episode-09
〜第三種警戒体制(前編)〜


◆    ◆    ◆






 朝靄の中に浮かぶこの光景を一言で言い表すなら、壮観と言う以外にはないだろう。シオンは、二日後に迫った作戦を前に、ここ、伊豆半島下田に徐々に集結しつつある大戦力を見渡しながら嘆息した。
 今はまだ半数程だが、明日にはメーサー砲を主砲に備えた特自の対特殊生物戦用艦艇が十四隻も集う。今回の作戦の要だ。
 当日は、既に大島に上陸している最新鋭のメーサー殺獣光線車を中心とした陸上部隊、そしてメーサーヘリの編隊が地上と空中からゴジラを牽制しつつ艦隊側へと追い立てる算段となっている。そうしてゴジラが大島西、王の浜から海へ入ろうとした瞬間、陸海空全方面から持てる火力の全てを費やし、反撃を許さず一気にゴジラを仕留める。それが黒木のG撃滅作戦の概要だった。
 確かにこれだけの戦力、並の怪獣であればひとたまりもない。だが、それでも不安を覚えずにはいられないからこそ、アレは星をも怖れさせるのだろう。
 その時、シオンは後ろから誰かが近付いてくるのを感じた。
「エルトナム君……早いな」
「白神博士」
 住民が全員待避し人気の無くなった町の方から歩いてきたのは、白神だった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
 白神とは一緒に日本に来たものの、昨日まで彼はヴァン=フェムと共同で研究していたとある“秘密兵器”を完成させるため、筑波の生命工学研究所に籠もりっきりだったせいか、こうして会話するのは随分と久しぶりに感じられた。
「昨夜はすいませんでした。挨拶にも伺えず……」
「いや、到着したのは大分遅かったからね、構わんよ。それに、久しぶりに友人と会っていたのだろう?」
 その言葉に、シオンは少しばかり気まずそうに視線を逸らした。昨日は秋葉達との再会で、緊急時だというのに柄にもなく浮かれてしまった事を反省していたのを白神に見透かされたかのような気がしたのだ。
 もっとも、シオンの考える『浮かれてしまった』というのは常人のそれと比べれば随分と慎ましく厳かなものであり、昨夜も秋葉、琥珀、翡翠、それに未希と夕餉を共にした程度である。多少は酒も飲んだが、元々シオンはそこまで酒を好まないし、秋葉も酒豪ではあるが遠慮する相手に無理に酒を勧めるような暴君ではない。トラフィムや権藤あたりが聞けば、まったく久々の友人との再会につまらない酒宴もあったものだとシオンをからかったことだろう。黒木が聞いたなら……おそらくは未成年者の飲酒を渋い顔でそれとなく咎めたに違いない。
 白神は、今は亡き娘の面影を感じる、しかし英理加よりも幾分か若く生真面目な少女を微笑ましく感じながら、隣に立って海を見た。だが、シオンのように艦艇を眺めたわけではない。朝靄に隠れて見えない、三原山の噴煙を見つめたのだ。
 互いに一言も発することなく、暫く続いた沈黙を破ったのはシオンの方だった。
「それで、博士。結界器は完成したのですか?」
「ああ。今頃はメレム君が自分の血を与え、同調を計っているはずだ。私もこれからすぐにまた筑波に戻って作業の続きだが、遅くとも明日の午後には必要な数は揃うだろう」
 ヴァン=フェムと白神が研究していた秘密兵器とは、まったく新しい結界器だ。それも、魔術師や代行者が使う人払いなどの簡易的な結界ではない。
 使徒二十七祖の第七位に名を連ねる、『腑海林』アインナッシュと呼ばれる吸血種がいる。それは他の使徒とは一線を画す存在であり、幻想種に近い、意志を持つ巨大な一つの森だ。直径五十キロに及ぶ固有結界を発動させ、中に捉えた獲物の血を啜りながら冬眠と移動を繰り返すこの化け物の特性に、ヴァン=フェムは長らく注目していた。そもそも、植物が何らかの意志を持っていることは過去様々な実験から立証されてはいるが、果たしてアインナッシュがどのような意志を有し、あまつさえ直径五十キロもの巨大な固有結界を発動させているのか、そのメカニズムは全くの不明であった。その解明のためにアインナッシュの一部を持ち帰ったヴァン=フェムは、吸血種化した植物細胞の変化を何年にも渡って研究し、白神という希有な遺伝子工学の天才の協力も得てようやくその実態を掴む事に成功したのだ。
 端的に言ってしまえば、腑海林に棲息する植物はアインナッシュの分身であると同時に所謂死徒であり、その細胞は魔力増幅器、さらには生体結界器とも呼べるものであった。これらは森の中心、即ちアインナッシュ本体に摂取した血液を供給する他、本体が形成する固有結界の維持を助け、範囲を森全体へと広げる役目を担っていたわけである。
 固有結界とは使用者の心象世界で現実を浸食する大魔術であり、通常の結界と呼ばれている魔術とは原理が大幅に異なる。楔や護符などの結界器、もしくは呪印で発生、また補強は出来ないはずのものだったのだが、アインナッシュは自らの分身を生体結界器とすることでその補助を可能としたわけである。森は二十七祖アインナッシュとその死徒でありながら、しかし全てが中心の木であるアインナッシュと心象世界を共有する。その特性のみを抽出し、白神が完成させたのが生体固有結界補助装置、通称『マクー』と呼ばれる長さ一メートル程の生きた楔だった。現在、メレムはマクーに自らの血を与え、さらに意識同調させることによって、作戦当日に大島のおよそ半分程を彼の固有結界で覆ってしまう『結界封鎖作戦』の準備をしているのだ。こうすれば島への被害も最小限で食い止められる。
「まったく、博士もヴァン=フェム卿も凄いものを作られたものだ。巨大な固有結界で包み込んでしまえば、どれだけの火力でゴジラを攻撃しようとも外へ被害が漏れ出ることはない」
「島民を全て待避させたとは言え、ゴジラを倒すともなれば大島は壊滅的な打撃を被るのは目に見えている。やれるだけのことは、しておかなければね」
 そんな白神の言葉に、シオンはふと違和感を覚えた。納得のいく、もっともな意見だというのに……何故だろう。
「メレム君には災難だったが、固有結界を張れるだけの人物ともなれば限られてくる。彼には頑張って貰う他ないな」
 白神の顔を、目を、見れなかった。
 尊敬する科学者に対し、どうしてそう感じたのかはわからない。
「全ては二日後だ。忙しいとは思うが君も今のうちに出来る限り休んでおくといい」
 そう言って立ち去ろうとする白神の背中は、いつもの彼の痩せた背中だった。
 だが、シオンは確かに感じたのだ。
「ッ! 白神博士……!」
 老科学者が、静かに振り向く。
「どうかしたかね?」
「……いえ、その……博士も、今のうちに休んでおいた方が……」
 白神の目は何も言わない。
「そうだな。うむ、作業が終わり次第、そうさせて貰うよ」
 それが、シオンには怖ろしかったのだ。



「朝から景気の悪い顔ね、シオン」
「元々こんな顔ですよ」
 白神が立ち去るのを待っていたかのようなタイミングで、シオンに声をかける者がいた。とは言え別段驚きもしない。気配は結構前から感じていたから、おそらくは会話が終わるのを待っていたに違いないのだろう。
「もしかして、昨夜のアルコールがまだ残っているのかしら?」
「お陰様で。ですが、それは無用の心配というものです。自分の限界くらいは見極めてありますから」
「フフ、残念ね。思いっきり乱れたアナタというのも一度見てみたいのだけれど」
「からかわないでください、秋葉」
 翡翠も琥珀も連れず、秋葉は一人だった。
 夏も過ぎ去ろうとし、もう間もなく秋に差し掛かろうという朝にしては暑い。半吸血鬼という体質的な問題であまり肌を晒せないシオンには、秋葉の白いノースリーブのワンピースが結構切実に羨ましい。
「からかってなんかいないわ。貴女はもう少し性格に遊びをもった方がいいのよ。これは本音よ?」
「では言わせて貰いますが……秋葉、貴女はもう少し素直になった方がいい。そうでなければ“彼”は気付いてはくれませんよ?」
 ……などと、言っていて自分も溜息を吐きたくなった。まったく、虚しい。
 少しばかり素直になった程度でどうにかなる朴念仁なら、秋葉も何も苦労などすまい。翡翠や琥珀にしてもだ。本気でどうにかしようと思うのなら、真祖の姫君ぐらいアクティブに自分の好意をぶつけなければ暖簾に腕押し糠に釘、である。
「そうね……友達にもよく言われるわ。後輩は、何だったかしら? “遠野先輩はツンデレですから”とか何とか言っていたけれど……」
「? 聞いたことのない言葉ですね。特別な符丁か、それとも方言ですか?」
「さぁ? 瀬尾は……その後輩の名前なのだけれど、たまにワケのわからないことを口走るのよ」
 揃って首を傾げながら、二人は海沿いを並んで歩き始めた。朝靄は晴れ、次第に大島の噴煙が見え始めてくる。
「それにしても、どうしたのですこんなに朝早く」
「私はいつも朝は早いけれど……」
 確かにその通りだ。シオンが遠野家に滞在していた間、秋葉は兄と違って常に規則正しい生活スタイルを貫いていた。だから朝早く起きて散歩をしていたのだとしても何ら不思議はない。不思議はないのだが……
「それにしても、壮観ね」
 唐突に、秋葉は話題を変えた。その視線の先には、シオンも見ていた特自の艦隊と、そしてもう一つ……物々しい影が威容を誇っている。
「あれが有名なヴァンデルシュタームの魔城、なのかしら?」
「ええ、そうです」
 それは、巨大な艦だった。周囲の艦艇と比べて、一回りは確実に大きい。だがそれだけではない。さらに目を凝らして、秋葉は奇妙なことに気が付いた。
「……海の底に、まだ何かある?」
 海上にせり出している部分は、いわばブリッジ部分だけなのだ。靄が晴れ、朝陽に照らされた凪いだ海の下に透けて見える部分はさらに無骨で大きく、酷く禍々しい感じがする。
「ヴァン=フェムの第二魔城……『武侠艦隊』、アイアンロックスです」
「武侠……艦隊? これ、一隻で艦隊なの?」
 秋葉のもっともな疑問にシオンは軽く笑みを浮かべると、右手を海の方へ向け翳してみせた。その途端、それまで静かだった海面が波立ち、アイアンロックスの黒い船体が不気味な音を響かせつつ海上にせり上がってくる。
「な……」
 思わず数歩後退りながら、秋葉はそのたった一隻の艦隊を見た。
「これでようやく半分ぐらいですね」
 何十本と伸びた長い砲塔、まともな図面を引いて設計したのならまず絶対にこうはならないだろうと思われる継ぎ接ぎだらけの船体、海の底の暗闇をそのまま引き上げたかのような漆黒……
「主に二次大戦中に沈んだ戦艦をサルベージし、それらを繋ぎ合わせて作られたこの魔城は、数こそ一隻ですが紛れもなく『艦隊』です」
 艦と運命を共にした、数え切れない兵士達の怨念を身に纏い、アイアンロックスは秋葉とシオンを見下ろしていた。
「全長はおよそ八百メートルあります。外見は見たままに古いですが、要所は最新の合金を用いて、さらに一部を人工ダイヤモンドでコーティングしてあります」
 かつて第五魔城マトリを白騎士ヴラドの幽霊船団によって落とされたヴァン=フェムは、船団に対抗するために元々船型だった第二魔城に改良に次ぐ改良を重ね、その最新の姿こそが『武侠艦隊』アイアンロックスと呼ばれる魔城の正体であった。
 外側のほとんどのパーツは二次大戦中の沈没戦艦だが、中心部は数百年前から継ぎ足されてきたもので、七つの海に眠る多くの船の集合体となっている。その身に宿した怨念による対魔防壁は魔城の中でも突出しており、見た目とは裏腹に魔術による攻撃の他、物理攻撃も大概のものは寄せ付けない、恐るべき鋼鉄の魔城である。
「防御面だけでなく、武装も二十式対特殊生物プロトンミサイルやプラズマメーサービーム砲、さらに試作品ではありますがマグナムメーサーキャノンにブレードメーサー、メーサー大鉄球など攻守ともに死角無しです。相手が並の怪獣なら、この魔城だけで数分で殲滅出来る……」
「……並の怪獣なら、ね」
 凄絶たる艦隊、アイアンロックスの性能を語りながらも、けして明るくはないシオンの表情を見れば、この上なおゴジラに対しては勝利を確約出来ないのだと言うことがありありとわかった。
「婆羅陀巍山神……バランの研究は、役に立った?」
 何の感情も匂わせず、秋葉はその名前を口にしていた。二年前、久我峰がヴァン=フェムに売り渡した遠野が奉る怪獣。直接関係していたわけではないとは言え、シオンもバランの研究結果は自分の研究に利用させて貰っている。その事を謝罪しようと昨日も機会を窺っていたのだが、結局言えず終いでいたのだ。
「……はい。バランに関しては、ヴァン=フェム卿から言付かっています。すまなかった、と。私からも……その……」
「そう気に病むものではないわ、シオン」
 秋葉の顔は、別に友人を過剰に気遣っているという風でもなく、本心から特に気にしていないと言った表情をしていた。
「私だって実際に見たことがあったわけではなかったのだし、この大事に少しでも役に立ったというのなら遠野家当主としてはむしろ喜ばしいわ。何より……久我峰を抑えられた事には感謝したいくらいよ」
 何年も前から国外の様々な組織と繋がりを設け、さらにグループの金を大量に使い込んでいながらようとしてその尻尾を掴ませなかった久我峰を封じ込めることに成功したのだ、バランと遠野の祖先達には悪いが、秋葉としては困るどころか万々歳だったのである。
「ですが……」
「それ以上はもう何も言わないで。まずはゴジラを倒すこと……違う?」
 そう言われては返す言葉もない。シオンは胸中で秋葉に詫び、感謝しつつ、アイアンロックスを再び海中へと沈めた。
「それじゃ、私はもう行くわ」
 沈みゆく巨体を横目に、秋葉はシオンに微笑みかけるとそう言って元来た道を引き返し始めた。
「行く? 何処へです?」
 問いかける友人に、秋葉はネックレス状にして首から下げていたものをワンピースの胸元から取り出して見せた。
「昨日、甲神島の地下洞窟で貰ったのだけれど……」
 シオンの知識が正しければ、それは勾玉と呼ばれるもので、この国では古代の祭器としても使用されていたものだったはずだ。それが、今秋葉の手の中で仄かな光を放っていた。朝陽を反射しているのではない、勾玉自体が光っているのだ。
「不思議でしょう? これを発見した方が、今まだ甲神の地下を調べてくれているのだけれど、今朝早くに奇妙な壁画を発見したと連絡が入ったのよ」
 どうやらそのために起きたものらしい。おそらく、琥珀と翡翠がいなかったのも今頃ヘリの準備でもしているからなのだろう。
「今それどころじゃないのはわかっているけど……何故かしらね。ひどく気にかかるというか……この勾玉が、まるで私を呼んでいるかのような気がして」
 苦笑しつつも、秋葉の目は何事か確信しているようだった。もしかしたらそれは、彼女の身体に流れる異能の血が何かを告げているのかも知れない。ならば、その感覚を信じるべきだ。自分達は、そう言う世界で生きているのだから。
「秋葉」
 再び歩き出そうとした背中をシオンは呼び止めた。
「大きな地震が増えています。気をつけて」
 その言葉に、秋葉はただ笑顔で返すと、足早に立ち去っていった。





 

◆    ◆    ◆






 数千年を超える年月の間、よくぞ保ってくれたものだと、トラフィムはつくづくそう思う。緩慢な時の流れとそれによって生み出される退屈。吸血種と成り果ててよりこの方、白翼公と呼び称えられた自分が戦ってきたのはなんて事はない、何よりもまずその二つだ。
 最初の百年は、それこそ様々なことをやった。
 むやみやたらに血を啜り、勢力を拡大し、贅を尽くし、幼き憧憬の的であった貴族的享楽に耽った事もある。魔術の奥義を極めんともした。根源への到達も目指した。世界の真理を求めもした。
 だが、それらはすべからく自分が超越者であるという勘違いの産物であった。百年の時の流れは、それら全てが所詮は人としての欲求、足掻きに過ぎず、自分は超越者になど成りえない事を理解、実感するには充分な年月だったのだ。
 人は所詮人としてしか生きられない。また、人として生き、人として死ぬことにこそ意味がある。
 だからこそ望んで吸血鬼に成ったのだし、どのような姿、カタチをとろうとも、永遠を持たぬ者が永遠を求める情動には高尚さの欠片もない。真実を知らない者がそれを求める様もまた同じ事だ。無い物ねだりと言ってしまえばそれで済む事を、かくも大それた言葉で飾ろうとするのに意味を見出すには、トラフィムは些か年を重ねすぎた。
 自分は真実を知らない、だから真実を知りたい。真実を知るためには長い時間が必要となるため、永遠を手に入れる。それで充分なのである。
 だから、ただ永遠を得るだけでは駄目なのだ。そこにトラフィム・オーテンロッゼという個人の意識が残っていなければ何の意味もない。何故なら、“知りたい”のは他でもない、トラフィム自身だからである。混沌やタタリ、そしてあの蛇とはその点で大いに異なる。
 なるほど、フォアブロのとった方法もいい。彼はその身を限りなく混沌へと近付けることで永遠を得ようとした。だが、所詮は混沌である。そこに自我はなく、それどころか生と死という観念さえ存在が疑わしい。何故なら、それすら判然としないのが真の混沌であるとトラフィムは考えるからだ。彼が滅ぶことが出来たのは、真祖の姫君と敵対したからでも直死の魔眼と相対したからでもなく、彼がまだ真の混沌たりえなかったためであろう。真の混沌であったならば、存在は意味を無くし無始無終の“何か”へと変じていたことだろうから。
 ズェピアのとった方法も、分割思考という優れた能力を持つ反面、確たる自我が薄いという己の特生を生かした合理的な方法だったと言えるが、しかし自意識の欠落は結局は目的を不鮮明にしただけにとどまり、存在としては不安定、現象としても不完全なものへと成り果てたに過ぎなかった。
 そしてロアのとった方法は、あまりにも不確定な要素が強すぎた。そもそも魂という概念自体いまだその真実は解明されていないあやふやなものだというのに、転生という手段は個人の存続というトラフィムの目的とはかけ離れすぎている。第一、転生先の意識がかつての自分と同質なものだと果たして誰が断言できるというのか。魂そのものの転移に成功したのか、それとも単に記憶を転写させただけに過ぎないのかなどどうあっても判断は出来まい。仮に魂の転移に成功していたとしても、転生後の器が完全な無でもない限り影響を受けることは免れないはずである。繰り返せば影響を受け続けた自我は薄れ続け、やがては意味を為さない無意識の欠片と成り下がるだろう。
 彼らは三人とも、己が研究のために永遠を渇望したはずなのだ。だが、個人の存続を捨ててまで研究の達成を望むことに果たして何の意味があるのか。それならば多くの魔術師がそうするように、我が子や弟子、後進に全てを託し委ねればいいだけの話ではないか。自らの手で研究を完遂し結果を見届けたいのであれば、自我を喪失してまで永遠に固執する事は矛盾している。
 もっとも、それも彼らが純粋すぎたが故のことなのだろう。素晴らしい魔術師であり、錬金術師であり、そんな彼らがそのせいで手段と目的を入れ違えてしまったことはこれ以上なく嘆かわしいことだ。
 そして自分は、不純であったがためにこうして生き長らえている。
「なにか、おもしろいことでもあったのかね?」
 不意に、それまでテーブルの対面で黙ってグラスを傾けていた盟友が何事かと問うてきた。
「いや、なに。我らは最低俗で良かったとな、そう考えていたのだよ。ク、クク」
「なるほど。確かに、千年を越え生きて尚こうして酒を美味いと感じられるのだから、最低俗も捨てたものではないな」
 そうだろうそうだろうと頷きつつ、トラフィムはテーブルの真ん中に置かれたワインの銘柄を見て、喉の奥を再びククッと鳴らした。透き通るような深紅のシャトー・ムートン・ロスシルド。三十年の熟成が織りなす香り、そして芳醇な味わいを、千年を生きた自分達が愉しむという奇妙な感覚。まったくもっておかしな話だ。
「ヴァン、貴公、三十年前の事を覚えているか?」
「いや、サッパリだ。そちらこそどうなのだ、覚えておるのか?」
 当然のように首が横に振られる。
 概要は覚えている。当時の記録に目を通せば、朧気ながら思い出すことも出来るだろう。だが、そのほとんどはまるで夢か幻であったかのように現実感に乏しい。二人の記憶容量は、人間としての限界をとうに超えてしまっている。いかな秘術、奥義を尽くそうとも、記憶の移ろいを完全にせき止めるには至らず、ただ圧倒的な現実に流されてしまうのを必死に踏み止まるのみだ。
「三十年。この酒は、三十年かけてこの味に達した。ならば我らは、千年かけて一体何をどう成し得たのか……」
「今宵はやけに感傷的だな、白翼公」
「ふん。敵は母なる星、そうもなろう」
 からかうようなヴァン=フェムの口調に憮然と答えつつ、トラフィムはグラスの中身を一気にあおった。
「ゴジラを倒して全てが丸く収まればそれでよし。だが……」
「それだけでは終わらぬ、と?」
 正味のところ、わからなかった。なにぶん相手は星の意志などと言うとんでもないものだ。人の思惟を推し量ることにどれだけ長けようとも、まさか星の思惑を読みとることなど出来ようはずもない。
「コスモス達が言った地球環境維持装置の全容が、ギャオスだけとはとても思えぬ。なるほど、ギャオスは凶悪だ、それは認めよう。だが……それだけで滅ぼされる程霊長とは脆弱な存在か?」
 空になった友のグラスへワインを注ぎながら、ヴァン=フェムは暫し逡巡した後、二枚の紙を何処からとなく取りだして見せた。
「ふむ……これは」
「一枚はギャオスの遺伝子情報だ。ようやく調査が一段落ついたのでな」
 そこには、ナルバレックが倒したギャオスの調査結果の概要が記されていた。それを眺めるトラフィムの目が、次第に険しさを帯びていく。
「……む、うぅ」
「そしてもう一枚は、今さら言うまでもあるまい」
 無論、聞くまでもない。今までにも何度も目にしてきた。だが、その二枚を改めて並べ見れば、そこに浮かび上がるのは紛れもなくトラフィムが長年追い続けてきた真実の欠片だった。
 沈黙が二人を支配する。
 しかしこの場合は喜ぶべきか悲しむべきか、それは長続きしなかった。
「入るわよ、白翼公」
 ノックもせずに、不躾な客人は勢いよく扉を開け放つとヒールの音を響かせて真っ直ぐトラフィムの目の前へと歩いてきた。
「ノックくらいして貰いたいものだな、ナルバレック。怨敵に対して礼儀正しくしろとは言わんが、もう少し淑女としての自覚を……」
「そうね、今が舞踏会なら考えてあげてもいいわ。けれど違うでしょう? ……それなりに一大事なのだから、察して頂戴」
 いつも飄々としている彼女にしては珍しく言葉に熱が籠もっている。トラフィムとヴァン=フェムに深刻さを理解させるには、それだけで充分だった。
「……何があった?」
「貴方のご自慢の酔っぱらいが、消息を絶ったわ」
 トラフィムの形良い白眉が微かに上がる。
「……場所は?」
「太平洋上。ど真ん中よ」
 ピシリ、と何かが砕けるような音が室内に響いた。トラフィムの手の中で、グラスに亀裂が入っている。
「彼女を乗せたジェット機から入った最後の通信内容は……『海が水晶に覆われている』だそうよ」
 その瞬間、最古の祖として畏怖される二人の老紳士の顔に浮かんだのは、間違いなく驚愕であった。それも、最大級の。
「馬鹿な……移動しているというのか、アレが? ……現れて以来、その住処をけして動くことの無かったORTが……ッ」
 先日の聖堂教会が派遣した討伐隊がORTと思わしき謎の敵によって壊滅した件の調査のため、ドイツでギャオスを撃破したスミレに南米へと飛んでもらったのだが、それがまさか太平洋上で遭遇してしまうなど誤算もいいところだ。
 ORTが南米、密林の奥地に構えた住処から動き討伐隊を壊滅させた――それだけでも異常事態だったというのに、まさか海に出るなどと……
「何処に……何処に向かっているのだ?」
「そこまではわからないわ。でも……この一連の出来事が偶然ではないのなら、目的地はまず間違いないでしょうね」
 確かにその通りだ。トラフィム達二十七祖の間でも、ORTは不可侵の存在だった。不用意に手を出せば、前五位の祖と同じ目に遭うのは明らかだったからだ。前五位は戦闘者としても非常に強力な吸血鬼だった。それが一方的に瞬殺されたというのである。辛うじて逃げ延びた彼の死徒の言葉が確かなら、攻性生物としてのORTの力はズバ抜けている。それ故、長らくORTの正体も、目的も、全てが謎のベールに包まれてきた。それが今動き出したというのなら、偶然のはずがない。
「それじゃあね、白翼公。短い間だったけど、この城はなかなか快適だったわ」
 そう言って不敵な笑みを浮かべると、ナルバレックは来た時と同様にヒールの音を響かせながら開け放たれたままの扉へと向かい歩き出した。
「……行くのか?」
「ええ、勿論」
 それこそ聞くまでもないことだった。聖堂教会からの度重なる帰還命令にも聞く耳持たず、この宿敵の城に居座り続けた女である。この状況で動かないはずがない。
「ではリタを連れて行くといい、今すぐ呼び戻そう。ヴァン、貴公はスミレを回収してやってくれんか? やられたのが海上なら、よもや死んではいまい」
「ふむ、わかった」
 トラフィム自身はまだこの城を動くわけにはいかない。謎の全てが解明されたわけではないし、世界存亡の危機にあっていまだ動きを見せない黒い姫君の事も気になる。彼女の立ち位置が人類寄りでないことだけは確かだが、傍観を決め込むつもりなのか、それとも何らかのカタチで参戦してくるつもりなのかがハッキリするまでは不用意な真似は出来ない。もしも彼女が動くのなら、ケリをつけなければならないのはどうしようもなく自分だ。それだけは、誰にも譲れない。
「それにしても……まさか貴方と共闘する日が来ようとは夢にも思わなかったわ、白翼公。神の敵たる化け物の王様、けれど今だけは感謝しておくわ」
「同意だよ、殺人狂。これだからこの世はおもしろい……と言いたいところだが、今は流石におもしろがっていられる状況でもないのでな。私も感謝しておこう」
 おもしろがっていられる状況ではない……そこだけはナルバレックは同意しかねた。何故なら、彼女の人生においてこれ以上の高揚はなかったと断言出来るからだ。おもしろい、実におもしろい。
 教会の上層部は憎々しげに思っているだろうが、正直、トラフィムとの共闘に彼女自身はそれ程抵抗はない。異端を滅するのが埋葬機関の役割なれど、そのためには異端であるメレムを取り込みもするし、やはり異端である胃界教典の力を借りもする。そもそも代行者なぞという存在自体が神聖なる聖堂教会にあって異端なのだ。化け物を滅ぼすのが役割であっても、個人の好悪はそれとは別問題なのである。
 少なくとも彼女はメレムのことを気に入っているし、この白翼公や魔城と呼ばれる祖も嫌いではない。リタやスミレとは一度じっくり飲み明かし、その後心いくまで殺し合ってみたいとも思っている。
 だが、それも全てにケリがついてからだ。
 沸き立つ高揚を隠そうともせず、ナルバレックは晴れ晴れと歩を進めた。



 ナルバレックとヴァン=フェムが退室するのを見送った後、トラフィムはソファーに深く腰掛け、ヒビの入ったグラスをジッと眺めた。今にもその亀裂から赤い中身が零れ落ち、粉々に砕け散ってしまいそうな、非常に危うげで不安定な状態――それは、まるで今のこの世界のようだ。何より、グラス自身が割れることを望んでいるのだからこれは絶望的としか言いようがない。
 しかし、それでも……人は人として生き、人として滅ぶべきなのだ。例え吸血鬼と成り、仮初めの不死を得た身であろうとも同様である。超越者に成り損ねた不完全極まるこの身であっても、押しつけられた滅びを黙って享受するなど、それを許せぬだけの矜持は持ち合わせている。
 死に美徳を求めるのも悪くはないだろう。だが、自分はそうは出来なかった。ならば生き汚く先に進むのみだ。誰も、自分すら救えない生であっても、白翼は羽ばたき続ける事を選んだのだから。
 グラスのヒビを視線でなぞりつつ、トラフィムは飽くことなくそれを見つめ続けた。





 

◆    ◆    ◆






「おいおい、そんなガチガチに固まっちまってて大丈夫なのかい?」
 新宿区市谷本村町にある防衛庁内に設けられた作戦司令室。ゴジラの動きを監視する他、スーパーXU改の遠隔操作用装置もここに設置してある。その装置を前に、明日に迫ったG撃滅作戦について思いを巡らしていた茜にいきなり話しかけてきたのは、同じくスーパーXU改のオペレーターとして防衛軍から出向してきた結城晃だった。
「……結城少佐こそ、大丈夫なんですか?」
「さぁ、な。俺は、俺の役目を果たすだけだ」
 スーパーXU改の操縦には、二人のオペレーターが必要となる。攻撃担当の茜と、操縦担当の結城である。わざわざ防衛軍所属の結城を推薦したのは、他でもない権藤だった。
 聞けば、結城も元は特自の出身であり、権藤の後輩だったのだと言う。『操縦に関しちゃ結城の右に出る奴ぁいないよ』とは権藤の弁であり、事実、初めてのシミュレーションで結城は信じられない数値を叩き出して黒木と茜を驚かせた。
 だが……どうにもこの男は苦手だ。
 粗野と言うかぶっきらぼうと言うか……軍人にはそういうタイプは珍しくない、と言うより多いのだが、結城の場合はそれらとも少しばかり毛色が異なる気がする。嫌いではないのだが、どうにも、苦手なのである。
「相手はゴジラだしな、固くなるなとは言わねぇが……いくら俺が上手い具合にアイツを動かしても、お前さんが攻撃をミスったんじゃ話にならねぇ」
「私も……っ! ……私も、役目は果たします。心配は、要りません」
 声を荒げそうになるのをかろうじて自制する。
 そうだ。言い方こそ嫌味だが、結城の言う通りだ。適度な緊張は重要だが、固くなり過ぎてはいい成果は期待出来ない。自分は、もう二度とそんな失敗を犯すわけにはいかないと言うのに。
「……へっ。覇気だけは、あるみたいだな」
 そんな茜の決意を読みとったのか、結城はニヤリ、と権藤によく似た野太い笑みを浮かべると、そのまま立ち去ろうとして……
「え?」
 その時、室内の警報機がけたたましく鳴り響いた。
「チィッ! 何事だぁ?」
「まさか……ゴジラが!?」
 大急ぎで三原山の状況を前面のモニターに映し出すが、そこはここ最近と何ら変わらない噴煙を吐き出す火口が映るだけだった。その事に安心するより先に、大島の他の箇所を次々とモニターする。警報は鳴り響いたまま、いまだ状況の説明はない。他の職員も現状を把握しきれていないのか、司令室内は大混乱に陥っていた。何が起こったのか、予想もつかない。
「おい、ちょっと待て!」
 その時、大島北の海岸付近を映していた画面に結城は奇妙な物体を見つけた。監視職員達もそれに気付いたようで、現場と連絡を取り合おうとしているようだがどうも上手くいかないらしい。
「……なんだ、こりゃ?」
 呻くような結城の声。声にこそ出さなかったが、茜も同様だった。
 それは、鈍い鉄色に輝く、ブリキの人形だった。だが、ただの人形ではない。
 大きい。八十……いや、百メートル近くはある。
「通信回復!」
 その時、一際大きな声が室内に響き渡った。ほぼ同時に司令室の扉が開き、大慌ての風体で黒木が飛び込んでくる。
「状況は!?」
「はっ! そ、それが……」
「どうした、何があったんだ!?」
 どうにも歯切れが悪い監視員を問いつめつつ、黒木の目も画面に釘付けになった。
 黒木は、それに見覚えがあった。シオンから魔城の説明を受けた際に見せられた、ヴァン=フェムが誇る魔城達の画像。その中で、既に破壊され廃棄されたとあった二つの魔城がうちの一つ。大きさと細部の違いはあれど、今、モニターの向こう、大島で上陸部隊の前に姿を現したのは、紛れもなくそいつだった。
「……ゴリ、アテ……ッ!」
 何故今そんなものが、よりにもよって大島に現れたのか?
「伊豆のシオン・エルトナムに連絡をとれ! 大至急!」
 考えるよりも先に、黒木はそう指示を出していた。あれがゴリアテなら、シオンが何かを知っているはずだ。もしかしたら……そう、もしかしたら修復していたものが作戦に間に合ったのでヴァン=フェムが送ってきたのかも知れない。それが、手違いで連絡が行き届かなかっただけで……
 だが、そんな淡い期待は一瞬で消え去った。
「な、謎のロボット怪獣、攻撃してきました!」
 こちらからの呼びかけには何の返答もなく、上陸したゴリアテの太く大きな足が、メーサー殺獣光線車をいとも容易く踏み砕く。
「……どうなっているんだ!」
 苦々しくモニターを見つめながら、黒木にはただシオンと連絡が繋がるのを待つことしか出来なかった。





 

◆    ◆    ◆






「ん〜クッフフフ、フハーハッハハァ〜〜〜ッ! ゴリアテUゥゥゥ〜〜〜〜〜ゥ! 起動ぉおおおおおうぅッッ!!」
 高らかに響き渡る叫声。起動スイッチを握る手を思い切り振り上げ、声の限りに鋼鉄の巨猿の復活を叫ぶ。
 新たなる命を与えられた機械の巨体は、しきりに呼び掛けてくるメーサー車を無慈悲に踏み潰すと、そのまま行進を開始した。
「フッフフ。そうです、ゴリアテU、邪魔な特自など全て踏み潰してしまいなさい!」
 大島の近海を航行する巨大な貨物船。その一室で、『ゴリアテU』に備え付けられたカメラに映る光景を前にほくそ笑む男の姿があった。
 久我峰斗波である。
 二年前、バラン戦で大破したゴリアテをヴァン=フェムは確かに完全に廃棄した。だが、その前に久我峰は部下に命じて念入りにそのデータを調べさせ、密かに自家製のゴリアテを建造していたのだ。魔術的な動力を持つゴーレムとしてのゴリアテではない。完全なる機械のゴリアテとして。
「このゴリアテUさえあれば、目覚めた直後のゴジラなど必ず倒せるはず! そうすれば、無限の可能性を秘めたG細胞は全て私のもの……ク、クフフ」
 自分を切り捨てたヴァン=フェムにも、特自にも渡しはしない。G細胞を使って、必ずや再起を図ってみせる。あの小生意気な秋葉にも、目に物を見せてやる。
 久我峰の顔は、狂気に歪んでいた。腹で考える、と称された腹も凹み、ふくよかだった頬も見る影もなく痩けている。
 ゴリアテUの腰には、採掘作業用の特殊爆弾が備え付けられていた。このまま火口へと進み、まずはそいつを投げ込んでゴジラを叩き起こす。そして出てきたところを、右手に仕込んだスパイラルメーサードリルで抉り殺してやる。他にもゴリアテUには、腹部に連装式のハイパーメーサー砲を仕込んであるなどオリジナルを遙かに超える戦闘力を持たせてある。単純なパワーにしてみても、オリジナルのおよそ三倍だ。
 特自のメーサー車部隊が小賢しくも立ち向かってくるが、その程度の攻撃、超耐熱合金NT−1γを用いたゴリアテUのボディには大したダメージも与えられず、ただじりじりと後退を迫られるだけで足止めにすらならない。
 久我峰の狂ったような笑い声が船内に木霊し、まるでそれに呼応するかのようにゴリアテUは三原山火口へと近付きつつあった。





 

◆    ◆    ◆






「クソッタレ! おい、上陸部隊全車回せるだけ回せ! あのエテ公を何としても止めるんだ、火口に近付けるな!!」
 大島南部、大島南高等学校の校庭に設けられた上陸部隊司令部仮設テントの中では、権藤がひっきりなしに怒鳴り声をあげ続けていた。
 ゴリアUが三原山火口に向かっているのは明らかだ。そして、一体何をするつもりなのかも考えるまでもなかった。何処の馬鹿か知らないが、あんな鉄屑一つでゴジラを倒す気でいるのならおめでたいことこの上ない。
 十年前、実際にゴジラと戦った権藤はそのあまりにも圧倒的な力を嫌と言う程理解している。ヤツは違うのだ、他の特殊生物――怪獣とは。
 人類が擁する全ての兵器によるあらゆる攻撃をものともせず、ただひたすらに全てを蹂躙する最悪の破壊神、それがゴジラなのだ。
 そんなゴジラを倒すために、権藤と黒木は特自の全戦力の五割をこの作戦に投入し、さらに対ギャオスで戦力に余裕のない防衛軍からもなけなしの戦力を吐き出させた。陸海空自衛隊からも同様だ。そうまでしてようやく倒せるかも知れないと言う希望が見え始めたというのに、今どこの誰ともわからない先走った馬鹿のせいでゴジラが目覚めようものなら、全ては台無しだ。ヤツを倒せる可能性が、再び限りなくゼロに近付くことになる。
 だが、権藤の必死の叫びも虚しくゴリアテUは三原山へと到達、火口へ近付きつつあった。猿を模したと思われる顔が、まるでこちらを嘲笑っているかのように見えた。
「クソがッ!」
 もう、アレを止める手だてはない。上陸部隊の戦力ではあの馬鹿げた鉄の猿を止めることは出来ない、それはどうしようもない現実だ。
「……ジーザス」
 神など信じていない。だが、もし神がこの世にいるのなら……



 不意に、権藤は全ての音が消え去ったかのような錯覚を覚えた。
 モニターの向こうでは、ついに火口に到着したゴリアテUが、まるで自分の勝利だとでも言いたげに肩を揺らしている。
 その場だけでなく、今、大島にいる全ての者達が息を呑んだ。
 ゴリアテUの腕が、腰から何かを外し、それが高々と中に掲げられる。



 久我峰は笑っていた。
 腹を抱えて、そのまま転げ回りたいくらい、高らかに。
 笑いながら、ゴリアテUに一つ、簡単な指令を下した。
 鋼鉄の巨猿はなんの躊躇も感慨もなく、その指令を実行した。





 ――そして、大島を、轟音と、激しい揺れが襲った。











〜to be Continued〜






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