Cerchio




◆    ◆    ◆





“Cerchio”という店名は、イタリア語で『輪』を意味する。
 名付け親は店主であるマミだ。
 ティロ・フィナーレと言い、イタリアに何か特別な思い入れでもあるのかと以前から疑問だったほむらが開店の際にそれとなく聞いてみると、マミの父が生前仕事の都合でよくイタリアに出張していたためいつの間にか単語を少しばかり覚えてしまったから――というのが主な理由だったらしい。
 マミ曰く『英語よりもなんとなく響きに趣があるでしょう?』とのこと。
 喫茶店を開く事になったのにも、幾つか理由はある。
 運良く……と言っていいものかどうか。無事中学を卒業し、魔法少女との兼業は難しいとして高校大学への進学は断念したものの、ほむらとマミと杏子は一人も欠けることなく成人することが出来た。
 それまで生活費と言えばほむらの場合は一応両親が、マミは亡き父母の遺産と主に飲食店でのバイトで、杏子はマミの部屋に居候しつつこちらは肉体労働系のバイトなどをやりくりして自分とゆまの分を捻出していたのだが、さすがにこのままの生活をいつまでも続けるのは難しい……という段になって、唐突にマミが調理師免許を取得した。どうも、バイトしがてら魔法少女業と両立出来る仕事は何かをずっと考えていたのだそうで、その結論として飲食店の自営に至ったらしい。
 マミはそのままの流れで食品衛生責任者の資格も取ると、保健所へ営業許可を申請し、遺産の残りで店舗兼住居を借りて驚く程短期間で開店までこぎ着けてしまった。
 元より紅茶とケーキに並ならぬ情熱を注いでいた彼女なので、腕前や趣味の良さも相まってか喫茶店Cerchioは学生やOL、ご近所のマダム達を中心に評判となり、不意の休店もままあるけれど概ね順調に営業を続けていた。ほむらと杏子はその店員、ゆまは現在は高校に通いながらバイト扱いで手伝いをしている。
 そんな店の名を『輪』とした理由は、力尽きた魔法少女達を導く存在と言われている『円環の理』になぞらえて。
 そして、もう一つ――



「ツーペア!」
「ダイヤフラッシュ」
「ストレートよ」
「……ブタ」
 特に強い手ではないものの、相手の札如何によっては充分に勝ちを狙えるという微妙さを気力で補うかのように勢いよくツーペアを出したのは、ゆま。
 コレは良い手を引いたぞ、今回こそはきっと勝てるぞ、という喜色をまるで隠そうともせずに自信満々にフラッシュを出したのは、キリカ。
 紅茶を一啜り。自分の手札も相手の手札も万事定めたまいし運命に導かれますまま……と、パーフェクトポーカーフェイスでストレートを出したのは、織莉子。
 乱暴に赤毛を掻きむしりながら、これはもう敗北者の哀れな苛立ちが誰の目にも明らかな様子で一役たりと揃っていないノーペアを出したのは、杏子。
「うあぁああ! また織莉子さんの勝ちぃい!?」
「はははすごいなーさすがおりこだなーほんとすごいなーまじすごいかっこいー」
「イカサマだ! あたしだけさっきから三連続でブタじゃねーか!」
 負け犬達の遠吠えが、店内に虚しく木霊する。
「フフ。それじゃ、いただくわね」
 勝者は余裕の笑みを浮かべ、テーブルの中心に置かれた賞品たる本日最後のチーズケーキの皿を手元に取り寄せると、お貴族様のような洗練された仕草でスプーンを生地へと滑り込ませた。多くもなく少なくもなく、口にするには丁度良い適量掬われたケーキ片を運ぶ動きまで優雅すぎる。もはや見慣れた、美国織莉子の勝利風景だ。
 閉店間際のCerchioの一角。
 本日のパトロールを終えてきた魔法少女一名と名称未定魔法元少女三名は、ここ最近集まるたびに行われている白熱のポーカー勝負に興じていた。
 これまでの戦績は、圧倒的大差で一位が織莉子。未来予知の魔法でイカサマでもしているんじゃないかと皆から向けられる疑惑の視線も何のその。常に涼しげな笑みを絶やすことなく淡々とゲームを進めていく様は、その貴婦人然としたエレガントな佇まいからは想像もつかない生粋のギャンブラーだった。
 二位はゆま。特筆して強い面は無いものの、そこそこの駆け引き強さが安定した勝利を呼んでいる。織莉子と比べるのは可哀想だがその他のメンツと比べればポーカーフェイスも上等な部類。精神的な打たれ強さも相まってか逆境に強く、時に劇的な引き運を見せることもある。若さが資本です。
 三位はキリカ。本人はクール系キャラのつもりでいるが、可哀想なくらい何もかもが表情に出てしまっている賭け事で身を持ち崩す人の典型。ギャンブラーになったら確実に沈む。そうして沈んだ太陽は二度と昇ることはないのだった。引きが悪ければ躊躇無く全てのカードを交換するなど変に男らしい。でも勝てない。
 ドベは杏子。弱い。可哀想なくらい弱い。どうしてそんなに弱いのかフォロー不可能なくらい弱い。織莉子とは逆の意味でイカサマしてるんじゃないかというくらい不自然な負け率を誇る、燃える紅蓮の最弱女王。ポーカーフェイスもそれなりに上手いし勝負度胸もあるのに何故勝てないのかはきっと永遠の謎。
「……はぁ。どうして織莉子さんそんなに強いのかなぁ」
「昔からこうなんだよ。私はテーブルゲームの類で織莉子に勝った事が殆ど無いんだ。特に双六と人生ゲームは凄いよ。あれ間違いなく神降臨してる」
 無念の表情でトランプを片付けているゆまに、キリカは誇らしいのか悔しいのかよくわからない顔で織莉子の強さを喧伝すると、しょぼくれて目を伏せた。
 杏子はテーブルに突っ伏したまま動かない。自分がこの店の従業員である事など完璧に忘れているようにしか見えなかった。
「……確かにテーブルゲームなら私の方が強いかもだけれど、身体を動かすとなれば貴女の方が圧倒的に強いじゃない。ゆまさん、今度一緒にダーツでもしに行ってみる? キリカの妙技が見られるわよ」
「そうだよ、ダーツやボーリングなら私も織莉子に勝てるんだ! と言うわけで店長、この店にダーツセットを置く事を進言するよ!」
 ブラインドを閉めながら、口笛で蛍の光を吹いていたマミは、キリカに向かってクルリと身を反転させると、
「却下♪」
 笑顔で即答した。
「お客様〜、間も無く閉店のお時間となりましたので大人しく可及的速やかに席をお立ちくださーい。……そこの不良店員二名も」
 マミの周囲の空気が、揺らいでいた。今すぐにでも数十丁のマスケット銃が飛び出さんばかりの気配だ。
「あわわ、杏子、起きて早く! マミさん怒ってる!」
「……あたしは、もう、駄目さ。……しけた人生だったなぁ」
「コレで終わっちゃったら本当にしっけしけだよ!」
「……一度くらい、幸せな夢ってやつを見てみたかったけど……まあ、いいや。もう終わりだし――」
「駄目! 杏子が駄目人間的な意味で駄目だよ!?」
 ゆまに引きずられるようにして、杏子が連れられていく。まず間違いなくこれからマミの折檻タイムだろう。
 織莉子とキリカは、結局本日一勝もしていなかった最弱の好敵手へと静かに黙祷を捧げた。
 かくして今日もCerchioの一日が終わる。

 〜God's in his heaven. All's right with the world〜

「……何やってるのだか」
 モップ掛けをしながら、ほむらは毎度の光景に呆れたように呟いていた。





◆    ◆    ◆





 魔法少女同士の交流の場を設けたい――というのは、マミのかねてからの夢だったのだそうだ。
 現在日本国内で活動している魔法少女のうち、ほむらのような異例中の異例を除けばマミの活動年数は最長となる。これはキュゥべえがそう証言しているので、まず間違いない。
 契約したのが小学校低学年時で、それからかれこれ二十年近くも現役で戦い続けているのだから驚嘆すべき事だ。杏子もベテラン度では上位に食い込むが、それでも数年の差は大きい。ループ時間中、マミが油断から惨死したり、錯乱して味方を撃ち殺すような場面に何度か遭遇しながらもほむらが彼女を尊敬し続けているのは、そこが理由でもあった。
 正直、自分が小学校低学年の頃に契約などしていたら時間遡行など使う暇も無く最初の一週間以内に死んでいたのではないかとほむらは本気でそう思っている。ループ初期のまだ魔法少女としてペーペーだった頃、時間操作以外の才能がからっきしだった自分が何とか生き延びる事が出来たのも、マミに師事し、基礎から応用まであらゆる戦い方を叩き込んで貰えたおかげだ。杏子も普段口にこそ出さないもののマミの事を師匠として尊敬しているのは間違いないし、孫弟子にあたるゆまも同様だろう。
 時にグリーフシードを奪い合い、対立関係に陥る事も珍しくない魔法少女の在り方からすれば、マミのそれは異質だった。異質であると自身理解しつつ、マミは魔法少女同士が相互に扶助出来る機会、場を設けたいと本気で考え続けていた。
 だから、この店の名はCerchioなのだ。
 輪は人の輪となり、円は人の縁となり。
 店の名をつける際にほむらが両手を挙げて賛成したのは、言うまでもない。



「――それで実際魔法少女の利用客は多いし、情報交換の場としても今のところ問題無く機能しているから、今後はうちをモデルケースにしてこういったお店なんかが世界中に増えていけばいいなぁって、そう思うのよ。だからね、あまり厳しくガチガチに固めたくはないのだけれど、うちのお店はこの先の規範となるべく出来る限りの事はしておきたいの。……わかるでしょう?」
 閉店後のCerchioにて、織莉子とキリカが逃げるように退散して後。
 暖房は切ってあるので店の床は凶悪なまでに冷たくなっている。そこに正座させられた杏子とゆまの二人は、マミが語る展望を聞きながらひたすら平謝りに頭を下げ続けていた。
「……いや、あの、はい。……すいませんでした、店長。次からは、営業時間中にポーカーとかしませんから……はい」
「……わ、わたしも、もうしません……あ、うぅ……マミさん、許してぇ……」
 コーヒーで一服しつつ、ほむらはそろそろ助け船を出してやるべきかどうか迷い、やはりやめた。仏の顔も三度までと言うが、これまでにマミから四回も五回も営業中は他に客が居らずとも真面目に働くよう注意されていたのを杏子もゆまも適当に聞き流していたのだから自業自得だ。それに二人、特に杏子がマミから説教を喰らうのは開店以来殊更珍しい光景でもない。第一なんのかのと彼女達に甘いマミの事だ。いい加減許してはいるだろう。
「……ふぅ」
 ほむらの視線の先で、『少しやり過ぎたかしら』とでも言いたげに肩を竦めていたマミは、強張っていた顔をほぐすかのように頬肉を微動させると、喉の渇きを潤すためお気に入りのティーカップに口づけた。秋摘みのダージリン特有の薫り高い湯気が、鼻腔をくすぐる。たとえ説教の最中でも紅茶にはそれだけでマミの心を癒し満たしてくれる、魔法以上に魔法の力があった。
 わざわざ顰めっ面を作って説教だなんて、本当に苦手なのだ。出来る事なら常に朗らかに過ごしたいものだが、立場上そうとばかりもいられない。
(まぁ、二人とも反省しているようだし、もう良いかしら)
 店長として通すべきものは通したとばかりにクスリと笑い、マミは最後にもう一度、優しく念を押した。
「本当? 本当にわかってる?」
「わかってる、ます。……はい。うん、マジ冷たいんだよマミぃ」
「う、うぅう……冷えたせいか……は、うぅ」
「? ゆまちゃん、どうしたの?」
 何やら切羽詰まった様子を訝しんだマミが尋ねると、
「お、おトイレが……おトイレが、近く……」
 苦しげに呻きながら、ゆまは本気で我慢の限界なのかモジモジ身体を揺すり始めた。ポーカーやりつつ紅茶を三杯は飲んでいたのだから、トイレが近くなるのもそれは道理というものだ。
「マミさん、そろそろ許してあげたら? このままでは生魔法少女の生搾りで店の床が大変な事になってしまうわ」
「うわー! うわわー! ほむらさん助け船は有り難いけどとんでもないことサラッと言わないで!?」
「訂正するわ。ゆまに春先の清しいお花畑へ両手一杯の花束を摘みに行かせてあげてちょうだい」
「そんなのわざわざ言い直されても困るよ!? ……ひぅッ! う、うぅ」
 もはやこれまで。
 青い顔して頭をブンブン振っていたかと思えば、ゆまの身体はくの字に曲がり、終末へのカウントダウンのようにヒッ、ヒッと喉を鳴らし始めた。それを見て、半ば呆然としていたマミはハッと我に返ると、申し訳なさそうに声をかけた。
「……いや、あのねゆまちゃん」
「はぅ、う、うぅ」
「お手洗いくらい、行っても良かったのよ?」
「早く言ってぇえええ!」
 まさに脱兎。
 今の今まで冷たい床に正座させられていたとはとても思えない、立ち上がりから猛然とダッシュしWCまで駆け込んでいくゆまを見て、マミは「……悪い事しちゃったかしら?」と頬を引き攣らせながらほむらと杏子を顧みた。
「まぁ……その、……ええ」
「大丈夫だろ。間に合ったみたいだし」
「ちなみに貴女はお花詰みは? 大丈夫なの?」
「一流の魔法少女は花なんて摘まねーんだよ」
 ほむらからの問いにヘヘンと鼻を鳴らした杏子は、しかし先程までのゆまと同じくプルプルと生まれたてのチワワのように身体を細かく震わせていた。
「我慢は身体に毒よ? それに魔法少女じゃなくて私達は魔法“元”少女なのだし問題無いわよ」
「うんそうですねごめんなさいまじごめん。……ゆまー! 早く出てくれー!」
 あっさりと陥落し、WCへ飛んでいった杏子の後ろ姿にほむらとマミはしみじみと嘆息した。魔法少女と言えども所詮生理現象には勝てないのだ。
「……はぁ。杏子もゆまちゃんも、普段の勤務態度は良好なのに一般のお客さんがいなくなると途端に素に戻ってしまうのだから考え物だわ」
「身内だけでやっている店だもの、ある意味仕方がないわよ。流石に私は営業時間中に客とトランプまではやらないけど……魔法少女関係の人間しかいなくなると気が弛んでしまうというのはあるわね」
 それを聞いて、マミは意外だとばかりに目を丸くした。
「……どうしたの?」
「ええ、その……ちょっと驚いてしまって」
「何が?」
 自分はそんなにおかしな事でも言ったのだろうかと小首を傾げるほむらに対し、マミは「別に変な意味は無いのだけれど」と前置いてから話を続けた。
「気が弛む、というのがね。美国さん達が来ている時なんて弛むどころか気を張りまくりかと思っていたから」
「……別に、あの二人のことも嫌いではないもの。ちょっと……その、色々と個人的に思うところがあるだけで」
 ほむらから織莉子達に対する苦手意識については今まで何度となく聞かされていたマミだったが、『嫌いではない』とは初めて聞いた気がした。これも、きっと過ぎ去った年月による軟化なのだろう。魔法少女同士、敵対ではなく出来うる限りの協力をとり、仲間として戦っていける環境、体制作りに尽力してきたマミとしては、ほむらの言葉は素直に喜ばしかった。
(あとはそれを、肝心の織莉子さん達を前にして態度に出せればいいのだけれど)
 そのためには今少しの時間を要するに違いない。この歳下の親友がどれだけ意地っ張りな性格をしているか、マミは嫌と言う程知り抜いている。
 魔法少女になりたての頃は『自分は人間でなくなってしまった』のだと悲観もしたものだったが、二十年近くもこうして生活をしていると、時間の経過というものがどれだけ重要な事か骨身に沁みてわかってきた。そして、正しく時の流れのうちに生き、成長していけるうちは自分達はまごうことなく人間なのだと、今ではマミは素直にそう確信している。
 魂をソウルジェムとして抜き出されても、紅茶の味と香りは楽しめるし、美味しいものを食べれば幸せな気持ちになれる。日々を働き、休日には時に遊びに出かけたりもし、疲れたなら眠くなるし、風邪をひいてしまう事もある。恋だって、きっと出来る。生理があるのだから、子供だって産めるのだろう。
 魂の在処が変わったところで、自発的に人間を辞めようとでもしない限りは、人間なのだ。そこすら強制的に歪められていたなら、マミは魔獣ではなくインキュベーターや同じ魔法少女に銃を向けてすらいたかも知れない。ありとあらゆるものに絶望し、世界を恨み、人を憎み――それは、とても哀しい事だ。
 だから、嬉しいのだ。
 自分も、ほむら達も、人間である事が。
 誰一人として魔法で成長を止めるような道を選ばず、人間であり続けようとしてくれた事が。
 一緒に、生きていける事が。
「……? どうしたの、そんなにニコニコして」
「フフ、なんでもないわよ。……折角だし、貴女もたまにはコーヒーでなく紅茶でも飲まない?」
 言いながら、マミはカウンター内に入るとほむら達のティーカップを取り出し、お湯を注いで温め始めた。
「杏子もゆまちゃんもすっかり身体が冷えてしまったでしょうしね」
「トイレに行った直後にまた紅茶というのもどうかと思わなくもないけど」
「もー、そんなコト言わないの」
 こうして大切な人と軽口を叩き合える日常を何ものにも代え難い宝だと思うからこそ、それをもっと大勢の、今も世界の何処かで孤独に戦っているであろう魔法少女達に知って欲しい。
 ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぎ、葉が開ききるのを待ちながらじっくりと蒸らす。織莉子のように政治的な働きかけなど出来そうもないマミの、それが自分だけに出来る事だと信じるが故に。
「あうー……危機一髪だったよぉ」
「無事に花畑から戻ってこられたみたいね」
「杏子は?」
「わたしと入れ違いに駆け込んでったよ」
「戻ってくる頃には、丁度良いかしらね」
 さすがに夜も遅いので、杏子は不満を漏らすだろうが茶菓子は無しだ。ポーカー中に賞品のケーキは別として持ち寄ったお菓子を随分と食べていたようだし、問題はないだろう。
「……そう言えば」
 ふと、マミは何か思いついたように唇に指を当てた。
「どうしたの、マミさん?」
「ええ。私、ポーカーってした事がないな、って」
 トランプと言えば専らババ抜きか大富豪、または神経衰弱くらいで、ポーカーはルールを多少知ってはいるものの実際にやった事がない。ゆまや杏子はいつも営業時間内にやっていたのだから、マミが交ざった事は当然ながら一度も無かった。
「それじゃ今度はマミさんも、それにほむらさんも一緒にやろうよ。打倒織莉子さん目指して」
「……私も?」
「勿論!」
 困ったように眉を顰めているほむらだが、ゆまに押し切られては断れはしないだろう。これを切っ掛けに織莉子達と少しは打ち解けてくれれば……そんな風に考え、マミは頬が弛むのを自覚しながらカップを温めていたお湯を捨てた。
「お、なんだ。次からはマミとほむらもやるのか? へへ、やるからには手加減なんてしねーからな」
「……杏子が手加減とか、それ勝ちを捨ててるどころの話じゃないよね」
「んだとぉ!?」
「ほらほら、喧嘩しないの」
 戻ってきた杏子とゆまの口さがないやり取りを仲裁しながら、マミはポットの中を確認した。茶葉はすっかり開ききっている。旨味が充分に抽出された、今が最高の飲み時だ。時間の大切さを改めて再確認しながら、タイミングを逃さず、それぞれのカップへ茶を注いでいく。
 まだ躊躇い気味なほむらも、紅茶を飲んでリラックスしている時にもうほんの少しだけ背を押してやればそれで充分だろう。
 そうやって、広げていければいい。
 Cerchioという店名に懸けた願いの通りに……
「でも、二人とも」
「うん?」
「なーに?」
「ちゃんと、お店が終わってからか、お休みの日にですからね?」
 次の休みの日にでも。
 織莉子とキリカを招いて、お茶会でもしつつ。
 カップを乗せたソーサーを差し出しながら、マミはニッコリと微笑んだ。





〜end〜






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