金色の木漏れ日の下で・サンプル
「私、エリオのお嫁さんになります!」 「……何を言っているんだお前は」 唐突に席を立って高らかに宣言した友人兼好敵手に、シグナムは呆れたように吐き捨てた。 見れば、かなりアルコール濃度が高い酒がストレートで入っていたはずのグラスがすっかり空になっている。 「一気飲みしたのか」 そりゃこうもなろう。シグナムは呆れを通り越して目元を押さえた。酔いの痛みとそれ以外の痛みを堪えながら、立ち上がった女性――フェイト・T・ハラオウンを見上げる。 「兎も角、座れ。そして水を飲め。もしくはかぶれ。顔を洗え。全てはそこから始まる」 「嫌です! 水を飲むよりもかぶるよりも顔を洗うよりも全てを始めるよりも私にとって最優先事項はエリオのお嫁さんになることです!」 へべれけだった。 説得は不可能。致し方無しとシグナムは俯き、そのまま一気に仰け反るようにして酒杯を空けた。折角の名酒を斯様な乱暴な飲み方、主義ではないがそうも言っていられない。 他の客の視線がひたすらに痛かった。 「テスタロッサ」 「違います」 呼びかけながら己も席を立ったシグナムに、フェイトは幸せそうに笑いかけ、否定した。 「今日からはモンディアルと呼んでください」 「たわけ」 一閃。 「痛っ! 痛いじゃないですか!」 シグナムの愛剣、レヴァンティンがフェイトの後頭部を直撃していた。一応、峰で。 「どうしてシグナムも! なのはも! 私のちっぽけでささやかな願い事を邪魔しようとするんですか! こんなに真剣なのに!」 客がざわついている。シグナムは穴を掘ってその塹壕に潜り込みたくて仕方がなかった。 エリオ・モンディアル。あの少年のことが絡むといつもこうだ。 出会った頃のフェイトはこんなではなかった。いったいいつから歯車が狂ってしまったのか、シグナムは必死に思い出そうとした。 ……確か、アレだ。彼女の兄が声変わりし、友人の背が伸びて……あと、彼らが毎朝髭を剃っていることを知った頃からだったような気がする。 あまり真面目に考えたくないなぁとシグナムは大仰に溜息を吐いた。 「いいかテスタロッサ、落ち着け。確かにミッドチルダは就業年齢も早いし飲酒に関しても地球程厳しく取り締まられてはいない。だが結婚は別だ。結婚は……えーと、幾つからだったか……」 天井を仰ぎシグナムは指折り数え始めた。普段大して気にしていないからか、酒の力も相まってすっかり抜け落ちてしまっていた。 その隙を突くように、フェイトは豊かな胸元から金色に輝く三角形のデバイスをシュタッと取り出した。 「一五歳からです」 「おお、そうだそうだ。男女ともに一五からだったな」 喉につかえた魚の小骨が取れたかのようにスッキリした顔つきでシグナムはポンッと柏手を打った。打って振り返ると、 「……ややっ」 フェイトがいない。 しまった、とシグナムが舌打ちした時には既に遅く、居酒屋の出入り口付近からバタンと扉を閉める音がけたたましく響いていた。 「さっきまでここに座って飲んでいた女を! 私のツレが何処へ行ったか知らないか?」 手近な店員をつかまえてフェイトの行き先を尋ねてみるが、無論そこまで知っているはずもない。代わりに突き付けられたのは、二人分の飲食代が記載された伝票だった。 「あいつ、よりにもよって高い酒ばかりを?」 一気に酔いが醒めた気分だった。なのに頭痛は癒えてくれないのだから最悪だ。 「えぇい、領収書だ! 時空管理局古代遺物管理部機動六課ライトニング分隊副隊長八神シグナム、お代は歓待費で頼む! は? どんな字書くのか? ……えぇい、ならばザフィーラ様、飲み代でかまわん!」 カードを差し出し、思いっきり苦い顔をしながら会計を済ませるとシグナムは弾丸のように店を飛び出した。今のフェイトは危険だ。放っておくと何をしでかすか……特にエリオの貞操が危なすぎる。 「育ての親に逆レイプされて脱童貞なんてしてみろ……生真面目なエリオのことだ、頭を丸めて出家しかねんぞ……っ!」 ためしにシグナムは坊主頭で読経するエリオを想像してみた。 ――たった今飲み食いしたばかりの酒とつまみがデス&リバース寸前。特にゴーヤチャンプルーの苦味が胃液とユニゾン・イン。焼酎の臭いが鼻腔を逆流しこのままでは色んなものが口からディバインバスターだ。 「ぶっ、お、おのれテスタロッサ! 騎士の誇りを愚弄するか!」 このままでは誇りも一緒に、その、出ちゃう。 反応を追う。 十年間戦技を競い続けてきた好敵手の反応、酔っていても捕まえきれないはずがないと信じシグナムは精神を集中させた。 「……そこかっ!」 捉えた。 まさしく閃光の如きスピードで大通りを駆け抜けている。 「どこだ……どこへ向かっている?」 追いながらシグナムはフェイトの進行方向に何があるのか記憶を頼りに思索してみた。 「……法務局?」 凄まじく嫌な予感がした。 「だから! 結婚可能年齢を十歳まで引き下げてと言っている!」 「……いえ、あの……」 「シャラップ! 何も喋らなくていい! 黙って法律を変えなさい!」 目の前の光景に、シグナムは無言で膝を突いた。 もう、駄目だ。 駄目だ駄目だとは思っていたが、ホント駄目だ。 あまりに駄目なので、シグナムはレヴァンティンを抜いた。 涙に濡れながら、シグナムは渾身の一撃を放っていた。
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