翻る銀刃を、手にした双剣で弾き返す。
鉄と鉄が摺れ、耳障りな音が山門へと響き渡る。
対峙するアサシンの顔に浮かぶのは絶対的な余裕。
腕を振るいながら、アーチャーはその男を凝視していた。
「アサシン――貴様、オレを舐めているのか」
返答如何によっては生かしておかぬ、とアーチャーの殺気が膨れ上がる。
その叩きつけるような殺気をさも当然と受け流しながら、アサシンは口を歪めた。
「なに、舐めてなどいない。これが私の、」
在るべき姿だ、と。長刀の切先が流れる。
寸分の違いもなく、それはアーチャーの首を断とうとし、双剣によってその軌跡をずらされる。
「アサシン、一つ聞こう。その腕の、」
「お喋りなど無粋ではないか、アーチャーよ」
「……ふ――それもそうか」
口元を皮肉気に釣り上げ、目を閉じ、
「では、貴様の腕にある地蔵は、オレが貴様と共に処分しよう」
射殺すような目付きで、アサシンの腕に抱えられた地蔵を睨む。
赤い外套を閃かせ、アサシンへと突進する。
間合いを詰めれば、勝機など幾らでも見えてくる。
己の首を落とさんと飛来する銀の刃を、事もなく弾き、アーチャーは着実に間合いを詰めて行く。
赤い弾丸となり、流麗な侍を仕留める。
「アサシン――覚悟は良いか」
その問いに、ただ凄惨な笑みを浮かべるアサシン。
ハッと気付き、アーチャーが飛びのくより早く。
アサシンの腕にあったはずの地蔵が、視界を支配していた。
要するに、
「貴様、なんと罰当たりな! 地蔵を投げるなど、それでも侍か!」
「もとより、宗教になど興味はないのでな」
さらりと告げるアサシン。片目を閉じながら、アーチャーのその表情を愉しんでいる。
舌打ちするアーチャー。
後方に跳ぶも、地蔵はその重さによってアーチャーとほぼ同じ速度。
故に、距離は遠ざかることも、縮まる事もない。
おのれ、とその地蔵をなぎ倒そうと、双剣を握り締め、
「アーチャーよ、罰当たりと言ったのは誰だったか」
一瞬の動揺。がしかし、その衝撃はアーチャーの握る双剣に、顕著に現れた。
判断の遅れ。紙一枚ほどの隙間。それが、彼の行動を鈍らせた。
――宗教など、信じていないではないか。
がき、と双剣を地蔵に叩きつける。地蔵はただひたすら硬い。
斬鉄など心得ていないアーチャーは、それを押し切るように階段へと叩き落とす。
地蔵がめり込む。石が石を穿つなど、馬鹿げた話だ、とアーチャーはひたすら思う。
が、事実地蔵は階段へとその半身を埋めている。
朴念、といった地蔵の表情が、ひたすら戦慄を誘う。
「どうしたアーチャー、そのように呆けている場合ではないぞ」
「――っ!」
咄嗟に双剣を構えたアーチャーめがけて、風のような一撃が奔り抜ける。
そして、暴風は止まる気配を知らない。
心眼でも追いつけないアサシンの剣技。
それを受け、アーチャーはじりじりと後退し始めていた。
舌打ちする余裕すらない。策を考える事すら出来ない。
一歩でも踏み外したら奈落へと落ちる場所で、命のやりとりをしている。
「ほら、どうしたアーチャー。退いても私は逃がさぬぞ」
渾身の力を込めて、アサシンの刀を捌く。
一際高い音を立てた己が鋼を消し、アーチャーは後ろへと跳んだ。
アサシンの間合いから逃れ、だが追いかけられない位置。
一足一刀。お互いの獲物での必殺の距離。そこから、一歩離れている。その場所で、
「――もう一度聞く、覚悟は良いかアサシン」
認識の甘さを悔やむ。この剣士のどこがキャスターの手駒風情か。
アーチャーの目の前、山門を守るように立つそれは、間違いなく強敵だった。
アサシンは、魔剣を翻し、
「必殺としてくるか。ならば私も礼儀を以って、必殺でお返ししよう」
彼の魔剣を、魔剣たらしめている一撃。それを使う、と宣言した。
対峙は一瞬、お互い語るべき言葉もなく、そのような余裕は存在しない。
互いに必殺であり、互いに必死なのである。
当たれば相手は死に、当たらねば己が死ぬ。ギリギリの綱渡り。
アーチャーはアサシンを睨み、彼の足元の地蔵を見やる。
共に消してやろう、と思った。
二つの意志が、吼える。
赤い弾丸が告げる。
「存在を消されてから後悔しても知らぬぞ」
くつ、と雅な剣士は笑う。目を閉じ、
「戯言を。御託は良い、アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
――見開いた。
「――参るぞ」
――腕を突き出す。
「――I am the bone of my sword」
世界を変える。世界という密度で塗り固められたモノを、自己の世界で塗り替えていく。心象風景を、具現化する。自身の固有結界――リアリティ・マーブル――を以って、アーチャーはアサシンを打ち滅ぼす。
無数の剣が中空に現れる。切先は全てがアサシンに向いている。
脅威の速度を持って、無数の剣がアサシンに舞い注いだ。
アサシンはさも当然のように。
水の流れを変えるように、緩やかに刀を振るい、それを弾いていく。
まるで鈴が鳴るように、鋼が鋼を斬っていく。なに、とアーチャーは呻いた。
まったく予想していなかったとは言えない、が、この男はやってのけた。
鉄をいとも簡単に、斬り殺していく。翻り、滑り、打ち上げ、堕ちる。
アーチャーは息を飲んだまま、その妙技、否、神技に見蕩れていた。
「そら、余所見などしていると首が飛ぶぞアーチャー」
声に反応し、我に帰る。そして、有り得ない光景を見た。
空間をすべる軌跡は二本。ほぼ同時に、それは振るわれた。
斜め上から袈裟懸けに閃く刀を、陽剣干渉で。
斜め下から脚もろとも腹を裂こうとする一撃を、陰剣獏耶で。
――では、横一文字に煌く一撃は、如何にして避けようか。
まさしく有り得ぬ。これはなにか。
これがアサシン――佐々木小次郎の宝具、燕返し――!
同時ゆえに、各個で防いでは、己が身を守りきれない。
双剣を捨てる。
「は――ああぁあ、あぁあぁあっ!」
最硬のモノを引きずり出せ。さもなくばこの身はバラバラの肉片に成り代わるぞ。
盾を、引きずり出せ――!
「"熾天覆う七つの円環"――!」
七つの花びらが咲き誇る。アーチャーが持ち得る最高の盾。
それを咄嗟とはいえ投影した。
不完全ながら、アサシンの一撃に耐えうるほどの強度を持っている。
だというのに、
「な――ああ、あぁあっ!」
魔力を篭める。アサシンの三つの刃は、一つが二つ以上の花弁を切り裂いていく。
次々に散っていく花びらを、アーチャーは決死に繋ぎ止める。
吼える。言葉に出ているのかすらもう判らないほど、夢中に。
盾がアーチャーの目の前から全て消え去り、同時に、アサシンの剣舞も収まっていた。
世界が崩壊する。
魔力を最大限に放出し、アーチャーは己が剣の世界を現象と化す事が、保てなくなった。
月が空で輝いている。アサシンは自らの体を見回し、
「まこと見事。我が秘剣を防ぎきるとは、」
アーチャーの体は、自身の魔力。
急遽投影したロー・アイアスの反動で、ボロボロになっている。
臨むアサシンは、西陣織を所々千切れさせ、その腕には、
「だが、爪が甘い」
いつ拾い上げたのか、しっかりと地蔵が握られていた。
地蔵は傷一つ付いておらず、相変わらず、朴念、といった様子だった。
アーチャーは愕然となる。足に力が入らない。
アサシンが地蔵を投げる姿がひどくスローだ。
なんて、なんて、なんて、と頭の中が一つの言葉で満たされる。
――なんて、場違いな格好なんだ。
――なんて、脱力感。
――なんて、間抜け。
アサシン。地蔵。アサシン。地蔵。地蔵地蔵。アサシン。地蔵。アサシンに地蔵。誰だよお前。何で投げるのか。地蔵って投げて良いのか? ダメだろ。おかしい。おかしい。ついていけない。オレは、負けるのか。いや、こんな奴に。間違いなく天才。そして、ばか。だから投げるなって。
思考が停止する。ここまでの闘いが、音を立てて崩れて行く。
ぶちこわしだ。
「――っく!」
アーチャーは、目の前に地蔵の顔が現れたところで、ようやく我に帰った。
両拳で顔面を庇う。手の甲に衝撃を受けた。
腕を振るい勢いを付け、地蔵をアサシンに投げ返す。
速度は充分だったと言うのに、いとも簡単に地蔵を抱きかかえ、アサシンは皮肉気に口の端を釣り上げた。
「去れアーチャー、今宵は見逃してやる。
よもや地蔵を二度も防がれるとは、私も誤算であった」
「――アサシン、貴様」
「その体では、まともな勝負などできぬであろう」
確かに、とアーチャーは思う。
くつくつと笑いながら、長刀を鞘に仕舞おうとする剣士。
アーチャーは真摯な面持ちで彼を見つめ、ふ、と口を歪めた。
「それもそうだ。ここは引かせてもらう。遅くなるとマスターが暴れだすのでな」
やれやれ、と肩をすくめる。赤い外套を翻し、階段を降ろうと足を出した。
その背中に、アサシンの声がかかる。
「アーチャーよ、今宵は愉しかった。
しかし、その実力では次はないぞ」
立ち止まり、振り返る。月下に、颯爽と佇むアサシン。
その腕には朴念と地蔵。
間違ってる。サーヴァントとして、なにかおかしい。アーチャーは素直にそう思った。
どこがおかしいって――地蔵が。
アーチャーは、闇に光るアサシンの片目を見、地蔵へと視線を落とす。
一心同体。そんな言葉が浮かんできた。
「アサシン――地蔵を抱いて溺死しろ」
言いはなち、アーチャーは飛び去った。森のざわめきを残し、赤い騎士は去った。
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アサシンは長刀を鞘に納め、腰を降ろす。もちろん、地蔵も一緒に。
千切れた西陣織を着た、どこか風流な侍の傍らには、地蔵が物静かに座っている。
ごう、と風が通り抜ける。アサシンの髪が風に靡く。
「地蔵よ――」
地蔵の頭に手を置く。そして、遥か遠い空を見上げた。
木々の隙間から覗く夜空は、綺麗だった。
月を見ながら、ただ佇む。地蔵の頭を撫でながら、呟く。
「見よ、月がこんなにも綺麗だ。お主も、輝いて見える」
地蔵と共に、空を見上げていた。
明日も、月は見えるだろうか、と。
微笑みながら、地蔵に問いかけた。
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