは地蔵を飛ばす。 人をも神をも、修羅も羅刹も越えて───それはもはや、地蔵の権化。 ───七の地蔵、八の地蔵、九の地蔵───十の地蔵! 十一の地蔵! 十二の地蔵!
「南無───」
アーチャーが叫ぶ……いや、吼えると言うべきか。 その咆吼はもはや意味をなさず、あるのはただ心の底から込み上げる読経のみ。
「───妙法蓮華教!」
七の地蔵を叩き落とし、八の地蔵を弾き上げ、九の地蔵を打ち砕く。 その足は止まらぬ、止まるわけにはいかぬ。 その先にあるのは、遙か遠き日に夢見た理想、正義の味方の終着地。
そうだ、それこそは───全て遠き地蔵教!
「色即是空!」
十の地蔵を突き崩す。
「空即是色!」
十一の地蔵を真っ向から叩き割る。
もはやアサシンは動かない。 その手には既に地蔵もない。 全身全霊、その身全て、魂さえも地蔵となして、撃ちつくした。
───これで負けるというのなら、もののふの本懐、地蔵の誇り、ならば最後は友の手で逝こう。
「───一日一善!」
十二の地蔵が木っ端微塵に粉砕される。 それと同時に世界は世界を塗り替えた。 陽炎の如く揺らぐは柳洞寺の山門、周囲を覆うは鬱蒼とした闇の森。 もはやアーチャーも限界だったのだ。 既に魔力は底が見えた。 これ以上は現界も危うい。 しかし、その手に残るは最後の地蔵。
───これを叩き込めば全てが終わる!
「……礼を言うぞ、友よ……」
アサシンは、満足げな笑みを浮かべ、全てを受け入れるが如くに両腕を開く。 慈悲など要らぬ、それこそ非情。 ならば、振り上げた地蔵を渾身の力で振り下ろすが地蔵を交わした友への手向け─── 「っ───!」
───それは、光だった。
アーチャーの目に飛び込んだのは眩い光。 朝日を背負ったそれは、もはや人でも神でも、修羅でも羅刹でもない。 後光をまとい慈愛の笑みを浮かべた一体の地蔵。 そのありがたさは言語に絶する───
「……」
そして、アーチャーの振り上げた最後の地蔵は、光に吸い込まれるかのようにかき消えた。
「……何故、斬らぬ?」
アーチャーは無言で俯くだけだった。 その握りしめた拳が震える。
「……斬れぬ」
そもそも地蔵では叩き潰すことはできても斬ることは無理だ。 だが、アーチャーの言葉はその意味から出たものではない。
「……貴様は既に悟りの境地に入った真の地蔵。私のような偽物の地蔵如きに破れるものではない、いや、破れてはならんのだ」
地蔵に目覚めた今のアーチャーは、既に上人の域。 だが、仏陀や釈迦には未だ遠く及ばない。 だからこそ、地蔵を極めたこの男に手を下すことはできぬ。
「……そうか、ならば好きにするがいい。所詮この身はうたかたの夢、貴様が手を下さずともいずれ果てる……」
アサシンの身体を通して朝日が見える。 そもそも邪な召喚であるため、夜の闇にしか在ることのできぬ身体なのだ。
───だが。
アサシンは思う。 照らす光より、浮き上がる影がいい。 無粋な日輪より、趣のある月がいい。
───月に咲き 月に愛でらる 月見草
この身は地蔵にして、一輪の月見草。 一夜限りの生に、月を仰げばそれが本懐。
「……エミヤだ」
その声は、赤い弓兵のものだった。
「む……?」 「我が真名はエミヤシロウだ」 「……名など知る必要はないと言ったはずだが」 「友の名を覚えておくのは礼儀であろう。ただし、この名は他言無用だ」 「先に教えておいて漏らすなとは、いささか勝手が過ぎるのではないかな?」 「貴様なら、問題あるまい」
アサシンは、皮肉げな笑みを浮かべるアーチャーの顔を一瞥し、ふむ、とひとつ頷いた。
───人の世にはとっくに見切りをつけたつもりだったが、これはこれでなかなかに面白い。
「よかろう……だが私は遺憾ながらお主に名乗る名もなき身……非礼の詫びにとは言わぬが、エミヤとやら、機会があればいずれ一献」 「ああ、そのときは、取っておきの地蔵を肴に用意しよう」 「さて、それでは私も秘蔵の地蔵を出さねばなるまいな」
互いに背を向ける漢と漢。 間もなくして、アサシンは朝日に溶けるかのように消えていった。 その漢たちの死闘を知る者はただ一人。 忘れ去られたかのように山門脇にひっそりと佇む地蔵だけだった。
※あとがき※ 地蔵祭り万歳! なんか脈絡がありませんが、熱い漢の地蔵バトルです。 戦慄の地蔵ミサイル! 圧巻の“unlimited JIZOU works”! 地蔵で語り合う真の友情! ……こいつら、馬鹿だ……。 いや俺も……。
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