機動戦士ガンダムSEEDU
−EPISODE FINAL−


 同日・20時30分
 月軌道上エル・シード艦隊旗艦アルカディア周辺宙域
 結界内






「こんのぉッ!」
 気合一閃。美しい軌跡を描く光刃。
 しかし、そんな大上段から振り下ろされたローフルブレードの斬撃をなんなくかわし、エルケィオスは胸部に備えた二門のスキュラを放つ。が、その双流は今度はローフルのリフレクトシールドによって歪み、曲げられ、虚空へと消えていった。
 続けてイクアリティのビームランチャーも火を噴くが、その太い粒子束流は牽制にもなりはしない。
 結界内を自在に駆け回るエルケィオスの機動性、運動性は予想を遙かに上回っていた。
 イクアリティもローフルも、ナチュラル専用機として開発するにあたり、あくまで“ナチュラルの限界に合わせた”機動性と運動性を持たされている。それらで勝負をしたところで、コーディネーターには勝てるはずがないからだ。とは言え、それはあくまで本体の話であり、攻撃の射程内にさえ入ってしまえば腕部や脚部はある程度オートで敵を補足してセンサー中央に放り込んでくれるのだから、接近戦の間合いの中にあってここまで攻撃があたらないと言うのはいくらなんでもおかしい。相手の回避力が化物じみすぎている。
「あのでかさで……どうなってるのよ」
 そのくせローフルの間合いから離れようとしないのは、こちらを馬鹿にしているとしか思えない。
 機体そのものが持つ並はずれた運動性と、それに耐えうるパイロット、そして高性能な回避システム。驚異的なそれと相対しているのは、怒りと焦りから攻撃が単調になっているカガリ……このままではどう足掻いても勝ち目はない。
「……落ち着け、と言って聞く娘じゃないし」
 つくづく戦闘向きではないパートナーの気性を呪いたくもなったが、果たして冷静なだけのパイロットならあのエルケィオスの動きを捉えられるか、と問われれば、答えはおそらくNOだ。その場に縫い止めておくことすら並大抵のパイロットと機体では不可能だろう。ならば、少なくともカガリには相手を拘束するだけの存在感がある。ラクスとは違った意味でのカリスマ、それは情念でしか動けない自分のような女には無いものだということは、フレイにもわかっている。
 理想と信念に沿って生きる者は、人を惹き付ける。生者であろうと、死者であろうとも。相手が、たとえ人外であろうとも例外ではないらしい。
「どうせなら、このまま小競り合っててほしいけど」
 目標がセンサーに入るたび、無感動にトリガーを引く。当たれば儲けものだが、当たるはずがないなんて事は撃っている自分が誰よりもよく理解していた。そもそも目的は別にある。……博打じみたものだが、そうでもしなければあのラクスは討てまい。
 自分の人生はつくづく賭の連続だったなどと思いながら、フレイは静かに勝機を待った。負けがこんでいるということは、この際考えないことにして。



 互いにダメージのないまま、カガリとラクスは幾度も機体を交錯させ続けていた。
 落ち着いて、冷静に対処しなければならないのに……頭ではわかっていても、カガリの持って生まれた気性がそれを許さない。
「ちょこまかと……えぇい、避けるなぁッ!」
「では、そちらもその大盾を捨てて頂けますか?」
 クスクス、と言う緊張感のない笑いが、カガリの神経をさらに逆撫でする。駆け引き、にすらなっていない。いっそのこと通信を切ってしまえばいいものを、それをしないのがカガリである。援護射撃の照準を合わせながら、フレイは思わず頭を抱えたくなった。
「そうやって挑発して、この卑怯者ッ!」
 ガムシャラに振るえば振るうほど、切っ先は掠りすらしない。
 エルケィオスはラクスの脳波コントロールで自在に動かすことが可能なため、操縦時のタイムラグというものが事実上存在しないに等しい。ダイレクト・インターフェイス・システム――機械への直接情報伝達処理が可能なそれ――は、人類の技術ではない。ラクスが“もたらした”技術だ。レバーを動かし、コンソールキーを叩くことの数十倍、数百倍の伝達処理速度……と言えども、末端へ届く速度限界から見れば極々僅かなラグはあるはずだが、理屈はそうでもそれは人間が知覚できる限界を遙かに超えている。たとえSEEDでも反応できる隙間ではない。誰よりもSEEDを知るラクスが設計したのだから、間違いない。
 エルケィオスにはラクスが知る限りの全ての技術が導入してある。その大部分は二機のケィオスガンダムにも積まれていない、人類にとって未知のテクノロジーだ。
 Nジャマーキャンセラーを搭載せずバッテリーでのみ稼動するように造ったのは、純然たる決闘のための高潔な精神からだけではなく、明確な決着をつけたかったからと言う意味合いの方が大きい。確かにエルケィオスは巨大だが、その稼動時間自体はけして一般的MSと比べても長くはない。おそらく、イクアリティ、ローフルと大差ないはずだ。
 持久戦では“それに耐えられるように出来ている”自分の有利は動かない。限られた時間でだからこそ、全てを出し切って戦うことが出来る。そこに付随する感情は、果たして喜びなのだろうか?
 ローフルの剣戟は、鋭いが単調である。重装甲故の直線的な斬撃は、容易に次の手を読むことが可能で、それを避けるのは戦闘のプロではないラクスですら充分に可能なことだった。しかも、カガリの攻撃には精神的な揺らぎがある。その揺らぎがカガリという人物の魅力なわけだが、つくづく彼女は戦闘には不向きだ。指揮官としても、為政者としても向いていない。……なのに、人を惹き付ける。
(……綺麗、ですわね)
 単純で直情的な攻撃ではあっても、カガリが操るローフルは何故かとても綺麗だった。無骨な機体に、けして上等とは言えない操縦技術、客観的に見ればお世辞にも綺麗だなどと言えたものではない。それなのに……
(このまま永遠に打ち合っていられたら……)
 そんな馬鹿げた夢想すら抱かせる、不可思議な魅力。だが、そこには何の意味もない。意味がない以上は、自分がそうする事もない。夢想と現実を割り切れないような自分ではないと、ラクスは理解していた。
「貴女の剣を鈍らせているのは、怒りだけではないはずです。……貴女は、何だかんだで結局は身内には甘い方ですから」
 急に、真に迫った声。ローフルブレードの剣筋が、また少し鈍る。
「今さら、誰が身内だ!」
 叫びながらも、カガリは内心冷水をかけられたかのようにヒヤリとしていた。当たるはずのない斬撃が虚しい軌跡を描く。
 屈辱的な挑発だった。
 機械だロボットだと侮蔑の言葉を吐き捨てながらも、最後の一線のところでラクスをいまだ戦友だと思っている自分を、見透かされている。……当の本人に。
「カガリさん……貴女は、本当にお優しい」
 エルケィオスの各種砲門が、ローフルに向かって一斉に光を放った。あれを全て喰らっては、流石のリフレクトシールドでももたない。
 一部を盾で歪曲させつつ、機体を逸らす。避けきれない分はローフルブレードの広い刃部分でカバーするしかない。
「ですが、この戦いに優しさを持ち込んだところで善い結果は生まれませんよ?」
「ぁうッ!!?」
 全てのビームを防いだと思った瞬間、突如としてカガリを襲う衝撃。見れば、エルケィオスの太い腕がローフルを殴りつけていた。PS装甲で覆われた機体も、衝撃そのものを無効化してくれるわけではない。PS装甲とPS装甲がぶつかり合う、嫌な感触。耳障りな音。吹っ飛ばされる機体。
 さらにもう一撃を加えんとしたその時、今の今までエルケィオスがいた場所を極太のビームが貫く。
「ほら、フレイさんはわかっている」
 続けてエルケィオスを襲う、情けも容赦もない色鮮やかなビームの雨。光となって具現した殺意。
「アスランを、取り戻したいのでしょう?」
 イクアリティからの砲撃を巧みに避けながら、再びローフルに肉薄する巨体。
「この宇宙から争いを無くしたいのでしょう?」
 甘い囁きが脳をとろかそうとする。
「だからって、そう簡単に割り切れるかよ!!」
 今にも泣き出しそうな述懐。純粋が嘆きを洩らし、宇宙に木霊す。
「でなければ死ぬだけです」
 それに応える冷徹な声。けれど、かつては共に戦った声が、殺意を纏って襲い来るのが、ぼんやりと知覚出来た。
「カガリ、下がって!」
 フレイの絶叫。再び機体を襲う衝撃。揺れるコクピット。
 揺れているのは何?
 衝撃を受けたのはどこ?
「……クッ……ソォォォオオオオオオオッッ!!!」
 舌を噛んだらしい。口の中に、鉄の味が広がる。痛みが意識を覚醒させるけれど、痛いのはそんなところじゃない。
 コンソールを殴りつけたい衝動に駆られながら、何とか機体を立て直す。

 ――戦いたくなんてないのにッ!!

 意志とは裏腹に、ダメージ箇所を急ぎチェック、スラスターを全開にして相手に突っ込んでいく自分がいる。
 ……かつてのキラも、こんな想いをしたのだろうか?
 三年前は、こんな事を考える余裕もなかった。ゲリラとして砂漠を駆け抜けた時も、父から託されたものを背負い、宇宙へ上がった時も、目の前の敵を倒す事に迷いはなかった……はずだ。
 敵も、同じ人間だったというのに……
「……私は、馬鹿だ」
 よく見知った相手と向かい合って、ようやく気付かされた。人と人が戦うと言うことの意味を。
 銃口の先に立つ者達が誰なのか。理想、信念、自由、正義、革新、平和、どんな言葉だろうと関係ない。やってることは皆同じだ。血を流さずに何かを為さんとするには人類は未熟すぎる。それすらわからず、オーブを統治していたのか、自分は。なんて……愚かしい。
 結局は人と人との闘争なのだ。そう、ラクスが、たとえ自らを人ではないと言っても、今、自分の目の前にいるのだって、結局は。
「お前だって、人間じゃないかぁあッ!!」
 嘆きの一撃。悲泣が虚空を裂き、慟哭が暗黒を染め変える。
 ローフルブレードがエルケィオスの右腕から伸びたビームソードとぶつかり、両機の間に激しいスパークが散った。
「……ありがとうございます、カガリさん」
 それは何に対する礼だったのか。あるいは、彼女なりの別れの言葉だったのか。
 突如、のし掛かる巨大な力。
 機体のパワーは、三倍近くも大きいエルケィオスが当然の如く圧倒的に上。
 右腕の関節部が上げる悲鳴が今にも聞こえてきそうだ。パネルは真っ赤に点滅し、すぐさま敵機から離脱するよう補助AIが耳障りなアラームを鳴らす。危険域、だが、カガリはレバーを渾身の力で一気に押し込んだ。
「く、うぅうううああああああああああッ!!!」
 獣が吼えるが如く、猛る。猛る。猛る……!!
 リフレクトシールドを投げ捨て、両腕でローフルブレードを握り、オーバーパワーでエルケィオスの巨体を押し戻す姿は、ある種幻想的ですらあった。
「ラァアアアアアアクスッ!!!!」
 しかし、それすらもほんの一瞬の優勢。これ以上の過負荷は機体を爆走させる可能性がある。いや、その前に両肩、両腕の各アクチュエーターがもたない。さらには、そんな限界を超えた特攻すらも徐々にだが右腕一本で押し戻しつつあるエルケィオスがもたらす、絶望と戦慄。
「ここまで、です……ッ!?」
 通信機越しでもわかる、もしかしたら初めてかもしれない、ラクスの驚愕。
 右腕でまるでローフルを押し潰そうとしているかのようなエルケィオスの後方で、その原因が牙を剥こうとしていた。
「どうして……貴女がそこに……」
「カガリ! 退きなさい!」
 そこには、つい今し方まで後方から援護射撃を行っていたはずのフレイのイクアリティが、両肩、背中に装備された凶悪なまでに無数の散弾孔を開き、居た。



「ラクス、捉えたッ!!」
 周辺を漂っていた大小様々な残骸、破片。その中の一つ、丁度MSの二倍くらいの大きさの影から踊り出たイクアリティの無骨な背、両肩が突如として割れ、そこに備わった無数の散弾孔から、大量のチタン弾が勢いよく飛び出す。
 ローフルを無理矢理に押し切ろうとしていたエルケィオスだったが、鬩ぎ合っていたローフルが急にそこから離脱したことによってバランスを崩し、隙だらけになってしまっている。しかし、完全ではないながらも流石はラクス。急ぎ旋回、向かって上方へ逃がれようとスラスターを全開で噴かした。
「避けきれるものかッ!」
 フレイはただひたすらに待ち続けていたのだ。高出力ビームランチャーをいかにも素人臭く撃ち続け、イクアリティが攻撃力重視の遠距離支援型機体だとラクスに思い込ませた。事実、イクアリティは攻撃力にもかなりの力を注ぎ込まれている。しかし、この機体の正確な用途は全く別。敵の機動、運動力を削ぐ、それこそが真価。
 カガリとの超接近戦の最中、ラクスはイクアリティのことはさして気にしていなかった。それは、エルケィオスとローフルが密着している事による『今、イクアリティがその肩に載せた威力の高すぎるビームランチャーを撃つはずがない』という確信めいた読みのためだったし、遠距離砲戦仕様の機体が急に斬りつけてきたところで、左腕一本で苦もなく対応できる自信もあったからだ。
 そのためか、ついラクスはカガリとのやりとりに没頭してしまった。らしくないミスだ。それとも、カガリの言葉と反応は彼女にとって自身がそれと気付かぬまでに重みのあることだったのか。
 宇宙空間での実散弾雨に、流石のエルケィオスもその場に縫いつけられたように動けなくなる。さらに、その装甲がいかにPS装甲とは言え、このチタン弾の雨の前には即座に限界着弾数を超えた。途端、脚や腰を中心とする箇所の色が抜け落ち、灰色の装甲に次々と細かな傷跡が穿たれていく。しかし、それでも上半身はピンクに染まったままだ。
「こいつ、各部ごとにバッテリーとジェネレーターがわかれてるのか!?」
「デカイだけのことはあるわね……でも、これで動きは互角のはず」
 エルケィオスは、その大きすぎる機体に驚異的な機動、運動性をもたせるために、駆動系とPS装甲用のエネルギーバッテリーを分け、専用のジェネレーターを機体各部に持たせてあった。それはPSダウン後の戦闘継続を意識した設計でもある。とは言え、下半身がバッテリー切れによりPSダウン、さらには損傷により正常な機体推進、安定の役を果たさなくなった以上、上半身のスラスターとアポジモーターだけではバランスの取れた今までのような運動は不可能。脚部が満足に動かないのではAMBAC機動も無理だろう。こればかりはその大きさが徒となったとしか言い様がない。
 急速離脱の際にカガリのローフルも散弾を結構な数喰らいはしたが、着弾数自体はエルケィオスとは比べものにならないほどに少ないものだ。まだまだPSダウンする程ではない。
 のろのろと体勢を立て直すエルケィオス。これは、まさしく千載一遇の勝機。
 ローフルブレードが再び光刃を形成し、その切っ先をエルケィオスへと向ける。
 とは言え、まだ確信には程遠い。そのような迷いで鈍った剣で果たしてあのラクスを討てるのか? 自分に彼女を討つだけの資格はあるのか? そんな思いがカガリの戦意を再び鈍らせた。
「カガリ、討ちなさい!」
「フレイ?」
 不意打ち気味に放たれたイクアリティのビームが、エルケィオスの右腕先を掠り、吹き飛ばした。あのダメージで、なお致命傷を避ける……逡巡から抜け出られないままのカガリが突っ込んでいたなら、まんまと反撃を喰っていただろう。
 続けて幾筋もの閃光が迸るが、ある程度バランスを取り戻したらしいエルケィオスにはもう当たらない。つくづく化物だ。機体も、パイロットも。
「戦った先にしか道が拓けないのなら、今はあの女を討つことでしか私達は進めない! それがわからないアンタじゃないでしょう!?」
「フレイ……」
「SEEDの未来なんて私は知らない! 私は、私はキラを取り戻す!」
 フレイはキラを取り戻すために、三年前の過ちを精算するために戦っている。軍属にありながら、男のために戦う姿はあまりにも女だ。そこには同性として憧憬すら抱く。
 では、自分は何のために……カガリ・ユラ・アスハは何のために剣を振るっている?
 アスランのためか? 否。それも確かにあるが、それが全てのわけが無い。それはカガリ個人の望みだ。
 自らの戦いをあくまで私闘だと言い切っているフレイならそれでも良い。だが、自分は違う。オーブ連邦首長国代表首長たる自分にとって、この戦いが私闘であって良いはずがない。それは、ラクスにしても同じはずだ。女という立場以前に、自らを縛り繋ぎ止める多くの枷がある。
 ラクスを憎みきれない。彼女が人間じゃないなんて思えない。それでも、今、討たなければならないのであれば……
「貴女の信念とは……その程度のものですか? カガリ・ユラ・アスハ」
 イクアリティの間断無い攻撃をいなしながら、ラクスが言い放つ。
「優しさは強さなどではありません。信念とそれを貫くだけの力を持ちながら、貴女はたくさんの人々の想いと願いを無にするのですか?」
 父に託された想い、オーブの人々の想い、砂漠の人々の想い、そして現在結界外で戦ってくれている仲間達の想いの意味を考えるならば、今自分が討つべきは、自分達にとって討たなければならない存在とは、即ち争いの芽だ。
「次代は剣を持って切り開くしかない。憎しみの連鎖を断ち切るのもまた剣。ならば、貴女の剣は何のためにその手にあるのです?」
 頭の中で、何かが弾ける感覚。
「ラクスッ!!!」
 唸りをあげて特攻するローフルは、それ自体が一降りの剣となって、イクアリティの砲撃を避けた直後のエルケィオスに斬りかかった。気迫、鋭さ、共にこれまでの斬撃の比ではない。
 その渾身の一撃を避けきれないと判断したラクスは、右足を無造作にローフルへと繰り出した。長大なビーム刃が、エルケィオスの右足首に相当する部分を刺し、貫き、薙ぎ、断つ。
 斬り放された足部が眩しくスパークし、爆発する。
「どうやら吹っ切れたようですね。見事……ですが」
 余裕。直接機体と繋がっているラクスには、操縦時のラグが無い。反応は迅速、かつ的確。
「詰めが甘いのは、弟と想い人譲りですわね」
 そう言うが早いか、エルケィオスの左メイン・アームから数本のコードが伸び、ローフルの機体を絡め取った。
「く、ああぁああッ!!」
 瞬間、高圧電流が流れ、ローフルの機体が白熱、光を放つ。
「確信はスタートライン。勝敗を決するものはまだその先にある」
 意思伝達への集中、自機及び敵機の位置確認、攻撃集中をそれぞれ瞬時にこなしながら、諭すようにラクスは語る。迸る電流にはPS装甲も全く意味を為さない。
 だが、そこにフレイが割って入った。イクアリティの斬撃に、ローフルの拘束が解け、エルケィオスがイクアリティと向き合う。
「ラクス・クラインッ!」
「もうクラインではないと、言いましたよ」
 イクアリティのビームサーベルとエルケィオスのビームサーベルが何度となく交錯、衝突を繰り返す。
「御高説にはもう飽きたわ! 理屈屋は、独りで勝手に哲学でもやってれば良かったのよ!」
「空虚に耽ることが、目的ではありませんでしたから」
「アンタの説教で宇宙を導けるなんて、そんな傲慢……ッ!!」
 イクアリティの攻撃が、執拗なまでにエルケィオスの野太い首へと繰り出され続ける。
「……ですが、人々がその傲慢を為政者ではなく一人のアイドルに望んだのも事実です」
「幻想を理想と履き違えた連中を、全てだと思ってることが既に傲慢だと言っている!」
 重なる機体。イクアリティが右腰からもう一本のビームサーベルを抜き放ち、エルケィオスの僅かに胸を抉る。そのお返しとばかりに、エルケィオスのサブ・アームが畳み掛けるように斬撃をお見舞いした。
 近接戦闘に向かないイクアリティでこれは、明らかに自殺行為……のはずであった。それなのに、斬り結んでいる。ダメージがあるとは言え、ローフルの斬撃すらものともしなかったエルケィオスと。
「流石に、違いますわね」
「何が、よ!」
 答えの定まりきっていなかったカガリとは、重みが違う攻撃。フレイが信じるものも、目指すものも、欲するものも、至ってシンプル。その明快さが故に、強い。そして、今その強さはラクスが予想したとおりのステージへと進もうとしていた。
「フレイ・アルスター……ナチュラルであるはずの貴女が、どうしてここまでわたくしとやり合えるのか……その意味をもうわかっているはずです」
 傲岸にして不遜な文句。しかし、事実としてそれは間違っていない。フレイは単なるナチュラル、それも二年前まではMSになど触れたこともなかった女だ。戦闘は不得手だというラクスだったが、それにしたところでただの人間であるはずのフレイが戦い続けられる相手ではない。そもそも生物としての次元、ステージそのものが違うのだから。
「目を背けるのはおやめなさい」
 ラクスの声には相変わらず淀みが無い。静かに、強い。心理戦になど持ち込まれた日には、敗北は必定――そう自分に言い聞かせる。それが彼女の言葉を、紡がれるであろう答えを聞きたくないがためだけの言い訳だとしても。
「わからない、わかりたくもないわ! 私は人間……ただの人間で充分よ!」
 フレイの咆吼は、その可能性を否定するための必死の叫びだった。自分はナチュラルだから。ナチュラルでなければいけないから。愛することも、憎むことも、全てがナチュラルだから出来たこと。
「もう、引き返すことは出来ないところまで来ているのです。SEEDはシンクロする。一つの発芽は他のSEEDの発芽をも促す。キラの最も近くにいた貴女の――」
「黙れよ!!」
 その刹那、イクアリティのビームサーベルが僅かに膨れ上がった気がした。さらに鋭さを増す斬撃。ギリギリのそれを避けたエルケィオスに、今度は間髪入れずバルカンの洗礼、続けて至近距離からのビームランチャーをお見舞いする。
「貴女のSEEDは、確実に芽を出そうとしている……!」
 いつも通りの口調とは裏腹、ラクスにももはや余裕など無かった。フレイの攻撃は一撃ごとににその速さ、威力、的確さを上げている。気のせいなどではなく、本当にだ。それでもその全てを避けきったエルケィオスの、胸部スキュラが光を迸らせた。
「そんな事のためにキラを愛したんじゃない!」
 怒号が、そんなものは響かぬはずの宇宙に広まり、力を放つような錯覚。いや、それは果たして本当に錯覚なのか。
 スキュラの先に、既にイクアリティの姿はなかった。ダイレクト・インターフェイス・システムと言えでも、操縦者が知覚も予測もできない動きには当然反応しきれるものではない。とは言え、続く右側からの急襲を咄嗟に捌けたのはやはり伝達速度の速さがものを言うシステムのおかげであった。現時点でMSが搭載しているどんなオート回避システムよりも早く、的確な回避補正。
「復讐のため……コーディネーター抹殺のためですか?」
「黙れと言ったぁッ!!!」
 エルケィオスは押されていた。満身創痍であること以上に、フレイの魂とでも言うべきものに押されていた。
 カガリから見たその様は、まるで生命を呼び水として力が集結し、放出されていくかのようだった。その度に、イクアリティのビームサーベルは輝きを増して感じられた。
 MSは所詮はただの兵器、人の意志を通じて力を増すなど、あるはずがない。ナンセンスだ。ナンセンスだが……イクアリティはフレイの意志を汲み取っているとしか思えない。あの力は、人の想念そのものだ。
「私はキラを愛してる……でも、全てのコーディネーターを赦せるほど寛容じゃない!」
 この二年の間、封じ込めていた怨念の扉が開く。
 その感情も、ナチュラルであればこそ。もし自分がラクスの言うように既にSEEDであるならば、抱けない。抱くことなど出来なくなってしまう。
「愛することが出来た貴女が、赦すことが出来ないはずなど、無いでしょう?」
「愛で消える程度の憎悪なら、最初から誰も苦しみはしないわよッ!」
 だからこれはフレイの意地だった。意地が発芽を押さえつけていたと言っていい。
 父が死んだ時の痛み。キラを失ったと思った時の痛み。それら痛痒の記憶が全身を駆けめぐり、イクアリティの力がさらに加速度的に増す感覚。
 ついにはエルケィオスの巨体がイクアリティに力負けし、後方を漂っていった戦艦の残骸に押しつけられる形となった。信じがたい光景だった。ラクスにしてもこれは計算外もいいところだ。フレイのSEEDはまだ覚醒しきっていない。いや、たとえ覚醒したところでそれがMSの性能そのものに左右するはずなど無い。ダメージを追っているとは言え、それでもエルケィオスのパワーは少なく見積もってもイクアリティの二倍はあるはずなのだ。
 混乱してばかりもいられない。馬鹿でかい肩アーマーから三対のサブ・アームが飛び出し、イクアリティを引き剥がそうと試みた。が、それらは突っ込んできたローフルの斬撃によってあっさりと斬り落とされた。
「今、お前は間違いなくこの宇宙の災厄だ! 禍根は此処で全て断つ!」
 自身の迷いごと断ち切るかのような、鋭い斬撃がエルケィオスを襲う。
 カガリとフレイの呼吸は実に合っていた。三年前からは考えられないほどに。このラクスにとってはるかに予想外の成長が、愛する者の不在と、倒すべき相手の存在によってもたらされたというのなら、自分は人間という存在をなんとまぁ過小評価していたのか。だが、それでも自分はラクスなのだ。
「災厄はジョージ・グレンの時代に既に始まっていました」
 キラにも劣らぬ手捌きで、失われたサブアーム分の重量変化、機体バランスなどに補正をかける。負けられないのではなく、負けたくないのかも知れない。そう考えるだけで、形良い唇の端が歪んだ。
「所詮は血塗られた時代だったのです」
「今この世界に広がる争乱という地獄を具現させたのはアンタでしょう!?」
 フレイのその絶叫に対する答えは、瞬時に近距離戦用の拡散ビーム砲のシャワーとなってイクアリティの機体前面を焼いた。
「くぁ……ッ!」
 PS装甲に覆われた表面装甲が爛れ、その意味を無くす。
「三年前の最後の戦いで、確かに全ての勢力は疲弊し、戦う力を失いました」
 それでもフレイは、焼け爛れ、意味を失った装甲でエルケィオスの懐へと潜り込んでいく。
「けれど、そんなものは平和でも何でもない。そこに存在しているのが持つ者と持たざる者である限り、人は争い続ける」
「その物言い、クルーゼを思い出させるその口……!」
「いいえ。彼はそこで絶望し、自己を哀れみ、全てを消し去ることを望んだ」
「今のアンタの、何処が違うと言うの!?」
 距離をとり、射撃姿勢に入ろうとする巨体をその都度にフレイのイクアリティが突っ込んで邪魔をする。あくまで接近戦にこだわりたいらしいことを察したラクスは、イクアリティとの距離を保ちつつ、ローフルへビームを放った。
「あのバカ! 突っ込みすぎだ!」
 援護に向かおうとするカガリだったが、牽制のビームに阻まれて上手く近付けない。エルケィオスのダメージは既に相当のもののはずだ。それなのに、あの機体から感じるプレッシャーのようなものはまだカガリを安心させてはくれなかった。
 レバーを握る手が汗で湿る。……怖い。ラクスが纏うあの『大いなる混沌』が、怖ろしい。
 一方、フレイには怖れる以上に、ラクスを討たねば、という感情の方が大きかった。
「ですから……このような時代であったればこそ、新たな時代のために導き、手を下す者が必要だったのだと」
「偽善者が、戯言ばかりを……!」
 時代の一言で、今までの全てを片付けられてはたまらない。あくまで人間であろうとするフレイにとって、まさしく許し難い傲慢であった。
「こんのぉッッ!!!」
 機体前面を焼かれはしたが、そのダメージ自体は別段重くもない。フレイの怒りのままに、イクアリティの右肩に備わった大型ビーム・ランチャーが火を噴く。が、照準合わせの際に生じたほんの少しのタイムラグでエルケィオスは僅かに機体をずらしていた。
 ビームは、後方を漂う戦艦の残骸へと虚しく吸い込まれていく。
「そんな!」
 その避けた動作の流れでエルケィオスは既に次の行動に移っていた。巨大なビームサーベルがイクアリティの胴を断たんと横薙ぎに振るわれる。致命的だ。

 ――やられるッ!――

 迫る光刃。自分めがけてせまる固定粒子束の剣が、ただ美しい。
 不思議なほどにゆっくりと、静かに流れる時間。
 フレイは自らの死を確信した。確信しながらも、足掻こうとした。抗おうとした。
 かつて、クルーゼは言った。自分は生に絶望している、と。人の傲りによって造り出され、挙げ句には失敗作と言われて捨てられた男は、その憎悪を世界そのものに向けるしかなかったのだ。
 父を殺され、全てのコーディネーターを憎み、稚拙にもキラを利用した自分ですら、彼と比べれば幸福であった。少なくとも、キラを愛することが出来ただけでも自分の生は無駄ではなかったはずだ。
(そう、少なくとも、私は憎悪だけで生きたワケじゃない)
 ああ、ならば、もう此処で果てても良いのではないだろか。キラを欺いた罪、サイを傷付けた罪、三年前にはからずも連合に核攻撃を許してしまった罪……それら全てを今此処で精算し、あの優しかった父のもとへと行っていいのではないだろうか。

 ――フレイ――

「……キラ?」
 聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。おそらくは幻聴か、それとも、もしもそれが彼の意志だというのなら……まだ、死ねない。まだ死ねないと、思った。死にたくないと思った。伝えたい言葉を伝えるまで……悔いを残したままでは、逝けない。
「キラァッ!!」
 あらん限りの絶叫。ただ、その名を。今の自分が最も求める名を、欲するものを、全身を震わせて、叫んだ。
 理想もなく、大儀もなく、それでも自分が戦い続ける原動力。かつては憎み、利用し、そして愛した相手の名を、叫んだ。
 薄汚い情念だと笑いたい奴は、笑えばいい。あさましい女だと蔑みたければ、蔑めばいい。だが、この想いこそが今の自分にとっての全てだ。
 生への渇望。溢れんばかりの執着は宇宙を震わせ、そしてその時、偶然はフレイに味方した。

「……あ――」

 呆気にとられたかのようなラクスの声がスピーカーから聞こえた気がしたのも束の間。
 大爆発。
 エルケィオスの影にいたフレイには何が起こったのかわからない。ただ、不意に体を襲った衝撃に耐えることしか出来なかった。



「……ラクス、フレイ!!」
 その場において、カガリだけは何が起こったのかを正確に把握していた。
 フレイの放ったビームは、幸か不幸か……この場合は幸運だったと考えて良いだろう。エルケィオスの背後に浮かんでいた残骸の、まだ生きていた動力部をかすめていたのだ。
 背後で突然の大爆発……PS装甲の切れかけていたエルケィオスにとって、これは致命的だった。もしもその巨体が盾となっていなかったなら、装甲表面を焼かれていたイクアリティもただでは済まなかっただろう。
 エルケィオスは、並はずれた重装甲によってその原形はとどめているものの、戦闘継続は不可能のように思われた。

 夥しい破片が浮かぶ中、フレイは自らの呼吸、そして鼓動をぼんやりと聞きながら、戦闘の終結を感じていた。















 同日・20時49分
 月軌道上エル・シード艦隊旗艦アルカディア周辺宙域
 結界境界線






「……終わった、みたいだね」
「そう、だな」
 フラガ、イザーク、ディアッカの三人が率いるオーブ、新生ザフト両軍の最精鋭を相手に、彼らを一歩たりともアルカディアに近付けなかった二機のケィオスが、ふと動きを止めた。
「……どうしたんだ?」
 それを見て、既に左腕のないスルトも、訝しみながらも動きを止める。好機とばかりにライフルの照準を合わせようとした大破寸前のGUは、Aバスターに止められた。
「ディアッカ! 千載一遇のチャンスだというのに……」
「いいから、待てよ」
 Aバスターも所々被弾し、満身創痍だ。
「フラガさん」
 戦闘開始時以来、一言も話そうとしなかったキラから、フラガとディアッカ、そしてイザークにだけ通信が入った。もっとも、この宙域にいる他の機体は両機によって完全に戦闘能力を奪われているため、この三人に通信を入れるだけで停戦は成る。
「エル・シードの象徴、ラクス・クラインは敗北しました」
「!? ……どういうことだ?」
 キラは、まるでそうなることがわかっていたかのように、さらりと述べた。
「エル・シード……少なくともその親衛隊は現時点で我々以外は壊滅。各地での戦いは終わらないだろうが、此処での戦いは……終わったんだ」
 アスランも、キラと同じく敗北したことなど特に何とも思っていないかのように、極めて客観的に戦闘の終結を告げた。キラ・ケィオスとアスラン・ケィオスがそれぞれの武器を手放し、機体をPSダウンさせてみせる。
「キラ……アスラン……」
 戦闘終結へのその潔さは、あの頃と何一つ変わらない。
「僕達は投降します」
 フラガとディアッカは、今、キラが微笑みながらそう告げたのではないかと思った。それも、ひどく寂しげな微笑みで。















 同日・20時57分
 月軌道上エル・シード艦隊旗艦アルカディア
 MS発進デッキ






 静かにそこに横たえられたラクスの身体は、並の人間ばかりでなく、コーディネーターですらも死んでいておかしくないほどの酷い状態だった。呼吸するたびに血の泡を吹きながら、それでもその顔には笑みをたたえ、それが……結局は最期までラクスだった。
「……報い、なのでしょうね」
 何の、とは言わない。フレイもカガリも、聞かない。
 ただ、ラクスをぼんやりと見つめながら、その血の朱いことが、どうしようもなく悲しい。限りなく無重力に近い空間で、血は丸いシャボンの玉のようにプカプカと宙を彷徨う。それはあたかも、ラクスの生命が宇宙に還元されていくかのようだった。
「女としての人格も、躰も備わっていながら、女として生きることを許されなかった。母になれない者が母を演じなければならない……そんな業も、ようやく終わる……」
 一息、深く深く、艦内に漂う人工の空気を吸い込み、漏れ出そうとする血流を押し戻す。
「……満足して、逝けそう?」
 フレイの問いに、ラクスは満面の笑みを浮かべた。
 今までの彼女が浮かべていたものとは打って変わった、良い、笑顔だった。
「これまでの所業に、後悔はしていません。わたくしは、わたくしとして駆け抜けた。造られた意味を享受し、最期までラクスであることを全うしたのですから」
 それは余人には計り知れぬ、ラクスのみが知る満足感だったのかも知れない。所詮は創造者の道具に過ぎなかったと断ずることは容易いが、今の彼女が浮かべている安らぎと満足感を見れば、それが嘘でないことなど一目でわかる。
 ラクスは、最期までラクスであることを貫き通し、そのことに満足している。それが全てだった。
「わたくしは、所詮は死ぬために戦っていたようなもの……エル・シード盟主としてのわたくしは確かに理想と大儀に殉じるつもりでした。ですが、ラクス・クライン個人は、何のことはない。己の生命に絶望した一人の馬鹿な女……」
 クルーゼのことを馬鹿に出来たものではない。造られた存在であることに絶望し、未来のためと言いつつこの宇宙に災禍をふりまいた自分は、結局は彼と何一つ違わないのではないか、なんてことには、とっくに気がついていた。
 キラも、アスランも、そして今は亡きアンドリュー・バルトフェルドも、そんなラクスの心底を理解して、なお協力してくれていたフシがある。「何故?」とは聞かなかった。ただ、なんとなくだが、それは聞くべきような事じゃないと思ったから。
 建前に縋り、たくさんの人々を踏み台にして、それでも未来が視たかった。キラやアスランへの愛に生きるよりも、自分の存在を証明したかった。仕組まれ造られた生命であることに絶望しながらも今この瞬間まで生に執着したのは、ただそのためだけに。造られたことに意味があるのなら、その意味を全うすることには何物にも代え難い存在証明がある。
 ……だから、笑って逝ける。
「心残りと言えば……ただ一つ」
 口許から、朱いシャボンが幾玉か浮かぶ。悲しい色だった。胸が詰まるような、朱だった。
「……父のことです。シーゲル・クラインの娘として暮らした日々は、とても優しかった。あの方は、まごうこと無くわたくしの父でした」
 朱い玉に混じって、透明な玉雫が浮かぶ。
「出来れば、詫びたいものですけれど……無理でしょうね」
 ――わたくしの神様は、天国なんて用意しておられないでしょうから――
 声にならない言葉を彷徨うシャボンの玉に乗せ、ラクスは瞑目した。
 人ならざる者の気持ちを理解することは出来ずとも、父を亡くした者の気持ち、それはフレイもカガリも誰よりもわかるつもりだ。
「それでも、かなうなら、わたくしはラクス・クラインとして逝きたい」
 ラクスが咳き込み、一際大きな血の玉が幾つも浮かぶ。
 自らに課せられた役目を全うしようとすることで、生は貫いた。ならば、死ぬ時は一人の娘として逝きたかった。優しかった、父のもとへ。キラとアスランへの想いを抱いたまま、最後くらいは情念に従ってよいはずだと信じて。
「……会えるさ。きっと。……お前は、ラクス・クラインなんだから」
 そう言って涙ぐむカガリの方へと、瞳は閉じられたまま、顔のみ向けて微笑んだ後、もう一度だけ大きく息を吸い、吐いた。もはや、咳き込む力すらその肉体には残されていないらしい。
 自分という存在の顛末を見取ってくれたのがこの二人であることに、ラクスは心から感謝した。自分には過ぎた最期だ。死の瞬間がこのような幸福であることを、ただ感謝した。
「世界を導くのは……カガリさん、本当は貴女のような人の役目です。どうか、より良き未来を……願わくば、争い無く明日を切り開ける強さを……」
 掠れ、囁くようなラクスの切ない願いに、しかしカガリは素直に頷くことは出来なかった。為政者としてどころか、自分は人間としてまだまだ未熟なのだということを、この戦いでこれでもかというほどに痛感させられた。そんな自分が人々を導こうなど烏滸がましいにも程がある。死にゆく彼女の最後の願いに応えられない不甲斐なさが、悲しみとともに雫玉となっていく。
 そんなカガリの苦渋を感じえたのかそうでなかったのか、ラクスは僅かに頷いたように見えた。
 ゆっくりと流れる刻が、死の影を色濃く落とし、最期の瞬間は着実に近付いていく。
「フレイさん……」
 ラクスはフレイへと向き直し、名を呼んだ後、しかし何も言わなかった。何も言わずそのまま天を仰ぎ、瞑目した。
 フレイもまた、何も言わなかった。静かに、ラクスを見つめていた。
 そのやりとりだけで、充分だった。
 
 そして、瞼が薄く開かれ、何かを探すように動いた瞳は、何も無い虚空へと向けられたまま、結局は再び閉じられた。

「……わたくしは……きっと、貴女が……貴女方が……羨ましかった……」

 その呟きを最後に、ラクスは動かなくなった。永遠に。



 カガリは泣いた。悲しかった。ラクスの言うとおりだ。彼女は、確かに自分にとっては戦友であり、掛け替えのない友人だったのだ。
 温度が失われつつある安らかな死に顔。彼女に託された未来を、果たして自分は背負えるのだろうか?
 重圧に押し潰されそうになる心は、ただアスランに逢いたいと願い、軋んだ。
 彼女の死に、アスランは泣くだろうか?
 ……きっと、泣くだろう。涙を流さずとも、哭くだろう。彼はそう言う男だから。
 彼と最後に逢ってから二年。隣にいることが出来ないのがこんなにも歯痒く心細いのは、初めてかも知れない。だから、逢いたかった。早く、逢いたかった。

 フレイはラクスの安らかな顔を、呆けたように眺めていた。
 自分は彼女を本気で憎んでいたのだろうか? ……おそらくは、違ったのだろうなと思う。
 憎むことで誤魔化しながら、彼女を追い続けた影には、もっと別の感情が潜んでいたのだ。けれど、それを認めるわけにはいかなかった。
 ラクスもまた、追い続け、求め倦ねいていたからだ。それでも最後までラクス・クラインを全うした彼女に対し、自分は最後までフレイ・アルスターを全うすることで応えようと思う。
 だから、彼女の今際の言葉に対し、自分が紡ぐべきはこんな言葉で良いはずだ。嘯くように。エル・シードのラクスにではなく、ラクス・クラインに。

「……なによ。結局、人間だったんじゃない……あんたも」



 同日・21時02分
 ラクス・クライン 死亡
















 戦いは終結した。
 元より敗色濃厚だったエル・シードは、「ラクス討たれる」の報を聞くや否や、各地で特攻、玉砕が相次いだ。
 投降者は、ごく僅かだったらしい。
 ある者は憤怒、ある者は絶望、ある者は最後まで理想に殉じ、宇宙の塵となり、大地の染みとなった。

『新たな時代には新たな種を』

 新たな時代が到来することは、結局は無かった。
 ただ、その言葉は否応なく人々の脳裏に刻み付けられることとなった。

 蜂起からたった一ヶ月足らずの争乱にしては異例の被害、損害に、生き残った各国代表はただ頭を痛めた。前大戦から二年、ようやく復旧の兆しが見え始めたところだったこともあってか、人々はやり場のない憤りにその身を焦がした。
 ほぼ全ての戦場はまさしく殲滅戦の様相を呈し、どちらかがが、いや、この場合はエル・シードが滅びるまで砲火を放ち続けた。
 破壊されたプラント数も二つや三つではない。
 人類は、また一つ新たな十字架を背負うこととなったのである。





エピローグ




 始まりの惑星、木星。
 かつてジョージ・グレンが、羽鯨と、ラクスの遺伝子情報を発見した場所に、キラとフレイは訪れていた。
「……寂しい、場所ね」
「そう、だね」
 本来、人が存在出来ないはずの空間。ガスに覆われた高重力の太陽系第五惑星。ラクスを葬るにはあまりにも悲しく寂しい場所の気がしたが、それが彼女の遺言だというなら、仕方がない。
「ラクスは……地球も、プラントも愛していたけど、それでも自分の故郷は違うんだって、そう言ってたんだ」
 異邦人であることを儚みながら、それでも何処とも知れぬ故郷を想っていたのだとすれば、彼女もまた自分と同じように帰る場所を探し続けていただけの少女だったのだとフレイは思う。
 ラクスは、キラのことも、アスランのことも愛していた。けれど、愛する男ですら彼女の帰るべき場所には成りえなかったのだ。高らかに愛を唱い、人々にその尊さを説きながら、自身はけして愛に生きることの出来なかった哀しい女。

 ――でも、そんな憐憫を貴女は喜ばないでしょうね――

 自分は確かに女としての情の深さではラクスに勝っていたかも知れないが、目の前の墓標を見れば胸に湧き上がるのは敗北感でしかなかった。愛しい人と二人、互いが互いの帰る場所と成りえたことは素直に嬉しい。戸籍上は死亡扱いのキラと、これからは日陰で生きるしかないが、そのくらい、耐えていけると思う。
 だが、キラはラクスのことをきっと忘れない。アスランも、それは変わるまい。



 あの戦いの後、キラとアスランは表向きは最後の戦闘で戦死したと報告された。二人の存命を知っているのは、ケルビムのメインクルーと、後はディアッカ、イザークくらいのものだ。皆が再会を喜び合う中、イザークだけは最後までいつもの通りだったが、別れの時には静かにアスランへと右手を差し出していた。
 二機のケィオスガンダムは、接収されずに爆破された。Nジャマーキャンセラーは存在してはならない技術、誰かがまた核戦争などを起こさぬようにと。フリーダムとジャスティスは、既に爆破済みとのことだった。
 各地のエル・シード残存勢力の掃討はまだしばらくかかりそうだったが、多少胸を痛めはしても、それ以上の感慨は何故か湧かなかった。彼らの戦いを、人はすぐに忘れてしまうだろう。だが、ラクスの言葉通りなら、この戦いを通して人々のSEEDは少なからず影響を受けたはずだ。エル・シードの争乱によって新たな世界が到来することこそ無かったが、人類全体が新たな種へと歩を進める日も、もしかしたらそう遠くはないのかも知れない。

 カガリは簡単な事後処理を終えると同時にオーブの代表首長を辞任、今はオーブ領内の小さな島で、アスランと共に暮らしている。
『私には、為政者としての資格なんて無い』
 そう言って哀しく微笑んだ彼女は、しかし随分と強く成長したかのように見えた。
 カガリは、近い将来再び歴史の表舞台へ上がるだろうとフレイは思っている。自分と違い、彼女には理想も、大儀もある。誰が何と言おうと、たとえ彼女自身が否定しようと、世界を導くだけの力があるのだから。今は、ほんの僅かな休息の時なのだ。

 ケルビムのメインクルー達――元AAクルー達――のほとんどは軍を辞し、それぞれの道を歩き出した。寂し気に微笑んだ後、控え目に手を振りながら去っていったサイの姿が、フレイの目に焼き付いている。
 ディアッカは、結局ザフトを辞め、どんなに邪険にされてもミリィの側で暮らすつもりだとのことだった。オーブにあるトールの墓所のすぐ近くに建てられた家で、二人もまた戦いの傷を癒しながら、その痛みをけして忘れることなく生きていくのだろう。
 マリューは、意外なことにオーブ軍に留まることにしたらしい。元々軍人向きではなかった彼女が何故敢えて軍に残ったのか……フレイには何となくわかる気がした。今後は将官として、軍を本来あるべき姿へと導いていってくれることだろう。
 一方、フラガの方は今度こそ教官として後方から軍にたずさわるつもりなのだそうだ。『ヒヨッ子共にMSの乗り方教えながら、戦いの虚しさも同時に教えてやらにゃな』――そう言って笑った顔は、何処かクルーゼに似ていると思った。



 宇宙船の中。自室の窓から、木星を眺める。ラクスを葬った場所は、ガスに覆われてとうに見えなくなってしまっているが、フレイは何となくそれがあるであろう方向を眺め続けていた。
 キラはベッドへと腰掛けたまま、一言も話そうとしない。その表情は、余人が見ても特に気にはならないだろうが、フレイには苦渋に満ちている様が痛いほどよくわかった。
 どれくらいそうしていただろうか。
「……本当は、僕も責任をとらなくちゃいけないのにね」
 ポツリと、キラはそう言って血が滲むほどに唇を噛み締めた。
「全ての人達がSEEDになりさえすれば、僕みたいな想いを味わう人はもういなくなるはずだって……いや、本当は違うんだ。そんな大層な理由からじゃなくて……二年前は、ただ君の前から逃げ出したくて……僕には、君と一緒にいる資格なんて無かった。今だって、本当はないんだ……だから」
 捲し立てるように、後悔を……おそらくは、二年前から心の奥底にしまい続けてきた想いを口にするキラを、フレイはそっと抱きしめた。
「……それでも、生きろと言われたんでしょう?」
 キラは、おそらくは自分に討たれたがっていたのではないかと思う。だから、フレイとカガリは最後の戦いではラクスとは別にキラとアスランを相手にしなければならない覚悟も決めていた。しかし、結局はキラもアスランもラクスの意向で自分達二人以外の足留めという役目を与えられたのは、それが彼女なりの愛し方だったからだろう。
 キラもアスランも、本心から死を望んで、しかしそこに逃避することはできなかったのだ。彼女が最後に示した愛に報いることで、誰よりも重く大きな十字架を背負いつつ、それでも生き延びなければならなくなった。
「私もね、あなたと一緒にいる資格なんて無いのよ。優しいあなたを戦いへと駆り立てたのは、私なんだから」
 キラがその両手を汚してきた原因の大部分は、自分にある。二年前の戦いで図らずも連合に核の使用を許させたのも、自分だ。そして、今はその両手すら血塗られているのだ。責任の有無の話をしたら、裁かれるべきは誰よりも自分であるはずだった。だから、キラかラクスに討たれるなら、それもいいと思ったのもまた事実なのだ。
「……でも、ね」
 ラクスとの戦いの記憶が甦る。
 死を前にして、今はその腕で抱きしめている相手の名を叫んだ時の感情をなぞる。
 人は死ぬためには生きられないのだ。自分のために、誰かのために、生き続けようとするところに人の存在はあるのだから。そのために他の何を犠牲にしてでも、守りたいものを、心から欲するものを見つけた時、人は優しさだけでは生きられなくなる。それでも生き続けなければならないのなら、その汚さと苦痛に満ちた生そのものに贖罪は含まれるのだと信じたい。
 だから、ラクスも本当は死ぬべきではなかった。泥を啜ってでも生き延びるべきだった。何よりも、生きていて欲しかった。
「逃げることは、簡単なのよ。だから、私達は生き続けなくちゃならない……そうでしょう?」
 優しく抱きしめてくれるフレイの腕の中で、キラは肩を振るわせていた。
「……そう、かも知れない。でも……戦えと言われたから戦って、生きろと言われたから生きる……僕は……僕は……」
 嗚咽。
 フレイの言うことはわかる。まさしく、その通りなのだ。けれども、不甲斐なかった。
「僕は……結局何一つ自分で決めようとすらせず、全てを人に委ねて、何処かで責任を回避しようとしてきた。ずっと……ずっとそうだ」
 キラは泣いた。泣きながら、全ての蟠りを吐き出そうとした。
 悩むことで優しいフリをして、判断を人に委ねることで常に自分を誤魔化してきた。フレイも、カガリも、ラクスも、必死に自分であろうとしていたのに。
「結局は、全て僕のせいなのに……そう考えると、怖くて……」
 生き続けることでさらに醜くなっていく、そんな自分が嫌なのに、それを変えることすら出来ない。他人の視線が怖いのに、他人から離れるのはもっと怖い。
「君を初めて抱いた時も、僕は心の何処かでサイへの優越感を感じていた……戦いの中、敵を討つことへの罪悪感よりも、みんなに頼られて必要とされることが嬉しかった……」
 ただコーディネーターであるということだけで疎外されることへの絶望感。銃口を向けた先、喪われていく生命を生贄に自分の立ち位置を確立し続けることへのジレンマ。しかも、それは自分が決めたことではないのだと言い訳しつつ、他人の生命を吸って生きているなんてことを認めたくなくて。
「君に、戦えって道を指し示された時、僕は嗤っていたんだ」
 それどころか、救えなかった少女のことすら免罪符にしていたのではないかと、そう考えるたびにゾッとする。
 何のことはない。まさしく狂気。バーサーカーというのも、あながち間違いではなかったのだ。
 だから、人を殺さずとも自分の存在を周囲に知らしめることの出来る力をラクスから与えられた時、これでようやく怨念から解放されるのだと思った。自分がとどめを刺さなかったからと言って、混迷する戦場で行動不能に陥った機体の末路など知れているのに、奪った生命への責任からすら逃げ出して……
 ラクスが未来へと導いてくれるのなら、自分は一降りの剣となって、何も考えずにただ彼女に寄り添っていようと、そう思ってエル・シードの守護神となった。それがどんなに罪深いことなのかも忘れて。
「それでも……それでも僕は赦されるって……生きていていいなんて……そんなことあるわけがない! そんな、そんな都合のいい現実……それがわかってるから、僕は……僕は……!!」

 ――生きていていいはずがない――

 叫び、子供のように泣きじゃくるキラを抱きしめる腕に力を込め、フレイもまた泣いていた。
「そう、よ。赦されるはずなんてない。私達を赦してくれる人なんていない。でも……でもね、キラ」
 赦されるあてもない贖罪。償うための生。しかし、それでも。
「私は……私だけは貴方を赦すから。貴方の罪を、一緒に背負うから……だから……」
 その後はもう言葉にならなかった。互いの涙で顔を濡らしながら、何度も口吻た。赦しを請うように、何度も。何度も。それまではただ抱きしめられるだけだったキラの両腕が、フレイの背へとまわされ、混じり合う嗚咽はけして癒されることの無い傷を、痛みを伴いつつも優しく撫ぜた。
「……僕は……僕達は生き続けなくちゃいけないのか……」
「そう、よ。生きて……生きて、生きて、生き抜いて……そうしてようやく死ねる時まで……たとえ赦されなくても」
 互いの羽の痛みを感じながら、それでも羽ばたき続ける。独りでは届かなくとも、辿り着けなくとも、いつか赦されるその日まで。二人、彷徨いながら、答えを探して。
 抱き合う二人の耳に、木星の闇の中、何処かでラクスの歌声が聞こえたような気がした。


Fin    





■『EPS−X20・イクアリティガンダム』

 オーブ・モルゲンレーテ社が開発した最新のガンダムタイプMS。はじめからナチュラル用にと企画開発されたガンダムでもある。
 ナチュラルの凡庸な肉体ではこれまでのガンダムタイプが持つ規格外の機動性、運動性には耐えられないことから、主に防御面を特化。高い機動性、運動性を持つ敵とも渡り合えるよう、それを削ぐための装備を多数有している。両肩とバックパックに装備されたチタン散弾、両腕に装備されたアンカーなどがその最たるもの。
 タイプ的には遠距離砲撃型だが、中距離支援能力も高い。右肩部にマウントされた高出力ビームランチャーは独立装備なので、機体からのエネルギー供給を必要としない。
 ナチュラル用ガンダム開発計画の専属テストパイロットでもあったフレイの実質専用機。
 スゲェわかりやすく言えば、ターミナスキャノンを肩に乗っけたアルトアイゼン。



■『EPS−X21・ローフルガンダム』

 イクアリティと同時開発されたナチュラル用ガンダム。こちらも防御特化型。イクアリティによって機動性、運動性を削がれた敵を、近接戦闘によって確実に落とす。この二機は併用することで真価を発揮する、と言うより、ローフルは攻勢の場合は運用上イクアリティと共に行動しなければ機動性及び運動性の高い敵には対応しきれない超問題機である(最も、防衛用としてなら単体でも相当な戦果を期待できる)。
 主武器は巨大なビーム刃を発生させるビームソード『ローフルブレード』。予備武器としてビームランス。
 完成直後、カガリが自分専用機として開発主任のエリカ・シモンズから半ば強引に引き取った。エネルギー偏向システム仕様の大盾『リフレクトシールド』を装備しており、イクアリティよりも防御力はさらに高い。なお、リフレクトシールドはそれ自体がバッテリーとジェネレーターを搭載しているため、本体からのエネルギー供給は必要ない。



■『SCG−X04・エルケィオス』

 ラクスがフレイ、カガリと決着をつけるためだけに自分専用機として開発させていた決闘用巨大MA。信じられないことに、PS発動時の機体色はピンク色。ずんぐりとした重装甲の体型にスパイク付きの巨大な両腕、三対のビームサーベル付きサブ・アーム、内蔵武器として多数のビーム砲、レールガンと、胸部に二門のスキュラビーム砲を装備。攻撃、防御両面に穴がない。
 ただし、ラクスの意向によりNジャマーキャンセラーは搭載されておらず、上半身に搭載されているメインジェネレーターと大型バッテリー他、頭部、右腕部、左腕部、胸部、背部、下半身がそれぞれ独立したバッテリー及びジェネレーターによってPS装甲と内蔵武器を発動させている。メインジェネレ−ターとそこにEN供給する大型バッテリーは主に駆動系にのみ使用。
 機動性、運動性の双方にも優れたまさに無敵の機体だったが、イクアリティの散弾を浴びて運動性が大幅にダウンした後は堅いだけの大きいまととなってしまった。



■フレイ・アルスター

 三年前、クルーゼに騙され連合にNジャマーキャンセラーの技術を提供する羽目になってしまった彼女だったが、幸か不幸かそれを知る連合関係者はザフトのジェネシスによる攻撃で全員死亡。さらには戦後の混乱に乗じてラクスがNジャマーキャンセラーに関する技術を全て破棄(実際には独占)してしまったため、彼女はなんら罪を問われることもなく、オーブへと送還された。キラと満足に再会する間もなく……
 その後、キラが残したノーマルスーツに身を包み、少しでも彼が感じたものを知ろうと新型ガンダムのテストパイロットに志願。争乱勃発と同時にオーブ首都占領を狙ったエル・シード軍の一部隊をカガリと共に見事掃討してみせた。
 コーディネーターへの憎悪は表向き潜めてはいるが、けして消えたわけではない。戦場にフリーダムが現れたと聞き、ただキラと再び逢うためだけにイクアリティを駆る彼女は、もはやあの頃の少女ではなく一人の女であり、戦士だった。
 ラクスを嫌うが、本心では彼女を自分がけして敵わぬ相手として認め、羨んですらいる。
 争乱後、木星へラクスの遺骨を葬りに行った後、キラと共に何処ともなく旅立つ。



■カガリ・ユラ・アスハ

 現オーブ連邦首長国代表首長。重圧に押し潰されそうになりながら、しかし傍にはアスランもキラもいない。苦しみ喘ぎながら、周囲にはそれを零せない彼女にとって、フレイとはいつの間にか同じ想いを共有する友人関係へとなっていった(基本的にはソリが合わないので喧嘩は絶えないが)。
 熱くなりやすく、単純直情型。思い込んだら一直線。
 激務の合間の気晴らしにと時折新型ガンダムのテストパイロットをしていたが、エル・シード蜂起後はキサカ達側近の必死の制止を振り切ってローフルを駆り、最前戦、さらには宇宙へ。
 ラクスとの戦いの最中、彼女の生き様を見て自分がいかに為政者として未熟だったかを悟り、争乱後は代表首長を辞任。約十年もの間、表舞台から姿を消す。復帰後は史上希に見る聡明な指導者として、オーブばかりではなく世界の導き手として後世に名を残すことに。公式記録では生涯独身を貫いたとされているが、実際には彼女の隣には常にアスランが付き添っていた。



■ラクス・クライン

 エル・シードの盟主にして象徴。未来を築くのは、ナチュラルでもコーディネーターでもない真の人間の進化系、『SEED』であるとし、世界を導こうとした。
 その遺伝子情報はジョージ・グレンが木星にて羽鯨を発見した際に同時に見つけたもので、先史文明が銀河系の後継たる人類に残した遺産であったと考えられるが、ラクス自身も何処まで知っていたのかは不明。ジョージ・グレンはシーゲル・クラインと彼の妻に協力を扇ぎ、羽鯨に刻まれた言葉に従って、憎しみ合うナチュラルとコーディネーターの未来を託す意味でラクスを誕生させた。しかし、本来はもっとずっと後世、SEEDが芽吹き始める頃に生まれるべき運命を背負っていたために彼女は苦しむこととなる。
 誰よりも争いを嫌い、平和を望んだが、闘争無くして改革を為すには人類はまだ未熟すぎた事が彼女の最大の悲劇であった。
 なお、彼女の死後、彼女が持っていたハロは全てカガリが引き取った。



■キラ・ヤマト

 エル・シードの守護神『自由』のパイロットにして、三年前の大戦の英雄。アスランと共に大戦後は姿を眩まし、エル・シードの蜂起へと備えていた。
 ナチュラルの中にあってコーディネーターが生きることの難しさを深く知る彼は、ラクスの唱えるSEED論に共鳴し協力を申し出たのだが、実際にはこれまでに自分が犯した罪を直視できずに逃げ出した結果であった。元々気弱で、常に精神的な拠り所を欲していた彼にとってラクスの理想は非常に心地が良かったのである。
 しかし、時が経つにつれ罪の意識は彼を呵み、いまだ愛するフレイの手にかかって死ぬことを望むがラクスによってその望みも断たれてしまう。ラクスの死を感じると同時に投降するも、かつての仲間達はやはり彼に安易に死ぬことを許してはくれなかった。
 生き残ってしまった彼は、フレイと共に苦しみながら、今度こそ自分の意志で生きていくことを誓う。



■アスラン・ザラ

 三年前、中途半端に決別したまま迎えた父の死は、彼の心をひどく空虚なものとしてしまった。掲げた正義も色褪せ、カガリへと抱いた想いの真偽すらわからなくなってしまった彼は、キラと同じくラクスの理想の下へと逃げ出す。自分の正義、ではなく、ラクスの正義に従うために。
 それがかつて盲目的にザフトの、父の正義に従っていた頃の自分と何ら変わらないことに気付くも、答えを与えてくれるべき相手は誰もいない。
 一心不乱に剣を振るい、屍山を築き血河を渡りながら満たされぬ想いを抱き続け、戦場で散るならそれもいいと自暴自棄に陥るが、ラクスはそんな彼にもまた死ぬことを許さなかった。
 全てが終わり、飛び込んできたカガリの震える肩を抱きしめた時、彼は三年ぶりに泣いた。父と、ラクスの死。そして自分の情けなさ、不甲斐なさに。




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