interlude-02
〜南洋酔蝦 二の巻〜


◆    ◆    ◆





「え? スミレについてかい?」
 聖堂教会の最奥、窓一つ無い暗がりの部屋で、メレム・ソロモンは質問を受けるなり渋面を作った。常に飄々と振る舞いながらも冷静さを忘れない少年の姿をした吸血鬼が、本気で嫌そうな素振りを見せるなどまったく珍しい。そんな珍しいものを幾度となく見ているのは、この埋葬機関執務室の主くらいなものだろう。執務机に山と積まれた書類に目を通しているのかいないのか、一定の調子でポンポンと判を押しつつナルバレックは心底楽しそうにその艶やかな唇を歪ませた。メレムが横から覗き見た書類は防衛軍からのもので、最近世界各地で発生している謎の怪鳥による襲撃事件に対する協力要請のようだったが、承けるかどうかはナルバレックの気分次第と言ったところだろう。
 そんなことよりも、今は彼女の暇つぶしによって自分が受けるであろう被害をどうやって最小限に抑え込むかの方が重要だ。
「そう。スミレ・ウォーター・ボトルについて聞きたいの。貴方、彼女とリタ・ロズィーアンとはとっても仲良しだと聞いているのだけれど?」
 メレムの顔が『もう勘弁してよ』とでも言いたげにさらに渋さを増す。
「あの二人とボクが仲がいいだなんて、冗談でもよしてよ。ボクはこの世の中にどうしても苦手な女が三人いるんだ」
「じゃあ、その三人とやらの内二人はスミレとリタと言うわけね。フフ……残る一人は誰なのかしら?」
「いつもながら意地の悪いことを聞くね」
 渋面が憮然としたものに変わる。判の押し終わった書類の束を脇に除け、ナルバレックは少年の表情をさもおかしそうにまじまじと観察した。
「別に、意地悪で聞いているわけではないのよメレム。私は純粋にスミレという吸血鬼について興味があるの。序列自体は貴方より下、二十一番目でありながら、二十七祖の中で最強は誰か――なんて馬鹿馬鹿しい話になると必ず彼女の名前が挙がる。私じゃなくても不思議に思うでしょう?」
 確かに、そうだろう。特にこのナルバレックという女性の立場からすれば、最強の死徒とやらに無関心でいられるはずがない。……と、そこでメレムは少しだけ考え直した。立場じゃなくて、性情からだ。立場的には白翼公と不本意な休戦状態にある現在、スミレには手出しが出来ない。だから、きっとスミレと戦って殺す夢想にでも耽るつもりなのだろう。今は他のメンバーが全員出はからっていてナルバレックとメレムしか残っていない。彼女は退屈で仕方がないのだ。
「うーん。なんでか、って言われても困るんだよね。ボクもスミレと本気で戦ったことなんて無いし。彼女の本気を知ってるのは、多分リタとトラフィムだけだと思うよ? いつもは酔っぱらってセクハラしてくるだけだしね」
 途端、ナルバレックは机から身を乗り出し、興味津々と言った顔で、
「セクハラ……貴方、セクハラされたの? どんなセクハラかしら? 私のより過激? 気になるわね、とーっても」
 そう捲し立てた。
「……君といい勝負だよ」
 メレムの口と、そして手足の獣達から同時に溜息が漏れる。スミレとリタに会いたくなくてシエルに今回の任務を押しつけたまでは良かったが、その結果留守番が自分一人になるというのは全く誤算だった。他のメンバーが一人でも残っていれば、直接こうやってナルバレックの相手をする必要もなく、自分はいつもの道化役でいられたと言うのに。
 道化は自分以上の道化の前では道化たりえないのだ。
「じゃあ、アレね。貴方、その四匹の淫獣を駆使して色んな変態プレイに付き合わされたりしたわけね。いやだわ、想像しただけで濡れてきてしまうじゃないの」
「誰の手足が淫獣さ。あーやだやだ、君は本当に品性下劣だね」
「貴方の麗しの姫君とは大違い?」
 それはそうだ。答えがわかりきっていることばかり質問してくる辺りが本当に意地が悪い。それでいて、彼女はメレムが自分から離れていくことなど微塵も疑っていないのだ。だから余計にウンザリする。
「これで君がおもしろくもなんともないただの変態性倒錯者だったら、ボクは何の未練もなくここを抜けて姫君のところに行くんだけど……」
 勿論、教会が秘匿しているお気に入りのアーティファクトは退職金代わりにゴッソリといただいていく心算で。だが、実際にそんな事をするつもりは欠片もなかった。この殺人狂のお嬢さんは見ていて本当に飽きないのだ。多分、あと数十年は愉しませてくれるだろうと思う。
 吸血鬼の最大の敵は教会の代行者などではない。永遠の時を生きる者に与えられた天敵、それは即ち退屈だ。退屈は精神の老化に拍車をかけ、魂そのものを腐らせていく。かといって純粋に永遠を目指した挙げ句に自我を霧散させ混沌やタタリの二の舞になるなど、それはメレムには耐えられないことだった。
 メレム・ソロモンは永遠のピーターパンなのだ。
「貴方がここを出ていったら、私は悲しいわ。これは本音よ?」
 唇を三日月のようにして言う台詞じゃなかろうに。だが、これこそが今代のナルバレック。いまだ三十と少しの年月しか生きてない小娘の分際で、千年を生きる祖を三体も撃破してきた怪物中の怪物。
「君が悲しむ姿を見られるんだったら、それはそれで嬉しいね。でも、君はきっと泣きながらボクを殺すだろ? それは困る。ボクはまだ姫君の唇を奪っていないからさ。その夢を叶えるまで死ぬわけにはいかないんだ」
「じゃあ応援してあげるわ。だから成功したら教えてくれる? その時は、私が万感の想いを込めて何度も何度も貴方を殺し続けてあげるから」
 メレムを殺す光景を想像しているのだろう、恍惚とした表情を浮かべるナルバレックは、困ったことにとても美しかった。きっと自分を殺している最中の彼女はこの世の誰よりも、もしかしたらあの麗しのアルクェイド・ブリュンスタッドよりも美しいのではないかとメレムは思う。
 ――自分がピーターパンなら、彼女はウェンディだろうか?
 不意にそう考えてから、メレムは即座にそんな事あるわけないじゃないかと苦笑した。彼女、ナルバレックがウェンディのはずがあるものか。彼女は美しき殺人狂。何も生み出さず、ただ奪うのみ。母性の真逆、そんなウェンディがいるはずがない。
「それで、スミレのことを聞きたいんだっけ?」
「そうよ。すっかり忘れてしまうところだったけれど、教えてちょうだい」
「でも本当に詳しくは知らないよ? 多分、君が伝聞で知ってる知識に毛が生えた程度の事だと思うけど」
「いいのよ。どうせここでこうしてるだけでは退屈で仕方ないわ。このままじゃあんまりに暇で、私、貴方を殺してしまうかも知れないもの」
「うひぃっ、殺されちゃたまんないや。わかったよ、教えるよ」
 さて、しかしそうは言っても何から話せばいいだろうか。
 現在のトラフィム派に属している二十七祖は、いずれもがとんでもない変わり者達なので簡単には説明のしようがない。特に、スミレはその中でも極めつけだ。何しろ通常の死徒であれば性欲や食欲、闘争への欲求などを満たすことで防いでいる精神の劣化を、終始酔っぱらうことで防いでいるような非常識な不死者なのである。初めてスミレという死徒について聞き知った時は、流石のメレムも呆れたもので、そんなだからスミレやリタは苦手なのだ。彼女達はからかっても意味がないどころか、逆に道化である自分をいいようにからかって遊ぼうとするのだからたまったものではない。
「それじゃまずはスミレの能力から話すけど、彼女がどんな能力の持ち主かは聞いたことあるだろ?」
「ええ、それは知っているわ。多くの死徒の中で唯一“空想具現化”を扱える、それがスミレ・ウォーター・ボトル」
「もっとも、自在に扱えるわけでもないんだよ。あくまで限定的に、さ」
 神妙な口調で道化は謡うように言葉を紡いでいく。会話の主導権を握れたことで、ようやく本来のメレムらしさが出てきたといったところか。
「……でも、限定的だから逆に厄介なんだ」
「厄介?」
 もったいぶった態度で、メレムがおどける。ああ、やっぱり気持ちがいい。自分はやはりからかわれるよりもからかう側、弄られるよりも弄くる側なのだと実感しつつ、あどけない顔をした道化はニンマリと笑って答えた。
「スミレは、あの酔っぱらいは本当に水魔……人魚なのさ」





◆    ◆    ◆






 もうずっと長いこと暮らしてきた、慣れ親しんだ海だった。
 人間が言うところの年月などエビラは知らない。わかるのは、せいぜいが月の満ち欠けくらいのことで、彼はあるがままにこの水底で生きてきた。自分が生まれ育った海を、赤い甲冑と左右に携えた双剣を駆使して守り続けてきた。
 この海のことなら何だってわかる。わからないことなど、何一つ無い。

 ――その、はずだった。

 まず最初に違和感を感じたのは、間違いない。目の前を無礼に泳ぐとても小さき存在、こいつがあの黒い鉄の鮫を引き連れて来た時だ。
 鉄の味は不快だ。あの味は、海を殺す。だからエビラは鉄を殺す。海を殺させないために、鉄を殺す。今までもそうしてきたし、今回もそうするつもりだった。鯨も、鮫も、巨大なタコやイカも、深紅の双剣の敵ではない。自分はこの海の守護者にして覇者。敗北など知らない。知っているのはこの南海の美しさだけだ。
 なのに、今日の海はおかしい。自分が知る、愛すべき海が、鉄の味以上の不快感を纏って鳴動している。
 エビラは困惑していた。猛り狂い、あの小さき者を今すぐにでも引き裂くべきなのだろうが、海中を覆う違和感が双剣を鈍らせている。エビラの中で、この海への愛と誇りが警鐘となって響き渡っていた。



(思ったより鋭いみたいね)
 魔力を溜め込み、放とうとした瞬間に自分から距離を取ったエビラの行動をスミレは素直に感心していた。ただの酒のツマミではこうはいかない。あの深紅の怪獣はただ活きがいいだけの海産物ではなく、紛れもない強敵である。
 いくら怖いくらい澄んだグラン・ブルーと言えども、これだけ距離を取られてしまうと目算がつけられない。潜水艦のソナー並に優れた感覚を持つスミレではあるが、エビラの航行速度は最新鋭の潜水艦すら凌駕する程であったし、その生物的な動きを捉えきるには些か距離が離れすぎていた。
(さ〜あ、どうしようかしらねぇ)
 待つことは別に苦痛ではない。持久戦はむしろ得意な方だ。しかしあまり時間をかけすぎるとリタ達が艦に戻ってきてしまう可能性もあるので、出来れば早い内に決着をつけたくはあった。もしあの芸術家気取りが帰ってきた時に自分がいなかったら、また何を言い出すかわかったものではない。可哀想に、シエルとバゼットは憂さ晴らしのために散々弄ばれてしまうだろう。
(……それはそれでおもしろい……かな? でーも)
 余計な想像に胸躍らせるのはやめておこう。今は全ての想像力を駆使する必要がある。そうでなければあの重装甲を貫くことは到底出来まい。

 空想具現化――マーブル・ファンタズム――

 スミレが行使出来る最大級の異能。全想像力をそれに注ぎ込み、一撃で仕留める覚悟があってようやく太刀打ち出来る……エビラはそんな相手だ。
 先程、スミレは巨大な拳を思い浮かべ、数万トンの海水を圧縮した水拳でエビラを撲殺するつもりだったのだが、まんまと逃げられてしまった。魔力を察知したのではなく、単純に水の異変を感じて距離を取ったのだろうが、そうなると実に厄介だ。
 スミレの空想具現化には、真祖や精霊の類が行使するような万能さはない。
 世界を書き換える――そんな途方もない能力を無条件で使うなど、いくらスミレ程のポテンシャルがあっても不可能だ。
 水魔の世界はあくまで水中に限定される。書き換えることが出来る世界も、当然ながらそれに準じる。吸血種と言うよりも水の精霊種に近い存在と成りえたスミレが扱える空想具現化は、水と無縁のものを変貌させることは出来ないのである。
 とは言えそれは別に悪いことではない。むしろ水に限定されることで想像力は全くの無から何かを描き出すのと違い、かなり楽に必要な状況を想い描くことが出来るのだ。水中に限って言えば真祖の姫君とやり合っても負けないだけの自信がスミレにはあったし、メレムや他の二十七祖が彼女を条件付きで最強と認める理由もまさにそこにあった。
 だが、あの南海の守護者はそんな水魔をも上回るとでも言うのか。
(こっちから攻めるのはアタシの流儀じゃないんだけど……)
 リタのような先手打ちと違い、スミレの戦法はどちらかと言えば後の先である。特に空想具現化は意識を能動的な攻撃行動に向けながらでは充分な威力での発動が見込めないため、本気となると余計に後の先スタイルとならざるをえない。
(シオンちゃんみたいに分割思考でも出来ればまだマシなんだろうけど、アタシあーゆーの苦手だしなぁ)
 白翼公の城で、自分が振る舞った酒を強がって一気飲みした挙げ句にひっくり返ってしまった可愛い錬金術師の姿を思い浮かべ、スミレは苦笑した。まったくあの娘は自分以上に吸血鬼には向いていないと思う。
 トラフィムは彼女の素直さは強さだと言うが、強弱で語るのは無粋だろう。彼女の純粋さは危うげで、だからこそ美しい。それに、酒の席では絡み甲斐もある。
(ま、シオンちゃんをからかうためにも、ここはしっかり勝ちを狙うと――)
 ――シオン?
 そこまで考えて、スミレの顔が破顔した。いい手を考えついたとばかりにニヤけ、気泡の出ない笑みを浮かべながらゆっくりと泳ぎ始める。
(感謝するわよ、シオンちゃん)
 帰ったらまた美味い酒でも御馳走してあげよう。今度はすぐに潰れてしまわないようこっちで上手くコントロールして、散々飲ませつつ思う様シオンで遊ぼう。そう考えただけで、スミレは愉しくて仕方がなかった。
 そのためにエビラを倒すのも、また一興だろう。






◆    ◆    ◆






「そう、あの女は人魚なんだよ。人を惑わすことにかけては天才的だと言っていい。ボク達二十七祖も彼女の言動に何度困惑させられたかわかったモンじゃない」
「それは策士って事かしら?」
 興味深げなナルバレックに可愛らしくウィンクしつつ、メレムは人差し指をチッチッと揺らして見せた。
「策士なんてモンじゃないね。むしろ策士ならありがたいくらいだよ」



「あれはそんなご立派なものじゃない。正真正銘、天然って言うのさ」






◆    ◆    ◆






 エビラは、小さき者が自分に向かって驚異的な速度で向かってくることを鋭敏に察知していた。どんなに違和感に覆われようともこの海は自分の庭も同然。その中で起こる全ては手に取るようにわかる。
 愚かな、小さき者よ。
 いかに強かろうとも彼我の差は絶対的なものだ。数十倍の体格差を覆し、圧倒的な防御力を貫く術があるのか? 否。ありうはずもない。
 絶望に駆られた特攻など、見苦しいにも程がある。誇り高き南海の騎士は、人間で言うところの怒りにも似た感情で双剣を構えた。僅かにでも好敵手と見た自分の買いかぶりだったのだ。所詮は鉄を引き連れた矮小な存在、この巨鋏で切り刻み、鉄で汚れた海への供物としてくれよう。
 相手は小回りがきく。おそらく、双剣を回避して懐に潜り込むつもりだろう。エビラは身を屈め、自らの間合いへ獲物が飛び込んでくるのを静かに待った。射程内に捉えた瞬間、飛びかかって一瞬で勝負をつける。懐に飛び込もうと全速力で突っ込んでくる相手に、こちらからも全速力で突っかければまず回避は不可能。見苦しい特攻の、それが末路だ。
 エビラは待った。長い、長い、数秒間を。
 研ぎ澄まされた感覚が、相手の接近を告げる。あと、もうほんの少し。
 そして、獲物は境界線に触れた。
 エビラの深紅の巨体は、弾かれたように水をかき分けて、小さき者を両断せんと襲い掛かった。



 回避は、不可能。
 予測ではなく、それは確信である。このタイミングで仕損じるなど有り得ない。
 エビラの右剣は間違いなく標的を斬り裂いていた。斬り裂きながら、同時に気付いてもいた。驚く程冷静に。
 これは、デコイだ。
 本物ではない。何故なら、生物を斬った感覚が存在しない。まるで水を、海水をそのままかき分けただけのような感覚。
 たった今斬った獲物が、空想具現化と呼ばれる能力で作り出された囮の水人形であることなどエビラは理解出来ないだろうし、理解する必要もない。
 彼の本能は、既に見つけていた。囮に隠れてその後ろから悠々と近付いてきた、獲物の本体を。だから再びゆっくりと待つ。後は無造作に左剣を突き刺すだけで全てが終わる。
 これで、戦いは終わりだ。小細工は所詮小細工。この海はいつもの平穏を取り戻す。青い、静かな平穏を――

 ――違う。

 そこに至って、ようやくエビラは己が身に生じた異変を感じ取っていた。
 この穏やかな感じは、勝利がもたらしたものではない。何とも言えぬ心地よさが体中を駆け巡り、エビラがこれまでの長い生涯で経験したことのない感覚が支配していく。その安らかな不安と恐怖にエビラは暴れ、しかし抵抗もほんの数秒のことだった。



 長大な水の槍に貫かれながら、エビラは痛みも苦しみもなく、ただ愛すべき海の青さにその身をあずけていた。






◆    ◆    ◆






 再び全身に巡るアルコールが、心地よい酩酊状態をもたらしていく。
 酔いどれ水魔は力無く海底に横たわったエビラの巨体を見つめながら、艶っぽい、吐息にならない溜息を吐いた。
(んー、フフフフフ〜。残念だけど、アタシの勝ちね)
 腰に手をあて、豊かな双丘を突き出して思う様勝ち誇る。それを見ているのかいないのか、エビラの目は何も語らない。
 深紅の鎧をさらに赤く染め上げて、南海の騎士はただ静かに海を感じていた。



 最初の激突の瞬間、エビラが斬り裂いたデコイはスミレが空想具現化で用意した水人形だったのだが、ただの水人形ではなかったのだ。
 人形を構成していたのは、海水ではなかった。かといって真水でもなく、果たしてそれはスミレ・ウォーター・ボトル特製の紹興酒だったのである。
 中華料理には、酔蝦という海老を紹興酒や老酒で酔っぱらわせてから茹でて調理する料理が存在するが、スミレはそれを応用してみせたのだ。何のことはない、酒で酔わせて大人しくなったところにトドメの一撃をズブリ。カマキラスに風穴を空けられたリタが聞いたら『また貴女はそんな馬鹿馬鹿しい方法で……』と呆れかえり、憤慨することだろう。
 ともあれ、スミレは勝利した。方法は兎も角、結果だけ見れば圧勝である。
(フフ。……ま、死ぬような傷じゃないから、アタシ達が帰るまでそこでノンビリ酔い倒れててね……)
 エビラの甲羅を撫で、優しく口づける。この誇り高き騎士へ、愉しいひとときを過ごさせてくれた感謝と、縄張りに踏み込んだ詫びを込めて、口吻を。
 そのままエビラの甲羅を軽く押し、浮上する。
(……あっちは、無事に目的地に辿り着いた頃かしらねぇ)
 この話を聞かせてやったら、三人ともどんな顔をするだろう?
 まったく、いい酒の肴が出来た。
 笑顔でエビラに別れを告げ、スミレはノンビリとたゆたいながら帰路へついた。
 何処までも青い海を、酔いどれ人魚の影が気持ちよさげに漂っていた。











〜to be Continued〜






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