New Year's card from Chinju-hu



◆    ◆    ◆



「何だ、コレは?」
 執務机代わりのコタツの上に、フルヘッヘンド積まれた大量の葉書を見て、提督は軽く目眩を覚えた。その数何百、いやさ何千とある。これでは艦隊司令ではなく郵便局員ではないかとウンザリしながら幾つか手に取ると、どれも宛先には当然ながら提督の名が記されてあった。さらに秘書艦の武蔵が「追加だ」とぶっきらぼうに段ボール一箱分も渡してきた日には新年早々眩暈も起こしそうなものだ。
「だいたい何だ、とはご挨拶だぞ。見ての通り、年賀状ではないか」
「それはわかる。わかるが……解せぬ。いくらなんでも多すぎだろう、コレは」
 いったいどれだけあるのだろう。今年は横須賀鎮守府に艦隊司令として着任してから初めての正月、ということもあってそれなりにたくさん来るだろうなと予想はしていたがこれは些か想定外に過ぎる量だ。
「そうは言うが、海軍と関係各省からは言うに及ばず、他に民間企業等からも大量に来ているし、提督ともなればこんなものだろう。中でも造船関係と兵器製造メーカーがやはり目立つが、……ふむ。艦娘用にセーラー服や下着、水着関連のメーカーからのものも多いな。加えてバニーガールやナース服……この辺はほぼただのダイレクトメールだ、気にせずともよかろう」
「え、ちょっ、捨てないでよ見たいよ」
 どうにもいかがわしいコスプレショップから届いた年賀状を容赦無くポイポイ捨てていく武蔵の有能さが嘆かわしい。かと言ってあまりしつこくすると腕を雑巾搾りの刑に処されてしまうので提督はしぶしぶ諦めると再び年賀状の山と向き合い重要なものとそうでもないものとを選り分け始めた。
「おー……海軍兵学校で同期だった小林、結婚したのか。こっちは……安藤の奴、去年も赤ん坊の写真だったが今年もか。二人目産まれたのはめでたいが年賀状に子供の写真とかいつも思うけど誰得だよなコレ」
「そこは友人の慶事だ、素直に祝ってやれ。それとも羨ましいのか? 金剛にでも言えばすぐにでも協力してくれると思うが……」
「洒落になってないから勘弁してくれ。艦娘に不用意に手を出すとどうなるか知らないワケじゃあるまいに」
 提督のぼやきに武蔵はカラカラと笑うと再びダイレクトメールの類をゴミ箱に放り込んだ。捨てる時の仕草が実に男らしい。今日もコタツでゴロゴロ丸くなっている長門も以前はこのように質実剛健な武辺の鑑で鳴らしていたものが、まったくもって変われば変わるものだとつくづく思う。これで『武蔵は私のパクリだ! 武蔵のおかげで私の出番が大幅に減った!』などと嘯いているのだから困ったものだ。
 と、益体もなく考えながらまた一枚手にとって、
「……うん?」
 マジマジと提督はその宛名を何度も見返した。
 自分宛のものではない。見知らぬ名前が書いてある。
「【武蔵小杉涼子】様? ……宛先は横須賀鎮守府になっているが、誰だ? 食堂のおばちゃんのとか……」
「ああ、なんだ。私宛のではないか。何かの手違いで混ざったかな」
 ヒョイッと奪い去っていった小麦色の手をぼんやりと視線で追いかけ、提督は一拍間を置いてから大いに首を傾げた。
「……武蔵小杉涼子?」
「うむ」
「え? いや、だって……あれ? 武蔵?」
「ああ、武蔵だが」
 どうにも頭の中で両者が結びつかず、提督は腕組みし、眉間にしわ寄せポクポクポクと脳内に木魚の音を鳴り響かせて煩悶とすると、
「お前そんな名前だったの!?」
 身を乗り出して叫んでいた。
「そんな名前だが、いったい何をそんなに驚いて……ああ。そう言えば提督には艦娘の本名は特に知らされないのであったか」
 提督の驚愕に得心がいったのか、武蔵はふむと独り納得すると再び年賀状の仕分け作業に戻った。
 本名もそうだが、基本的に艦娘の個人情報は提督に知らされることはない。知ってはならないと完全に禁止されているわけでもないのだが、情が湧きすぎるといざ戦闘開始という段になってどうしても躊躇してしまう提督が多い、というのがその主たる理由だった。
 何せ艦娘の多くはまだ年端もいかぬ少女だ。年嵩でもせいぜい三十いくかいかないか……そんな彼女達の身の上を詳しく知ってなお非情な決断を迫られるのが艦隊司令としての宿業であるとは言え、精神的な負担は出来る限り事前に減らしておくに超したことはない。なので提督は実は艦娘のことをよくは知らないし、また無意識のうちに考えないようにしているという面もある。
「……そうか。名前……まぁ、そうだよな」
 よくよく考えてみれば当たり前の話だった。
 艦娘は別に最初から軍艦の生まれ変わりとして存在しているわけではなく、どこにでもいる極々普通の女の子が検査等で『適性有リ』と診断されて、その後様々なテストを受けてから本人の希望に合わせ専門の育成学校に通うなどして厳しい教練過程を経た後、そこでようやく軍艦の記憶と魂をその身に降ろされる。艦名はその際に与えられるものであって、当然ながらどの艦娘にももっと普通の女性らしい本名はあるのだ。
「しかし武蔵だから武蔵小杉か。偶然とは言えおもしろい符合だな」
「そうでもないぞ? 私も詳しくは知らないのだが、適合係数の高い艦と娘との間には少なからず“縁”があるらしい。名前や名字に共通する文字があったりというのはそう珍しいことではないんだそうだ」
「ほうほう、なるほどなぁ……」
 頻りに頷いて感心し、提督は何十枚かの年賀状をまとめて手に取るとペラペラ捲ってまた艦娘宛のものが混ざっていないか探してみた。
「ということはこの【田中文子】というのは文月あたりかな? 字面的にもなんとなくそれっぽい気が――」
「んあ? 呼んだか提督」
 そう言ってコタツからノソリと寝惚け眼で起き上がってきたのは世界水準を超える我らがフフ怖、天龍……
「ってお前か!? 一ッ欠片も共通点無いじゃないか! 天と龍は、艦と娘の縁はどこにブッ飛んでったんだよ!?」
「なっ、なに怒ってんだよ。もしかして提督の雑煮から餅一つちょろまかしたこと怒ってんのか?」
「注文より餅が少なかったと思ったらそれもお前か! くっ、こ、この田中!」
「え、あっ、た、田中でごめん……」
 どうして怒られているのか今一つ納得のいかない顔で謝る田中から提督は鼻息も荒く視線を武蔵に戻した。有能な秘書艦殿はわざとらしくそっぽを向いて視線を泳がせている。
「……ま、まぁ、あくまで『そう珍しいことではない』と言った程度の話なので、無論艦名とまったく関係が無い名前の場合もある」
「むぅ……じゃあこの【加賀千歳】様も……加賀でも千歳でもないのか? 裏をかいて赤城や千代田の本名だったりとか。どっちにしろさぞかしご立派な胸部装甲を備えてそうな凄い名前だが……まさか愛宕、いや間宮か?」
「ウチのこと呼んだー?」
「縁もゆかりも無さ過ぎじゃねーか!!」
 天龍の隣でゴロンと横になっていた絶対平面領域がストーンツルーンペターンという擬音つきで起き上がったのを見て提督の怒りが有頂天になった。この怒りはしばらく収まることを知らない。
「お前のどこが加賀で千歳なんだよ!? お前アレだろ!? 実は本名は【雷電寺まるゆ】とかそんななんだろ!? そうだと言え!」
「おっちゃんが何をそないに怒っとんのか知らんけど、ウチに言わせりゃ加賀だの千歳だのという艦名であないバケモンじみた乳しとんのがむしろ大迷惑や。おかげで艦娘になりたての頃はまだ艦名にも慣れとらんかったから『加賀さん、空母の加賀さんいらっしゃいますかー?』『あ、はいなんですのんー?』『いえ、えーと、おっぱいの大きい方の加賀さんです』みたいなやり取りが何度あったことか……思い出したら腹立ってきた! なーにがおっぱい大きい方の加賀や! クキェーーーーーーッ!! いてまうどゴルァ!!」
「ふぁ!? えっ、ちょ、なっ、なんです? りゅ、龍驤っ、蜜柑の汁を飛ばさないでくださいっ、あっ目に入っ、ひゃん!?」
 余程腹立たしかったのか、コタツを飛び出した龍驤は向かい側で寝ていた加賀の顔面に蜜柑汁ビームを容赦無く叩き込んだ。目に入ったのが沁みるのか涙目で加賀が可愛らしい悲鳴をあげまくる。加賀がどんなに鳴いても叫んでも龍驤は蜜柑汁攻撃をやめなかった。やがて汁が尽きた絞り滓の蜜柑を口の中に放り込み、クッチャクッチャと咀嚼しながら龍驤は哭いた。
「ちなみに加賀の本名は?」
「うぅ……顔が蜜柑汁でベトベト……、私の本名ですか? 若葉さつきですが」
「縁があるとかやっぱ大嘘だろコレ!?」
「……提督よ、世の中、間違いは幾らでも、あるのだ。うん」
 おっかしいなぁと首を捻りつつ、武蔵はもうこの話はやめにした方が良さそうだとまたも大量の年賀状を提督へと押しつけた。その中の一枚、これもおそらくは艦娘宛のものだろうが提督の目に止まった。しかし武蔵の言った艦と娘の縁とやらはまるであてになりはしない事が実証済みだ。今度もどうせ本名とまったく関係の無い艦娘宛だろうと提督はウンザリ名前を読み上げてみた。
「……【長戸乃森ユキ】様……」
「ああ、それ私だ」
「合ってるけどでもコレお前長門有希なのか森雪なのかハッキリしろよ!?」
「すまない。提督が何言ってるのか全然わからない」
 すかさず名乗り出た長門にツッコミ疲れた提督は、ゼェハァと肩で息をし【長戸乃森ユキ】様宛の年賀状を渡そうとして、ふと、裏の文面が目に入った。
「ん? 長門、これ確かに年賀状だが、一緒に同窓会の案内が書いてあるぞ」
「どれどれ……あ、本当だ。来月の中旬に高校の同窓会があるようだ。提督、その頃有休取っても大丈夫だろうか?」
「大丈夫だと思うが……武蔵、何か予定とかは」
 有能な秘書艦殿は本年版のメモ帳を取り出すと、数ヶ月から半年先まで既に確定済みの予定が書き込まれたそれをペラリペラリと捲り、二度、三度と確認をして後ニヤリと微笑んで親指を立てた。
「二月なのでもしかするとイベント海域が開放されているかも知れないが、私も大和も陸奥もいることだし戦艦は充分だろう。任せておけ、長門よ」
「提督。やはり有休は取り止めだ。そこのガングロサクソンをイベント海域に出すくらいなら私が出る。死んでも出る。ビッグ7の誇りを見せつけまくる」
 急激にやる気全開、その場で暑苦しくスクワットを始める長門。
「い、いや、折角の同窓会なのだし、行ってこいよ」
「うるさい! これ以上褐色眼鏡に出番を取られてたまるか! いいか武蔵よ、この際だからハッキリと言っておく。横須賀鎮守府でもっとも武人気質で、不器用で、意外と可愛いもの好きで、敵に拿捕されたら『クッ、殺せ!』という台詞が似合いそうな艦娘はこの私だ! 決してお前ではないのだと覚えておけ!」
 よっぽどキャラ被りを腹に据えかねていたのか、ここぞとばかりに挑戦状を叩きつけた長門に対し武蔵は特に動じるでもなく「ああ、そう言えば」と顎に手を当てた。
「先程の同窓会案内、○○年度卒業生と書いてあったが……私はてっきり長門とは歳も近いものと思ってたんだが実際にはなな――」
「うわぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 長門、大破確認。
「同窓会にはお子さんつれてくる女友達もいっぱい――」
「ぐっほぉおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!?」
 長門、轟沈確認。
 原爆にも耐えたビッグ7の装甲も言の葉の刃には紙切れ同然だった。
「あかん、重傷や。急いでコタツに入渠させな」
「長門、長門! 傷は深いぞ、ガックリしろ!」
「うぅ……私だって、小さい頃の夢はお嫁さんだったのに……何の因果で戦艦になどなってしまったんだ……嫁と戦艦って一文字も共通点無いじゃないか」
 龍驤と天龍に引っ張られ、再びスポッとコタツに収まった長門はメソメソと泣き続けた。さすがに見てて哀れだが、いい歳して恋人も作らず頭にアンテナ生やしヘソ出しエロスーツ着て戦艦をやってる娘さんを持ったご両親の気持ちを慮ると提督も安易な慰めなど出来ようはずもなかった。
 しかし何も言わずにいるというのも居心地が悪く、さてどうしたものかと年賀状を仕分けする手を止め提督が渋面を作っているのを見て横から武蔵がサラリと爆弾を投下した。
「安心しろ長門。嫁き遅れた艦娘は提督が責任持って所帯を持つよう軍規にもそう定められている」
 時は止まる。
「はぁあっ!?」
 時は動き出す。
「馬鹿な、そんな軍規聞いたこともないぞ!?」
「わっ、私も初耳だ」
「右に同じく」
「ウチもや……」
「オッ、オレ、その……いきなり結婚とか……え、えー? まだ告白だってされてねぇのに色々と手順すっ飛ばしすぎッつーか……」
 四者四様、いったいどういうことなのとコタツを挟んで視線を彷徨わせる。普段こうして提督室でダラダラ過ごしてはいるが、提督も他の四人も軍規くらいは当然全て目を通している。が、そんなのまったく見た覚えが無い。
「だっ、だいたい嫁き遅れた艦娘に責任を持てと言われても……この鎮守府だけで艦娘は百人以上いるんだぞ!? 駆逐艦に至っては嫁き遅れる頃には俺なんてもうジジイではないか!」
 三十過ぎて色気ムンムンの駆逐艦娘達に囲まれてる白髪頭の自分を想像し、提督はそれも良いかもという想いを懸命に振り切った。どう考えても職権を乱用して大量の妾を囲っているただのヒヒジジイだ。と言うか普段私服姿を殆ど見たことがないためどうしても大半の駆逐艦娘はムッチムチに成長した姿にセーラー服という如何ともし難い姿しか浮かんでこない。島風とかもうどうしていいものか長門がまともに思えてくるくらい完膚無きまでにド痴女だ。もしかしなくともあのままじゃ逮捕されてしまうのではないだろうか。考えたら何やら怖ろしくなってきた。
「し、島風の奴……大丈夫だろうか? 今のままでアラサーになんかなったら……」
「所帯がどうこう以前の問題ですね。あのような格好したアラサーがいつものノリで市中を全速力で駆け回っていたら即お縄ですよ」
 加賀の言葉はあまりに重く、深刻だった。
 手錠をはめられ、頭からスッポリとコートをかぶせられた島風がマスコミのフラッシュから顔を背けつつ連行されていく様は想像するにも忍びない。極寒の刑務所で、囚人服を着せられた島風に面会室で白髪頭の自分が『お前がこうなってしまったのも全て儂が悪かったのだ。戦場では誰よりも速かったお前が結婚だけは誰よりも遅いとか……こうなったら責任はとる。……儂と、結婚、して欲しい』とプロポーズする光景など悪夢以外のなにものでもなかった。
「やはり今からでも島風にちゃんとした服を着るよう言い聞かせてくる! このままでは歩く猥褻物だ! 未来が暗すぎる!」
「な、なぁ、島風だけでいいのか? 潜水艦もいい加減スク水、やめさせた方がいいんじゃ……イクとか今でもちょっと風俗っぽいし」
「摩耶はんと鳥海はんもアレ結構ヤバいんちゃう? あ、あとアレや、祥鳳はんもまともな服着せてあげな大変や!」
「そこのガングロも大概だぞ。お前、ブラくらいしろ」
「はっはっは。人のことを言えた義理か痴艦ビッチ7め」
 やれ誰の服装が危険だ誰は嫁き遅れそうだという論議はそのまま負の連鎖となっていつしか横須賀鎮守府全体の綱紀粛正の是非にまで話は飛んでいた。殊に『責任取って所帯を持つにしても嫁にはまともな格好をしていて欲しい』という提督の願いは切実だった。どのくらい切実かと言えば、天龍がいそいそと眼帯と指貫グローブを外して長門が普段の対魔忍みたいな衣装の上からセーターを羽織ったくらいに切実だった。
 さらに数十分後。『Heyみんなー、そろそろお昼ネー』と扉を開けた金剛は、普段だらけきっている執務室在住メンツが全員襟を正して座布団の上に正座しているのを見て『……Why?』と目を丸くしていた。



◆    ◆    ◆



「それはあれネ。みんな武蔵に騙されたんデース。そんな話聞いたことないヨ」
 食堂にて。
 事情を聞いた金剛が呆れ顔で言ったのを聞いて、提督はホッと胸を撫で下ろし、他の四人は真っ赤になってプルプル震えていた。
「あっ、あ、あのガングロエロ眼鏡めぇ、許るさーーーん!!」
 と長門が吼えたところで後の祭。武蔵はまだ仕事があるからとさっさとトンズラ決め込んでいる。昼食は後で自室で済ますとのこと。
「はぁ……にしてもビビッたぜ。嫁き遅れたら提督と、その、け、けけ、結婚だなんて、いくらなんでもそりゃねぇよなぁ」
「天龍、頬が引き攣っていますよ」
「まぁウチらみたいな別嬪どころ嫁に出来たら提督も男冥利に尽きるやろうけどな」
 嘘だとわかった途端に余裕ぶる四人組をHAHAHAと笑い、金剛は『ハーイ、今日のランチは私が作ったヨー。いっぱい食べてネー』と手ずから料理をテーブルに並べ始めた。
「みんなおせちももう飽きたろうから色々作ってみたヨー。さっき赤城や大和も美味しい美味しいって食べてくれたから味の方は期待してくれてダイジョーブネー」
 味より量だと思われがちな大食艦二人だが、ああ見えてなかなか味にうるさい。それに認められたと言うことは金剛の自信の程も頷けようものだ。事実、テーブル狭しと並べられた大小様々な皿からは胃袋直撃のなんとも芳しい香りが漂ってきている。
 こんな匂いを嗅がされて我慢しろだなどとそれは拷問というもの。花が咲くように、風が吹くように、人も艦娘も飯を食まねばならぬ。それが自然の道理というものだ。ならばと道理に習い、全員手を合わせ、我先にと皿上のご馳走へと箸を伸ばす。
「それじゃ早速、いただきまーす! ……んむっ!?」
 思いっきり口に頬張った瞬間、龍驤の目がくわっと見開かれた。
「これ、このエビチリ美味い! エビプリップリ! チリソースのピリリって辛さを引き立てるほんのりとした甘味! たまらん、たまらんでしかし!」
「んー、ん! こっちのこれ、鶏肉とカシューナッツか? 炒め物も美味いぜ」
「はふっ、はふっ……ふぅ、口の中を火傷しそうですけど、小籠包も中のスープが見事な味です」
「東坡肉も大したものだ。うむ、本職顔負けだな。以前出された英国料理は正直口に合わなかったが今回のこの料理は文句無しだ」
 龍驤だけでなく天龍も加賀も長門も大絶賛。舌鼓を打ちながら箸が止まらないことこの上なし。山盛りだった皿から次々とご馳走が消えていく。
「どうデスか提督? 美味しい? 美味しい?」
「ああ。美味いぞ。どれも凄く美味い」
「イェーイ! ヤッタ! ヤッタネー!」
 褒められたのが余程嬉しかったのか、ピョンピョン跳びはねはしゃぎまくる金剛を横目に提督は卵が黄金色に輝く炒飯をかき込んだ。これも米の一粒一粒に至るまでまるでベタつかずカラリと仕上がっており、余程火の扱いが巧みでなければこうはなるまい。
 が、しかし。
(……肝心の英国料理は微妙な味ばかりだったのに、どうして中華はこんなに美味いんだ?)
 カレーは汁っぽい事さえ除けば不味くはなかったが、油ギットギトなフィッシュ&チップスだの国産天然ウナギへの冒涜としか思えないウナギのゼリー寄せだの金剛作の英国料理にはろくな記憶が無い。聞いた話によれば実際にイギリスでも『イギリスで食べるイギリス料理以外の飯は美味い』などとも言われているそうだが、意外と生真面目な金剛のことだしわざわざ不味く本場の味を再現でもしてるのだろうか。それとも実際に英国生まれの味覚ならあれが美味しく感じるのかも知れない。
 金剛の料理の腕前について益体もなく考えながら、新たにあんかけ固焼きソバに箸を伸ばした提督はポケットが妙に突っ張るのに気付き、さて何か入れたかなと中をまさぐってみた。
「……ん、年賀状……いつの間に入り込んだんだ?」
 執務室でのやり取りの際に持っていたものを思わず突っ込んでしまったのかも知れない。何枚かの年賀状を片手で器用に捲り、提督は目が点になった。

 ――【李金剛】様――

「ン? どうしたネー提督。まだまだお料理たくさんアルヨー?」
「え、あ、ああ、うん。いただきます、ヨー……」
「今日は奇をてらって中華にしてみたケド、この次はほっぺた落っこちるくらい美味しいイギリス料理をみんなにご馳走してあげるネー」
 奇をてらった。
 ……本人がそう言うのなら、そうなのだろう。きっと、おそらく、多分。
「な、なぁ、金剛」
「なんデスカー?」
「そう言えばお前の本名って……」
「ストップ、提督。艦娘に本名尋ねるなんてそいつぁ野暮ってモンネー。英国紳士はそんなことしないヨー。But……提督が私のバーニングラヴを受け取ってくれるその時には、教えてあげマース」
 HAHAHAHAHAHA、とアルファベットで笑う金剛に気取られぬよう、提督は苦笑いを浮かべつそっとポケットに年賀状を戻した。世の中、深く考えない方が良い事なんてごまんとある。
 相も変わらず怪しげなイントネーションでイングリッシュ混じりのルーランゲージをユーズするフロムブリテンなバトルシップガールを生温かい視線で見守り、提督はデザートは杏仁豆腐とマンゴープリンどちらを食べようかなと小首を捻るのだった。





〜end〜




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