episode-14
〜G×G〜
Part 2 海に消ゆ

◆    ◆    ◆






 明らかな変化にシオンは戸惑いを隠せずにいた。
 大亀――ガメラの体型は、ゴジラと比べれば随分と人間に近い。甲羅と頭部の形状から亀であることは明白なのだが、全体のフォルムは亀からは随分とかけ離れているよう思えた。が、しかし亀には違いないのだ。人間に近いと言ってもそれはあくまでゴジラと比すればの話で、人間との差違はとてつもなく大きい、獣の肉体である。だと言うのに、
「もっと獣らしい動きをすればいいでしょうに、何故そうしないのか」
 ガメラの動きは人間を、それも一体如何なることなのかシオンの友人、遠野秋葉を彷彿とさせるものだった。
 戸惑った原因もそこに起因している。今からほんの一分程前、秋葉とガメラの奇妙な類似が一気に増したのだ。
「……おかしすぎるでしょう、いくらなんでも」
 人類の最高峰であろうシオンの叡知が、事態を量りかねて激しく混乱していた。
 胸の前にかざされたガメラの右腕が、腰下あたりまで爪を立てて斜めに勢いよく滑る。さらに腕のみならず身体全体を上へと伸ばし、アッパー気味の爪撃がゴジラの顎を掠めた。
 秋葉が得意としていた攻撃である。
 しかし本当に驚くべきは、そこからの派生だった。
「この技は!?」
 仰け反ったゴジラに対し、左肘を前方へと突き出して突進、密着。全身を摺り合わせつつ体を回し、跳躍。回転の勢いのままに振り下ろされた右の爪が怪獣王の顔面を裂く。
 獣の技ではない。赤く燃えたぎるような獣性を兼ね備えた、しかしこれは人の技だ。
「……赫訳……紅葉ッ」
 タタリ事件の際にシオン自身が一度喰らっているのだ、見間違いようがない。遠野家当主が扱うとされる武術、赫訳の一手、紅葉である。しかも通常の紅葉と違い、最初の突進時に肘から伸びたツノが相手の腹に刺さり、そこを視点に回転しているのが何ともえげつない。全身これ強靱な筋肉の塊であるゴジラも、腹を突き抉られ、顔面を裂き削られてたまらず苦悶の叫びをあげた。
「叫びたいのは私のほうだと」
 あまりにも非論理的だ。信じられないし、信じたくもない。
 当たり前である。シオンの友人は亀に似ているわけでもないし、それどころか断じて全長が100メートルを超す巨大な亀型の怪獣などではないのだ。
「なのに亀ですか、貴女は!」
 自分でも何を叫んでいるのか、惑乱のままエーテライトに攻撃の意思を通す。キングジョーのメーサーは即座にゴジラへと放たれ、野太い首を焼いた。この戦闘だけで何度首と頭部を焼いたかわからないが、まったく堪えた様子がない。しかしそれでいいのだ。
 首を焼かれたゴジラが天に吼える。その隙をついて、絶妙なタイミングでガメラは肘のツノを黒く分厚い胸板に突き立て、スーパーXは斬り裂かれたばかりの顔面にメーサーを叩き込んだ。
『なぁ、嬢ちゃん』
 ヒット・アンド・アウェイ。命中と同時に急速上昇、その空間を熱線が通過していく。結城によるスーパーXの操縦は完璧だ。
「どうしました?」
『今の亀野郎の動きもあれか、予測済みだったのか?』
 シオンによる未来予測がどれだけ正確なものか、開戦当初は心中で錬金術師の理論や計算など胡散臭いこと極まりないと疑ってかかっていた結城も今では信じるに値すると考えている。一度信じてしまえば現場育ちの結城は順応性が高い。だが果たして今のは予測だったのかと、そう思わずにはいられなかったのだ。
 今だけではない。徐々に、本当に徐々にだが、シオンとガメラの動きはどちらがどちらを先読みしたとかではなく、まるでコンビネーションとでも呼ぶべきものになりつつある。
「……ええ、予測済みでした」
『そうか』
 それ以上の追究はなく、結城は再び神業的な技量でゴジラを攪乱し、合間合間に茜がメーサーを撃ち込んでいった。
 騙せない嘘にも何らかの意味はある。だが、今の嘘にいったいどんな意味があっただろうかとシオンは自問した。
 さっきの動きはガメラを予測したものなどではない。『自分がこう動けば、秋葉ならそう動いてくれるだろう』と、論理的に導き出された答えに依らず、友人との連携という信頼に似た感情で動いたのだ。友人どころか、巨大な怪獣が相手だと言うのに。
「本当に、そうなのですか?」
 一旦距離を取ったガメラの口から炎が漏れだし、火球が吐き出される。流石に秋葉は炎を吐きはしないのでこればかりは同じ動作と言うこともないだろうと思ったが、やはり中〜遠距離の相手に略奪を喰らわす際の動きに細かい部分が似ている。
 ガメラが放った火球は、さして大きくないものが三つ。それらをゴジラの熱線が薙ぎ払い、掻き消していく。やはり距離をとっての戦いでゴジラに勝つのは至難の業だ。
 大出力のメーサーも、ガメラの火球も、ゴジラの皮膚を焼きはすれども表層だけにとどまっている。対してヤツの放射熱線は直撃すれば一撃でキングジョーとスーパーXを落とせるだけの威力があるのだ。ゴジラの命脈を確実に絶てるとすれば、現在最も有効なのはガメラの爪牙とツノだが、それすらもあの筋肉の鎧の前には決め手に欠ける。
 そうこうしているうちに、再びガメラは姿勢を低く突進、距離を詰めると、ゴジラの腹へと肘のツノで斬りつけた。赫訳紅葉によって突かれた部位がさらに拡がり、血を撒き散らしていく。
 次の瞬間、
「あっ」
 凄まじい轟音が、キングジョーを通してではなく直に聞こえた気がした。今までにない咆吼――いや、これはゴジラの絶叫だ。憤怒と憎悪を内包した、痛みに苦しみ喘ぐ重低音だ。
 ガメラの口端から、チロチロと炎が覗いていた。
 露出した肉を直接超高温の火球で焼かれたのだ。マグマの熱にさえ耐えるゴジラも、中から焼かれたのではたまったものではない。
 ゴジラの身体がくの字に曲がる。倒れはしない。強大な怪獣王は立ったまま全身を震わせ、ガメラの頭部へと拳を打ち下ろす。
「秋葉ッ!」
 思わず身を乗り出してシオンは友人の名を呼んでいた。
 漆黒のハンマーで殴られたガメラの身体が前のめりに倒れ込んでいく。あの距離で倒れてしまえば、後に待つのは地獄だ。ゴジラの攻撃でもっとも怖ろしいのは熱線でも爪牙でもない。あの太い足と尻尾による下方向への極悪な打撃である。
「やらせるものかぁっ!」
 三機のキングジョーがめったやたらにメーサーをぶっ放す。
 ガメラと秋葉の因果関係などもはやどうでもよかった。シオンの全思考がただガメラを――秋葉を救うためのみに働く。
 だが足りない。火力が足りない。キングジョーの火力では、倒れゆくガメラを怒りのままに打ちのめそうとするゴジラを止めるには力が足り無すぎる。それでも腹部さえ狙えればゴジラを後退させることは出来たかも知れないが、ゴジラとガメラの距離が近すぎて狙いを定められない。今撃てば、ゴジラではなくガメラにあたる。シオンの腕では、無理だ。
 そう――キングジョーと、シオンの腕では、無理だった。
『家城! 腹だっ!』
『わかっています!』
 ゴジラが、哭く。
 迸る殺獣光によって沸騰した血液が飛び散り、焼けた肉から煙が上がる。
『命中!』
 瓦礫の山をかいくぐって、地を這うような低空飛行からメーサーを放ったのは、スーパーXU改だった。キングジョー以上の運動性能と、シオン以上の操縦技術が可能にした、これ以上はないタイミング。肉の露出した腹部を再び焼かれ、ついにゴジラが揺らぐ。
 今こそまさに、千載一遇の――
『やれるよなぁ、亀ちゃんよぉ!』
 ――勝機。





◆    ◆    ◆






「……か、はっ……」
 頭頂をハンマーで思い切り殴りつけられたかのような感覚に、秋葉の意識は飛びかけた。
「秋葉さまっ!」
 琥珀の叫びが遠い。目だけで彼女の姿を追うが、見つけることは出来なかった。世界がぼやけている。視線が定まらない。
 ただ、手だけは突きだしておいた。今の自分に近付こうとすれば琥珀も翡翠もどうなるか。略奪の渦は相手を選ばず奪い尽くす。

 ――来るな――

 果たして伝わっただろうか。確認のしようがない。
 身体中に痛みが走っていた。自分は何もせず、ただこうして勾玉を握っているだけだというのに、全身は裂傷と打撲、そして火傷だらけだ。
 飛んでしまえば、楽になれる。
 意識が?
 それとも、飛んで逃げればということか?
 飛んで逃げるという選択肢が即座に浮かんでくるのだから、たまったものではない。自分とガメラの境界が曖昧になっていく事に、しかし驚く暇も、恐怖する暇もなかった。
(怒っているの?)
 朧気に感じ取れるガメラの意識は、赤い。
 鮮やかな赤ではなく、攻撃的な炎の赤。しかしただの怒りとも思えなかった。攻撃的な赤の中に、まだ何かが潜んでいる。
(怒り、ではないの?)
 それに向けて、ゆっくりと手を伸ばしてみる。
 どこにあるのかわからない。手を伸ばして届くものなのかも確証はない。それは、ただ求めるという行為だった。何かを掴み取るのではなく、触れたいという想いによって為された動作。
 ガメラの声は聞こえない。秋葉にわかったことは一つだけ。ガメラを理解するには、自分は余りにも小さすぎるのだ。ガメラの意識、あの大怪獣の中に存在する意思は、途方もなく大きい。
(でも……私は……)
 全ては無理でも、たとえその一端であっても、触れてみたい。どうしてそう思ったのかはわからない。より深く繋がろうとする、それこそガメラによる介入だったのかも知れない。
 だが、それでも……
「……あっ!」
 一瞬だけ。ほんの、僅かに。
 触れた、気がした。
 圧倒的な赤に。とても複雑な赤に。
「あ、ああ」
 両脚に、力が戻る。
「ああ……あああ……」
 目が、見開かれる。
「ガメ、ラ」
 視界が、晴れた。
 理解など出来なかった。本当に、ただ触れただけ。表面をなぞっただけに過ぎない程度の接触。
 けれどまた一つわかった。
(戦って……くれるのね?)

 ガメラは戦う。
 傷だらけになっても。誰からも理解されなくても。
 そこに願いがあるから。
 希望、だから。
 人々のために、人間を守るために、戦うのだと。

(兄さん)
 ガメラと比べればなんてちっぽけな、けれど自分にも守りたい人達がいる。なんとしても、何があっても守りたい大切な人達が。
 ならば……
「ふっ……ん!」
 倒れている暇など無い。痛む頭を振るい、顔を上げる。
 力が足りないのなら幾らでも与えてやろう。そのために略奪する。略奪した力を、注ぎ込む。
 腕を組み、胸を張り、脚を踏ん張って、秋葉は大島を睨んだ。ガメラの目を通して、ゴジラを睨めつけた。
「喰らい、なさいっ!!」
 今、秋葉は完全にガメラとシンクロしていた。





◆    ◆    ◆






 倒れ込む寸前だったガメラは、踏み止まっていた。
 踏み止まり、曲がっていた身体を起こして、逆に俯き気味になったゴジラを睥睨する。
 そして――
「なっ!?」
 あろう事か、胸を張り腕を組んでいた。人間と比べるとガメラの腕は太く短いためかなり不格好だったが、不遜さと、不思議な優雅ささえ感じるその姿勢にシオンは見覚えがあった。
「そう言えば、貴女の十八番でしたね」
 名家のお嬢様が放つにはあまりにも荒っぽい、そもそも技などとお世辞にも呼べないシンプルな攻撃。左足はしっかり大地に踏み込んだまま、曲げた膝が胸につくくらいズイッと右足を高く上げ、踵から叩き込む感じで相手の正面に向けて一気に伸ばす。





◆    ◆    ◆











◆    ◆    ◆






 前蹴り。
 ヤクザキックなどとも呼ばれるそれが、ゴジラの、人間で言うなら水月の付近へと吸い込まれていく。
 遠野家当主として修めた武と言うよりも、異形との混血の為せる業だろうか。秋葉の脚力は尋常ではない。前蹴りがモロに決まれば人間一人が数メートル吹っ飛んでいく威力である。それが100メートルの巨体から放たれたのだ。
 地響きが鳴る。
 まさに炸裂と呼ぶのが相応しい強烈な一撃。流石にゴジラ程の重量を吹っ飛ばすには至らないまでも、黒い山が200メートル近くも後退った。しかし、
『野郎……まだ倒れねぇのか』
 まだ立っている。倒れてはいない。とは言えダメージは深刻なのだろう、ゴジラの反応が鈍い。連続で喰らわせられた攻撃についに意識を失いかけているのか、かろうじて立ってはいるものの脚は力無くふらつき、頭も左右にフラフラと揺れている。
 そんな中で、ガメラが吼えた。『今よ、シオン!』とでも言っているかのように。
「ええ、言われるまでもありません!」
 既にエーテライトを通じてキングジョーには指令を出してある。
『おい、嬢ちゃん、何する気だ?』
 脚部はゴジラの周囲を警戒しつつ飛行を続け、キングジョーの頭部と胸部がゴジラの頭上へと回る。ようやく腹部にあれだけのダメージを与えたというのに、今上から攻撃することにどれだけ意味があるというのか。腹を剥き出しにさせるため注意を逸らしたいというのであれば、何も二機を向かわせる必要はない。
『嬢ちゃん?』
 訝しげな結城には答えず、シオンは静かに、
「キングジョー、合体します」
 とだけ、呟いた。



 本来、キングジョーは四つのパーツが合体することで真の力を発揮する、巨大ロボット型の魔城である。だが現在、腰部パーツは整備中で出撃できず、やむなくシオンは残り三つ、頭部、胸部、脚部のみを出撃させ、それぞれ別個の戦闘機として使用した。
 四機全てが揃わない状態で合体すれば、そもそもバランスが取れないためまともに動くことが出来ない。さらに合体のための変形によって飛行のための推進器が幾つも機体内部に収納されてしまうため、残る推進器を全開で噴かしたとしても飛び続けるには推力が足りなくなる。そのため、四機全てが揃わなければシステム的に“合体は出来ないよう”設定されているのだ。
「フォーメーション、スタンバイ」
 だがシオンのエーテライトによる操縦は、短時間、ごく単純な動作であれば本来のシステムを一切介さずにキングジョーを操ることが可能である。
 頭部パーツの下方、腕となる部分が展開し、胸部パーツから伸びたアンテナが引っ込んでジョイント部分が現れる。
 分割していた第三思考と第四思考が重なり合い、一つになっていくイメージ。同時に第一思考と第二思考をフル回転させて、合体後の出力、飛行可能時間を導き出していく。
 計算結果はすぐに出た。
「いきますよ、キングジョー……!」
 パワーは短時間ならば完全合体時の腕力と同等のものを出せるので充分だ。飛行可能時間はやはり推力の都合上僅か二分が限界であろう。それもシオンがこれからやろうとしていることには一分もつまいが、かまわない。
 これで勝つ。
 シオンは静かに呼吸を整え、目を閉じた。帽子は直さない。ゆっくりと両腕を伸ばし、拳を握って……目を、開ける。
「勝ちましょう、秋葉」
 勝って、みせる。



 ――ゴジラの真上で――

 ――アイアンロックス内のオペレーションルームで――

 ――キングジョーの頭部と――

 ――シオンの第三思考と――

 ――胸部が――

 ――第四思考が――



 ―― 一つに、なる。



「キングジョー、合体完了!」
 美しい。
 実際には完了とは言い難かったが、それでも充分すぎる威容である。第一魔城『黄金城』キングジョーは、大空にその黄金色の荘厳な上半身を現出させていた。
 城が下を向く。顔と思われる部分に変化はない。不思議な色を放つ胸の部分に太陽光を受け煌めかせながら……
 黄金が、動いた。
 奇怪な電子音が響かせながら、猛スピードでゴジラの背面へと突っ込んでいく。
「結城少佐!」
『な、そんな状態で何を……っ』
 滅多なことではペースを崩さない結城が心底から驚きの声を上げていた。上半身のみのキングジョーでシオンが何をするつもりなのか、まったく意図が読めない。
『オレ達は錬金術師でも魔術師でもねぇんだ、口で説明してもらわんことにはどうする気なのかわからねぇぞ!?』
 その通りだが、しかし説明の必要など無いのだ。シオンは別に理解困難な……いや、ある意味では充分理解困難な、愚行と読んで差し支えのない行為かも知れないが、極々わかりやすい事をしようとしているに過ぎない。だから、
「頼みますよ……徹底的に」
 勢いを削ぐことなく、ゴジラに組み付いていた。
『嬢ちゃん!?』
『!?』
 突然のことに驚いたのは結城や茜だけではない。ガメラも、そして何より組み付かれたゴジラがもっとも驚愕していた。
「キングジョー、フルパワーッ!」
 そのまま全力で締め上げる。ゴリアテもかくやと言うべき凄まじい腕力に、怪獣王もたまらず天を仰ぎ呻いた。必死に振り解こうと藻掻くが、出来ない。腕力と、残る推進力全てを用いてキングジョーはゴジラを固定していた。
『そういうことかよ!』
 結城は笑っていた。大したものだと、シオンに尊敬の念すら抱いてスーパーXU改をゴジラの正面へ移動させる。
 天を仰いでいたゴジラの頭が振り回され、顔が正面を向く。その瞬間を、茜は見逃さなかった。メーサーを主力兵器としたスーパーXU改に唯一搭載された実弾兵器の発射口たるミサイルポッドが、機体上部にせり上がる。
『カドミウム弾、発射っ!』
 放射能の沈静化に効力を発揮する物質、カドミウム。銀白色をした柔らかい重金属であり、液体状のそれを弾頭に詰めたものがカドミウム弾である。かつて新宿での戦闘でスーパーXが用い、一度はゴジラを倒すことに成功した弾丸が、今再びその口内へと吸い込まれていく。
『まだまだぁっ!』
 カドミウム弾の命中を確認するや否や、続けてメーサーを腹部目掛けて撃ちまくる。さらに、ガメラも黙ってみているわけではなかった。これまでで最大の火球が吐き出され、ゴジラの腹から火柱が上がる。
 炭化した血と肉の臭いが漂ってくるかのような気がして、シオンは思わず顔を背けた。荒事にはもう慣れたつもりだったが、それでもこれは酷い。
 痛みにのたうち、カドミウム弾による脱力感に抗いながらも渾身でもって暴れるゴジラのために、警告を告げるアラートがオペレーションルーム中に鳴り響く。このままでは腕の関節が先に駄目になりそうだ。
 しかし、勝てる。
 キングジョーの腕が引き千切れるより先に、ゴジラは倒れる。人類を脅かし続けてきた漆黒の破壊神の命が弱まっていくのを、シオンは確かに感じていた。
 どんなに生命力が、耐久力があろうとも、ゴジラとて生物だ。限界はある。限界を超えれば、死ぬ。そしてこの攻撃は、ゴジラの限界を確実に超えている。
 ガメラが大きく息を吸い込むのが見えた。
 くる。
 大気が震え、ガメラの周囲に陽炎が沸き立つ。
 不死身と称された怪獣王の命を燃やし尽くせるだけの、とてつもない一撃が、今、放たれようとしている。
 ゴジラにもそれがわかるのだろう。あれを喰らうわけにはいかないと、死に物狂いで暴れまくる。背びれを発光させ、口内に青白い光を灯しながら、がむしゃらに頭を振った。しかし強烈な締め付けのため首の位置を固定出来ない状態では、熱線を吐いても無意味な足掻きにしかならないだろう。
 喧しいアラートでシオンは耳が馬鹿になりそうだった。キングジョーの状態を表す画面はどれも危険域を示す赤だ。
 そして、その赤すら超える灼熱の火球が、吐き出された。





◆    ◆    ◆






「勝った!」
 拳を握り締め、尽きかけた体力を振り絞って秋葉は叫んだ。
 秋葉にはわかる。あの火球がどれだけの威力を秘めているのか。直撃すれば大型のギャオスが一撃で爆散し、小型、中型であれば骨すら残らない、地獄の業火の塊だ。
 シオンと、そしてヴァン=フェムには悪いが、魔城キングジョーとやらもあの熱量には到底耐えられまい。まぁ秋葉としてはヴァン=フェムには婆羅陀巍山神の貸しもあることだし、そもゴジラを倒せるのなら魔城の一つくらい犠牲は覚悟の上だろう。
 まったくとんでもない相手だった。
 シンクロが進むうちにわかったことだが、ガメラは目覚めたばかりで力を発揮しきれていない状態であったのだ。だが、仮に全力を出しきれていたとしてもガメラだけでは勝てたかどうか。
 おそらく、勝てなかったのではないかと思う。相打ちに持ち込むのがせいぜいだったろう。完勝は、無理だ。
 しかし、自分達は勝ったのだ。
 一対一で勝つ必要など無い。出せる力を振り絞り、地球最大最強の生命を今焼き尽くそうとしている。
(本当に悪いのは、人間なのでしょうけどね)
 その感傷はおそらくゴジラと戦う大多数の者が抱く事だろうが、人外との混血の末裔として秋葉だからこそより深く感じることもある。人でありながら人ならざる者の見知でもって、秋葉は愁いた。
 悪いのはゴジラを生んだ人間だ。だが、だからと言って何もせずに滅びを待つなど出来ようはずもない。生き延びることをあっさりと放棄するのであれば、しかしそれを高潔とは呼べないだろう。
(ああ、だから……あなたは――)
 ――生まれたのか。
 生き延びようとするその意思の下に、願いを受けて。
 自分と一つになっている巨大な生命。その存在理由の一端がようやく垣間見えた気がした。



 火球が突き進んでいくのを、秋葉は確かに視ていた。
 ゴジラはキングジョーを振り解くことは出来ないだろう。ガメラの力なのか、シオンを僅かにだが感じる気がする。常に冷静であろうとする彼女らしからぬ、強い、暴力的な意志の力が、黄金の双腕となってゴジラを締め上げていた。
 その時、秋葉にはシオンが全身全霊を振り絞った叫びが確かに聞こえた。ゴジラが死に物狂いなら、シオンも必死だ。絶対にキングジョーはゴジラを放すまい。シオンの強さを、秋葉はよく知っている。
 数瞬の後にはゴジラは燃え尽きる。
 その結末を疑う者は、この時点では誰一人いなかった。





◆    ◆    ◆






 赤だったはずだ。
 見えていた色は、灼熱の赤だったはず。
「ばっ」
 馬鹿な、と……言葉が続かない。
 言葉に労力を割く暇などないとばかりにシオンの全思考は現状把握のためにかつてない高速で回転する。



 まず合体の際に第四思考と統合された第三思考は、それが操縦していたキングジョーの上半身ごと突然の衝撃に断絶されていた。モニターも死んでいる。
 上半身が最期まで捉えていた映像はガメラから放たれた特大の火球である。なのにその直後、キングジョーの上半身は青白い色に包まれ、暗黒に呑まれた。
 理由はわからないと同時にわかっている。
 脚部が捉えた映像は、青白く迸った雷光であった。
 ゴジラを羽交い締めにしたまま、キングジョーの上半身は膨大な放射能熱に灼かれたのだ。本来なら口から吐き出されるはずの熱線エネルギーを体内で爆発させ、全身から解き放ったのである。
(苦し紛れに熱線を吐こうとしていたわけではなかったのですか)
 勝利を目前に楽観視していたのか、しかしこの全身発光とでも呼ぶべき熱線の亜種はシオンとしても完全に想定の範囲外だった。過去、ゴジラがこのような攻撃を用いた記録はない。
 ゴジラなりの、奥の手か。もしくは窮地に陥ったことで咄嗟に編み出した新しい能力なのか。
 だがそんなことはどうでもいい。今問題とするべきは、ゴジラが拘束から逃れたことだ。
 完全に操縦不能となったキングジョーの上半身が、ゴジラの背から振り落とされる。火球の着弾までほんの刹那、回避が間に合うはずがないと、そう考えると同時にしかしシオンにはわかっていた。
 ゴジラは、かわすだろう。
 身を捻り、直撃を避け、必勝の火球を放って硬直しているガメラへとお返しとばかりに熱線を喰らわせるに違いない。カドミウム弾の効果も完全に効き始めるにはまだ時間がかかる。
 ガメラは秋葉だ。大怪獣と友人との間に何らかの関係があるだろうことはもはや疑う余地もない。
 だから――シオンは残る脚部をゴジラへ向けて突撃させていた。
 火球は着弾寸前。ガメラ――秋葉も、結城も茜も、ゴジラが逆襲に打って出ようなどとは夢にも思っていまい。シオンだけが、落ちゆくキングジョーだけが気付いている。
(このっ!)
 しかし遅い。メーサーを撃っても間に合うはずがない。
 ゴジラの身体が流れた。少なくとも、シオンにはそう見えた。
 尻尾が思い切り地面へと叩き付けられ、その反動を利用して巨体が傾く。そして、火球は――



「結城少佐、家城三尉ッ!」
 火球が、ゴジラの脇腹をかすめた。
 かすめただけだ。そのまま飛んでいく。その先にあるのは三原山。ゴジラにダメージはない。あるのは、想像を絶する怒りのみ。
 シオンはメーサーを放った。照準は滅茶苦茶、ただゴジラにあたれと、あたりさえすれば場所はどこでもいいとばかりの乱射。
「秋葉ぁっ!」
 全て遅い。
 ガメラは気付き、秋葉は狼狽した。
 結城も茜も、咄嗟のことで頭が働かない。
 ゴジラの背びれが再び光る。
 キングジョーの脚部がメーサーを撃ちながらゴジラに突っ込む。
「止まれぇぇぇえっ!」
 激突。脚部は回避のために体勢を崩したままのゴジラの左にぶつかり、そのままもつれ込むように倒れた。強く繋がりすぎたためか、衝撃がエーテライトを通しそのまま伝達して、シオンの頭が激しく揺れる。
 脳震盪を起こしかけながら、それでもシオンは声を振り絞った。
「熱線をっ」
 ガメラが動き出す。飛行して避ける時間はない、ゴジラは倒れた状態からでも充分な威力の熱線を吐ける。火球で相殺しようにも特大の一発を見舞ったばかり、充分な威力を練るには時間がかかりすぎるので無理だ。
 シオンは脚部を動かそうと試みた。だが動かない。猛スピードでゴジラと激突した脚部の被害は甚大だった。
 ゴジラが唸る。散々自分を翻弄してくれた者達へのありったけの怒りを込めて、背鰭が光り、輝く。熱線が、走る。
 光は一直線にガメラへと伸び――



『ファイヤーミラー、オープン!!』

「……スー、パー……X……」
 放射熱線は、ガメラに届くことなく完全に遮断されていた。
 否、ただの遮断ではない。
『上出来だぁ家城!』
 カドミウム弾とともに究極の対G兵器としてスーパーXU改の機首に搭載された、ゴジラの放射熱線を一万倍にして跳ね返す合成ダイヤモンド製のミラー。初めてその話を聞いた時、誰もが『一万倍は誇張のしすぎだろう』と漏らした。シオンもそう思っている。だが、今この時、それは一万倍どころか一億倍にさえ感じられた。
 反射された熱線が、ゴジラを焼く。
 増幅された自らの熱線を受け、ゴジラは信じられないとでも言いたげに咆吼した。
 しかし、
『正直、使いたくはなかったんだがな』
「結城少佐?」
 結城は何が不満なのか、そんな言葉を漏らした。
『……もつのか?』
 誰にともなく呟く。結城の不満、と言うよりも不安はそこだった。
 ファイヤーミラーは十年前のゴジラを前提に設計されている。多少の威力の上下は考慮に入れてあるが、完璧ではない。実際にゴジラの熱線を正面から受けてみなければ確実に反射できるという保証は何も無いのだ。
 ゴジラは再び熱線を吐いた。苦しげに、痛みと怒りに顔を歪ませながら、カドミウム弾による抑制が何の効果もないかのように、吐き続けた。
 そして、異変が生じる。
『ミ、ミラーが……』
 茜の声は震えていた。
「こんな、簡単に!?」
 シオンの顔色も変わる。
 結城だけは忌々しげにオペレーションルームでモニターの向こうを睨んでいた。やっぱりか、とでも言いたげに。
 ゴジラは止まらない。まだ放射熱線を吐き続けている。
『このままじゃ、ミラーどころかスーパーXU改が……!』

 ――これ以上は耐えられない――

 誰もがそう思った瞬間、それは弾丸となってスーパーXの脇を飛び抜けていった。





◆    ◆    ◆






「ここまで来たら……そう、するしかないわよね」
 今度こそ秋葉が膝を突く。
 略奪の渦は風に掻き消え、勾玉も急速に光を失っていく。
「秋葉さまぁっ!」
 駆け寄ってくる琥珀の声を聞きながら、秋葉は笑っていた。果たして笑っていたのは秋葉だったのか、それともガメラだったのか。
(どうでも、いいわね)
 どうでもいい。
 自分は確かに彼と繋がっていた。なら、笑っていたのはガメラでありまた秋葉でもある。
 身体中が痛い。けれども、その痛みすらやり遂げた満足感で心地が良かった。





◆    ◆    ◆






「秋葉、貴女なにをっ!?」
 満足に動かない脚部のカメラアイだけかろうじて動かし、シオンはその光景に見入っていた。
 両腕をジェット機の翼のように変化させ、両脚があったはずの部位からジェット噴射することにより、ガメラはキングジョーやスーパーXを凌駕する程の速度で飛んでいた。
 飛んで逃げようと言うのではない。
 狙うはただ、ゴジラのみ。
『あの亀野郎、体当たりを!?』
 そんな生易しいものではない。ガメラは頭からゴジラに突っ込むと、さらに噴射を強めた。ゴジラも踏ん張ろうとするが、次第に黒い全身から力が抜けていく。
『カドミウム弾の効果が……』
 力無く項垂れたゴジラを、ガメラは信じられない力で持ち上げ、上空まで飛翔した。シオン達にはそれを見守ることしかできない。
 ガメラが飛ぶ。飛んでいく。三原山からいまだ立ち上る噴煙を抜けて、灰色の雲の中に冗談のように白い軌跡を残して、飛び続けている。地上を振り返ろうともせずに、高く、高く。
 亀が飛ぶなど馬鹿げた光景だ。それも100メートルの亀が、ゴジラを捕らえたまま大空高く舞い上がっていくのである。
 しかし、誰が笑えよう。共に戦った僅か三十分にも満たない短い時間、ガメラは確かに戦友であったのだ。結城ですら、ガメラのこの行為に胸を熱くしていた。
『大亀怪獣とゴジラ、落下していきます』
 ついにガメラも力尽きたのか、それとも最初からそうするつもりであったのか。二匹の大怪獣が海へと落下していく。
 海から来て、そして海へ。そんな言葉がシオンの頭を過ぎった。
 ヴァン=フェムから与えられたタイムリミットの二十分まではまだ五分はある。
 シオンは深々と椅子にもたれかかった。
 その拍子にずれた帽子が床に落ちるのと、大島から数キロ離れた海に巨大な水柱が上がったのは、まったくの同時であった。











〜to be Continued〜






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