episode-18
〜聖杯大戦争〜
Part 11 黄金の輝き(後編)


◆    ◆    ◆






 霧の中、黄金の輝きが漏れ出すのをリタは見ていた。温かく柔らかで、力強い光に、口元が緩む。
「向こうはどうやら成功したようだな」
 飛来する石塊をジャブで破砕し、バルスキーは上出来だとでも言いたげに拳を握り直した。あの光は士郎がセイバー救出に成功したものと見て間違いあるまい。となると、いまだ大勢に影響はなくとも些細なところで自分達の勝率は上がりつつある。時間は無いが地道な積み重ねに懸けるしかない。
「で、でもまた新しい怪獣が出てきたし……」
 由紀香の怯えは、ほぼ全員のものだった。今の局面で新たな怪獣の出現はこちらの気力を萎えさせるには充分以上の効果があった。膝を屈さずにいられるのは、それでもまだ心中に希望が残っているからだと信じる以外に仕様がない。
 怪獣が動くたびに大地は揺れ、石塊が飛んでくる。バルスキーは無言のままそれらを砕き、怪獣を引き付けるために囮として別方向へ向かった権藤とさつき、有彦のことを考えた。
 乾有彦――遠野志貴と最も親しい友人として、彼のデータもバルスキーの中に登録してあった。もっともそれらはただの情報に過ぎず、現在の有彦に対する評価や対応はバルスキー自身のものに依る。
 有彦が怪獣災害の被害者であるという情報までは既に開示済みだった。が、その時の怪獣の詳細なデータまでは先程初めて知った。
「家族の仇、か」
 有彦から家族を奪ったのは、『地底怪獣』テレスドン。既に撃退され、死骸も処理されていることから同一の個体でないのは明らかだった。けれど、今有彦がメーサーの銃口を向けている怪獣はテレスドンに酷似していた。少なくとも外見的なデータだけで照合するなら、違いは誤差範囲内だ。とすれば暴走も納得がいく。
 復讐や仇討ちという感覚、衝動については、バルスキーもある程度理解していた。戦闘によって修復不能にまで陥った部下達を幾度と無く看取ってきたし、そのたびに彼らの無念を背負い込んできたのだ。己がただの戦闘機械であるとしても、失われた者達へ報いようとするそれは一個の感情であるとバルスキーは信じたかった。だが、やはり人間のものとは異なるのだろうとも理解している。有彦の燃え滾るような激情は、おそらく自分とは異なるものだ。
「あの人……乾さん、大丈夫かな」
 いつの間にかすぐ側に来ていた楓が、バルスキーの考えを読み取ったかのようにポツリと洩らしていた。
「権藤のおっさんと、あと仮面ライダーのさっちんさんはなんとなく大丈夫だーって思えるんだけど」
「そうだな。まったく同意見だ」
「だったら、あんたも向こうを助けた方が……」
 楓はそれを言いたくてわざわざ来たのだろう。近接格闘戦が専門のバルスキーでは巨大怪獣を相手にするのはかなり無理があるとは言え、有彦を守って戦うくらいは出来る。
「しかし君達を放っておくワケにもいくまい」
「で、でも……っ」
「シェルターは見つかったのか?」
 無言で楓は首を横に振った。と言うより、テレスドンらしき怪獣が出現したことで付近の地下は滅茶苦茶になっている可能性が高い。日本のシェルターは他国のものより余程頑丈に出来ているという話だが、無事かどうかは疑わしかった。
「……氷室や未希さんが探してるけど、地割れが酷いし、建物も倒れてるのが多くて、入り口が見つからないんだよ。この近くにあったのは覚えてるんだけど、あたしも由紀っちも自分ちの近くくらいしか詳しい場所知らないし……氷室は、冬木のシェルターほとんど場所知ってるから。あいつの親父さん、市長とかやってるからさ。詳しいんだよ、こういうの」
 饒舌なのは不安の裏返しだろう。由紀香はもとより、綾子や鐘よりも一見気は強そうながら、楓の方がよっぽど繊細なのかも知れない。
「あたしも、もう一回探しに――」
「お待ちなさいな」
 今の今まで魔力を集中させるために半ば瞑想状態にあったリタが、血の気のない顔で楓を引き止めた。
「少し……派手にイキますから、皆さんにも一度こちらに退避するよう伝えてください」
「は、派手にって……」
 周囲を見回し、楓は由紀香と目を合わせた。
「今そんなことしたらシェルターが危ないんじゃ……」
「そ、そうですよ。えっと、その……リ、リタさんの魔法って、すごく強力だって、シオンさんが……」
 由紀香の意見に、リタはチッチッチッと舌を鳴らしながら軽やかに指を振るうと、
「魔法ではありません。魔術、ですわ」
 訂正し、両腕を前方に突き出した。
「その辺はちゃんと考えてありますわよ。皆さんに退がって貰うのは念のためですわ、念のため。もし万が一巻き込まれて、結界と結界の狭間に囚われでもしようものなら大変ですものねぇ」
 楓と由紀香は理解の範疇外であると諦めたのか、リタの言う通りにするべくシェルターを探し回っている皆のもとへと危うげに駆けていった。
「リタ・ロズィーアン」
「そう心配そうになさらずとも、大丈夫ですわよ」
 バルスキーに全てを言わせることなく、リタは日傘を構え、詠うように呪文を唱え始めた。

 ――Dying into a dance,――

「う、むぅ」
 渦巻く魔力の奔流に、バルスキーは低く唸るとカメラアイを明滅させた。心配の種は多い。殊に今のリタはダメージの深さから考えて大魔術の行使に耐えられるかどうか、微妙なところだ。
 しかし、リタの詠唱に迷いはなかった。

――An agony of trance,――

 やがて美しい歌声に引き寄せられるかのように、楓達が戻ってきた。リタの詠唱は淀みなく、限りなく澄んでいた。吸血鬼とは言え、重傷を負っているとは思えない程に透き通っていた。
「何やら……聞き惚れてしまうな」
 感心したかのように鐘が呟き、由紀香と楓、綾子も頷いていた。この数日で魔術という存在を知るに至った少女達も、目にしたのは無詠唱の魔弾や魔力波のみでこうした詠唱込みの大魔術は当然ながら初めて目にする。漫画や小説の中では幾らでも目にしてきたはずの光景が現実のものとなって目の前で展開している様は、ひたすらに奇異で不可思議だった。
 なのに、心を奪われてしまう。
 だからこそ魔術なのかも知れないなと、漠然と思いつつ綾子は音も無く息を吐いた。
「でも、実際リタさん何する気なんだ?」
「結界に結界をぶつけ、フィナ=ヴラド・スヴェルテンの張ったこれを相殺なさるおつもりなのでしょう」
 楓の質問に答えてくれたのはセラだった。
「結界って……ああ、こゆー結界とかいうやつ?」
 首肯し、セラはリタの日傘を指し示した。
「本来なら固有結界とは己の心象世界を具現化するもの、自らを中心としてしか展開出来ないはずのものなのですが、現在のロズィーアン様は大分無理をなされているご様子」
「彼女は今、固有結界に強引に」
「指向性を与えているのです」
 セラに引き続き説明してくれたコスモスの表情は心なしか沈んでいた。無理に、強引にという言葉に嘘はないのだということがよくわかった。
 知り合ってまだほんの数日、リタが吸血鬼と呼ばれる人外の者で、さらには二七祖というその中でも大物中の大物と説明されても楓達は誰も実感が持てずにいた。アインツベルンの古城の中で、僅かだが交わした会話は人間の、年上の女性とするものと大差無く、シオンや権藤よりもよっぽど親しみをもてる相手だった。唯一人間との違いを感じさせられたのは重傷を負っていたはずの腕が凄まじい速さで回復していた事だが、しかしその程度だ。頭では凄い相手なのだとわかっていても、本当にそれだけだったのだ。
 けれど、今は違う。

――An agony of flame――

「きゃっ!」
 尻餅を突きそうになった由紀香を、綾子が自身も震えながらかろうじて支えていた。鐘も腰が引けている。楓も膝が笑っていた。
 凄い。ひたすらに、凄い。
 肌で感じるのだ。魔術師としての資質があろうと無かろうと、リタが構えた手、日傘から発せられる圧倒的な“なにか”を。

――that cannot singe a sleeve.――

 最後の一小節、だったのだろう。
 唱え終えたリタは日傘を振るい、一見には穏やかな、しかし修羅のように凄絶な表情を浮かべ……
「ヒッ!?」
 誰かの洩らした悲鳴と、轟音。
 思わず耳を塞ぎ、全員が衝撃に身を硬くした。世界そのものを別の世界にぶつけ相殺しようという荒技が果たしてどれだけの破壊力を生み出すのか、誰一人として想像もつかなかった。
「な、なんか変なのが見える」
「なにかな……あれ?」
「……あれが、固有結界、なのか?」
 楓と由紀香、鐘はそれぞれ手を握り合い、服の裾を掴みながら眼前の光景を凝視していた。
 空間にヒビが走っていた。が、そのヒビは定まることなく変化を続け、縦に横に斜めにと不自然に走り、くねりながら三人を圧倒していた。
「爆発してる……でも、音と光がズレてる?」
「違う世界だから……この世界とは、ズレてるのよ」
 綾子と未希は手近な電柱に縋りつくようにして世界の変容を見つめていた。桃色の閃光が世界の割れ目から絶え間なく漏れ出し、けれど爆音が合っていない。時折桃色の空間と混ざり合うようにして、群青の光が零れていた。そして、波の音。爆音とは異なる砲声。
 さらに――
「……これ、は」
 何かに気付いたように未希は自らの肩をグッと掻き抱いた。
「怪獣の鳴き声? う、あ、あぁ」
 一瞬だけ、見えた。
 巨獣達の饗宴。
 漆黒の巨体をいたぶる複数の怪獣……軍団。
「……来ますわよ!」
 リタが叫んだのと同時に、空間の歪みが、爆ぜた。
 まるで世界がひっくり返ったかのように、黒く、青く、桃色に輝き……――
 未希は、横たわるゴジラの姿を、見た。





◆    ◆    ◆






「あっ」
 膝の折れた騎士王の身体を、士郎は慌てて抱きとめていた。暗黒の鎧は砕け散り、青いインナーがまだ淡く黄金の残光を発している。
 柔らかく、温かかった。
 別れていた時間は決して長くはないはずなのに、まるで数年ぶりに触れたかのように、じんわりと胸に広がる感情を士郎は素直に受け止めていた。
「……セイバーさん」
「……大丈夫、なのよね?」
 桜と凛の問いに、士郎は小さく頷いた。
 鼓動が伝わってくる。
 生きている。
「大丈夫だ。大丈夫だよ」
 言い聞かせるように呟いて、もう一度腕に力を込めた。今、士郎の胸にもたれ掛かってセイバーは確かに生きていた。
「遠坂、桜、ライダー。セイバーは、大丈夫だ」
 安堵の息が漏れた。このままセイバーを抱えてへたり込んでしまいたいのを何とか堪え、士郎は深々と息を吸うと、自分達を見つめている恩人二人に向き直った。
「あんた達も……その、……ありがとう」
「礼ならば無用です。私はアーサー王……失礼。セイバーと呼ぶべきなのでしょうね。彼女の戦力を自陣に引き込める可能性に賭けたまでです。善意によるならば、志貴にこそ礼を言ってあげてください」
 憮然と言い放ったシオンではあったが、表情の柔らかさにはやはり感謝の意を示したかった。確かに理を追究したというのも間違いではないのだろうけれど、彼女がセイバー救出に尽力してくれたのも事実なのだ。だから士郎はもう一度頭を下げた。
 そして、志貴にも。
「……あんたの、おかげだ。あんたが、セイバーの鎧の弱い部分を視てくれたから、助けられた。だから、本当に……ありがとう」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。……ああ、でも本当に良かった」
 心から。
 素直に志貴はそう吐き出していた。
 正直なところ、セイバーを助け出せるかどうか、分の悪すぎる賭けだと思っていた。どんなに想い想われていようともそれだけでは乗り越えられない現実がこの世界には幾らでも転がっている。路傍の石以上に、当たり前の障害として。
 だからこそ、乗り越えて欲しかった。何て事はない、志貴自身の願望を投影したまでだったのだ。自分が、果たしてアルクェイドを救えるのかどうか。絶対に救ってみせると誓ったからこそ、その未来を視たかった。
 たとえ――
「……ッ」
 ――魔眼を酷使することとなっても。
「……う、ぐっ」
 頭痛が酷い。折角大切な人を取り戻し喜びに沸いている士郎達に心配をかけまいと志貴は懸命に取り繕おうとしたが、駄目だった。
 足下が覚束ない。
 セイバー本体は出来る限り視ないよう気をつけたつもりでも、やはり相当無理があったのだろう。どこか他人事のように考えながら、ゆっくりと倒れそうになった志貴はシオンに受け止められていた。
「まったく……無茶をしすぎです」
「ああ……ごめん、シオン。でも、良かったろ?」
 何がどう良かったものですかと呆れたように、けれど苦笑しながら呟いて、シオンは志貴に肩を貸すと不安そうな視線を向けている士郎達に向き直り、きびきびと指示を出した。
「彼なら大丈夫です。それよりも、セイバーを助けたことで安心したのはわかりますが状況が状況です。出来れば即時戦力として期待したかったのですが……その様子では、無理はさせない方が良いでしょう」
 セイバーを抱く腕にグッと力を込め、士郎は頷いた。この期に及んで彼女を戦わせたくないと言い出す程愚かではないつもりでも、自分に抱かれ気を失っている恋人をすぐさま、あろう事か怪獣と戦わせるために目覚めさせるなど出来るはずもなかった。
 喜びも束の間、眉間に皺寄せ考えに耽っていた凛も、セイバーは元より志貴の離脱を慮して改めて自陣の戦力を計算し直していた。セイバーを助け出せたことは無論大きい。しかし、現状戦力に乏しすぎる。
「ライダー、貴女は……」
「……申し訳ありません、リン。正直、魔力が不足しています。大して役に立てそうにありません」
 セイバーを足止めするために使用した魔眼はまさに奥の手だったのだろう。首だけとなったライダーは明らかに消耗していた。これ以上は、それこそ今の彼女の状態からは奇妙な言い方だが、命に関わる。
「……一旦、離脱するのが賢明かも知れないわね」
「それさえも『離脱出来れば』の話です。リタによってフィナ=ヴラドの固有結界が破られれば一気に複数体の怪獣が溢れ出してくる。今さらそちらを止めるわけにもいきませんし、何より時間が無い」
 シオンの言に凛は押し黙った。確かに、一時撤退し休息をとって後再び出撃しているような余裕は欠片も無いのだ。
「無理にでも進むしか、ありませんか」
 誰にともなく呟いたライダーの言葉が最も端的に現状を表していた。それ以外に、無いのだ。
「でも、せめてセイバーと遠野さんはシェルターに待避してもらった方が良さそうね」
「そうだな。美綴達に頼んで二人を一緒にシェルターに連れて行ってもら――」
「俺なら、平気だから」
「志貴!?」
 シオンに肩を貸されグッタリとしていたはずの志貴が、眼鏡を片手に蹌踉けながら一人で立とうとしていた。どう見ても平気などではない、まともに立ってもいられない上に必殺の魔眼もこれ以上の連続使用はどのような負担となって返ってくるかわかったものではない。それでも志貴は立とうとしていた。
「衛宮君だって……惚れた女を取り戻すために無茶したんだ。なら俺も……多少の無茶はしないと」
「な、なにが多少ですか!? ……志貴、悪いことは言いません。真祖の姫君を自らの手で助けたいのなら、もっと自重すべきです。貴方一人が動いたところで好転する事態など限られている……! 今回はつき合いましたがこれ以上はとても――」
「でも」
 言い募るシオンを遮り、志貴は眼鏡をかけて深呼吸をした。少しずつでも回復を計り、動かなければならない。動き続けなければ、自分の目的などとても果たせやしないと言っているかのようだった。
「俺が動いたことで、少しでも彼らの助けにはなったんじゃないか、って。……なら、俺が動くことには意味があるんだと、思いたい。今、こんな状況だからこそ……人一人がやってやれる事をギリギリまで……ああ、うん。そのくらい出来なけりゃ、アルクェイドを助けるなんて無理だって、そんな気がするんだ」
 志貴の言っていることはシオンにとっては滅茶苦茶だった。理屈として成り立っていない。支離滅裂もいいところだ。
 感情的になるべきではない、もっと大局に立って見据えなければアルクェイド・ブリュンスタッドは救えやしない、と――伝えようとして、シオンは躊躇った。
 眼鏡越しに見える志貴の眼が、一瞬蒼く映った。
 志貴は疲労のために混乱しているわけでも、ただの偽善的な精神から発言しているわけでもない。その事がわかってしまい、シオンは口籠もるしかなかった。
「……その眼に映る全てを、救うとでも?」
「それは、俺の柄じゃないよ」
 士郎をチラと一瞥して苦笑すると、志貴は短刀を握り締め、スッと息を吐いた。
「正義の味方は、俺の柄じゃない。俺のは本当に、ただの自分勝手なんだ。秋葉にもよく言われるけど、お節介の延長さ……きっと」
 厄介なお節介もあったものだ。だがこうなったら志貴はどう言い含めてもシェルターに向かってなどくれまい。シオンも、言うなれば彼のそんなお節介によって救われた人間だ。
「本当に、貴方は大馬鹿です。……バカ」
 わざわざ小さく繰り返し、ならば仕方ない、セイバーだけでもとシオンが視線を戻すと、そちらでもまた信じられない光景が待ち構えていた。
「……私も、行きます」
「セイバー!?」
 いったいいつの間に目を覚ましたのか。士郎の力を借りながらかろうじて立っている状態で、それでもセイバーは気高く己が意を表明した。
「申し訳ありませんでした……私のために……ぐ、っ」
 アルトルージュの呪縛から逃れたとは言え、代償は大きかったのだろう。セイバーの疲労が限界に達しているのは誰の目にも明らかだった。普段の彼女からなら感じられる獅子の如き覇気が無い。それでも戦意を絶やそうとしないのは騎士王の矜持によるものか、セイバーをよく知らない志貴とシオンは素直に圧倒されていた。
「無茶だ、せめて少し休んで回復してから――」
「時間がありません……!」
 自分を支えてくれている士郎を圧し、セイバーは聖剣を手に呻いた。
「……私も、アルトルージュの全てを、知っているわけではありません……ですが……彼女は、危険だ。危険さの規模が違いすぎる……ッ。今無茶をしなければ、私は……絶対に、後悔してしまうでしょう……それでは、かつての私を繰り返すだけになってしまう……」
 俯き、下唇を噛むセイバーの覚悟が如何ほどのものかわからないではない。だが本当に大丈夫なのか、と。ようやく助けた大切な相手をまたすぐに失ってしまうかも知れない恐怖に、士郎も、凛も桜も懊悩した。
「戦わせてください、シロウ……我がマスターにして鞘である、貴方のために。私は、貴方だけのセイバーと誓いながら、貴方に剣を向けてしまった……ッ、その汚名を濯がなければ……私はもう、剣ではいられない」
 悲壮に、気高く、誇りによって立つ彼女の言葉は覆せない。覆せば、それは誇りをも傷つける。痛いくらいわかるからこそ士郎は強張った身体でセイバーを支え続けようとした。彼女が離れようとするのを、必死に懐中に留め置こうとした。
 無理だから。
 無理だとわかっているからせめて抱き締めた。
 胸の中で、セイバーが頷いたのがわかる。
「……シロウ、もう時間がありません」
「わかってる」
 ならば、士郎がとるべき道も決まっていた。
「セイバーは、俺の剣だ」
 名残惜しさを振り払うかのように士郎はセイバーを引き離すと、聖剣を握り締めた彼女の手に自らの手を重ねた。握力の失われた手に、力が宿る。
 憑き物のとれたような貌だ、と……志貴もシオンも、士郎の鮮烈な表情に目を丸くしていた。心中はいまだ穏やかではあるまい。セイバーを気遣う心苦しさも無論あるのだろう。それでも、士郎は剣を持つ者に相応しい面構えで、セイバーと並び立っていた。
「なら、俺が振るう。……正義の味方だからじゃない、セイバーのマスターとして、俺が振るう」
 ひび割れた世界が霧の向こうから新たな霧を噴出始めていた。すぐに、来る。霧の発生源はサドラだ。
「『霧幻地竜』サドラ……強力な相手です。それに、他にも何体もの神獣、怪獣がこの冬木に跋扈している。怪物殺しは英雄譚の華ですが、奴らは人類が伝説を紡ぐよりも昔から生き続けている、あまりに強大な存在だ」
 少しだけ意地悪そうに、セイバーは微笑んだ。
「シロウ、もし貴方が振るった“剣”が奴を両断することが出来たなら、古今の英雄にも負けないだけの名声を得られるかも知れませんね」
「そんな名声、どうだっていいさ」
 膨れっ面に照れを滲ませ、士郎は空間の亀裂を睨んだ。セイバーと手を重ねたままで。
「あの二人……何をするつもりなんだ?」
「振るうんでしょうね」
 訝しそうに呟いた志貴の肩を軽く叩いて、凛が呟いていた。さも当然のように。
「全身全霊、全力で。……そんな二人ですから」
「ええ、そうですね」
 姉に同意し、ライダーの首を抱えた桜も二人を見守るかのように居並んでいた。
「全身全霊で……振るう? まさか、聖剣をですか?」
「ええ」
 瞠目したままシオンは頬をヒクつかせた。
「そんな、バカな……どんなに聖剣エクスカリバーが強力な武装でも、相手は規格外の化物……怪獣中の怪獣の群れなのですよ!?」
「まぁ、そうね。実際、三日前にサドラとセイバーが斬り結んだ時はダメージを差し引いても完全に圧倒されてたし、まともにやったんじゃ幾ら最強クラスの英霊アーサー王でも勝てる道理が無い」
「だったら――」
「それでも、今度は負けない。絶対に」
 シオンの言葉を遮ったのは、凛の言葉と桜、それにライダーまでもが二人に向ける揺るぎない信頼の眼差しだった。
「……そう、ですか」
 志貴と出会う前の自分だったら到底理解出来ない、理解しようともしない眼差しだったろうなと嘆息しつつ、シオンもまた士郎とセイバーを見守った。
「凛」
「? なんです?」
「一つ、良いでしょうか」
 もはや聞くまでもないことではあったが、シオンにも多少の茶目っ気はある。むしろこんな時だからこそ自分に余裕を設けておきたかったのかも知れない。
「どうしてそこまで言い切れるのか……尋ねれば、答えて貰えますか?」
「そう、ですね」
 フッと深い笑みを洩らし、凛は特に迷うでもなくさらりと答えを述べた。
「士郎は士郎で、セイバーは士郎のセイバーだから、としか言い様がないわね。……馬鹿げていると思われるかも知れませんけど」
 元とは言えアトラスの大錬金術師相手に、根拠も何も無い不確かな言葉を魔術師の自分が返している事が凛はどうしてか愉快でたまらなかった。
 そう、なんて愉快なのか。
 士郎とセイバーが並んでいる。二人で一振りの聖剣に手を添え、構え、今にも巨大な敵に必殺の一撃を放とうとしている頼もしさ、力強さ。
 凛、桜、ライダーの確信は、揺らがない。
「珍しいな、シオン」
 何がどう珍しいのか言わないところが意地が悪い。バレルレプリカのグリップに手を添えながら、シオンはジト目で志貴を睨んだ。
「……わかっているくせに、からかわないでください」
「はは」
 からかわれるのも当然だろう。
 普段のシオンなら、凛のあまりに不確かな答えに激昂してその他の策を即座に分割思考を駆使して考案するはずだった。
 ……極論してしまえば、そもそも絶対的な策など今回の襲撃には存在していない。彼我戦力差を分析すればする程に小石のような勝率はやがて綿埃となり、風に吹かれ消えてしまいそうな程小さく弱々しかった。言うなれば負けて当然の戦いなのだ。
 第一、奇襲が成功していればまだ多少は存在していたであろうアドバンテージさえ最早無い。固有結界の中でゴジラがどのような状態であるかもわからない。アレが既に負けていた場合、アルトルージュ側の全戦力を自分達は相手取らなければならないのだ。
(だからこそ、私も信じたいのかも知れない)
 英雄。
 伝説の騎士王。
 正直、助けられるとは思っていなかった。士郎が隙さえ作ってくれれば自分と志貴が万策を尽くして討ち果たすつもりであったのだ。
 けれど彼女は戻ってきた。勝利を約束されたという黄金の輝きと共に。
(英雄幻想……英雄とは人の理想、希望によって編まれた概念が、人を滅ぼそうとする存在と――この星そのものと戦おうという……)
 その場に、立ち会っているのだ。
 シオンは身震いがした。
 未来を諦めたワラキアの子である自分が、今まさに未来を切り拓かんとする一刀を……見る。
「……いくぞ、セイバーッ」
「ハイッ、シロウ!」
 二人の姿が重なっていた。噴き出す霧によって朧気に見えているのではない。それどころか、光輝を纏った二人の身体は霧を寄せ付けていないのだ。あれだけ厄介だったサドラの霧が、まったく意味を為していない。
 二人の構えた聖剣から、黄金の輝きが爆発したかのように膨れ上がり、周囲を覆っていく。
 もはや、振るのみ。
 ぶつかり合うリタとフィナの固有結界はもう保たない。世界の壁の向こうに怪獣の影が直視可能だ。
 息を呑んだのは、全員。
 漠然とだが理解していた。士郎とセイバーが聖剣を振るうであろうタイミングを。
 剥がれ落ちた世界の壁。
 響き渡る、咆吼。
 一体だけではない、複数体。
 大きい。
 ただでさえ大きいのに、その影が複数いるだけで威圧感は途方もなく膨れ上がっていた。
 そこに、
「うっ――」
「――おぉおおおおおおおおおッッ!!」
 猛々しい、荒々しい、怪獣のそれにも負けぬ、どころか打ち勝たんばかりの怒号が、響く。
 シオンは見た。
 黄金の光刃が、横薙ぎに大気を裂くのを。霧が掻き消されていくのを。
 斬り裂いて、斬り裂いて、斬り裂いて。
 万物万象あらゆるものを斬り裂いて、光刃が突き進む。止まらない。目標を全て両断するまで止まらないと思えた。
 光刃が、ソレとぶつかるまでは。





◆    ◆    ◆






「君ならやるだろうと思いながらも……かなりショックだよ、リタ。難攻不落のパレードが、あのヴァン=フェムの魔城すら陥落させた最大にして最強の固有結界がこうして破られようとは」
 喉奧を低く鳴らしながら、フィナは今の今まで眼前に広がっていた大艦隊の消失を――現実世界への回帰を複雑な心境で見据えていた。
 リタならばやってくれるだろうという因縁めいた期待感が的中したことに、喜びを禁じ得ない。これで、彼女はボロボロになりながら目の前に現れるだろう。そう考えただけで背筋が震えた。
「長い付き合いだったけれど……いよいよ決着をつけるべきなのだろうね、リタ」
 鋭く細められた目は虚空を睨み、そのために邪魔なあらゆるものを一掃すべく魔剣が滑る。
「エレキング、アントラーはまずゴジラにとどめを! ダンカンは結界外からの攻撃への備えに戻り、サドラは外にいるデットンとともに邪魔な連中を全て蹴散らせ!」
 長い尻尾が建物を蹂躙する。耳障りな金切り声をあげ、エレキングはゴジラへと歩み寄ると黒い山のような巨体へと蹴りを喰らわせ、口から三日月型の雷弾を放ち攻め抜いた。
 アントラーの大顎が激しくカチ鳴らされ、ゴジラの筋肉質な巨体へと喰い込んでいく。そのまま胴体を両断せんばかりの勢いだった。事実、ゴジラでなければ千切り飛ばされていたに違いない。
「こちらはこれでいい。ゴジラは……死ぬ」
 怪獣王の生命の灯が消えかけているのは明らかだった。最早どうにもなるまい。不死身と称されたゴジラも、今、二大怪獣の猛攻の前についに滅ぼされるのだ。
「ああ、そうだとも。死ぬ、とも」
 笑みが硬いことは、自覚していた。白騎士に普段の余裕は無かった。背を向けたゴジラを振り返ることにさえ躊躇してしまう。
 世界の亀裂は限界を知らせていた。もうすぐパレードは完全に崩壊し、元の世界へと回帰する。そこで自分を待ち構えているであろうリタとの決着に意識を集中させようとしても、背後の打撃音や雷音、大顎が締め上げられる音にばかり注意が向いてしまう。
 ……まだ、死んでいない。
 死ぬに決まっている。けれど、死んでいない。死んでいないという厳然たる事実が、フィナから余裕を奪っていた。漆黒の破壊神の存在感は、死に瀕した今でさえあまりにも圧倒的すぎた。
「……ッ」
 舌打ちしつつ、世界の割れ目を睨み据える。
 手には自慢のコレクション、数多の武器を携え、おそらくは初撃から全力で向かってくるであろうリタの渾身に備えたフィナは万全だった。
 そう、万全だったのだ。
「……な、に……?」
 光が崩壊寸前のパレードを照らしていた。割れ目から零れ出してくる、神々しい光だった。
 初めは太陽のそれかと思った。しかしそんなわけはないと否定するのに要した時間は数瞬。何故なら現実世界にはまだサドラの霧が残っているはずで、今も亀裂から溢れ出している以上眩しい陽光など遮断されているからだ。
 光閉ざされた暗闇の世界より漏れ出る光。
 黄金の輝きは、鮮烈な鋭さと魔力とに満ちていた。
「――いかんッ、止めろ、サドラァッ!!」
 命じた瞬間、遂に持ち堪えていたパレードが砕け散り、射し込んでいた光の正体が判明する。
 それは、剣。
 刀身の放つ鉄色の鈍い光ではない。尊き伝説に名を残す最強の一振り。あらゆる暴魔を断つ、勝利を約束された黄金の聖剣。
 重なり合った手と手が振るう聖剣の一撃を、フィナはしかと見据えていた。





◆    ◆    ◆






「おおおおおおおおおおおお――」
「――おぉぉおおおおおおおおぁあああああああッッ」
 壮絶な激突音。
 光刃の切っ先が巨大な鋏と打ち合っている。あらゆるものを斬り裂く勢いだった光刃を、サドラの巨鋏が止めていた。けれど止まっていない。士郎とセイバーは止まってなどいない、サドラの巨鋏の硬度にすらうっすらと笑みを浮かべて、聖剣にさらなる力が籠もる。
「あぁああああああ、ああああああああああッッ!!」
「うぅううううう、おぉおおおおおおおおおおッッ!!」
 火花が、散っていた。
 比喩でなく本物の火花。
 光のシャワーのように周囲に降り注ぐそれに、次第に硬質な破片が混じり出す。
「……やっ、た……あの二人……」
 落ちてきた破片を、まだ熱いそれを魔力を込めた指先で何とか拾い上げ、凛は呆然と呟いていた。
 破片は、サドラの鋏。
 実体の無い光の剣であるエクスカリバーから破片がこぼれ落ちるわけがない。
 あの日、受け止めるのが精一杯だったサドラの鋏に、聖剣が打ち勝とうとしていた。それはまさに英雄の一撃が、怪物を倒そうとしている瞬間だった。
 サドラの悲痛な咆吼が天を衝く。
「すご、い」
 破砕する音が聞こえた。
 硬質な巨塊が砕け散り、粉々になる音。
 が、同時に光刃も力を使い果たしたのか爆発的に輝いて消えてしまう。
「ふ、ふはは、はーーーはっはっはっは!」
 木霊する哄笑が誰の者かはすぐにわかった。普段の彼を知るものならば眉を顰めかねないそれはサドラの勝利を確信したがためのものだろうか。
 しかし凛も桜もライダーも、志貴とシオンとてフィナの勝利など信じてはいなかった。
 砕け散ったサドラの鋏は右腕。すかさず伸びてくる左腕の鋏が士郎とセイバーを押し潰さんと迫る中、聞こえてきたのは――
「シロウッ!」
「応ッ!」
 ――覇気に満ちた掛け声。
 輝きは途切れていない。
 消え去った光刃とは別の光が、既に宿っている。
「投影……魔術……ッ」
 シオンの呟きは大気を斬り裂く再度の斬撃音に掻き消された。否、先程のものよりもさらに鋭く、激しい。
 投影されたもう一振りの、剣。
 一刀目は言うまでもなく騎士王の聖剣、“約束された勝利の剣”……果たして二刀目は、遥か遠く彼方、失われた選定の“勝利すべき黄金の剣”。
 本来ならば存在しないはずの一撃が、サドラの残された左鋏と、激突する。



「……聖剣が、もう一振り……だと?」
 ジョーガンを手にしたフィナの声は震えていた。
 セイバーを手中に収め、操っていたのだから彼女の全能力、全宝具は把握していた。カリバーンなどまさしく存在しえないもの、今の彼女が持ち得ない宝具であったはずなのに、今、それは顕現し、エクスカリバーに勝るとも劣らない輝きでもってサドラと斬り結んでいる。
「……ば――」
「――馬鹿な、なんてお決まり過ぎる台詞は勘弁願いたいですわね」
「……君か」
 不思議なことに、彼女の声が聞こえた瞬間フィナは一瞬で冷静さを取り戻していた。理由は考えるまでもない。ちっぽけな男の意地として、慌てふためいている姿など間違っても晒せない……ただ、それだけの相手だったからだ。
「まだ虚勢を張るくらいの余裕は、ありますのね」
「虚勢? 違うな。焦っているのは事実でも、君の前で無様を晒せる俺だと思うのかい?」
「……相変わらず、小さい男ですこと」
 蔑むかのようなリタに対し、何とでも言えとばかりにフィナはジョーガンを構えた。
「酷い有り様だ、リタ。傷だらけじゃないか」
「……ええ。本音を言えば指の一本たりとも動かしたくありませんわ。新鮮な血を満腹になるまで吸って吸って、脳が寝腐れするくらい寝ていたいですわね」
 零れたのは溜息ではなく、血だった。先日のダメージも抜けきらないままセイバーの相手を続け、さらに固有結界を固有結界にぶつけるという荒技を使用した代償だ。安くはない。
「今の君なら俺でも余裕だ。この銃の引き金を引くだけで、二七祖でも剣技では黒騎士と並び最強と称された君が呆気なく死を迎える」
 余裕は、崩れない。
「そうですかしら? ……もし、わたくしの“命”で貴方の不貞不貞しい首を飛ばすことが可能なら、わたくしは迷わず選びますわよ?」
 リタの下段に構えた日傘が、フィナに狙いを定めてゆっくりと持ち上がっていく。常のリタならば一足の距離だ。ダメージを受けている今でも、よっぽどタイミングをしくじらない限りは息を吸って吐くよりも簡単にフィナの首を斬り飛ばすことが可能だろう。
 ……相打ち覚悟でなら、という条件はつくが。
「は、は。相打ちなら、俺も満足して逝けるんだがな」
「思ってもいないことを仰らないでくださいな。アナタはいつだって自分が可愛い。私と相打ちになんて欠片も考えてはいないでしょうに」
 リタとしても、フィナと相打ちなど真っ平御免だった。七割方は、少なくともそう考えている。まだ、そう考えていられる。残りの三割は考えたくもない。
「……そうか。結構、本気だったんだがな」
 一抹の寂しさを浮かべ、引き金にかかったフィナの指に僅かだが力が込められた。同時に、リタの日傘も白騎士の首目掛けて振るわれ――
「ッ!?」
 ――空を、切る。
「けど、まだ死ねない」
 バックステップ。
 ダメージによって注意力が散漫になっていたリタを引き金にのみ集中させ、フィナは思いっきり後方へと跳んでいた。
「フィナァアアアッ!」
「その貌を見ていられるうちは、死ねないな」
 牽制気味に放った銃弾が日傘に叩き落とされる。
「それに折角の騎士王VSサドラの決戦だ。見届けたいじゃないか、結果を」
 芝居がかった大仰な台詞にリタは目を丸くすると、やれやれと皮肉気に頬を弛めた。
「まだそんなことを言っているようですからアナタはいつも大切なことを見落とすのですわ」
「なに?」
 ここまで言ってもわからないのか、と。いや、わからないから自分達は相容れないのだろう。リタはやがて諦めたように日傘を掲げた。
「騎士王VSサドラ。あの戦いが本当にそう見えているのでしたら、アナタの目は節穴どころの話じゃありませんわね」
「……馬鹿馬鹿しい。では君は、あの少年を――」
「アレは最早アナタの知る騎士王ではなく一振りの剣、セイバーという名の剣。振るっているのは衛宮士郎という、英雄でも何でもない、ただの小っぽけな人間」
 弛んだ頬を引き締めて、リタは上段まで掲げた日傘をスッパリと足下まで落とした。二人の視線の先では激しい光芒が膨れ上がっていた。



「ぐ、うぅう……流石に、強い……ッ!」
 セイバーの脚が地面に喰い込む。士郎も同様、今にも押し潰されそうな状態だった。
「これが、怪獣なのか……ッ」
 正義の味方を目指していた士郎にとって、怪獣とは具体的な悪、人類の、世界にとっての驚異だった。怪獣と戦い倒すことを子供の頃から何度と無く夢想してきた。が、初めて実際に戦う怪獣は当然のように少年の夢想とはワケが違う。桁が違う。格が違う。
 でも、それでも、
「……だからって、負けてられない……よなッ!」
 ようやく助け出したセイバーと一緒に剣を振るっているのだから。冬木を救うためにも、そして子供の頃から夢見てきた正義の味方なら――世界を救うためにも、怪獣の一匹程度に屈するわけにはいかない。
「ええ……ここで、負けたら、シロウの料理も、味わえませんから……!」
 冗談めかしたセイバーの微笑みが、力となる。
「う、お、おぉおおおおおおおおッ!!」
 もう一度、力の限りを尽くして二人はカリバーンを振り抜かんとした。しかしサドラも食い下がり、巨大な鋏が光刃を押しのけんと重みを増していく。
 どうして持ち堪えられているのか不思議でならない。けれど疑問に思っている暇など無かった。今はひたすらにサドラの鋏を打ち砕き、斬り崩す事だけを一念に、全力を振り絞るだけだ。
 光が溢れていく。黄金の輝きが奔流となって迸り、周囲を光芒に包み込んで弾けていく。
 今、まさに剣と鞘は、マスターとサーヴァントは一つだった。力が漲るのも、底知れぬ魔力も、強大な敵も、この一体感の前には些末なこと。
「おぉおおおあぁあああああああああッ!!」
 遂に、サドラの鋏に亀裂が走る。一度そうなってしまえば砕け散るのは早かった。
 あらゆる魔獣、幻獣をも凌駕するであろう存在が絶望の咆吼をあげ、今、人間に屈しようとしている。
 しかしサドラの鋏を砕いたことでカリバーンの光刃も消失しかけていた。トドメを刺すにはいかにも弱々しい。このまま両腕を失ったサドラが尻尾や脚で攻撃してくれば一巻の終わりだ。
「ここまできて……ッ」
「シロウ、まだです!」
 消えかけたカリバーンを左手に、右手のみを頭上高く掲げ、セイバーは士郎にも手を重ねてくれるよう視線で促した。
「まだ……まだ、いける! シロウとなら、私はッ!」
 アルトルージュに使われていた時とは、違う。
 なんという充足感。
 なんという幸福感。
 漲ってくるのは力や魔力だけではない、胸の内に溢れ出しそうな想いこそが、今のセイバーを支えていた。
 傷だらけだったはずの消耗しきった身体が、こんなにも全力を振るっているのに回復さえしてきている。鞘の加護であるとしても異常だ。
「私は、シロウとなら……どんな相手にだって、打ち勝ってみせる!」
 獅子が、吼えた。
 振り上げた右手に顕現する、聖剣。
「二度目の……エクスカリバー……ッ!」
 消えかけた左のカリバーンも最後の光を放つ。
 思わず息を呑む、それはまさに究極の二刀。
「さぁ、シロウ!」
「……ああっ!」
 双振りの聖剣が、猛然と疾る。
 蔓延る絶望など全てを斬り裂いて――
「ダブルッッ」
 ――解き放たれた黄金の輝きが、終わらない夜を拓くかのように……
「カリバァアーーーーーーッ!!」
 たった一つ、確かなものを胸に、今、士郎とセイバーは、双振りの聖剣を振り抜いていた。








〜to be Continued〜






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