サウナ室使用上の注意
〜いかがわしいことへのご利用はご遠慮願います〜



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「……すまん。悪かった」
 そう言うなり、バルクホルンは突然膝を突いたかと思うと上半身を綺麗に前傾、平伏し、勢いよく扶桑式の謝罪、所謂土下座-DOGEZA-をした。額は床に擦りつけんばかり、というか擦っている。擦りすぎて、摩擦で火が点きそうだ。
 それを慌てて止めたのはエイラだった。
「いややめろって大尉! ここサウナだぞ!? サウナで土下座とかいくら大尉でもマジ死ぬっての!」
「そ、そうですわバルクホルン大尉。謝罪については充分に伝わりましたからお顔を上げてくださいまし!」
 エイラの言う通り、一糸纏わぬ姿の三人が今いるのは501基地内にエイラからの熱烈な希望により造られたサウナの中。眼鏡が無くてバルクホルンの蒸し土下座を満足に確認出来ないながら、エイラの切羽詰まった声を聞いてこれはマズイと察したペリーヌもあらぬ方向へ顔を向け制止しようとフラフラ手旗を振る。
「いや、それでは気が済まん。良い姉であろうと頑なに、意固地過ぎたことで私はお前達やリーネにまで迷惑をかけてしまった。特にお前達に対しては妹らしく無いだとか不適当だが我慢してやるだとか妹に対して失礼極まりないだとか時代後れのツンデレ眼鏡だとかヘタレ男子中学生もどきだとか散々なことを言ってしまった」
「やっぱ続けてくれ。蒸し焼きになるまで」
「そうですわね」
 一気に止める気が萎えた。
 もういっそこのまま蒸されてしまえ、と二人がそっぽを向いたのと同時に、今度はバルクホルンはガバッと面を上げたかと思うとやおらその場に立ち上がり、スオムス式サウナには付き物の、白樺の若枝を束ねて作られたヴァスタを大上段に振りかぶり、素振りを開始した。
「そこで誠心誠意お前達に謝意を伝えるには、やはり裸の付き合いが一番良いのではないかと思ってな。特にエイラはサウナが好きなのだろう? さぁ、今からこのヴァスタで思いっきり叩いてやるから、全身の垢と疲労を落としてサウナを満喫してくれ」
 やる気満々だ。スイングのたびに熱風がサウナ内を駆け巡る。
「違うからな!? ヴァスタってそんな殺気込めて剛力渾身で相手をブッ叩くようなモンじゃねーからな!?」
 実際、力を込めて叩くものではあるのだがバルクホルンのパワーでそれをやられたが最後、エイラもペリーヌも落とすのは垢でも疲労でもなく命だ。粉々に粉砕されてしまいかねない。
「むぅ、そうなのか? なかなか難しいのだなスオムス式のサウナというやつも」
「難しくありませんわ!? 人命尊重第一ですわ!?」
 ションボリと項垂れ、バルクホルンはエイラの隣へと座り直した。危うくサウナで殴殺される危機を脱したエイラとペリーヌはホッと一息、額の汗を拭った。
「ってか別にリーネと比べたら私らはそこまで被害を受けたわけじゃねーし」
「ですわね。そうお気になさらないで下さいまし」
「……お前達、妹っぽくないのに優しいなぁ」
 拳を握り締め、バルクホルンは感動を顕わにしていた。
 どうしてわざわざ主観による妹らしさを基準にするのか甚だ疑問ではあったが、エイラもペリーヌも大して腹など立てていないのは事実だ。バルクホルンが生真面目に過ぎることくらい百も承知だし、時としてその性情故に暴走して突っ走ってしまうことも理解している。一年前のペリーヌならさておき、実害が無かったのにいつまでもネチネチ恨み言を連ねるような二人ではない。
「ほらほら、サウナでそんな話ばっかしてると妖精さんが機嫌悪くするから、もっと気楽にリラックスしないとな」
「また妖精さんだなんて。意外と子供っぽいですわねエイラさんも」
「お前は心が汚いから見えないだけなんだよ。このサウナにはちゃんと妖精がいるんだぞ? サーニャも宮藤もリーネもルッキーニも見たって言ってたんだ」
「……ルッキーニさんだけなら本当に見てそうですわね」
「だけとはなんだー!」
 相も変わらず口論の絶えない二人だが、こちらも以前と比べれば随分と和やかなノリになったものだとバルクホルンは嘆息した。
 これこそ、寝食を共にし、互いの命を預け合い、協力して窮地を潜り抜けてきた戦友同士だけが得られる空気というやつだ。
「まったく二人ともまだまだ子供だな」
「……大尉に言われると邪な意味にしか聞こえないぞ」
「ですわね。こう、可愛らしい歳下の女の子と見れば手当たり次第に妹扱いしそうと言いますか……」
「バッ、バカを言うな! それでは私が変態みたいではないか!?」
 まったくもって心外極まりない。
「私は別にそういった嗜好で言っているわけでは……それにペリーヌはまだしもエイラはやはり妹という柄では……、……む」
 言いかけて、バルクホルンは何かに気付いたかのようにエイラの身体を凝視し始めた。まったく無言で、湯気に覆われた肢体を穴が空くように見つめている。イヤらしいと言うよりはなんだか本当に眼力で風穴を空けられそうだ。
「な、なんだよ大尉。私のカラダがどうかしたのか?」
「いや、そういうわけでもないんだが……む、ペリーヌも」
「い、いかがなさいましたの!?」
 ペリーヌはと言えば満足に目が見えないため現状がどうなっているのかがわからない。キョロキョロと見当違いな方向へ目を細めるだけだ。
「いや、お前達二人とも、肌が白いなぁと思ってな」
「やっぱ邪な眼で見てたんじゃねーか!?」
「不潔ですわ!? 汚されてしまいましたわ!?」
「違う! 純粋に感想を述べただけだ! ……それに、見てくれ」
 全力で否定してからバルクホルンは再び立ち上がると、やや腰を捻るなどして自身の裸体を余すとこなく二人に見せつけた。
「大尉、嬉しくないぞ」
「どっちにしろ見えませんわ」
「だから違うと言うに! ……私の肌は日に焼けてしまって、お前達ほど白くないし女らしくもないのだなぁと改めて実感させられてしまっただけだ」
 ふむ、と頷きながらエイラは自分とペリーヌ、それにバルクホルンの肌とを見比べてみた。言う程焼けている、という事も無い気はするが、確かに自分達の白さと比べればバルクホルンの肌は随分と健康的な色をしている。
「気にするようなことじゃないと思うけどなぁ」
「いや、なんだかな。シャーリーにもよく脳筋だのゴリラだの馬鹿にされるし、このまま女らしさが失われていくとやがてお姉ちゃんではなくお兄ちゃんになってしまうのではないかと不安になったんだ……」
「おかしなことを気にしすぎですわ……」
 おそらくそんな事で真面目に悩み心痛める人間はそうはいない。
「だが肌の焼け具合だけでなく、手足も腹も筋肉質だし……」
「そんなの軍人なんだから当たり前だっての。私だって……ほら」
 今度はエイラが立ち上がり、腹の辺りがよく見えるよう背筋を伸ばしてグッと腰を前へと突き出した。無駄な肉の無いスレンダーな肢体だが、よくみればうっすらと筋肉のスジが見える。
「毎日あんだけ訓練してれば嫌でも筋肉はつくし。……あっ、サーニャは筋肉なんてないからな!? サーニャはやわっこいぞ! そりゃもう肌なんて新雪みたいだしお腹なんて私らと違ってスベスベで――」
 力説するエイラに、一人我関せずと隅っこに座っていたペリーヌは嘆息した。
「じっくり見たことも触ったこともないくせに何を仰っているのだか……」
「う、うるせー!? ちくしょーお前はどうなんだよこのツンツン近眼!」
「ひゃんっ!?」
 不意打ちでエイラに腹を抓まれ、ペリーヌが素っ頓狂な声をあげた。
 抓んだ、と言っても薄皮一枚程度だ。華奢なようで彼女も敬愛する坂本美緒少佐につき合って鍛え込んである分余計な脂肪などは少ない。
「むー、意外と良い肌触りしてんなツンツン近眼のくせに」
「だっ、誰がツッ、ツンツン近眼、ですか……はぅううっ」
「だって今眼鏡してないからなー。ツンツン眼鏡じゃおかしいだろ?」
「そういう、も、問題では……ひぁああああっ」
 一度悪ノリし始めたエイラほど厄介なものはない。何せ外見は美少女でも中身は男子中学生とほとんど同じだ。タチの悪さではシャーリーやルッキーニ、ハルトマンに次ぐものがある。
「ちょ、ちょっとエイラさんっ! こ、これ以上は、流石に……はぅううぁあっ!?」
「おー、脇腹弱いみたいだなー。ヒッヒッヒ」
 ツツッとヘソ周りから脇腹へと指を移動させつつ、あまりの衝撃に思わず腰を浮かせて逃げようとしたペリーヌをエイラは情け容赦なく追撃した。
「本当に仲良くなったな、お前達」
「大尉! か、感心していないでエイラさんを止めてくださいまし!?」
 このままでは色んな意味で危険が危ないワーニングだ。
 流石にこれ以上の見て見ぬフリもいかんだろうとバルクホルンはふぅっと短く息を吐き、やおらエイラの脇腹へと手を伸ばした。
「わひゃぁああっ!?」
「こらエイラ、いい加減にペリーヌを解放してやれ」
「そ、そっちこそどこさわ……ひぁンッ♥」
 思わず艶っぽい声をあげてしまったエイラの脇腹をグッと引いてペリーヌから引き離そうと試みながら、バルクホルンは何かに気付いたかのように小首を傾げた。
「む……お前、訓練を結構サボってるようでなかなか……ちゃんと鍛えてるじゃないか。腹筋もそうだが、尻の方も……」
「のひゃんっ!?」
「うん。太股や内転筋の具合も良い。見直したぞ、エイラ」
「だ、だからそんなとこ触……リュニャッホェエ!?」
 脇腹から腰、尻、さらに太股をまさぐられ、百面相しながらエイラが甲高い悲鳴を上げ続ける。その一方でペリーヌもまた救いを求めるエイラの手により腹や胸をこねくり回され身悶えていた。
「やっ、ちょ、ちょっとそこは……そ、そこダメですわぁああっ!? ……んァッ♥」
「しかし鍛え込んであっても外見に筋肉質じゃないのがやはり羨ましいというか、むぅ、やはり私はその辺の女らしさがどうしても足りない気がする……」
「わかっ、わかったから! わ、わかッメメァアアアアアア♥」
 うーむと唸りながら全身をまさぐってくるバルクホルンに、エイラの口からのっぴきならない悲鳴が漏れ続ける。ペリーヌは元よりそう得意ではないサウナで二重の意味での熱にあてられグロッキー状態だ。
 ついに限界を迎えたのか、ペリーヌはグラリと大きく傾いた。
「う、うー〜〜……も、もぉ、らめ、れすわぁ……」
「お、おいペリーヌ!?」
 後方からはバルクホルンの手、前方からは汗まみれのペリーヌに抱きつかれるような形でもたれ掛かられた今の状態、もし他の誰かに見られたら――それがサーニャだったらと想像すると、エイラは背筋が凍った。
 一刻も早く事態を収拾しなければ色んな意味でお終いだ。
「ペ、ペペペペリーヌを介抱すっからいい加減放せよ大尉ー! 私の身体なんて触って何がそんなに愉しいんだぁっ!?」
「ん? ああ、すまんすまん。予想外にお前がちゃんと訓練をこなしているようで嬉しくてな。替わりに……そうだな、別に私の身体を触って確かめてみてもいいぞ? せめてもう少し柔らかくてもとは思うんだが……」
「そーゆーコト言ってんじゃねーよ!?」
 抵抗しようにもペリーヌを抱きかかえているような現状ではそれも無理だった。空いていた手をとられ、「そら、触ってみろ」とこちらはもう女同士なのだし何もいかがわしいことなどしているつもりが無いらしいバルクホルンの腹へと押し当てられてしまう。確かに、やや硬い。
「……やはり、お姉ちゃんとしてはもっと柔らかい方が良いのか? 宮藤やルッキーニを見ているとどうしても気になって……シャーリーみたいな方がクリスも嬉しいんだろうか……」
「そりゃ単にあいつらの好みの問題だろー!? だからいい加減に……うぅ、それに大尉だってそんなゴツゴツしてるわけでも……キュッと引き締まってて手触りはなかなかいい――……ってちっがーーーーーう!! はにゃせぇえ!!」
「あっ、こらそんなに暴れるな……っと」
 このままでは危険だ、と判断したエイラは力の限り、最後の抵抗を試みた。が、元より不自然な体勢であったため容易にバランスを崩し、ペリーヌを抱きかかえたままバルクホルンの方へと倒れ込む羽目に陥ってしまう。
「おっ、わっ、わぁあああっ」
 バタン、だの、ドシン、だの。
 そんな効果音は鳴らなかった。
「……アレ?」
 むしろ柔らかいクッションが二つ、顔面を包み込んでくれている。
「おい、大丈夫かエイラ?」
 ちょっと頭を動かしただけでむにむにと形を変えるそこは引き締まっていた腹筋とはまるで異なる感触の――
「……なんだよ。柔らかいじゃないか」
「こ、こらエイラ。そんな風に鼻先をグリグリ押しつけたら……ンッ♥」
 込み上げてくる何かを堪えるように、バルクホルンが甘声を噛み殺すのを聞いていると妙な気分になってしまう。
(うー……チクショー、相手はよりにもよって大尉だってのにぃ……)
 エイラの中で、口には出来ないアレな感情が鬩ぎ合っていた。
 非常に、危ない。なんとか冷静さを取り戻さなければ……と思うのに、バルクホルンの胸の柔らかさと蕩けるような声、ペリーヌの可愛らしい重み、そしてサウナの熱とが理性に不届きな靄をかけていく。
 ワナワナと、ムラムラと。エイラの中で未知への扉がゆっくりと開きかけ――
 ――その瞬間だった。

「あれ、エイラさん、バルクホルンさん、それにペリーヌさん?」

「ゲッ!?」
 開いていたのは未知への扉などではなく、サウナの入口だった。
 そこには芳佳が「ナニしてるんですか?」と言いたげな顔で突っ立っており、さらに、彼女の後ろには……

「……エイラ、ナニしてるの?」

 ――絶望。
 夜勤哨戒明けで眠そうな目をトロンと半分くらい開けているサーニャの視線がたまらなく痛々しくて、エイラは泣きながらサウナを飛び出していった。





◆    ◆    ◆





 それから数日、完全に拗ねてしまったエイラの機嫌回復のためにバルクホルンが色々と奔走する羽目になったのは言うまでもない。
 もっとも、そんな風に拗ねた彼女を見て「普段からこんな感じならこいつも妹らしいんだがなぁ」などと考えていたのだから、お姉ちゃんもまったく大概だった。





〜おしまい〜






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