episode-18
〜聖杯大戦争〜
Part 6 あなたがいた森


◆    ◆    ◆






「今日で二日、か」
 突入斑が冬木に入ってから二日目の朝。
 いつでも冬木へ突入可能なヴァン=フェム配下重機甲兵軍団及び戦闘機兵軍団率いる自律式可変型機動兵器ガンヘッド大隊が壮観な姿を晒している中、結城は苛立たしげにタバコを地面に叩きつけ、ブーツの踵で念入りに踏み潰した。禁煙区域である事は頭からスッポリと抜け落ちている。
「連絡は『二日待て』って事だったが……」
 魔導馬轟天に乗った零はそれだけを伝えに雷霧の中を駆け抜け、伝え終わるや否や再び混迷する冬木内へと戻っていった。
 自分達は中でコトを起こす――零からの伝言だ。
 権藤に対しては言うまでもなく、さらにゴジラとの一戦で見せたシオンの覚悟、そして能力は信じるに値するだけのものだった。だから、結城は零の言葉を信じた。きっと、何かが起こる。その何かのタイミングを逃さずに自分達は一斉に攻撃を開始せねばならない。
「動きはありましたか、結城少佐」
 声をかけてきたのは、重機甲兵軍団にてドランガーの補佐を務める豪将、メガドロンだった。ヴァン=フェムの四大軍団の階級を防衛軍に当て嵌めれば結城よりも彼の方が遙かに上――それこそ将校クラスに該当するわけだが、あくまで私設軍の独自階級であるため特に蟠りはないらしい。むしろ重機甲兵にせよ戦闘機兵にせよ下士官のように接してくるのは、ゴーレムという自らの在り方を良く理解しているせいなのだろう。
「いや、なーんもねぇな」
 結城の返事に首の無い胸部と一体化した頭部を僅かに頷かせながら、ゴツい、結城の数倍は太そうな腕を組み、メガドロンはカメラアイを濃霧へと向けた。
 荒くれ者の軍人気質が多い重機甲兵軍団員の中にあって、常に冷静沈着、慎重派な彼の存在は掛け替えのないものだ。実際、単純な指揮能力だけなら軍団長である凱聖ドランガーに勝るとも劣らないらしい。所謂ロボットに懐疑的な結城ではあったが、ここ数日におけるメガドロンの実務能力、高度な作戦立案能力は認めざるをえなかった。
 共に戦う者の能力が高いと言うことは、結城のような生粋の軍人にとってはただありがたいことだ。
「涼邑の話じゃ、合図なんて無くても絶対にわかる、って事だったがな。あいつら、何をする気なんだか」
「気にはなります。我々としても、バルスキー殿は兎も角としてリタ・ロズィーアン殿は突拍子もない事を平気で行う女性ですゆえ」
 リタの奔放さは二十七祖の中にあってもトップクラスだ。真っ向から対抗出来るのはスミレくらいなものだろう。バルスキーやシオンが彼女を制御しきれるとはとてもではないが思えない。
「でもまぁ、あの吸血鬼のお姉ちゃんは一人で勝手気ままにやらかしそうな雰囲気はあっても全員を率いて策を練るってタチでも無いと思うんだがね。あんたらのとこのバルスキーの旦那もそうだ。どっちかってーと前線指揮のが得意なクチじゃないか?」
「はい。バルスキー殿も策を弄するタイプではありませんので、今回の件はまず考えられるのはシオン・エルトナム殿か――」
「権藤一佐かも知れないが、あの人も小細工は不得意だからな。それに遊び好きな面もあるとは言え根っこのところで徹底したリアリストだ。二日後に何が起こるか権藤一佐なら確実に伝えてくる」
 シオンもシオンで不確実な策に懸けるタイプではないため、内容を知らせないと言うのは違和感があった。こちらに知らせると何かしら問題がある策の可能性もあったが、それでもシオンは伝えてくるだろう。彼女はその辺の駆け引きや機微に関しては見落としがちなきらいがある。
「さて、誰のどんな策なものやら……」
「冬木在住の魔術師や、コスモスという可能性は?」
「ああ、それもあるにはあったか」
 もっとも、可能性は低いだろう。
 魔術師というのがどれほどのものかは知らないが、シオンや権藤を差し置いて指示を出せるような能力、何より気概を持ち得ているのかどうかが甚だ疑問だ。
「誰が考えたにせよどっちにしろ奇策だろうな。奇手も奇手。まともな作戦のはずがない」
「ふむ……しかしどのような奇策かは読めませんが、自分達は持てる戦力を出し惜しみする事無く冬木を制圧、解放するのみです」
 頼もしいことだ。頭でっかち無駄な議論を繰り返すばかりで右往左往している自衛隊の上層部にも聞かせてやりたいと結城は本気で嘆息した。地球防衛軍も上は大概だが自衛隊よりはよっぽどマシだ。怪獣や侵略者には一切容赦しないという方向性だけは確たるものとして組織内に浸透しているし、国家の枠を超えた人類守護のための正義の軍隊という大義名分もある。それでも政治を全く考慮しないわけではないが、自衛のためと建前を謳い続けている一国家の保有部隊とは比べるまでもあるまい。何より、それが嫌で防衛軍に移籍した結城なのだ。
「まったく、権藤一佐にゃ頭が下がるよ」
 自衛隊で閑職に追いやられながらゴジラとの決戦を待ち続けた権藤の心情を慮り、結城は頭を掻きながら煙草を取り出した。
「結城少佐、ここは禁煙区域です」
「あー……すまねぇな。さっきも、ほれ。もう吸っちまってるんだわ」
 周囲に危険物は見あたらないとは言え、結城も実に軍人らしからぬ人物だとばかりにメガドロンはそれ以上追究する事はなかった。
 小さな火が灯り、紫煙があがる。
 と、向こうからこちらに駆けてくる影があった。
「メガドロン、結城少佐! こちらに居られましたか」
 戦車の砲塔をまま頭にくっつけたかのような、わかりやすいと言えば非常にわかりやすいデザインの重機甲兵軍団烈闘士、ブルチェックだ。彼に限らずヴァン=フェムのゴーレム達は個性的な外見や性格の者が多いため、覚えるのにだけは苦労しなかった。もっとも重機甲兵軍団は凱聖と豪将以外は同じ人工知能を搭載した量産型が複数機存在しているため、流石にどれがどの個体なのかまでは判別出来そうもないが、リアルタイムでデータを相互にやりとりしているらしいので個人を相手にするのと大差はない。
「どうかしたか、ブルチェック」
「ガンヘッド大隊の最終チェックも全て完了しましたので、報告を。これでいつでも出撃可能です!」
 戦車が戦車の整備を、と結城は思わず吹き出しそうになるのを堪え、「ご苦労さん」と労いの言葉をかけた。するとゴツい機兵が形良く敬礼を返してくる。敬礼も満足に出来ない軍の新人供にお手本として見せてやりたいくらいだ。
「戦闘機兵軍団も準備は整ったとのことです。豪将ガルドスももうじきこちらに来られるかと」
「うむ、ご苦労。準備は万端、これで後は中からの合図を待つだけか」
 一同濃霧を睨み据え、次いで時間を確認した。
 今は朝の八時。果たして、合図とやらはいつ頃あるものか。緊張を維持するのも大変だ。が、中にいる皆はおそらくそれどころではあるまい。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
「それどころか、出るのは大怪獣です。鬼や蛇なら可愛いものだ」
 結城の何気ない一言に生真面目な答えを返したメガドロンを、しかし笑うことは出来なかった。
 この霧の中に巣くうは大怪獣。報告にあった個体だけではあるまい。霧で覆われた冬木市に、果たして何体の怪獣が犇めいているのか。
「権藤一佐……頼みますよ」
 紫煙を燻らせつつ、結城は低く呟いていた。





◆    ◆    ◆






 鬱蒼と茂る木々をさらに塗り潰すかのように立ち込めた霧。視界は最悪。状況も、最悪。
 冬木市郊外、アインツベルンの森。その最奧、錬鉄の城の庭で、志貴は一人短刀を振るっていた。
「シッ!」
 素早く、正確に線をなぞり、点を突く。
 このような俄仕込みが実戦で即役に立つとはとても思えなかったが、身体を動かさずにはいられなかったのだ。でなければ、押し潰されてしまう。アルトルージュと黒騎士、そして怪獣の影に。
「せぃッ!」
 全力で振りかぶり、一転流水のような斬撃。その不自然な体勢から蹴り上げ、爪先をえぐり込む。
 けれど蹴りは相手を倒すためのものではなく、自らが持つ最大の武器を確実に中てるための繋ぎだ。剔った爪先がさらに喰い込むイメージの先、今度はそこを基点に全身を捻り、視線のみを相手に浴びせかける。
「ここだ!」
 視る。
 相手の死を視認する異能行為に全てを懸け、そこから先は力など何一つ必要のない、一閃。
 風に吹かれてきた落葉に一筋の線と小さな点を視た志貴は、迷い無く既に死んでいる葉を殺した。
 葉は、カサリと乾いた音をたて、死んでいた。
 既に死んでいたはずの落葉が、もう一度。死者をも殺せる己の異能に志貴は嘆息し、着地した。
 と、そこにパチパチと無感動な音が重なる。
「……凄いですね」
 いつの間にか城の出口に立って志貴を見ていたのは、凛だった。目は落ち窪み、隈が酷い。昨夜も遅くまで作戦を練っていたのだろう。それと……彼女が凄まじい低血圧であることは昨日のうちに知っていた。
「おはよう、遠坂さん」
「おはようございます、遠野さん」
 距離を置いた挨拶。
 互いに気を許した関係ではないし、馴れ合っている余裕もない。だから、これで良かった。むしろ今日、死地へ赴く者同士の挨拶なのだから丁度良いとさえ言えるかも知れない。
 暫し沈黙が続いた。
 互いに何か話すべきかと思いつつも話せない。話すべき事が思い浮かばないのだ。
 結局、ようやく凛の口から飛び出したのは、
「鍛練……余念が無いですね」
 当たり障り無い事だった。
「ああ、うん。……ダメなんだ、どうしても。休んだ方がいいと、わかってるんだけどね」
 眼鏡をかけ直しながら、志貴は照れたように笑った。
 誤魔化すのが下手な人だと凛は思った。本当は欠片も笑ってなんかいないし、照れてもいない。志貴の心中はおそらく氷雪吹き荒ぶ他は何も無い平野だ。
 怜悧極まりなく、志貴の殺意は霧の彼方に向けられている。恋人を助け出すために、障害となる者は全て殺し尽くす……それだけの覚悟が、怖いくらいあっさりと彼の中には見て取れた。
「有彦も弓塚も、リタさんだってちゃんと休んでるのに」
「ええ。働いているのはセラだけだわ」
 一昨日、怪獣アントラーの猛威を逃れた志貴達はそのままこのアインツベルン城へ辿り着き、桜やライダーと合流。ここに匿われていたコスモスとも再会を果たしていた。連れ去られたイリヤを断固救出に向かうと叫ぶセラとリズ、そして士郎を説得し、まずは体勢を立て直すことの重要性を説くだけで凛は三時間も消費してしまった。
 ほぼ全員が満身創痍、敵に勝つための算段も覚束なぬ最悪の状況下で知らされたゴジラの接近。
 それでも諦めなかった事だけは、素直に賞賛出来ることだと志貴も凛も思っている。
 まず必要だったのは、リタの回復とバルスキーの修理だった。幸いアインツベルン城には魔導実験用の保存血液なども備蓄があったため、リタは充分に血液を補給しある程度の回復は完了したのだが、バルスキーの修理に関しては技術畑の人間がいないため非常に難航した。セラもホムンクルスやゴーレムに関する知識はあっても機械系はお手上げ状態である。とは言え僅かにでも手を出せるのが彼女しかいない以上、バルスキー当人の指示に従ってセラが不眠不休で修理にあたっていた。
「大変だろうとは思うけど、バルスキーとリタさんが万全じゃないとあいつらに勝つなんて、無理だ」
 戦力としてまともに数えられるのはリタ、バルスキー、零、さつき、リズ。そして純粋に戦人としての在り方から権藤くらいなものだ。続いて志貴やシオン、凛、士郎。しかし後半は祖や怪獣相手にはとても戦力とは呼べまい。有彦や桜では、可哀想だが足りないものが多すぎる。
「俺じゃ……無理だから」
 自分でよくわかっているからこそ、志貴は無為とわかっていてなお俄訓練に勤しむしかなかったのだ。
「辛い、ですね」
 凛も同様。
 敵はいずれもかつて聖杯戦争においてまみえた英霊達と同格か、それ以上の化物なのだ。真っ当にやり合ってどうこう出来る相手ではない。ならばこそ小賢しい策を弄する以外になく、凛は比喩抜きで脳神経が焼き切れてしまうのではないかと言うくらい知恵を振り絞った。
 勝てるならば、何だってしよう。
 利用出来るものは全て利用し、敵を欺くためならばどのような汚名も被ろう。
「でも、本当に……その、良かったのかい?」
「何が、ですか?」
 志貴が何を問おうとしているのかは明白だった。昨日その事を告げた時、誰よりも妹の桜が激昂、権藤やシオンが激しく難色を示していた横で、志貴も複雑な表情を形作っていたから。
 それでも素知らぬ顔で凛は問い返し、濃霧の果て、海のある方角を眺めた。
 冬木の海は、今日、荒れているだろう。
 ……いや、今は凪いでいたとしても確実に荒れるに違いない。地球上最大級の嵐によって。
 その嵐に、乗らなければならない。
 昨日、はっきりと決めたことだった。





◆    ◆    ◆






「……え?」
 桜は、姉の提案に対し信じられないとでも言いたげに弱々しく頭を振った。
「い、今……なんて言ったんですか、姉さん?」
 頬を引きつらせながら、確認するかのように問う。
 桜だけでなく、士郎も反応は同じだった。一方比較的平静を保ててはいたが、志貴も「ああ、やっぱり」といった気持ちと「まさか」という気持ちが半々と言ったところだ。それ程までに、凛の提案は常識外れだった。
「なに、聞いてなかったの? 駄目じゃない桜。今は真面目に対策を協議中――」
「そうじゃなくてっ!」
 温厚そうな桜の激昂に、僅かな驚きと、逆に感嘆が漏れた。リタなどはあからさまに口の端を歪めている。愉快でたまらないと言った貌だ。
「姉さんはっ」
「――桜」
「ッ!」
 ビクリ、と。桜の肩が目に見えて震えていた。
 凛の言葉は冷たく、鋭利だった。唐突に、志貴は自分の一撃と果たしてどちらが鋭いだろうなどと考えて苦笑した。笑いたかったのだ。僅かにでも。笑わなければ、自分も桜のように凛に喰ってかかってしまいそうな感情が心中に確かに存在している。
「そうじゃないなら、何? 他に何か案があるなら、具体的に、言いなさい」
 まるで冷水。
 凛の覚悟は確認するまでもなかった。今の物言いだけで理解出来ないようなら、他に確認のしようなどあるまい。遠坂凛は正真正銘本気で述べたのだ。
 現状を打開する、唯一の策を。
「おい、遠坂お前――」
「士郎も」
 射るような視線が士郎から動きを奪った。首だけのライダーが妙に感心しているのがまたおかしかった。
「反対意見は明確に述べて貰いたいわ。……他の皆さんもです。異論がある方は、お願いします」
 沈黙は是。
 リタは笑顔で。
 未希は懊悩しつつも。
 バルスキーは小さく頷き。
 ライダーは頷こうとして、転がった。
 シオンは完全に無表情。
 零はやれやれと首を振り。
 さつきと有彦は顔を見合わせている。
 リズとセラは静かなものだ。
 と、そこで。
「あの」
「遠坂さん」
 挙手したのは、コスモスだった。
「お二人は……反対、ですか」
 当然だろうな、とは思う。彼女達の在り方、そして目的からすれば反対しないはずがないのだ。
「遠坂さんの作戦は」
「危険と言わざるをえません」
 彼女達にしては珍しく、声に激しさが感じられた。
「アレは利用出来るような、利用して良い存在ではないのです!」
「モスラが、います。モスラが戦ってくれますから……」
 けれど、断固たる意思を持って凛は首を横に振った。モスラが先日の東京脱出時に負った傷のせいで万全ではないのは、コスモスの様子を見ているだけでわかる。冬木に巣くう怪獣軍団の相手は無理だろう。
「ちょっと、いいかい?」
 次に手を挙げたのは、権藤だった。
「なんでしょう?」
 百戦錬磨の権藤が放つ威圧感に呑まれまいと、凛は毅然として聞き返した。権藤の凄味は半端な魔術師や戦士のそれとは比較にならない、怪獣という規格外の生命と戦い続けてきた男の、打ちつけるような闘気だ。腰が引けそうになるのを堪え、凛は続く言葉を待った。
「いや、なに。嬢ちゃんの策は単純ではあるが大したモンだ。……と言うより、現状打破にはそれしかねぇってのはコスモスのお二方だってわかってるだろうさ。でもな、わかってても、やはりアイツの怖ろしさを知ってる身としては安易に承諾はしかねる。……なぁ、嬢ちゃん。あんたも十年前、この冬木でアレを見たはずだ。アレがどれだけヤバイのかも知ってるはずだ。違うか?」
 首肯。
 知っている。
 アレが冬木に残した爪痕など、知っている。十年前の戦いで父を失った自分が、その痛みを知らずしてどうするというのだ。
 だが、だからこそ――
「アイツの怖ろしさは知っています。たった一個の生命が地球そのものを滅ぼす要因になりかねない、過去いかなる魔獣や幻獣、神と称される異形ですら為し得なかった事を為し得る最悪の怪獣王であると知っているからこそ、私は、そこに賭ける……ッ!」
 言い切って、凛は真っ正面から権藤に視線を叩きつけた。互いにまばたきすら忘れ、暫し視戦が続く。
 やがて先に視線を逸らしたのは、権藤だった。
「……やれやれ。頭でっかちのお嬢様が、安易に楽な方法に縋ろうってだけなら大人として一発雷落として終いにする気だったんだが、な」
 その顔には野太い笑みが浮かんでいる。
「蟠りはある。俺は、アイツを倒すためだけに特自に所属し続けてたワケだしな。けど、まぁ事態の趨勢を読めないほど耄碌しちゃいねぇつもりだ」
「……権藤さん」
「やるっきゃねぇさ。妹さんも、坊主も、これ以上あーだこーだ言ったところでこの嬢ちゃんは聞き入れやしねぇよ。そんなワケで、俺も嬢ちゃんの策に賛成だ」
 桜も士郎も、権藤に反論は出来なかった。
 他に誰も意見がないことを確認し、凛は深く息を吸い、吐いた。
 取り返しのつかない道を選んでしまった可能性もあるが、今はそうする以外の無いのだ。何度も自分に言い聞かせ、もう一度、言い放つ。
「では明日、アルトルージュ・ブリュンスタッドが居るであろう柳洞寺地下、大空洞に奇襲を仕掛けます」
 ただの奇襲ではない。ただの奇襲では、アルトルージュ達にはかなわない。
 だから――
「……タイミングは、ゴジラの上陸合わせで。ゴジラがアルトルージュ配下の怪獣を引き付けている間に、私達が彼女を、討つ……!」
 自分の言葉の重みに押し潰されそうになりながら、凛はその名の通り凛とした態度を貫き通していた。





◆    ◆    ◆






「ゴジラの上陸に、襲撃を合わせる……か」
 志貴自身は、そこまで拘ってはいないし抵抗もないはずだと、凛はそう踏んでいた。彼の精神は全て恋人の奪還へと向けられている。なのにこのような質問をするのは、基本的に彼が善人、お人好しだからだろうなと凛は苦笑した。何のかんので、今この城にいるメンバーは一般人である綾子や蒔寺達も含めてお人好しばかりだ。
 自分は……どうだろう。
 否定したくはあっても非情になりきれない面があるのは事実だ。それは、聖杯戦争の折に士郎と協力し、結局は命懸けで桜を救い出してしまった事実が証明してしまっている。先日も楓達を迷い無く切り捨てるなんて出来なかった。
 けれど――
「リタ・ロズィーアンもバルスキーも賛成してくれたわ。涼邑さんや、権藤さんだって。……これが、一番確実だと思います」
 そんな自分でも、否、そんな自分だからこそ、守るべきもののために選べる選択肢がある。それが例え、十年前冬木を蹂躙した最強にして最悪の破壊神を利用する策であったとしても。
 恨みはある。
 憎しみもある。
 畏れも。
 十年前、冬木にいた者でゴジラに対し暗い情念を一切抱いていない者など果たしていたものか。言峰綺礼が存命であったならば或いは、とは思うが、少なくともまともな生者であるならばアレは等しく脅威だ。
 しかし凛は選んだ。
 ゴジラを利用する。
 ゴジラが冬木を目指しているというのなら、その上陸に合わせてアルトルージュ達に奇襲を仕掛ける。敵怪獣戦力はゴジラが引き付けてくれるはずだ。サドラにせよアントラーにせよ、恐るべき存在ではあっても単体でゴジラに勝てるだけの大怪獣かと問われれば、そこまでではないと思う。未希に言わせればプレッシャーが段違いらしいし、最もゴジラに詳しいはずの権藤も同意してくれた。
 何より、アルトルージュはゴジラを怖れている。
 リタすら驚愕していた姫君の感情の爆発を利用しない手はない。彼女は明らかにゴジラを怖れ、狂乱していた。聖杯を通しゴジラと接したことで、そのあまりに巨大な荒ぶる生命をダイレクトに感じ取ってしまったためなのか、ともあれ平常ではいられまい。
 チャンスは、今日。
 未希が読み取ったゴジラの動向が全てだった。
 今日の正午過ぎには遅くともゴジラは冬木に上陸する。アルトルージュ一派が時間まで正確に把握しているかどうかはわからないが、ゴジラは事前にわかっているからと容易くどうにか出来るような存在ではない。
「……あと、五時間後」
 ここを出てゴジラ上陸にタイミングを合わせて大聖杯に到達するまでを考慮すれば、二時間後には出発しなければならないだろう。
「少しは休んでおいた方が良いですよ」
「遠坂さんもね」
 緊張と恐怖を押し隠すための笑みを浮かべ、志貴はやや重たげに腕を振るった。
 また一枚、落葉が死ぬ。
 木々がざわめいた気がした。まさかに落葉の死を悼んでいるわけではあるまいが、志貴は死に対する感覚がかつて無いほどに鋭く研ぎ澄まされていっているのを感じていた。





◆    ◆    ◆






「ほぉ。精が出るなぁ、坊主」
 メーサー銃を担いで城の裏手にやってきた権藤は、そこでひたすら一心不乱に剣の素振りをしている士郎を見つけ、感心感心と腰を下ろした。
「投影魔術、とか言ったっけな。その剣も、投影か?」
「はっ! はっ! ……ああ、そう……ですけど」
 士郎が現在振っているのは、形だけエクスカリバーに似せたレプリカだ。ただの木刀でも良かったのだが、何となく気分的にこれにしておきたかった。
 おそらくは、願掛けのようなものなのだ。
 凛とリタから聞いたセイバーの現状。アルトルージュに操られ、不本意な剣を振るっている彼女を救い出すためにこうして形だけでも聖剣を振るっていようと。
 そう。セイバーを救い、冬木を救い……今さら正義の味方がどうこう言うつもりもなかったが、それら全てをかなえるために士郎は素振りを続けていた。
 けれど――
「納得いかねぇってツラだな」
「……」
 幾ら全てを救うために必要だと言われても、納得出来ないこともある。
「そんなに嫌か? 軽蔑するかね、あの嬢ちゃんを」
「そんな、ことは……」
 凛を軽蔑なんてしていない――そう言いきることが今の士郎には出来なかった。十年前の災害時に過去の記憶を失ってしまった士郎には、薄ぼんやりとしかゴジラへの恐怖心など残っていない。それでもかつて新都方面を焦土と化した最悪の存在を利用しようというのは容易に納得出来ることではなかった。
「まぁ、俺だって納得してるワケじゃない。ゴジラ上陸の隙を突くって事は、冬木はもう一度ゴジラによって破壊されるのと同義だからな。国防に努める一自衛隊員としては俺は嬢ちゃんの策には賛成なんぞしちゃ駄目なのさ。何より、俺個人の感情としてもな」
「だったら、なんで……っ」
 剣を振る手を止め、士郎は額を流れる汗を拭おうともせずに権藤に詰め寄った。その勢いを手で制し、権藤はのんびりと銃の手入れを始めた。
「なんでもなにも、仕方ねぇだろう? ゴジラの上陸を外で待機している特自とヴァンデルシュタームの混成部隊で防げたとして、おそらくはそこで部隊はほぼ壊滅だ。今度はアルトルージュ側に対して打つ手がねぇ。それこそ中にいる俺達も含めて冬木は化物共の餌食だ」
「っ! そ、それは、そうだろうけど……でも!」
「でもも何もねぇんだよ。半壊か、全壊か。冬木にはそれしか残されてないのさ」
 あまりにも過酷な現実を突きつけられて士郎は絶句した。聖杯戦争の時よりもタチが悪い。
「もっとも、半壊で済めば、の話だがな。ゴジラが上陸して暴れまわればどれだけの被害が出るかなんて予測もつかない。要はヤツの気分次第だ」
 メーサー銃のエネルギーパックを確認しつつ、権藤が非情に言い放つ。言い返そうにも士郎は何一つ言葉を持っていなかった。
「全部守りたい……そう言いたげだな」
「あ、当たり前じゃないか! 守れるものなら全部、守りたいに決まってるでしょう!? 例え無理でも、そうしようと頑張るのが――」
「ク、クク。……はっはっは!」
 突然、権藤は大声で笑いだしていた。
「笑わなくたって――ッ」
「いやいや、すまねぇ。許せや、坊主」
 照準機を合わせながら、一転して何やら妙に嬉しそうな貌で謝る権藤に毒気を抜かれ、士郎は振り上げた拳の落としどころも無いままに荒く息を吐いた。
「……お前さんの言うとおりさ。無理だからってハナッから全て諦めて、適当な小理屈をこねるなんざそれこそ誰にだって出来る。全てを守ろうって本気で言えるお前さんは、立派だよ」
「立派だなんて……」
 急にそんなことを言われ戸惑いつつ、士郎は拳を握り締め、やがて力無く下ろしていった。
「……俺だって、結局口だけで……本当に守る事なんて出来るワケが無い。……なのに」
「それでも守りたいんだろう? わかるさ。誰だってそうなんだ。俺だってそうだった。特殊生物による災害を防ぎ、この国を守る。そんな理想を抱いて特自に入隊した。お前さんと同じ事を本気で口にしてた。ガキの頃からずっと、な」
 自嘲めいた言い方だった。どこか寂しげで、士郎はいつも飄々とした権藤という男の本心、生涯の片鱗を垣間見た気がした。
「正義の味方ってヤツに、本気で憧れてた時期が俺にもあったのさ。弓塚の嬢ちゃんや乾の坊主を見てると仮面ライダーみたいな男になりたかっただなんて、な。今さらのように思い出すぜ、まったく」
 すっくと立ち上がり、権藤は士郎の肩を叩いた。メーサー銃を担ぎ直し、用は済んだとばかりに立ち去ろうとする。その背中を士郎は思わず呼び止めていた。
「権藤さん……あんた……」
「なぁ、一つ聞いていいか?」
 振り返りもせずに権藤が返す。
「お前……衛宮……、ああ、衛宮切嗣って名前に、覚えはないか?」
「え?」
 面食らい、言葉に詰まる。
 覚えがあるも何も無い。当然だ。父の――養父の名を忘れるはずがないではないか。
「権藤さん、あんた、どうして爺さんの……いや、おやじの名前を……」
 今度は権藤が面食らって立ち尽くす番だった。
 と、すぐに背を丸めて笑い出す。
「ふ、クック、クク、ははははははは! いや、まさかとは思ってたが……やっぱりか。道理でな、似てるはずだよ。切嗣の……そうか、息子か」
 納得がいったとでも言いたげに、一頻り笑うと権藤は再び歩き出した。
「権藤さん、どうして――」
「後で――そう、終わったら聞かせてやるさ」
 大しておもしろくもない話だが、と締めくくり、権藤は立ち去っていった。残された士郎は呼び止めることも出来ずにその背を見送った。
 背中が霧の中に消えていこうとした時、
「なぁ、坊主」
 権藤の声が染み渡るように響いた。
「守りたいって気持ちを忘れるなよ。この街も、惚れた女も。忘れさえしなければ、案外何とかなるもんだ」
 楽観、とは言えなかった。
 妙に重みのある言葉だった。少なくとも、士郎は権藤の言葉を正面から受け入れていた。
「忘れなければ……何とかなる、か」
 拳をいったん開いてから握り直し、士郎は再び聖剣のレプリカを投影すると素振りを再開した。





◆    ◆    ◆






 呆れ返ればいいのか、怒ればいいのか。端正な顔を歪ませ、ワナワナと唇を震わせながら何事か口にしようと思いしかし出来ず、凛は激しく肩を上下させてから……項垂れた。
「……もう。何のつもりなのよ」
「何のつもりって、あたしらも行くって今言ったじゃん」
「ああ。蒔の言ったとおりだ。私達の同行を許可して貰いたい」
 楓と鐘のまるでそれが当たり前とでも言いたげな口振りに凛は信じられないとかぶりを振った。
「あの、ねぇ。……説明、したでしょ? 私達は魔術師と呼ばれる存在で、人類を破滅させようとしてる悪の吸血鬼の親玉と戦ってるんだって」
 実に単純明快、簡潔且つファンタジーな説明だったのは面倒臭かったので適当に凛が済ませたためである。実際には正義だとか悪だとかそんな簡単な話ではない。楓は兎も角として、鐘や由紀香、綾子はそのくらい察してくれているものと思うのだが……
「燃える展開だよねぇ」
 クックッと綾子が笑っている。しまった、と凛が後悔しても後の祭りだった。察するも何も彼女は自分と合流する前にもっと深い説明まで受けているのだということを失念していた。誤魔化しきるには甘過ぎた。
「あ、あの……な、何も出来ないとは思います。でも、イリヤちゃんと……それに、アルちゃんのことが、気になって……だから……」
 オドオドと気弱そうなわりに、由紀香の腰は引けていなかった。ポヤンとしてはいるが彼女もこれでなかなかに芯の強い娘だ。イリヤが連れ去られ、アルの正体がアルトルージュ・ブリュンスタッドという人類を滅ぼそうとしている敵の首魁と知った今でも何かしら思うところがあるのだろう。
 それに……
「未希お姉ちゃんから、聞きました。もうすぐ……ゴジラがまたやって来るんだって。……十年前みたいに、冬木の街を、壊しに」
 十年前、由紀香はゴジラを見たのだという。
 彼女の小柄な身体は震えていた。恐怖の記憶に抗いながら話しているのがよくわかる。
 馬鹿げている、と凛は思った。そんな事をしても十年前の恐怖の記憶を払拭なんて出来るはずがない。ただ意味もなく傷ついて、下手せずとも死んでしまうだけだ。彼女達は戦士でも魔術師でもなく、ただの人間なのだから。連れて行けるはずなんて無い――と、そう言おうとした凛の肩を、綾子が叩いていた。
「わかってるよ。あたしらなんて足手まといもいいところだ。どうしようもない状況だなんて、そらわかるさ。……でもね、遠坂。どうしようもなくたって、むしろどうしようもないから指を銜えていたくない……そんな我が儘なんだよ」
 綾子の手は震えていた。それも尋常ではない震え方だ。死の恐怖と真っ向から戦っている者の恐怖だった。よく見れば、楓も鐘も膝が笑っている。
 どうしてそんなにまでして彼女達はついてこようとしているのか。わかるような気もするし、どうして理解できない部分もある。だからこそ厳しく、凛は首を横に振った。
「……ただ捨て鉢になってるだけじゃない。駄目よ。連れてなんて行けない。わたしは……あなた達に死んでほしくなんてない」
 本心から伝え、凛は四人を置いて立ち去ろうと踵を返し、けれど弱々しく腕を掴まれていた。
 由紀香だった。
「わっ、わた、し達じゃ……何も出来ない、って、わかってます。わかってるんです。……でも、それでももしかしたら、ほんの少しだけでも何か出来ることがあるんじゃないか、って。イリヤちゃん、わたし達と一緒だったのに、さらわれちゃって……アルちゃんも、そんな悪い子には、見えなかったんです。だから……二人のために……それに自分達が納得するためにも行こうって、鐘ちゃんと蒔ちゃんと相談して、決めたんです」
 ああ、そうか、と。凛は少しだけ納得のいった気がした。三人は二人の少女のことに胸を痛めていたのだ。イリヤが大聖杯復活のキーだとか、アルがアルトルージュという吸血鬼の親玉だとか関係無しに、ただ二人の少女のために何かできないものかと、実に真っ当な理由から悲壮な決意を固めているのだ。
「……つれて行った方が、いいと思う」
「リズ……あなた」
 それまでずっと黙っていたリズが無表情ながらも嘆願するかのように呟いていた。
「みんな、イリヤのことを心配してくれてる。……とても、うれしい」
「でも、だからってッ」
「まぁ待ちなよ」
 横槍を入れてきたのは零だった。
「俺も連れて行った方が良いと思うな」
「なっ、どうしてあなたまでそんな事を――ッ」
 と、声を荒げようとしたところを指先で制された。口先に押しつけられた零の人差し指がゆっくりと周囲を指しながら回っていく。
「……ここも、危険だ」
 その一言に凛は愕然とした。
 まさかっ、と叫ぼうとして、咄嗟に構えを取りポケットの中の宝石と、ベルトに差した『奥の手』の所在を確認するかのようにまさぐる。
「気配は完全に消してる。ハサンが……結構な数だね。リタの姐さんは既に嬉々として迎撃体制に入ってる。さつきと有彦は権藤一佐と一緒さ」
「ここにはセイバーとライダー御墨付きの複合結界まで張っておいたのに……全然気付かせないなんて」
「敵さんを舐めすぎた、かな。どんなに強力な結界でも無敵じゃない。どこか穴を狙われたか、それとも君以上の魔術師が来ているのか」
 あり得る話だ。
 数多の英霊がアルトルージュの陣営に属している以上、神代級の魔術師がいても何もおかしくはない。配下の吸血鬼にも魔導の奥義を究めた者がいるのかも知れないし、凛は自分の能力をそんな化物達に勝るなどと過大評価はしていないつもりだった。
「士郎達は?」
「見ていないけど、衛宮君は城の裏手で鍛練してたらしいしまだそっちかも知れないな。妹さんとメドゥーサ、コスモス、セラさん、バルスキーはまだ城の中のはずだ。遠野君とシオンさん、未希さんは……――」
『ゼロ、連中の殺気が膨れ上がってきたわよ』
 シルヴァからの忠告に、零はわかってるとばかりに双剣を鞘から抜き放った。
「……俺一人じゃ流石にキツイ、かな」
 軽い言い方ではあったが、頬を伝う汗は事態の危険さを如実に物語っていた。
「わたしも、援護くらいなら」
 念のためにアインツベルン城に置いてあった宝石のストックは全部持ってきてある。なるべくなら『奥の手』は使いたくはなかったが、もし後ろの友人達四人を守りきるのに手が足りないようなら、出し惜しみなどしていられない。
『……気をつけて。いつ襲いかかってきても不思議じゃないわ。呼吸は既に殺意を含んでいる』
 果たして何人、どこから……綾子達を庇うように周囲を見渡しつつ、凛は零の反応に合わせようとし、
「……一人、来たな」
 呟いた彼の視線が指す方向を見て、言葉を失った。
「……え?」
 集中が、途切れた。
「? おい、どうした遠坂さん?」
 まさか、と。
 そんなはずはない。ないのに、霧の向こうからゆっくりとこちらに歩いてくる影に、凛は覚えがあった。
「嘘、でしょう?」
 霧に隠れているとは言えまだ陽も高い。だのにこれはいかなる悪夢なのか。
 否定したいのに、影は徐々にはっきりと輪郭を顕わにしていく。目を、逸らしたかった。けれどまばたきの一つも出来なかった。
「相変わらず、結界を張る際に術式の五節目に綻びがあるな。何度も注意したはずだぞ、凛。……難しい術式に凝るのもいいが、簡単なところで見落としがある。折角の複合結界もアレでは台無しだ」
 好き放題言ってくれる。
 言われて自らのミスに臍を噛むも、同時にそれを見抜けたのは同門、しかも自分の兄弟子にあたる相手だったからに他ならないと、凛は相手の顔を睨み据えた。
 半年ぶりの再会。
 二度と再び会うはずの無かった相手だ。何故なら、男は既に死人なのだから。彼の死をもって、第五次聖杯戦争は幕を下ろした、なのに。
「……綺礼、どうして……っ」
 名を呼ばれ、言峰綺礼はさも愉快そうに微笑んだ。
「なに。少しばかり珍しい、真昼の悪夢だ。……また逢えて嬉しいよ、凛」
 悪夢の手には、黒鍵が鈍い光を放っていた。





◆    ◆    ◆






「いけない、予想よりも、早い……ッ」
「未希?」
「どうした!?」
 敵の襲来に真っ先に気付いた志貴は、近くにいたシオンと未希に合流すると、急ぎリタか零、バルスキーに報せなければと走り出そうとしていた。が、そこで未希が急に頭を抱えて踞ってしまったのだ。
 嫌な予感が脳裏を掠め、シオンと志貴は未希を両側から支え立ち上がらせようとした。
「予想より早い、とは……まさか」
 シオンの言葉に、未希が素早く首肯する。
「……ゴジラが……このままじゃ、もうすぐ冬木に!」
「そんな!?」
 最悪だ。
 もうすぐ出撃の予定時刻だったのにギリギリで敵に先手を打たれ、その上ゴジラが予想以上の速度で上陸などしようものなら凛の策は全て水泡と帰し、自分達は全滅する。
 急がなければ、と。そこに、
「ッ!?」
 凄まじい殺気が突き刺さった。
 ハサンのものとは比べものにならない膨大な闘気を孕むこれは、間違いなく戦士のもの。リィゾとは違う。どこかで感じたことのある気配だったが、それがどこで誰であったか志貴は思い出せなかった。記憶にあるものとは微妙に異なっている気がする。
「……来ましたわね」
「リタさん?」
 いつの間にか、日傘を遊雅に構えたリタが志貴の真後ろに立っていた。傷は一応癒えたとは言えまだ万全ではない。構えを見ただけでも、わかった。
「三度目の勝負……今度こそ決着をつけたいところですけれど……酷いザマですわね」
 瞬間、暴風が駆け抜けてきた。
「おわっ!?」
 同時にリタもまた疾風と化して志貴の脇を通り過ぎていく。暴風と疾風はぶつかり合い、火花を散らしながら数合の斬り合いを演じた。
「クッ、アーサー王!」
 爆破魔術が相手の着地位置を剔り、体勢を崩させる。そこで思わず剣を突き立てたのは紛れもなくアーサー王――セイバーだった。が、やはりどこか、違う。闘気も殺気も、アルトルージュに操られながらも気高く清涼だったはずのものとは決定的に異なり、全身からドス黒く放たれていた。
「……まさか、アルトルージュの血が全身に回った?」
 シオンの問いに、リタは答えない。その代わり、振り返りもせずに強い口調で言い放った。
「そこの彼を、押さえていてくださいな。……危険、ですから」
 指摘され、士郎が呆然と立ち尽くしていることに志貴達はようやく気が付いた。





◆    ◆    ◆






 海中を、猛然と突き進む影があった。
 大島での戦いで受けたダメージは回復していない。エネルギーも不足している。それでも、まるで呼び寄せられたかのように一直線に。凄まじい憎悪を纏って破壊の権化は日本――冬木へと向かっていた。
 全てを壊し尽くし、灰燼と帰すために。
 ゴジラが、今まさに上陸を果たそうとしていた。








〜to be Continued〜






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