数の子・愛の劇場
その4



◆    ◆    ◆





「……あの、さ。ウーノ姉様」
「……ええ」
「わたし達、いつまでこうしてたらいいのかな」
 ディエチからの質問に、ウーノはうつ伏せになったまま幾分か喋りにくそうに答えた。
「……ダメよ。死体が喋っては。オットーを見習いなさい」
 首から上だけ動かして、ディエチは自分から見て左手に倒れているはずのオットーの様子を伺ってみた。
 仰向けに倒れたオットーは、呼吸すらしてないのではないかというくらい静かに、微動だにせず“死体”をやっている。
「……スゴイな」
「私達は死体なのよ。開戦初日に死体になったの」
 ウーノもディエチもオットーも、皆一様に首から“死体”と書かれた札を下げていた。この札を身につけている以上、三人は全てが終わるまでは死体に徹しなければならないのだ。
「……死んでから三日か」
「……長いわね」
「……」
 他のみんながどうなったのかは、ここからでは何もわからない。
 そもそも三人は前線で戦うタイプの機人ではないのに、どうして戦闘開始から一時間と経たないうちにこうして共倒れの憂き目を見たのか、それは悪魔の如き策士クアットロの仕業だ。
「……まさか、ウーノ姉様が真っ先に後方のわたし達を狙ってくるとは思わなかったよ」
「……いいえ、違うの。私もクアットロに騙されたクチだから」
「……」
「……そうなの?」
 肯定は無言だった。
 なるほど。あのクアットロならば、長姉ですら迷うことなく捨て駒にするだろう。狙撃手であるディエチと、指揮と結界能力を持つオットーを最序盤で倒してしまえれば――ウーノの指揮能力の喪失は痛いよう思われるが、そこはそれ。向こうの陣営にはクアットロもスカリエッティもいるので非情に徹してさえしまえば特に問題はない。
「……だからって、ウーノ姉様に自爆テロさせるって……」
「ちょっ!? 自爆テロなんてしたつもりはないわよ!」
 思わず起きあがりかけたウーノを、ディエチは首を振って制した。このラボはそこら中監視カメラだらけ、どこからあの陰険眼鏡が見ているかわかったものではない。
「だって、ペイント弾用の塗料をいっぱいに抱えたウーノ姉様を無造作に歩かせるなんて、転んでくれと言ってるようなものじゃないか」
「そ、そんなことっ! ……ない、わよ」
 結局転んでディエチとオットーを巻き込み塗料まみれ、リタイアしたウーノは最後の方は消え入りそうな声で絞り出していた。
「ウーノ姉様のIS『どこでもすっ転ぶ』を利用した恐るべき作戦だったと言わざるをえないよ」
「……ISじゃないわよぅ……」
 さめざめとウーノは泣いた。
「……チンク姉、うまいこと立ち回ってくれてるといいんだけど」
 オットーが撃破されてしまったからには、妹陣営で指揮能力があるのはかろうじてチンクのみだ。前線指揮の能力しかないとは言え、今の局面にあっては充分に頼もしい。
 溜息混じりにディエチは天井を仰いだ。
「……カニ、かぁ」
 食べたこともないような、高級蟹。
 きっとやってくれるはずだ。
 チンクやノーヴェ達が、きっと。
 ただひたすらに仲間達を信じ、ディエチは死体としての役割を全うすることにした。





◆    ◆    ◆





「チンク姉ッ!?」
 ノーヴェの悲痛な声がホール内に響き渡る。
 ラボ、大ホール。
「ぐっ!」
 スティンガーを前方に突き出したチンクと、
「く、は……ぁっ」
 拳を前方に突き出したトーレとが、重なり合うように倒れていく。
 あまりにも壮絶な、相打ちだった。
 ノーヴェのすぐ横では、ウェンディが大の字になって死体の札を首から下げている。セイン、セッテ、ディードとは別行動中。
 三日間小競り合いを繰り返していた前線組同士の戦いは、今日は明らかにその様相を異としていた。様子見は終わりだとばかりに、ナンバーズ近接戦最強を誇るトーレが遂に全力で牙を剥いたのだ。
 三対一であったというのに、トーレはまさに鬼神の如き強さでもって遭遇直後にウェンディを瞬殺、ノーヴェの脚にダメージを与え、チンクと死闘を展開した。
 トーレとチンク……ナンバーズの中でも一、二位を争う強者同士の戦いは目まぐるしく攻防入れ替わり、ダメージを受けた状態のノーヴェが手出し出来る要素など皆無。
 そして、その結果――
「チンク姉ーーーーっ!!」
 見捨ててしまった。大好きな、姉を。
 絶対に守りたかった、姉を。
 一緒に高級蟹を食べると誓った、姉を……
「チンク姉!」
「ぐ、ふぅ……ノーヴェ、か」
「チンク姉! チンク姉しっかりしてくれよ! チンク姉がやられちゃったらあたし達……あたし達――っ!」
 泣きじゃくるノーヴェの頭に、ポン、とチンクの小さな手が置かれた。そのまま二、三度、チンクは可愛い妹の頭を優しく撫でた。
「フフ……泣くな、ノーヴェ。お前達なら、大丈夫だ」
「そんなっ! で、でもあたし、あたし……っ」
 泣きやまない妹に、困ったものだと微笑みかけて、チンクは隻眼を細めた。この子は、優しすぎるのだ。
 だが――優しさだけでは、勝てない。
 残る敵はスカリエッティとクアットロ。あの二人に勝つには、非常に徹しきらねば、無理だ。
「泣くな、ノーヴェ!」
「っ!? チ、チンク姉……?」
 チンクは、残る力を振り絞ってノーヴェの手にスティンガーを一本握らせた。不慣れな武器など使っても大して意味はない。けれど、この程度のものでお守りとなるのなら……
「行けッ、ノーヴェよ。現に蟹はあるのだ」
「……チンク、姉」
 トン、と。
 軽く、力無くチンクはノーヴェを押した。
「往け! 私の屍を踏み越えて!」
「チンク姉ッ!!」
「私を姉妹の晒し者にするのか、ノーヴェ!!」
 もはや、そこまでだった。
「う、うぅああああああああああああああッ!!」
 立ち上がったノーヴェが、片脚のジェットエッジを駆使して凄まじい勢いで駆け抜けていくのを見送り、チンクは隻眼を閉じた。

 ……

「しかしお前達、ノリがいいな」
「ほんと、吃驚ッス。チンク姉意外と演技派ッスねぇ」
「……放っとけ」





◆    ◆    ◆





「うわぁっ!」
「セインッ!?」
 ディードとセッテが見ている前で、突如通路を覆った赤いネットが先行していたセインを雁字搦めにしていた。
「ふふ。君達、生みの親である私を舐めすぎなのだね」
 通路の奧から現れたのは、今さら見るまでもなくスカリエッティその人だった。
 この三日間、セイン、ディード、セッテの三人は広いラボ内を縦横無尽に移動しつつ、数に劣るスカリエッティ側を上手いこと攪乱し続けてきた。しかし幾ら広いといってもそこはあくまで地下施設。限度というものがある。
「三日にも渡って攪乱を成功させた手際は我が娘ながら大したものだったがね、行動パターンがある程度読めてしまえば残念ながらそこまでだよ」
「くっそーーーっ! もう少しで蟹だったのにぃ」
 セインが懸命に藻掻くが、元より戦闘用でない彼女の能力でスカリエッティの拘束を解くのは不可能だった。
「可愛い娘達に蟹を食べさせてやりたいのは山々だが……許して欲しい。私にも、見栄と面子というものがあるんだ」
「うぁあああああああっ!!」
 身動きの取れないセインへと、スカリエッティの手にした銃からペイント弾が撃ち込まれていく。
「アリーベ・デルチ、セイン」
 カクン、と。
 セインの頭が、垂れた。
「くっ……セイン」
 スカリエッティは戦闘力自体はディードやセッテ程高くはない。しかし彼には卓越した頭脳と、さらに娘ら全員の特性を理解しているという覆しがたい優位がある。
 ツインブレイズを構え、ディードは身構えた。
 どうする?
 自分の急襲用の能力では、正面からスカリエッティに挑むのは良策ではない。彼の力は限定空間内では強力無比だ。
 頼みの綱は単純な戦闘力で彼を凌駕しているセッテだが……
「……」
 駄目だ。
 彼女とは意思の疎通をとれる自信がない。
 ディードもオットーも何を考えているのかわかりづらいとよく言われるが、それでもセッテ程ではないし、双子のような関係にある二人は互いの意思は言葉にせずとも読みとれる。けれどセッテが何を考えているのかだけは、ディードもワケ若島津だった。
「……あの、セッテ」
「……」
 反応無し。
 ブーメランを構えたセッテは無言でスカリエッティを見つめていた。
 戦闘の意思はあるようなのだが、どう攻めるつもりなのかまったくわからない。
 それでも、ディードは散っていった双子の姉や仲間達に報いる意味でも最善を尽くそうと決意し、セッテに持ちかけた。
「うまくは言えないんですが」
「……」
「……が」
「……」
「……頑張りましょ――」
「カニ」
 唐突に、セッテが口を開いていた。
「――うぇ?」
 ディードの感情に乏しい顔が奇妙に歪む。
「カニです、ディード」
 力強く踏み出し、セッテの長身がまるで吹き荒ぶ暴風のようにスカリエッティに迫る。
「ほぉっ! まずはセッテからかね!?」
「カニッ!」
 敢えてブーメランブレードを投げず、直接パワーで押しきる戦術でいくつもりのようだ。
「申し訳ありません、ドクター……ッ」
「ふむ、何を謝るのだね、セッテ」
 かぎ爪でブレードを受け止めながら、スカリエッティは大層愉快そうに口を歪めた。一方、セッテの表情は変わらない。多少眉が険しく寄せられてはいたが、基本的にいつも通りの能面だ。
「ドクターに、逆らわざるをえない事をです」
「蟹のためか、ねっ!?」
 スカリエッティが腰に力を入れ、セッテを押し返し始める。
「ぐっ! ……そ、う……です」
「感情を抑制された君も、高級な蟹は食べたいか」
「……わかりません」
「ふむ?」
 徐々に押し戻されながら、セッテはほんの僅か、彼女をよく知る者のみがわかる程度に表情を曇らせた。
「私は、余計な感情をオミットされています。食欲はあっても美食への欲求など無いと、自分では……そう、理解していました」
 いつになく多弁なセッテに、スカリエッティは相貌を崩したくなるのを堪えて彼女の話を聞き入っていた。
「ですが、……湧き出す……そう、いずこからともなく湧き出すという以外に表現出来ません。高級蟹の事を考えると……あっふ。……ヨダレが、あふれりゅのれふ……ジュルリ……ッ!」
「ぬおっ!?」
 セッテの全身から、かつてないパワーが噴き出していた。生みの親であるスカリエッティが想定する彼女の力を大幅に超えた、圧倒的なそれはまさにナンバーズ中最高、最強のもの。
「い、いいっ、素晴らしいよセッテ!」
「……ジュルリッ!」
「感情が生み出す設定数値を超えるパワー! 君に足りなかったものがっ、今、こんなにも力強く、雄々しく私を圧しているッ! 飽くなき蟹への欲求がこの力を生んでいるのだよ!」
 高らかに笑い、スカリエッティはブレードを抑え込みながら右手の人差し指と中指を微細精妙に動かした。
「だがまだだ! もっと、もっと君の力をっ、生命と機械の融合が織りなす輝きを私に見せてくれ!」
「じゅるるるるッ!?」
 赤い糸がセッテの左腕と右脚に絡みつく。
「そら、どうした!? この程度で終わってしまうのかね? 君はこのままでは、私に勝つことも蟹を食べることも出来ず、ただ食欲に負けて主を裏切った不忠義者の食いしん坊キャラ@巨乳として歴史に不名誉な名の残し方をするのだよ!」
「るるっ!」
 左腕と右脚を引かれ、体勢を崩しながらもセッテはブレードを無理矢理に押しつけた。ミシミシとスカリエッティのかぎ爪が破滅的な音をたて始める。
 だが……そこまでだった。
 セッテ最後の輝きも、スカリエッティが小指を動かした瞬間ガクリと大きく体勢を崩し――
「IS発動、ツインブレイズッ!!」
「ほぁっ!?」
 突如側面から斬りかかってきたのは、当然ながらディード。
「ドクター、お命、頂戴します」
「殺意剥き出しすぎでないかね!?」
 咄嗟に後方に跳びながら、スカリエッティは糸を繰った。
「!?」
 セッテの身体がそれまでと逆方向に引かれ、ディードとスカリエッティの間で壁となる。
「ディード、君も蟹か!」
「蟹です……そして、散っていったオットーのために!」
 セッテをかわし、ツインブレイズの光刃がスカリエッティを追い詰める。バックステップでかわしつつ、スカリエッティは娘達が次々と自分の想定以上の動きをすることに歓喜し……自分の不利に冷や汗を流していた。
 このままでは確実にやられる。
 そして……家族全員分の高級蟹を購入だなんて財布も死ぬ。そうなれば六課へのお中元も断念せざるをえまい。
「これは、私の意地と面子と財力の問題なのだね!!」
 娘達の成長は喜ばしくとも負けるわけにはいかなかった。
 意地が、スカリエッティの身体を突き動かす。
「ツインブレイズッ!」
「IS発動、スローターアームズ!!」
 急造とは言え、蟹で心を一つにした姉妹のコンビネーションは強力無比だった。セッテによって投擲されたブーメランはスカリエッティの退路を完璧に塞ぎ、ツインブレイズによる強襲を回避不可の絶対的なものへと昇華させる。
 赤く光る幾筋もの糸とディードの双刃が交差し、断ち切られた糸が宙を舞った。しかしツインブレイズも片方が絡め取られ、奪われている。二刀流を一刀に減じられ、ディードは顔を顰めた。顰めながら、両手持ちした光刃を正面のスカリエッティに突き放つ。
「ドォクタァアアアアアアアアッ!!」
「ディードッ、君はぁ――ッ!!」
 敗北。
 その二文字が頭をかすめる中、スカリエッティは満足げな笑みを浮かべていた。
 経済的死は確実だ。
 けれど……自分は、もっと大切なものを得た。
 娘達も、大切なことを学んだはずだ。
「ああっ、六課に蟹を贈りたかったなぁッ!!」
 ブレイズを突き立てながら、ディードはたわわな乳の谷間から水鉄砲を取り出すとスカリエッティに赤い塗料をブチ撒けた。
「……な、なんてところに隠し……がくっ」
 ジェイル・スカリエッティ、死亡確認。
 彼の瞳は最期に娘の豊満な胸を見つめ、静かに閉じられていた。
「……か、かっ――」
「カニ」
 勝った、と言うつもりだったディードを遮り、セッテが両手でピースサインをしてさらにチョキチョキと動かした。
 なんだろう。彼女とは、この先今まで以上に仲良く出来そうな気がしてディードは微笑を浮かべた。
 ともあれ、スカリエッティは撃破だ。
「……ええ。これで、残るは」



「わたしだけかしら〜ん?」



「ッ!?」
「あっ」
 パシュパシュッ、と。
 二発のペイント弾が、呆気なくディードとセッテの胸に吸い込まれていた。赤い塗料が二人の大ボリュームな乳を染める。
「シルバー……ケープ……ッ!」
 無念の表情を浮かべ、ディードとセッテは折り重なるように倒れた。その途端、今まで何も無かった空間がまるでノイズが走ったかのように歪み、四女、クアットロが姿を現した。
「フフ。ダァメねぇ二人とも。お姉ちゃんの能力くらい、熟知しておかないと。まぁ、いいわ〜。これで残った可愛い妹は――」
「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」
 疾駆。
「アナタだけねぇ、ノーヴェちゃん」
 怒りと哀しみを全身に纏い、ノーヴェが爆走する。クアットロはそんな妹をくだらないとばかりに睥睨すると、シルバーケープを翻し再び全身を透明化させた。
「可愛い可愛いノーヴェちゃん……殴る蹴るばかりが能じゃ、わたしを捉える事なんて出来ないわよん?」
「クソッ!」
 渾身の跳び蹴りが、空を切る。
 さらにノーヴェの周囲には、彼女を嘲笑うかのように何人ものクアットロの幻影が浮かんでいた。
「卑怯だぞクア姉ッ!?」
《おほほのほ〜ん。戦いにヒキョウもラッキョウもないわよ〜》
 全てのクアットロが同時に発する多重音声に耳を害しながら、ノーヴェはガンナックルの光弾を手当たり次第にぶっ放した。しかし当たるはずもない。
「ちっくしょーーーッ!」
《可愛い、可愛いわよノーヴェちゃん♪》
 ノーヴェは泣いていた。
 目の前で倒れていったチンク、ウェンディ。
 開戦直後にやられてしまったオットー、ディエチ。
 そして今、周囲に倒れているセイン、セッテ、ディード。
 共に高級蟹を食べようと誓った姉妹達の仇も取れず、こんなところで敗れ去ってしまうのか……そう考えると、悔し涙に頬を濡らさずにはいられなかった。
《あぁら。泣き虫ねぇ。いつもの強がりはどうしちゃったのかしら》
「うるせぇっ、うるせぇよっ! あたしは泣いてんじゃねぇ! 泣いてなんか、いねぇ!!」
 涙を振り払い、ノーヴェはジェットエッジで爆走した。クアットロの幻影に次々と拳と蹴りとをお見舞いしていく。攻撃を受けるたびに幻影は掻き消え、しかし新たなクアットロが現れて哄笑していた。
「クソッ、クソォッ!!」
《あはは……はぁ。そろそろ飽きちゃったわ》
「!?」
 全てのクアットロが、銃を構えていた。
 セッテとディードの胸を染めた、あの凶銃だ。
《名残は尽きないけど、これで、お・し・ま・い♪》
 あっさりと、引き金にかかった指に力が込められる。
 ……終わりだ。
 これだけの銃弾、いかにノーヴェでも避けられるはずが――
「……あ」
 そこで、ノーヴェはあることに気がついていた。
 大切な、とても重要なことに。
《それじゃ、さよなら。蟹はわたしから六課に贈っておくわ》
 クアットロの言葉に、ノーヴェは答えなかった。それどころか、
《……へ?》
 瞳を閉じ、静かに四肢に力を込める。
《な、に……なぁに、それ? もしかして……アレかしら? 心眼とかいうやつ? ……あっはははははははははは! お、おもしろい、笑わせてくれるわぁノーヴェちゃん。芸人の素質あるわよぉ》
 腹を抱えてクアットロ達が笑い出す。それでもノーヴェは無反応を貫き、“その刻”を待った。
《あははは……はは、はぁ。……もう、いいわ。飽きちゃったぁ》
 再び銃が構えられる。
《じゃあね〜ん》
 銃弾が、放たれた。
 四方八方から、ノーヴェ目掛けて。
 発射の瞬間、その弾丸の音に、ノーヴェは耳を澄ませていた。
「そこかぁっ!!」
《ッ!?》
 ノーヴェの目が開かれ、一本の短剣が真っ直ぐに放たれていた。
《ス、スティンガー!?》
 それはスティンガー。
 チンクから託された、ノーヴェの守り刀。
 それが空中で、ペイント弾と衝突する。
「音にまで気が回らなかったのが敗因だぜ、クア姉!」
《へぁっ!?》
 ペイント弾を切り裂いたスティンガーは、赤い塗料を滴らせながらクアットロ目掛けて突き進む。狼狽え、銃を乱射するクアットロ。しかしそんな弾丸がスティンガーを打ち落とせるはずもなく――
「……あ」
 クアットロの頬をスティンガーが掠め、赤い塗料が僅かに付着していた。
「……やぁ、ねぇ。負け、ちゃった……わぁん」
 寂しそうに微笑み、クアットロの身体が傾く。
 姉が倒れ伏したのを確認し、ノーヴェはフッと息を吐いた。
「……やったよ、チンク姉。ウェンディ、セイン、セッテ、オットー、ディエチ、ディード。あたし……」
 安らいだ顔で――ノーヴェは、膝を突いていた。
 腹から、赤い塗料を滴らせて。
「……ダメ、だなぁ。あたし……詰めが甘くて……こんなだから、あのハチマキヤローにも、勝てないの、かなぁ」
 ノーヴェの瞼が、ゆっくりと下りていく。
「……みんなと、蟹……食べたかった、なぁ……」
 その言葉を最期に、ノーヴェは動かなくなった。
 全員が赤い塗料まみれで倒れ伏したスカリエッティラボ。
 戦いは終わった。
 勝者無き戦い程虚しいものはない。
 空調の風が、虚しく廊下を吹き抜けていった。





◆    ◆    ◆





「はーい、みんなたっだいまーん。ドゥーエさんですよ〜」
 動く者無きラボに、明るい声が木霊した。
「ウーノからみんなが蟹を食べたがってるって聞いて、お土産にたくさん蟹買ってきてあげたわよー……ってギャーーーーッ!? みんな死んでるぅっ!?」
 ドゥーエの視界に入ったのは死屍累々と横たわる家族の姿。
「ちょ、どうしたの!? 何があったの!? うわーーーーん!」



 泣き叫ぶドゥーエに、何事かと起き出したスカリエッティ達が事情を説明して散々に呆れられ、怒られるのは一時間程後のこと。
 それからみんなでドゥーエが買ってきてくれた高級蟹を満足するまで食べ、妹達はあまりの美味さに噎び泣きましたとさ。
 でもやっぱりドゥーエを二番目の姉とは気付かなかった。

 なお、スカリエッティは結局六課にタラバガニセットを贈ったのでありました。
 ちゃんちゃん。





〜to be Continued〜






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