◆    ◆    ◆



「では、お願いします」
「うむ、心得た」

 漸うしく頭を下げたセイバーに、アサシンは頷く。スッと、まるで舞の振り付けの様に優雅な動作で振り返り、そこに並んだ4人、士郎、アーチャー、ランサー、ギルガメシュを品定めするかの如く見渡す。

「今日は4人か。他の者は?」
「来てないぞ」
「そんな事は分かっている。私はその理由を聞いたのだ」
「風邪でもひいたんじゃねぇか? 季節の変わり目だしな」

 青い鎧に身を包んだ男、槍の騎士ランサーが興味無さそうに、首の裏を掻きながら言った。

「まぁいい。それよりも今日の講義を始めよう」
「へーい」

 一様に覇気の無い4人。その非常に気だるげな、やる気の無さ120%な4人の返事を聞き流し、アサシンは高らかに言った。

「今日は、地蔵に背負った敵から身を守る方法を伝授しよう」





蔵から身を守る方法






「また地蔵? もうずーっと地蔵ばっかりだぞ」

 赤い髪の少年、衛宮士郎が不満の声を上げた。

「悪いか? 地蔵の何処が悪い?」
「いや、その、地蔵が良い悪いとかじゃなくて、根本的に間違ってるって言うか……」
「たまには別の特訓もしてくれよ。尖った棒とかさぁ」
「黙れ、ランサー。ふん、貴様など夜道で地蔵を背負った男に殺されてしまうがいい」

 ――そんなものを背負って歩いているのは貴方しか居ません。

 お茶を呑みながら見物していたセイバーは、そう思ったが口には出さなかった。

「さて、今日の地蔵は……、ふむ、刺抜き地蔵にするとしよう」
「それはもうやったぞ」

 すかさず赤い外套とを纏った白髪の男、アーチャーが言った。

「なんと、それはすまない。失念していた。では……、ランドセル地蔵にするか」
「それもやったぞ」

 またもアーチャーに突っ込まれ、アサシンは少し渋い顔をする。

「尻冷やし地蔵、木之本地蔵、六部地蔵、しばられ地蔵、重軽地蔵、放牛地蔵にいぼとり地蔵ももうやったぞ」

 すらすらと今までに特訓した地蔵の名前を並べるアーチャー。

 ――そんなもん良く覚えてますね。

 羊羹をほお張りながらセイバーは歓心するとともに少し呆れた。

「だったら、今日は尖った棒にしようぜ」
「黙れ、全身タイツ。ならばこれでどうだ? 我が半身でもあるこの地蔵はまだやっていないであろう」

 アサシンは自分の背中に背負った地蔵―アサシンの地蔵、略してアサ地蔵―を降ろしながら得意そうに言った。
 嫌そうに頷く士郎とアーチャー。やれやれと肩を竦めて苦笑するランサー。羨ましそうにセイバーのほお張る羊羹を見つめるギルガメシュ。

「よし、では英雄王よ、貴様この地蔵で私に襲い掛かってみろ」
「貴様、出来損ないの分際で王である我に命令するのか?」
「英雄王よ、羊羹は好きか?」
「う、む、分かった……」

 羊羹如きであっさり折れるギルガメシュ。彼は毎日毎日繰り返される激辛地獄に、プライドを捨ててマジ泣きするくらいウンザリしていた。もう、トイレで悲鳴を上げる日々とサヨナラしたかった。一度で良いから、甘いものを食べてみたかった。
 果汁0%で石100%である地蔵は思った以上に重い。おそらくサーヴァントではない、ただの人間である士郎には持ち上げる事は出来ないだろう。
 ギルガメシュは己の力を見せ付ける様に、それを片手で持ち上げ、士郎に向かってニヤリと意地悪く笑う。しかし、ランサーと携帯電話の画面を覗き込んで何やら話しをしていた士郎は、ギルガメシュの方などまるっきり見ていなかった。いつの時代も、真の王とは孤独な存在だ、そんな言葉で自分を慰める。

「ではかかってくるがよい。他の者も良く見ておけ」
「っち、何故我がこのような滑稽な真似を……」
「真剣にやれ、英雄王。たかが訓練、たかが地蔵と思うな」
「っちぃ! 注文の多い下郎めが!」

 吐き捨て、ギルガメシュは両手で地蔵を大きく振りかぶる。
 光が、士郎の視界に稲妻の様な光が迸ったのは、その直後だった。

「秘剣――燕返し」

 セイバーすら驚嘆した剣技。その集大成ともいえる究極の技がギルガメシュを襲う。
 伝説にも歴史にも残らなかった名も無き剣士が、ただ愚直なまでの修練の積み重ねの果てに辿り着いた究極。それは伝説の魔法使いにしか成しえないといわれていた奇跡と同じモノだという事を、彼は知らない。しかし彼は知っている。己の剣が、最強である事を。彼の剣を知る者は分かっている。それが、必殺である事を。
 ギルガメシュは赤い血を道場の床に撒き散らして倒れた。

 ――掃除が大変ですね。

 煎餅を齧りながら、セイバーはそんな感想を漏らした。

「地蔵を持った敵に襲われた時の対処は、何よりもまず武器を奪う事だ」

 無残に切り刻まれたギルガメシュを他所に、傷一つ無い姿で転がる地蔵を起こす。

「次に、お供え物をして拝む」

 懐から出した饅頭をその足元に置き、アサシンは手を合わせた。

「これで、敵の武器は無力化される。私はあの関ヶ原でコレを学んだ」

 アサシンは堂々と嘘をついた。しかし誰も彼の過去など知る者など居ないので、その言葉を否定する者は居なかった。

「な、な、んなーっ!?」
「ん? どうかしたのか、セイバーのマスターよ」
「な、何で切ったんだよ!? っつーか、ダメでしょ切ったら!」
「襲ってきたからだ。貴様も見ていたであろう? 正当防衛だ」
「お前が襲わせたんだろうがっ!」
「それは、お前たちに地蔵からの身の守り方を教える為だ」

 平然と語る目の前の男に唖然とする士郎。道場の隅には、大福を喰いちぎりながらコクコクと嬉しそうに頷くセイバーの姿があった。

「なぁ、アサシン先生よ」
「何だ? ランサー」
「饅頭が無い時はどうするんだ?」
「ふむ、良い所に気づいたな。さすがはサーヴァント中最速の男」
「っへん、煽てたって何もでないぜ」

 そう言いながらも満更ではない様子のランサー。しかし士郎はしっている。先日ランサーが凛に「へぇ、アンタって早いんだ」と言われてちょっと落ち込んでいたのを。
 最速の男はなにやら『はやい』という言葉に、誇りとトラウマを抱えているらしい。

「ではお供え物が無い時の対処方を教えよう。ランサー、その地蔵で私に向かって来い」
「おいおい、冗談じゃねぇぞ。そこの成金やろうみたいにザックリいかれるのがゴメンだ」
「心配するな。ただの訓練だ」
「思いっきり死人が出てるじゃねぇか……」
「仕方ない。セイバーよ、暫くこれを預かっていてくれ」
「承知しました」

 日本刀にしては長すぎるアサシンの愛刀。彼はそれをセイバーに渡して、丸腰になった。

「これで良いかな? ランサーよ」
「おう、そんじゃ行くぜ」

 獲物に飛び掛る獣の如く、ランサーは体を沈める。手には自慢の赤い槍ではなく、ギルガメシュの血に濡れた赤い地蔵。傍目に見て、とんでもなくアホらしい光景だ。

「一応手加減はするが、俺はあんまり器用な方じゃないんでな。遊びで死ぬなよ? 先生」

 ランサーが地面を蹴った。青い残像を残してその姿が掻き消える。

「お供え物が無い時に、地蔵を持った敵に襲われたらどうするか? 簡単な事だ、ボタンを押せば良い」

 陣羽織の懐から徐に取り出した小さな四角い箱。その真ん中に付いた小さな赤いボタンを「ポチっとな」なんて言いながら押す。すると道場の壁をぶち破り、何処からともなくジェット噴射で地蔵が飛んで来た。
 超高速で轟音と煙を撒き散らすそれは、空気の壁を突き破り、音の波を追い越し、風を切り裂き、弾丸の様に周囲の空間を捻りながら飛び、今まさにアサシンに一撃を加えんとしていたランサーを横から吹き飛ばす。しかしそれだけでは勢いは止まらず、ランサーのわき腹にめり込んだそれは、入ってきたのとは反対側の道場の壁を突き破って、白い雲の向こうへと消えていった。

「饅頭が無い時はボタンを押せ。さすれば地蔵ミサイルが敵を殲滅してくれる。私は桶狭間でコレを学んだ」

 巻き上がった埃を払いながらアサシンは得意げに語った。やっぱり嘘なのだが、士郎も、アーチャーも、セイバーも、彼の足元に転がった地蔵も、誰一人として彼の過去は知らないっつーか、そもそも興味無いし、どーでも良いので突っ込まなかった。
 キラリーンと、壁にあいた穴から覗いた真昼の空に星が光った。さらさらと鳴る木々のざわめきと共に、心地のよい風が道場を通り抜けた。その場に居た者たちの目には、虚空に浮ぶ、空の青よりなお青い槍の騎士の笑顔が映っていた。

「さらばだ、いろんな意味で最速の男よ」

 アーチャーが厳かに、でも半笑いで呟いた。
 セイバーは右手に芋羊羹を持ち、左手で目頭を押さえた。
 士郎は口元を押さえて肩を震わせていた。

「さて、アサシンよ。お供え物もボタンも無い時はどうすればいいのかな?」
「逃げろ」
「囲まれて逃げられない場合は?」
「そこまで気づいたか、アーチャー。小賢しい奴よ。ならば教えてやろう、我が地蔵の真髄を。アーチャーよ、貴様もこの地蔵で私を襲ってみろ」

 ズイっと血の滴る赤い地蔵を、赤い外套を着た男に差し出す。しかし、アーチャーはそれを受け取らずこう言った。

「衛宮士郎、貴様がやってみろ。見ているよりも実際に体験した方が覚えが良いだろう。正義の味方とやらを目指すなら、地蔵の対処法もしっておかなければなぁ?」
「余計な気遣いは無用だ。俺は遠慮しておくからお前がやれ」
「いやいや、せっかくの人の好意を無碍にするものではないぞ。やれと言ったらやれ、そして地蔵を抱えて死ね」
「お前の方こそ地蔵に潰されて死ね!」
「二人とも、みっともないから黙りなさい」
「む、わ、分かった……」

 おはぎの餡子を口の端につけたセイバーに窘められて二人は口を閉じた。しかしお互いにガンくれ合ったままで、ムードは険悪なままだ。

「わかった。ではこうしよう。二人とも、同時にかかってこい。囲まれた時の対処法だからな、その方が都合が良いであろう」
「しかし、地蔵は一つしかないのだが?」
「アーチャー、貴様の魔術で地蔵を投影すれば良いではないか」
「我が魔術は剣にのみ特化した物、生憎と地蔵などは投影できん。っつーかやりたくねぇ」
「情け無い男だ。やりもしない内から出来ないと言い切るその心根、折れた剣たる貴様に相応しいな」
「何だと、貴様……」
「文句があるのなら、地蔵を投影してみせろ。この世で最強の地蔵を我が眼前に突きつけて見せろ」

 その言葉が引き金となった。

 ――――体は石で出来ている。

 27個の撃鉄が一斉に上がる。
 切っ掛けとなるキーワードを発し、アーチャーは精神を研ぎ澄ませて己の内に潜む全魔術回路を始動させた。

 血潮は念仏 心は悟り。
 幾たびの恩返しを越えて民話。
 ただの一度の御利益もなく、
 ただの一度も参拝されない。
 彼のものは常に一人 門の脇で風雨に酔う。

「くくく、それでこそ本物のサーヴァント、それでこそ英雄よな」

 アサシンには魔術回路は無い。彼は純粋に剣のみを追求したサーヴァントであり、生前は魔術の存在すらも知らなかった。故に彼は魔術に関しては全くの無知であり、今アーチャーの内から迸る魔力の奔流を感じる事は出来ない。しかし彼は感じていた。魔力ではない別の何か。そう、意思の力とでも呼ぶべきモノを。

 故に、存在に意味はなく。
 その体は、きっと石で出来ていた。

 詠唱が終わる。
 眩い光が、眼球を容赦なく突き刺さし、視界を真っ白に染めあげる。
 堪えきれずに目を閉じた。
 そして、世界が覆る。

「ほぉ……」

 アサシンは感嘆の声をあげ、ゆっくりと辺りを見回す。
 乾いた風が彼の頬を無遠慮に撫で、長い髪が揺れた。
 砂埃に少し目を細める。
 衛宮家の道場に居たはずの彼らは、今、数々の地蔵が立ち並ぶ黄金の丘の上に立っていた。

「Unlimited JIZOU Works……」

 口の裏に引っ付いたモナカの皮を気にしながら、セイバーが呟いた。

「行くぞ、アサシン。地蔵の貯蔵は十分か?」

 虚空に出現した数多の地蔵が、その切っ先(?)をアサシンへ向ける。

「ふ、では講義を続けるとしよう」

 彼はその圧倒的に不利と思われる状況にあっても余裕を崩さず、その振舞いはあくまで優雅。

「お供え物も、ボタンも無い時に地蔵を持った敵に襲われた時は――」

 ――トラを放て。

「ああああー、なんじゃこりゃーっ!!」

 スパーンと勢い良くドアを開ける音が聞えて、固有結界に四角い穴が開く。その穴から入ってきたのは一人の女性。

「イリヤちゃんから、士郎が道場で特訓してるって聞いたから様子を見に来たのに、いったいこれは何事ーー!」
「ふ、藤ねぇ。いったいどうやってここに!?」
「どうやってもこうやってもあるかー! 普通に歩いて来たんじゃー!」

 そりゃそうだ。
 ハムハムとどら焼きを咀嚼しながら、セイバーは深く頷いた。

「切嗣さんの家が、切嗣さんの道場がぁー!」
「お、落ち着け藤ねぇ。犯人は俺じゃなくてそこの陰険ガングロだ」
「なっ!? き、貴様、私に罪を擦り付けるのか!」
「擦り付けてなんかねぇ! これは全部お前がやった事だろう!」
「元はと言えば、貴様が大人しく私の提案を聞き入れないからであろう!」
「あんなふざけた提案、受け入れられるワケあるかっ!」
「うるさーーーーーいっ!!」

 自分同士で醜い責任の擦り合いをする二人に、大河が切れる。いや、既に切れていたんだけど、さらにヴォルテージアップ。

「よくわかんないから、二人とも折檻じゃー!」

 足元に転がっていた血に濡れた地蔵をむんずと掴むと、それを振り回しながら大河は士郎とアーチャー目指して走り出す。

「のわぁー、藤ねぇ、ちょっとタンマ。それマジに死ぬから!」
「ぐっはぁ! そんな馬鹿な、聖骸布の守りを突き抜けるとはっ!」
「どぉりゃあぁぁああぁぁあぁーっ!!」

 地蔵の丘に二人の悲鳴と一匹の雄叫びが響き渡った。

「注意点として、トラはロリっ子悪魔に弱い事を忘れてはならない。また、ロリっ子悪魔にはホムンクルスのメイドが有効だ。万一に備えて二人ひ程用意しておくと良いだろう。それと、今回の講義には出てこなかったが、赤い悪魔には内気な巨乳が有効だ。これも覚えておくと良いだろう。私はこれを壇ノ浦で学んだ」

 浪々と解説するアサシン。
 勿論大嘘だ。しかし、もう彼の話を聞いている者は誰も居なかった。







※後書きっぽい言い訳


元ネタはモンティパイソンの『フルーツから身を守る方法』です。
UJWの詠唱は(c)忌呪さん@黒色彗星帝國です。






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