七月。
周囲に超能力(チカラ)がバレることもなく、僕春日恭介は無事、この街で幾度目かになる夏を過ごしていた。
僕が通う学校は結構な進学校らしく、そうと知らずに入った僕は、中等部に編入してからというもの、授業の難しさに苦戦させられているわけで……。
前の学校ではそこそこの成績だったのが、今では進級すら危ぶまれるという体たらく。
そんな僕は、今も学期末テストに向け猛勉強中である──わけなのだが。
勉強漬けの日々が一週間以上も続けば、息抜きに遊びたくもなるわけであり。
そこで話題の映画が封切りとなれば、二時間くらいなら休憩してもいいんじゃないかと思ってしまうわけで……。
──しかし、僕が主人公だったのは、もう随分昔の話なわけでもあり……。
早い話……僕の出番はこれだけです。
きまぐれオレンジ☆ロード
『たまには女の子だけで(ガールズ・オンリー)!の巻』 |
「うー、もうお勉強はいやー!」
場所は休日の図書館。春日恭介の二つ下の妹くるみは、兄と同じく勉強に苦戦し倦んでいた。
その隣で、くるみの声に向けられた周囲からのジロリとした視線に頭を下げるのは、苦労性のくるみの双子まなみである。
八方に謝罪をし腰を下ろしたまなみは、二重に疲れのにじむため息をついた。
「くるみ、あんたねぇ……まだノート開いて一時間も経ってないでしょうが」
「でもきのーもおとといも勉強したもん」
まなみのお説教にくるみは、鉛筆のしりを鼻の頭に乗せてバランスをとるという、小器用だが完全に勉強する気をなくした態度でこたえた。
「ねえねえまなみちゃん、映画見に行こうよ。まなみちゃんも見たいって言ってたあれ」
そればかりか、こうして苦行からの逃避行にまなみを道連れようとまでする。
そんな仕方のない双子になおも苦言を呈するまなみだが、内心ではすでにあきらめてくるみに付き合う気になっていた。どうせこうなったら言っても聞かないし、やる気のないまま勉強させて身になる子でもない。
自分も勉強が出来なくなるが、普段から真面目にやっている分、テスト前に力を入れる必要はそうない。この図書館通いだってくるみの面倒をみるという意味合いの方が強いくらいだ。
「もー。そんなこと言って、双子なのに学年が違うなんてことになっても知らないからね」
「だいじょうぶだよ、まだー」
もちろん根拠はいっさいない。が、いざとなったら超能力(チカラ)でどうにかしようという魂胆くらいはあるかもしれない。
くるみは恭介やまなみに比べ自分の超能力(チカラ)を隠そうという意識が低く、春日家はそのせいで何度引越しをするハメになったか知れたものではなかった。
そんなおちゃっぴぃなくるみ、お母さん役のまなみ、そして優柔不断でたよりない長男恭介。この三人が音に聞こえたとか聞こえないとかな春日家エスパー三兄妹である。
「ね? だから行こうよー映画ー」
「しょうがないなぁ……その代わり、見終わったらすぐ家に帰って勉強だからね」
「はーい。そうと決まれば善は急げよまなみちゃん。今ならまだ午前の最後の部に間に合うわ」
「だはっ……チェックしてたんかい!」
まなみは椅子からこけ落ちた。ついでにメガネもこけ落ちた。古典的にコテンっとね。
……お後がよろしいようで。
「くるみー、あんたさては最初からそのつもりだったね?」
「はて、なんのことやら」
口笛を吹いてごまかせる場などない。というか、吹けないからって口でピーピー言ってるのでうさんくささ四倍増しだ。
メガネ越しに迫ってくるまなみの視線を避けるように顔を背け、くるみは何かに気付いたように声を上げる。「おぉっとあれは」という口ぶりもわざとらしいが、今度はほんとうだ。
通路向こうの本棚の間からあらわれた人影は見知った顔で、だからくるみは呼びかけた。
なんも考えずに。
「っおーい、ひかるちゃーん」
「こ、こらくるみっ、ここをどこだと、ああごめんなさいごめんなさい」
またしても周囲に腰を折るハメになったまなみを置いて、ひかると呼んだ少女に駆け寄るくるみ。手を上げてご挨拶だ。
「やっほー」
「あら、こりゃまたお偶然」
上げた手を軽く打ち合わせ、ひかるは明るい顔をほころばせた。
あっちで司書さんにしかられているまなみを見れば、さすがにたははと苦笑するが。
「あんたたちも試験勉強?」
「ひかるちゃんも? あ、でもくるみたちは今日はもうおしまいだよ。飽きちゃったから映画にゃたっ!?」
「飽きたのはあんただけでしょーが。あたしはそんな集中力に乏しくありません」
まなみちゃんがぶったーという文句は聞こえないが、くるみの頭をこづいた手を見て、相変わらず軽かった音にまなみはむしろ心配した。
ほんとうに中身はいってるのかしら……スコンって、ひとのからだ叩いて出る音じゃないよなぁ。
「相変わらず、仲のよろしいことで」
「あはは……」
ひかるの誉め言葉も、しかえしに腕を噛もうとしてくるくるみの頭を抑えながらでは、苦笑するしかないまなみだった。
双子のシンパシーがゆえのフェイントを織り交ぜた高度な攻防が数度交わされ、仕方なく報復をあきらめるくるみ。というか飽きただけだ。
しかし感性の生き物なだけに切り替えは早い。ふくれた顔を一瞬でにっこり笑顔にして、兄のガールフレンド兼自身の友人である少女に向ける。
「ねえね、ひかるちゃんも一緒に映画見に行こうよ」
え、とひかるとまなみの声がハモる。
ひかるは単に意表をつかれたからで、まなみは思わずくるみとどっこいどっこいなひかるの成績を思い出したからだ。
ひかるが誘いを受けたなら、彼女の勉強まで自分が責任を持たなきゃいけないと、真面目なまなみは考える。が、ただでさえくるみで手一杯だと言うのに……。
(……あたし一人じゃ面倒みきれないよぉ)
一方、ひかるは彼女らしくいたいけな打算を頭の中で計上していた。
くるみとまなみは、ひかるの想い人である恭介の妹だ、仲良くしておいて損はない。それに二人とも一緒にいるのが不快な子でもないし、むしろ楽しい子たちだ。恭介のことを抜きにしても好感情を持っているし、向こうも自分に持ってくれていると思う。
俗に言うお友達ってやつですねぇーと、グレていたため周りに距離を置かれ、同年代の友達がいた記憶のあまりないひかるは照れ混じりに認めた。
ついでにくるみの口にしたタイトルはひかるも見たかったもので、恭介を誘って見に行こうかと考えていたが、まあ別にいいだろう、映画は他にもあるんだし。
そんなわけでお誘いを快諾するのに一切問題はなしとひかるは結論づけた。
──なーんてことはカケラも見せない、天真爛漫そのものな笑顔でひかるは言う。
「きゃーほんとにぃ? あたしもちょうどそれ見たかったのー、うれぴー!」
ぴーはさすがにやりすぎかなとか思わない。それが檜山ひかるの生き様である。
そんな青天井な彼女とは逆にまなみは、自身の惨たんたる未来予想図に力なく首を落とす。まるで今日の空模様。
すなわち曇り、
「こーら、ひかる」
ところにより晴れ間も見えるでしょう、だ。
「きゃぴっ?」
くるみと二人できゃぴきゃぴするひかるの頭に、軽い音を立てて英和辞書がのせられた。
ひかるがおそるおそる、ぎこちない動きで後ろを振り返ると、予想通りそこには彼女が姉とも慕う大人びた少女がいた。
「ま、まどかさん……」
「ひとがちょっと席を外してみればいなくなるし、見つけたと思ったら今度は映画か。……進級が危ういって、泣きついてきたのは誰だったっけ?」
「あは、あははは……ちょっと休憩入れません? もちろん、映画はまどかさんもご一緒に」
「あ、こいつめ。その言い方、さてはあたしのことすっかり忘れてたな?」
ひかるの顔に、大きくギクリと文字が書かれる。
「や、やですよぉまどかさんてば。あたしがまどかさんのこと忘れるなんて、あるわけないじゃないですかー。なは、なははっ」
人差し指をほおに当て、「ね?」と小首をかしげる。可愛らしいが頭に辞書がのったままだ。
そのちょっぴりおマヌケな姿にまどかは苦笑する。自分でもひかるには甘いなと思うが、竹馬の妹分相手だと、どんなことでもついつい許してしまうのだ。
「もう、しょうがないわね。映画終わったら、また勉強はじめるよ?」
まどかのその言葉その表情に、はじけるまなみのシンパシー。そして憧憬。
美人で、強くて、優しくて、自分と同じような苦労をして、なにより頼りになる年上の女性。そう、彼女こそあたしの探し求めたお姉さま!
どっかの兄と同い年とは、とても思えない。
(別におにいちゃんがきらいってわけじゃないけどね)
テレパスである従姉弟のいないここで、誰に聞かれるわけでもない内心にひとりフォローをいれるまなみ。かるくブラコンが入った子なのだ。
「でも、あたしが一緒だと邪魔じゃないかな?」
一人だけ年上だし、と遠慮を見せるまどかに、まなみは慌てて否定する。
「そんな! 邪魔だなんてとんでもな……あ」
思わず強くなった語気に、今いる場所を思い出し口を手で抑えた。
だからと、くわえてその内容から、続きはつとめて声をひそめ言う。
「むしろ鮎川せんぱいが来てくれないほうが困りますよ。あたしだけであの二人をいっぺんに相手どるのは、ちょっと……」
まなみとまどかの目が自覚の足りない問題児二人に向けられ、また戻り、二人のおねえさん役は苦笑を交わしあった。
そして、よりおねえさんであるまどかが、引率らしく場を仕切る。
「よし。じゃあ、行きましょうか」
あっ。という間に楽しい映画の時間は終わり、今は春日家のリビングにて、また長くツライ勉強の時。
「えーっと? 連続した三つの整数のうち、真ん中の数を三倍したものはえー、んンちゃらかんちゃらっと。……3と4と5かな、なんとなく」
「ひかる……今ちゃんと問題全部読んだ?」
「次の地図記号はなにをあらわすか答えよ。なんだ、かんたんじゃなーい。晴れ、と。
すごいねまなみちゃん、ここって雨は降らないのかな?」
「年中晴れなのはあんたの頭ん中だよくるみ……」
……さて、ツライのは教えられる側にとってか、教える側にとってか。
前途多難であることだけは間違いなかった。
「少し、休憩しましょうか」
ふぅ、と吐息し告げるまどか。
無邪気にわーいと喜ぶ生徒たち。それがまた、教師たちの嘆息をみちびいた。
どうやら先はまだまだ長そうだ。
「あ。やっぱり雨降ってきましたね」
ジュースのお代わりとおやつでもと立ち上がったまなみがふと外を見れば、いかにもこの時期らしいしとしと雨。
梅雨明けはまだ遠い。しばらく止まなそうな空の様子に、誰とはなしに憂鬱のため息がもれた。
「でも、よかった。図書館に戻ってたら濡れて帰ることになってたわね。
ありがとうね、まなみちゃん」
映画が終わった後、まどかはまた図書館でひかるの勉強を見るつもりだった。そこをまなみに引き止められ、賛成三票に引きづられる形で場を春日家に移したのだ。
おかげで面倒くささからつい傘を持たなかったしっぺ返しをくわずに済んだと、礼を言うまどかに、まなみは照れた。
まなみとしては、はじめからまどかが勉強にも付き合ってくれると思い込んでいたというのが本当なのだ。
またその動機が、自分だけでくるみ一人に教えるより、まどかと二人でくるみとひかるを教えた方が楽そうだというものだったとなれば、コップの乗った盆をテーブルに置いての愛想笑いも多少決まり悪いものになる。
「いえほんと、気にしないでください。あ、どうせだからお夕飯も食べてってくださいね?」
まどかはまどかで、そんなまなみの内心もだいたいは察しているが、特に気を悪くしたりはしない。
別に代役をやるつもりはないが、幼い頃に母親を亡くしたらしい、それ以来一家のお母さん役として頑張ってきたこの少女の支えになれるなら、多少の面倒くらい大したことではない。
そう思うのは、まどかもずっと両親と離れて暮らしてきたからだろうか。彼女には年の離れた姉がいたが、あまり甘えた記憶はなかった。
そのわりにひかるともう一人の幼馴染のお姉さん役を務めてきた辺り、そういう性質(タチ)なんだろうなと、まどかは半ば開き直っている。
「じゃあお言葉に甘えて、ご馳走になろうかな」
まなみの姉、そう考えたところで何故か思い浮かんだ、誰かさんのへらっとした顔を振り払いつつまどかは答えた。
けれど、今あいつは関係ないという至極まっとうなハズの言葉は、自分に言い聞かせているようでモヤモヤが晴れない。
(そういえば、あいつはどうしてるのかな、勉強)
今日はどうやら外に出ているらしいけど。
そう思ったところで、ふいに電話が鳴り響いた。まなみが出る。
「もしもし? あ、おにいちゃん」
あまりのタイミングの良さに、ドキリとした。
「うん、わかった。じゃあね」
「おにいちゃん、何だって?」
「ご飯、小松さんところで食べてくるって。あっちもあっちであがいてるみたいよ、八田さんも一緒に」
恭介も友人宅で勉強中というわけだ。
「えぇー? せっかくせんぱいと晩御飯ご一緒できると思ったのに、ざーんねん」
嘆くひかるの隣で、まどかは一人、はてと首をかしげた。
小松と八田、どっちが眼鏡でどっちがそばかすかは忘れたが、恭介含めて成績は下から数えた方が早いような連中が集まって、なにができるものだろうか。
真面目な恭介も一緒な以上、まさかカンペ作りではあるまいし。早々にテストを諦めた二人に恭介が巻き込まれたというのは、いかにもありそうだが。
やれやれと、まどかは好意的な嘆息をもらした。
恭介の勉強はもう何度も見てやっているが、妙に男としての意地を張りたがる彼だから、まだ自分から教えを請うことに抵抗があるのかもしれない。
明日辺りまたそれとなく勉強会にでも誘ってやろうかと考えると、自然笑みが出た。
「ちょっと待ってひかるちゃん! そこであっさり信じちゃダメよ!」
経験則から、すぐさまくるみがロクなことを言わないだろうとまなみは悟った。
しかし、まなみの静止も間に合わず、ひかるが問い返す。
「え、と……なにを?」
「おにいちゃんよ。友達の家で勉強会とか言っておいて今ごろ本当は……」
怖い顔でシリアスな溜めを作るくるみに、ひかるはさっき見た映画を思い出した。
いわゆる純愛ではない恋愛ものであり、つまるところそういう内容だったわけで……。
「そうよ、あの映画みたいに、誰か別の女の人と」
「ま、まさかぁ。ダーリンにかぎってそんなハズ……」
確固たる否定ではなく、否定への同意を求める消極的態度のひかるに、くるみは。
こぶしを握り締め、振り上げ、許しがたい咎人を弾劾するかのごとく、
「おいしいものを食べているのかもしれないわ!!」
ずこ─────────っ!
くるみを除く一同が、盛大にずっこけた。
「くるみたちに内緒でそんなの、ずるいよね!?」
……まあ、つまり、くるみにはその、男が恋人以外の女性と密会するシーンがそういう風に見えたわけで。
さすが、ディスコをおいしいものが食べれる場所と認識するだけのことはあった。
「あははは……」
「くるみちゃんって……」
「ん? なになに? どうしたのみんなして」
色気より食い気。花より団子。そんな言葉をすんでで呑み込むひかるとまどか。でも、言ってもまだ気付かない可能性すらある気がした。
「あ、あのねえくるみ。いくらなんでもそれはないでしょうが」
「えー、なんで?」
「なんでって……あのおにいちゃんに、そんなに女の人の知り合いがいると思う? 鮎川せんぱいとひかるちゃんがいるだけでも驚きなのに」
ずれてるなぁと自覚しつつ、とりあえずくるみを納得させられればいいかとまなみ。
「そうかなぁ。逆を言えば、ひかるちゃんたちがいるんだから、他にもまだいておかしくないんじゃないかと思うけど」
「う。ワリとまともな反論を……くるみのくせに生意気な……」
「そんなわけでひかるちゃん、おにいちゃんの部屋をガサ入れよ。もしかしたら証拠写真とか見つかるかもしれないわ」
どこからともなく取り出したハンチング帽とおもちゃのパイプを装着し、やる気満々のくるみに対し、ひかるはためらいつつも、不安からその提案に抗いきれないでいた。
(せんぱいがまさかそんなこと……でもでもぉ、あたしに何にもしてくれないのは確かだし。それはあたしが子供なせいだと思ってたけど、もしかしたら……)
揺れる乙女心。
くるみのたわ言とはいえ、一度浮かんでしまった疑惑をあっさり処理するには、ひかるはまだまだ恋の経験も人としての年輪も足りない。
「さあ、ひかるちゃん!」
「う、うん……」
「ちょっと二人とも、やめなってば」
未だためらいの残るひかるの動きは緩慢だが、まなみの静止に止まらない、止まれないだけの勢いがあった。
「待ちな」
しかし、それをすら刹那で止める、鋭い叱責。
「……よくないよ、そういうの」
コップの水滴に映る、湾曲した不恰好な自分自身を見つめ、まどかはそう口にした。
ひかるとくるみが悄然とした様子でごめんなさいと言って、騒動は一段落。
なんとなくバツの悪い空気も、そう時間をかけることもなく自然に霧散し、またおしゃべり混じりの勉強会が再開された。
一人席を外したまどかは、湿気にしっとりとした廊下の壁に、半身と頭を預け目を瞑った。
思い出されるのはつい先ほどの会話。
『さっきのまどかさん、カッコよかったなぁー。くるみってば、あたしの言うことは全然聞かないのに、それをピシッと一言で大人しくさせちゃうんですもん』
『む。まなみちゃん、くるみのことバカにしてない?』
『うるさいよ。……はぁ、憧れちゃうなぁ』
「……カッコよくなんか、ないよ、あたし」
『ダメですよぉ、まなみちゃん。まどかさんは、あたしのおねえさんなんですからねー? ね、まどかさん』
『あー、いいなぁ、頼りになるおねえさんで』
「甘えてるのは、どっちなんだか……」
年上ぶって姉のようなつもりでいても、実際相手への依存度がより高いのは、きっと自分だ。
一匹狼気取ってイキがってた昔だって、もしひかるがついてきてくれてなかったら、不良なんてすぐにやめていたハズだ。
まどかには、ひかるに嫌われてやっていく自信なんかこれっぽちもない。
だから、さっきも──
ゴリ、と頭を壁に押し付ける。
写真と聞いて、もしかしたらとまどかが思い浮かべた──いや、期待したのは、恭介が部屋にまどかの写真を飾っていることだった。
まどかと恭介。二人で写っている写真が、もし置かれていたらまどかは──。
でも、それが本当になったとき、ひかるがどう反応するかが怖くて。
だけど、自分の代わりにひかるがいる写真があったらと思うと、それも嫌で。
だから止めたのだ、ひかるを。
「なんで、こうなっちゃったのかな……」
もう少し時間をかけないと、どんな顔をして戻ればいいのか、分かりそうにもない。
そうして佇むまどかの目の前で、軋んだ音をたてドアがひとりでに開いた。
霊とかそういった類の現象が大の苦手なまどかは、思わず体を硬直させる。
まだ“そのシーズン”にはひと月以上早いはずだと、頼りない根拠にすがり、手品のトリックをみやぶるようにじっと前を観察し。
(……雨の、音?)
ホッと安堵の息をつく。
つまり部屋の窓が開きっぱなしで、ドアの閉まりも中途半端だったため、外から吹き込んだ風で開いてしまったのだろう。気付いてしまえばなんてことはなかった。
となると、雨が降りこまないよう窓を閉めておいたほうがいいだろう。音から察するに、多少雨足が強まっているようでもある。
しかし、そこで気付いた。問題の部屋が恭介の部屋であることに。
さっきの電話といい、今日はどうしてこうも偶然が重なるのかと、まどかは天井を仰ぎ息を吐いた。
何度か上がったことがある以上、困ったものだが間違いなかった。
いくらなんでもさっきの今でとは思うが、窓をそのままにしておくわけにもいかない。とはいえ、わざわざまなみかくるみに言って閉めてもらうのも意識しすぎている。
大きく、深呼吸をする。
部屋に入って窓を閉めて、部屋を出てドアを閉める、それだけだ。たった五秒で終わることをそんなに気にする必要なんかない。主不在の部屋に勝手に入ることは礼儀に反するが、悪いのはだらしないあいつなわけで、あたしがその後始末をするハメになったのはこれが何度目かしれないし、文句を言いたいのはこっちの方だ。
それらが自分にも言い訳じみて思えることに若干機嫌を損ねつつ、まどかは部屋の入り口に立ち、
たっぷり五秒、静止した。
再始動し、ゆっくり部屋を進んで窓を閉め、視線をおとして今日一番の重たいため息をついた。
二度あることは三度ある。誰かの悪意すら疑いたくなる今度の偶然は、倒れたフォトスタンド。
位置的に見て、これが倒れたのも風のせいなのだろう。揺れるカーテンに押し倒されたとも考えられる。
どっちみち倒れたものであることに違いはなく、窓を閉めたついでにこれも元に戻すだけと、まどかは自分を納得させてしまった。
静かな部屋に自分の鼓動が響くような錯覚を覚えながら、手を伸ばし、
フォトスタンドを起こして、
写っていたのは恭介と、
──ひかる。
驚くほど明るく笑っている──まどか自身と。
三人が一緒にいた。
「────」
少し呆然として、まどかはフレームを指でなでる。
常よりさらに輝いて見える、ひかるの笑顔。
改めて見てもやっぱり驚いてしまうほど、自然に笑う自分。
そんな美少女二人に挟まれていながらどういう了見か、微笑みに困ったような色を浮かべる恭介。
そこには、恭介がこの街にやってきてからの三人の姿がそのままあった。
窓に映りこむまどかの顔は、意識せず写真と同じように笑っている。
ツン、と写真の中の恭介をつついて、まどかは部屋を出た。
入り口でクルリと振り返り、指を構えて、狙いはこんなところでまで優柔不断なあいつに。
「BANG(バーン)!」
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