episode-06
〜第一種警戒体制〜


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 第一種警戒体制

 Gの活動が物理的以外の
 科学、地質、気象、精神など
 いかなる点でも一つ確認された場合





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「ヤツを目覚めさせたい?」
「……はい」
 霞ヶ関の国土庁舎の一室、『特殊災害研究会議・Gルーム』と書かれたその部屋に、奇妙な来訪者、シオン・エルトナムとメレム・ソロモンが訪れたのはほんの五分程も前のことだった。
「そりゃ、今なら柏手一つで目覚めちまうんじゃないかって感じだが……おっと」
 軽い揺れが、部屋の主の言を遮った。ここ最近、伊豆一帯の火山活動が活発化したために地震が多い。先日もお気に入りの湯飲みを割られてしまったばかりだ。
「これこの通りだ。こちとらいつ三原山がドッカーンといっちまうかビクビクしとるよ」
 戯けるように笑いつつ、サングラスの下に隠れた彼の目はシオンとメレムを値踏みするように見つめ続けている。
 男の名は権藤吾郎。特生自衛隊調査部一佐であり、このGルーム専任として国土庁へ出向してから十年にもなる。
「それだけではありませんね? 貴方が第一種警戒体制発令を進言したのは二ヶ月も前……まだ活動が活発化する前です」
 シオンの問いかけに、権藤はクックッと喉を鳴らした。珍しい客人、それも年若い外人娘ということで軽く相手をしてやるつもりだったが、どうやらそう甘い連中でもないようだ。少なくとも彼の意見に全く耳を貸そうともしない上の連中よりは、よっぽど出来る相手だろう。
「そういや、アンタらはむしろそれの専門だものな。ESP……要するに超能力研究所とかいう怪しげなとこの被験者達が出現を予知した程度じゃ、この国は動いちゃくれない。“裏”に関する理解度は深くても、世論が許しちゃくれないんでね」
「それに関しては、どの国も大概でしょう。私達がこうして動けるのは単に国家に帰属しないためです。心中、お察しします」
「そいつぁどうも。だが、だからってヤツを目覚めさせたいってのは穏やかじゃない」
 当たり前だ。
 この十年、三原山に眠り続ける怪獣王ゴジラ。ひとたびヤツが目覚め、本土に上陸したなら日本が再び壊滅的な被害を被ることは目に見えている。いくら今ゴジラを完全に殺しきってしまわなければ人類存亡の危機だと訴えてみたところで、それで一つの国家がはいそうですかと理解を示してくれるはずがない。だからシオンはこのGルームを訪ねたのだ。
 対特殊生物戦のエキスパートで、十年前、新宿におけるゴジラとの総力戦を生き抜いた歴戦の権藤の進言ならば、自分達の言葉よりはまだ聞く耳を持ってくれるはずと信じて。
 だが、この国もそう生易しくはないらしい。
「どちらにせよ、今のままではいつゴジラが目覚めるかはわかりません。ならばこそこちらからヤツを目覚めさせて一気に殲滅してしまうべきだと――」
「そりゃわかる。わかりますがね……お嬢さん。確かに対ゴジラの研究は続けられてる。今の特自の装備なら、万全を期して仕掛ければ殲滅も可能かもしれん。だが、もし駄目だった場合、誰が責任を取ってくれるね?」
「それは、ヴァンデルシュターム財団が出来うる限りの――」
「物的損害はな。でもな、人的損害はそうもいかない。それとも……死んだ連中を吸血鬼にでもして生き返らせてくれるのかい?」
「な! それはッ」
「……シオン」
 権藤のあまりと言えばあまりの言葉に、思わず腰を浮かし激昂しそうになったシオンをメレムが横から制する。交渉人として彼女はけして無能ではないが、いかんせん若すぎるのは否めない。権藤の方がどうやら一枚も二枚も上手のようだ。
「権藤一佐」
 その時、今まで権藤の後ろに立ったまま事態を静観していた女性が最初にお互い名乗り合って以来初めて口を開いた。
「彼女の言うことはもっともです。いつ現れるかわからない相手をおざなりな準備でもって迎え撃つよりも、こちらから目覚めさせ一気に叩いた方が犠牲は少なくすみます。特自上層部にも賛同してくれる方は少なくないはずです」
「おいおい、家城、お前までお嬢さんと同じ意見か。ったく、女の方が過激だねぇ」
「まったくだね。怪獣なんかよりもげに恐ろしきもの、汝の名は女なり、だよ」
 権藤と、申し合わせたように横から口を出したメレムに、女性――家城茜――とシオンがそれぞれキッと睨みをきかせる。
「やれやれ、これだよ。お互い肩身が狭いもんですなぁ、吸血鬼の大将」
 同じく特自から左遷同然にこのGルームに出向中の身とは言え、茜と権藤とでは事情が異なる。それにシオンより十歳近くも年上とは言え、茜もやはりまだ権藤のような老獪さを持つには若すぎた。
 権藤とてシオンの言い分の正しさは理解しているつもりなのだ。今のままではゴジラへの問題意識よりも、火山噴火や地震に対する安全対策の方が重視されているため、いざ出現となればおそらくは対応しきれない。さらに、特自上層部はゴジラを甘く見ているというフシもある。この十年、ゴジラが三原山火口に姿を消してからも特自はその戦力を増強し続けてきた。結果、ゴジラ以外の特殊生物に後れをとったことは一度としてなく、今の戦力であれば例えヤツが不意に出現しようとも充分に対応しきれると考えている者が多いのが実情だ。だが、その考えは甘すぎるのだ。実際にゴジラと戦ったことのある権藤には、ヤツが他の特殊生物とはどれだけ一線を画す存在であるかが身に染みてよくわかっている。
「ヤツが火山の中にいるうちは手出し出来ない。だが……」
 日本で最後に巨大特殊生物――地底怪獣バラゴン――の襲来があってから三年半。いつまでも復活の気配のないゴジラの事も踏まえ、予算を馬鹿喰いするだけの特自の解体すら叫ばれていた今の時期に、突如として世界各地で頻発し始めたギャオス襲来事件と活発化する火山活動、予測される大地震……その上でゴジラを敢えて目覚めさせようと言うシオンの持ちかけてきた案はあまりにも不確定な要素が強すぎる。
「大体、ゴジラを倒せば、その、なんだ。ギャオスが現れなくなるって話も俄に信じられる事でもない。それで上の連中を納得させろと言われてもな」
「それは……そうですが、しかし本当なのです」
 今、ガイアが危険視しているのは人類そのものではなく、“ゴジラを生み出してしまった”人類であり、本格的な攻勢が始まる前に人類自身の手でゴジラを倒すことが出来たなら、地球環境維持装置であるギャオスは再び沈静化するはずなのだ。
 もっとも、それはコスモスに聞いた話から導き出された結論であって、確証があるわけでもない。だが人類の科学力がかつてガイアに滅ぼされたノンマルトより数世代は軽く劣っているのは確かだ。ヒトがまだ星が怖れる程の存在にはなりえていないからこそ、理屈としては間違っていないはずなのだ。
「我々にその事を教えてくれた者達も協力を約束してくれています。聖堂教会、魔術協会、ヴァンデルシュターム財団、そこに特自の戦力を加えれば……勝てます。確実に」
 確実は慎重さを心情とする自分にしては言い過ぎだったかも知れないが、シオンが導き出した勝率は八割以上。だが準備の整わない状態でヤツが目覚めればそれすら半減する。
 絶対包囲網を敷き、覚醒直後のヤツを現有する全戦力でもって殲滅。
「権藤一佐、ギャオスに関する問題はこの際無視してくださって結構です。単純なゴジラ殲滅作戦としてお考えください」
 シオンとしても、ここは譲れない。権藤とヴァンデルシュターム、双方から働き掛ければ特自、そして日本政府も必ず応じるはずだ。トラフィムとヴァン=フェムの事だから、既にそうなるよう根回しは済んでいるに違いないだろう。計画の最後の一手こそが、こうしてGルームを味方につけることなのだ。
「……少し、聞いておきたいんだが」
「はい」
「やっこさんが出てきた場合、作戦指揮は誰が執ることになるんだ?」
「我々の組織には対怪獣戦で指揮棒を振れる人間はいませんので、特自の指揮下に入ることになります」
 その言葉に権藤は顎に手をやってふむ、とひとりごちると、
「となると、おそらく指揮を執るのは特殊戦略作戦室の黒木君あたりか。噂のヤングエリート集団……不安はあるが、悪くないな」
 ニヤリ、とまるで悪戯小僧のような笑みが浮かべた。
 あのゴジラとの最後の戦闘後、その生存と復活を声高に唱え、それを煙たがられたのかGルームに出向を命じられて無駄飯を食らい続けること十年。ようやく決着をつける時が来たことで、不謹慎だと自覚しつつも権藤の胸に湧き出た感情は喜楽にも似たものだった。
 黒い山のような体、白い牙、巨大な足、鋭い爪、全てを薙ぎ払う熱線――そして戦死した多くの仲間達の顔も、名前も、どれもまだ覚えている。
「で、オレ達はどうなるんだい?」
「その経験を生かして作戦指揮を補助して頂くか、もしくは特自の対ゴジラ用最新兵器のオペレーターを務めて貰うことになるかと思います」
「特自の……スーパーXUか。まぁ、そっちは家城、お前さんにお声がかかるだろう。なにせ専門だからな」
 そう言われ、シオンは改めて茜の方を見た。
 90式メーサー殺獣光線車のオペレーター。その中でもトップクラスの腕を有しながら、三年半前のバラゴン戦以後、こうして権藤同様Gルームに左遷されている彼女の事情まで詳しく知っているわけではなかったが、その闘争心に一抹の揺らぎもないことは一目でわかる。
 そして、それは権藤も同じだ。
「アンタらの提案を呑むのに、一つだけ、条件がある」
「なんでしょう?」
 ゴジラの驚異から日本を守る……そう誓いを立てて十年。封印されてきたのはヤツだけではない、権藤もまた同じく封印されてきた身だ。だからこれはゴジラの復活であると同時に、権藤吾郎の復活でもある。
「前戦に立たせてくれないか? 後ろでふんぞり返ってるってのは、どうにも性に合わないんでね」





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「あの権藤って人、死人だね」
「シビト?」
 霞ヶ関からの帰り道、ヴァンデルシュタームが所有するヘリの中で、メレムは地上を見下ろしながらなんとはなくそう漏らした。
「戦争屋に多いんだよ。生ける屍って呼んだ方がいいかな。とうの昔に自分の命なんて捨てちゃってる、そんなこわーい連中がこの世の中にはたくさんいるのさ」
「それを言うなら私も貴方も吸血鬼、それこそ生ける屍ではありませんか」
 呆れたように言うシオンに、メレムは愉快そうに微笑みかけると、
「わかっちゃいないなぁ。シオン、君もボクもまだ生きることを楽しめてるだろう? でも彼らはそうじゃないんだ」
 そう言って再び地上を見下ろした。
 生きることを楽しめている――果たしてそうだろうかと考えを巡らし、シオンは、確かに自分はまだ楽しめているのだろうと納得した。少なくとも、このような事態にあってなお自分はこの国を再訪する事を喜んでいた。それは、死者にはありえない感情のはずだ。
「生への実感を持ち得ない……ゾッとしませんね」
 トレードマークのベレー帽へと手をやり、僅かなズレを正すと、シオンもメレムと同じように視線を地上へと向けた。
 窓から見えるミニチュアの街並み。おそらく、怪獣達の目に映る光景もこれと似たようなものなのだろう。ならばこれは、なんと脆く、儚い栄華なのか。
「生きることが戦いなんじゃなく、彼らにとっては戦ってる間だけが唯一生の実感を与えてくれる瞬間なのさ」
 脆弱な栄華の中で、刹那の幸福に身を委ね、生きる。それを愚かしいと笑うことも、そうやって生きることも出来ないのが生ける屍たる者達なのだろう。
「ボク達みたいな人間くずれのバケモノと、権藤みたいな生ける屍が協力してこのちっぽけな世界を守るんだ。滑稽な話じゃないか」
「まさに、道化の喜劇ですね」
 薄ら寒い話だ。
 そうして戦う相手は、あまりにも巨大な生命。
「出来れば、ハッピーエンドでこの喜劇を終わらせたいものですが……」
「そうだね。まったくそうだ」
 しかしそれがどれほどの困難であるかを理解していない二人でもなかった。シオンの言うところの勝率八割以上――正確には81.4%――も、事実上不可能な勝因を無理矢理に継ぎ足してようやく導き出せた数値だ。
 相手は地球そのものに危機感を抱かせる程の存在……その驚異は、ワラキアの比ではない。アトラス院の小賢しい計算式などどこまで通用したものか。
「……我が子を殺そうとする親、か」
 不意にヴァン=フェムの言葉が脳裏をよぎった。
「子殺しを大罪であると最初に言ったのは、一体誰なんだろうねぇ」
 自らが生み出した人類を抹殺しようとする地球。
 自らが生み出したゴジラを抹殺しようとする人類。
 ヴァン=フェムに『思い通りに育たなかった我が子を殺そうとする親をどう思うか』と問われた時、シオンはそれを度し難い行為だと答えた。
 だが、自分達がこれから行おうとしているのはまさにそれなのだ。あの老人は、その事に気がついていたのだろうか?
「……それでも私達は、生き延びるために戦うしかない。そのためなら、親も、子も、全てを叩き潰してでも」
 まさに、畜生にも劣る血塗られた道。
「ゴジラがボク達を憎むのも、当然ってワケだ」
 その度し難さ故に。

 ――それに、やがて親を越えいくのが子の務めでしょう?――

 かつての自分の言葉を反芻しつつ、シオンは眼下のミニチュアを見下ろし続けた。





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「信用出来るんですか? 彼女達」
 来客用の湯飲みと、ほとんど手のつけられていない茶菓子を片付けながら、茜は権藤に憮然と訊ねた。





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 特生自衛隊――対特殊生物用防衛力を目的として設立された組織の一員として、吸血鬼や伝説上の存在として認知されている妖魔の類が実在していることは茜も知識として知ってはいた。
 だが、実際に目にしてみた彼らは少なくとも外見上は自分達ただの人間とまるで変わらず、だからこそどうにも信用出来ない。あれなら、いっそ見るからにそれとわかるような仰々しい外見をしてくれていた方がまだ良かった。見た目に信じられない相手の言動を信じろと言われても難しいものだ。
「俺は信じとるよ。バケモノの相手をするのも長いしな」
「ですが、一佐。彼女達は、本当に……」
「吸血鬼なのか、ってか? ……まぁ、お前さんの言いたいこともわかるが、本当だろうな。特にあのガキの方だ。場慣れした、嫌〜な目をしてやがった。二十七祖って連中はあんなのばかりだとよ。嫌になるぜ、ったく」
 権藤にそこまで言われれば、茜としても黙るしかない。
 対特殊生物のエキスパートとして、権藤は自分とは比べ物にならない程の実戦を経験してきた猛者中の猛者だ。この三年半、単にゴジラを監視するだけの役目であったにも関わらず、茜はその事を嫌と言う程思い知らされてきた。防衛大出のエリート達とは、一味も、二味も違う。
 そんな権藤の本気の発言であれば、特自も、政府も、無視は出来ない。ゴジラは蘇り、決戦になるだろう。
 その時……果たして自分は、戦えるだろうか?
 汗ばんだ手が、制服の裾をギュッと握り締める。
 ……戦える。戦って、みせる。
 ここで戦わなければ、何のための三年半だったのか。戦うことでしか、自分は過去を清算することは出来ない。罪を、贖えない。
 ならばこそ、茜は大島のある方向を、見えるはずのない三原山の噴煙を睨み据えた。
 過ちは、繰り返さない。
「あまり気負いすぎるなよ、家城」
 すっかりぬるくなったお茶を一息に飲み干し、権藤は自分の執務机に置かれたゴジラの模型を撫でながらそう声をかけた。
「……わかって、います」
 三年半前、バラゴンとの戦闘で天才オペレーターと称されていた彼女が犯した過ちについては聞き知っている。そして、その事がどれだけ彼女を苛んできたかも。三年半の間、この閑職に封じられながらも茜は一日としてハードトレーニングを欠かさず、それどころかまるで自分を痛めつけるかのように鍛え込んできた。その気迫が、悪い方へ働かなければいいのだが……そればかりはどう転ぶか、権藤にも推し量れない。来るべき決戦にその闘争心は間違いなく必要であり、だから『気負いすぎるな』などというあまりにも簡単な助言しか出来ないのだ。





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 気まずい沈黙が室内を覆う。
 重苦しい空気に耐えかねた権藤は、ゴジラの模型の横に置かれていた『G対策要綱』と書かれた印刷物をペラペラと捲り始めた。既に一通り目を通したものだが、細かいところでまだ読んでいない部分もある。
「……対ゴジラ用特殊戦闘機……スーパーXU改か」
 十年前、ゴジラの東京襲来時にこれを迎撃した首都防衛移動要塞スーパーXを回収、対ゴジラを前提に新たに開発したのがスーパーXUで、今回のこれは先頃完成したそのさらに改修機にあたる。外部装甲に使用されていた超耐熱合金NM32を超耐熱合金NT-1Sに変更、実弾兵器中心だった装備も最新のメーサー砲へと変更してあり、さらにはスーパーXが試験的に使用していたカドミウム弾を正式装備として再び装備しなおしている。
 最大の特徴は合成ダイヤモンド製の熱線反射鏡、ファイヤーミラーだが、それも素材をさらに練り上げ、反射率、収束率を格段に向上させてある。
 ゴジラを攪乱するための運動性、高機動力。通常兵器では殺傷出来ないゴジラを倒しうる武装。圧倒的な破壊力を持つ放射熱線を防ぎきる防御力。
 その全てを備えたこいつは、特自が所有する対特殊生物用兵器としては間違いなく最強のものだ。
 そのスーパーXU改と、さらにありったけのメーサーヘリ攻撃機、殺獣光線車で三原山を完全包囲。近海は特自だけでなく海自の誇る最新鋭イージス艦が埋め尽くす一大戦力に加えて、シオンがヴァン=フェムから借り受けてきたという魔城ゴーレムが二体、コスモスが言うところの守護神獣がゴジラを一歩たりとも日本本土へは近付かせないよう配備される予定となっている。
「勝てる! ――と思いたいが……ねぇ」
 それでもなお、全身にネットリとまとわりつくような不安が尽きることはなかった。十年前とは比べ物にならない戦力だというのに、それでもあの破壊神の相手をするには充分などという言葉はありえないのだと、権藤の直感はそう告げていた。





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「……またか」
 男はそう呟くと、この洞窟内でそれが果たしてどれだけ意味があるかはさておき僅かに身を屈めた。
 地震、それも結構大きい。
 この日、伊豆半島沖では七回の有感地震、百二十八回の無感地震が計測されていた。この二ヶ月間、日に一度は必ず有感地震が起きていたが、ここ数日、その頻度が明らかに多くなってきている。
 伊豆諸島にひっそりと浮かぶ甲神島も、地震に怯える日々を過ごしていた。この洞窟も、一週間程前の地震で岸壁が崩れ、突然現れたものだ。
 男は以前からこの島に伝わる伝承、そして数少ない出土品に注目していた。そこへきて島の内部に広がる謎の空洞部へと繋がる洞窟の登場だ。異端として学会を追われた身ではあれど、考古学への熱意まで失ったわけではない。
 ここには、きっと何かがある。
 男は、そう信じて今日も洞窟の探索を続けていた。
 甲神島に伝わる玄武伝説、その真実を求めて。











〜to be Continued〜






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