数の子・愛の劇場
その2



◆    ◆    ◆





 まずやってみたことは、スカートの裾をちょこっと摘んでクルリと一回転してみることだった。
「……む」
 眉が寄る。
 別に不満があるわけではない。はき慣れないスカートに対して最初はおっかなびっくりもしていたが、実際にはいてみればなんともはや、可愛らしい。チンクはこの衣装を非常に気に入った。
 気に入ったのだが……
「やはり、似合っていないのではないだろうか」
 その想いが眉を寄らせる。
 黒を基調とした、ドレス。各所に白いフリルがついたその上に、さらにエプロン。頭にはやはり白のレースをあしらわれたヘッドドレスが鎮座しており、なるほど。ゴスロリメイドというのも納得がいった。確かにゴスロリでメイドだ。これなら眼帯付きの自分も接客業が出来ようというものである。
 けれど似合っていないのであればそれ以前の問題だ。
「この服は、その……可愛らしすぎる」
 無骨な自分で着こなせているかどうか、甚だ疑問だ。
 と、そのように悩む姉を見かねてか。
「チ、チンク姉、すっごく似合ってるよ! もっと自信持ちなって!」
 チンクと似たような衣装ながら、こちらは少々短めのスカートをはいた赤毛の少女が握り拳も力強く叫んでいた。
「こ、こらノーヴェ。声が大きい……」
 口をへの字にして実にメイドらしからぬ勢いを見せているナンバーズの九女、ノーヴェを軽く嗜め、チンクは周りを見回した。
 更衣室には他のバイトの子達もいるのだ。それまでも周囲からの視線が気になっていたのに、ノーヴェが叫んだ途端に一気に倍増してしまった気がする。
 ……どの娘も、可愛らしい。
 やはり自分は場違いなのではないかと、チンクはもう一度我が身を見下ろしてみた。……胸の膨らみはわりとあるのだが、いかんせん身体自体が小さい。ゴスロリという点ではそれも良いのかも知れないが、メイドとして見た場合はどうなのだろう。侍従にしては頼りないというか、役を為していない気がしてならないのだ。
「だ、だって……チンク姉、こんなに可愛いのに」
 ぶすくれながら、小声でブツブツ呟いているノーヴェにチンクは柔らかく微笑みかけた。
「その、ノーヴェ。そう言ってくれるのは嬉しい、ありがとう」
「う、うん。……ほ、ホントだからな!? ホントに、チンク姉は可愛いから!」
 喧嘩腰ながらも、この妹が自分を心から慕ってくれているのをチンクはよく知っている。姉妹の中でも際だって粗暴で、傍目には人間関係のにの字も無さそうなノーヴェだが、これでなかなか姉達からは可愛がられ、妹達からも頼りにされていた。
 ぶっちゃけてしまえば、悪いのは口だけなのだ。
 それさえ除けばノーヴェは実に姉妹思いであるし、常に不平不満文句を口にしつつも行動自体は素直だ。だからチンクもこの妹が可愛くてたまらなく、何かと気に懸けている。ノーヴェもそんなチンクには非常に良く懐いていて、彼女に対してだけは態度が明らかに柔らかい。今回も、クアットロの紹介でバイトをするというチンクを心配してこうしてくっついてきたくらいだ。
「……本当に、ありがとうノーヴェ。だが、やはり私は戦闘者だ。この血塗られた手で、銀製のお盆に紅茶とケーキを乗せて運び、お客様方に『ご主人様、お茶とケーキをお持ちしました♪』と言ってペコリとお辞儀するなど果たしてゆるされるのかと――」
「大丈夫だよ! チンク姉なら立派にメイドをやり遂げて群がるご主人様を千切っては投げ千切っては投げ完全殲滅可能だよ!」
 シャドーボクシングしながらノーヴェは殺る気満々だった。
「……ノーヴェ。お前はメイドとは何かわかってるのか?」
「わかんない」
 腕組みし、偉そうにふんぞり返る姿はメイドから一天文距離くらいかけ離れていた。額に手をやりつつ、チンクはこの妹にメイドについて一から説明しなければと口を開きかけ――
「ん?」
 すぐ隣から、自分達と同じく姉妹らしい会話が聞こえてきた。
「いい? メイドというのは炊事洗濯家事労働全般を行う家政婦さんを指す言葉だったのだけれど、近年の萌え文化台頭によって主に十代半ばから二十代前半のエプロンドレス式メイド服に身を包んだ被雇用女性を指す言葉として用いられるようになったの。このお店におけるメイドさんも後者の方ね」
「ふーん、そうなんだ。……うん、大体わかったよギン姉!」
「あぁああああああああああああっ!!?」
 ノーヴェががに股でビシッとその姉妹を指差す。
「テメッ! ハチマキ女!?」
「ん? ……あーっ、ナンバーズ! ……の、名前なんだっけ?」
「ノーヴェだ! ノーヴェ!!」
 ガーッとノーヴェが吠えまくる。つい先程のチンクの注意は残念ながら遥か彼方に吹き飛んでしまったらしい。
「ああ、そうだった。え、と。ノーヴェに、あとチンクさん!」
「なんでチンク姉は覚えてるんだよ!?」
 名前が印象的だったからとは口が裂けても言えない。
 ともあれ、チンクとノーヴェの正面、これまたゴスロリメイドな衣装に身を包んでいるのはギンガとスバルのナカジマ姉妹だった。
「むぅ……機動六課がどうしてゴスロリメイド喫茶メイデンに?」
 チンクの疑問に、ギンガとスバルは目に見えてわかるくらいはっきりと表情を硬化させていた。どうやら自分達を追ってきたとかそういうわけではないらしい。向こうは向こうで色々と込み入った事情があるのだろう。よってチンクはそれ以上敢えて尋ねないことにした。そんなチンクの空気を読める技能に、ギンガが軽く頭を下げる。……やはり、訊かれたくないことだったのだろう。
 が、そんな姉同士のやりとりなど妹達にはまったく無縁であった。
「そうだそうだ! 似合わないメイド服なんて着込んで」
「に、似合ってないのはそっちでしょ!?」
「うるせぇ! あたしもチンク姉も似合ってる!」
 どこからそんな自信が出てくるのか。大体、スカートが短めなのに脚をガバッと開いたノーヴェは今にもパンツが見えそうだ。そんなメイドいるわけねぇ。
 やれやれと注意しようとしたチンクは、
「ん?」
 何故かノーヴェに抱っこされていた。
「どーだ!」
 何がどうなってどーだなのか。
「滅茶苦茶可愛いだろーが!」
 ニヤリ、と笑うノーヴェにスバルがググッと引き下がる。
 ノーヴェはもはやメイドに対する反乱としか言いようがないくらいにメイドらしからなかったが、チンクはヤバイ。ゴスロリメイド服が似合いすぎている。ローゼンメイデンの一体だと言われたらそのまま信じてしまいそうだ。結局偽物だけど。
 痛いくらい拳を握り締め、眉間に凄い皺を寄せたスバルは唐突に思い出したかのようにパァッと顔を輝かせた。
「これならどーだ!」
「な、なにぃ!?」
 今度はノーヴェが後退る番だった。
「……え?」
 片や、妹の剛腕でズイッと持ち出されたギンガは何が何やらわからないといった顔をしていた。
「ギン姉の方が可愛いもん!」
「……え? ……あら? ……えぇ?」
 ギンガ、絶賛混乱中。周囲を見渡してみたりスバルを窺ってみたりキョロキョロと落ち着きがない。そんな中、妹に持ち出された者同士、チンクとギンガの目が合った。
 ――いかん。
「……可愛い」
「……可愛い」
 二人とも、うっとりと呟いていた。
 なんかノーヴェとスバルが「勝負だ!」とか何とか騒いでいるようだったが、二人の耳には一切入っていなかった。
 チンクは、前述の通りに小柄な身体にゴスロリチックなメイド服が異常なくらいマッチしている。眼帯も、普段は物騒無骨だがこの場合は妙にコケティッシュな萌えアイテムへと化けていた。さらにはちょっと自信なさげで困ったような面相が破壊力抜群である。
 対してギンガは、元々清楚で女性らしい雰囲気を持っているためメイドとしての威力が兎にも角にも、高い。長く艶やかな髪、恥じらいを帯びた表情、胸や腰を強調する衣装に負けないスタイル……どれをとってもまさにメイド。脚の生えたジオングくらいパーフェクトなメイドであった。しかもその脚は急造でつけたリック・ドムの脚などでは断じて無い。
 二人とも勝負事は嫌いではないが、こうもお互いの魅力というものをまざまざと見せつけられてしまっては戦意も萎む。なので妹達の期待を余所に、チンクもギンガもどっちがより可愛いかなんて意識は頭の何処を探してもこれっぽっちも見あたらなかった。
「ギン姉の方が一万年と二千年前から可愛い!」
「うっせぇ! チン姉の方が一億と二千年経っても可愛いっつの!」
 なのにスバルとノーヴェはエキサイトする一方であった。
「もう、スバル。恥ずかしいからやめなさい」
「だ、だってギン姉……」
「ノーヴェもいい加減やめないか。あとチン姉と呼ぶな」
「ご、ごめんチンク姉……」
 それぞれ腰に手をあて人差し指を「めっ」と突き付ける姉二人に叱られて、妹コンビはションボリと項垂れた。黙っていればこっちも充分に可愛らしい。ボーイッシュすぎてメイドともゴスロリともかけ離れてはいたが、元より素材の良さでは姉に劣っていないのだ。
「ほら、悄気てないで頑張ってバイトしよ、スバル」
「……そう、だね。エリオに夜這いかけようとしたフェイト隊長を止めるためになのはさんが全力全開でぶっ放しちゃったスターライトブレイカーのせいで木っ端微塵になった六課の隊舎を建て直すためにも頑張らないとね!」
 チンクは優しいので聞かなかったふりをした。
 ノーヴェも、流石に気まずそうにそっぽを向いた。
 かくして、四人のバイトは始まったのであった。




◆    ◆    ◆





 ――どうしてこんな事に……
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 入店した客にそう言ってお辞儀し愛想を振りまきつつ、チンクは調理場でやれ「そら見たか」とかそれ「ギ、ギン姉だって!」とか騒いでる赤青メイドに小さく溜息を吐いた。
 ……二人とも、仕事する気ゼロだ。まぁそもそもメイドとして色々と間違っているのでそれはそれで問題ないようなあるような微妙なところだったが、ノーヴェに脅されてからだんまりを決め込んでいる店長の視線が怖い。バイト代、ちゃんと貰えるのだろうか。
「……あの、チンクちゃん?」
 こっそりと、ギンガが小声で耳打ちしてきた。
「ごめんなさいね、うちのスバルが」
「いや、謝るのはこっちの方だ。そもそも喧嘩をふっかけたのはうちのノーヴェであるし」
 あれから後――結局、姉二人に叱られた程度でおさまるスバルと(特に)ノーヴェではなかった。
 二人はまず自分達で勝負をつけようとしたのだが、いかんせんメイドとしての性能はスバルもノーヴェも残念ながらタカが知れていた。一部、Mッ気のある客がノーヴェに罵られて悦んだりする一幕もあったとは言え、基本的にこの店を訪れる客はメイドさんによる癒しを求めてきているのである。ローラーブレードで店内をホイールダッシュする(物理的な意味で)破壊力満点なボーイッシュメイドに癒されようはずがない。
 結果、当然のように二人はメイドを干された。どんなに脅されてもこればっかりはと懇願する店長に対し、渋々とスバル&ノーヴェは厨房で皿洗いに回ったのである。
 となると、妹コンビの期待は否応にも姉同士の決着にかかる。
 今のところ、チンクもギンガも客からの評判は互角のようだった。
「へへー。すごい、すごいよギン姉! グルグル今日も目が回るくらい忙しいよ! いつものこと気にしてないけどね!」
「チンク姉の方がすごいっての! みんなにも分けてやるぜ、タフで派手な明るい未来!」
 いいからウェイトレスをGOGOしてないで皿洗え。
 しかし二人がそんな風に歌い出したくなるのも無理からぬ事だった。実際にチンクとギンガの存在感は店内でも際だっていた。決して他の娘達のレベルが低いのではなく、二人のレベルが突出しすぎているのだ。その上で、拮抗している。しかもそれぞれがお姉ちゃんとしても高次元なため癒しの点でもなんら問題がなかった。
 ……まったく、このままいけば妹達が働かない以外は最後まで問題はなかったろうに。
「うーッス! チンク姉、ノーヴェ、様子見に来たッスよ〜」
 意気揚々と店の入口をくぐって現れたのは、ウェンディと、
「調子、どう?」
「チンク姉様、可愛い」
 オットー、ディードの三人だった。
「な、来るなって言っただろこのバカ!? ハゲ! ヅラ!」
 調理場から首だけ出して、ノーヴェは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。ゴスロリメイド姿なんて他の姉妹達には死んでも見せられやしない。
「にはは。照れちゃって、ノーヴェ可愛いッスよ。ほらほら、隠さずにメイド姿を見せて欲しいッス。……ッス?」
 と。
 ウェンディはノーヴェの隣に立っている青髪の少女に目をとめた。
 ゴシゴシと目を擦る。……幻術ではない。
「な、なんでスバルッチが此処にいるッス!?」
 ズザザーッと後退り、身構えるウェンディ。さらに、
「スバルだけじゃない」
 オットーに言われ、チンクの方へと向き直ってみると、姉の隣にはやはり見覚えのある相手がお盆を片手に立っていた。
「ギ、ギンガッチまでいるッス!? こりゃなんスか、喫茶店を舞台にした戦闘機人タッグトーナメント編開始ッスか!? ってあたしだけパートナーがいないッス! 助けてカメハメ師匠!?」
 混乱するウェンディに、チンクが溜息混じりにトコトコと近付き、
「落ち着け」
 頭目掛けて斜め四十五度の角度からチョップを打ち込んだ。
「ぶるわーッス!?」
 ウェンディ昏倒。両側から咄嗟に双子が支える。なんか恥ずかしいやら情けないやらでチンクは顔から火が出そうだった。
「……ナンバーズって、暇なんだね」
「畜生、言うな!」
 同情混じりにスバルに言われ、ノーヴェは涙を堪えて吠えた。
 が、事態はさらに混迷を極めていく。
「ギンガー、スバルー。調子どうだー?」
「街頭でティッシュを配り終わったからな。休憩がてらに来てみたぞ――ってどうして貴様らがここにいるッ!?」
 ヴィータ&シグナム参戦。
「……テメーらだって似たようなもんじゃねーか」
「返す言葉が無くてすっごく悔しい……」
 ノーヴェに呆れたように言われ、スバルは思いっきり凹んだ。
 チンクとギンガは、最早頭を抱えるしかなかった。



「……なるほど。それで貴様らもバイトしてたワケか」
 チンクから事情を聞いてシグナムは重々しく頷いた。何せバイトするに至った理由は双方共にかなり情けないため、何か言えたような義理はない。
 ちなみにシグナムはバレエ教室のティッシュを配っていたらしくレオタード姿、ヴィータは前後をパチンコ屋の看板で挟まれたサンドイッチマンスタイルであった。ウェンディとオットー、ディードは当然のように例の衛士強化服みたいな服装なため、五人の座ったテーブルは壊滅的な様相を呈していた。
「そんで、まぁわかるようなわからないような気もしなくもないッスけど、ノーヴェとスバルッチはどっちの姉がより優れているかを勝手に競ってたワケッスね」
 コクコクと頷くスバノヴェ。しかし当のチンクとギンガからしてみれば迷惑千万な話だった。二人は心穏やかにゴスロリメイドとして働きたいだけなのだ。別にお互いがお互いを可愛いと思っているのだからそれでいいじゃないか。
「姉自慢かー。まぁ気持ちはわからなくもねーけどな」
 なお、ヴォルケン三姉妹の長姉であるシャマルは普通に本局医療班でバイト中。当然ながら稼ぎも一番良い。ティッシュを配っているシグナムやパチンコの呼び込みをしているヴィータとは大違いだ。それと、ザフィーラは実は一緒に来ているのだがペット入店禁止なので外に繋がれていた。今日は陽射しが強いので熱中症にかからなければいいのだが、まぁ大丈夫だろう。根拠無いけど。
「オットーとディードはどっちが可愛いと思うッスか?」
「どっちも可愛いと思う」
「どちらにも違った美点があると思う」
 実に当たり障りのない意見だったが、まぁそうだろう。外見から勝敗を分けられるようならこんなにもめていない。
「だが決着をつけなければお前達は収まりがつかないのだろう?」
 レオタードに包まれた胸を揺らし、シグナムは不適に笑った。この場で一番勝負事に拘るタチなのは間違いなく彼女だ。不味い流れになってきたなぁとギンガは止めようとして、
「ギンガちゃーん。五番さんのテーブルお願いねー」
「あ、はーい。只今ー」
 呼ばれてしまった。仕方なく駆け出していく。続いてチンクも呼ばれ、その場には勝負とは何ら関係ないはずの者のみが残った。
「でも、どうやって決着を?」
 なんとなく『負けない』とばかりにナンバーズ内でも一位、二位を争う胸を揺らしながら、ディードが疑問を口にした。勝敗なんて、つけようがないではないか。
「うーむ。そうだなぁ」
 悩みながら、わざとらしくシグナムが胸を揺らす。
「何か、考えが?」
 ディードも負けじと胸を揺らす。
「やはりカップで勝負するしか」
「……異論、無いわ」
「ちょ、なんであんたらのバスト対決になってるッス」
 互いに胸を強調し睨み合う二人にウェンディがツッこむ。
「いや、ここはやはり明確にケリをつけておくべきだろうと」
「負けない……っ」
 オッパイさん達の闘志は変に高まっていた。一方、ヴィータとオットーは自分達の大平原の小さな胸を見下ろして深く重苦しい溜息を吐いていた。こっちは勝負もへったくれもない。
「はいはい、オッパイ対決はまたの機会に回すッス。大体、審査委員長がいないのにやったって無駄ッス」
 審査委員長=はやて。
「そーだそーだ。今はチンク姉の方が可愛いメイドだって明らかにしねーと本末転倒だ」
 完全にメイドとしての職務を投げているノーヴェが本末転倒とはこれ如何に。と言うか、いつの間にか席に座ってさえいた。
「だからギン姉の方が可愛いってば!」
 スバルも座っていた。店の隅では店長が泣いていた。
 かくして、再び言い争いを始めるスバルとノーヴェ。このままでは埒が明かない。仕方ないとばかりにシグナムが立ち上がった。
「よし、ならばこうしよう。店長!」
 レオタード姿の美女に呼ばれ、店長がトボトボと歩いてくる。
「な、なんでございましょうお客様……」
「話は聞いていたな?」
 聞いていたというか、聞こえないわけがないというか。
「我々はあそこの二人の決着を望んでいる」
 そんなこと堂々と言われても……店長は困り果てた。そもそもどうしてこいつらは女ばかりでゴスロリメイド喫茶になんぞ来ているのか。そしてどうしてレオタードだのパチンコ屋の看板だのを身につけているのか、わからないことだらけだ。
「私の言いたいことが、わかるな」
 だから、わかんねぇっつの。
 店長は心中で毒づいたが、しかしお客様は神様である。逆らえない。しかもこんなレオタード着込んだオッパイさんを敵に回すなんて出来ようはずがあろうか。
 さらに、シグナムの横からウェンディが口を出した。
「いいッスか? 店長には今からこの店の中央に特設会場を用意して貰うッス。そいでもってあの二人にはどちらがより優れたゴスロリメイドであるかを、古来よりトルコに伝わる伝説のクルクプナル・レスリングでもって競い合ってもら――」
「するかぁっ!!」
 言い終わらぬうちに、接客を終わらせてきたらしいチンクの錐揉み式ドロップキックがウェンディを捉えていた。
「ブルバキューーーーーンッ!!?」
 グルグルと円を描きながら吹っ飛んでいくウェンディ。
 小兵のチンクとは言えいつもの二倍の速度、両脚、そこに三倍の回転を加えれば1200万パワーの破壊力がある。結果、ウェンディは店の壁にめり込んでピクリとも動かなくなった。
「誰が全身に油塗ったくってヤールギュレシュなどするか!」
「じゃあ水上ビキニ騎馬戦なんか……ごめん、なんでもない」
 隻眼でギロリと睨まれオットーは怖ず怖ずと俯いた。
「まぁ落ち着け、数の子達」
 そう言ってシグナムが場を預かる。流石、烈火の将はレオタード姿でも言動に貫禄があった。
「いいか? そもそもこれはギンガとチンクのゴスロリメイド対決なのだ。オイルレスリングやポロリ騎馬戦で決着をつけても意味がない。ゴスロリであることとメイドであることを生かさずして何のための勝負だ」
 ティッシュ配りがもっともらしいことを言った。
「だからここはやはりガチで死合をしてもらおう」
 しかし続くは前後繋がりのない実に脳味噌筋肉な発言だった。
「おっしゃ! その方がわかりやすくていいぜ!」
「屋内で一対一の勝負ならギン姉が負けるもんか!」
 脳味噌筋肉がさらに二人増えた。
 そこに、こちらも接客を一段落させて戻ってきたギンガが呆れたようにスバルの耳を抓り上げた。
「スバル、バカなこと言ってるんじゃないの!」
 お姉ちゃんお叱りモード発動。
「痛っ、痛いッ! ご、ごめんギン姉〜」
「あっはは! ザマミロこのハチマキ……痛たたたたたっ!?」
「お前もだノーヴェ。他の客――御主人様方の迷惑だ」
 耳を抓り上げられて平謝りする脳筋コンビ。
「シグナム副隊長も、この子達を煽らないでください」
「……私は、古い騎士だからな」
 遠い目をして脳筋王が格好つけた。隣でヴィータがすまなそうに頭を下げている。本当に申し訳なさそうだった。
「でも、それじゃどうやって決着をつけるんですか?」
「……ディード。そもそも姉達は勝負なぞしていない」
 心底意外だとばかりにディード、それにオットーもシグナムもヴィータも目を見開いていた。
「そうだったのか?」
「だから偶然バイト先が同じだっただけと言ったじゃないですか」
 ギンガ、頭痛い。
「いいか、我々は確かに普段は敵対しているかも知れない。しかしここで一緒に働く以上はあくまでゴスロリメイドとして共に御主人様を癒す同僚なのだ」
「そうよ、スバル。どっちが勝ちで、どっちが負けだとか、メイドさんにはそんな事は必要ないの。必要なのは奉仕の精神なのよ」
 穏やかに、真っ当な説教をされてスバルもノーヴェもしょんぼりと肩を落としていた。
「そうだぞ二人とも。ギンガとチンクの言う通りだぞ」
 何故か偉そうなティッシュ配りは無視することにした。
 やがてスバルとノーヴェは二人同時にやけにすっきりした顔つきで面を上げた。
「うん、わかったよギン姉。あたし間違ってた」
「あたしも……間違ってたよ。ごめん、チンク姉」
 ようやく理解してくれたらしい妹達に、チンクとギンガはほっと胸を撫で下ろした。二人とも、本当に素直で良い子達なのだ。だからお姉ちゃんとしては放っておけない。妹の間違いを正し、教え導くことも姉の役割なのだから。
「わかってくれればいいのよ」
「ああ。ともにメイドとして頑張ろう」
「あたし達は皿洗いだけどね」
 スバルの一言にあっはっはと場が和やかな笑いで包まれる。店長も安心したように笑っていた。他のメイド達も、客も、みんな良かった良かったと笑っていた。
「これにて一件落着だな」
「……いや、お前が締めるなよ」
 最後まで偉そうなシグナムに、ヴィータは心底疲れ切った溜息を漏らすしかなかった。



 ――と。ようやく全てが終わったと思いきや、一歩前に進み出た店長がピラリと一枚の紙を差し出した。
「ああ、ちなみにスバルちゃんとノーヴェちゃん。君ら二人が割ったお皿の分は給料から天引きしておくからね」
「……」
「……」
 スバル、二十五枚。
 ノーヴェ、二十七枚。
「やった、あたしの勝ち!」
「テメッ! まだだ、まだ終わってねぇ!」
「へへーん、もう終わりだよー。あたしもう割らないもーん」
「ンなことないね! テメェは割るね! バリバリ割るね!」
 醜く言い争う二人。その光景を見て、ギンガの左拳が腰だめに構えられる。チンクの両手で、フォークとナイフが光を放つ。
 そうだとも。
 お仕置きするのも、お姉ちゃんの役割だもの。

 ――いい加減にしろ――

 二人の言葉は、打撃音と爆発音に掻き消されてしまい周囲には聞こえなかった。
 ちなみにこの日の最終結果――
 ……スバル五十六枚。
 ……ノーヴェ五十五枚。



 給料への道は、まだまだ遠い。










〜to be Continued?〜






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