その光景を、何度となく夢に見た。



「……ハクオロ……さん……?」



 愛しい人の帰還。
 朝、目覚めと共にそれが夢であったことがわかり枕を濡らしたのは、一度や二度ではない。
 風が戸板を揺らすたびに、ハッとそちらに目をやって淡い期待を打ち砕かれたこともまた、数多。故に、今見ている光景、二人の少女――妹、アルルゥと今やもう一人の妹と呼んでも差し支えない少女、カミュ――を両の腕に抱いた彼の姿も、自分の願望が見せている幻の類ではないかと疑ってしまう。
 が、これは本当に夢か幻なのだろうか?
 夢や幻なら、何故彼は今仮面をつけていないのだろう? 自分は、彼の素顔など知らないはずなのに。
 そう、知らないはずだった。夢の中の彼の顔は、仮面をつけたままか、もしくは靄がかかったように不鮮明な状態だった。
 それでも……目の前に立つ男の顔に見慣れた仮面は既に無くとも、その両脇にしがみついた二人の少女のことを抜きにしても、それが誰であるのかわからないはずがなかった。
「ただいま、エルルゥ」
 誰よりも、誰よりも愛しい漢。
 その声は待ち焦がれたものだった。その微笑みは夢にまで見たものだった。
 言いたいことはいくらでもあった。その言葉を何度も頭の中で反芻していたはずだった。なのに、その帰還を喜び、祝福するための言葉が、胸につかえて出てこない。
 動揺のあまり落としてしまった駕籠もそのまま、頬を濡らす涙を拭おうともせずに、エルルゥは彼の人に抱きついた。
「ハクオロさん! ハクオロさん!!」
「随分と、待たせてしまったようだな」
「おと〜さぁん!」
「おじ様ぁ!」
 エルルゥが泣きついたのが引き金になったのか、アルルゥとカミュもその両眼に溜まっていたものが堰を切ったように流れ出す。
 一体何事かと集まってきた村人達が遠巻きに見守る中、三人は泣き続けた。そんな娘達の肩を抱き、頭を優しく撫でながら、ハクオロは己が再び現世に還ってきたことを確かに実感した。











永久の、流れに

《1》












 大陸の北西、辺境にある小さな集落、ヤマユラ。
 痩せた土地では作物は育ちにくく、交通の便がいいわけでもないので人の出入りも少ない。ほんの数年前までは、誰もその名すら知らなかった……そんなヤマユラの集落に至る田舎道を、二人の妙齢の女性が足早に歩いていた。
「ヤマユラに立ち寄るのも、久しぶりですわね」
「……」
 人通りの少ない山道であるためわからないが、二人ともこれが都なら擦れ違う男達が振り返らずにはいられないような整った容貌をしている。
「エルルゥ達は、元気にしてますかしらね」
「……」
 もっとも、振り返りはしてもそこから声をかけるには至らないであろう。
「このお酒、美味しいですわね」
「……」
 二人が放つ独特の気配がそう言った行為を許さないのだ。
「……トウカ、貴女、一体どうなさったの?」
「……どうもこうも……」
 そう、それは一流の剣士のみがその身に纏う、圧倒的な剣気……
「どうもこうも?」
「あるかぁーーーッ!! カルラッ! 何故某が貴様の荷物までこうやって背負って歩かねばならぬのだ!!?」
 ……圧倒的な剣気……
「だってわたくし、今こうしてお酒を頂いていますし……」
「だからなんで貴様はそうやってゆるりと酒杯を傾けているのに某は二人分の荷を背負って汗を流しておらねばならんのだ!!」
 ……と言うより、一方的な怒気……
「今さらそんなこと言われましても。武士たるもの、まっ昼間っから酒を干すわけにはいかぬ……なんて仰ったのは、貴女ですわよ?」
「ああ言った! 確かに言った! だが、荷を預かるとまで言った覚えはない!」
「荷を持ったままでは酒杯を傾けにくいじゃありませんの」
 トウカと呼ばれた、何とも珍しい武士の風体をした女がムキーッと激昂し続けるのに対し、カルラと呼ばれた方の女はまるで何事もなかったかのように右手に持った徳利を左手の盃へと傾けた。
 優雅に美酒を干すその姿からは想像もつかないが、その首にかけられた巨大な首輪は彼女が元奴隷、それも闘技を生業とする剣奴であったことと……それでいて傷一つ無いその顔や手足は、彼女の剣士としての力量が並々ならぬものであることをも同時に物語っている。
 とは言え、そのようなことは露程にも感じさせずカルラは盃を傾け続ける。騒ぎ立てる相方の姿を肴に飲めば、いくらでも飲み続けることが出来るとでも言いたげに。
 ……しかし、流石にからかいすぎたらしい。
「く、く、く……」
「? なにがそんなにおかしいんですの?」
「クケーーーーーーッ!!!」
 何とも奇怪な叫声と共に、トウカの腰に吊された鞘から光が流れた。
 風の流れすら容易く両断出来そうな剣閃。その一撃は今は亡きエヴェンクルガの伝説の巨人、ゲンジマルの一撃と比べてもなんら遜色がない。
 あの戦い――ウィツァルネミテアであり、主であり、想い人でもあった漢との戦い――から一年。
 常に高みを目指し続け、戦乱続く各地を傭兵として流転しながら磨き続けた技は、まさしく彼女の技量を生きた伝説と呼ぶに相応しい領域まで到達させていた。
「危ないじゃないですの」
 しかし、そんな彼女の一刀を、戦闘種ギリヤギナの元皇女は盃の中の酒をこぼすことなく、半歩下がっただけで避けてみせる。
「おのれ、避けるなーーーッ!!」
「避けなきゃ死んでしまいますわ」
「お主ならば一度や二度身体が二つに分かれた程度では死なん!!」
「無茶言わないで下さいな……あら」
 怒りに我を忘れながらも、その剣筋は達人の技。流石のカルラもついに盃の中身をこぼす。
「お見事」
 こぼれ落ちた酒雫を真っ二つに両断した相方の一撃に嘆息しつつ、カルラも漸くその腰にぶら下げた鉈のような大刀を抜いた。
 瞬間、火花。
 木々がざわめき、鳥達が一斉に羽ばたく。
 耳の奥……否、身体の芯まで響く、超一流同士の剣の交差によって生まれた奇妙なまでに澄んだ金属音。
「また……腕を上げましたわね」
「容易く受け止めておきながら、よくも言う」
 二人の顔に、同時に笑みが浮かぶ。
 
「さて、それでは先を急ごうか」
「荷物のことはもう良いんですの?」
「なに。これも修行だと思えば」
 存分に剣を振るってスッキリしたのか、トウカは二人分の荷を背負ったかと思うとさっさと歩き出した。
「さぁ、もしかしたら聖上が戻っているかも知れぬ。エルルゥ殿達にも早くお会いしたいし、キリキリ行こうッ!」
 そう言ってズンズン進んでいく相方を微笑ましく眺めながら、カルラは徳利に口を付けようとし……そこで急に険しい表情を作った。
「……本当、腕を上げましたこと」
 瞬間、徳利がその丁度真ん中の当たりでパックリと切れ、下半分が地面へと落ち粉々に割れる。
 まだ半分ほど残っていた中身を田舎道が干していくのを眺めながら、カルラは薄く、けれど心底嬉しそうな笑みを浮かべた。





*          *          *





 トゥスクルという國がある。
 もっとも、その名が歴史にあらわれたのはつい二年程前のこと。それまではそこはケナシコウルペと呼ばれる小國に過ぎなかった。
 周囲を大国に囲まれていながら、さして注意する必要もないほどの小國であったがため、強欲な為政者の手によって圧政を布かれながらも一応の平和を保っていた小國に叛乱の手が上がった時も、他國はどうということも無いだろうと何一つ干渉しようとはしなかった。
 しかし、その時の叛乱の首謀者――後のハクオロ皇――は、叛乱に成功。國の名を稀代の薬師、故トゥスクル媼の名にちなんでトゥスクル國と改め、攻め込んできた遊牧国クッチャ・ケッチャ、軍事国家シケリペチムを次々と打破。
 さらには、大陸全土を制覇せんとし一時は実際に大陸の約半分を制圧してみせたクンネカムン國をも苦戦の末破り、トゥスクルを大陸一の強國たらしめたのである。
 向かうところ敵なし、トゥスクルによって大陸が統一される日もそう遠くはないだろうと誰もが信じて疑わなかった。

 ……が。

 ここ一年、大陸には奇妙な平和がおとずれていた。
 各地で続く戦乱の残り火、小競り合いも、けしてそれ以上のものに発展するようなこともなく、どの國も、部族も、ただ黙って様子を見るのみ。
 原因はトゥスクル建國皇、ハクオロの突然の失踪。それによって、大陸に現存するほぼ全ての諸勢力がその動きを封じられてしまったのである。
 元々大陸中枢に点在する狩猟部族を力で寄せ集めた意味合いの強かったシケリペチムは、その力の象徴であり、豪勇を誇ったニウェ皇を喪って後、國としての形を維持出来なくなった。
 クンネカムンによって滅ぼされたノセシェチカを始めとする諸國にも、回復の兆しは見られない。
 当のクンネカムンに至っては、原因不明の大破壊によって首都は消失。それによる単一民族國としては致命的なまでの人口の激減等、回復どころの騒ぎではない。
 名のある強國が全て滅亡した今、トゥスクルに抗しうる國はせいぜいが新興国、カルラゥアツゥレイぐらいのものであったが、カルラゥアツゥレイ皇デリホウライに今のところ野心と呼べるものは全くと言っていいほどに無く、自國の地盤固めに奔走している。
 結局、一年前の大戦の後、かろうじて國としての形態を維持出来ているのは『調停者』、オンカミヤムカイと、戦闘種ギリヤギナの生き残り、デリホウライ皇の治めるカルラゥアツゥレイ……そしてトゥスクルの三國のみ。そんな中、自國以外の双方と強固な同盟を結んでいる以上、トゥスクルに敵対する存在は皆無であった。
 そして、皇不在のトゥスクルもまたこれといって動くわけでもなく、大陸は今日の平和を手に入れたのである。





「……とは言え、トゥスクルだってまだまだ國としては若いし、どうしようもなく不完全ッスからねぇ」
 各地から届けられた本日付けの報告書に目を通しながら、現在トゥスクルの軍務を総括している大将軍、クロウはそう言ってコキコキと首を鳴らした。
 筋骨隆々としたその外見と違わず、元来このような文官仕事が何よりも肌に合わぬ漢である。しかし文官に乏しいトゥスクルでは、そんな彼ですらこの手の仕事に駆り出されることが少なくない。
「早いとこ終わらせて、酒でもかっ喰らって寝たいですぜ」
「仕方がありません。叛軍上がりの國などと言うものは、基本的に文官不足ですからね。何より、この國はその手の仕事を聖上に頼りすぎていた」
 そんな部下の悪態を横目に、現在不世出の英雄皇・ハクオロ皇不在のこの國を治める若き國皇代理、ベナウィは、驚異的な速度で書類に目を通しては判を押していた。こちらはクロウとは打って変わって文官としても十分通用しそうな優面である。……が、一度戦場に出ればそのクロウですら畏怖する槍の使い手として敵軍を次々と屠り去る武人でもあった。
 何時戻るとも知れぬハクオロ皇の不在を嘆く臣下達の中には、文武に長けたこの青年を新皇として推す者も少なくはない。が、当の本人は頑としてその進言を受け入れようとはしなかった。
 偉大すぎた皇の不在が臣民に与えている不安もわかるが、かといって自分は皇の器ではない、と言うのが彼の常に用いる弁であった。しかし、理由はそれだけではない。
「せめて若大将がいてくれりゃもうちぃっとばかり楽だったのかもしれませんがね」
「それは言ってはなりませんよ、クロウ。全員が納得済みで送り出したのですから」
 皇位継承権の序列で言うなら、ベナウィは精々が三位に止まる。
 一位は、ハクオロ皇と故・ユズハ皇妃(ハクオロの失踪とユズハの懐妊に際し、この事は関係者――ハクオロの言うところの家族――全員で正式に取り決めた)の間に生まれた皇太子であるし、二位はその叔父、皇義弟であるオボロなのだ。
 ……が、それらの事は公には発表されてはいない。ハクオロ皇は対外的には独り身とされたまま、世継ぎの存在も伏せてある。
 それは、今は亡きユズハの願いによるものだった。

『我が子には、自分には出来なかったことをして貰いたい。皇族としての狭い世界ではなく、もっと広い世界を知って貰いたい』

 そんなユズハの切なる願いを無下に出来るほど、ベナウィは冷徹ではない。なにより、妹と同じ事を願う叔父オボロを始めとし、オンカミヤムカイの皇女姉妹に辺境最強の姉妹、ギリヤギナの元皇女やエヴェンクルガの武人など、他の叔父と叔母全員がそれを許さなかったであろう。
 そう言った事情から、現在皇義弟オボロは甥である皇太子を連れて國を出奔中なのである。
 それに、たとえ公になっていなくともベナウィにとって彼等の存在は絶対的なものであった。ハクオロ皇や彼等が帰ってくる場所を守ることこそが自分に課せられた役目であると信じることこそが、今のベナウィの原動力の一つなのだ。
「さぁ、愚痴など言っている暇があったらさっさと今日の分の仕事を終わらせてしまいましょう。まだまだ、この倍ほどの量があるのですから」
 ウンザリ顔のクロウを横目に、ベナウィはさらに作業速度を上げていく。
(日が落ちる前に、彼女達の様子も見に行かなければなりませんからね)
 書類はまだまだ山積みであるというのに、うっすらと笑みを浮かべる上司を、クロウは何とも微笑ましい心持ちで眺め、再び作業へと没頭した。





「クーヤ殿のご様子はいかがです?」
 ベナウィがその日の分の仕事を終えたのは、既に日が傾き、世界が紅く染まり始めた頃であった。
「あ、ベナウィ様。はい。今日もクーヤ様は本当にお元気で……」
「きゃう〜? お〜。べな〜、べな〜」
 トゥスクル皇宮の禁裏に程近い場所に、特別にあつらえられた小さな宮と庭がある。
 そこでは、元クンネカムン國皇アムルリネウルカ・クーヤと、側仕えのサクヤが、民衆には悟られぬよう厳重に保護されながらも、安寧とした日々をおくっていた。
「お元気そうで何より」
 クーヤをあやすサクヤの姿に対し浮かべる、普段のベナウィを知る者達が見たら驚きを隠せないであろう二心無き心底からの笑顔。
 主の失踪後、一國を預かる身として、ベナウィは以前よりもさらに笑わなくなった。
 笑わなくなった、と言っても、外交や臣下の前でも常にしかめっ面でいたわけではない。心底から笑うことが無くなったのだ。元々笑うのが苦手なきらいはあったが、その姿は彼を誰よりも信頼するクロウをして不安にさせるほど痛ましいものだった。
 そんな彼が時折笑みを見せるようになったのは、半年程前のこと。それまでは精々週に一度様子を見に行けばいい方だったクーヤ達の宮に、毎日のように顔を見せるようになった頃から、彼の顔には笑みが浮かぶようになった。

 ……余談だが、原因を知ったクロウが安堵のあまりに彼をからかい、稽古中に全治二週間の傷を負ったのはまた別の話。

「ベナウィ様は、今の時分までお仕事だったのですか?」
「ええ。聖上……ハクオロ皇の域に達するにはまだまだ未熟なようです」
 苦笑しつつ、一礼してからサクヤの隣に腰を下ろす。
 最近、ようやくベナウィとクロウの名を覚えたらしいクーヤは、シャクコポル族特有の長い耳を可愛げに揺らしながら、しばらくの間「べな〜、べな〜」とはしゃいでいたが、蝶々が飛んでくると途端にそれを追いかけて行ってしまった。トコトコと庭を駆け回るクーヤの姿を見ていると、それだけで日頃の激務による疲れが癒されていくかのように感じられる。
「お疲れなのに、こうやって毎日毎日様子を見に来てくださって……本当に、どう感謝して良いのか……ありがとうございます」
「いえ。私の方こそ、至らぬ事ばかりで申し訳なく思っております。聖上ならば、そのようなことも無いのでしょうが……」
「いい、いえ! ベナウィ様には本当に感謝してるんです! ですからそんな、頭なんて下げないでください!」
「しかし……」
「……ベナウィ様やクロウ様がよくお顔を出してくださるようになって、クーヤ様も喜んでるんです」
「クーヤ殿が?」
 まるで幼子のように庭をはしゃぎ回るクーヤ。
 皇としての重圧と、忠臣ゲンジマルの無惨な死、そして圧倒的な力の前に晒された恐怖が、彼女の心を壊してしまった。
 極限まで張りつめていた糸は、最後に加えられた力で呆気なく、プツンと断たれた。彼女は世の辛苦全てから解き放たれたのである。……心の喪失という悲劇しか、最早彼女が救われる道はなかったのだ。
 そんな時、彼女のほんの僅か残された心の欠片に住まうことを許されたのは、唯一の友であったサクヤと、想い人であったハクオロのみだった。
「ハクオロ様がいなくなって以来、クーヤ様はいつもあの方の影ばかり追いかけていました。夜中、急に目が覚めたかと思うと、『おろ〜、おろ〜』と泣き出してしまったりして……その寂しさだけは、私ではどう頑張っても埋めて差し上げることは出来なかったんです」
 クーヤが、皇としてではなくただの少女として振る舞えることが出来た場所。
 唯一の友と呼んだサクヤですら、皇と臣下、それも大老の孫と言う立場上、完全に垣根を取り払うことは出来なかった。
 ハクオロだけが、クーヤを本当の意味でただの少女に戻すことが出来たのだ。
「ベナウィ様やクロウ様は……ハクオロ様と同じ匂いがするんです。どこか、似てらっしゃるんです」
 ふと、サクヤは目を細めてそう呟いた。
「……私が……聖上と?」
 ベナウィにしてみれば、あまりにも虚を突かれた一言だった。今まで、主と自分が似ているなどと、今まで考えたこともなかった。
「お二人だけじゃありません。あの方が家族と呼んだ方々は、皆さんどこか似てる気がします」
 はしゃぎ疲れたらしいクーヤが、ウトウトとサクヤのもとへと歩いてくる。それを迎えようと、腰を上げ、両手を広げながら、サクヤは遠くを見るような表情でそんなことを語った。
「それに私、嬉しいんです。少しずつですけど、クーヤ様は外の世界へと向かって心を開き始めている……それが、何よりも嬉しいんです」
 そう言って微笑むサクヤの顔は、何とも清々しいものだった。
「……なら、貴女と私も似ていると言うことになりますね」
「え?」
 一呼吸遅れて腰を上げたベナウィが、いまだ足の不自由なサクヤがバランスを崩しそうになるのを、ソッとその肩に手をやって支える。
「あの方にとっては、あなた方もやはり家族だったのですから」
 先程のベナウィ同様、思いもよらぬ言葉に驚いたサクヤだったが、すぐさまその顔には元の通りに笑みが浮かんだ。
「……はい」
 静かに頷き、クーヤをその腕へと迎え入れる。
 宵闇が空を覆い、虫の声があたりに響き渡る中、ベナウィは二人の少女を見やり、そしてゆっくりと瞑目した。

 ……と、その時。



「おろ〜……おろ〜!」



 眠りかけていたクーヤが目を覚ましたかと思うと、突然ハクオロの名を連呼しだした。
「クーヤ様……どうしたんでしょう。ここ数日、不意に凄く嬉しそうにハクオロ様の名前をお呼びになるんです」
 ベナウィにもサクヤにも、原因はわからない。だが、何故だろう。クーヤのそのただ事ではない様子に、不思議な予感があった。
「大将!」
 と、その時、通路の側からクロウが血相を変えて飛び込んできた。普段からけして静かな漢では無かったが、さりとてここまで取り乱すようなことも滅多にない。
「どうしたんです、クロウ? 宮中、それもご婦人の前で……」
 一体何事かベナウィが問いただそうとする前に、クロウは彼に握りしめていた手紙を渡した。
「それどころじゃねぇんです! ヤマユラの里から、急な知らせで……!!」
 ヤマユラと聞いて、ベナウィとサクヤの顔に緊張が走る。クロウの人並みはずれた握力で握りしめられてきた手紙は既にクシャクシャになっておりかなり読み辛かったが、そんな事を気にしてもいられない。
「……!!?」
 ベナウィの両の眼が、驚きのあまり見開かれる。内容を熟読するまでもない。その手紙の筆跡には、確かに見覚えがあった。
「きゃう! おろ〜、はくおろ〜♪」
「……ベナウィ様?」
 クーヤがはしゃぎ、サクヤが不安げに見守る中、ベナウィの表情が見る間に晴れやかなものへと変わっていく。
「あの……一体、何が……?」
「これ以上は無い吉報です」
 周囲は既に闇に包まれているというのに、ベナウィの眼には今、確かに光が見えた。
 隣に立つクロウの眼にも、熱い物が込み上げているのがわかる。
 國が、大陸が、人々が……それら止まっていた全てが動き出すのを感じた。
 そう、一年という時を経て……

「聖上……ハクオロ皇が、御帰還なさいました」



つづく


 久しぶりの人はお久しぶり。
 初めましての人は初めまして。
 実は葉でSS書くのって初めてだったりする忌呪です。……しかもうたわれるもの……葉ってよりCじゃないッスか! ……というツッコミは無しの方向で。

 つーか、書き終わってみて自分でも思ったんですけど、なんでベナ×サク&クーやねん?
 でも話の流れとしてはこうなって然りなんですよね。二人の世話を頼まれたのもベナなんだし。そう考えると、本編終盤のベナウィやクロウの出番の無さはどう考えてもアレですな。……まぁ、別に良いけどさ。

 最初前後編くらいで終わらせようと思ってたんですけど、もうちょっと長く続きそうです。
 とは言え長編とまではいかないはず。
 まぁ、のんべんだらりと読んでやってください。