episode-19
〜破壊の月姫〜
Part 5 氷獄―奪還―


◆    ◆    ◆






 目の前でゴジラが轟音をたてて倒れ伏したのを目にし、ソレ(・・)は狂喜した。
 いなくなった。
 あの怖い奴が、いなくなった。これでもう自分を脅かすものはいない。いつまでも、大好きな友達と一緒にいられる。
 隣を見れば、そこにはついさっきまで魘されていた友達が白犬に抱かれるようにして眠っていた。頬にはまだ渇いていない涙の跡がうっすらと残っている。
 友達の頬を舐め、ソレ(・・)――黒衣の少女、アルトルージュは笑いながら、スキップでも踏むかのように巨大な足を動かした。手を振り回し、ピクニックにでも赴くかのように。その度に足下では民家が崩れ、道路は割れ、壊れた水道管から水が噴き出し、地獄の様相を呈していく。
「たのしい、ね……アハッ」
 もっともっと遊びたい。
 町中に蔓延している恐怖と絶望を胸一杯に吸い上げながら、アルトルージュは眼下にオキシジェンデストロイヤーレイを放った。命中した箇所が文字通り破砕され、塵すらも残らないのを見て満足気に何度も頷く。これでもう、世界は自分と自分を守ってくれる騎士や英霊達、そして愛犬と友達だけのものなのだ。素晴らしい。何て素晴らしいのだろう。
「ね、イリヤ……さいこうの、きぶん……アハ、アハハ」
 このまま世界全てを破壊してスッキリさせてしまいたい気分だ。なのに、
「……ん?」
 そんな気分に水を差す者達がいた。
 つい先程までゴジラを攻撃し、遂には打倒することに成功した小さくて弱い者達。
「なぁに、……あのこたち……うるさい、の」
 折角晴れやかな気分でいたのに、台無しだ。
「しずかに、……してて」
 苛立ちながら、アルトルージュは自分に攻撃してくるガンヘッドのうち一体を破壊、消滅させた。
 小煩いものが綺麗さっぱり目の前から消えたのを見て喜色満面となったアルトルージュだったが、まだまだ他の奴らが懲りずに撃ってくる。一発一発は大したことはないが、こうも無数に、さらに集中して同じところを狙われると流石に痛みが強まってくる。
「なん……なの? ……あなたたちも、わたしをいじめる、の? アイツが、せっかく、せっかくアイツが、いなく……なった……の、に!」
 どうして自分の平穏をこの者達は脅かそうとするのか、アルトルージュには理解出来なかった。
「ゆる……さない……!」
 無邪気な怒りは大気を震わせ、全身を放電したかのように魔力のスパークが駆け巡る。
 ゴジラとの激闘の熱も冷めやらぬまま、猛り狂うデストルージュと重機甲兵軍団・特生自衛隊連合軍の戦いの幕が新たに切って落とされた。





◆    ◆    ◆






「ダンカンどころの話じゃないやね。聞いてた以上のおぞましさだよ、アイツ」
 デストルージュの姿を目視で確認した途端、メレムは表情を一変させていた。吸血鬼であるため元より顔色は良くないが、それにも増して悪い。
「アレは絶対に、この場で斃さなくちゃ駄目だ。でないとろくな事にならない。人類が、とか吸血鬼が、とか関係無しに、アイツだけは、駄目だ……!!」
「メレム殿……」
 少年吸血鬼の尋常ではない気迫に呑まれそうになりながら、メガドロンも同意見だった。機械であるためメレムが言うようなおぞましさ、邪悪に対する悪寒のようなものには鈍感だが、それでもダンカンのコアを目にした時のような筆舌にし難い何かを、あの怪獣からは感じるのだ。
 アレは本当に、善くないモノだ。
 この世あらゆるものに対して害を為す、災禍の塊だ。
「むぅ、各員絶対にそいつを仕留めろ! ゴジラに挑んだ時と同様の気概でもって迎え撃て!! どれだけの脅威であろうともゴジラ以上ではない、ゴジラ以上でないからには我々が負ける道理が無いと思え!!」
 半分は本音で、もう半分は機械らしからぬ精神論だった。
 おそらく現場で相対している誰もが、生物非生物を問わずあの赤黒い怪物の怖ろしさを直感しているはずだ。既に何台かのガンヘッドやメーサー光線車がヤツの吐き出す光線により跡形もなく消滅させられてしまっている。遠距離攻撃においてはゴジラよりもタチが悪い。
『おい、メレムの旦那』
「あ、ああ少佐。なんだい?」
 結城からの通信に、メレムはかろうじて興奮を抑え込むといつも通りの自分を取り繕った。結城は兎も角として茜には必死になっている自分など見せられない。
『あの赤黒いヤツだが……実際に目にしてみて、どうだ? 何かわかることとか、無いのか?』
「少なくともボクが子供の頃、近所にあんな酷い顔した犬を飼ってた家は無かったはずだね」
『そうか。……さっきもアイツを足止めしようとメーサーを撃ったが、ゴジラ以上に反応が薄かった。まったく効果が無いって事は無さそうだったんだが……』
「ふぅ、ん」
 結城の言うことが本当なら、物理攻撃に対する耐性が桁外れに高いのかも知れない。一応肉体はあるようだが、明らかに野生の怪獣とは異なる、地球側に産み出され調整されたモノか、或いはアルトルージュの眷属なのだろう。
「むしろこの気配は、あのお姫様そのもののようにも感じ取れるんだけど……実際問題、そうじゃないのか?」
 もしそうならやはり何としてもここで斃しておかなければならない相手だ。
「まだよくわからないけど、少佐とアカネちゃんも空から攻撃を続けてよ。様子を見て、何かわかったらすぐに連絡するからさ」
『……おう』
『了解。それと、アイツの胸の部分に別の、トカゲみたいな怪獣の頭が現れたら注意して』
「トカゲ? なんだいそれ」
『バリア能力を持った怪獣よ。ゴジラに倒されたのを、アイツが取り込んだ……ように見えたわ』
「へぇ……そいつはまた、グルメだねぇ」
 ヒリつく空気の中、メレムは無理をして口の端を吊り上げてみた。こんな時にこそ道化の道化たるはその真価を発揮するはずだ。
(なのに……クソッ。だからボクはアイツが本当に大嫌いなんだよ……!)
「あ〜〜〜〜、もう!」
 苛立つ思念を使い魔に送り、メレムはアルトルージュかも知れない怪獣を乱れ撃ちに撃ちまくった。





◆    ◆    ◆






 志貴達がようやく住宅地へと辿り着いた時、既に沿岸部からは激しい爆音が轟いていた。
「始まってる!」
「援軍が……戦っているようですが、まさか二体同時に相手にしているのですか?」
 ゴジラは倒れ、残るデストルージュを部隊が攻撃しているのだとは神ならぬシオンには知る由もない。だからこそ、現在の状況を知るためには破壊された町並を進まなければならなかった。
「……酷い」
 桜がそう漏らすのも無理はない。
 山間を背にした閑静な住宅地だったそこは完膚無きまでに破壊し尽くされ、無残な廃墟と成り果てていた。人間の文化、文明など怪獣にとっては塵ほどの価値もないのだと改めて認識させられる。
「惨いものです。ここから先……どうやら海の方へ向かってくれたようですが、ずっとこのような光景が続いていると見ていいでしょうね」
 淡々と語るライダーとしても心中穏やかではなかった。冬木で暮らすことまだたったの半年程度ではあったが、この町の事はとても気に入っていたのだ。
 聖杯戦争という血生臭い戦いの舞台でありながら、その実穏やかで、冬木という名に反し温かなこの町が、ライダーは好きだった。それを、自分や桜にとって大切な居場所だった衛宮邸を破壊しただけにとどまらず、この町の全てを蹂躙しようとするアルトルージュを許すわけにはいかない。
「……行きましょう。援軍の部隊がデストルージュを行動不能に追い込んでさえくれれば、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを救出するチャンスはあるはずです」
 斃す、のではなく行動不能と言ったのは、イリヤがデストルージュと完全に一体化させられてしまっていた場合の事を考慮してだった。もしそうなっていた場合、デストルージュを斃すということは即ちイリヤの死をも意味している。
 だから望ましいのは行動不能な状態に陥らせる事だった。
 それがどれだけ困難なことかは承知の上だが、出来ることならシオンもイリヤのことは助け出したい。
「要するに、あのデストルージュがやられるのを見計らってアイツの胸なり腹なりをかっ捌いてイリヤを引っ張り出せばいいわけか」
「まぁそういうことね。……硬そうだから、捌くのも一苦労だとは思うけど」
 重苦しい空気をなんとかしようと努めて明るく振る舞う士郎と凛の気遣いが桜にはありがたかった。
(こんな凄い人達が揃ってるんだもの。きっと、先輩達は半年前にわたし達を助けてくれたように今回もイリヤちゃんを助けてくれる。……うん、絶対!)
 桜が小さくガッツポーズをとったのを見ていたセイバーは、微笑を浮かべるといち早く駆け出した。
「急ぎましょう。……もっとも、ひとまずこの砲火がおさまるまでは安全な場所で待機、ということになってしまうとは思いますが」
「そうですね。行きましょう」
 シオンが頷いたのを合図に、全員疲労しきった身体の体力をこれ以上磨り減らさないよう注意しつつ、小走りに廃墟の中を駆けていく。
『さ、私達も行きましょ。……ゼロ?』
 殿を務めようとした零は、ふと気になって山間の方を顧みていた。
『どうかしたの?』
「いや、あのタタリとかいう奴と、黒騎士リィゾの事が気になってさ。タタリは所詮アルトルージュの分身みたいだったし、あれで斃せていたとしてもいいけど、リィゾの方はそう簡単にくたばりそうな相手だったかな、って」
『確かにそうね。志貴が言っていたけど、あの黒騎士はどんな攻撃を受けてもほとんど傷ついた様子が無かったし、彼の直死の魔眼でも死を視ることが出来なかったそうよ』
 魔眼、それも直死がどのようなものかは零も知識としては知っている。実際に志貴が敵を薄紙のように切り裂くのも何度か見てきた。それがまったく通用しないというのは、何かしら理由が、タネがあるはずだ。
「……少し後ろに注意しながら行った方がいいかもしれないな。俺達だけでも、さ」
『そうね。彼らを守るためにも、ね』
 双剣の柄に手を添え、皆の跡を追って零も駆け出していた。





◆    ◆    ◆






 朦朧とする意識の中で、メディアは今際の夢を視ていた。
 愛しい宗一郎とともに過ごす、平凡で、穏やかな日常という夢。現代の日本の風俗に戸惑いながらも一生懸命に良妻を目指す自分は、その夢の中では驚いたことに士郎やセイバー達とも程々に良好な関係を築いていた。
 呆れるほどに全てが優しい夢だった。
「ゴホッ! ゲフ、ゴホ……!」
 両腕を失い、胸を斬り裂かれ、それでもガルーダのメーサーが地を焼き払った瞬間、メディアは最後の力を振り絞って障壁を張り、こうして生き存えていた。
 何故、あの時障壁を張ってしまったのかはわからない。ただ、諦めたくなかったのだろう。
「はぁ……う、ガハッ! あ、……ぐ、はぁ……」
 もう一度、もう一度だけ逢いたかったのだ。
「宗一郎、様……ひ、ぅ……はー……もう……一度、わた、しを……抱き、しめて……ゴブッ!」
 亡くした腕を天に伸ばす。
 ささやかで切ない願いが、宙に溶け消えていく。
 その時、メディアの耳に聞き覚えのある低い声が聞こえた。
「……キャスター」
「……あっ」
 いつの間にか、宗一郎が自分のことを抱き上げてくれていた。往時通りのムッとしているかのような能面で、ジッと見つめてくれている。
「宗、一郎……さま……ぁ……あ、……う、うぁああ……」
 最期に神が願いをかなえてくれたのか、と、メディアは滂沱した。涙と血が混じり合い、焼け焦げた地面に吸い込まれていく。
 最期の一瞬、メディアは幸せだった。
 それが喩え仮初めの、虚構の逢瀬だったのだとしても。愛する人の手の中で逝くことが出来たのだから。



「ふむ。味の方は極上だが……今はそれよりもまず量が欲しかったな。まったく満たされない」
 メディアを取り込んだタタリは、少しばかり喰い足りないとでも言いたげに不定形の身体を流動させた。吸血鬼ならぬ飲血鬼とさえ呼ばれた彼の血の摂取量は、他の祖達と比べても並外れて多い。が、今は贅沢も言っていられなかった。
「流石に構成要素の大部分を消し飛ばされてしまってはこのタタリであるところの私も駄目かと思ったが、可哀想な魔女のおかげで何とか助かったよ」
「本体から切り離された末端とは言え、一応の自我を持つ以上はやはり死は怖ろしいというわけですかな?」
 リィゾの方は相変わらずの不死身ぶりを発揮し、少なくとも見た目にはこれといった傷を負っている様子は無い。流石に着衣はボロボロだが、肉体は壮健そのものだった。
「この自我が果たしてどこまで自我なのかは疑わしいものだがね。シオン達にも言ったが、私は所詮は彼女達の恐怖、イメージで成り立っている虚像、現象に過ぎない。このしつこさも彼女達の心象が為せる業、というわけだ」
 そんな自身の現状を、タタリは悦んでいるようにリィゾの目には映った。元より実体の無い現象に永遠を求めた男の残滓だ。今の彼はある意味で故人の理想型なのかも知れない。
「さて。黒騎士リィゾ、君はどうするのかね? この舞台、まだまだ続きそうだが」
「言うまでもありません。我が姫君をお守りするため、彼らを追うまで、でありますよ」
 タタリもひとまず形を定め、ズェピアの姿となるとリィゾに同意するかのように移動を開始した。空中を滑るが如く、猛然と志貴達の跡を追う。
 そうして、その場にはメディアの血の染みだけが、僅かに遺されていた。





◆    ◆    ◆






 ガルーダのメーサーが、ガンヘッド大隊の火砲が、ファイヤーウインダムの放った火炎弾が、次々にデストルージュを打ち据えた。体表を焼かれ、爆ぜさせ、痛みに悶え苦しみ啼きながら、それでも破壊獣はさしたるダメージも無いかのように猛威を振るった。幼子の悲鳴のような咆吼をあげ、オキシジェンデストロイヤーレイを所構わず乱射してくる。
「触れただけで完全に破壊される光線ってのも厄介だねぇ。耐熱装甲も何も役に立ちやしないじゃないか。ウインダム、ジグラ、絶対に当たらないようにしなよ?」
 言いつつも、冷や汗ものだった。デストルージュの光線や光弾攻撃の原理などメレムは知る由もないが、ああも完全な破壊を見せつけられては流石に腰が引ける。もし物理現象だけでなく魔術的な要因も含まれているなら、使い魔とは言え完全に消滅させられてしまうと言った事態にも陥りかねない。
 対ゴジラ用にウインダムもジグラも徹底的に耐熱処理を施してきたつもりだったが、当のゴジラを打倒した後、まさかそれ以上に厄介かも知れない怪獣の相手をする羽目になるとは予想外もいいところだ。
「これだけ撃ってもまるでダメージを受けた様子が無い……どれだけの耐久力なのだ」
「ゴジラ以上って事は無いようお願いしたいトコだけど、ユウキ少佐もメーサーじゃ殆ど効果が無かったみたいに言ってたしねぇ」
 ひっきりなしに部隊へと指示を飛ばしながらぼやいたメガドロンに、自身も辟易としながら答えてメレムはデストルージュを忌々しげに見つめていた。ゴジラ以上の耐久度は無いように願いたい、というのは本音だ。常に余裕と遊び心を忘れないよう心懸け、この混迷極まる事態も当初は望むところだった道化であっても、このまま決め手に欠ける攻勢を延々続けるのは流石に気が滅入る。それに先程の茜の話が本当なら、この上まだバリアを張る能力まで有しているらしいのだ。
 長時間張れないのか、それとも他に問題があるのかは不明だが、今のところバリアを張る様子は無い。しかしただでさえダメージを与えられていない現状、バリアまで張られてしまったら、正直お手上げだった。
「ヴァンデルシュタームは……もうほぼ出払ってるか。特自の方に新しく増援は……望めないよねぇ」
 特自側からも今日の冬木攻略作戦のためになけなしの各種メーサー部隊が送られてきているのだ。これ以上は流石に無い物ねだりだった。
 こうなれば、せめて倒したまままだ生死を確認出来ていないゴジラがまさか復活なぞしないことを祈るばかりだが、それを差し引いても分が悪いどころの話ではない。
「いかんッ!」
 メガドロンの逼迫した声が聞こえたのと、最前にいた数機のガンヘッドが光線で薙ぎ払われたのは殆ど同時だった。ガルーダで攪乱しつつガンヘッドの機動力を生かして一つ所に留まらぬよう波状攻撃を仕掛けていたものが、遂にデストルージュの乱射の直撃を許してしまったのだ。
「チッ! ウインダム、援護を! ジグラは足下からチクチク攻め続けるんだ! ……本当に、嫌〜なお姫様だよ。ボクを焦らすとか、有り得ないよね」
 ジワジワと、気持ちの悪い感覚が迫り上がってくる。相手にはダメージが見受けられず、こちらの戦力のみが減らされていく対怪獣戦の精神的疲労というものを、メレムは改めて思い知らされていた。このツィタデルも一発でもあの破壊光線を受ければお終いだ。
「むぅ、何か……何か弱点はないのか……」
 どれだけ頑強でも付け入る隙はあるはずだ、と電脳をフル稼動させながらモニターを凝視していたメガドロンが、ある場面で何かに気付いた。
「なんだい、どうしたの?」
「いや、それなんですが……むっ」
 何があったのか、メレムもその画面をジッと見つめてみるが、よくわからない。ただ心なしか、デストルージュの動きが妙だったような、違和感があった。
「……ちょっと待ってください。あ、今だ! 今の砲撃! どこの車両だ!?」
 記録映像を巻き戻しそこだけを繰り返して見ると、あらゆる攻撃に対して盤石と思われたデストルージュが特定の砲撃に対してのみ嫌がる素振りを見せ、その直後はオキシジェンデストロイヤーレイもすぐには吐き出せていない。ただの偶然かも知れなかったが、無策のまま挑み続けるよりはよっぽどマシだ。
『特生自衛隊所属の冷凍メーサー光線車です! 火炎放射など炎熱攻撃を用いる怪獣用に開発された――』
「機体の説明はいい! 冷凍メーサー……こやつ、もしかすると冷気に弱いのか?」
 冷凍兵器は量産が難しいのと運用の困難さ、汎用性の低さから数こそ少ないものの、対怪獣兵器としては非常に有効だとの意見も大きい。この赤黒い怪獣も多くの生物の多分に漏れず、またはそれ以外何らかの要因でもって冷気に弱いのだとすれば……
「試してみる価値は、あると思うよ。……冷凍兵器を搭載してる特自の車両って、何台くらいあるの?」
『多くはありませんが……七両ほどでしょうか』
「じゃあそれまとめて、集中攻撃。他の攻撃はちょっと停止してみて」
 メガドロンも同意し、特自側に打診する。
「ガンヘッド用の装備に冷凍弾があったはずだ。残っているもののうち、うむ。半数は冷凍弾に詰め替えろ、急げ!」
 本当に冷凍攻撃が効くのか否か。確証は無くとも、せめて今はそこに望みを繋ぐ以外に無かった。



「……んっ」
 煩わしい攻撃の中に時折混ざる嫌な感覚にアルトルージュは嫌悪を顕わにしていた。
「なに、これ……つめたい」
 単純な痛みとは異なる、身体の動きそのものを阻害されるかのような、嫌な感覚だ。
 アルトルージュ自身は今のこのデストルージュという怪獣を構成する要素を、理屈では把握してはいない。ただ並外れた直感で、『こういうものなのだ』とは理解している。
 寒いと動けなくなってしまう。
 それがデストルージュの構成核となっているオキシジェンデストロイヤーと、物質破壊に必要なミクロオキシゲンの特性、沸点が酸素と同じくマイナス一八三度でありさらに沸点の低い液体窒素などを用いた冷凍兵器、極低温エネルギーを射出する冷凍メーサー等の兵器を前にしては酸素破壊活動が出来なくなってしまうという点に基づく事などは関係が無い。
 兎も角、寒さはいけないのだ。
 愛犬の白く暖かい毛皮に触れながら、アルトルージュはイリヤに風邪などひかせないよう、冷たくて嫌な攻撃をしてくるものをまず優先的に叩き潰そうとした。
「……あう……」
 先程よりも強い寒さを太股の辺りに感じた。霜焼けよりもずっとキツい、棘が刺さるような痛みだ。
「いや……やめ、させなきゃ……」
 アルトルージュの眼に、冷凍メーサー部隊が映った。
 あれだ。あいつらが、こぞって冷たくて嫌な攻撃をしてきているのだ。
「……この……っ」
 冷気によってやや出力が低下したものの、いまだ絶大なる威力を誇るオキシジェンデストロイヤーレイを放ち、アルトルージュは嫌なものを跡形もなくこの世界から消し飛ばしていた。



『冷凍メーサー部隊、全滅!』
「クソッ! 効果は、効果はあったように見えた……だが、冷凍兵器が……足りぬ」
 ガンヘッド部隊からも大急ぎで装填した冷凍弾を撃ってはいるが、冷凍メーサーと比べると威力も範囲も小さい。一撃で戦局を変えうる、圧倒的な攻撃力が足りないのだ。
 冷気が弱点だとわかった、それはいい。不足しているのは冷凍兵器の数ではなく、それこそゴジラの放射熱線にも匹敵するような凄まじい威力。デストルージュという暴威を吹き飛ばせるだけの、この期に及んであるはずもない一撃が欲しくてメレムは歯噛みした。そんな風に苛立っている、らしくもない自分がまた腹立たしい。
「クッ! ガンヘッド各機、後退しながら冷凍弾による砲火は続けろ!」
「動きが……良くなってきてるね。冷凍弾だけうまく避けてる。直感なんだとしたら大したモンだよ」
 こちらの動きに慣れてきたのか、回避だけでなくデストルージュからの攻撃も徐々に着弾点が近くなってきている。
 ジグラはまだしもウインダムの機動性ではいざという時に躱しきれない。火炎属性では効果が望めない以上、いったん彼女を戻し、シルバーブルーメをメインに動かしてガルーダと同時に攪乱戦を展開するべきか……とメレムが迷ったほんの刹那に、デストルージュの放った光線がさらに数機のガンヘッドを破壊していた。
『メガドロン! このままではジリ貧です!』
『ガンヘッドの殆どは連戦で消耗しています。どちらにせよ、長くは……』
 各所のブルチェックやダーバーボからもひっきりなしに限界を告げる報告がなされていた。それにつけても忌まわしいデストルージュの超抜的な能力だが、それでも本当に不死身だなどと言わない限りは倒せるはずなのだ。あと一手、もう一手何か決定打さえあれば――メレムも、メガドロンも、デストルージュと戦う全ての者が苦々しく切望していた。
「もう、一手足りなかった……せめて、せめてヴァン=フェム様から魔城の一つでも借り受けてくるべきであったか……」
 それをすれば東京周辺の防衛戦が手薄になるとわかっていても、メガドロンにはもはや呻く事しかできなかった。
 敗北、撤退という苦い言葉が電脳を掠める。
 今はこの場にいない上官から重機甲兵軍団を預かっていながら、何たる無様かとメガドロンは両腕を打ち鳴らした。上官にも主であるヴァン=フェムにも申し開きがたたない。
「ぐ、むぅ……くっ、くぅ……〜〜〜っ」
 呻きながら、玉砕覚悟で戦闘を継続するか、冬木を捨てて撤退するかの判断に懊悩していたメガドロンに、
『メガドロン!!』
 突如、通信が入った。通信主は、敵の増援を警戒して哨戒任務にあたらせていたヘリ型ロボット、雄闘バーベリィのうち一体だった。
「どうした、何が――」
『洋上から急速接近する機影有り!』
「なんだと!?」
 言うまでもなく、味方の増援は予定には無い。
 この期に及んで敵の増援かとメレムが爪を噛み、メガドロンが通信機を殴りつけようとした瞬間、バーベリィが驚きの声をあげていた。
『ですがこれは、この識別信号は……!』
 バーベリィの通信と同時に凄まじいジェット噴射の音が聞こえ、さらに割り込みで緊急回線が開いた。
『メガドロン! 三〇秒後に撃つぞ!!』
 それは天の救いだったのか。
 映っていたのも聞こえてきたのも、今この場にはいないはずの上官のもの。ヴァン=フェムが誇る四大軍団、重機甲兵軍団の団長――
『赤黒い怪獣の周囲に展開している部隊はとれるだけ距離をとれ!! 総員、対ショック防御!!』
「ドランガー様!?」
 凱聖ドランガーの猛々しい姿と声だった。
 咄嗟にジェットの音が聞こえた頭上を映すモニターへと目を向ければ、その信じられない援軍が急降下してくるのが見えた。メレムもポカンと口を開けたまま呆然としていたものの、ようやく我に返ってポツリと呟いた。
「怪、獣?」
「ゴジラ……いや、違う!」
 それは銀色に輝くゴジラの似姿。
 鋼鉄で造られた、機械の龍。
 まるでたった今命を宿したかのように瞳が光り、世界そのものを震わすかのような咆哮を轟かせながら、そいつ――機龍は、胸部装甲を展開させた。
「な、なんだ、あれは? いや、それよりもドランガー様、何をする気で……」
 メガドロンの疑問に、ドランガーは再度機龍を咆吼させる事で答えた。瞬間、展開した胸部にエネルギーが集束、大気が鳴動し、空間が歪み、軋み、やがてそこに青白い光球が生み出され――
『アブソリュート・ゼロ!』
 白銀に染まった世界が、
『発射ぁあああ!!』
 凍り付いていた。
 まるで銀の波濤だ。全てが白く、雪海に埋め尽くされていく光景にメガドロンも、メレムも、ガルーダから地上を見ていた結城も、茜も、全員が目を見開いていた。
 そこには氷河期が広がっていた。
 デストルージュの赤黒い甲殻外皮が霜に覆い尽くされたかのように純白に染まり、錆び付いた機械時計のような悲鳴をあげる。
「これは……冷凍メーサー……いや、違う。もっとずっと低い低温……絶対零度ッ!?」
 メガドロンに内蔵されていた温度計が計測した着弾時の瞬間最低温度はマイナス二七三・一五度。どのような生物も、ウイルスもバクテリアも動けない、究極の極低温。
 物質界における下限温度が、デストルージュを完全に氷漬けにしていた。



 痛い。
 冷たい。
 苦しい。
 痛い冷たい苦しい痛い冷たい苦しい痛い冷たい苦しい。
「あっ、あっ、あぁあああ……!」
 両手で顔を押さえ、アルトルージュはのたうち回っていた。
 愛犬が心配そうに舐めてくれるが、それを感じない。全身から感覚を奪われてしまった。
 どうしてこんな酷い事をするのだ。
 せっかく全てがうまくいこうとしていたのに。
 妹を取り戻し、友達を手に入れ、何もかもが自分の幸せのために動き出していたのに、今、アルトルージュは全身を氷に囚われ、身動きすらままならない。
「ひどい、よ……ひどいよ、ぉ……ああ、うっ……う、うぇええええええんっ、うぇええええええええんっ!」
 泣きじゃくっても涙が出てこない。涙腺は凍り付いていてその用を為してはくれなかった。
 絶対零度の中で、悲しみと怒りと憎しみと破壊衝動が、それだけは凍り付くことなく膨れ上がっていく。
「ゆる、せない……ゆるさ、ない……ッ」
 震える唇から、少女は呪詛を吐き出した。


 アブソリュート・ゼロによってデストルージュを凍り付かせ、戦況を一変させた救世主である機龍は全エネルギーを使い果たしてその場に沈黙した。
 専用の支援用航空機、しらさぎを使い、沖縄から全速力で本土まで引き返すこと約三時間。冬木に近付くにつれその戦闘状況を察したドランガーは機龍に搭乗、しらさぎから切り離すと無理矢理つけてきた試作型大出力ブースターによって一挙に上陸、敵方と思われる怪獣デストルージュに会心の一撃を喰らわせるという、もはや暴挙に近い真似をやってのけたのだった。
『なんという無茶苦茶な使い方をするのですか、貴方は!? ワタシの大切な機龍が壊れたらどうしてくれやがりますんです、えぇっ!?』
 通信機から響いてくる久我峰のキンキンと甲高い声に辟易としつつ、ドランガーは機龍の早期回復のために不要な機能は停止させ、補充を待った。
「フンッ。要らぬ心配だ。そんなことより早くしらさぎからエネルギーを充填してくれ。このままでは動くに動けん」
『エネルギーなんてもう残っているわけ無いではありませんか。スッカラカンですよ』
「なんだと!?」
 久我峰の開発した対大型特殊生物用巨大機動兵器、通称三式機龍は、その膨大な消費エネルギーを賄うため基本的には内臓ではなく外部からエネルギーの供給を受けるよう出来ている。しらさぎは機龍の輸送と同時にそのエネルギー供給用としての役目も兼ねているのだが……
『母艦が来るまでは無理です。だいたい、ワタシの制止を振り切って出撃なんぞなさるからですよこのポンコツ脳筋ゴリラ軍人ロボは』
「ぐぬぬ、キサマ……覚えておれよ」
 覚えていろだなどとと言われても、ただでさえ沖縄から隠し持っていた最後の財産とも言える機龍としらさぎ、さらにそれらの母艦として運用すべく開発された万能潜水艦α号と全てを接収され、こうして本土まで忙しなく戻ってこさせられたのだ。久我峰とて文句の一つも言わなければやっていられない。
『貴方の声なんぞもう忘れたいのですがね。だいたい、ワタシは機龍はデリケートな機体なのだからと何度も説明をしぶげばぶっ!?』
 延々と文句を垂れそうだった久我峰だったが、どうやら通信機の向こうで制裁を受けたらしい。秋葉の怒声が聞こえてくるのでなかなか悲惨な目に遭っているのだろう。
 とは言え同情する気にはこれっぽっちもなれず、ドランガーはまともな人物による通信の継続を期待した。その期待に応えるように虎白の声が聞こえてくる。
『あー、あー、ドランガーさん、ドランガーさん、聞こえてますかー?』
「問題無く聞こえておりますぞ虎白殿。ではしらさぎにはもう余剰エネルギーは無いのですな」
『すみません、久我峰様を絞り上げてはみましたが本当にもう全然みたいです。いくらα号でもなにぶん潜水艦ですし、到着まで半日近くはかかると思います』
 半日、では流石に戦列への復帰は無理か、とドランガーは機龍から降りるべく接続してあったコードの類を外し始めた。
 ドランガーの大火力は、対人戦よりもむしろ怪獣など大型の対象を相手にした方が有効性が高い。戦力不足な味方陣営に少なからず助けになるはずだ。
「やれやれ。沖縄での戦いも、つい先刻の事だというのに、我ながら忙しないことだな」
 重機甲兵軍団凱聖は、そう言うと機龍のハッチに手をかけ、激震の冬木へと降り立った。





◆    ◆    ◆






 ようやく戦場の近くに辿り着き、砲撃の被害が及びそうもない位置から機会を伺っていた志貴達にとって、凍り付いたデストルージュはまさしく千載一遇のチャンスだった。
「まるで氷山ね。もしくは悪趣味な氷の彫像」
「氷製の悪魔像として飾れば、その筋の趣味人なら喜んで食い付くかも知れませんよ」
 軽口を叩き合いながら、頭脳労働担当である凛とシオンはこれからの段取りを話し合っていた。優先事項としてはまず味方部隊と連絡をとり、一時攻撃を中止してもらうことだ。
 イリヤの救出をしたくとも、その最中に味方から砲撃を受けてはたまったものではない。ただ、通信は回復しているかも知れないが、そのための機器が手元に何も無いため直接味方部隊側まで行くしかなかった。
「誰かに連絡に行って貰うのが一番だけど……それまで大丈夫かどうか」
 一応現在は砲火は止んでいるが、それも様子見のためだろう。デストルージュがまだ死んでいないとわかれば、すぐにでも攻撃は再開されるはずだった。
 そう、死んではいないのだ。それを証拠に氷漬けの巨体からはいまだ禍々しい気配が漏れ出し続けていた。いつ息を吹き返すかわからない以上、デストルージュに向かうも、味方部隊へと向かうも、不慮の事態は充分あり得る。
「とは言えデストルージュがまだ生きているのは、イリヤスフィールを救出したい我々にとっては幸いなことではあります。アルトルージュ・ブリュンスタッドが健在であるならば、おそらく彼女も」
 みなまでは口にせず、シオンはバレルレプリカの残弾を確認した。もう五発しかない。これで最後だ。もっとも、弾が大量に残っていたとしても今の体力と精神力ではまともに撃てる回数はそう変わらないだろう。
(みんな、とうに限界ですね。特に志貴や士郎は酷い……思えばアインツベルン城を出てからかれこれ六時間近くも経つ。イリヤスフィール救出という芯が折れてしまえば……どうなるか、わからない)
 一気に救出に踏み込むのが、一番かも知れない。連絡だなんだとまごまごしている内に手遅れになってしまった場合の事を考えると、今は慎重論よりも勢いをとるべき場面かと考え、シオンは深く息を吸った。
「……連絡をとりつけるよりも、即時救出を実行した方が良い。凛、私はそう思います」
 予想と違ったシオンの結論に、凛は一瞬驚いた顔をしたがすぐさま首肯した。てっきりシオンはもっと慎重な意見を述べてくるかと思っていたのだ。
「そう、ですね。ここまできたら、あとは一気に――」
「――一気に、どうするのかね?」
 瞬時に動いたのは、零とセイバー、リズの前衛三人、そしてシオン達を庇うように動いた志貴だった。
「先程のアレは良かったよシオン。アトラスの穴蔵での頭の硬い教育だけではああはいかない。さぁ、もっと予測不可能な行動を、決断を、未来を私に見せたまえ! 未来未来未来未来! 来る未知なればこその未来! 予測し計測し先を読み知り得たる既知の状況など私は未来と認めない! 不許可! 不許可不許可不許可不許可カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットォ! リテイクだそんなものはリテイク! ハハ、ハハハ、ヒャハハハハハハハハハハハッ!! キ、キキキキキキキキキキキキキィイイイイイッ!!」
 それは過去シオンが経験したことのない、まさしく未知のタタリだった。血の濁流の中に立つ男の姿はもはやキメラと呼ぶしかない。ベースになっているのはおそらくもっとも強靱な暗黒魔戒騎士呀だろう。ただし下半身は獣の集合体、無数に生えた腕には数多の武具を携えている。
「見るからにボスって感じね」
「ああ。でもこのデザインじゃ、中ボスがいいとこだ」
 息を呑む凛にそう告げてから、零は一人前へ出た。
「そーゆーワケで、このしつこい中ボスさんは俺がブチ倒すからさ。みんなはお姫様を助けに行ってあげてよ」
「ですが、レイ。貴方一人では……」
『大丈夫よ、セイバー。それに……お願い。ゼロにやらせてあげて頂戴』
 現在のタタリの頭に生えているのは、まごうことなく呀のそれだ。それを汲み、シルヴァはセイバーだけでなく全員に向けて頼んだ。このタタリこそは、零が過去と完全に決別し、乗り越える最後のチャンスなのだ。
「こんな奴、俺一人で大丈夫だからさ。それにこいつが無事だったって事はあの黒騎士さんも多分無事でしょ? セイバーちゃんとリズちゃんは、そっち頼むよ。……知り合ってからまだ少ししか経ってないけど、俺、みんなのこと……“ザルヴァ”だと思ってるからさ」
「ザルヴァ?」
「……旧い魔界の言葉。意味は……後で教えるよ」
 そう言って振り返った零の顔には、照れ臭そうな笑みが浮かんでいた。それは信じることの出来る笑みだと思えた。
「魔戒騎士、スズムラ・レイ殿」
 聖剣を掲げ、セイバーは最大限の礼節でもって決戦に臨む騎士を激励した。
「ご武運を……!」
「……オッケー」
 セイバーに続き、士郎達が深々と頭を下げてから先へ進んで行ったのを確認し、零は双剣の切っ先をカチ鳴らした。
「待たせちゃった?」
「いや結構。仲間との死出の別れを邪魔するなどあらゆる演劇歌劇伝承口伝説話民謡御伽噺映画ドラマでもって最低最悪最下劣な演出だ。私はそのようなもの認めない。君があくまで呀との決着を望むなら、この顔でお相手しよう。……それとも、バラゴの顔がいいかね?」
「いや、バラゴの顔なんて正直よく知らないからそのままでいいよ。俺が倒したいのはあくまで魔界に堕ちたホラー喰いの暗黒騎士、呀だからさ」
 消耗しきった身体で、鎧を纏えるのは果たして何度だろう。
 しかしそれとは関係なく、零は決着に時間をかけるつもりは毛頭無かった。急ぎこの悪夢を斬り捨て、“友(ザルヴァ)”達の後を追いかけなければならない。
 憎き仇である呀を前にして、仲間の身を案じることが出来ている自分に零は内心安堵していた。シルヴァは零が仇を討ち損ない、過去に囚われているのではないかと心配してくれているようだったが、何のことはなかった。零自身そうと気付かないうちに、とっくにケリはついていたのだ。
「終焉に向けて終演の刃を交わす準備は出来たかね魔戒騎士。出来たのならばマチネを……いや、この時間ならばもはやソワレかな? 公演を開始し君を壊死させよう」
『相変わらず意味不明ね。まどろっこしいったら無いわ』
「いいじゃん? どうせ、すぐに喋れなくしてやるんだし」
 瞬殺だ。
 頭上に二つのサークルを描き、零は銀狼の鎧を召喚した。
 鎧を纏いながら突進し、さらに前方に召喚印を描いて白銀の愛馬、銀牙を喚び出す。
『ゼ、ゼロ!?』
「出し惜しみは無しだぜ、呀……いや、タタリ!」
 魔導馬に跨り、悪夢を滅し仲間達を守るため、今、魔戒騎士が戦場を駆け抜ける。





◆    ◆    ◆






 眼前にすると、そのあまりの大きさに圧倒されてしまう。 横たわったまま、巨大な氷塊にまるで縫い付けられているかのように動きを停めているデストルージュを前にして、士郎は唖然としながら呟いた。
「怪獣、か」
 震えがきたのは寒さのせいだけではないな、とは士郎にもわかっていた。自分達はこんなモノに挑もうとしていたのだ。こんな巨大なモノから、あの小さなイリヤを救い出そうと。
「なによ士郎、もしかして今さらブルッちゃった?」
「……まぁ、正直怖いぞ、こんなの見てると」
 強がって虚勢を張っても無意味なことだ。
 この期に及んでもし士郎が虚勢を張って、状況への理解度が不足しているようなら叱りとばしさらに発破でもかけてやろうと思っていた凛は肩透かしを食らってしまった。どうやら自分が考えていた以上に、衛宮士郎も成長していたらしい。
「嬉しいやら、ちょっと寂しいやら……」
「そんな事より、さ。急ごう」
「……へ?」
 感心したのも束の間、氷漬けのデストルージュへ向かって走り出す士郎に呆気にとられた凛は、我に返ると声を荒げた。
「ちょっと、迂闊よ!?」
「時間が無いんだ! 遠坂、防寒の魔術だけ頼む!」
「人を便利屋みたいに……前言撤回だわ。アイツ、なーんにも変わってないじゃないの!」
 文句を言いつつ凛も時間が無いことは承知していた。確かに一時的にデストルージュは活動を停止しているが、いつまた動き出すかもわからない。生存を確認出来次第、特自も攻撃を再開するだろう。もしイリヤを見つけ、助け出す事が出来てもそうなったら自分達は全滅、事態は一刻を争うのだ。
「今さらわかりきってることじゃないですか、姉さん。先輩は、どうしたって先輩ですよ」
「サクラの言う通りですね。人間、そう簡単に変われるものではありません。諦めましょう」
 妹とライダーに言われるまでもなく、凛は憤然と詠唱を開始した。走りながら自分と士郎、それに他の何人かにも簡易的な防寒の魔術を施す。この程度なら宝石も特に必要は無い、日常生活で使っておけばちょっと便利程度のものを少し強めにかけてやるだけだ。
「っても、イリヤ、どこにいるんだ……」
「ありがちな場所なら頭か、胸の辺りだとは思うけど……セイバー、わからない?」
 怪獣一体分隈無く探すとなると膨大なサイズだ。まさか手足や羽、尾の部分にいるような事は無いとは思うのだが、闇雲に探していたのでは一日かけても終わる気がしない。
「これは……流石に。リン、貴女の魔力探知の方が確実なのでは?」
「無理よ。こうして近くにいるだけで、多分アルトルージュ・ブリュンスタッドのものかしら。凄く強い、冷たい魔力が渦巻いてて……吐き気がしそうなんだから」
 こんなにも暗く、澱んだ形質の魔力は初めてだ。
 先日の短い邂逅の際とは比較にならない負の情念と一緒にデストルージュの周辺そのものが簡単な異界のようなものへと変じてしまっている。タタリという死徒の性質と合わせて考えるに、いわばこの怪獣はアルトルージュという世界そのものが歩いている、固有結界に近い存在だった。そんな中で探索魔術など使っても意味が無い。
 これなら未希についてきてもらいESPでイリヤの居所を探って貰えばよかった、などと考えつつ、残り時間の少なさに凛が舌打ちしていると、
「わたしがやってみます」
 そう言って、桜が名乗り出た。
「この怪獣……聖杯としてイリヤちゃんを呑み込んでいるなら、むしろわたしなら感じ取ることが出来るはず、です。聖杯としての機能なんて殆ど残ってないけど、そのくらいなら」
「私がサポートします。……こんな状態ですから戦闘では役に立てなくとも、サクラのためのブースターくらいはこなしてみせますよ」
 生首のままでは頷くこともままならないライダーのしかし頼もしさに凛は了承し、妹とそのサーヴァントに期待しつつせめてもと自分は足を使っての探索を続けた。
 士郎も、セイバーもリズも、志貴にシオンも疲労困憊だ。
 一二〇メートルはくだらないだろうデストルージュの全身は、数値で考える以上のボリュームがあった。こんな巨体から、あの白く小さな少女を見つけ出すことが本当に可能なのかどうか、不安と焦燥ばかりが募る。
(イリヤ……いるなら、応えて。わたし達にでも、桜にでも、どっちにでもいいから!)
 凛の切望が届いたのか、否か。
「……あっ、そ、そこ……?」
「桜、見つかったの!?」
 何かを感じ取ったらしい桜がデストルージュの頭部、額付近を指し示した。
「そこに……額の、そう……ツノの、根本? イリヤちゃん……凄く暗い腕に掴まれてるのが……」
「セイバー! ツノの根本を――」
「承知!!」
 確認作業をしている暇など無い。凛が呼びかけるよりも先に、既にセイバーは聖剣を構えてデストルージュの額へと疾駆していた。その後ろに同じく、こちらは武骨な大剣を投影した士郎が続く。二人とも、太刀筋に迷いはない。時間が無いこともあったが、それ以上に桜を信じた。
「はぁああああっ!」
「せやぁあ!」
 凍り付いているデストルージュの硬質な皮膚が聖剣とぶつかり、キィンと奇妙に澄んだ音を奏でた。一方、士郎の大剣はあっさりと弾かれ、砕け散ってしまった。
「硬い……これは、サドラの鋏よりも」
「だからって、諦められるわけが!」
 もう一度投影。今度は干将と莫耶を使い、一撃ではなく連続で斬りつける。が、やはり士郎の斬撃はヒビすらつける事が出来ず二刀は砕けて消えた。セイバーも再び数合斬りつけるが、僅かなヒビが入る程度で効果が無い。
「セイバーが斬りつけても無駄って事は魔弾程度じゃ意味が無いし、どうすれば……」
「俺が視る」
 凛が振り返ると、そこには志貴とシオンがいた。
「でも、末端じゃなくてデストルージュの、これは本体ですよ? その死なんて視たら、どうなるか」
 最悪、死ぬ。良くても脳が焼き切れる。
 シオンの沈痛な面持ちから、凛にも容易に察することが出来た。が、志貴は自信ありげではないにせよ何かしら算段があるのか、弱々しく笑みを浮かべていた。
「あんな奴の確実な死を視ようと思ったら、多分……いや、間違いなく死ぬだろうね。でも……」
 士郎とセイバーに少しどいてくれるよう告げ、右手に短刀を構えた志貴がデストルージュの額に立つ。左手はいつでも魔眼殺しを外せるよう眼鏡のフレームにかけたまま、桜に大まかな位置はこの辺りで合ってるのかどうか確かめると、一瞬だけ集中して桜は首肯した。
「そう、そこの奧から……聖杯の……イリヤちゃんの気配が、します」
「わかった。……衛宮君」
「は、はい」
 魔眼殺しを外し、ツノの根本部分を見据えながら、志貴は士郎を呼んだ。重要なのはその一点、外皮だけを視る事だ。中身を視ようとするのではなく、ただの皮、物体としての外殻。アルトルージュ・ブリュンスタッドが纏っている黒血色の鎧の死だけを、視る。
「外殻の死の線だけを切る。その後は、頼むよ」
 言うなり、短刀が一閃されていた。
「……ッ、う……ッ!」
 デストルージュの死など志貴の死と引き替えにしたところで視えるかどうかは怪しい。が、その外殻部分だけともなれば話は別だ。どれだけ硬く、重苦しい負の魔力を帯びてはいても、あくまでアルトルージュの思念によって構築された上層の装甲部分に過ぎない。楽とは言えないまでも充分に視認は可能だった。
「グッ……い、今だ……っ!」
 凍り付いた外殻が、音もなくズレた。セイバーの一撃でさえヒビを入れるのがやっとだったデストルージュの装甲部分が切り裂かれ、中身が見えている。
 赤黒く脈動する肉の塊は士郎とセイバーには覚えのあるものだ。血のような黒い泥を吐き出すソレは聖杯の依り代とされた者の肉体に酷似している。そのおかげで確信が持てた。
「セイバー、いくぞ!」
「イリヤスフィール、待っていてください!」
 蹌踉けた志貴はシオンが肩を貸してその場からすぐさま離れ、入れ替わりに士郎が二刀で肉を裂き、セイバーが聖剣で黒い汚泥を断つ。それでも幾重にも重なっている肉壁を、リズのハルバードの一撃がブチ抜いていた。
「イリヤ、……待ってて……!」
 汚泥が瞬時に蒸発し、異臭が鼻を衝いた。そのまま切る、斬る、伐る。ここに絶対にいるのだと信じて、一心不乱に肉塊に穴を穿ち、小さな白い身体が見えるまで。
 深く深く、腐肉を抉り穿った先に、
「ッ! 見えた!」
 士郎はようやく目当ての少女のものらしい銀髪を見つけた。
「イリヤだ!」
「イリヤ!」
 顔も半分程度だが、見える。うっすらと白い膜状のものに包まれた姿はイリヤのものに相違無い。
「……アルトルージュは?」
「わからない、……いない、のか?」
 凛の問いに、注意深くイリヤの状態を確認しながら士郎はそこにもう一人いるのではないか危惧されていた相手の姿が無いことを訝しんだ。ここにいないとすれば果たしてどこにいるのか……ともあれ今は、イリヤを助け出す事が先決だ。
「この膜だけを……慎重に」
 どうやら膜は少女の身体を包み込んでいるだけで、皮膚に直接貼りついているだとかでは無いらしい。油断すればすぐに修復しようと蠢く肉塊をセイバーとリズに除去してもらいながら、士郎は干将と莫耶を用いてイリヤを傷つけないように肉の膜を切除した。
「よし、これで……」
 パックリと開いた皮膜から引っ張り出した冷え切ったイリヤの身体は全裸だった。幾分気恥ずかしさを覚えたものの、後で上着でもかけてやればいい。今は早急に、この場を離脱する事だけを考える。
「イリヤは無事だ! 早く、逃げ――」
 言いかけ、肉の割れ目から出ようとした士郎の足首を、何者かの手が掴んでいた。
「イ……リヤ……いか、ないで……」
 血の気の無い、イリヤよりもさらに白い手が、弱々しく、けれど決して放すまいぞと士郎を腐肉の中に引きずり込もうとしていた。
「お、お前は……ッ」
「……アル……ッ」
「つれて……かない、で……イリ……ス、フィール……わた……とも、だ――……な……で……」
 ぶつ切りの言葉は、まるで呪詛だった。手の力以上にそれが士郎を捉えて放さない。悲痛な情念が物理的な束縛と化しているかのようだ。
「く、は、放せ! イリヤは、お前にはやれない!」
 腐肉の中からアルトルージュが次第に浮き出てくる。セイバーも士郎と同様この言葉に何らかの束縛を受けているのか、聖剣を構えたまま振り下ろせずにいるようだった。リズもハルバードを構えたまま静止し、凛達も見守るばかりで何も出来ずにいる。
 アルトルージュは泣いていた。両眼から血のように赤い涙を流すその姿はまさにワラキアの夜そのものだ。人々の絶望を、自身の恐怖を、数多の悪夢をタタリと願望器によって大怪獣として具現させた少女が、今こんなにもか弱い。悲壮な声で、自分から友達を奪わないでと訴えてきている。
(違う! こいつ、こいつはイリヤを利用しようとしているだけで、友達だなんて思っていない……こいつこそ、全ての元凶、なのに……ッ)
 イリヤを抱えている腕から急速に力が抜けていくのを士郎は自覚していた。それがアルトルージュの術であると半ば理解しつつも、抗えない。すぐ隣ではセイバーとリズも朦朧とする意識を保とうと頭を振っていた。
 これ以上は抱えていられない。イリヤの身体が腕の中からずり落ちていくのを士郎は止められなかった。
 いつの間にか、アルトルージュのすぐ脇から大きな白い犬が現れ、牙を剥いていた。そいつが自分達の喉笛を喰い千切ろうとしているのがわかるのに、やはり自由がきかない。
「イリヤ……イリ……ヤ……イリヤス……フィール……ともだち……わたしの、……わたし、だけの……」
「だ、め……か……?」
 グッと舌を噛み、痛みで意識を覚醒させようと試みるもそれすら徒労に終わった。このままイリヤだけでなく、士郎もセイバーとリズもデストルージュに取り込まれてしまう、まさに寸前だった。
「――その娘は、返して貰うぞ」
 巨大な腕が、巨大な剣が、振り下ろされる。
 アルトルージュのか細い腕へ。
「ひッ」
 黒い少女の目が見開かれ、鼓膜が破けそうなくらい痛ましい悲鳴があがった。
「ひぃいいいいいいいいいいいいぁあああやあああああああああああッ!!」
 士郎よりも二回りは大きい巨躯は、傷だらけだった。
 ここに辿り着くまでに、果たして何人のハサンを相手にし、斃してきたのか。
「姫君よ……イリヤスフィールは、やれぬ」
 斬った、と言うより千切れたアルトルージュの右腕を士郎の足首から引き剥がし、投げ捨て。
「守ると、誓ったのでな」
 血塗れの大英雄ヘラクレスはアルトルージュを睥睨すると、彼女の悲鳴に呼応するかのように激しく蠢動を始めた肉壁と白犬を剣で斬り、拳で殴り、脚で蹴りつけた。
「バーサーカ……あ、いや、ヘラクレス……!」
「早く、連れて行け」
 大英雄はズイッと、一見無造作ながらもどこか優しげな所作でアルトルージュから奪い返したイリヤを士郎へと渡してきた。その瞳に、かつての養父切嗣と似た光を感じながら、士郎は素直に応じた。
「もうすぐこの化物も再び動き出すだろう。そして、ヤツは……ゴジラもまた、決してこいつを許すまい。だから――」
 往け、と。
 疾く往け、イリヤを守りこの場から離脱しろ――ヘラクレスの目は、娘を守ろうとする慈愛に満ちた瞳はそう告げていた。自分が、この場を食い止めるから、と。
 そこに、新たな憎怨の固まりが飛来する。
「ヘラクレェエエス!!」
「リィゾ!?」
 タタリの生存から予測出来ていたとは言え、最悪のタイミングでその男は現れた。リィゾ=バール・シュトラウトの剣が黒い旋風となって深々とヘラクレスの肩に喰い込み、大英雄の巨躯を両断せんばかりの勢いで、吼える。
「よくもっ、よくも姫様をぉおお!!」
 今までに無く感情的なリィゾの咆吼は瞬間的にヘラクレスを圧倒していた。リィゾの視線は、右腕を失い泣き喚いているアルトルージュへと注がれていた。
「許さん! 許さんぞ、許せるものかぁあああッ!!」
 こちらもまた娘を守ろうとする父親であるかのように、剣を肩から引き抜き今度は縦一文字に振り下ろす。その凶撃を斧剣で受け止め、はち切れんばかりに膂力を爆発させると、ヘラクレスは肉壁へリィゾの身体を押し込んだ。
「ぐぬぅあぁあああ!!」
「急げ、イリヤを……!」
 イリヤを抱えたまま、士郎とセイバー、リズは後退していた。割って入れる戦いではない。大英雄と黒騎士の、互いの守るべき者を懸けた激闘に介入など出来ようはずがない。
 斧剣を押し返し、連撃で迫るリィゾへ再びヘラクレスの一撃が見舞われる。全ての攻撃が並の者ならば即致命傷となるであろう、見ているだけで背筋が凍り付きそうになる凄絶な死闘だった。その最中、息も絶え絶えに肉の中を這いずり士郎達を追おうとする影が、いた。
「イリ……ス……ール……あ、……う、あぁあ……わたしの……ぁああ……」
 啜り泣きが木霊した。
 右腕を失った痛みか、それともイリヤを失った痛みなのか。アルトルージュの嘆きが深まるごとにデストルージュの巨体が震え、大地に縫い付けていた氷が砕け始めていた。
 絶対零度でさえも仕留めきれなかった破壊獣が、アルトルージュを、リィゾを、ヘラクレスを腐肉の中へと呑み込みながら、再び立ち上がろうとしていた。
「頼んだぞ、イリヤを!」
 既に下半身を肉に呑み込まれた状態で、ヘラクレスは渾身の一撃をリィゾに叩きつけていた。不死身の吸血騎士の肉体はそれを受けてなお傷ついた様子は無かったが、弾き飛ばされた衝撃で完全にデストルージュへと埋没していく。
「私は、私は、今度こそ……!」
「ヘラクレス!」
「今度こそ、約束を――」
 言葉はそこで途切れてしまった。
 デストルージュの額が、閉じられていた。そこが先程まで真っ二つに割られていたなどまるで夢か幻であったかのようにピタリと閉じられ、代わりに破壊獣の眼に金の光が宿る。
「士郎、急いで!!」
「先輩!!」
 地鳴りと共に氷が砕け、大気に怨念が充満していく。
 頭を持ち上げかけていたデストルージュから駆け下り、士郎は振り返ることなく全力で走った。走りながら、ヘラクレスの最期の言葉が耳にこびり付いて離れない。
 あの大英雄は、父だった。
 まごうことなく、父の貌で逝ったのだ。愛する娘を守るという誓いを、今度こそ果たして。それはあの日見た養父の、切嗣の姿にも重なり士郎の胸を強く締めつけた。
(……あんたの、あんたの娘は、イリヤは絶対に守る……だから……!)
 掻き抱いた少女を今度こそ守り通してみせると誓い、士郎は偉大な英雄へ刹那の黙祷を捧げた。今は失われた者を悼む余裕すら無いのがやるせなかった。
「皆さん急いでください!! デストルージュが動き出した以上、いつまた攻撃が再開されるか……――」
 言いかけたシオン自身が、あまりの驚愕に立ち止まりかけていた。リィゾ襲来に引き続き、本当に最悪な事象というのはまったくもって最低のタイミングで訪れてくれるものだ。
「なんと、いう……」
 無慈悲な轟音が響き、爆炎の赤が視界を染め上げた。大地が揺れ、氷結していた地面が割れていく。周囲には黒煙が満ち、そこに映った巨大な影へと無数の光弾が突き刺さる。
 特自とヴァンデルシュタームの残存部隊の攻撃は、再開されていた。ただし、デストルージュを相手にでは無い。それどころか、氷結から解き放たれ起き上がろうとしている破壊獣の存在になど誰も気付いてすらいないようだった。
 漆黒の巨躯を奮わせ、数多の砲火をものともせずに咆吼する姿は、まさしく……
「……ゴジラ……!」
 立ち上がっていた。
 何度倒されようとも。どれだけの攻撃を叩き込まれようとも。死なない。死なない限りは闘争と破壊を続けるのだと宣告するかのように、ゴジラは天と地を引き裂いた。








〜to be Continued〜






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