episode-18
〜聖杯大戦争〜
Part 7 アタラクシア



◆    ◆    ◆






 爆音と共に吹き飛ばされ、哀れにも宙を舞ったハサンの数はその一撃だけで十を数えた。
「喰らぇええぃ!!」
 バルスキーの指先に内蔵された小型ミサイル発射口から、アインツベルン謹製の魔術炸薬をふんだんに使用したミサイルが雨よ霰よと発射されていく。
「まだ替えはあります。どうぞ、ご存分に」
 替えの弾倉を重たげに抱えながら、セラはそう言ってバルスキーの後ろをフラフラと危うげに付いていった。さらにライダーの首とコスモス達の入った篭を持った桜が続く。
「奇襲をかけるつもりでいたところに先手を打たれては、いかにハサン達でもたまったものではないでしょう」
「そうね。で、でもちょっと派手過ぎじゃ……」
「サクラ、派手とか地味とか言っている場合ではないでしょうに」
 ライダーの言う通りではあったが、外にハサン達の反応が確認出来た途端に城の外壁ごと吹き飛ばしての先制攻撃である。些か乱暴に過ぎるというのは桜でなくともそう思いもしよう。
「ああ、お城滅茶苦茶に……」
「構いません。城とは“城主”を守るためにあるのです。イリヤスフィールお嬢様が此処にいらっしゃらない以上、城のみが綺麗なままであっても意味などございません」
 ピシャリと言い放ち、セラはバルスキーに替えの弾倉を手渡した。何せサーヴァントの、ひいては英霊の特性をこれ以上なく熟知したセラの手によるミサイルである。一撃で倒すことは出来ずとも、爆発は確実にハサン達にダメージを与えていた。
「バルスキー様、お身体の具合は? 何か不都合はございませんか?」
「今のところ特に問題はなし! ……セラ殿、恩に着るぞ!」
 爆炎を裂き、バルスキーの拳が唸る。応急処置ではあったものの、魔術面重視での修復と調整はむしろハサン相手には勝手が良かった。魔力を帯びた鋼鉄の拳に殴られた髑髏面が中身ごと粉々にされ、脳漿をブチ撒けながら消滅していく。
 アインツベルンの技術の結晶、魔術を行使するホムンクルスとしてのセラの性能は破格である。そのセラに付与された魔力は、バルスキーに備わった元からの高位対魔能力と相乗し、半霊体に対する凄まじい破壊力を生み出していた。
「退けぃ、暗殺者! それともこのバルスキーと正面から勝負するつもりか!? その気概があるならば――」
 野太い腕が捕獲したハサンの首をへし折り、前方へ蹴り出された脚部に胸を砕かれたハサンは血泡を吹いて悶絶した。百のハサンは個体能力、殊に戦闘者としての能力はタカが知れている。人間であるならば戦士であろうと魔術師であろうと脅威に違いないのだが、近接格闘戦においては二十七祖を凌駕、英霊にも匹敵するバルスキーの相手が務まろうはずもない。それに何より、戦士としての心構えが違いすぎた。暗殺者如きでは止められる道理が無いのだ、凱聖バルスキーの猛進は。
「――かかって、来るがいい!」
 機士が、吼える。
 その光景を見つめながら、桜は思わず感嘆の声を漏らしていた。
「凄い……バルスキーさん、あんなにたくさんのアサシン達を相手に……ものともしないなんて」
「流石は二十七祖、ヴァン=フェムの誇るゴーレムですね。私が完調であっても、まともに正面から戦えばおそらくは勝てないでしょう。格闘戦でやり合えるのは、数多の英霊の中にもそうはいないはず」
 英霊とは人類の歴史にその名を刻んだ英雄豪傑達の霊である。その卓越した技術秘奥は、剣に槍に、拳に問わず現在へと伝わっている。バルスキーはそれらあらゆる体術を組み込まれ、さらに自己進化する成長型AIが自らを切磋琢磨した結果に在る一人の漢なのだ。
 もっとも、ライダーも正面から以外での戦いでなら引けを取るつもりはなかった。バルスキーの強さは愚直な強さだ。対して自分の力は真っ向組み合う類のものではない。ハサンとてそれは同様なのだが、今回ばかりは不意を突くつもりが逆にバルスキーによって無理矢理彼の土俵に上がらせられたとでも言ったところか。
「魔導と科学、そしてヒトの技術の結晶……素晴らしい。造り物であるはずなのに、彼には確かな魂が宿っているとしか言いようがありません」
 それは、本来なら魔法の域に達していなければ不可能なはずの所業であった。しかしヴァン=フェムが魔法使いなわけではない。
 バルスキーは、それに他のゴーレム達も、自ら生きることによって明確な個としての存在を得ている。
「所詮はアルトルージュの走狗……欲望に執着し、反英霊としてさえその矜持を失った者達など、物の数ではないでしょう。サクラ、道はバルスキーが切り拓いてくれます。我々は一刻も早く森を抜け、ゴジラが暴れている間に大聖杯に辿り着かなければなりません」
 息を呑み、やがて桜は小さくだが、しっかりと頷いた。篭の中で身を固くしていたコスモスも、ゴジラを利用する策に対しまだわだかまりはあるのだろうけれど今はそれしかないと覚悟を決めてくれたようだ。
「……急ぎましょう」
「……今はそれしか、手がないのなら」
「コスモスさん……」
「星に、アルトルージュに、ゴジラに」
「人類が勝利し、生き延びる事が出来るのだとすれば」
「それらを成すのは、何よりも強い生きる意思です」
「今は、信じましょう」
 祈るように瞳を閉じて、二人は小さく歌い始めた。
 爆音と殴打音に混じり聞こえる微かな歌声。
 その儚さが、力強い。
「ほぉ、これは」
「コスモスの、歌?」
 ハサンを撃退し続けるバルスキーとセラの耳にも、歌声は届いていた。

Mahal Mahal Mothra
Tama Tama Mothra

 力が漲っていくのを感じる。
 命が脈動し、湧き出していく。
 そしてその歌は、他の皆のもとにも届いていた。





◆    ◆    ◆






「……あら」
 日傘を振るう手を休めることなく、リタは突如聞こえ始めた歌声に耳を傾けていた。
「この歌声は……」
 祈りの歌。
 生きとし生けるものの、生命の輝きを、尊さを謳う軽やかな歌声。
「クスッ。わたくしも死者なら貴女も過去の英雄……二人の戦いに添えるBGMとしては些か不適切ではありますけれど……良い、歌ですわね」
 滾る。剣士としての血が。
 トゥインクル☆スターライトが凄まじい速度で、それこそ流星のように迅る。
「ッ!!」
 黒いセイバーは正面からその一撃を受け、踵を地面にめり込ませていた。力任せの爆発的な斬撃。他でもない、今のセイバーと同種の斬撃だ。
「皆さん!」
「は、はい!?」
 突如声をかけられ、志貴、シオン、未希は思わずピンと背筋を伸ばして立ち尽くしてしまった。
「わたくしはこれから彼女……アーサー王とケリをつける所存です。ですからその隙に、先に進んでくださいな♪」
 重々しい剣とは真逆の軽いノリに、何故か志貴は背筋が凍る思いがした。嫌な予感、という一言では片付けきれない。
「リタさん、俺も――」
「シャラップ! お黙りなさい、シキ君。アナタ、わたくしの決闘に水を差すつもりですの? もしそうなら……オシオキですわよ? ……性的な意味で」
「ちょっ!?」
「リ、リタ・ロズィーアン!!」
 妖艶極まる流し目にあてられ、真っ赤になって固まった志貴を力尽くで後ろに退け、庇うようにシオンが叫んでいた。
「オホホホホ……あらあら、シオンってば慌てちゃってますのね? 慌てちゃってますのね?」
「ち、ちがっ!」
 言い返そうとして、シオンは気付いた。軽口を叩きながらもリタはこちらを見てなどいない。意識の全てをセイバーに集中し、握り潰さんばかりに日傘の柄を持つ手に力が籠もっている。剣士としてはよろしくない持ち方だった。だが……緊張しているのだ、彼女も。
「それに、そこの彼。シロウ君」
「あっ」
 弾かれたようにシオンは士郎を見た。が、先程まで呆然としていたはずの場所に、いない。
「セイバーッ!!」
 既に、駆けていた。
 少年は、ようやく見つけた恋人のもとへと全力で。しかし、
「死なせたくはないでしょう?」
 小規模な爆発が、その足を止める。
「ぐっ!?」
 突如目の前の地面が爆ぜたことで体勢を崩した士郎はつんのめって地面に倒れ込んでいた。すぐさま立ち上がって再びセイバーに向かおうとするのを、今度は他ならぬセイバーの眼光が遮る。
 鋭く、冷たい。
 暗黒の瞳。
「どうしたんだよ!? 俺が、俺がわからないのか……?」
 わからないのか、認識すらしていないのか。今のセイバーの状態は推し量りようがない。先日のライダーと見比べても今の騎士王は異常だ。志貴は取り敢えず未希の手を引いていつでも離脱出来るよう備えると、小声でシオンに話しかけた。
「シオン、衛宮君にエーテライトを打ち込んで、無理矢理連れて行けないか?」
「可能ですが……彼、きっと全力で抵抗しますよ? 下手をすれば、神経がズタズタに焼き切れてしまう」
 かつてエーテライトを打ち込まれた時のことを思い出し、志貴は渋面を作った。確かに、付き合いは浅いとは言え士郎がどのように抵抗するかは火を見るより明らかだった。
 何より、もし目の前にいるのがアルクェイドだったなら……
「……ッ」
 歯軋りし、志貴は無意識に眼鏡に手をかけていた。
 自分だって同じだ。神経が焼き切れるだなんだと言われようとも全力で抵抗し、奪還を試みるだろう。士郎に冷静になれだなんて言えるわけがない。
「でも、いつまでもここにいるわけにも……ゴジラは、もう冬木近海にまで来てる……このままじゃ十年前と同じように、一方的に街は蹂躙されて……」
 未希の訴えは最もだった。完全に板挟みだ。
「……なぁ、シオン」
「はい」
 駄目元で、志貴はシオンに問うてみることにした。
「アルトルージュの血液がどれだけの毒性……って言い方も変か。その……支配力を持ってるのかはよくわからないけど、ライダーの時と同じように彼女を解き放つには、だいたいどのくらいの血を抜けばいいか、わからないか?」
 途端、シオンの顔つきが研究者のそれに変わった。伊達に吸血鬼化の治療を追い求めていたわけではない。血によって英霊すら操る馬鹿げた契約能力であっても、多少なりとアタリをつけることくらいは出来る。
「正直、難しいですね。ライダーの場合は脳まで血液が流入していなかった事と、彼女が首だけになっても生きられる類の化生だったからという条件が重なって助かったようなものです。伝説のアーサー王と言えどもあくまで人間霊、首を落とされては……即死でしょう」
「首じゃ駄目か。じゃあ動脈は?」
「どの程度抜けば支配下から逃れられるのか、それさえハッキリわかれば……ですが賭けですよ? しかも、分が悪すぎる。英霊の現界条件については詳しくはわかりませんが、受肉状態にあるなら失血しすぎればやはり駄目でしょう。少なくとも肉体は死を迎えるはず」
「賭け、か……」
 志貴は、眼鏡に手をかけたまま士郎を見た。リタは決闘に拘るだろうが、零やさつきと合流して一斉に仕掛ければセイバーを討ち果たすこと自体は可能なはずだ。だが、凝りが残る。何より、頭を掠めるのはアルクェイドのことだった。
「なぁ、シオン。思うんだけどさ」
 ポツリ、と。語りかけた志貴に対し、シオンは既に眉を顰めていた。
「凄まじく非合理的且つ不条理な申し出だとは確信していますが、聞きましょう」
「ああ、うん、すまん。……まぁ、何て言うのかなぁ。俺はさ、アルクェイドを助けるために戦ってる」
「知っていますよ」
 答えた声はどうにも不機嫌そうだった。とは言えそこでやめるわけにもいかず、志貴は話を続ける。
「衛宮君だって、俺と同じだ。彼も、その……す、好きな女のために、命だって投げ出そうとしてる」
「そこで照れないでください」
 不機嫌度はさらに上昇しているようだった。居心地が悪くて未希に助けを求めようとしたが、彼女はシオンの味方らしい。指でバッテンを作っていた。
「だから……えーと、うん。俺は……その……――」
「あぁあああああああ!! ナンセンス!!」
「彼をぇッ!?」
 突如、ホルスターからバレルレプリカを抜き放つとシオンは冷たい銃口を志貴の顎に押し当てていた。
「馬鹿げている! 馬鹿げているけれど貴方は彼と彼女を助けると、そう言うのですね!? 予行演習のつもりですか! どんな馬鹿野郎ですか貴方は! 莫迦! 大馬鹿です!!」
 クスリ、と未希が忍び笑いを漏らしていた。
 真っ赤になって口をへの字にしながら銃を突きつけている姿はさぞかし滑稽だろうなと、シオンは羞恥に震えていた。
 本当に、馬鹿なのだ。
 きっと、みんな大馬鹿だ。
「リタ・ロズィーアン、聞きましたか!? 彼の戯言を、どうせ聞いていたのでしょうが!」
「ええ、ええ、聞いていましたわよ」
 クルリ、クルリと日傘を振るい、されどその一撃一撃が超重の撃。黒いセイバーと踊るように斬り結びながら、リタは呆れたような、それでいて安心したかのような笑みを浮かべていた。
「まぁ、貴女の言った通り予行演習みたいなものですわね」
「予行にしては随分と高くついていると思いますが……」
「まったくですわ。昂ぶったわたくしの剣気ははてさて、どこへ向ければいいのかしらね? 三度も戦って決着がつけられないだなんて……酔いどれ以来ですわよ」
 日傘の柄を両手で持ち、全力で斬り上げる。
「――ッ!?」
 狙うは聖剣の刃元。けたたましい金属音と同時に跳ね上げられた剣、跳ね上げた日傘がそれぞれ力尽くで持ち主へと手繰り寄せられていく。さらに、足下を狙っての爆破。
「!」
 ステップで避けたセイバーに対し、リタは散発的な爆破を行使しつつ……前に出た。スカートの裾をちょこんと可愛らしく摘み、令嬢が走る。
「ひとまず他の皆さんと合流しますわよ!」
「わかりました」
 シオンにはリタの思惑が全て読めていた。いや、思惑というのは語弊がある。何せ、そうせざるをえなかったのだから。
「行きましょう、志貴、未希。……それに、士郎」
「みんなと合流するのか?」
「はい。でないと……危険です」
「確かに、周りに殺気が充満してきています。このままじゃ、私達も……――」
「違いますよ、未希。そうではありません」
 森の中からこちらに向けられているハサンの視線と殺気、高度に隠されたそれを察知した未希に、シオンは首を横に振った。
「危険なのは、リタです。このままでは彼女は負けます」
 サラリと言ってのけ、シオンは立ち上がろうとしている士郎のもとへと素早く駆け寄った。
「なっ!? お、おいシオン!」
 その後を追いながら、志貴が尋ねる。
「負けるって……むしろ圧してたんじゃ――」
「明らかにオーバーワークです。リタの傷はほぼ癒えてはいますがまだ完調ではありません。それに何より……あの黒い騎士は、強い。速度も筋力もリタを完全に上回っている。今は小手先の技術を弄して圧倒していたに過ぎません。伝説のアーサー王とは聞いていましたが、まさかあれ程とは……」
 言われてみれば、以前に見た時よりも今のセイバーはあらゆる意味で凄味が増している。ドス黒く禍々しい気配もだが、単純な剣威が志貴の目から見ても数段上なのは明白だった。
 けれどその分、細やかさが無い。元から技術で戦うタイプではなかったが、今や完全に力と速さ任せのファイターと化している。
「やっぱり、支配が精神まで及んでるのか」
「わかりませんね。それより、行きますよ」
 言いつつ、シオンは指先を士郎に向けて伸ばした。霧にまぎれたエーテライトはもはや視認は完全に不可能だった。空を裂く音すらたてずに、二本。士郎に打ち込まれ、立ち上がったばかりだった彼の身体が異変を来す。
「な、なんだこれ!? いったい、どうして……あ、足が勝手に!?」
「暫くは大人しく従ってもらいます!」
 人形使いヴァン=フェムが後継に欲した程の腕の冴えが遺憾なく発揮され、士郎はあまりにも自然な足取りで志貴達と併走し始めた。
「無理矢理だなぁ」
「それはもう。無理矢理もします。彼も貴方も、無茶苦茶ですから」
 ツンと言い放たれて志貴は困ったように鼻の頭を掻いた。その態度が気に喰わなかったのか、シオンは八つ当たり気味に士郎の速度を上げた。
「わっ、おわぁあっ!?」
 陸上選手もかくや、ダイナミックなフォームで走らされる士郎はたまったものではない。が、致し方ないのだ。
「未希、ゴジラ上陸まではもうほとんど時間がないと言いましたね?」
「時間が無いどころか、もう秒読み開始だわ……こんな所で足止めなんて食ってる場合じゃ……」
「聞きましたね志貴、それに、士郎。彼女は助けます。けれどその事に時間を専有されている余裕はないし、そもそもどうすれば助けられるのかもわかりません。ですから――」
「あー……つまり、シオン」
「はい」
「アーサー王……セイバーを引き付けながら助ける手段を考えて、さらに街に向かうってことか?」
 志貴からの問いに、シオンは当然とばかりに頷いた。
「そうです」
「そうですって……」
「幸い、襲ってきた敵戦力は彼女とハサン・サッバーハの群れだけのようですし。未希、他に何か感じ取れますか?」
 走りながら未希は瞑目し、気配を探ろうと集中した。ごく近距離に絞れば、セイバー並の脅威が存在しているかどうかくらいは簡単にわかる。
「……いない、わ。でも、おかしな気配を感じる。ハサン達よりも多分、弱い。けど……そいつが、遠坂さん達を足止めしてるみたいです」
「不確定要素は厄介ですね……けれど、仕方ないか」
 思考を五つ程に分割展開し、士郎を操るのは第二、走ることは第三思考にのみ任せてシオンは長考モードに入った。三つの思考を同時展開、論争させて最善の策を決定するのが現状では最もベターだ。
「どうでもいいけど、俺の身体に何をしたんだ!? い、いい加減にしてくれっ!」
「黙っていてください。今貴方に勝手をされると非常に困ります。どうにかなるものもならなくなる」
 にべもない。
「衛宮君、無理に抵抗しない方が良い。激痛だけで済めばいいけど、下手をすれば神経が焼き切れるから」
 かつてエーテライトを打ち込まれ、肉体のリミッターを外されたり何だり散々な目にあった志貴の経験談だけに、言葉には妙な重みがあった。
「そんなこと言われたって……それに、俺はセイバーを――」
「助けたいんだろう? だったら、余計に今はシオンの為すがままになってた方が良いよ。……彼女なら、きっと何かいい手を考えてくれるさ」
 脳天気とさえとれる発言だったが、志貴の目には一片たりともシオンへの疑心のようなものは浮かんでいなかった。その信頼の深さに、士郎は息を呑み言葉を引っ込めざるをえなかった。
「さぁ、行こう。急がないと大変なことになる」
 こうなっては士郎も覚悟を決めるしかない。シオンに操られるがまま、黙って森を抜けるために、走る。
 と、そんな中、未希が申し訳なさそうにシオンへと頭を下げていた。
「あの……ごめんなさい。できれば、私にも、その……エーテライトで、リミッターを解除して、貰えると……」
 確かに、特に身体を鍛えるなどしていない未希は既に息が上がり始めていた。速度も志貴達とは比べるべくもない。このままでは森の中に置いてけぼりがオチだろう。
「終わったら、筋肉痛が酷いですよ?」
 苦笑混じりのシオンに対し、未希は頬を引き攣らせながら頷いたのだった。





◆    ◆    ◆






 動揺し、身動きがとれずにいた凛。
 ハサン達に牽制され、なかなか鎧を装着出来ない零。
 事態を把握しきれず、凛の後ろから謎の神父を見ていることしか出来ない鐘、楓、由紀香……そして、綾子。リズはハルバードを構えたまま、無言で突っ立っていた。
 奇妙に緩やかな時間だった。周辺からは爆音などが喧しく聞こえ始めているというのに、動けない。
 逃げなければ、と。一般人四人の思考はそう訴えていた。けれど覚悟を決めたばかりなのだ。そうそう簡単に逃げ出すわけにはいかなかった。第一、自分達が逃げようと思ったから逃げ切れるなどとは流石に思っていない。
 なのに、突然だった。
「逃げたければ、かまわんよ」
「えっ?」
 ほんの僅か、口の端を上げて笑みを形作った綺礼は、綾子達に向けて言い放っていた。
「別に君達をどうこうしようとは思っていない。私が用があるのは……いや、用と言うより、興味か。君達でもなければ、そうだな。そこにいる不肖の妹弟子でもない」
 不肖の、と小馬鹿にされて凛は下唇を噛んだ。とは言え綺礼にはそう言われても仕方がないくらい、半年前の聖杯戦争でしてやられている。常に強気で、いかなる強敵相手でも信念と誇りをもって立ち向かわんとする遠坂凛がほとんど唯一と言ってもいいくらい、心身共に敵わない相手……それが言峰綺礼だった。
「なのに挨拶に来たのは、ふむ。半年前、私に無様に出し抜かれた妹弟子の顔には流石に少しばかりは興味があったからか。まぁ、その用も最早済んだがね。うむ。会えて本当に良かったよ、凛」
 無様……確かに、無様だったろう。
 口ではどれだけ悪し様に言おうともそれでも心のどこかでは信じていた相手に裏切られ、半死半生の目に遭わせられた己の無様さを思い出し、凛はポケットに突っ込んだ手で宝石を握り締めていた。しかし、その先へ続かない。不意を突いて魔弾を放とうにも、綺礼の全てを見透かすような視線を前にどうしても動けないのだ。
 綾子達にとっては、初めて見るような凛の姿だった。こんなにもか弱そうな遠坂凛の姿など見たことがない。風が吹けばそのまま倒れてしまいそうな儚さだ。
「と、遠坂……」
 思わず声をかけた楓は、出しかけた手を引っ込め、けれどもう一度所在なく彷徨わせた。
 魔術師としての凛を、先日初めて知った。それまでは彼女のことなんて、学校では猫を被っているけれど結局は自分達と同年代の少女、としか捉えていなかった。
 だが、違ったのだ。
 生きるか死ぬかの世界がある。
 そんな事はニュースを見ていれば子供だって知っている事だ。世界のどこかで常に戦争は起こり、殺人事件が起こり、人と人とが殺し合っている。まるで現実味のない現実。
 なのに、突然それが目の前に降って湧いて出た。
 ゴジラ襲撃の記憶さえ曖昧で、朧気で、忘れかけていたのに……今、目の前には正体不明の神父が友人を嘲笑い、森の中には無数の暗殺者が犇めいている。
 自分の覚悟なんて紙切れのようなモノだなぁと、楓は妙に冷めた思考でボンヤリと思った。
 鐘を見る。由紀香を見る。綾子を見る。
 表情は三者三様。きっと、自分と同じように色々なことを考えているのだろう。自分でさえこうなのだから、鐘辺りはどれだけ小難しいことを考えているものやら。
「……はは」
 そう考えたら、いつの間にか楓は笑っていた。
「蒔の字?」
「蒔ちゃん?」
「蒔寺?」
 訝しそうに視線を向けてくる三人を見ていると、余計おかしい。
「はは、……あはははは」
 おかしいけれど、別におかしくなったのではない。
 ただ、なんとなく……わかってしまったのだ。わかってしまったのと同時に、どうしようもない感情が胸の中で渦巻いていた。
 そこで、渦巻く感情のままに――
「遠坂ぁあっ!!」
「えひッ!?」
 バンッ、と。
 凛の背中に、思いっきり平手を叩きつけていた。
「……は?」
「……え?」
「……えぇっ?」
「……痛そう」
 リズだけは的外れな感想を漏らしただけだが、綾子達は何が起こったのかわからないといった面相だった。まぁ、それはそうだろう。楓だって自分の行動が理にかなっているだなんて思ってはいない。そもそも理詰めで行動するのは鐘や凛の役目であって、冬木の黒豹たる自分の役割ではないのだ。
「ちょっ、あんた、何を……」
 涙目で睨んできた凛の眼前にビシッと突き出した右手人差し指を揺らし、楓はチッチッチっとわざとらしく舌を鳴らすと、……デコピンをかました。
「痛ッ!?」
 どういうつもりか、と。問いただすことすら許さないとばかりに今度はシャドーボクシングを始めた楓を、綺礼ですら唖然と見ていた。
「はっ、どーしたよ? らしくないじゃん。全っ然らしくない」
「らしくないって、何が――ぷふっ!?」
 デコピンされた額を押さえながら言いかけた凛の、今度は頬をペチンと軽いジャブで打つ。
「らしくないものはらしくないっての。あんた、遠坂でしょうが遠坂凛! 自分でわかってる? ふーあーゆー?」
 グッと言葉に詰まった凛を、由紀香はハラハラと、綾子と鐘は何やら納得がいったかのようにフムッと見守っていた。リズに至っては親指を立てている。
「……わたしが、遠坂凛らしくない、ですって?」
「いえーす。いえすいえす」
 全く下手くそな発音だった。骨の髄まで日本人なのだろう。
 額と頬を赤くして、凛は思いっきり口をへの字にしていた。言い返す言葉が、何故か浮かんでこなかった。いつもなら楓なんていとも簡単に言い負かせて吠え面かかせてやっているところだというのに。
 そんな凛に、楓はさらに詰め寄った。
「ぶっちゃけさぁ、色々覚悟決めたとは言ったけどね、あたしら込み入った事情とかそーいうの悔しいけど全然理解してないわけ」
「それは……当たり前じゃない」
「そうだよ。当たり前なんだよ。でも、わかってることだってある。……あんた、遠坂凛でしょ? なのになんでワケわかんないコトになってんの」
 無茶苦茶な物言いだった。
 小学校から国語を勉強し直してこいと罵倒してやりたかった。なのに、出来なかった。
 代わりに、
「……く、ぷっ、あは、あはははは……」
 ぎこちなく笑いながら、凛は回れ右して綺礼に向き直っていた。
 開き直った……のとは少し違う。ただ、気付かされた。不覚にも、気付かされてしまった事が、凛にある種の、その名の通り凛然とした爽やかさをもたらしていた。
 結局、ヘタレていただけなのだ。
 呑まれてしまっていた自分ごと笑い飛ばし、凛は右手はポケットに忍ばせたまま、左手を距離を測るかのように前方に突き出していた。
「ふむ。良い友達を持ったな、凛。君を普通に学校に通わせたのは正解だったと見える。ただ魔術師としての英才教育だけを施していたのでは、こうはいかなかったろうからな」
「そりゃどーも。そうね、その事に関してはあんたに感謝していいかも……ねッ!」
 瞬間、凛は宝石を綺礼に向けて投擲していた。無論これでどうこう出来るとは考えていない。しかし、弄するに値する小細工だった。
「む……っ!」
 あくまでそれなりの規模の爆発。
 苦もなく回避した綺礼を爆風が襲ったが、特に意味など無い。元より濃霧に覆われた一帯は今さら爆煙に包まれようともさして違いはなかった。
 では、何のための爆発であったか。
『おかげで助かったわね』
「ああ、まったく」
「ぬっ!?」
 綺礼がその一撃を避けることが出来たのは、八極拳士としての類い希なる技量が故だった。ただの魔術師や神父であったならばあっさりと両断されていただろう。
「銀狼の魔戒騎士……そうか。今の爆発は私ではなくハサン達への目眩ましか」
「そういうこと。……それじゃ、行こうか。何せこちとらあと九〇秒であの髑髏面軍団を全滅させなくちゃいけないんでね。時間がないんだ」
 今度は綺礼が身動きを取れなくなる番だった。まさかまともにやりあって魔戒騎士にかなうはずもない。
 しかも、追い打ちをかけるように爆音が重なった。
「はは。派手だなぁ」
「おお、無事だったか」
 爆発したのは小型ミサイル、放ったのは言うまでもなくバルスキーだった。その後ろにはセラ、桜が続いている。
 既にハサンと、そして単純な戦闘能力ではそのハサンにすら劣るであろう綺礼にどうこう出来る状況ではなくなっていた。
「さぁ、形勢逆転よ、綺礼。バルスキーとゼロを同時に相手にして勝てるなんて、まさか思わないでしょ?」
 強気に、しかし慎重に。
 降伏勧告でも投げかけるかのように凛は一歩前へ出た。
 気は抜けない。綺礼は一瞬たりとも気を抜けるような相手ではない。どんなに劣勢に見えていても、むしろその劣勢すらも彼の手の内という可能性があることを凛はよく知っている。
 そも、実力的にハサンを大幅に上回る者がこちらに複数人いることは知っていたはず。なのに来た。まだ他にも手勢はいるのだろうが、この場に見えないということは他のみんなが抑えてくれているか、既に倒してしまったのだろう。手抜かりが過ぎる。
「……何を、企んでいるのかしらね」
「企む?」
 人聞きの悪い、とでも言いたげな実に不本意そうな表情だった。
「企みか。まぁ、企んでいるとも。まさか何も考えずにわざわざこうして出てきたわけではない。そのくらい、わかっているだろう、凛。長い付き合いだ」
 長い付き合い、と言う部分を強調し、綺礼は手にした黒鍵を弄んだ。
 含みを持たせたまま、睨み合いが続く。
 やがてその膠着状態を破ったのは――
「ふ、ふふ、ふはは……!」
 突如として凛達に背を向け、霧の中へと疾駆していく綺礼の高らかな笑い声だった。
「……え?」
 本当に、なんて愉快そうな笑い声だろう。記憶にある限り、ここまで愉しそうな綺礼など数えるくらいしか見た覚えがない。
 凛は暫し呆然と離れていく彼の哄笑を聞き届け、
「……逃げた、のか?」
「あっ」
 我に返った時には笑い声はもはや大分遠くまで離れてしまっていたようだった。そこで、悩む。
 罠、と見るのが妥当だろう。
 ただ不利だからと逃げ出すような男ではない。知謀では、凛も劣っているわけではないが、少なくとも綺礼に勝てるとは思っていない。彼は凛の思考パターンをほぼ把握しきっている。だから考え無しに逃げるなんてありえないのだ。
 しかし……
「追うしか、ないわよね」
 時間がない。どのみち、森から出て街に、そして柳洞寺地下大聖杯に向かう必要はあるのだ。
「姉さん」
 コスモスとライダーを抱えた桜が前に出た。その視線は行きましょうと無言のうちに告げている。振り返れば、綾子も楓も鐘も、それに由紀香も同じだった。
「私は、何があろうともイリヤスフィール様をお助けするために大聖杯へと向かうのみです」
 この二日間耐え続けていたのだ。罠があろうと無かろうと、セラにこれ以上我慢しろと言うのは無理だろう。
「まぁ、罠なんだろうけど」
 銀狼はボソリと漏らすと双剣を肩に担いだ。
「俺達もね、ちょっと……どうしても、倒さないといけない奴がいるからさ」
『……ゼロ』
 いったん鎧を外し、零は足早に歩き始めた。
 バルスキーも、言うまでもなく綺礼を追う……否、街へ向かうつもりのようだ。
「……慎重にコトを進めてられる場合でもない、か」
 どちらにせよ、ゴジラ襲来にあわせ奇襲をかけるつもりでいたのだ。むしろ奇襲をかけた際に綺礼に立ち塞がられて動揺するという醜態を晒さなかったことを良しとして開き直るべきか。
 ……考えるだけ、無駄なのだろう。
 溜息混じりに凛はツインテールを片方弄くった。
「問題なのはセラが全力疾走なんかして耐えられるのかどうかなんだけど」
「なっ!? な、何を仰いますか!」
 顔を真っ赤に怒鳴るセラだが、彼女と……あとは由紀香もだが、全力疾走でアインツベルンの森を抜けるなどまず不可能だ。
「確かに肉体労働は苦手ですが、お嬢様のためならば私は命をも投げ出す覚悟で――ひぇっ!?」
 と、言いかけたセラを、
「これでよかろう」
 バルスキーが、野太い腕で抱き上げていた。決して小柄ではないセラだが、バルスキーと比べれば大人と子供だ。
「な、バ、バルスキー様!?」
「なるほど、そうね。じゃあ三枝さんのこともお願いできないかしら?」
「……え?」
 聞き返す間もなく、由紀香もまた抱き上げられていた。
「バルスキー様、お、おおおおろしてください! こ、このような……」
「では急ごう、遠坂凛。まずはあの神父を追うのか?」
「追わなくても、多分行く手にいるわよ」
 その事には確信があった。こうなったらあの死に損ないが何を企んでいようとも、正面から打ち砕くのみだ。
 残った宝石の数を確認するかのようにポケットの中で手を開閉させつつ、凛もまた颯爽と駆け出したのだった。





◆    ◆    ◆






「どうして気付かなかった!?」
 仮設司令本部に響き渡った結城の怒声に、女性型の戦闘機兵、強闘士ローテールはまるで本物の女性のようにシュンと項垂れ、『すいません』と繰り返した。そも、今回の件はローテールの責任かと問われれば、そうは言い難かった。冬木全体を覆った濃霧と雷、さらに強烈なジャミング効果をもたらす磁気嵐によって周辺の電波状況は最悪の状況のまま、しかも今朝から輪をかけてそれらが悪化していた事を考えれば、彼女が見落としたと言うよりもレーダーが全て駄目になっていたと考えた方が順当だろう。
 普段の結城であったならば、いかに機兵であっても女性を八つ当たり気味に罵倒するなどするはずがなかった。が、今回ばかりはそうも言っていられない。
「チッ! もう、いい。……それよりも、上空のバーベリィ隊、ストローブ隊からの連絡は!?」
「それが……ジャミングが酷くて……」
「クソッタレ! 何か聞こえねぇのか!?」
 さらに荒れていく結城の肩にゴツい手を乗せたのは、メガドロンだった。
「まずは落ち着きましょう、結城少佐。そう逆上せていては、いざという時に貴公を戦わせるわけにはいかなくなる。そうなっては戦力的にも痛い」
「ぐぅ……、……す、すまねぇ」
 戦わせるわけにはいかない、とまで言われては結城も引き下がるしかなかった。それは、無理だ。軍人としても、何より結城個人の心情としても。
「つい熱くなっちまった。悪かったな、ローテール嬢ちゃんも」
「い、いえ! 私は……気にして、いませんから」
 気にしていないというわりにはローテールの声には張りがなかった。彼女も不安なのかも知れない。ヴァン=フェムのゴーレムがどれだけ人間に近いかを考慮すれば、まだ若い女性……やもすれば少女と言って差し支えないローテールにとって、この重圧は耐え難いものかも知れなかった。なのに自分が取り乱してしまってどうするよ、と結城は奥歯を噛んだ。
「空からはバーベリィ、ストローブ、海からはアグミスが目を光らせております。すぐに、見つかるでしょう」
 重機甲兵軍団員達の索敵能力を疑っているわけではない。むしろあんな大きな標的なのだから、すぐにでも見つけられて当然だろう。だが、見つけてからどうする? 現状のようなジャミング状態ではまともに連携をとって攻撃するのは不可能だ。
「せめて、もう少し……もっと沖で補足出来てれば」
 呻いても後の祭りだった。そもそも冬木奪還のための部隊は陸戦部隊がほとんどで、海戦は想定していない。アイアンロックスを始め、残存する特自及び海自の艦船は伊豆だ。洋上で決戦など挑みようがなかった。
 結局、大島でヤツが復活した時と同じだ。自分達はいつも後手に回らされ、こうして臍を噛む羽目になる。
「ッ! 海中のアグミス四号から通信入りました!」
「見つけたか!?」
「はい!」
 周波数などを調節しつつ、ローテールはアグミスからの報告を必死になって拾っていた。二度と失敗するわけにはいかない。
「え? 三号からも!? ……こ、これ」
「どうした?」
「ち、近い!? これじゃ、もう上陸――」
 その瞬間、結城は、メガドロンは、ローテールは、天を劈く咆吼を耳にしていた。
 この仮設本部から冬木までは、実際には相応の距離がある。にも関わらず、聞こえたのだ。
 獣の、咆吼。
 ただの獣のはずがない。黙示録の獣すら凌駕する、まさに獣王。最大にして最強の生命。
 幾百、幾万、幾億もの弦楽器を同時に掻き鳴らしたかのような重低音。腹の底にズシリと響くそれは聞き間違えようのないもの――
「来やがったか……ゴジラ!!」
 ――破壊神の、咆吼だった。
「あそこか!」
 頭部のレドームを回転させながら、メガドロンは冬木沿岸部を指差していた。残念ながら人間である結城の視力では何が起こっているのか見えない。しかし、ほんの僅か、霧が歪んでいるように見えた。一際激しい稲光と水飛沫も、見えた気がする。
「上、陸……確認」
 力無いローテールの呟きが虚空に溶けた。
「ゴジラ、冬木市に上陸……雷霧内に、突入しました」
「霧はまだ晴れねぇ、中との連絡もつかねぇ、そこにゴジラだと……? どんな冗談――」
 そこまで言って、結城ははたと何かに気付いたかのように自らの口元に手をあてた。
「おい、まさか……合図って」
「どうしました、結城少佐?」
「……今まで、ゴジラの位置特定にもっとも力を注いでたのは特自の……三枝のお嬢ちゃんだ。その嬢ちゃんは今、霧の中にいる……権藤一佐らと一緒に」
「あっ」
 結城が何を言わんとしているか、ローテールもメガドロンも気付いたらしい。三人はもう一度雷霧を見やり、続いて頷き合うとそれぞれ走り出した。
「出撃準備だ! 重機甲兵軍団、ガンヘッド大隊いつでも出せるようにしておけぇえ!! ダーバーボ隊、AからC分隊は対特殊生物用大型ミサイルを装填、DからH分隊は対魔兵装で待機だ!! アグミス隊は海路を封鎖! バーベリィ、ストローブ隊は爆撃準備急げぃ!! ブルチェック隊は私と一緒に霧が消え次第吶喊!!」
 突然の号令に泡を食いながら、ミサイル頭のダーバーボ隊が両肩や胸のミサイルベイの装備を指示通り換装していく。
「おお、流石に早ぇな」
 鈍重そうながら手慣れた所作による素早い換装感心しながら、結城は走った。霧はおそらくどんなに遅くとも数時間以内には消えると半ば確信に近い形でそう踏んでいた。権藤とシオンの判断なら、間違いはあるまい。
「ガルーダ、発進準備急がせろ! 霧が消え次第俺も出るぞ!!」
 決戦への意気込みは充分すぎるくらい、ある。ゴジラも加わってくれたなら、自分にとってはまさに僥倖だ。笑みすら浮かべながら、結城はタラップを駆け上がっていった。





◆    ◆    ◆






 雷が全身を焼く。
 皮膚の焦げる香りに低く鼻を鳴らしながら、ゴジラは前進していた。ヒトが怒りと憎しみと呼ぶところの、深い奈落のような負の想念とともに。
 しかし果たしてそれを人間の感情如きに当て嵌めてよいものかどうか。
 人類は、この漆黒の巨獣と比してはあまりに矮小すぎた。人類だけではない、吸血鬼もノンマルトも、あらゆる存在がゴジラの前では等しく意味を為さなかった。ただ破壊され、蹂躙されるためだけの存在だ。
 故に些末な感情を例えに用いるなどひたすら愚かしい。悠然と進むゴジラの大部分はむしろ平静であるとさえ癒えるかも知れなかった。
 ゴジラは感じ取っていた。
 十年前、自らを不遜にも呼び寄せた暗黒の杯。それがまた動き出したことを。簡潔に言ってしまえば、それが許せないのだろう。
 怒りは灼熱のマグマのように煮えたぎり、青白い炎となって濃霧の中を照らしていた。
 が、突き進むゴジラの前に、立ち塞がる不届き者がいた。
 低く、唸る。
 しかし怪獣王の威嚇を受け流すかのように、そいつは静かに立っていた。
 本来なら目があるはずの箇所から生えたアンテナが、雷に合わせてキュルキュルと不気味に回転していた。








〜to be Continued〜






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