コズミック・イラ70

『血のバレンタイン』に端を発した地球・プラント間の戦争は
プラントによるコーディネーター上位思想が肥大化した結果の地球制圧作戦
ブルーコスモスによるコーディネーター排斥運動激化により
もはや異種間生存戦争にまで発展、凄惨を極めた



そんな大戦より、三年



コズミック・イラ73

パトリック・ザラ、ラウ・ル・クルーゼ、ムルタ・アズラエルらの死によって、
宇宙はほんの一時の平穏を得た
戦争終結の最大の功労者の一人、ラクス・クラインの
平和を象徴するかのような歌声は地球圏全土に流れ、
彼女の両側に傅く最強の騎士、『自由』と『正義』
彼らは圧倒的な力でもって、ザフト強硬派、ブルーコスモス両軍の残党を殲滅した

誰もが夢見た恒久平和
コーディネーターとナチュラルの、垣根など無い世界
ラクス・クラインは、まるで人々をそんな未来へと導かんとしているようであった

彼女の歌声の下、集う人々
掲げられた理想の世界……統一されていく意思
いつしか自らを『エル・シード』と名乗り始めた彼らを危険視した地球連合軍は
ラクス・クラインにその真意を問いただそうと、出頭を命じた



「古き時代は、今、終わりを告げようとしています。
ナチュラルも、コーディネーターも、この先に待つ新しい世界には必要ない。
新たな世界には新たな種を。
わたくしは、そのためにただ諭し、導き、見守っただけ。
……そして、これからも……ただ、それだけですわ」



彼女の微笑みが、即ち新たな戦端をひらくこととなった
あらたなる人の進化、『SEED』を唱え
各地で一斉に蜂起するエル・シード
彼らは『自由』と『正義』を筆頭に、圧倒的な力で各地球連合軍、
各連邦保有軍、プラントを叩いていく
突然のことに戸惑いを隠せない各国は、ただ蹂躙されるばかりであった

そんな中、残った軍を再編、エル・シードへと反撃を企てる者達もいた
オーブ連邦首長国現代表首長、カガリ・ユラ・アスハ
前大戦では共に平和のために戦ったラクス・クラインの暴挙を諫めるため、
再び宇宙にあがるカガリ
そこには、かつてのアークエンジェルクルー達や、フレイ・アルスターの姿もあった

各地で戦火を広げ続けるエル・シードを無視し、
あくまでラクスの搭乗する旗艦『アルカディア』を目指すオーブ軍であったが
それでも軍の量、質共に絶望的な戦いを強いられる
しかし、そこに思わぬ援軍が駆けつけた
イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマンらが率いる、新生ザフト軍を始め
再編された各プラント保有軍が、エル・シードへの逆襲に討って出たのである

元より、思想の下に集まった義兵、悪く言えば寄せ集めの感の強かったエル・シードは
個々としての強さには問題なくとも、軍としての統制を決定的に欠き
さらには、彼らの守護神たる『自由』と『正義』の姿も、ここしばらくは戦場に無く
兵達の士気も低下
当初の奇襲による猛攻以後、各国家がそれぞれの軍機能を取り戻してからは
徐々に、しかし確実に駆逐されていった

そして、今、カガリ達を乗せたエンジェル級八番艦『ケルビム』率いるオーブ軍は
月軌道上に陣取るエル・シード軍旗艦・巨大戦艦『アルカディア』へと肉薄
ラクスを守る最終防衛隊との激しい攻防の最中、カガリとフレイは
『アルカディア』内部へと進入を果たし
懐かしい人物……ラクス・クラインと再会していた





機動戦士ガンダムSEEDU
−EPISODE FINAL−


 コズミック・イラ73 12月12日・19時10分
 エル・シード軍旗艦アルカディア・中央ホール






「お久しぶりです。お待ちしておりましたわ。カガリ・ユラ・アスハ、フレイ・アルスター」
 エル・シードの理想郷、旗艦『アルカディア』のほぼ中心部。そこに備え付けられた大ホール内。
 ステージの上で、ラクス・クラインは三年前とほとんど変わらぬ微笑を浮かべ、その再会を心から喜んでいるかのように恭しく頭を垂れた。
「このホールまでは一直線で来れるように艦内を操作しておきましたから、無事に……特に迷ったりはなさらなかったようですわね」
 銃を構えた二人を相手にこの余裕。周囲にSPでも潜ませているのか、それとも本物ではなく影武者、もしくは立体映像などと言うオチか……フレイとカガリは互いに目配せしつつ、ホール内を油断無く見渡した。
 そんな二人を見て、ラクスがいつもの屈託無い笑みを浮かべる。
「ご安心下さいな。わたくしは間違いなく、ラクス・クライン本人ですから」
 確かに、この内面から滲み出るような暖かな、圧倒的な存在感はラクス本人のものだ。偽物や立体映像にはけして出せまい。
 全てを見透かすかのようなその双眸……フレイは、初めて彼女を見た時からその瞳が気に入らなかった。彼女がコーディネーターだからだとかではなく、もっと直感的な部分で嫌悪感を覚えたのだ。あまりにも透明度の高い、美しい眼。まるで人間ではないかのようで、ゾッとする。
 カガリもまた、同じように感じていた。三年前は、それでもキラとアスランの手前もあってか表面上穏やかに接していたが、元々苛烈な性格の彼女である。内心を悟られているのではないかと、そう感じさせるラクスの瞳が、やはり好きではなかった。
「弟を……キラを返してもらいに来たぞ……ラクス・クライン」
「あら? アスランを……ではありませんの?」
「貴様ッ!」
 激昂し、今にもラクスのいる場所まで駆け出そうとするカガリを、隣にいたフレイが制する。
「ラクス……この戦い、もう貴女の負けよ。大人しく投降して」
 既に外の戦いは掃討戦に移ろうとしていた。エル・シードの兵達も善戦はしたが、前大戦を生き抜いたコーディネーター、ナチュラル双方のえり抜きを前にし、しかもキラ、アスランの双剣を欠いては戦う前から勝敗は見えていた。
「ラウ・ル・クルーゼにコーディネーターを赦す感情でも教えられましたか、フレイ・アルスター? 以前にわたくしを人質に取った時とは別人のよう……ご立派になられましたわね」
 クスクス、と微笑むその様は、アークエンジェルで初めて会った頃と何ら変わりない。しかし、その変わらぬ様が……もうすぐ二十をむかえようと言うのにこの無垢。この女が宇宙に未曾有の災厄の種を蒔いたのだというのに。
「皮肉のつもり? クルーゼの名前なんて、今この場では何の意味も持たないわ」
「わたくしも意味があるとは思っていませんわ。己が役目を果たしきれなかった女の戯れ言だと思っていただいても構いません。貴女方から見れば、わたくしは大罪人……史上希有な狂女でしょうから」
 自らを狂女と嘲りながらも、彼女の純粋は崩れない。全身から人を惹き付けて止まない暖かなオーラを放ちながら、しかしフレイから見た彼女は透明な狂気だった。温度を持った氷の彫像だった。
 カガリは、思わず叫び出したくなるような恐怖に襲われていた。ラクス・クライン、その存在は全くの異質だ。
 人の生と死が醜く入り乱れるこの戦場で、あくまで崩れない微笑、白磁の如きそれはとても自分と同じ人間の表情とは思えなかった。
 目の前に立つ女は、間違いなくこの世界の『異物』だ。
「それに、この戦いはただの戦争とは違う。三年前のそれがより顕著になったもの。……異種族間の生存を懸けた争いは、既に戦争とは呼べません。そのことは、お二人とももう解っているはず」
「投降も、譲歩も無い、と?」
「戦争が外交手段として通用するのは、あくまで同一種間でのみの話です。この戦いは利害を考したものではない。たとえ今、わたくしが投降したところで如何ほどの意味があるとお思いです?」
 毅然と言い放つ。どこまでも落ち着き払ったその態度は、まさしく史上類を見ないカリスマであった。何時の時代も大衆が求めて止まないもの、その全てを一つに凝縮したかのような、完璧な偶像。
「権力闘争や領土拡張。目に見えてわかりやすい欲求がもたらす戦いであったならば、わたくしのような女がここまで力を持ち得るはずもなかった。我思うが故に在るのではなく、望まれ、請われることで在る、それがわたくしです」
「この期に及んでその口上……ご立派なものね」
 かつて、平和だった頃、学園のアイドルとして努めようとしていたフレイにはわかる。彼女がどれほど完璧な存在であるか。いかに自分には辿り着けぬ境地であるか。
「ですが、わたくしはそう造られたのです。理想的偶像として……この惑星を導く道標として。わたくしは何一つ決めていない。ただ、諭し、導き、見守っただけ……それが役目でしたから」
 よくとおる、透き通った声。これが宇宙を熱狂させた歌声なのかと思うと、身震いがする。なんて美しい声なのか。思わず涙がこぼれ落ちそうになる程に、感動的なまでにだからこそ……禍々しい。
「エヴィデンス−1……何故、人はアレを羽鯨だなどと呼んだのでしょう?」
 突然、歌姫は話題を変えた。
「……どういうこと?」
 羽鯨……木星で発見された、エヴィデンスー1。地球外生命存在証拠、外宇宙から流れ着いたもの……諸説紛々、しかしその正体は欠片も判明してはいない謎の存在証明。
 何故、今その話なのか……フレイは訝しんだ。よく見れば、ラクスの背後には、当のエヴィデンスー1のレプリカ・モニュメントが掲げられている。
 フレイは本物の鯨を見たことがない。電子図鑑などでその存在と形状は知っていたが、この羽の生えた巨大な化石が鯨だとは、どうしても思えなかった。
「何故、羽のある『何か』ではなく、羽の生えた『鯨』で無ければいけなかったのか……おかしいとは思いませんか? 普通の方は、鯨に羽なんて発想はいたしません。それも木星で発見されたもの……どんなに似ていても、鯨とは呼ばないでしょう。もっと芸のある呼び方は、幾らでもある」
 二人に背を向け、ラクスはエヴィデンス−1をとても懐かしいものでも見るようにじっくりと眺めた。
 フレイは、そこに初めてラクスの中に人間味と呼べる何かを垣間見た気がした。どうして、かはわからない。何故今こんな話を始めたのかもわからない。それでも、その重要性は漠然とだが理解できた。
「けれど、アレは『鯨』だった。羽が生えていようとも、正しく鯨だったんです。そう用意された物だったのですわ。……『ラクス・クライン』が『アイドル』として用意されたのと同じように」
「鯨の事なんて……今は関係ないだろう!? 一体どういうつもりだ!」
 外では今も戦闘が続いている。だと言うのに、ラクスの余裕と世迷い言が、一国家代表としてカガリには許せなかった。もはや彼女にとってこの戦いは長引かせるだけ無意味、馬鹿げた戦いなのだ。そんなことで、大事な兵をこれ以上一兵たりとも失いたくはない。
 その時、フレイの手がカガリの肩に置かれた。
「カガリ……もう少し、聞きましょう。彼女の話を」
「だが……私は……ッ!」
「お願い」
 普段滅多に他人に弱みや隙といったものを見せないフレイに頭を下げられ、流石のカガリも気勢をそがれる。自分に向かって頭を垂れるフレイ・アルスター……三年前からは考えられないその姿に、冷静さを取り戻さざるをえない。
「本当に、お変わりになられましたわね。フレイ……アルスター」
 変えたのは、戦争であり父の死でありキラ・ヤマトであり、そしてラクス・クラインだった。三年前、戦争を終結させた彼女の存在は、確実にフレイを変えたのだ。
「そんなことはどうでもいいの。早く続きを聞かせて」
 だから、ラクスをもっと知る必要があった。ラクスによって変わった自分が、ラクスを討つにはその必要があった。
 そんなフレイを感慨深げに見やった後、ラクスは静かに語り始めた。
「……わたくしはわたくしを造った方を知りません……きっと今は亡き父シーゲル・クラインも、パトリック・ザラも知らなかったのでしょう」
 再び羽鯨に目をやりつつ、遙か遠くを見やる。
「ただ、そう在るようにと……杯が酒を注ぐためにあるのと同じように、わたくし達は在ったのですから」
 紡ぎ出される言葉を理解することは、二人には出来なかった。ただ、それまで希薄だったラクスの人間性が、ほんの少しだけ色を持ったような、そんな感じがした。
「初めからそうあるものに対して、人は疑うことをしようとはしません。何故なら、それが一番自然なカタチだからです。人類改変期……コーディネーターですら結局は人間であったということに、気付かなければならない。真の意味での新たな種に、歩を進めようとしている今なのだから」
「……それが、『SEED』?」
 かつてアークエンジェルが潜り抜けた激戦の日々が思い出される。『バーサーカー』と呼ばれ、戦場を駆け抜けたキラ・ヤマト。そんな彼と互角に戦って見せた、アスラン・ザラ。
 コーディネーターであるはずなのに、同じくコーディネーターである者達をも全く寄せ付けなかった彼らの強さ、それこそが『SEED』だと言うのだろうか?
「『SEED』はナチュラルでもコーディネーターでもない……なるべくしてそうなったもの。カガリさん……貴女のように」
「わ、私はッ!」
 違う、そう言いかけて、カガリは言い淀んだ。頭の中で何かが弾ける感覚……何度か味わったあの感覚が、ラクスの言うSEEDの発芽なのだとしたら、自分は明らかにSEEDだ。
「人類が新たなステップを踏む、そのことを怖れる気持ちは当然です。だから、ブルーコスモスなどという殺戮を許すこととなった。劣等感が生む恐怖と、そこを利用した狂信……そのことについては、フレイ・アルスター、貴女の方がよくご存じのはず」
 しかし、コーディネーターも良きにつけ、悪しきにつけ、結局は人間であった。死を告げる天使……アズラエルの人心掌握は見事ではあったが、目的そのものは利害的なものであったから、打ち崩すことが出来た。
 だが、『SEED』は違う。
 あきらかに人間を超越した存在を前に、何処まで戦い続ければいいのか、何時まで戦い続ければいいのか。
 そして、そんな彼らを導くラクスを……どうすればいい?
「ラクス……人類を、滅ぼすつもり?」
 ラクスは何も答えない。ただ、微笑んでいるだけだ。
「一度は世界を救うために動いたお前が……なんで……なんでだよッ!」
 カガリの悲痛な叫びが、ホールに響く。
 綺麗な叫びだと、フレイは思った。
 カガリは純粋だ。かつて共に戦った戦友が、人間を滅ぼそうとするなどと、きっと彼女にとっては理解の範疇を超えることなのだ。
 だが、自分は違う。
 無論、ラクスの行いを許すつもりはないが、そこには人類に対する博愛も、かつての戦友に対する感傷もほとんどない。生き残るための戦いを正当化するつもりすら、無い。それどころか、ラクスの言い分は概ね正しいと思っている。
 種の生存を懸けた闘争に、センチメントを持ち出すカガリの方がどうかしているのだ。
 だが、それでも、どちらが好ましいかと問われれば、答えは最初から決まっている。
「……ラクス。貴女のこと、嫌いではあったけど……戦わずに済むならそれで良いと思ってたわ」
「残念ですわ。わたくしは、貴女のその激しさ、好きでしたのに」
 カガリが息を呑む。
 ラクスは微笑んだ。
 フレイも微笑んだ。
「貴女を倒すわ、ラクス」
「全力でお相手いたしますわ」















 同日・19時48分
 月軌道上エル・シード艦隊旗艦アルカディア周辺宙域






 ラクス・クラインの下に集った義軍、『エル・シード』の中においても選び抜かれた最終防衛部隊は、もはや壊滅状態にあった。
 最終防衛部隊、とは言ったものの、元々ラクスの理想に導かれた者達が、軍としての統制もクソもなくただただ別個に戦っていたようなものである。いかに新型や新兵器を数多く有しようと、歴戦の強者達の連携の前には張り子の虎も同然。ザフト残党と各地球連合・連邦残党の統合軍は、獅子奮迅の活躍をもってこの宙域を制圧しようとしていた。
 それでも、利害ではなく、理想を持って戦うエル・シードはあくまで退かなかった。ラクス・クラインを旗印にした彼らにあるのは、純粋にこの宇宙を憂う心であったり、彼女が語る『SEED』を信じる心であったりしたが、それ故に個と個の想いが強すぎて、圧倒的な数の連携の前には敗北する以外無かったのだ。

「まさか、ここまで脆いとはな」
 前大戦の英雄『エンディミオンの鷹』、ムウ・ラ・フラガの駆る『GAT−X152・スルトガンダム』の放ったビーム光が、また一隻、エル・シードの艦を貫く。
 一時はケルビムと他数隻、艦載MS十数機だけの無謀とも言える特攻で劣性を余儀なくされた彼らだったが、新生ザフトの参戦により形勢はあっという間に逆転した。
「グゥレイト! なんだよ、フラガの兄貴、絶好調じゃん」
「ディアッカ、そんな奴に構ってる場合か! さっさと此処を抜けるぞ!」
 勝利の立て役者、ディアッカ・エルスマンの『GAT−103C−02・アームドバスターガンダム』、イザーク・ジュールの『ZGMF−X42・GU』も、スルトに劣らぬ働きで戦場を駆け抜けていた。
 生粋のザフト軍人であるイザークとしては、かつての敵、フラガ他旧AAクルーと馴れ合うような今回の戦闘は不本意ではあったのだが、彼とていつまでも三年前の未熟な少年のままではない。新生ザフト再編にあたり、ジュール家の新当主として多大な貢献を果たした彼は、最早一人前の戦士だった。
「後はアルカディアの制圧だけだな」
 普段は努めて冷静に振る舞っているフラガに浮かぶ、焦りの色。
 余裕を持って敵の掃討にあたっているように見えたが、フラガと、そしてディアッカも内心は相当焦っていた。先にアルカディアに向かったカガリとフレイからは何の連絡もないまま、既に四十分が過ぎようとしている。その間、一度補給のためにケルビムに戻った時は、彼女達の機体はアルカディアに進入したままらしいと言うことだったが、それからも既に十五分は経過している。
 あのラクスがわざわざ艦内に招き入れて、ただ命を奪うとは考えにくい。だが……
「無事でいろよ……嬢ちゃん達」
 今相手にしているMS部隊を抜ければ、アルカディアまでは一直線。残る敵は……
「三機!」
 かつてのストライクと同じく、幾つかの兵装を換装できるスルトの今の装備は、ソード。『シュベルトゲーベル』を上回る破壊力を秘めた専用の実大剣、『レーヴァティン』が、エル・シードの親衛隊機『SCMF−05・ヒルテ』を両断する。
「おっと、こっちも逃がしゃしないぜ!」
 Aバスターのビームランチャーが、GUのビームサーベルがそれぞれ残ったヒルテを撃破し、ついにアルカディアへの道は開かれた。
「よし、行くぞ!」
「お前が仕切るな!」
「……やれやれ。そんなとこは相変わらずだな、イザーク」
 軽口を叩きながらも、最速で機体を疾らせる。

 だが、その時、異変は起こった。

「うわぁッ!!」
 スルトを抜いて、先行していたGUの右肩を、閃光が貫く。
「イザーク!」
 次の瞬間には、同様の閃光がAバスターとスルトにも襲いかかった。
「ど、どっからだ!?」
 間一髪、イザークが撃たれた瞬間に回避運動に入っていた二人は、紙一重で回避に間に合った。
 しかし、安心する間もなく次々と迸るビーム。敵機は複数いるようだが、この正確な射撃はただ者ではない。
「ディアッカ、気をつけろ! ……こいつは」
 数瞬の反応の遅れが命取りとなるビームの雨に晒されながら、フラガにも、ディアッカにも、敵の正体は見当がついた。
 ――そう。覚えが、ある。
 この動き、そしてこのプレッシャー。歴戦のフラガに寒気にも似た感覚を起こさせるパイロット。
 予想ではなく、それは確信。
「……ついに、出て来やがったか」

 アルカディアを背後に佇むその機体は、実にシンプルな外見をしていた。
 フリーダムのような翼も、ジャスティスのような特異なバック・ウェポンも無い。形状的にはノーマルストライクタイプが一番近いだろうか? ただ、大きさは一回り大きく、アグニタイプのランチャーを装備している。

「久しぶりですね、フラガさん。ディアッカ」

 優しくも、強い、懐かしい声。
 最後に聞いてから、もう二年も経つと言うのが信じられないほど、耳に馴染んだ声。
「ああ、久しぶりだな、キラ……」
 戦場での通り名は、『自由』。
 ナチュラルでも、コーディネーターでもない者。
 フラガ、ディアッカにとっては、前大戦を共に戦い抜いた戦友。イザークにとっては、幾度も苦杯を飲まされ続けた、怨敵。
 エル・シードの英雄、キラ・ヤマト。
 そして、その隣に、もう一機。
「すまないが、此処を通すわけには、いかない」
「……アスラン」
 キラの『自由』と双璧を成し、戦場では『正義』と呼ばれ畏怖された英雄。
 アスラン・ザラ。
 しかし、二人が乗っているのは、前大戦から彼らが使い続けた戦場の悪魔、『自由』と『正義』ではない。
 白と赤、キラとアスランのパーソナルカラーに染まった二機の軍神、『SCMF−X09・ケィオスガンダム』。核エンジンで動く、エル・シードの切り札とも言える機体だった。
 パトリック・ザラの死後、ニュートロンジャマーキャンセラーの資料は全てラクスの手に渡り、破棄された事になっていたが、実際には彼女の密命の下、『自由』と『正義』を超える核エンジン搭載型の機体の開発計画は進められていた。そして、それだけではなく、この二機には連合のガンダム、さらにはモルゲンレーテの技術も使用されている。様々な技術体系が入り乱れた、その名が示すとおり『混沌』とした機体なのである。

「く、貴様らぁ! アスラン、それにキラ・ヤマトかぁッ!!」
 再会を懐かしむ間もなく、響き渡る怨声。
「!? よせ、イザーク!!」
 右腕が肩の部分から千切れかけたGUが、二機のケィオスへと特攻をかける。
 GUは、総合性能的には旧式も同然のAバスターや、同じく次世代機とは言え完成から一年が経とうとしているスルトを格段に上回る。コーディネーターの肉体が耐えうる限界に迫った速度が、獲物へと襲いかかった。
「もらったぞ!」
 しかし、GUのビームサーベルがキラのケィオスに食い込む……かと思われた瞬間、白い機体はまるで幻のように消失していた。
「なぁにぃッ!?」
 まさに宇宙の蜃気楼。いまだ残像がその場にとどまり続けているかのような錯覚すらうける速度に、フラガは身震いした。しかし、相手は実体、消えて無くなるわけがない。
「イザーク、後ろだ!」
 最初に気付いたのは、ディアッカだった。数瞬遅れて、フラガが援護のために突っ込む。そしてGU、イザークは振り返り……だが、全ては間に合わなかった。
「ッ!!」
 ケィオスのビームサーベルが、GUの両足の膝から下をあっさりと斬り落とす。
「キラ・ヤマトォッ!!」
 宇宙を震わす怒りの咆吼。
 ――またか、またオレは奴に……!!
「畜生! 畜生ッッ!!」
 バランスを立て直そうともせず、無事な左腕で闇雲にビームサーベルを振るうGUはそのままに、キラのケィオスは今度は突っ込んできたスルトへと肉薄した。それと同時に、アスラン・ケィオスはビームランチャーの照準を合わせようとしていたAバスターへと迫る。
「おいおい、冗談きついぞ……!」
 精神面でまだまだ未成熟と言えども、イザークとて超一流のパイロット、それにGUは間違いなく現在この宙域で戦闘を展開している自軍最強の機体だ。それが、こうも簡単に撃破されるとは……
「こいつぁ……ちょいとやばいかもな、ミリィ……」
 バルカンで牽制しつつ、アスラン・ケィオスと距離を取りながら、ディアッカは絶望の汗を流していた。















 同日・20時10分
 月軌道上エル・シード艦隊旗艦アルカディア
 MS発進デッキ






 オーブ軍に籍を置きながらも、フレイは旧連合軍のノーマルスーツを愛用している。
 別に今さら連合に思い入れがあるわけではない。
 かつてキラが着ていたものを、丈を詰めて着ている……フレイの女としての部分がさせる感傷だ。
 ヘルメットも、彼が愛用していたもの。長い髪を結い上げ、その中に少々窮屈に押し込みながら、フレイは目の前の自分の機体を見た。
 待機状態の、灰色の機体。『EPS−X20・イクアリティガンダム』。その名が持つ意味は、『平等』。
 PS装甲発動時のカラーリングは、深い紅。
 ナチュラル専用にと開発され、自分がテストパイロットに志願し、そのまま使い続けている愛機。
 ずんぐりとしたその体型は、ストライクとも、フリーダムとも似ていない。
 それなのに、そのコクピットに座る自分が着ているのは、キラのノーマルスーツ。
「……フレイ」
 カガリからの通信。彼女は、どうやらもう自分の機体に乗り込んだらしい。
「……お前、覚悟は」
「出来てるわ」
 これがおそらくは、今回の争乱での最後の戦闘になる。自分達か、ラクスか、どちらかが倒れるまで終わりはすまい。
 死を意識したのが初めてのわけはない。
 あの日、ヘリオポリスの崩壊から、何度も死線を潜り抜けてきた。そのおかげか、最近は麻痺気味だった死への恐怖が久しく甦ってくるのを感じる。
 全身を包み込む緊張感。
 ラクスは強い。操縦技術がどうとか、機体がどうとかのレベルではなく、ただ、強いと……自分の中の何かがそう告げている。
 自分か、相手か……確実に訪れるであろう死の恐怖を、拭おうとは思わない。
 ただ、キラにもう一度逢うまでは死ぬわけにはいかないと、そう強く思った。

「……ようやく乗り込んだか」
 フレイがイクアリティのコクピットの中へ消えたことを確認してから、カガリは自分の愛機の電源を入れた。
 灰色だった無骨な機体が、鮮やかな蒼へと染まっていく。
 カガリの乗機……『法』の守護者『EPS−X21・ローフルガンダム』。
 フレイが駆るイクアリティと同時に開発された機体であり、同時運用を前提とされている。『ナチュラルでもコーディネーターと互角に戦える機体』をコンセプトとし、機動性、運動性よりも防御力に重点を置いた設計は二機共通。
 その右手には、ハイパー・ビームサーベル『ローフルブレード』、左手には、エネルギー偏向システム仕様の大盾『リフレクトシールド』。
 想定できるほぼ全ての遠距離攻撃を受け付けない代わりに、自らも遠距離攻撃の手段を持たない完全近接戦闘型の重MSが、重々しく動き出す。

「私達以外に、まだ誰もアルカディアに辿り着いていない……」
 全滅、とは考えにくい。新生ザフトの参戦で、あの宙域でのミリタリーバランスは完全に逆転したはずだ。とは言え、敵も精鋭中の精鋭。掃討戦に苦戦しているだけなのか、それとも……
 アルカディアのハッチが開き、ローフルの機体が飛び出す。
 ……と、同時に通信機がけたたましく音を立てた。
「ケルビムか! 戦況はどうなった!?」
「カガリさん、無事なのね!?」
 回線を開くと同時に、通信画面いっぱいにマリュー・ラミアスの顔が映し出された。
 彼女のよくとおる高い声がコクピットに響く。
「ああ。私も、フレイも取り敢えずは無事だ。アルカディア内から外へは通信機器は使えなかったんだ」
「そう……なら良かったわ。アルカディアに進入したと思われた瞬間に機体反応が消えてしまったから、一体どうしたのかと」
 安堵の声がブリッジのそこらから上がっているのが聞こえる。
「で、戦況は? そっちこそみんな無事なのか……!?」
「ええ、それが……」
 言い淀むマリュー。どうやら、何かあったのは確実らしい。
「おい、一体何が……」
「……キラね」
「フレイ!?」
 ローフルに続き、アルカディアから発進したイクアリティが、通信に割り込んだ。
「艦長。キラと、アスランが出てきたんでしょう?」
「フレイさん……どうして、そのことを……」
 エル・シード蜂起直後は各地で猛威を振るった『自由』と『正義』が、その姿を隠して久しい。ならば、あの二人が戦場に再臨するべきは今をおいて無い。
 そして、それがラクスの意志によるものなのだとすれば……
「ラクスは、私達二人との決着を望んでいます」
 おそらく、自分達の戦いに他の何人をも近付けないために、あの二人を使ってラクスは結界を張ったのだ。
 あの二人でなければフラガ達は止められまい。
「無援の戦いになりますけど、仕方ありません」
「フレイさん! 待って! 今動ける機体の全てをそっちに向かわせるから、だから……」
「艦長」
 静かな制止。
 全てがラクスの意志に沿って動いているというのは癪だが、それでも決着をつけるべきは自分達でありたい。
 それに、無理に結界を破ろうとする者には、キラとアスランは容赦しないだろう。そんな彼らが相手では、勝てる者などいるわけがない。これ以上の犠牲は、出したくなかった。
「……勝算は?」
 マリューもどうやらフレイの意志を酌んでくれたらしい。
 その苦渋に満ちた声と表情には多少の申し訳なさは感じたが、揺らぐわけにもいかなかった。
「勝ちます。そして、キラを取り戻します」
 フレイにとって、この戦いは始めからキラを取り戻すためのものだった。たとえ世界の命運がかかっていようと、この戦いはあくまでフレイには私闘なのだ。
 世界のために勝利できるかどうかはわからない。
 けれど、キラのためなら……
「……勝てる」
 自分の身体と、そしてイクアリティの機体に力が漲っていくのがわかる。
 負けられない。
 何があろうとも。
 覚悟と共に、後はラクスの登場を待つばかり。
 舞台はこれ以上ないほどに整っている。果たしてこの茶番にどのような幕が引かれるのか。
「来たぞ!」
 そして、そいつは現れた。

 フレイ達が発進したデッキとは別方向、丁度アルカディアの真下の辺り。大型の貨物運搬用と思われるハッチが開き、まるでアルカディアからたった今産み落とされた悪魔の申し子のように、ゆっくりと発進する、灰色の塊。
「……なん……なの? こいつは……」
 ケルビムに送られた映像を見て、マリューが絶句する。
 フレイも、カガリも、声もなかった。
 まず、驚愕すべきはその大きさ。
 でかい。
 イクアリティとローフルもかなり大きめの機体だが、それは標準的なMSの規格から見てのこと。眼前に現れた機体は、MSという範疇におさまらない、信じがたい巨体だった。
 頭、と思わしき部分……馬鹿馬鹿しいほどに迫り上がった両肩に陥没してしまっているそこに、三つのモノアイが不気味な光を宿す。漆黒の宇宙を照らすそれは、艶やかな妖魅。人を死に引きずり込む光だ。
 人型、とは言い難い。極端に短い脚、それに反比例して巨大な腕、分厚い躰。
 見ようによっては、滑稽ですらあった。あまりにもアンバランスなその巨躯が見せるのは、生物としてのリアリティを全く感じさせない、機械のリアル。
「……まさか、こんな化物が相手とは、ね」
 PS装甲が発動し、灰色の機体は毒々しい薄桃色へと変わっていく。
 ラクスは確かに自らの髪の色と同じ、ピンクを普段から好んでいたが、よもやこのような機体にその色を用いるとは……
「……は、はは……悪趣味、極まりないな」
 カガリの乾いた笑いに反応する者は、誰もいなかった。















 同日・20時22分
 月軌道上エル・シード艦隊旗艦アルカディア周辺宙域
 結界内






「さぁ、わたくしの、これがおそらくは最後のコンサートです」
 禍々しくも全身を薄桃に染めた巨人が震え、聞こえるはずのない駆動音が不気味に前奏を奏でているかのような錯覚に陥る。
 キラとアスランによって、他の何人たりとも立ち入ることを禁じられた結界の中、フレイとカガリは、不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。
「一応、紹介しておきます。わたくしの乗る、この機体は『SCG−X04・エルケィオス』。ただこの時のためだけに用意しておいた、まさしくエル・シードの最後の機体です。Nジャマーキャンセラーは積んでいませんから、条件としては五分のはずですよ」
 最後……そう、正真正銘の最後の戦い。
「わたくしの存在は、SEEDの未来のために在る……その未来を否定したいのなら、フレイ・アルスター、カガリ・ユラ・アスハ……全身全霊でもって、打ち砕けばいい」
「ええ。そう……させて貰うわ」
 全身全霊でもって……当たり前だ。手を抜ける相手ではない事など、わかっている。Nジャマーキャンセラーを積んでいないと言ったが、そうだとしても眼前の機体が放つプレッシャーは、フリーダムやジャスティスよりも上。それでも退けないこの一戦、臆したら途端に呑み込まれてしまう。
 レバーを握る手に、力がこもる。一度は落ち着いたはずの心が、再びざわめく。
 息を吸って、吐く。その動作を、三回繰り返した。
 大丈夫だ、いける。自分は、充分に戦える。そして、きっと勝てる。
「これで本当に最後です。なにか……ありますか?」
 単純に余裕から出た言葉なのか、別の意図があるのかはわからない。
 ただ、今までの彼女の言葉の中で、最も人間味が感じられた気がした。
「じゃあ、最後に幾つか聞きたいことがあるの。構わないかしら?」
 ――本当は、もう何も語るべきでも、聞くべきでもなかったのだろうけど……
 この機を逃したが最後、もう聞くことは出来ないであろう事だけは、聞いておこうと思った。
「ええ、どうぞ」
 ラクスも、それを望んでいるかのようだったから。
 きっとカガリもそう感じたのだろう。フレイがイクアリティとケルビムの通信をカットしたのとほぼ同時に、カガリもローフルの通信をカットしたようだった。



「もう一度聞くわ。『SEED』って……結局、何なの?」



 最も聞いておきたかったこと。
 ラクスは人々に言った。SEEDは人間の進化したものだと。単に遺伝子を操作したコーディネーターとは完全に意味を違える存在だと。
 そしてこうも言った。羽鯨も、ラクスも、造られた存在だと。そう、用意されたものだったのだと。
 では、用意したのは一体誰だ? 誰が彼女達を造ったというのだ?
 そんなフレイの質問に、ラクスではなくエルケィオスが笑ったように見えた。それも、見下すように、嘲るように。
 似ているようで、似ていない。似ていないようで、似ている。
 エルケィオス――ただこの時のためだけにラクスが用意したと言う機体。これが最後の戦いになるだろうと、そう言った彼女が……それが果たしてどういう意味か。
 MS乗りにとって、自分の愛機というものは、信頼するパートナーであると同時に棺にも等しいもの。自らでそれを用意したというのであれば、エルケィオスのあの不気味な形状は彼女の内に秘めたものの具現だとでも言うのだろうか?
 通信機を通して聞こえてくる彼女の声は、あんなにも美しいというのに。
 そんなフレイの胸中を知ってか知らずか、ラクスは質問への答えを紡ぎ出した。
「SEEDは、あらゆる生物が遺伝子の最も奥深いところに持っている進化の種子のこと。ですから、本当はヒトの進化系という意味で使うべきではないのですけれど、便宜上、使いやすいものですから」
 サラリと言ってのけたそこに、感情の動きらしいものは、やはり見られない。
「なら、人は放っておいても近い内に皆SEEDになる、ってこと?」
 もしその話が本当なのだとしたら……フレイの脳裏に新たな疑問が浮かぶ。
 エル・シードの蜂起には、何の意味があったというのだ?
 放っておいても全ての人間がSEEDを発芽させ、種として次の段階へと歩を進めるのなら、コーディネーターに対する偏見や差別じみたことの二の舞にはならないはず。
「……いえ。本当なら、人間の……ナチュラルのそれが発芽するのは数千年、数万年後のこととなるはずでした」
「はず……だった?」
 ラクスの言葉が、徐々に確信へと近付く。
「ええ、そうです。それなのに……あなた方人間は、自らそれを書き換えた」
 同じく人間の姿をしながら、自分達とは異質な存在なのだと実感させられる台詞にひそむ、奇妙な違和感。
 しかし、それを気にするよりも、今彼女の紡いだ言葉の内容は……
「まさか、それは」
「遺伝子操作による優良種創造……コーディネーターと呼ばれる人々」
 それが、答えだった。
「……人間は、自ら正真正銘の進化、神の領域へと足を踏み入れた、と……」
「当時の科学者達は、SEEDのことなど知りもしなかったでしょうね。ですが、遺伝子に入れられたメスは、確実に発芽を早めた……それも加速度的に」
 ブルーコスモスの掲げた主張が頭を掠める。

 ――神の領域を侵す禁忌の行為、人がけして立ち入ってはならないところ――

 それは、コーディネーターをナチュラルが支配し、有効利用するためのでっち上げであったというのに。
「本来、SEEDはある世代において一気に発芽し、人類そのものを別の『何か』へと進化させるはずだった。それなのに、歯車は狂ってしまった」
 まさか、気付かぬ内に本当の神の領分へと足を踏み入れていたとは……
 もし、あのムルタ・アズラエルや、ラウ・ル・クルーゼが生きていたとしたら、今のラクスの言葉を聞いてどんな顔をするだろうか。
 きっと、腹を抱えて笑い出すことだろう……自分達の道化ぶりに。
 とんだ茶番、まさしく喜劇だ。
「ちょ、ちょっと待て! それじゃ私は……私がどうしてSEEDなんだ!? 私はコーディネーターじゃない、ナチュラルなんだぞ!?」
 先程、アルカディア内でラクスは言った。『カガリはSEEDだ』と。
 だが、フレイが――そしてカガリ本人が知る限りでは、彼女はコーディネーターではない、ナチュラルだ。
「それは、貴女がキラの双子の姉だからです」
「キラの?」
「進化とは、通常個体で発生する事象ではありません。ですが、今回のことは異例中の異例……何しろ、コーディネーターはコーディネーターでも、どの部分の遺伝子を弄くったかは個人により違うのですから。それに、この場合のSEEDの発芽にはもう一つ、切っ掛けとして極度の精神的、肉体的なストレスも必要でした。キラとアスラン、彼らの発芽の理由は、察しがつきますね?」
 その言葉は、二人の心を多少なりとも抉った。
 それぞれが愛する者の、あまりにも悲しい過去の傷痕。
「進化とはシンクロする。現象として一気に広がるのです。それでも、今回のこれはあまりにも弱々しい……このままでは進化ではなく個体の突然変異として終わってしまうところだった。けれど……」
「双子の繋がりが……進化をシンクロさせた?」
 昔から、双子……特に一卵性の場合などは、常識や科学では説明しきれないシンクロニシティの発生が報告されていることは、オカルトに興味のない二人でも知っていた。
「確かに弱々しい、徐々にではありますが、SEEDの芽吹く音は、聞こえます。今はまだ、双子などの強い繋がりの間でしか感じられない……けれど、彼らと触れ合った人々の芽は、開きかけている」
 音声通信だけで、ラクスの表情は見えないはずなのに、フレイには確かに彼女が自分に向けて微笑んだのを見た気がした。
 動悸が激しくなる。
 今気にすべき事ではない、気にしない方が良いことはわかっている。それなのに……
「ラクス……貴女は、貴女は何者なの?」
 聞きたいことは別にあった。しかし、それを封じ込めて、フレイは最後にラクスに問うた。
「わたくしはラクス。諭し、導き、見守る者」
 間髪を入れない、予め用意されていたであろう答え。
「神……とでも、言うつもりか?」
 カガリが鼻で笑おうとする。あるいは、そうすることで不安を払拭したかったのかもしれない。
「そこまで傲慢ではありませんわ。……でも、そうですわね。人間を創りたもうたのが神様なら、さしずめ、天使とでも言えばよいのかもしれませんね」
「天……使?」
 エルケィオスが再びあの嫌な笑いを浮かべた。
 気持ちが悪い。悪寒がする。これ以上……聞いていたくない。
「ラクスは監視者。ラクスは道標。ラクスは従者……そう、永遠の従者なのです」
「戯言をッ!」
 今にも斬りかかっていきそうな、カガリの咆吼。
 ローフルブレードに光が疾り、ビームの刃が形成される。
「アークエンジェル……大天使であり、方舟でもある……二通りの名を持つ艦がかつて貴女方を導いたのも、皮肉な運命」
 先程感じた違和感が、再びフレイの胸に去来した。
「……本当に、人間、ではないのね? ラクス……ラクス・クライン」
 イクアリティの右肩にマウントされた高出力ビームランチャー、そのトリガーに指がかかる。
「もはやラクス・クラインではありませんわ。ただのラクスです。それとも……ロボットとでも言えば、納得して頂けますか?」
 通信機の向こうから聞こえる、ラクスの笑い声。
 そのあまりにも穏やかで、暖かで、吐き気を催す存在が、疎ましかった。
「機械風情が! アスランもキラも返して貰うぞッ!」
「本当は機械でもロボットでもないのですけれど……仕方ありませんわね」
 カガリが突っ込むのと同時に、フレイもトリガーを引いた。
 極太のビーム流がローフルの真横を通過し、エルケィオスに迫るが、それは容易に避けられる。
「操縦技術はキラやアスランに及びませんが、脳波でもって動くこのエルケィオスはわたくしの手足も同然……存分にいかせていただきます」
 ゆっくりと、動き出すエルケィオス。
「……いくわよ、イクアリティ」
 交錯する光と光。
 暗黒を照らす刹那の輝き。
 互いの全てを懸けて、今、三機の機体が宇宙を激震させた。















つづく





■『GAT−X152・スルトガンダム』

 ストライクガンダムの正当後継試作機。次世代量産型『ダガーU』開発過程で生み出された。エール、ランチャー、ソード、有線ガンバレルなど状況に応じてのストライカー(スルト)パック換装も可能で、運用方法はかつてのストライクとほぼ同じ。ナチュラル用ではないが、現在はムウ・ラ・フラガ・オーブ宇宙軍特務一佐が使用している。
 機動力重視の空・宇宙戦仕様なエールスルト、巨大な実大剣『レーヴァティン』を装備するソードスルト、超高インパルス砲『アグニU』装備のランチャースルト、他にまさしくフラガ専用とも言える有線式ガンバレルパック装備のスルトゼロが存在する。



■『GAT−103C−02・アームドバスターガンダム』

 遠距離支援用量産型バスターダガーを、ディアッカ・エルスマン専用に改良したもの。パイロットの性分に合わせて中距離、近距離戦での性能が向上している。総合性能的には既に旧式も同然だが、ディアッカの腕もあってか最新鋭機との戦闘でも引けはとらない。



■『ZGMF−X42・GU(ゲイ ツヴァイ)』

 ザフト製次世代型ガンダムタイプMS。前大戦末期に設計されたものだったが、戦争終結と共に開発は見送られていたものを、ザフト再編にあたりイザークが自分専用機として計画再開させた。本来はNジャマーキャンセラーを搭載し、核エンジン搭載型MSとなるはずだったが、パトリック・ザラの死後、Nジャマーキャンセラー関係の技術はラクスの手によって全て破棄されてしまったために、完成した機体はバッテリー型になっている。
 なお、GUというのはあくまで開発時の略称であり、正式名称ではない。当初、イザークは自分専用と言うことで慣れ親しんだデュエルの名を冠するつもりでいたのだが、ディアッカに「負け癖がつく」とからかわれたために、やめた。そのため結局GUのままになっている。



■『SCMF−05・ヒルテ』

 エル・シードの親衛隊に与えられた最新鋭の量産MS。ザフト製MS、ジン、シグー、ゲイツなどの流れを組む機体。量産機にしては破格の性能を有する。



■『ZGMF−X09A−05・ガンダム コードジャスティス』

 ジャスティスの基本は損なわず、幾度もの改修を加えられたカスタム機。三年前の機体でありながら、いまだ最強と言われる戦場の悪魔。



■『ZGMF−X10A−04・ガンダム コードフリーダム』

 フリーダムの改修機。ケィオスに乗り換えるまではキラはこの機体に乗り続けていた。



■『SCMF−X08・ケィオスガンダム』

 エル・シードが開発した最強のガンダムタイプ。試作機が二機完成しており、それぞれ白と赤のパーソナルカラーに染められ、キラとアスランの専用機として最終戦闘に参戦。フレイ、カガリ組とラクスの戦いに決着がつくまでの間、フラガ、イザーク、ディアッカの率いる精鋭部隊を一機も撃墜することなくその場に押しとどめた。
 Nジャマーキャンセラー装備の核エンジン搭載型。大きさは一回り大きいが、外見はノーマルストライクに似た、非常にシンプルなもの。携帯火器としてアグニタイプの高出力ビームランチャーを装備している。
 コーディネーターの限界すら上回るキラとアスランにあわせて開発されているため、機動性、運動性は他の機体と一線を画する。



■『アルカディア』

 エル・シード軍の旗艦、と言うよりは宇宙要塞。全長は4.2Km。




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