episode-14
〜G×G〜
Part 1 ゴジラ対ガメラ

◆    ◆    ◆






「二十分、ですか」
『それ以上はもたせられない、と』
 聞き返すシオンに、黒木は重苦しく、しかしきっぱりと告げた。言い淀んだところで意味はない。自分達が捻り出せる最後の二十分。それを告げる言葉はもしかしたら世界最後のカウントダウン開始になるかも知れないのだから。
「そう……二十分ですか」
 長いと見るか、短いと見るか。
 地球の命運を懸けるにはあまりにも短すぎて、しかしこの緊張感があと二十分も続くのだとすればそれはシオンにはあまりにも長い、永すぎる。
 どちらにせよヴァン=フェムがそう言ったのなら、そうなのだろう。このような状況下で事実以外を口にする老人ではない。二十分きっかり、プラスマイナスは限りなくゼロに近いはず。
 勝っても負けても、二十分。
 東京壊滅に関する事は全て後回しだ。黒木からの報告で、ゴジラ戦に関係のないものは全て思考の外へと閉め出す。
『私は今から撤退の準備にかかります。これから先は、通信は全て直接結城少佐と家城三尉に。それと、スーパーXU改ですが……』
「スーパーXはこちらで収容します。時間になったら自動操縦でアイアンロックスに向かわせてください」
 もっとも、二十分後まだスーパーXが航行可能な状態にあれば、の話だが。
 勝敗を別にしても、そんな余力は欠片も残せないであろう事くらい黒木もシオンもわかっている。その上でなお答え……通信を打ち切ろうとしたシオンに、
『ヴァン=フェム卿から言伝があります』
 黒木は、最後にそれを伝えた。
『あまり無茶をせぬように、と』
「……肝に銘じておきましょう」
 出来るものならそうしたいものだ。
 オペレーター席へ通信する前に、シオンは溜息混じりに呟いた。
「無茶をするのは私のキャラクターではないと思うのですが」
 少なくとも、自己認識ではそうだったはずなのだが……そんな他愛もないことを考えた瞬間、
「あッー」
 ビキリ、と。実際には聞こえるはずのない鈍い音が確かに聞こえた気がした。
 亀裂が入り、今にも四散しそうなこの感覚は実に久しい痛みだ。思考の速度を上げ、分割数を増やそうと躍起になっていた幼い頃を思い出す。一度それが原因で人事不省に陥ってからこの方、常に限界を、程度を弁えてきたはずがこの始末。
「……そうでも、無かったのかも知れませんね」
 伝染ったかも知れない、彼の無茶が。
 脳を走る焼き切れそうな痛みに顔を顰める。分割思考と高速思考の長時間連続使用、流石のシオン・エルトナムと言えどもこれ以上は脳への負荷が過ぎる。視界が怪しい、意識も果たしてあと二十分も保てるかどうか。
 それでも、自らの限界に挑みつつシオンは苦笑していた。
「結城少佐」
『おう』
「家城三尉」
『はい』
 退いて事態が好転するならいくらでも退こう。消耗した自分の替わりが務まる人材がいるのなら、替わるのが効率的である。だがそのどちらでもない以上、やるだけだ。自分の手でやり続けるのみだ。
 ズレてもいないベレー帽を二度、三度と正す。今日だけで何度この動作をしたか、普段ならそんなくだらないことを数えていたりもするのだが、今日に限っては全く思い出せない。余裕の欠片もない自分がむしろ新鮮だった。
 より速く、より力強く、キングジョーを繰りながらシオンは唇を引き結んだ。猛り狂うゴジラと大亀怪獣――シオン達が知る由もないがその名はガメラ――を四つの機影が囲うよう飛び交い、それぞれ照準を合わせる。
「あと二十分……盛大にやりましょう」
『おう、了〜解ッ!』
『了解!』
 その時、まるでガメラもシオンの言葉に応えるかのように大きく咆吼した。力強い響きで大気を震わせたそれは、まるでシオン達を鼓舞しているようにも感じられ、不思議と身体中に力が漲っていく気さえする。
 彼は、もしかすると自分達の味方なのか、と――
「……馬鹿馬鹿しい」
 そんなことあるはずもない。偶然だ、全ては。そう自分に言い聞かせる。
「ですが、一応礼を言っておきますよ」
 けれど力付けられたのは事実だ。脚部の砲塔から放たれたメーサーがゴジラの右手指先を焼き、一瞬の隙を作る。その隙をついて、ガメラの拳がゴジラの顎を強かに打ち抜いた。結果、黒い巨体が大きく揺らぐ。
 無茶をして、限界を超えて、それで駄目なら馬鹿もしよう。馬鹿なことだと笑われようと、勝って帰ったなら逆に笑い飛ばしてやる。
 シオンは、自分でも不思議なくらいそう吹っ切っていた。





◆    ◆    ◆






「秋……葉さまっ!? 熱ッ」
 足下の覚束無い秋葉がまたも倒れ込もうとするのを支えた瞬間、琥珀は彼女の身体がさっきまでの冷たさとは打って変わって異常な高熱を放ってる事に気がついた。それもまだ上昇を続けている。
 秋葉の異能“檻髪”が暴走したのかとも思ったが、どうやらそう言うわけでもないらしい。そもそも暴走し紅赤朱の力が解放されたなら自分達も巻き込まれ、あらゆる熱を奪われた上に燃え滓と化しているだろう。
 発現はしているが暴走ではない、琥珀はそう見立てた。
「遠野君は大丈夫なのかね?」
「はい。その……秋葉さまは持病持ちで、発作が……」
 心配そうに訊ねてくる稗田に対し咄嗟にそう答えたものの、秋葉の髪は僅かに赤みを帯びつつある。このままでは誤魔化しきれない。
 事情を説明すべきかどうか……相手が何も知らない一般人ならどのような状況であろうとも迷う琥珀ではなかったし、あらゆる手段を用いて事実を隠蔽しようとしただろう。だが稗田は“こちら側の世界”の事情に精通し過ぎている男だ。既に遠野の名を名乗ってしまっている以上、ある程度は察しがついている可能性もある。大鳥町の“鬼迎え”事件を始め、実際の“鬼”と遭遇し、かつそれに関する論文も幾つか発表している稗田のこと、遠野グループが異能者、殊に“鬼”の末裔という話くらいたとえ与太話程度のものでも耳に入っているだろう。
 琥珀にしろ秋葉にしろ、異能の血をひくとは言え自分達の祖であるとされる“鬼”そのものを目にしたことなど無い。稗田の方がよっぽど怪異に身近な、いわば彼はこの世と異界の狭間に身を置く類の人物なのである。学会の異端児“妖怪ハンター”の異名は伊達ではない、一端を明かせばそこから全てを知られてしまうかもしれない覚悟が必要だった。
 秋葉を抱きかかえながら、琥珀は稗田の表情を横目に覗き見た。読み合い化かし合いならお手の物だが、しかし稗田とて踏んだ場数では琥珀に劣るどころか数倍する男である。容易に窺い知れる相手ではない。
「姉さん、秋葉さまを」
 姉の全身から放たれる難しい気配に、翡翠は秋葉を支える役を替わろうと腕を差し出した。グッタリとした秋葉のあまりの熱さに、無表情が常の翡翠の顔が歪む。苦しみ喘いで歪んだわけではない、純粋に秋葉の身を案じたためだ。
 左腕で秋葉の頭を抱くようにしてゆっくりと腰をおろす。
 艶やかな長い黒髪が、うっすらと揺らいでいた。それはまるで灯籠の灯りのようにボンヤリと、しかし次第にはっきりと赤く変質しようとしている。
 琥珀にわからない以上、翡翠には原因は思いも寄らない。どうにかして冷やせないものかと空いている片手で旅行鞄を探ってみたところ、額に貼るタイプの熱冷まし用冷却シートが一箱、そして500mlのミネラルウォーターがペットボトルで三本出てきた。
 焼け石に水だとは思いつつもシートを秋葉の額に貼る。
「あっ」
 予想通り、シートは一瞬でその役目を終えた。
 残りまだ七枚あるのを無駄と知りつつ代わる代わるに貼っては剥がす。
「……ひす、い?」
 僅かにでも効果があったのだろうか。秋葉は朦朧としながら自分を抱きかかえる翡翠の名を呼んだ。
「今はお話しになられない方が……」
「いえ、いいのよ。なんだか一瞬凄く脱力してしまって……大分楽になったわ」
 そうは言うものの、秋葉の身体はまだ高熱をもったままだ。何とかして動かすまいとする翡翠の手を差し止めて、それでも秋葉は立ち上がった。
「秋葉さま!? せめてお座りになっててください!」
 稗田に対し何事か口を開こうとしていた琥珀も驚いて秋葉の肩へ手をやる。が、秋葉は首から下げたあの勾玉を掴むと、それを顔の前まで持ってきた。
「勾玉が、光っている?」
 驚く稗田の視線の先、緑色だったはずの勾玉が赤い光を発している。初めは弱く、徐々に強い光を放つそれに呼応するかのように、秋葉の髪もまた黒から赤へと変容しつつあった。
「……翡翠、離れなさいッ」
 力無く、しかし強い語調で秋葉は翡翠の肩を押し距離を取ろうとした。押した、と言うよりも実際には軽く触れた程度に過ぎない。
「う、あっ!」
 なのに、それだけで翡翠は脱力して数歩後退り、尻餅をついた。秋葉に触れられた肩が火傷でもしたかのように熱く痛む。
「秋葉様!」
 咄嗟に駆け寄ろうとした琥珀が見たのは、赫灼たる略奪の発動であった。それはまさに赤い髪の焔。焔と化した秋葉の髪が、蛇の舌のようにチロチロと、細く長く宙を彷徨う。貪欲に、まるで獲物を探し求めるかのように。
「これは……」
「稗田先生!」
 驚きに目を見開き、秋葉の髪に触れようとする稗田を琥珀が制する。触れたが最後、ただの人間では数秒ともつまい。
「琥珀……稗田先生も、離れてください」
 そう言って、秋葉は岬の先端へとゆっくりと歩き始めた。その足下、いや周辺の草花全てが残らず焼け焦げていく。
 妙だ。肩を押さえて尻餅をついていた妹を抱き起こしつつ、琥珀は檻髪の異常に表情を強張らせていた。琥珀が知る限り、秋葉の略奪は目標物を視認することで発動する能力だが、今の彼女はおかしい。明らかに視界外のものだろうとお構いなしに発動しているよう思える。まるであらゆる熱を奪い取る略奪の渦だ。
「琥珀君」
「……はい」
 もう、誤魔化しようがない。諦めたように返事をした琥珀を見て暫く複雑な表情を浮かべると、稗田は再び秋葉と、そして岬の向こう、大島で繰り広げられている決戦へ視線を向けた。
「遠野君の力は発火能力、パイロキネシスなのかね?」
 余計なことは訊くまいとする、稗田なりの気遣いなのだろう。琥珀も、そして翡翠も僅かにだが胸が軽くなった気がした。
「いいえ、違います」
「ではあれは」
「秋葉様の能力は略奪……視認した対象物から熱エネルギーを奪う力で、結果として奪われたものは燃えているように見えるんです。ですけど……」
 視認する以外にも、檻髪を張り巡らせて結界のように用いることも出来る。だが今の彼女は檻髪からだけでなく、全身から熱を吸っているのではないかと、翡翠の肩や秋葉の足下で燃え滓となった草から琥珀にはそう思えた。なのに暴走ではない、血に呑まれ紅赤朱と成り果てた結果の能力異常開放ではなく、秋葉は自分の意識を保っているのである。暴走しているのは、能力だけだ。
「普段の彼女の力とは違う、と」
「はい。明らかに異常です」
 その時、秋葉の髪が膨れ上がったかと思うと、髪だけでなく周辺の空間そのものが赤く染まったかのように三人には視えた。琥珀と翡翠だけでなく、霊視能力を持たない稗田の目にもはっきりと映っていた。
「琥珀! 二人を連れてもっと離れなさい! 早くっ!!」
 秋葉の叫びに、弾かれたように三人はその場から下がった。視えている。岬の最先端に立つ秋葉を中心として、半径約100メートル程の空間に赤い奔流が渦巻いているのが。その空間にある熱エネルギーは根刮ぎ奪われ、岬は焼け野原と化しつつあった。もはや生物も非生物もお構いなしだ。
「略奪、か。確かに略奪という以外にはないが……」
「秋葉様……」
 赤い奔流からさらに十数メートルの余裕をとって、三人はその光景を見守っていた。秋葉は勾玉を握り締めたまま、一心に大島を見つめている。大島でゴジラと死闘を繰り広げている玄武、ガメラの姿を。
「原因は勾玉だろうな」
 稗田の言葉に琥珀も全く異論はなかった。勾玉と、そしてガメラ。秋葉の異常の原因は現状この二つ以外には考えられない。
 突如現れた怪獣が甲神の玄武であり、そしてガメラという名であることを皆に告げた秋葉は、勾玉を通してガメラと何らかがリンクしている。稗田も琥珀もそう考えていたが、それが何なのかはわからなかった。しかし急に脱力して倒れた秋葉が、今度は略奪による無差別なエネルギー搾取を行い始めたことでそれもわかりかけてきた。
「おそらく……勾玉でガメラとリンクした彼女は、略奪したエネルギーをガメラに送っているんじゃないか?」
 荒唐無稽な話だ。
 そもそも秋葉があの勾玉を手に取ったのは偶然のはずである。それがこうもうまく作用するなどありえない。
 だが、琥珀は頷いていた。
 根拠のない憶測まみれな、しかし否定する根拠もまた無いのである。ならば自分の、そして多くの怪事件と遭遇しそれらを解決してきた稗田の直感のようなものを今は信じる以外にない。
 赤い奔流がさらに膨れ上がる。三人は秋葉から視線を逸らすことなく後退っていった。真紅の世界で勾玉を握り締める秋葉の姿は、まるで神に祈りを捧げる巫女のようにも見えた。





◆    ◆    ◆






「……化け物め」
 今までにもこの言葉を吐いたことはある。
 初めてアトラス院の高弟達の分割、及び高速思考を見せつけられた時もそう吐き捨てていた。
 教会からの吸血鬼討伐の協力要請に志願し、忌むべきタタリと戦った時もそう吐き捨てていた。
 日本で出会った蒼眼の死神、彼の手による恐るべき斬刑を目にした時もそう吐き捨てていた。
 しかし今自分が相対している化け物はそのどれよりも遥かに強大で、そう呼ぶことすらどうしようもなく陳腐に思えてくる。人の叡知の頂点に迫るであろう自分の脳裏に、他に形容するに相応しい言葉が何一つ浮かんでは来ないのだからその様を嘲笑したくもなる。
 だから、シオンはぎこちなく笑ってさえいた。
 スーパーXU改と、キングジョー、そして敵味方不明のガメラ。三者による奇妙な共闘でさえゴジラを食い止めるのが精一杯だなどと、これが悪夢ではなくて何だというのか。戦慄など今さらだ。恐怖に打ち震えることすら出来やしない。負の感情を拭い去ろうとしても、しかし本能に根差した究極的な敗北感はシオンの細い身体をこれでもかと打ちのめす。
「せめて、せめてキングジョーが合体さえ出来れば!」
 無い物ねだりの泣き言などらしくない。それでも、合体さえ出来れば少なくとも今の劣勢はひっくり返せる。分離状態の頭部、胸部、脚部をシオンはキングジョーの七割と評したが、実際には大きく異なる。カタログスペック上は約70%でも、合体し100%の性能を発揮した際の『黄金城』はまさに“変わる”のだ。もっとも、操縦者がシオンではそれでも本当の意味で100%をフルにと言うわけにはいかないのだが、ヴァン=フェムからこうして任された以上、己の限界を素直にわきまえてせせこましく戦っていたのでは申し訳がたたない。
「結城少佐」
『おう、なんだ?』
 現状、キングジョーもスーパーXもガメラを中心に据えて戦闘を展開していた。何も最初からそのつもりで動いたわけではなく、利用出来るものなら何であろうと利用してみせるというシオンのやり方に加えガメラ自ずからが不自然な程にゴジラの矢面へと立っているのである。単純に獣性がそうさせるのかと思いきや、しかし余計なことだと思いつつもシオンには釈然としないことがあった。
「大亀を盾に左右から挟撃を仕掛けましょう。狙いはヤツの目で」
『おう、任せとけ。家城、しっかり狙えよ!』
『はい!』
 結城と茜からの返答に気を引き締めタイミングを計りつつ、シオンはガメラの動きをもう一度注意深く確認した。
 盾に、と言ったが実のところ盾に使うまでもなくガメラはまるで自分達を守るかのように動いてくれているのだ。その動き自体どこか獣らしく見えず、それどころか人間的にさえ見える。それもよく見知った人間に。
「……貴女の姿が重なるだなんて、言ったら怒られるでしょうね」
 やはり、どうしても彼女の――秋葉の姿が脳裏にちらつくのである。
 実際に秋葉の戦闘を見たのはタタリ事件の時に一度きりだが、その際の動き、さらにそこから予測可能な域にある彼女の動きとガメラの動きには多数の類似性が見て取れ、何事をも計算分析してしまうシオンの性状はどうしても望む望まざるをえず二者を重ね見てしまうのだ。
「けれど、怒られるのも一興かも知れませんか」
 存分に怒られよう。だがそれは、勝ってからだ。
 地響きを立てながら格闘戦を演じている二匹の巨獣。うち、ガメラを見る。
 頭部、胸部、脚部。三方向三視点からの同時観測。
 腕の動きを、脚の動きを、頭部、尾、甲羅、胸の脈動、その他全てから動きを予測し、さらに秋葉の動きと比較して解答を導き出す。
 結果は――
「結城少佐、二秒後に大亀が右に大きく動きます、注意してください!」
『あいよ……そぉりゃっ!』
 ガメラの背後から右方へ回り込もうとしていたスーパーXが上昇する。同時にシオンはゴジラの尻尾に注意しつつキングジョーを左方に展開させた。
 そして二秒。
『ドンピシャ! 撃て嬢ちゃん!』
『うあぁああああああッ!』
 ガメラの巨体が右側へと大きく沈み込むと同時に茜はこれでもかとトリガーを引きまくった。キングジョーもまた三体全てが高出力メーサーを放ち、ゴジラの左右上方からメーサーが雨霰となって降り注ぐ。
「これで、駄目なら!」
 勝機は薄い。
 目を狙えとは言ったがその程度で済ませるつもりはない。頭部そのものを消し飛ばす勢いで、メーサーが迸る。迸る。迸る!
 ゴジラが憎悪を剥き出しにした咆吼をあげ、がむしゃらに尻尾を振り回し、熱線を乱射した。だが頭部にメーサーの集中砲火を受けているためか熱線は見当違いの位置を薙ぐだけでスーパーXとキングジョーを掠りもしない。



「回避運動は任せろ! 嬢ちゃんは一心不乱に撃ちゃいい!」
「ゴジラァァアッ!!」
 茜の咆吼もまた、ゴジラに負けず劣らず感情剥き出しのものだった。
 初めて茜と対面した時、シオンは彼女を冷静さの中に業火のような闘志を秘めた女性だと感じていた。資料で読んだ彼女の経歴、トップエリートであったはずの家城茜唯一にして最大の汚点。左遷同様のGルーム出向で、彼女の中に封じ込められていたものが、今まさに業火となって噴き出している。
 三年半前バラゴンと相対した時、茜は初めて怪獣に対し恐怖というものを覚えた。地底から這い出たバラゴンの爛々と光る両眼、鷲掴みにした人間を耳まで裂けた大きな口で貪り食う様を目の当たりにし、メーサー車の運転席で情けなくも無様に嘔吐までして、それどころか錯乱した挙げ句後方にいた友軍車両と接触、結果として三人の隊員を死に至らしめてしまった。
 結局バラゴンは特自の総攻撃によって倒されたが、茜の忌まわしい記憶は悪夢となって絶えず彼女を責め苛み続けた。
「ああッ! ああッ!! あああああああッ!!」
 十年前の新宿決戦で“生き残ってしまった”権藤と共に、ゴジラの目覚めに備え牙を研ぎ続けた三年半の時間全てを懸けて、茜はトリガーを引いていた。
 ゴジラを倒したところで自分が許されるとは思っていない。罪は消えず、悪夢から解放されることも無いのかも知れない。それでも、そうしなければ茜は一歩も先へ進めないどころか、生きることさえ出来そうにないから。
「そうだ、いいぞ嬢ちゃん。へっ、あの野郎、珍しく痛そうじゃねぇか!」
 権藤と同じ十年前の決戦の生き残りである結城も似たようなものだ。違う点は、茜が生きるために戦っているのに対し、結城や権藤はそれすら考えずに戦っている点であろう。メレムはそんな彼らを“死人”、生への実感を持ち得ない、戦っている間だけ生を感じられるのだと評したが、生き死になど本当に何も感じていないのかも知れない。少なくとも、今の結城の頭にそんなものは無かった。
 自分が握った操縦桿のままに空を自在に滑るスーパーXU改が、憎きゴジラを追い詰めていく。その事に対する感情は間違いなく喜びのはずだ。
 だが手応えがない。自分の感情がまるで蜃気楼のように実体が無く、ただひたすらにゴジラへの敵愾心のみで身体が突き動かされている。
 人間が、壊れている。
「……テメェを倒しゃ、壊れちまった俺らもちったぁ治るのかねぇ?」
 もっとも治ったからと言ってどうなるかなど見当もつかない。自分も、権藤も、この巨大な怪獣王に関わりすぎた。
「俺とテメェと、何も変わらないのかも知れねぇなぁ……」
 誰にも聞き取れないくらい小さく呟きながら、結城は目を細めた。
 スーパーXU改は、なお動きに凄味が増していく。





◆    ◆    ◆






 自分の身体が巨大な“なにか”になってしまったかのような、あまりにも奇妙な感覚に秋葉は戸惑いを隠しきれずにいた。
 自分は危うい存在だ。
 兄のために、琥珀のために、遠野に寄りすぎた。いつ血の力に呑まれてしまうかわからない不安定な日々を送り続け、しかしまさか遠野の血よりも先に甲上家に関わる玄武に呑まれようとは思ってもみなかった。
「うっく、かはぁッ!!」
 左腕に鋭い痛みがはしる。
 秋葉は腕など動かしてはいない。勾玉を胸の前に掲げたまま、大島を凝視していただけだ。それなのに、左上腕部に痛々しい引っ掻き傷が生じていた。唐突に、猫科の猛獣にでも思い切りやられたような惨たらしい傷が。
 ガメラが受けた傷である。
 時を同じくして、大島でゴジラと組み合っていたガメラも左上腕部をゴジラの爪で引き裂かれていた。そこは、秋葉と全く、寸分の違いなく同じ箇所だ。
 憎々しげにゴジラを睨む。本来なら秋葉の視線はそれだけで相手から熱を略奪するはずのものであった。だが遠く大島のゴジラに異変はない。
「……くぅ、ふぁぁ」
 異変が生じたのは秋葉の周辺だった。赤い奔流、略奪の渦が蜷局を巻きながらさらにその範囲を広めていく。どんなに止めようとしても止まらない。檻髪は今や檻としての用途などまるで為していないように思える。しかしそれでも檻なのだ。
 檻は、その中に秋葉を捕らえている。捕らえられた秋葉は、今、ガメラと感覚を共有していた。
「うあぁぁああっ!」
 赤髪が振り乱される。ただの痛みや苦しみなどとは異なるあまりにも不可解な感覚に秋葉の肉体は惑わされ、狂わされていた。
 感覚は共有されているだけで、秋葉が思った通りにガメラが動いてくれるなどはない。秋葉の動き、癖などを色濃く反映しながらも、ただ繋がっているだけなのだ。深いところで。底の見えない意識の深淵で秋葉は大怪獣と繋がってしまっている。
 紅潮した頬を滝のような汗が流れ落ちていく。
 瞳は潤み、吐息は熱い。
 気持ちが……悪い。悪寒がする。自分が溢れ、零れていく。
「ガ……ガメラァッ!」
 勾玉を握る手にありったけの力が込められた。少なくとも、秋葉はそうしたつもりだ。
 ガメラの意思はわからない。意識の欠片のようなものが途切れ途切れに流れ込んでくるが、あまりにも曖昧すぎてそれがガメラのものなのか、それとも自分の記憶の奥底に沈んでいた遠い何かなのかさえ判別出来なかった。
 だから、秋葉は思い切り叩き付けた。自分の意思を、不可解な深淵に向けて力の限りに。
「せめて……このくらいはぁっ! ッ! ……聞いて、貰うわよ!」
 奥歯を噛み締め、頬を歪ませて必死に笑みの形を作る。
 身体くらい、力くらい貸してやる。ただし代価は貰う。自分と共有するのなら、願いも共有して貰う。
 ガメラが吼えた。笑うように、誇るように。その途端に両の肘から鋭い槍の穂先のようなツノが飛び出し、ゴジラへと斬りかかる。
「そう……それで、いいのよ……っ」





◆    ◆    ◆











◆    ◆    ◆






 赤く赤く、さらに鋭く力強く。
 馴染んでいく。
 秋葉は自分がガメラへと溶けていくのを確かに感じていた。











〜to be Continued〜






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