されど懺悔な日々




◆    ◆    ◆





「……はぁ。今のヤツで最後?」
 修道服のベールを鬱陶しそうに脱ぎ、胸元を豪快にはだけさせ手団扇で扇ぎながら、結城奈緒は本日十六人目の懺悔に訪れた迷える子羊の後ろ姿を気怠そうに見送った。夏も間近、暑さの盛りだというのに、この服は拷問もいいところだ。あまりに暑いため、先日出産を終えたばかりの教会責任者、シスター紫子に『夏服ってないの?』と訊ねたところ、いつものように延々と説法をかまされた。
 常々思うところだが、紫子は潜在的にサドだ。底意地が悪い。チャイルドがヴラスのような悪質なヤツだったのも多分関係者全員が影で納得しているに違いない。
「そうですね。今日、これから懺悔のために生徒が訪れる可能性は17%です。既に陽も落ちましたし、今の方で最後と見るべきでしょう」
 一体どんな計算で割り出したのかは知らないが、まぁ17%と言うのが本当なら確かに確率的には今日は店終いと見て良さそうだ。
「そんじゃ、とっとと閉めちゃいましょ。はぁ〜あ」
 奈緒の心底面倒くさそうな言葉に、同僚のシスター見習い、深優・グリーアは無言のまま入り口へ向かって脚部内臓型常温超伝導リニアホイールでローラーダッシュ高速移動すると、手早く扉を閉め、さらに次々と窓に鍵をかけカーテンを下ろした。その間にロッカーからモップを取り出し、奈緒も黙々と掃除を開始する。
 シスター見習いを始めた当初は掃除なんてやってられるかとありとあらゆる逃亡手段を試みた奈緒だったが、その全てを深優に潰されてからは流石に諦めたらしい。今では渋々ながらもこうして自発的にモップをかけるようにはなっていた。嫌々やっているのがまるわかりの適当作業だったがそれでも目の前にチェーンソーやドリルをちらつかされるよりはマシだ。いや、あれはマジ怖い。剣やガトリングならまだしも、普段と変わらぬ無表情なままチェーンソーになった腕を目の前でチュイーンと唸らされたりドリルをグリグリ回されると、夢に見る。ってか、見た。
 ――その日から、アタシは眠れなくなった――
「奈緒さん、何か良からぬ事を考えていませんか?」
「……うん。ハッキリ言ってよろしかないわね。思い出しただけでも気分悪いわ」
「そうですか。……回しますか?」
 左手がドリルだった。
「なんで考えてる事わかんのよ!?」
「貴女の思考パターンから算出しました。その思考に対し、私は少なからず憤りを感じています。よって……さぁ、回しますか?」
「ヒィィィィィィィィィッ!!」
 逃げても逃げても能面顔のドリルアームが直立不動で追いかけてくるのは何度見たって怖い。凄く怖い。マジで怖い。テラコワス。
「ごめ、ゴメン、ゴメンナサイってば! 謝る、謝るわよ!」
「……わかっていただければいいのです。さぁ、掃除の続きをしましょう」
 そう言うと、深優は今の逃走劇で散らかったものをテキパキと片付け始めた。
 半泣きになった目を擦り上げつつ、奈緒も渋々モップをかけなおすのだった。





◆    ◆    ◆





「……終了〜」
 およそ一時間後。
 モップ掛けに雑巾掛けをようやく終えた奈緒は思いっきり伸びをすると、首を捻りつつ肩を叩いた。広い教会を二人で掃除とは言え、正直おばさん臭い。
「お疲れのようですね。よろしければ、肩を叩きますか? それとも揉みますか?」
 やる気満々とばかりに深優の手首から先がありえない動きでワキワキと動く。
「……まだ死にたかないから遠慮しとくわ」
「……チッ
「チッてなんだーーーーーっ!?」
 凄く残念且つ忌々しそうだった。
「いえ、特に他意はありません。それはそうと、お茶でも煎れましょう」
 しれっとそう言い手近な椅子に腰掛けると、深優は何処からともなく電気ポットを取り出して、胸元からスルスルとコンセントを伸ばすとそれに接続した。
「毎度の事ながら便利ねぇ」
 チェーンソーやドリルと比べれば、電気ポットの出所や身体の各所からコンセントが伸びるなどまったく些細な事だ。
「はい。お嬢様もよく『深優といるといつでも温かいお茶を飲めるしご飯も食べられるので嬉しい』と仰ってくれます」
 それだけ聞くとなんだか世話係とか護衛と言うより携帯家電みたいだが、でも口に出すとまた回されそうなので何も言わないでおく。
「奈緒さん、また何か良からぬ事を――」
「考えてないわよ! ホント! 全然! これっぽっちも!」
「そうですか。お湯が沸きました。お茶を煎れます」
 それ以上の追究はせず、ティーパックを放り込んだ急須へ機械的な動作でお湯が注がれていく。ティーパックを何処から取り出したのかも謎だが、以前訊いたところ、『……本当に知りたいのですか?』と訊き返されたのでもう二度と訊くまいと心に決めていた。
「……はぁ。それにしても毎日毎日懺悔懺悔懺悔懺悔、それが終わったら掃除掃除掃除掃除……な〜んでこのアタシがこんなかったるい日々を送らなけりゃなんないのかしらねぇ」
「それがシスターの務めだからです」
 にべもない。
 これ程までに愚痴のこぼし甲斐のない相手も珍しいが、かれこれ一緒にシスター見習いを始めて数ヶ月、もうこれはこういうものなのだと奈緒も割り切っている。それでも愚痴をこぼすのは、何故だろう。自分でもよくわからなかった。
「それはきっと貴女が無意識に他者との繋がりを求めているからです」
「だから自然に地の文に反応すんじゃないわよこのロボッ!」
「ロボットではありません。私はアンド――」
「……そのネタは使い古されてるから反応なんてしないわよ?」
 深優、ショボーン。
 いつも能面ヅラしか見てないせいか、ションボリした顔は随分と可愛く見えた。
「――その可愛さに思わず胸キュンッ☆ してしまう奈緒だった」
「してねーっつの! 棒読みで勝手な事ばっかほざいてんじゃねーわよ!」
「……奈緒さん、お気持ちは嬉しいのですが私にはお嬢様という心――もといプログラムに決めた方が……」
「表情変えずにモジモジすんなーッ!!」
 猛り狂った奈緒の拳が空を切る。軽やかなフットワークで怒濤の攻撃を避け続ける深優の顔は、やっぱり無表情だった。
「キィーッ! 避けんなこのぉっ!! アンタなんて今すぐスクラップに――」
「――話はみんな聞かせて貰いましたえ」
「わぁっ!?」
 その時、突如床板が持ち上がったかと思うと、そこに着物姿の謎の美女のシルエットが浮かび上った。御丁寧にもスモーク付きで。
 その影こそは誰あろう、風華学園前生徒会長、藤乃静留であった。
「フフ。結城はん、壁に耳あり障子に目あり……油断は禁物どす」
 しかしその諺と教会の床下から静留が飛び出してくる事には関係がない。
「藤乃!? アンタ一体何処から出てくんのよ!?」
「いや、それがなぁ。清姫はもう呼べんようなってしまいましたけど、こうして下から現れるんがなんや癖になってもうて……」
 嫌な癖だ。
「それはそうとグリーアはん、うちにもお茶いただけます?」
「はい。粗茶ですが」
 外した床板を直し終えた静留に湯飲みが差し出される。ぬるくもなく熱すぎもせず、ティーパックとは言えそれなりに美味しい。
「ふぅ、生き返りましたわ。床下はもう蒸し蒸ししとって……」
 ポケットから取り出したる見るからに高級そうなハンケチーフで額の汗を艶っぽく拭う。もうツッコむ気も起こらなかった。
「……で、アンタ高等部無事に卒業して今は大学行ってるんじゃなかったっけ?」
「ええ、行ってますよ。まぁ隣町ですけど」
 電車で一駅。遊びに来ようと思えばすぐ来ることができる。
「それが一体アタシの教会に何の用よ?」
 一応断っておくが、この教会は奈緒のものなどではない。
「それがどすなぁ。いつものようになつきにちょっかい出そ思て学園に寄ってみたんはええんやけど、入れ違いでもう帰った言われましてな。仕方あらへんから今日は帰ろうとトボトボ歩っとったら、なんや報われない想いに悩む乙女のテレパシーがうちのラブアンテナにビビッと――」
「誰が報われない想いに悩む乙女だ誰がッ!?」
 静留の指が迷うことなく奈緒に向けられる。深優は両手をヒラヒラさせながら肩を竦めていた。ぶっちゃけ、すんげームカつく。
「ツーかそもそもアタシはアンタと違ってアブノーマルな趣味はないしそもそもコイツはロボットだっつの! バッカじゃないの!?」
「ですから私はロボットではなく、アンドロ――」
「うっさいアンドロ軍団!」
 深優、再びショボーン。
 流石にアンドロ軍団扱いはショックだったらしく、しゃがみ込んで床に『タツノコ』と何度も何度も指で文字を書いている。なぞるだけでなく実際えぐりながら。
「あらあら、酷おますなぁ。愛に性別も、それどころか種族だって関係あらしまへん。好きなら好きて、それだけで充分やありまへんの」
 妙に説得力がある言葉だった。と言うか、目がマジだ。

 ――逆らったら喰われる――

 過去の実体験が奈緒の中でそう警鐘を鳴らしている。言い換えるなら、要するにあれだ。『弱い考えしか浮かばねぇ……』
 相手は何しろ“チャイルドよりも本体の方が強い”と専ら噂だった静留である。エレメントもチャイルドも呼び出せないとは言え、生物学的に自分よりステージが上であることは否めない。しかもこの場合の喰われるとは、なんか色んな意味で喰われてしまいそうだ。
「あら、どないしはったん? 顔色が悪いようやけど」
「……なんでもないわよ。貧血よ、貧血」
 いつか復讐を果たす日のために、今は我慢だ。
 自分は理性的で我慢強い子だと必死に言い聞かせ、奈緒は平静さを取り繕った。
 我慢、我慢……理性、理性……、
「すみません。私が同性でしかもアンドロイドであることがそこまで奈緒さんを悩ませていたとは露とも知らず。それに、私にはアリッサお嬢様が……」
「グリーアはんも辛いとこどすなぁ。でも、どんなに辛くても乗り越えていかなあきまへんよ? 踏まれても踏まれても真っ直ぐ伸びる麦のように」
「勝手なことばっかぬかすなぁあああああッ!!」
 我慢――限界突破。
 理性――堤防決壊。
 暴れ回る奈緒を嘲笑うかのように二人はヒラリヒラリと教会内を飛び回る。
 この愚かしい戦いは、奈緒が疲れ果てて床に倒れ込むまで続けられた。





◆    ◆    ◆





「……ぜー、はー……ぜー、はー……」
「奈緒さん、過度な運動は身体に毒です。水分の補給と休息を提言します」
「ほんになぁ。若さとは振り向かないこととは言いますけど、限度がありますえ?」
「……な、なんで……そんなに……元気……なのよ……」
 深優は兎も角、静留が息一つ切らしていないのは納得がいかない。納得がいかないが、厳然たる事実である。
「この程度で息切れしとったら逃げるなつきを追っかけるなんて出来まへんから」
 奈緒はこの時程なつきに同情したことはなかった。
 あんなにも憎々しく思っていた玖我なつきの顔が瞼に浮かび、胸がいっぱいになる。そして、かつて彼女が自分に告げた『似てるんだ……私と、お前は』という言葉が鮮明に思い出された。……ああ、確かにそうなのかも知れない。深優と静留に散々弄り倒された今なら、周囲からヘタレだヨゴレだと言われていたなつきの気持ちが海より深くわかる。
 ――女性ホルモンがラードみたいになってるなんて言って、ごめん――
 奈緒は心からなつきに詫びた。詫びずにはいられなかった。帰ったらラードでフライでも揚げよう。
「……懺悔ってどういう事なのか、ようやくわかった気がする……」
「そうですか。よかったですね」
「若いって、ええどすなぁ」
 でもこいつらは駄目だ。許せねぇ。
 床に寝っ転がったまま、奈緒は吼えた。
 哀しげな咆吼が媛星のない夜空に響き渡る。



 風華学園は、今日も平和だ。





〜どっとはらい〜






◆    ◆    ◆





オマケ
登場人物紹介

結城奈緒  風華学園内教会でシスター見習いを務める元援交少女。自分では否定しているが相当な弄られキャラで、なつきに次ぐだけのヨゴレの才覚も持ち合わせている。
 色々あって男が嫌いだが、それにも増して静留が嫌い。
 アニメではシスターに騙されたみんなから集中攻撃を受けた挙げ句に静留に二度も敗れ、漫画では深優に瞬殺され、ゲームでは誰のルートでも噛ませ一直線というとんでも不幸キャラ。
深優・グリーア  風華学園内教会でシスター見習いを務める世界最強のアンドロイド。アリッサお嬢様命。お嬢様に仇なす者にはドリルにソードにチェーンソー、ガトリングガンが火を噴くことになる。最近の趣味は奈緒で遊ぶこと。
 アニメでは終盤の鍵として活躍、漫画では奈緒や舞衣、そして凪軍団と死闘を展開し、ゲームでは数あるHiME達を差し置いて見事ヒロインに抜擢というとんでも優遇キャラ。
藤乃静留  風華学園前生徒会長で最凶最悪のHiME。レズ。レイプ。ネギ。なつき命。ってかこれらのキーワードだけでヤヴァげ。
 ぶぶづけ食わはります?
 可愛い女の子が大好き。
 アニメではなつきを想うあまり暴走、漫画ではHiMEではないもののなつきのために権謀術数を駆使し、ゲームでもなつきのために戦いを繰り返すとんでも阿修羅姫。


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